無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

長州藩来嶋又兵衛の大石神影流剣術修行について 2

Ⅱ 来嶋又兵衛について

来嶋又兵衛の略歴を以下に記す2)。
来嶋又兵衛は文化14年(1817),喜多村家に生まれ幼名を亀之進といった。天保7年(1836)に来嶋家の養子となり光次郎と改名した。
天保11年(1840),長州藩内において初めて剣術における試合法の採用を唱え,天保12年(1841)に自費で柳河藩の大石進のもとへ留学し,天保14年(1843)4月に大石進より免許皆伝を授かった。天保15年には再び長州藩の大石家への留学生を連れて大石進種次のもとで修行した。弘化2年(1845)5月には長州の平岡弥三兵衛より新陰流の免許皆伝を授かっている。
弘化3年(1846)には江戸在番,稽古懸となり,江戸で盛んに稽古を行っている。その後帰国と江戸での勤務を繰り返し藩主と行動を共にすることが多くなった。その後の政治的活動は省略するが,元治元年(1864)の禁門の変では遊撃隊600名の兵を率いたが,薩摩藩兵に狙撃されて自刃した。
スライド5
 
  1. 2016/01/10(日) 21:25:00|
  2. 武道史

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