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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

広島の剣術流派 6

新陰流
 流祖は新陰流の上泉伊勢守秀綱で、柳生家には柳生石舟斎宗厳が永禄八年(1565)に上泉伊勢守秀綱より印可状を授かることにより伝わった。
柳生石舟斎は文禄三年(1594)徳川家康に京都鷹ガ峰に招かれ、家康自ら木刀を構えたのを無刀取りの術で破った。家康はその場で二百石を与え師範役を命じたが石舟斎は老齢の故をもって辞し、五男の又衛門宗矩を自分の代わりに勧めた。これが江戸柳生の始まりで柳生宗矩は後に但馬守といい、大名となった。これとは別に尾張徳川家に仕えたのが柳生石舟斎の孫 柳生兵庫助利厳である。兵庫助利厳は慶長十一年(1606)に石舟斎宗厳より総てを授けられ新陰流の正統となった。
 江戸詰めの広島藩士の中には江戸で柳生家に入門して学んだものもあった。天明期には一井庄右衛門、満田長右衛門があった。これとは別に貞享年間に三次浅野家に仕えた関家の二代、関六左衛門侶直は岩本武太夫盛政に免許皆伝を得、以後三代、勘右衛門は広島本藩に仕え、以後代々新陰流を指南、五代、六左衛門直温は藩主浅野長訓へ、六代、百之介直行は藩主浅野長勲へ指南をしている。 
(『尚古』第二年 第八号p17/『広島県史 近世2』p1177/『新修広島市史 第4巻 文化風俗史編』p287/『廣島市史(第2巻)』p369/『廣島市史(第3巻)』p403/『飽薇光華録 附芳名録 上』p76/『元凱十著』p56/『藝藩輯要 附藩士家系名鑑』藩史家系録p134/『増補大改訂 武芸流派大事典』p853~865)

 広島の新陰流はどのくらいの勢力を保っていたのかは不明ですが、幕末まで続いています。記録に見る限りは防具着用の稽古は取り入れていないようです。
 司箭流にも新陰流杖術として目録に載っており、司箭流長刀、貫心流剣術を伝えた、築山家には一時期、新陰流を稽古した人物もいたのだということがわかります。

月刊『武道』6月号の記事を貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の会報のページに載せました御覧下さい。

貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。

 今月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。今月は久留米市武道館小道場と荘島体育館剣道場を交互に使いますが来月からは毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。
  1. 2008/06/15(日) 20:14:38|
  2. 武道史

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Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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