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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

広島の剣術流派

 京都での演武会に参加のため、今日は広島の剣術流派について以前まとめたものを載せます。参考文献も書いていますので、興味のある方は図書館で調べてみてください。


一刀流

一刀流の流祖は伊藤一刀斎景久である。伊藤一刀斎の出自・没年等は定かではないが鐘巻自斎に中条流を学んで一刀流を開創したと伝えられる。伊藤一刀斎の弟子 小野次郎衛門忠明は、文禄二年(1593)一刀斎の推挙で徳川家康に仕え二百石を得、秀忠の師範となった。後に加増され六百石となった。
広島藩に一刀流を伝えた間宮五郎兵衛久也は江戸で伊藤(小野)典膳忠也に学び、正保二年(1645)浅野光晟に招かれ四百石で師範となった。伊藤典膳忠也は小野次郎衛門忠明の弟で一刀流の三世を継いでいる。『本朝武芸小傳』には「間宮五郎兵衛久也者従伊藤忠也 得其宗、後芸州侍従以剣大鳴」1)とあることから間宮五郎兵衛久也は当時、高名な剣術家であったのであろう。
晩年、高津市左衛門と名を改めたが、以後代々間宮家は浅野家の師範となった。間宮五郎兵衛久也以降は直久 ― 久一 ― 久忠 ― 久富 ― 久寛 ― 久年 ― 久晴と続き明治維新に至った。墓は興禅寺にある。
(『尚古』第二年 第八号p,17,/『飽薇光華録 附芳名録 上』p74,75/『広島県史 近世1』p1203/『広島県史 近世2』p1175,1176,1177/『新修広島市史 第4巻 文化風俗史編』p286,287/『廣島市史(第2巻)』p77,98,230,399,530,641/『廣島市史(第3巻)』p201/『元凱十著』p56/『安藝備後両國偉人傅 全』p298/『三百藩家臣人名事典』第6巻p179/『増補大改訂 武芸流派大事典』p72,160,577,789/『藝藩輯要 附藩士家系名鑑』藩史家系録p4,5,83)

 広島には他系の一刀流もあり指南されていましたが、その伝が絶えそうになったので藩主の命により、間宮家はその一刀流をお習得していました。
 残念なことに原爆投下当時屋敷は広島城に近い現在の女学院高校のあたりにあったため、史料等は全て焼失してしまいました。伊藤(小野)典膳忠也から授かった刀もあったとの事でしたが、原爆で失われてしまいました。

 5月4日(日)京都下鴨神社において午後1時から、5月5日(月)京都白峯神宮において午前11時から、日本古武道振興会による奉納演武会が行われます。無双神伝英信流抜刀兵法は4日と5日、渋川一流柔術は5日に演武します。お時間のある方はお越しください。 
  
 5月25日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『英信流表の形・・・形が教える事』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。
  1. 2008/05/03(土) 21:10:58|
  2. 武道史

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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