無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

樋口真吉の天保11年(1840)第2回廻国修行日記『西遊記稿本下 再遊之巻』より 13


12月10日
「月出山村ニ内藪村ヲ出、山ヲ経て平川ニ午飯、是迄二里、平地二里行テ森城下ニ着、彼高橋但馬云残シタル但馬屋ニ休、高橋ヲ尋、不□、或人云、近来當所ニ帰ル人アリ、島只右衛門ト云、此人ナルヘシヤラント云、因テ頼ミ遣シ暫□所都ケ沙汰ナシ、□ニ立出、郭門ヲ出ル時□前ノ人我等ヲ呼テ只左衛門只今但馬屋迄来参と云、□ニ引帰シ但馬屋ニ至、只右衛門ニ逢、此人但馬ニテハナシ、此人ハ宝蔵院槍術修行ニ久留米へ四五年往来シ近頃帰ルト云、暫時談話シ別レ出、時ニ日夕陽ニ至、郭内大黒屋作兵衛ニ宿ス、壱人有来り云、醻□一人之老を伴ヒ帰ル、其人云碕陽ニテ土佐修行者ニ恩アリト云、此人足下ヲ待由也、極て但馬ナラント云、於是主人其人ヲ鑿穿ス、暫して帰ル、乃日壱里外ニ出□ス、日暮帰り来ラント云、夜三更但馬来、酒肴・蕎麦持参、且嚮ニ与ル處ノ金子返望いタス、我不受、但馬我等両人経餞別壱朱允贈り来ル、但馬モト佐左衛門と云、故ニ分明ナラサルヨシ、即今高橋佐左衛門也、此人実ハ四五年前出国ノ人也、此頃帰國柔術ヲ以て新ニ召出サルヽ都合ニ成り居ルト云」

 当時は写真も普及しているわけではないので人探しにも苦労したようです。
 森藩での記述ですが、宝蔵院槍術を習いに久留米に滞留し、また通った人物がいることが分かります。また、柔術によって新規に召し抱えられた人物がいることが分かります。広島藩では柔術の腕が立つ者は足軽として新規に採用されていた記録があります。森藩ではどのような身分で召し抱えたのでしょうか。

 『西遊記稿本下 再遊之巻』の記述はこれで終わりです。

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  1. 2015/05/21(木) 21:25:00|
  2. 武道史

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