無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

剣道

 山口県美祢市の西圓寺御住職瓜生等勝先生の『来嶋又兵衛文書』中の天保15年2月25日の来嶋又兵衛の日記に下記のようにあります。
 このとき来嶋又兵衛はすでに初代大石進から大石神影流の免許皆伝を受けており、長州藩士を連れて再び大石進に学ぶため、宮部に向かう旅の途中で太宰府天満宮に立ち寄りました。
 「夫より道を急ぎ漸四ツ時ニ宰府江行。天満宮江参詣致し候処其風景景題(境内)にて楼門の内より参詣の群出候分、神前江参り拝礼致し、国家安全武運長久修行中剣道上達の祈を願、」
 江戸時代には一般的に剣術という言葉を用いましたが、来嶋又兵衛は剣道という言葉をすでに用いている事がわかります。
 この剣道という言葉が当時、どのような人々によって、どのように用いられていたのか興味深いところです。


  1. 2015/10/17(土) 21:25:00|
  2. 武道史

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