無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

長州藩来嶋又兵衛の大石神影流剣術修行について 4

2.剣術(大石神影流)(新陰流)
 来嶋又兵衛は天保12年から天保14年にかけて柳河藩の大石進種次のもとで修行し,天保14年4月に免許皆伝を授かった。
 長州藩では来嶋又兵衛のように大石神影流を学ぶ者が多かった。柳河藩の大石進種次と大石進種昌父子の総門人数は655名で,九州地方に233名(柳川藩の門人を除く),中国地方に71名,四国地方に76名,近畿地方に10名,その他の地域に12名の門人がいたが,長州藩士の門人は陪臣を含め43名にのぼった5)。その中には長州藩の新陰流の剣術師範であった内藤作兵衛,片山流の剣術師範であった北川辨蔵とその子甲吉,新陰流の剣術師範であった平岡弥三兵衛の子平岡七郎治や平岡唯一,同じく新陰流の剣術師範であった馬木勝平の子馬来勝平などがいた。
 来嶋又兵衛が萩で新陰流を修行し始めた年は明らかではないが,幼少時の馬術修行とともに始めたのではないだろか。弘化2年(1845)5月に萩の平岡弥三兵衛より新陰流の免許皆伝を授かっている。来嶋又兵衛は自分の門人に大石神影流と新陰流の2流派を指導している。
スライド6
  1. 2016/01/12(火) 21:25:00|
  2. 武道史

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