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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

神格化

 師が偉大であれば弟子や孫弟子は偉大なものに連なる者で、当然ながらまた素晴らしいという自己満足からか、政略的な動きからか、古武道の世界には、亡くなっている師や師の師、そのまた師を伝説上の人物にして極端に祭り上げることがあります。
 大学生の頃に、その当時はすでにお亡くなりになっていたある流派の有名な居合の先生のビデオを無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生に見せていただいたことがあります。私達と近縁の流派で、あまりに名のある方であったので期待してみましたが、期待外れでした。梅本先生からどう思うかと聞かれて、どう話していいかわからず言葉がなかったほどです。やっと「失礼ですが、私のレベルとかわらないと思います。」と申し上げましたが、先生は否定されませんでした。
 名人達人伝説は作られるものだと思いました。
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  1. 2019/07/20(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

たとえ高段者が言ったとしても

 他の武道は他の武道であって、行っていることが違いますので、たとえその道の高段者が話したことであっても、技術に関連することを鵜呑みにして自分が行っていることに取り込んだり、基礎基盤の一つにしてしまったら大きく道を誤ることになります。
 たてば剣道の竹刀の振り方を刀の振り方としてしまったら大きな間違いのもととなりますし、「切先で相手を知る」と言われても、無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流袁術は全て刀、木刀、棒、を含めた全身で相手を感じており、全身で相手をコントロールしています。例としてあげたにすぎませんが道が異なれば、それぞれに異なった考え方があり、他を参考にできるようになるためにはまず、自分自身が行っていることをしっかりと体得しなければなりません。

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  1. 2019/07/19(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

打太刀は心のゆとりをもって

 打太刀は仕太刀を上達へと導かなければなりません。そのためには仕太刀のレベルに応じた動きをする必要があります。打太刀の稽古を始めて間もない方は打太刀として良い動きをしようとするため、仕太刀を駄目な方へ導いてしまうことがあります。打太刀の稽古をする方は心にゆとりをもって、仕太刀を導くための稽古をしなければなりません。

  1. 2019/07/18(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

すてる

 すてるべきは、過去に良いと思ったことすべてです。新たなことを始めるにあたって過去をあてにすれば新たなことは入りません。体の動きだけでなく、心の働き、稽古方法まですべて捨てなければなりません。いくら良いと思ったものであってもそれは違う事を行うにあたってよいとされていたことです。異なるものなのです。

 捨て果てて捨てる心も捨て果てて

 この心に慣れてこそ新たなものを習得することができます。

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  1. 2019/07/17(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

安住する

 自分では頭を切り替えて新たなことに取り組んでいると思っていても、昔行った事の癖が抜けないのはそこに心も体も安住しているからです。新たなことを0から始めるのはよほどの覚悟が必要です。頭でそのようにしていると思っていても、過去に身につけたところから抜けられないのは、体がそれを忘れておらず、心も新たなことをゼロからすることを嫌がっているのです。
 自分は経験者である、といういらぬ目に見えぬ自分自身でも気づかない自負心がそうさせています。そこから抜け出さない限りは真の上達は始まりません。
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  1. 2019/07/16(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

半身

 正対する癖がある方には現代剣道や正対することを良しとする武道を経験された方が多いようです。下半身は半身になっていても一生懸命になればなるほど上半身が正対しようとしています。
 一つは、自分の中の価値観が「相手に正対することが正しい」というところから離れていないところからきています。しかし、これも下半身が半身になっていれば上半身もそれに従って半身になるものですので、心と体の緊張を解き、楽になって稽古してみてください。

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  1. 2019/07/15(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

つくろわない

 演武でいくら集中しても、また細心の注意を払っても稽古しただけしか表に出ることはありません。むしろ半分でもできたらよい方です。
 ところが演武を見事にみせようとして、いかにもそれらしく動いてしまうと、素人受けするかもしれませんがみえる方には見抜かれてしまうものです。稽古しただけのことしかできないのですから素直にやってきたことを演武する方がはるかに質の高い演武ができます。

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  1. 2019/07/14(日) 21:25:00|
  2. 昇段審査論文

頭を空にする

 ある程度稽古を積んだら、頭を空にして手順を追い出して稽古してください。手順を間違ってもかまいません。いつまでも手順を頭において稽古していたら自由になることはできず、形(かたち)にとらわれているのでかえって不自由になる稽古をしていることになります。
 手順、腰の高さ、力まない等々は忘れて稽古してください。DSC_1782a.jpg
  1. 2019/07/13(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 大石神影流の手数には打太刀の太刀を鎬で抑えて終わるものがありますが、この動きを初心者がするように小手先で切先を使って抑えるのは問題外としても、刀の中ほどを用いて抑えることができる方でも、刀に重さがのらないのは、肩が体から浮いている場合があります。
 つまり外的な動きはできていながら、わずかでも肩が浮くと肩から先の動きと体が結びつかず、体の重さが刀につながっていないのです。一人でその動きを行い、抑えた時に止まって確認してください。

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  1. 2019/07/12(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達の過程

 昨日述べたこととも重なりますが、武道の話がかみ合わない方は、形(手順・外形)を流派の最大の特徴と考え、形(手順・外形)を覚えることが稽古であると考えているようです。
 無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術の師は三人とも、形の奥にあるものを大切にされていました。形の奥にあるものが現れたものが形となるのです。大切なのは形を学びながらその奥にあるものを身につけ、さらに形の奥にあるものが形として完成されていくという考え方を持つことで、形(手順・外形)を正しくできればよいのだという考え方をもてば真の上達に結びつきません。

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  1. 2019/07/11(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

感じ取る力

 上達できる人は私との稽古で何かを感じ取ることができる方です。反対に真の上達をしにくい人は私と稽古しても足の位置、手の位置、タイミング、そういった外側に現れることを覚えて、次もまた同じことをしようとする方です。
 同じ相手であっても、その時その時で間合は少し異なり、腰の高さ、体の状態も異なりますので、形として基本的な手順は決まっていても、同じ相手に毎回同じ動きをしても有効なものになるわけではありません。
 形の中にあるものを感じ取る稽古をしてください。
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  1. 2019/07/10(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

まず稽古

 己を知ることもないのに他を知ることはできません。まず、自分の流派をしっかりと稽古したうえでこそ他の流派が見えてきます。
 知識をひけらかし、いかにも知っているようにふるまっても、自分自身がない根なし草であれば、小説を書くことができない評論家のような立場でしかありません。しっかりと自分の流派を稽古して自分が修業する流派が分かるようになって後に他の流派を拝見する方が稽古は進みます。

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  1. 2019/07/09(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

居合刀【模造刀】の購入

 居合刀【模造刀】は高価なのですが、居合の稽古をするためには、どうしても居合刀【模造刀】が必要になります。無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生は私に道場の開設を命じられた時、「居合刀【模造刀】といえども武士の魂であるので基本的に武士の魂を科すということは行わないほうがよい。」と話されました。
 指導するようになって、ご自身の居合刀【模造刀】を購入されるまでお貸ししたこともありますが、自分で購入したものではないため、初めの内は大切に扱われるものの、少し慣れたら道具として扱われるような方もおられました。また、お金を貯めて購入してくださいと言っているにもかかわらず、1年たってもまだお金がたまりませんと言われながら、自由に暮らしておられる方もおられました。たしかに刀をお貸しして稽古していただくということには弊害が多いように思います。
 現在は鞘木刀を購入していただき基本の稽古をしていただきながら、居合刀【模造刀】を購入する準備をしていただいています。無雙神傳英信流抜刀兵法は比較的長い刀を使うため高価であるとはいえ、一度購入したら長年使用できるものですので剣道の防具よりははるかに安いのですが・・・。

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  1. 2019/07/08(月) 21:25:00|
  2. 居合 総論

貫汪館の居合、柔術、剣術

 貫汪館の居合、柔術、剣術は本質がすべて同じであるため、無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術と三流派を稽古しても異なったものを三つ習うのだという意識は全く必要ありません。たとえば古い流派が居合、柔術、剣術さらには槍術や長刀までも同一流派の中で稽古されているのとかわらないと思います。
 私が指導していただくことになった三つの流派が偶然、同質のものであったのか、そのように導かれたのかは、おいておきます。
 私が最初に稽古を始めたのは無雙神傳英信流抜刀兵法で、次に稽古を始めたのが澁川一流柔術です。澁川一流柔術の稽古を始めたときには居合と、柔術は全く別物と思っていたのですが、稽古を始めて程ないころ、これは同じことを稽古しているのではないかと感じ、そのころから柔術の習得も早くなりはじめました。大石神影流剣術はだいぶ後になってからのことですが、導かれるように大石英一先生に指導を受け始めたときから、まったく違和感を感じませんでした。体の開きや、踏み込む、すり足などの違いはあっても本質が変わらないことがわかり、違和感なく稽古できたのです。
 貫汪館で稽古されている方は三つの流派が別物と思わず、同質のものを違う角度から稽古しているのだと理解して上達してください。どの流派を稽古していても三つの流派は同時に上達していきます。

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  1. 2019/07/07(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜付け

 無雙神傳英信流の抜き付けの初動で、鞘手柄手がかかり、体が前傾してそれにつれて両肘が前に出たとき、自分で両肘を前に出す動きをしてしまうと両肘は少し脇から離れてしまいます。その結果、抜付けたときに体を開くのではなく前腕で刀を動かすようになり、中心が働きません。
 確認するために、両肘が前に出たときに動きを止め、肩、脇の力みを抜いてみてください。その時さらに肘、肩が下方に沈むようであれば上記の状態になっていますので修正してください。

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  1. 2019/07/06(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

心を落ち着けて

 無雙神傳英信流抜刀兵法の大森流の逆刀は心の焦りがあらわれやすい形です。
相手が斬り込むので後方に下がり刀を鞘から外し、相手の刀が下方に下りてくるので柄手はその高さのまま後方にさげなければならないのに、何度指導しても、鞘から刀が外れたとたんにあせってそのまま柄手を上にあげる方がおられます。
 このような動きだといくら体は後方に下がったとしても柄手がそこに残っているので下りてきた刀で右手を斬られてしまいます。焦らずに柄手を自分の胸より上げることなく後方に下げなければなりません。
 この動きは大石神影流剣術の「太陽剣」と理合が同じです。「太陽剣」もいくら体をさげても、両手が体に遅れ、体の前方で両手をあげてしまえば、頭は切られなくても手を斬られてしまいます。
 あせって手順を省略することなく、しっかりとした稽古をしてください。

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  1. 2019/07/05(金) 21:25:00|
  2. 居合 総論

意識過剰

 大石神影流剣術では斬り、突くときにすり足ではなく踏み込みながらこれを行います。この踏み込む動作で足を上げなければならないと考えすぎ、足を高く上げすぎると、上体が少し後方に反ってしまいます。そしてその分だけ、斬り、突く動作が遅くなってしまいます。踏み込むという事を考えすぎた結果、動きに無駄が出てしまうのです。
 このような意識過剰は、この踏み込むという動作だけでなく他の面でもよく出てくることがあります。自分自身の動きを見つめなおしてみてください。
 この大石神影流剣術の踏み込む動作も無雙神傳英信流抜刀兵法のすり足も,本質的な部分では同質の動きです。

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  1. 2019/07/04(木) 21:25:00|
  2. 剣術 業

自分を理解して稽古する

 上達が速やかな方と遅い方との違いは、自分自身を理解しているかどうかにもよります。動きを修正した時に自分を理解して稽古を続けている方は、すぐに修正できますが、自分自身を見つめずに自分の外側にあること【たとえば刃音、筋肉の緊張(これで安心する方もいます)、手順等々】ばかりを気にして稽古をしている方は、指摘されたところが何なのかなかなか理解できません。
 今外側にある事象は自分の内にある働きでそのようになっているのだという事を理解して、自分自身の理解を深める稽古をしてください。

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  1. 2019/07/03(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心地よい稽古

 以前、他流派を稽古されるまじめな方が、澁川一流柔術を体験したいと遠方からお越しになられたことがあります。真面目な方であると事前にわかりましたので、通常の稽古に参加していただきました。
 実際にお会いしても真面目な方で、礼をもって真摯に稽古してくださいました。ご自身の流派をしっかりと稽古されており、なおかつ自流派を忘れて澁川一流に取り組んでいただけましたので、澁川一流の技の理解も早く、外形ではなく本質をある程度理解していただけたと思います。
 このような方との稽古は、非常に心地よくさわやかです。求める心がある人が集まれば道場の空気がたいへんよいものになります。

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  1. 2019/07/02(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

知らない事を話さない

 「知は行の始めにして、行は知の成なり」 

 という言葉がありますが、武道を行うものはこの立場に立たなければなりません。行うことができなければ真に知っていることにはならないのです。しかし、時に知識を持っているだけで、自分が大きくなったような気分になり、あたかも行えるかのように話をする人もいます。
 本来は「・・・と言われている。」とか「・・・だそうだ。」とか「・・・と教えられている。」と話すべきところを「・・・だ。」「・・・である。」と話してしまうのです。自らできるようになって話せるようにならなければなりません。武道においては行いが伴わなければあまり意味があることにはなりません。

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  1. 2019/07/01(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜付けで切先が山を描く

 無雙神傳英信流の抜付けは極力体に力を入れぬよう、筋力を用いないように行いますが、そのような状態をたもちながら一部の動きにひずみがあると、その歪は大きく現れてしまいます。
 抜付けで切先が山を描いてしまうのは無理無駄を少なくしているにもかかわらず手の内を締める(握り締めてしまう)からです。
 師の梅本三男先生は抜付けで切先が鞘から出たら柄が手の内から飛び出そうになるけれどもその動きに任せていれば柄が手の内に納まるという表現を用いられました。手の内に力を籠めないように工夫してください。

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  1. 2019/06/30(日) 21:25:00|
  2. 居合 業

始めから終わりまで

 何度も述べていますが、形・手数の演武はとくに初めから終わりまで気を緩めずに続けて行う必要があります。途中で気が抜けるとそこは隙になりますが、演武で初めから退場まですべてが一つであれば隙ができることはありません。また残心という観点からも途切れることがあってはならないものです。
 これは形・手数を続けて稽古する場合にも同じで途切れることがないように稽古しなければなりません。

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  1. 2019/06/29(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 「我がつよい」というお話をしましたが、形・手数はその手順が大切なのではなく、その形・手順で流派の教え、師の教えが求めていることを達成することができるかどうかが大切です。
 いくら形・手数の手順を覚えて、一見見事に演じても、そこに流派の教え、師の教えがなければ意味はありません。世の中にはいくつもの流派ができるという人がいますが、その中には形の手順だけはできるという方もおられるようです。
 私たちがどのように修行していかなければならないのかは明白です。
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  1. 2019/06/28(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

我が強い

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師梅本三男先生はよく「我が強い」という言葉を用いて指導されました。
 「強く振りたい」「速く動きたい」・・・そういった自分の想いを優先させて流派で教えられる教えを無視してしまうことを言われました。正しく動けばいずれ強さも速さも自然に身につくものであるのに、そうではなく自分の考え想いを優先する。そこからは流派を会得することはできないものです。
 これは澁川一流柔術の師 畝重実先生が話されていた「稽古を続けていれば、できるようになる。」というお話しと共通するものがあります。稽古を続けていればとは教えられたとおりに我意を挟まず求め続けていればということです。

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  1. 2019/06/27(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

斬撃、抜付けの稽古

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生に入門したころは、先生は門弟全員に斬撃、抜付け単独の稽古を続けさせられており、むしろ形の稽古の時間の方が少ないくらいでした。週に一度広い稽古場所を使用するときだけは形の稽古が中心で斬撃、抜付け単独の稽古はあまりありませんでした。
 やがて(といっても相当な年月ですが)、時を経て私自身も多少上達すると、私に対しては形の中に斬撃や抜付けはあるのだからと言われ、すぐに形の稽古を指導していただくようになりました。
 私が現在そのように指導しているのはまさに「形の中に抜付け、斬撃があり、形を稽古することでそれらも稽古できる」からです。

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  1. 2019/06/26(水) 21:25:00|
  2. 居合 総論

構えの稽古

 大石英一先生に入門してはじめて大石神影流剣術の稽古をつけていただくとき、先生は大石神影流の構えを初めに教えてくださいました。
 しかし、一度覚えたら「構え」単独の指導はありませんでした。それは手数の中に構えは存在し、手数の稽古を重ねることによって構えもまた磨かれていくからです。初心者は別としてことさらに道場内で構えの稽古をすることはありません。もし手数の稽古で構えを直すように指摘されたら、自分自身で道場外の自宅などで稽古をして次の道場での稽古に臨んでください。

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  1. 2019/06/25(火) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

畝先生の想い出 3

 先生は私に初伝の溺者に対する「いかし」を授けてくださったとき、これは実際に役に立つからと二つの事例を話してくださいました。
 一つは池である近所の子供がおぼれた時に、慌てた親に呼ばれて「いかし」をいれて救った話。
 もう一つは中国でおぼれた中国兵を助けた話です。
 私自身はそのような事例に出会ったことはありません。しかし、今の時代は「いかし」は緊急時の身内にのみ用い、他人はライフセーバーやAEDに頼った方が無難であると考えます。
 想い出は又次の機会に・・・。想い出を語りすぎても、数回の稽古で写真を撮って形(外形)だけ習い、本当に師事したことがない人がその想い出を盗用することが行われるかもしれません。

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  1. 2019/06/24(月) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

畝先生の想い出 2

 私は先生から指導を任され、先生が直接指導されることがなくなってからも、よく先生をお訪ねしていましたが、どこかに行けば必ず先生が喜ばれそうな手土産を持参し、お話をお伺いしていました。
 ある日、先生は「私も私の先生が指導されなくなってからも、美味しそうな刺身があればそれをもっていき、よいスイカがあればそれをもって行きというように、先生の家をお訪ねしていて、先生は喜んでくださっていた。」と話してくださいました。今の日本では師の師に対する態度も、私の師に対する態度も昔話かもしれません。

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  1. 2019/06/23(日) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

畝先生の想い出 1

 先生は私に入門を許してくださった後に「子弟と言えば親子も同然。子の危機に際しては親は命を投げ出しても子を助ける。」と仰いました。このことは何度もお話ししている通りです。
 そして私を大切に指導してくださり、実の子のようにいつくしんでくださいました。私が免許皆伝上極意を授かり、先生が直接道場で教えられなくなってからも、私が演武会などのビデオを持っていくたびに、後にそれを見られて指導してくださいました。私の子供が物心ついて形のまねごとができるようになってからも、先生はそれを見てくださり喜んでくださいました。
 今の時代にはない師弟関係なのかもしれません。
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  1. 2019/06/22(土) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

人を選ぶ

 良い感化を受けるということもありますが、悪い方向に感化を受けることもあります。
 八方美人であれば当然ですが、いろいろな方と交わりを持つようになります。その中でなぜか人は悪い方向へと感化を受ける方向に向かいがちなようです。正しく自己をしっかりと確立していればそのような事態にはならないのかもしれませんが、しっかり自己を確立している人には悪い方向へと導く人たちは近寄りがたく、その周りにはお互いに良い影響を与える人たちが自然と集まります。
 未だ修行途上にあれば交わる人を選んだ方が無難であるといえます。

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  1. 2019/06/21(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

よい感化を受ける

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師梅本三男先生は私が大学生になって広島を離れるときに「素晴らしい人のそばにいさせていただければ、お話をしなくてもそばにいるだけでよい影響を受け、与えられるものがある。」と教えてくださいました。
 大切なのは自分を無にして、素晴らしい人のそばにいることです。「あの人はこう考えるが、自分そうではない。」「ああいわれているが自分の立場は違う。」ということから、まず離れてその人を受け入れることによって、そばにいさせていただくだけでよい影響をうけることができます。我が強ければ自分の殻に閉じこもっているので自分にとって都合の良い部分のみを受け取ろうとしていることになり、結局何も得るものはありません。

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  1. 2019/06/20(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論
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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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