無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

樋口真吉の天保11年(1840)第2回廻国修行日記『西遊記稿本下 再遊之巻』より 7

11月3日 晴天
「九ツ時学寮下役帯刀之人主人迎ニ来ル、主人同道家来ニ撓ヲ擔カセ学館ニ至大門ヲ入、玄関ニ着、羽織着の人二人式禮ヲナス、案内ニテ二間ヲ通六曲引廻シ刀掛備ヘアル処ニ我等ヲ請ス、茶汲来ル、用所ヱ誘行時、諸先生来見夥シ、後導場ニ引テ行、此處ニモマタ六曲引廻シアル、童者我等ノ刀持来ル、此処ニ直シ刀掛ニアケル、則爰ニ装束ヲ改稽古支度ヲ調土間ニ下ル、土間ノ上見物之諸士纍々、三方充満漸動揺不歇、我等具足面不持参、因テ借用ユ、壱番黒原氏立合、森□□より初一人、又代り次予立合嘉村與兵衛、是より両人互ニ入替り入替り休ミ休ミ遣フ、勝負ハ向原好ニ任セ我等持参の撓ニテ初メ三本後三本□所々用之、短撓ニテ試合、向所撓ハ三尺餘リノ常程の撓ニ革を引通シタル撓也、流名ハ直心影剣術・體タイ捨流、鉄人流上段式(或カ)ハ中段下段式(或カ)ハ側構二刀、委ク記ニ遑アラス、四十人餘相手、畢時槍術師範出来り槍術ヲ好、依テ三人相手ヲ致、宝蔵院流十文字槍也、我ハ弐間柄、弐度目より九尺ヲ借遣、三度目種田流時日黄昏下役盥ニ湯ヲ取来ル、手足ヲ洗、座ニ直ル、挨拶の以前の人出、儒即草葉佐助出来り談話ヲナス、茶汲来ル、盆ニ握り飯三ツ有、竹輪・コンニヤク・焼ドウフ載来ル、食之、草葉及宮前より手引ヲナシタル人渡行ニテ学寮段々見物ヲ致ス、甚廣大也、遥奥深ク行処学生夥布素読声、燈火ニ伴ウテ連々タリ、公出席ノ間至テ広シ、モトノ玄関ニ還」

 佐賀藩での試合の様子が記されています。
 試合相手の流派は直心影剣術・體タイ捨流、鉄人流で二刀に対して苦労した記述はありません。
 「短撓ニテ試合」とありますので大石神影流に用いる乳通りの長さの竹刀はもちいなかったのでしょう。佐賀藩の竹刀は「三尺餘リノ常程の撓ニ革を引通シタル撓也」とあるので袋撓であったことがわかります。天保11年当時であっても佐賀藩の直心影剣術・體タイ捨流、鉄人流はコミ竹刀(現在用いられている竹刀)ではありませんでした。
 また樋口真吉は大嶋流槍術を大石進から習っているので剣術の試合の後に壊れて槍術の試合も行っています。大石門下であれば槍術を併修していたことは知られていたことなのでしょう。弐間柄の槍は大石門下の大嶋流で用いられていた長さ。この記述だけでは入身試合であったのか相面試合であったのかはわかりません。

伊勢で食べる赤福は格別でした。
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  1. 2015/05/14(木) 21:25:14|
  2. 武道史

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