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長州藩来嶋又兵衛の大石神影流剣術修行について 1

昨年末の日本武道学会中四国支部会で発表した「長州藩来嶋又兵衛の大石神影流剣術修行について」を載せていきます。時間がなかったため周辺資料に十分に当たることができませんでしたが、概要はお分かりいただけると思います。
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Ⅰ はじめに

来嶋又兵衛(1817-1864)は長州藩士であり,喜多村家に生まれ来嶋家の養子となった。禁門の変(1864)に際しては進発論を唱えて遊撃隊600名の兵を率いて奮戦したが,薩摩藩兵に狙撃され助からぬことを悟り自刃した。
来嶋又兵衛に関する伝記および資料は『来嶋又兵衛傳(復刻版)』(三原清堯著:小野田市歴史民俗資料館発行,1992)に詳しく,来嶋又兵衛自筆の資料は『新資料 来嶋又兵衛文書』(瓜生等勝編著:西圓寺発行,1997 第二刷)および『続新資料 来嶋又兵衛文書』(瓜生等勝編著:西圓寺発行,1997)に収録されている。
 来嶋又兵衛は天保12年から天保14年にかけて柳河藩の大石進種次(1797-1863)のもとで修行しており,天保14年4月に免許皆伝を授かっている。天保15年(1844)の『要用日記』1)には来嶋又兵衛が免許皆伝後,長州藩の大石家への留学生を連れて再度大石進種次のもとで修行した際の2月22日から5月12日までの記録である。
本研究は主に『新資料 来嶋又兵衛文書』に収録された『要用日記』を用いて行い,来嶋又兵衛が大石進のもとでどのような稽古をしていたのかを明らかにしようとするものである。

『要用日記』(天保15年2月22日~5月12日) 
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  1. 2016/01/09(土) 21:25:00|
  2. 武道史

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