無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

長州藩来嶋又兵衛の大石神影流剣術修行について 11

Ⅸ おわりに

 大石進種次がはじめて江戸に出て試合をし,突き技と胴切の技を用いて江戸の剣術家に勝ったのが天保4年(1833)であり,二度目に江戸に出てその剣技を老中水野忠邦に認められ褒賞を受けたのは天保10年(1839)である。
『要用日記』が記されたのは天保15年(1844)であり,大石進種次の名はすでに世に知れ渡っていた。このような時期に大石進のもとで他藩からの留学生がどのような稽古をしたのか興味深いものがある。
 天保15年には来嶋又兵衛はすでに大石神影流の免許皆伝を授かっており手数(大石神影流では形を手数という)の稽古の記録はない。大石進は手数の稽古を大切にしており,大事な試合の前には必ず手数の稽古をしたといわれ,「手数の稽古は相撲の下稽古のような者である。」と語っていたといわれる。しかし,幕末の剣術の稽古の中心は形稽古よりも防具着用の稽古にあったことは間違いないであろう。
 本研究にあたっては西圓寺ご住職瓜生等勝様に大変お世話になりました。ここに感謝申し上げます。



1)瓜生等勝編著:『新資料 来嶋又兵衛文書』、西圓寺発行、pp.2-18、第二刷、1997
2)三原清堯著:『来嶋又兵衛傳(復刻版)』、小野田市歴史民俗資料館発行、1992
3)三原清堯著:『来嶋又兵衛傳(復刻版)』、小野田市歴史民俗資料館発行、p.6、1992
4)三原清堯著:『来嶋又兵衛傳(復刻版)』、小野田市歴史民俗資料館発行、p.10、1992
5)森本邦生、『大石神影流『諸国門人姓名録』について』、日本武道学会第40回大会発表抄録、2007年8月30日
  1. 2016/01/19(火) 21:25:00|
  2. 武道史

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ