無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

武道における礼と無雙神傳英信流抜刀兵法における礼法について

1.武道における礼
 武道における礼の意味を考える際に、対比としてスポーツでの礼が引き合いに出されることが多い。対比することで違いが明確になると共に、歴史から進むべき姿が明らかになる。このため本文でもスポーツとの対比を述べる。なお、ここではスポーツの中でも、元が武道であった柔道を挙げ、武道と対比して述べることとする。
 柔道はスポーツと変わったため、オリンピック競技になるなど、世界的に広く受け入れられてきたが、その一方でスポーツ化に伴い、ルールの策定、審判の存在といった武道に無かった要素が加わった。加わったことにより、同時に無くすものが出るなど大きく変化して行った。変化したものは、試合時間や、試合場所(範囲)、階級、急所への攻撃、そして礼である。文化の異なる世界に広めるには、致し方ないことであり、これにより世界に広げることには成功したのだが、本来の武道とは大きくかけ離れてしまった。特に礼を始めとする日本文化に特有の精神性は、傍から見て評価が難しく、ルールの分かりやすさが重要なスポーツでは、次第に無くなる方向にあるようだ。決められたルールの中での勝敗が全てのスポーツでは、礼は始めと終わりマナーへと変化していき、その精神や、動きの中にある意味は次第に忘れ去られているように見受けられる。柔道での柔道着のカラー問題のように、世界に広がるにつれ古い伝統は忘れ去られ、代わりに新たな変化が重要視され、結果さらなる変化が予測される。現在では、まだ礼の大切さを説いてはいるものの、精神性が重要視されており、動作の意味を説いてはいないようである。
 たとえば、柔道の当初の坐礼は、両足の爪先を立てて礼をしていた。これは柔道の元となった起倒流と同じ動きであったが、昭和初期には、足の甲を畳につける姿勢に変わっている。また座り方も右座左起から、左座右起に改正されている。礼法の形は変わっても、相手を思いやる気持ちなどの精神性が変わらなければ良いとの考えであり、ここに動作の意味は消失している。
 精神性は同じ日本人のなかでも伝えることが難しい。これを世界に広げることは、さらに難しく、したがって変化の方向に動くと思われる。実際、柔道の場合、神前の礼は稽古場および試合場への礼があるが、これは元々神前の礼であった。創始者が宗教性を排したことから、設立当初から神への礼でないとされてきた。しかし宗教上の理由から、中東や北米での礼の拒否が問題になったことがある。現在では、柔道の礼は宗教性はないと判断されているが、前述の問題を受け、礼の目的の明確化が必要となり、「試合が行われる神聖な場所」との神聖性すら排除するに至っている。
 礼ばかりでなく、技やルールなども、今後世代を経るに従い、原型を留めないままに変化すると思われる。
 スポーツの礼が、意味を無くし急速に変化していくのに対し、武道の礼は、全く変化してないと言える程、変化のスピードが遅い。ただし遅いのであって生まれた時から全く変わってない訳ではない。それは伝統技術を継承していくように、先ずは師の動きや考え方までも完全にトレースし、受け継いだ後に創意工夫を加えてゆくためである。この中でも武道における礼は、心構えや精神ばかりでなく、その流派の基本の動きを内包している。基本を変えることは、その流派の存続にかかわる。このため変化へのブレーキがかかり、時代を経てもほとんど変化してゆかないと考えられる。
 今この時代に武道を稽古する我々も、後代へ伝えてゆくには、礼の意味を深く理解し、実践してゆかなければいけない。


2.無雙神傳英信流抜刀兵法における礼法
 無雙神傳英信流抜刀兵法の礼は、①神前の礼、②刀礼、③相手への礼の3つある。師への礼は別にして、稽古に関わる全てに対し礼を行う。
 大森流は、一般に大森六郎左衛門が新影流の鞘の内5本と、長谷川流抜刀術より11本を考案し、小笠原流礼法の正座を取り入れ完成させたとされているが、実際は幾つかの流派を基に編纂された可能性がある。いずれにせよ、一つの流派から生じた訳でない。江戸時代に編み出されたこともあり、立膝でなく正座から始まる。これは刀礼にも見られる。

①神前の礼
 神前の礼は、武道の神である鹿島神宮の武甕槌大神と、香取神宮の経津主大神を対象にしているが、通常の神社で行う二拝二拍手一拝ではなく、一礼のみである。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の神前の礼は、他の多くの居合の流派に見られるように、右手に刀を持ちかえて、刃が神前に向かないようにしてから礼をする。この姿勢では刀が抜けないため、神前に対し刀を抜く意思が無いことを示す。この礼は、稽古の安全を祈ると共に、心を鎮める役割を果たすと思われる。
 神前とは言え、実際に神棚がない場所での稽古が多く、こちらが神前と予め決めた場所に向かって礼をする。このため神前の礼は、稽古場所への礼でもあると言える。稽古の後にも神前の礼をするが、これは、神前に稽古の無事を感謝すると共に、稽古場所への感謝の気持ちを持って行うべきと考えている。

②刀礼
 神前への礼に続いて刀礼が行われる。刀礼は、刀に対し稽古をつけてもらうお願いの礼であるが、その所作は、無雙神傳英信流抜刀兵法の抜刀の基本が内包せれている。刀を前に、上体が倒れてゆくに従い、左手が自然に前に出て床に着く。さらに倒れてゆくと右手も前に出て、両手がそろった所に額が下りてくる。臍下丹田が主で、手はそれに伴って動くのであって、手を先に出す意識で行うと、いつでも動ける自由な状態ではなくなる。この動きは、礼の後に上体を起こす時も同じで、手は上体を起こすに従いついてくる。一度上体を起こした後、下げ緒を持って刀を膝先に引き寄せて立てるが、この時も手の力で引き寄せるのでなく、体の動きで引き寄せる。続く刀を倒して帯にさす時には、手の力で倒したり引き寄せたりするのでなく、刀が倒れる力を利用して倒し、帯へ誘導する。このように刀礼中の動きは、臍下丹田を動きの主とし、日常生活でつい行ってしまう、手が主になる動きを改めることを意識するべきと考える。
 刀礼を稽古することにより、臍下丹田の力を利用する基本を学びとることができるばかりか、刀を倒す動きは、刀の動きを邪魔しない運剣の動きに繋がる。毎回、稽古始めと終わりの2回行うが、稽古の始めの刀礼では、これら2点の注意点を思い起こさせることができ、稽古の終わりには、本日の稽古が無理な動き出なかったか反省することができる。

③相手への礼
 大森流の11本では行わないが、相手への礼もある。前述の2つの礼が、神前(場所)、刀への礼であったが、この礼は稽古相手への礼である。稽古をつけてくれる相手への礼であるが、いついかなる時に切りかかられても対処できるよう、相手への注意を怠らない。
 本来、礼式での礼であれば、相手を意識しての礼ではあるが、襲いかかってくることを想定はしない。この礼でも、礼をするのであれば、感謝の気持ちをもってすべきであり、いつ襲いかかってくるかもしれないといった気持ちで行うのではなく、あくまでも気持ちは感謝しつつ、体は何事にも対処できる状態にあるべきだと思われる。対処できる状態とは、臍下丹田を意識しつつも、居着かない状態であり、頭を下げても、相手とのつながりを意識することで、相手を感じている状態であると考える。

参考文献
 1) 内住先生:貫汪館 横浜支部ホームページ「稽古日記」
 2) 中村勇・濱田初幸:柔道の礼法と武道の国際化に関する考察、鹿屋体育大学学術研究紀要、第36号、2007年.
 3) 村田直樹:講道館柔道に於ける礼法の変遷について、鹿屋体育大学国際武道シンポジウム、2008年.
 4) 森本先生:貫汪館 ホームページ「道標」

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  1. 2016/08/31(水) 21:25:00|
  2. 昇段審査論文

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