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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

高鍋藩大石神影流師範 石井寿吉について 4

3.新しい流派の導入
 前述のように『日本教育史資料 参』には高鍋藩の剣術について「其多門反テ振ハサルヲ致スヲ以テ津田一伝流大石神影流ヲ以テ当藩流トシ其他ヲ廃ス」と記述されている。
高鍋藩の『続本藩実録』によれば嘉永3年(1850)2月4日の記事に「武藤庄之進泥谷敦水以上両人鎗術石井寿吉柿原篤次郎以上両人剣術以上四人丸ニケ年弐人ふち路料師匠勤金等被下柳川江差越修行被仰付」9)とあり,2名を槍術修行に2名を剣術修行に柳河藩に向かわせたことがわかる。柳河藩の大島流槍術の師範である加藤善右衛門の『旅弟子姓名録』には5名の高鍋藩の門人が記録されており,その中に武藤庄之進と泥谷敦水の名がある10)。大石進の『諸国門人姓名録』には高鍋藩の門人2名が記録されており,この2名は石井寿吉と柿原篤次郎である11)。加藤善右衛門は槍術において防具着用の試合稽古で名がある人物で柳河藩外からの門人が446 名確認でき,大石進もまた剣術において防具着用の試合稽古で名がある人物で柳河藩外からの門人が402名確認できる。
 『続々本藩実録』には文久元年(1861)3月26日の記事に「是迄久留米柳川江為執業参リ候者ヘ壱ケ年ニ金七両壱歩ツゝ被成下来候ヘ共当時諸色高直ニ相成候間三分増ニテ都合八両ツゝ被下候事治定」12)とあり,嘉永3年の留学以降,久留米藩・柳川藩への遊学の制度が整えられ,他藩の先進的な流派を積極的に取り入れようとしていたことがわかる。

写真は『諸国門人姓名録』
 
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  1. 2020/09/16(水) 21:25:00|
  2. 武道史

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