無双神伝英信流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法と澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

中山権八郎

 先日、岡山県高梁市の北の井倉洞という鍾乳洞に身内の子供をつれて行った後、吹屋ふるさと村へ行って来ました。武道史研究の旅ではなく純粋に楽しむ観光の旅は久しぶりです。
 吹屋ふるさと村でははじめに広兼邸を訪れました、広兼邸は銅山とベンガラの原料の生産で富を築き、建てられた屋敷で、まるで山城のようです。
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 映画「八墓村」のロケが二度行われたそうですが、山深くにある村の(ドクターヘリの駐機場がありました)豪邸ですので、雰囲気があります。写真中央よりやや右側にあるのが門で門の上には不寝番がいる為の一間が設けられていました。
 村はその先にありましたが、雰囲気のある村でベンガラで柱などが塗られています。
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 お土産屋さんに入って目を引いたのはベンガラ染めにされたスカーフやハンカチでした。いい色が出ているので、ベンガラそのものがないか尋ねると、染の方法を記した紙を付けてベンガラを売って下さいました。後日、もっと調べてベンガラ染めに挑戦してみたいと思っています。

 やっと本題です。ベンガラで思い出したのが司箭流の中山権八郎です。中山権八郎は身分は浪人のようですが広島藩主に禄をもらい武術の指導を広島藩士に行なっていました。門人は300名に及んでいたようです。
 以前、権八郎の孫の中山彦八郎氏にお会いしてお話を聞いたことがあります。彦八郎氏は日露戦争の最中にお生まれになった方で、お若い頃には剣道をされていたということでした。
 中山権八郎の日記や伝書類は朝鮮から引き上げの際に惜しくも無くされたそうで、残念ながら見る事はできませんが、記憶を若干、冊子に記しておられました。
 ご記憶では中山権八郎は司箭流のほかに渋川一刀流という剣術を編み出していたようですので、渋川流をも習得していたのかもしれません。
 さてベンガラです。中山権八郎が娘の嫁ぎ先の栃谷の桜井家に行く途中狩留家付近で休んでいたとき前方の山中を見ると一羽の鷲がさかんに嘴で土を彫り翼に塗っていました。帰路にも同じようなしぐさをしているので、不思議に思い現場に行くと赤い粘土があり、持ちかえって調べてみるとそれがベンガラ土で鷲はその土で傷を治している事がわかったのだそうです。
 中山権八郎はそれにうどん粉、酢、卵の白身を混ぜて稽古中の打撲裂傷に用いてたいへん効果があったので、山中家の家伝薬としてこれを利用したとの事です。
 当時は激しい稽古で怪我もあったでしょうから、その治療薬も必要とされたと思います。医学的な根拠があるかどうかわかりませんが、面白いお話です。
 中山権八郎についてはまた、記します。
 

 渋川一流柔術の七尾道場の稽古始は1月5日(月)、廿日市市スポーツセンター武道場での稽古始は1月10日(土)です。
 無双神伝英信流抜刀兵法の七尾道場の稽古始は1月7日(水)、廿日市市スポーツセンター武道場での稽古始は1月8日(木)です。

 貫汪館ホームページの会報のページに会報59号を載せました。お読みください。
 
 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねくださり、お声をおかけください。  

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)を開設しました。徐々に更新していきますので御覧下さい。
  1. 2008/12/30(火) 21:39:02|
  2. 居合・柔術総論

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