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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

広島の剣術流派 4

 以前に引き続き広島で伝えられていた剣術流派を紹介いたします。


円明流

 宮本武蔵が二天一流を称する前の流名である。
 広島藩の円明流は前述した多田源左衛門祐久によってもたらされた。源左衛門の祖父頼祐は宮本武蔵から円明流の印可を受けていたが、源左衛門は祖父の門人三浦延貞および祖父の弟の柴任重矩から教を受けた。源左衛門はまた水野流の居合を学び円水流の居合を始め、半弓の術をよくした。広島藩の円明流は多田源左衛門祐久― 勝久 ― 種久 ― 紀久 ― 道久 ― 悠久 ― 久雄 ― 久和と続き明治維新に至った。墓(写真2)は専勝寺にある。
(『尚古』第二年 第八号p17/『広島県史 近世1』p1203/『広島県史 近世2』p1175,1176/『新修広島市史 第4巻 文化風俗史編』p287/『廣島市史(第2巻)』p369,530,745/『廣島市史(第3巻)』p,181/『飽薇光華録 附芳名録 上』p75.76,77/『藝備碑文集』上巻p77/『元凱十著』p56/『三百藩家臣人名事典』第6巻p165/『増補大改訂 武芸流派大事典』p545,674,799)


大石神影流

 流祖は寛政九年(1797)、筑後三池郡宮部村に生まれた大石進種次である。大石進種次(写真3)は柳川藩士大石太郎兵衛の子で、父より愛洲神影流を学び、新流を開いた。身長七尺と伝えられ、長竹刀を用いて諸国を遊歴し江戸の道場も撃破し、諸国に門人をもった。大石進の長竹刀は防具着用の剣術に変革をもたらし、真剣の長さよりもはるかに長い竹刀を用いる剣術の競技化が始まった。大石新影流では真剣は長さ二尺八寸二分、柄九寸五分を用い、初心者でも長さ二尺四寸二分、柄九寸五分を用いるという。2)
 明治三九年(1906)に没した本庄瀧人は三原浅野家に仕えたが、初め今治の富田裕次郎に信抜流を学び、後、山口の平佐集雄に大石神影流を、江戸の男谷精一郎に直心影流を学んでいる。
(『広島県史 近世2』p1178/『増補大改訂 武芸流派大事典』p121,122)


 円明流の多田家は墓は現在広島にあるものの、北海道に移住されており、伝書等は現存していますが、養子、養子で家が続いており、術技は全く伝わっていません。

 大石神影流については昨年学会で、門人帳について発表いたしましたが、、たしかに長州の平佐集雄の名は大石家の門人帳に記載されていました。

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の行事のページに京都下鴨神社と京都白峯神宮の奉納演武の写真を、渋川一流柔術の行事のページに京都白峯神宮の奉納演武の写真をそれぞれ載せました。御覧下さい。
  

 貫汪館会報第56号を貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の会報のページに載せました。御覧下さい。
  
 5月25日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『英信流表の形・・・形が教える事』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。講習会の後17時より会費二千円でお酒無しの懇親会を行います。お時間がある方はご参加ください。

  1. 2008/05/12(月) 20:06:21|
  2. 武道史

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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