無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

 武道の師は自分で選ぶものですが、縁が大きく左右することがあります。いくら自分にとって良師を探しても巡り会えない事もありますし、巡り会っていてもすぐには師事できない事もあります。
 私が無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生の居合を初めて拝見したのは入門する2年前で、そのときに感銘を受けたものの中学生であったので入門することは考えませんでした。しかし、中学を卒業して剣道の先生に紹介を受けたのが、梅本先生でした。
 澁川一流柔術の師 畝重実嗣昭先生を知ったのは私が20歳くらいのときで、近所に住んでいた居合の兄弟子をご自宅までお送りしたときにお話をお伺いし、稽古に行かないかと誘われ、先生にごあいさつしたこともありました。しかし、当時は筑波大学の学生だったため稽古はできず、卒業後も全国を転々とする仕事であったため稽古はできませんでしたが、仕事をかえ、稽古をつけていただくことができるようになりました。
 大石神影流剣術の師 大石英一先生と初めてお会いしたのは武道史研究の為でした。その時は遠方でもあるため稽古に通わせていただくことなど思いもよりませんでしたが、無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古が一番進んでいた方が久留米に転居したため、全てをお教えしておこうと思い、久留米まで指導に行っていた時期に入門させていただくことができました。先生のお住まいがある大牟田と久留米はそれほど離れていませんし、当時高速道路の料金が安くなった時期でもありました。
 私の場合、良師と巡り会うことは長年望んでいたことであり、願いが叶い、御教えを受けることができたということだと思います。

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  1. 2017/07/11(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

情報の錯綜

 物事は全てを黒か白か、善か悪かでとらえることができません。特に集団である場合にはそれが顕著です。
 一つの集団の中にはリーダーにとって代わりたいと思う者もあり、リーダーが隙を見せたときに、その座を狙いたいものは一見まともなことを言って取って代わろうとします。外から見ていれば流れが変わりつつある、その集団の本質が変わるのではと思えても、一過性のものであり、そういった人物がその座についても、同じ集団が本質的に変わっていくことはありません。また賛意を得ようとしてその集団が全体として欺くこともあります。これは右にも左にも言えることです。本質は何なのかを見極める目を持たなければ騙されてしまいます。また、どちらの立場にも善悪が混在し、個々の事象について判断しなくてはならない場合が多々あります。
 武術においてもそうです。武術においては相手は様々な動きを見せます。色を見せる場合もあれば、色を見せていると思われる場合であっても本当に相手の失敗であることもあります。そのような中で自分自身が情報の取捨選択に迷ってしまえば自分を全うすることができません。自分をしっかりと持ち、本質を見抜く目を養っていかなければなりません。

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  1. 2017/07/10(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

奇抜な格好

 武道を稽古する方の中には奇抜な格好をする方もおられます。演武で陣羽織のような派手すぎるものをはおったり、講談に出てくるような恰好をしたり。
 戦国時代末期や江戸時代初期にはそのような格好をして人目を惹き、仕官の口を探す必要もあったかもしれません。しかし、今そのような格好をしても陳腐にしか見えません。
 人目を惹きたいという気が起こったら、自分は何のために武道の稽古をしているのかという初心に立ち返ってください。

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  1. 2017/07/09(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一度稽古したことは体が忘れない

 形・手数を一度稽古したら体はそれを忘れないものです。忘れてしまったり、出てこないのは頭で手順を覚え頭からそれを取り出して体に現そうとするためで、素直に自分の体を自由にさせれば動きは自然に出てくるものです。
 稽古の後に頭のなかで「いち、に、さん」と再現して覚えようとし、次の稽古で頭からそれを取り出そうとする稽古をしてしまえば、体も動いてはくれません。体で覚えたことは、そのまま体から出てくるような稽古をしてください。

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  1. 2017/07/08(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

呼吸

 体が鎮まらない方は呼吸の稽古をしなければなりません。頭を働かせる傾向がある方は特に意識して呼吸の稽古をしてください。4月にヨガの指導をしていただいた時の呼吸法も非常に即効性のある方法であることに驚きましたが、この講習を受けていない方は、ただ正座して体が鎮まるまで床下から息を吸い上げまた床下に返していく稽古を重ねてください。やがて数度の呼吸で体が鎮まるようになります。体が鎮まればそのままで動けるように形の工夫をしてください。

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  1. 2017/07/07(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

人物を見る

 情報を発信している人物の人間性がわかっていれば、まちがった人物が発する情報が玉石混交であっても基本的に自分のために行っていることなので、その発信されるものを避けるべきです。
 よく知っているからと言って情報だけを得ようとそういう人物の発信するものに接していたら、そういう人物は知識を自分の私利私欲のために利用しているので必ず影響され自分もいずれそのような人物になってしまいます。近づくべきではありません。

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  1. 2017/07/06(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

順序

 澁川一流柔術には刀を用いる居合もあれば六尺棒、鎖鎌などの形もあります。無雙神傳英信流抜刀兵法には素抜き抜刀術だけでなく、太刀打のような剣術の形もあれば、大小詰のような柔術の形もあります。
 ただし二つの流派では根本的に求め方が異なります。渋川一流柔術では何も持たない動きが元になって素手の延長として武器が存在します。したがって六尺棒や鎖鎌を手にして使った時に素手の時の感覚がなければ、柔術に含まれる六尺棒の形や鎖鎌の形ではありません。そのためには素手の形で十分に体を練ったのちに、六尺棒や半棒を手にする必要があります。順序が逆だと六尺棒や半棒、鎖鎌の形ができたとしてもそれは澁川一流柔術の形とは本質的に異なります。あれもこれも別々の基準で行っているにすぎません。
 無雙神傳英信流では自分の体と刀とが一体となったのちに太刀打や大小詰の稽古をします。そうなってもいないのに太刀打の稽古をしても、ただ木刀を振り回しているだけになり、大小詰の稽古をしてもただ相手を投げているだけで、自分の刀を扱うのと同じように相手をも自分の一部にするという動きができるわけではありません。
 流派によって求めるには求める順があります。

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  1. 2017/07/05(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一度で習得する

 形・手数の動きはどんなに難しく見えても、短期間で習得する覚悟を持たなければなりません。
 外から見ただけでは理解できない動きであっても、師から直接習えば、どのような状況の中で、相手とのどのような関係性の中で、どのようなタイミングで、どのような動きでということを習うことができます。そのような条件を理解することができてその形の動きが有効となるのですから、ただ見ただけの方とは習得の早さが全く異なります。基礎が身についているのであれば一度の稽古で習得する覚悟を持たなければなりません。

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  1. 2017/07/04(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

忍れと色に出にけり我恋は
     物や思ふと人のとふまで


 この歌は表に自分の心を表すことを戒めると同時に、相手が打つべき時を知らせてくれるということを示したものです。
 心が一番表に現れやすいのは顔です。武術として居合を稽古している方は自分の顔が普段のままであることを良しとしなければなりませんが、競技として居合を稽古される方にはいかめしい顔をすることを良しとする傾向もあるようです。私たちは体にも心にも自分の心を表してはいけません。

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  1. 2017/07/03(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

位をみる

 大石神影流剣術では間を隔てたときに「位をみる」ことが大切です。位をみることがなければ、相手も知らず、ただ打ち合ってしまうことになります。この「位をみる」ことは澁川一流柔術に言葉こそありませんが、対峙したときに必要なものであり、また、無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打や詰合に必要なものです。

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  1. 2017/07/02(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

受け身

 澁川一流柔術の形稽古や演武における受け身はどういう技がかけられるのかがわかっているのですから、難しいことはありません。また捕が関節などに無理な技の掛け方をしない限り正しく受け身が取れれば怪我もしないはずです。
 にもかかわらず、技を掛けられた時にダメージが大きい場合は自分の受け身の未熟を恥じなければなりません。このような場合は稽古不足から瞬間的に技を掛けられまいとして体がこわばってしまうからであり、体が柔らかく動いていないためにダメージを受けてしまうのです。
 また、現代柔道と澁川一流柔術とは考え方が異なっており、背中が床に着いたから勝敗が決まるという事はなく、そこからの返し技も将来的には稽古しなくてはなりません。受け身が苦手な方は自分自身でしっかり稽古してください。

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  1. 2017/07/01(土) 21:25:00|
  2. 柔術 業

自分の力を限定しない

 人はこれまで生きてきた中で順位をつけられることによって自分の持てる力を限られた範囲のものとして限定して考える習慣を身につけています。しかし、これまで量られてきたものは限定された範囲で特定の測定の方法によるものにすぎません。そのような方法で人が持つすべての力を量ることはできません。
 稽古をされる方の中には、そのような方法で量られたものを自分の能力の全てだと思い込み、稽古をしても自分のはかられていない力を用いることに気付かない方が多くおられます。人が持つ力は限りなく、自分自身が気付かない大きな力をもっています。稽古では自分がこれだけの存在だと思い込まず、用いてこなかった全ての力を用いるように心がけてください。

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  1. 2017/06/30(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

お話を聞く

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生も澁川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生もよく話をしてくださいました。梅本先生には高校生の頃から師事していましたのでこれは以前お聞きしたことがある話だと思うこともありましたが、それは理解が不十分であったことに後になって気付きました。
 同じ内容であっても自分が少しでも成長していれば受け取るものが異なり得るものも違っているのです。畝先生も同じ話をされることがありましたが、そのような心を以てお聞きするとまた異なった内容を得ることができました。
 大石神影流剣術の師 大石英一先生もよく話をしてくださいます。稽古よりもお話が長いくらいのときもよくありました。
 お話をしてくださるということは私に伝えておきたいと思われることが多くあり、たとえ同じ内容であっても大切なことは繰り返しお話ししてくださいます。どんな小さなことにも後になって「そういうことか」と思い至ることがあり、直接お聞きすることで、心に残っていきます。雑談を聞いても仕方ないと思う方は、話に含まれる大切なことをまだ理解できないレベルであるという事だと思います。
 形に関することだけを知り、それだけで十分と思っていては真の修行にはなりません。

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  1. 2017/06/29(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

肚がない

 ある外国の方が日本人で古武道の大家と自認する人について面白いことを言っていました。形をたくさん知っていて、いくつもの柔術や剣術、居合の流派を修めたといっていてもあの人には肚がない。
 動きの面と覚悟の面の両方を言ったようです。外形だけで、手足をバラバラに動かせ体の中心である臍下丹田という中心がないので、形の手順は知っているけれど形の稽古を通じて練り上げたものが全くない。知識だけだ。という意味と、覚悟が全くない、形だけの演武だという意味で言ったようです。
 外国人であっても見る目のある人には見えるもののようです。そうならないように修業しなければなりません。

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  1. 2017/06/28(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

外連味

 外連味とははったりやごまかしのことを言うようです。稽古される方が、外連味がある演武はいくら素晴らしいものであっても完成されてはいないという意味のことを話されました。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生が話された「達人の定義は無理無駄のないこと」に通じるものだと思います。
 外連味がない演武は素人が見たらわからないもので、素人好みがする演武は外連味がある演武です。私たちは見せるために稽古を行うのではないので「見える人が見れば見える」武道でなければなりません。

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  1. 2017/06/27(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論
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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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