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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

ゆるむこと

 数か月前のことですが、月間武道3月号の「四股探求の旅」にこのように書いてありました。「体を緩めることにより、重力ベクトルと抗力ベクトルを的確に感じ取り、その微妙なずれや関係性をつかんで体の最適な位置取りを微調整し、力の出し方や方向性を効率よく発揮することができます。一方、体にガチガチに力が入った状態では、そういう細かい情報を感じることができないので構えが雑になり、不必要な力ばかりを使うことになってしまいます。」
 私たちが稽古していることも同じです。ただし、短絡的に理解して、腑抜けになってしまえば何の意味もありません。起こりがちなのが腑抜けになっていることと無理無駄がないことを混同することです。
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  1. 2020/06/09(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

桃井春蔵

 桃井春蔵といえば上段で有名です。上段も現在のように上段から片手打したようですので現代剣道の上段のはしりといえるかもしれません。日本剣道形に上段からの片手打がないのは一般的に試合以外では上段から両手で切り下していたからだと思います。
 久留米の加藤田平八郎の門人の武藤為吉が桃井春蔵と試合をした時の記録に、武藤は桃井と勝負について舌戦したことを記録しています。桃井は自分の上段からの打を面金にかかるかかからぬかくらいであるにもかかわらず、引き上げを行って有効であると主張し、武藤の打ちは軽いといいます。一方武藤は、確かに軽いかもしれないが桃井の上段からのの打ちは片手打、自分の打はしっかり届いており、しかも両手での打ちであると主張します。
 このころから軽いの浅いのという現代剣道に通じる主張と、打ったように見せかけるということが行われています。
貫汪館で防具着用稽古をする方は、軽かろうが浅かろうが、刀が自分に触れれば致命傷でなくても自分は動くことができなくなると考えてください。

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  1. 2020/06/08(月) 21:25:00|
  2. 武道史

映像による指導

 海外の支部長には真面目に映像を送って修正を求められる方がいます。
 米国エルパソ支部長は以前からこのような方法で指導を仰いできました。メッセンジャーで映像を送ってくれるのですが、勘違い思い違いを正すには大いに役立ちますし、何度も直接指導をしていますので私が言いたいこともよく理解できるようです。
 トリニンダードトバゴ支部長も、現在の世界的状況になってからYouTubeで映像を送ってくれています。遠方のために直接指導の回数は多くはありませんが武道に関する経験が豊富なため指導の内容がよく理解できるようです。また私の演武の映像と照らし合わせて、工夫を重ねているようです。
 日本では住宅環境などもあり、なかなか自分の映像はとれないと思いますが機会があれば送ってください。
 もともと一斉教授法はとっておらず、基本的には個別指導で、内側を正して外側が整っていく指導ですので私の指導はズームを用いるには向かないように思います。映像をおくってください。時間はかかりますが、アドバイスを返します。
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  1. 2020/06/07(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

まっすぐに

 大石新影流は振りかぶりが特殊で、振りかぶった状態も、無雙神傳英信流とは異なっており、切っ先が中心にありませんので、焦る人は木刀を自分の右方から斜めに振り下ろしてしまいます。何度もそのような動きをしてしまうとその悪癖が抜けなくなってしまいますので、ゆっくりと動いてまっすぐに振り下ろせるように正してください。鏡はあまり稽古に用いませんが一人稽古のときに鏡の前で確認してください。

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  1. 2020/06/06(土) 21:25:00|
  2. 剣術 業

斬撃

 無雙神傳英信流の師 梅本三男先生は私が所信のうちには斬撃の稽古を相当長い時間させてくださいました。ある程度上達してからは「斬撃はよいから形をしろ。形の中にはすべてが含まれている。」とおっしゃって形の稽古が中心になってきました。
 私の場合には現代剣道の素振りの癖がなかなか抜けなかったために斬撃の稽古をさせていただくことで無雙神傳英信流の斬撃を身につけることができるようになったと思います。
 他流派や現代武道の経験者にはどうしても、その癖が残りますので斬撃の稽古をしっかりして流派の基礎を身につけてください。そうでなければ、早めに形の稽古に入る方が良いかもしれません。

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  1. 2020/06/05(金) 21:25:00|
  2. 居合 業

無念無想

 30年ほど前のことですが、ある時期新興宗教の教祖様が梅本三男先生のもとで稽古されていたことがありました。新興宗教の教祖様ですが、それなりの神通力ともいえるものも備えていたように思います。ある期間が過ぎると梅本先生の神道の師が言われていたように去っていきました。
 その方が私に言われたことがあります。「梅本先生は抜き付けても斬撃しても無念無想です。」とそのころ私は航空自衛隊を依願退職して間もないころでもあり、体力も気力もあり、抜こうと思って抜き、斬ろうと思って斬っていました。
 梅本先生にお尋ねしたところ何も思わずに動いておられることを教えていただき、いわゆる無念無想の状態での稽古をしておられるました。私はいまだに邪な心が頭をもたげますが、そうありたいと稽古を続けています。

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  1. 2020/06/04(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

修行

 昨日述べたこととも重なりますが、仏教にも戒律があります。私は大叔父二人が曹洞宗のお寺の住職をしていたものの詳しくはありませんが、戒律を守りながら修行をしなければならなかったようです。
 私は武術の稽古そのものが人を導くと考えていました。しかし畝先生が話されたように「弟子ができることは師を選ぶことだけ。」つまり、師の教えに従って稽古しなければならないという事や梅本先生が話されたコップの水の話、つまり余分なものをコップに入れていては渡そうと思っても渡すことはできないということが正しいのだと思えるようになりました。
 人は自由に求めさせるだけでは自分のエゴが大きくなり、自分の都合の良いように解釈し、自分の都合に合わないことは間違っているのだと考える傾向があるようです。そうなってしまうと、先日のヨガや瞑想の話と同じ状態になります。自由に求めさせても間違った道に入らない人は求道心が強く、師に従っていこうと覚悟を決めている人だけのように思います。
 ダメなものはダメ、従えない者は上達はない。それが道理なのだと思います。

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  1. 2020/06/03(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

コップの水を

 これも以前お話したことですが無雙神傳英信流の師梅本三男先生は私が入門して間もないころ、「教えるということは自分のコップの水をすべて弟子のコップに溢すことなく移すということだけれども、弟子のコップが空でなければすべてを移すことはできない。」ということを教えてくださいました。私はその時に全てを教えてくださろうとしているのだと胸が熱くなったことを覚えています。すべてを教えるかどうかは師の判断するところだからです。
 このお話も昨日の畝先生と同じです。「私」を交えていては教えても伝わらないということなのです。コップにすでに半分「私」をいれていれば教えられたことの半分しか入っては来ません。つまり半分は我流であって、流派を名乗ってはいても手順が似ているだけで同じ流派ではありません。修行途中で先生はこういわれるけれど、自分はこう考えると言って行っていてはすべてを伝えることはできないものです。

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  1. 2020/06/02(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

師弟といえば親子も同然

 「師弟といえば親子も同然。子の危機の際しては親は命を懸けてでもその子を守る。」と澁川一流柔術の師畝茂實先生が私の入門を許してくださった後にお話しくださったということは依然述べたとおりです。このあとには「弟子ができること(可能なこと)は師となる人物を選ぶことくらいである。」という話が続きます。
 つまり、許して入門させたからには師は全力で弟子を導く。弟子は師の導く通りに「私」を交えずに道を求める。ということです。自分が教えられたことをすべてを授けようとするときに、弟子が「私」を交えてしまえばすべてを伝えることはできなくなってしまいます。そのような教えを畝先生はしてくださいました。私はそれが当然だと思っていました。無雙神傳英信流抜刀兵法の師梅本三男先生のお教えも表現は違っても同じものでした。明日述べます。

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  1. 2020/06/01(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

少心のゆがみにつゐて、 後にハ大にゆがむもの

 これも『五輪書』の宮本武蔵の言葉ですが前を少し記すと「日々に其道を勤と云とも、心の背けば、 其身ハ能道とおもふとも、直なる所よりみれば、 実の道にハあらず。 実の道を極めざれバ、少心のゆがみにつゐて、 後にハ大にゆがむもの也。」となります。
 自分では稽古しているつもりでも心がその道から離れていれば正しいと思っていてもやがては大きなゆがみを生じるということになるでしょうか。窪田清音も同じニュアンスのことを言っていますが『五輪書』を読んでいたのかもしれません。
 大切なのは少しのずれがやがては大きなずれとなっていくということで、こうなってしまってはいくら稽古してもその甲斐はありません。
 我意を挟まず正しく稽古を重ねてください。

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  1. 2020/05/31(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

師弟

 宮本武蔵の『五輪書』に「師は針、弟子は糸となつて、 たへず稽古有べき事也」とありますが、まさしくそのような状態でなければ、流派を会得しようとしたときには不可能であると思います。
 私自身は私が師事した先生に教えを請おうと決めて入門したわけですので、当然のことですが、教えていただけることが喜びでした。したがって「先生はこういうけれど、自分はこう考える」などということは思ったこともなく、先生に指導を受けたことができるようになるまで求め続けました。
 しかし、そうでもない方もおられます。正しくできれば楽に行えるにもかかわらず「このほうが自分には楽だからこうしよう」、体の力みが阻害しているにもかかわらず「体が硬いのでできるはずはない」、極端な例は膝に故障があるわけでもないのに「正座は直接技に関係ないから、あしが痛くなる正座はしたくない」などと考えられるのです。私には思いもよらないことでした。時間つぶしの趣味で稽古しておられるならそれで良いのかもしれませんが、真摯に稽古している方と、そのような方が混在する場合、真摯に稽古している方を優先して指導しています。

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  1. 2020/05/30(土) 21:25:00|
  2. 武道史

言わない

 昨日のことにもつながりますが、流派のことを、昔のことでも、最近の出来事でも流派の外の人間にあれこれと言わない。しったかぶりをしない。
 貫汪館の門人が話せば、話した人間の理解不足や誤解や聞き間違いで,正しくないことであったとしても貫汪館以外の人には、真実であるかのように受け取られます。一度口から外に出たことは取り返しがつきません。

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  1. 2020/05/29(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

語らない

 「ああだ、こうだという時間があれば稽古をしなさい。」口から何でもかんでも思いついたことを軽く出してしまうから、深く求めることができなくなってしまいます。
これは、語らずにはすまないタイプの一部の西洋の人たちに言わねばならないことですが、最近の日本人にもこういう方が増えてきていると思います。梅本先生は禁言の行ということにも言及されていました。

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  1. 2020/05/28(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手の内

 澁川一流の師 畝茂實先生には稽古をつけていただくときに技をかけていただいたので、先生の手の内は私の体が良く覚えています。また、無雙神傳英信流の師 梅本三男先生には手の内を教えていただくときに私の前腕を柄と仮定して持っていただいたのでその手の内も体が覚えています。お二人の手の内ともにお二人の内部からその手の内を通じて私に何か暖かいものが流れてくる手の内でした。体という重いものを扱うのと、刀という体に比べて軽いものを扱うということの差はありながら同質の手の内であったのだと思います。

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  1. 2020/05/27(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

阳剣

阳剣は打太刀の動くのを感じて斬り込むのではありません。正面に斬り込むべくして斬り込みます。表面上は打太刀の動きを感じて斬りこむのですが、深い稽古においては斬り込むべくして斬り込むようになります。打太刀に近づく前から、打太刀がどのように動こうと斬り込んでいます。
 工夫してください。

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  1. 2020/05/26(火) 21:21:00|
  2. 剣術 業

手順をおわない

 演武会では手順を間違えまいとして形にとらわれた演武をする方が多いように思います。しかももう何年も稽古しているにもかかわらず、そのような方がおられます。常々言っているように形は間違えてもかまいませんが貫汪館で稽古している流派の根幹をわすれて手順の見間違えずに行っても、それは無雙神傳英信流、澁川一流、大石神影流ではありません。真似事にすぎず真似事であれば貫汪館で稽古する必要はありません。
 大切なことは何かをよく考えて稽古してください。
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  1. 2020/05/25(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

結ぶ

 大石神影流の「張る」動きの前には「受ける」動きがあります。この動きは単に受け止めるではなく打太刀と「結ぶ」動きです。「結ぶ」ということを深く追及してください。
 結ぶゆえに張ることができます。

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  1. 2020/05/24(日) 21:25:00|
  2. 剣術 業

多度津藩 稲田誠治

 多度津藩で大石神影流の師範をしたのは稲田誠治です。多度津は小さな町で、稲田姓が二件あるものの稲田誠司とはかかわりがない他地域から転居された方でしたので、稲田に関する原史料はみつかっていません。
 多度津町教育委員会に問い合わせをしたところ詳細に調べてくださり、稲田誠司はたしかに大石神影流の師範をしており柳河の大石進のもとに修行に行ったほかにも、熊本にも廻国修行に出ているようです。小城藩の大石神影流江副七兵衛も訪ねています。
http://kanoukan.blog78.fc2.com/blog-entry-4238.html
 多度津藩は剣術では一刀流、柔術では竹内流も行われ、中上流の鎖鎌も行われていたようです。

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  1. 2020/05/23(土) 21:25:00|
  2. 武道史

高鍋藩 石井寿吉・柿原篤次郎

 高鍋藩に大石神影流を持ち込んだのは石井寿吉と柿原篤次郎です。二人は『宮崎県史料』によると藩費で丸2年の予定で嘉永3年に柳川藩に留学して大石神影流の免許皆伝となりました。『高鍋町史』によると高鍋藩では大石神影流の前には雲弘流、心影流、示現流、淵水流が行われたようです。のちに津田一伝流も導入され、元治2年には藩の流派は大石神影流と津田一伝流の2流派となっています。ただし足軽の間には大示現流という流派も行われていたようです。
 『高鍋藩史話』によると石井寿吉は維新時奥羽に出兵し、その帰りに大聖寺藩で藩士の要望で剣術の試合をし、藩主から酒魚を賜ったということです。
 槍術も嘉永の初めごろに柳河藩の大島流の加藤善右衛門に学んだものが高鍋藩に大島流をもたらしています。
  
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  1. 2020/05/22(金) 21:25:00|
  2. 武道史

鹿島藩並木軍八

 大石神影流の鹿島藩の師範について簡単に記します。
 佐賀藩の支藩である鹿島藩の大石神影流の師範は並木軍八です。並木は『鍋島直彬公伝』によると文久元年に武術熟達の褒賞を受けており、『藤津郡人物小志』によると発句に優れ、小鳥の飼育に妙を得ていたといいます。孫の幾哉は維新後に裁判官を務め、判事として小倉や北海道で勤務し盛岡で弁護士をしたようです。大石神影流の資料は鹿島にはなく森岡に眠っているかもしれません。
 鹿島藩の剣術はいくつかの時期を経て最終的に家流(藩主の流派)に統一されますが、大石神影流は最後まで残り家流と大石神影流の並立となった後、慶応3年に家流に統一されます。ただし、大石神影流は革張りの胴、鉄の最新式の面、竹刀も最新式の竹刀、家流は大石神影流以前に行われていた旧来の流派の袋撓、小手も薄い革嚢であったため、防具着用の稽古では二通りの道具を用いていたようです。直心影流もすでに入っていて家流に統一されていますので、旧来の直心影流の防具は大石神影流のものと比べるとやはり時代遅れのものだったのでしょう。
 大石進の防具は基本的に大島流槍術で用いられたものを改良したものと考えられますので丈夫であったのだと思います。

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  1. 2020/05/21(木) 21:25:00|
  2. 武道史

揚心流薙刀

 昨日,、大石神影流にまつわる長刀の話をしましたが、柳河藩のとなりの久留米藩の揚心流薙刀は加藤田平八郎が上妻郡の祈祷院に隠棲していた元熊本藩士の星野平左衛門に習って久留米で教えたものです。加藤田平八郎の門人帳を見ると女性が稽古をしている人たちの大多数を占めます。加藤田平八郎の子の加藤田大介も薙刀を教えたようです。
 柳川でも揚心流薙刀が教えられていたようですが、これも星野平左衛門の流れです。江戸時代の揚心流の資料は見つからず、柳河藩に揚心流を伝えたであろう人物の名も柳河藩士の中にはみあたりません。明治時代になってからの資料では女性ばかりが稽古しています。

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  1. 2020/05/20(水) 21:25:00|
  2. 武道史

長刀

 大石神影流の長刀はおそらくは大島流に由来します。大石進種次の末の子の大石雪江・板井真澄の弟子であり久留米で大石神影流を教えた福原作十郎は薙刀の流派を作り女学校で教えたということですが資料を発見できません。久留米は空襲になっていますので残っていないのかもしれません。また福原作十郎は懐剣の形もこしらえたということですので、これも女学校などで教えたのかもしれません。資料を見てみたいものです。
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  1. 2020/05/19(火) 21:25:00|
  2. 武道史

防具着用稽古

 大石神影流では稽古方法の一つとして防具を着用した稽古をしますので、各支部でも手数の稽古が進んで流派の動きを身につけた方は支部長の判断をあおぎ防具を購入してください。
 防具を着用する稽古は勝敗を決めるためではなくあくまでも手数の稽古の延長ですのでことさらに防具を着用した稽古を意識して抵抗を感じる必要はありません。打ち込まれたらなぜ撃ち込まれたのか、手数の稽古は正しくできているのかということを考え、打ち込めても、今のは勝負を争おうとして打ち込んでいなかったか、大石神影流の理に照らして正しい動きであったかを顧みなければなりません。防具は高価なものを購入する必要は全くありません。身を守ることができればよいので手軽な値段のもので大丈夫です。
 現代剣道と大石神影流の防具着用稽古のもっも大きな差は現代剣道は打突の後に前に進みますが大石神影流の防具着用稽古では手数の稽古と同じで打突後に前に進むことはありません。打突後には可能な限り切先は相手の面につけます。
 以前も述べたことがありますが打突後に前に進む動きは長尾先生のご研究で明らかなように大正末年ころから出始めた動きです。その頃を境として現代剣道の動きが生まれています。したがって、いくら古い様式の稽古をしているといっても現代剣道式に打突後に前方へつぎ足などで進む動きをするのは???ですので、特に現代剣道の経験がある方は気を付けて稽古してください。
 
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  1. 2020/05/18(月) 21:25:00|
  2. 剣術 業

朱に交まじわれば赤くなる

 武道の世界は、特に古武道の世界は自己顕示欲の塊のような人も多く、そういう傾向を持った人が短期的に稽古に来ることもあります。そういった人は自分は他と違うということを言いたくて、さかんに奇抜な人目を引くような情報発信をします。情報発信の意図がそこにあるのでそういう方と交わっていると自分もそのような傾向の人間になっていきます。とかく注目を浴びるような人と違う言動を始めてしまうのです。
 注意してください。

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  1. 2020/05/17(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

悪癖

 大石神影流の手数の稽古で、仕太刀の最後の動きだけがどうしても脚を突っ張って腰が高くなる癖の人がいました。途中の打突の動きはそのようなことが起こらないのです。
 原因は以前稽古していた現代武道の形稽古の最後のきめに合ったようです。形稽古が華としての存在であるだけの武道であればそれでよいのですが、形稽古を通じて上達するためにはいわゆる「きめ」という固まった状態を作ることはできません。考え方を正していくことでいわゆる「きめ」の悪癖はなくなっていくようです。

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  1. 2020/05/16(土) 21:25:00|
  2. 剣術 業

自己中心的な行為

 欧米ではヨガや瞑想を行うことによってかえって自己中心的になる人が増えているという研究があるようです。呼吸、身体や精神活動に焦点を当てた集中は自己本位な行動として特徴づけられるというのです。
 それはそれらの活動をする目的が自己を増強することつまり健康や精神的超越にあるためで、本来の無我の境地を目指すものとは異なっていることによるらしいのです。同じことをしていても目的が異なれば結果は異なってくるのでしょう。
 武道も全く同じだと思います。人に勝ることばかりを追求すれば古武道にどんな肩書を持っていても、また〇道八段といっても自己中心的で醜い人もあり、一方、同じように免許皆伝や〇道八段にも素晴らしい人がいるのは稽古の目的の違いによるのだと思います。
 稽古を重ねることで自分がますます強くなっていくと感じる稽古ではなく、稽古をすればするほど自分の至らぬところが見えてくるような稽古を心がけてください。
 
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  1. 2020/05/15(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

できるのがあたりまえ

 私が教わった古武道の世界はできるのが当たり前の世界です。できたからと言って褒められることでもありませんし。素晴らしいことでもありません。できなければならないのです。
 今の時代はほめて伸ばすということが言われ、若い人や外国人の人はほめられなければ稽古をする気が起きないような人もいるようですが、それは心得違いです。武道の世界では自分が至らぬところを斬られてしまいます。したがって至らぬところを指摘していただいているのは熱心に導いていただいているということなのです。 修行は自分が自分を律していかなければならず、自分の至らぬところを自分自身で正していかなければならぬものです。師は自分が気付けないところを指摘してくださいます。それは大変ありがたいことなのです。
 
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  1. 2020/05/14(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

辻真平

 辻真平は小城藩(佐賀県小城市)出身で剣道形制定の5名の主査のうちの一人です。父の永田右源次より心形刀流の指導を受け免許皆伝となっています。永田右源次がどこで心形刀流の免許を受けたかはまだわかりません。
 辻真平は12歳から19歳まで藩校興譲館の相門引立方を命じられたということですので、小さいころから父親にしっかり稽古をつけられていたことがわかります。
 父の永田右源次の心形刀流の記録はかなり明治維新に近くなってから廻国修行の英名録に出てきます。小城藩では最後に取り入れられた流派であろうと思います。一昨年末に小城市で小城藩の古武道についてお話ししたときには気づきませんでしたが、永田右源次はもともと大石神影流を稽古していた人物であったことを見逃していました。斎藤新太郎の嘉永二年(1849)の廻国修行の英名録には小城藩の大石神影流の江副兵部左衛門の門人としてその名が記されていますので、そのころ心形刀流も稽古していたのかもしれませんが、名乗れるほどではなかったのだと思います。
 辻真平の父である永田右源次は大石神影流の防具着用の剣術でその基礎を練ったことになります。したがって辻真平の防具着用の稽古の基礎は大石神影流にあったと考えることができます。
 大石進種次は江戸で心形刀流の伊庭軍兵衛と親交があり、九州では大石神影流を学びまた心形刀流を兼ねて学ぶ武士がありましたので永田右源次は江戸に行くことなく近くの藩で心形刀流を学んだ可能性もあります。
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  1. 2020/05/13(水) 21:25:00|
  2. 武道史

プライド

 下手なプライドがある方は上達できません。昨日述べたこととも共通しますが、自分の至らぬところを指摘され自分自身で正していくのが修行の在り方ですが、下手なプライドがある方は自分がいつも正しいと思っているので至らぬところを指摘されても、それを自分が批判されたと受け取り挙句の果てには先生が間違っていると考えるのです。「自分はこれでいい。」とか「自分のやり方はこうだ。」と考えてしまうのがその表れです。
 下手なプライドがあれば、至らぬところ、間違っているところを他者が正すことはできませんし、流派の稽古を通じて上達することもありません。

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  1. 2020/05/12(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

よく見せたいという思い

 人によく見られたい、よく見せたいという思いがあるうちは真の上達はしません。そういう思いがあると必ず外形を作るために不必要なところに力を入れメリハリのある動き、カクカクした動き、不必要に素早い動きをしようとして体にいらない力を入れてしまいます。
 無理無駄のない動きは見えにくいものです。また簡単にみられるようではならないものです。見せようという思いやよく見られたいという思いがあれば上達からは遠ざかっていきます。
 子供たちは純粋に上手になりたいと思って稽古します。まっすぐに上達していきます。

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  1. 2020/05/11(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

理屈

 修行半ばで理屈をいろいろ述べるようになると、必ず上達から遠ざかっていきます。自分自身が自分が考えたことに居ついてしまうのです。また、その自分が考えたことも、そのレベルで考え出した中途半端なものでしかないのです。
 できるようになってから「ああ、こういうことだったのか。」とわかるのが理論です。それまでは下手な理屈をこねずただ修行するばかりです。

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  1. 2020/05/10(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論
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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
ご質問のある方は貫汪館ホームページに記載してあるメールアドレスからご連絡ください。記事へのコメントではアドレスが記されてないため返信ができません。

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