無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

加藤善右衛門

 瓜生等勝先生の『来嶋又兵衛文書』中の天保15年4月12日の来嶋又兵衛の日記に下記のようにあります。
 
 「天気宜 稽古出席致数、七面遣候事。夫より支度致し、柳川城下へ罷越候事。其人数、若先生、北川、馬来、山田、井上、鈴木、中村、英、楢原、高洲以上十一人。八ツ時より出、柳川へ七時過に着致、加藤へ進士と計参り候所、善右衛門先生留守故、田尻へ参り捨水先生へ皆々相対致、夫より修行者宿、井手橋亀や孫兵衛方へ参り休足致し候事。夜中、若先生来り酒を出し候事。」

 加藤善右衛門は大嶋流槍術師範で相面試合(入身試合と異なり、双方が自由に行う試合形式)で知られ大石進と同じく全国からの多くの留学生をかかえていました。
 柳河範は大石進のように剣術と槍術の師範を兼ねる者が多く、加藤も大嶋流槍術の師範であると同時に新陰流(愛洲陰流:大石進種次の父、祖父はこの流派の師範です)の師範を兼ねていました。
 来嶋たちは、剣術の試合をするために加藤を訪ねています。
 なお、進士とあるのは二代大石進種昌が進を名乗る前の名です。
 文中の修行者宿とは廻国修行者に便宜をはかるために藩がもうけたもので、宿泊代、飲食代は藩がもちました。柳河藩は早くから他流試合の廻国修行者をひきうけていたため、全国的にみて、修行者宿の設置が早くに行われています。


  1. 2015/10/30(金) 21:25:00|
  2. 武道史

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