無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

樋口真吉の天保11年(1840)第2回廻国修行日記『西遊記稿本下 再遊之巻』より 5

11月1日 曇
「武雄ヨリ牛津ニ至六里之間淤泥煩足、黄昏佐嘉城下ニ着、白山町武富文之助ヲ尋逸雲ノ書簡ヲ渡、其後武伎試合ノ都合ヲ問、文之助ヨリ示サレ本ト町逆旅秀屋ニ行、秀屋主人云、修行者宿家少ク此頃蓮池町村岡庄兵衛替ルト云、因テ村岡ニ至、村岡我等ヲ迎二階ニ通ス、家造甚廣大美麗ナリ、村岡ハ中間ノ由、質物店ヲ出ス、コノ城下官人皆店ヲ構ウ、主人役場ヘ我等カ事ヲ達ス、暫シテ帰り来、国主ノ名及禄数ヲ尋、故ニ委書記シテ与フ、主人書付ヲ持テ再ヒ学館ニ出、帰り云、学館云明日ハ支リアリ明後日ノ立合ニアラスンハ出来申マジト」

 修行者宿についてのお話です。天保11年ころには佐賀に修行者宿があったことが分かります。また、佐賀藩の中間である村岡庄兵衛は質屋を経営しており、「城下官人皆店ヲ構ウ」とあることから佐賀藩に仕える身分の低い者たちは副業に商売をしていたということもわかります。
 修行者宿については何時か資料を集めて、まとめなければならないと思っていますが、することが多すぎめども立ちません。

五十鈴川の橋から下流です。
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  1. 2015/05/12(火) 21:25:00|
  2. 武道史

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