FC2ブログ

無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

和気神社

 久留米での稽古の翌日の月曜日、岡山県にある和気神社へ行ってきました。和気神社の御祭神は和気清麻呂公をはじめ和気氏に関係のある神々です。写真は和気神社と和気清麻呂公の銅像です。

    02DSC_0144.jpg     08DSC_0158.jpg   03DSC_0146.jpg

 和気清麻呂は言うまでもなく道鏡事件に関係がある人物ですが、道鏡事件について神社の説明をお借りすると、

奈良時代、神護景雲3年、僧道鏡が、女帝の称徳天皇から特別深い寵愛を得て、太政大臣に、次いで法王となり、最後には天皇の位を望むようになりました。そこへ、九州大宰府の主神(かんずかさ)習宜阿曽麻呂(すげのあそまろ)が朝廷に「道鏡が天皇の位につけば天下は太平となる」という宇佐八幡の神託をもたらしました。
 天皇は驚き、神意を確かめるために清麻呂公を使いとしました。宇佐に到着し、神前に額ずく清麻呂公にもたらされた神託は、
「我が国は開闢以来、君臣の分定まれり。臣を以って君と為すこと未だあらざるなり。天津日嗣は必ず皇緒を立てよ。無道の人は宜しく早く掃い除くべし。」
 宇佐から帰京した清麻呂公は堂々と、この神託を言上しました。
 当時の大部分の人が道鏡への譲位に疑問をもっていたにも関わらず、左大臣以下だれも声にあげて反対することができなかったのに、命をかけて抗議したのが清麻呂公ただ一人でした。
 これにより、清麻呂公は大隈国(現鹿児島県)に流罪となり、大隈国に流される途中に、怒りおさまらぬ道鏡により放たれる刺客などに襲われますが、天変奇異に助けられ、また神の使いか「猪」に守護されながら、無事大隈国へと到着しました。
 2年後、称徳天皇の崩御により道鏡は失脚。清麻呂公は許され、都に帰り本性本位に復し、桓武天皇の信頼を得て、摂津大夫・民部卿として、摂津・河内両国の治水工事に当たります。
延暦13年(794)清麻呂公の建言により平安京造営、自ら造営大夫として新京の建設に尽力しました。

 猪は説明にあるように和気清麻呂を守った動物で、神社には狛犬ではなく狛いのししがあります。

             17DSC_0171.jpg    18DSC_0176.jpg

 現在の本殿は明治18年には、邑久郡の大工棟梁「田淵耘煙斎勝義」が建てられたものですが、和気町指定文化財になっています。彫刻は写真に見るようにすばらしいものだと感じました。

                    09DSC_0159.jpg   10DSC_0162.jpg 

        11DSC_0163.jpg   12DSC_0164.jpg   13DSC_0165.jpg  

    14DSC_0166.jpg   15DSC_0168.jpg    16DSC_0170.jpg

 残念だったのは神社に隣接する和気町歴史民俗資料館が月曜は休みということで閉館されていたことです。最近は月曜が定休のところでも祝日は開館して次の日を休みにするところが多いだけに学ぶことができず、さびしい思いをしました。
 和気神社のあとは、前々から行ってみたかった閑谷学校へと向かいました。

                   19DSC_0172.jpg


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/11/27(金) 21:25:21|
  2. 未分類

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ