無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

『教授館總宰餘業記録』にみる土佐藩の居合について 3

 『朝比奈氏家系幷小栗公由緒書』は嘉永6年(1853)に旧長岡郡須恵村の庄屋である高野家の高野金三郎が足達家に寄宿,その間に服部氏の蔵書を書き写したものであるが,長谷川流の土佐藩への導入とその後について記されている。
それによると「口述」は林六太夫の三男で、小栗流師範の足達茂兵衛の養子となった安達甚三郎(林縫丞)によって長谷川流を正式に見分を受ける土佐藩の表芸として取り上げられることを願うために記されたものである。
足達甚三郎は天明4年(1784)に亡くなっており3),「私義も当年七十歳ニ相成四五年跡より少々病気付、舌本叶不申、諸方ふくわゐニ相成」と記され,文末に卯年とあることから「口述」は天明3年(1783)に記されたと推測できる。
以下、「口述」によって長谷川流が土佐藩で稽古されるに至った経緯についてみてみる。

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  1. 2016/09/15(木) 21:25:00|
  2. 武道史

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