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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

備中松山城

 先日、身内の中学生を連れて岡山県高梁市へ行ってきました。高梁市には山城があり江戸時代からの天守閣と、二重櫓が残っています。いつもお話していますが古武道を稽古するものにとって歴史を学ぶ事は欠かすことができません。
 備中松山藩で有名な歴史的な出来事は江戸時代の領主であった水谷家の末期養子が認められず1963年に減封となったときの松山城受け渡しです。松山城受け渡しには、赤穂藩主・浅野長矩が任ぜられています。長矩の名代として家老大石内蔵助が次の藩主が来るまでの1年半、備中松山城を管理していますが、城明け渡しにあたって内蔵助は、単身で松山城に入り、水谷家家老鶴見内蔵助と対談したといいます。このときの経験が、後に赤穂浅野家取り潰しの際に大石内蔵助が城を明け渡す大役を無事にこなすための経験になったと考えられています。
 高梁市についてまず山に登りお城を見ました。途中までは車で登ることができ、そこから土日はシャトルバスでさらに上まで、そこからは約20分かけてお城まで登ります。写真は途中から見た高梁市街です。写真のほとんど全ては一緒に行った中学生が撮ったものです。

                 高梁市街   

 本丸近くになって見えてくるのが険しい石垣で、これだけをみても攻めるのが難しいことがわかります。その隣の写真は三の平櫓東土塀で江戸時代のものがそのまま残り、国指定重要文化財となっています。

           石垣     三の平櫓東土塀
                          
  
 本丸は小さな建物ですが、江戸時代のまま、広島城のように復元ではありません。
本丸の隣の写真が修復前の本丸の写真です。このお城は山にあったため他のお城のように明治維新後に破壊されることはありませんでしたが、放っておかれたために修復が必要になるくらい崩れかけていたものを大正年間に志のある方が修復を始めたということです。

            本丸   本丸2

                    囲炉裏   狭間


  

 本丸は二階建てになっていますが二階には北側に杉戸の奥に大きな神座がありここに守護する神と守護神としての三振の宝剣祭られていたということで、今も厳かな雰囲気があります。
 右側の写真が宝剣の写真ですが、今までに見たことのない形をしています。
 
   神座   神座2   宝剣   
      

 本丸の後方にある二重櫓も修復されています。本丸、二重櫓ともに国指定重要文化財です。

         二重櫓   二重櫓2

  山の下には城下町があり、今もその名残があって武家屋敷のあった町並み、商家の町並みは説明がなくてもわかるくらいです。公開された武家屋敷には新影流の絵伝書がありました。藩ですので藩校のあともあり、明治維新では幕府方につきましたが、優秀な教育がなされていたといいます。江戸時代初期には備中松山は天領であり小堀遠州が統治していた期間があり頼久寺には小堀遠州の作った蓬莱式山水庭園が残されています。

        藩校跡       庭園

 

 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の6月の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/06/11(木) 21:26:37|
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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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