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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

昇段審査論文 2

無雙神傳英信流抜刀兵法2段の論文です

   「これまで修業上留意してきたこと、今後留意しなければならないこと」
                            

 私が貫汪館に澁川一流柔術の門人として入門をお許しいただいたのが11年前、昨年5月に無雙神傳英信流抜刀兵法を学び始めてからは、1年半が過ぎようとしています。私が貫汪館に入門し、今日まで一貫してご指導いただいてきたことは肚を中心とし、呼吸により統一される自然な動きを求めていくことでした。これは貫汪館で私たちが学んでいる無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術のいずれにも共通するものです。
 入門当初、私の動きの基準となっていたものは全てスポーツ的な感覚でした。スポーツ選手としての力量は別として、動きのベースとなっていたものは競技スポーツから得てきたものであり、その価値観は瞬発力と力強さであったように思います。
余談となりますが、学生時代にサークルでアイスホッケー部に所属していた私の憧れはアメリカのアイスホッケーリーグNHLのパワーにあふれるプレーヤーたちでした。丁度その頃、リーグ優勝(スタンレーカップ)の常連チームであったLAキングスというチームにウエイン・グレツキーという名選手がいました。NHLといえばパワーとテクニック、スピードに勝る大男たちが激突する氷上の格闘技と呼ばれるアイスホッケーの最高峰のリーグですが、その当時すでに高齢であったグレツキーが筋骨隆々の大男たちの体当たりをひらり、ひらりとかわし、重心移動だけでトップスピードに乗り、他を圧倒していつの間にかゴール前に現れる姿に何がどうなっているのか理解できず衝撃を受けたことを思い出します。力強さこそ価値のある世界にあって、そのような戦略を選択した彼の感覚を私にはとても理解できませんでした。
 そのような価値観で運動というものをとらえ、それまでの人生を過ごしてきましたので貫汪館に入門してからは大変苦労しました。まず、力を抜くということが理解できませんでした。そして、未だに尾を引いてしまっていることが呼吸と共に動くということです。これまで経験してきたスポーツでフェイントをかけたり、瞬発的なアクションをかけたりする時に息を止め、ためを作るということが癖となってしまっているようです。もちろんこれは一流選手には当てはまらないことと思います。これまで経験したどの競技スポーツにも指導をして下さる方に恵まれましたが、どの指導者にも同じように指摘を受けましたのが「柔らかく」でした。とても見ていられないほど動きが硬くぎこちなかったのだろうと思います。今もなお「楽に、柔らかく」といい続けられている自分を振り返り、つくづく成長のない人間だと思います。
 前置きがなくなりましたが、これまで就業上留意してきたこと、これから留意しなければならないことについて述べます。

1. これまで修業上留意してきたこと

 私がこれまで無雙神傳英信流抜刀兵法を修業する上で留意してきたことは、形を忘れること、呼吸により肚を感じ、中心を感じることです。呼吸は無雙神傳英信流抜刀兵法を学び始めて初めに躓いたところであり、今現在も試行錯誤しているところでもあります。柔術の修業である程度は出来ていたつもりになっていたのかもしれません。ですが無雙神傳英信流抜刀兵法においては、このできたつもりでは歩くことすら許されません。「無雙神傳英信流の形・・・大森流、英信流奥」で森本先生は、「人は立つことによってさまざまなことを可能にするが、引力に拘束されるがゆえに、よりしっかり立とうとし、それが人の動きを制限してしまう。崩れたくないために体に不自由になってしまうほどの力みを入れ安心を得ようとする」と述べられています。私の今現在の状態がまさにその状態です。刀を上げる動き、下げる動き、立ち上がろうとする動き、歩こうとする動きとばらばらに各体のパーツがそれぞれの動きを行い統一がありません。先生はまた武術における立ち姿を、「そよ風が吹けばふわっと動かされてしまうような自由自在な姿勢でなければならない」と述べられています。ふわりと動かされた体幹がそのまま足へと伝い、手へとつながり刀を走らせていくとい感覚を養うことなしに居合とはならないのだと感じています。それを可能にしてくれるのが呼吸です。その呼吸もただ吸って、吐くという単純な作業ではなく、大気中の空気が体に入り、体中を巡りまた大気中へと帰っていく循環です。この循環に動きをのせることをひたすら磨いていきます。このひたすらという思いもまた身体の自由を妨げてしまいます。より自然にごく当たり前のこととなるように、なるべくしてなる様に、あるべくしてある様にとを求めていきます。それができたとき人も宇宙の一部であるという感覚にまでたどり着くのではないかと思います。
 形において想定を理解することは大切なことですが、相手がこう仕掛けてくるので足はここに位置し、この高さに切りつけるとしたのではそう仕掛けてくれないと成立しない動きを養ってしまうことになります。さらに言えば殺されるための修業をしているような矛盾さえ生じてしまいます。相手の仕掛けに応じた結果、生まれた動きとなるよう留意しなければなりません。まさにそよ風吹けばふわりとあおられ動かされる動きを前提とした形稽古を心掛けなければ意味のないものとなってしまいます。そのためにも一度覚えた形を手がかかりがこう、身体こうしてなどと考えるような稽古は避けなければなりません。呼吸にのり動いた結果としていびつな動きとなればその原因を探り、正していく稽古を重ねることが望ましいと思います。原因は結果として現れると観念しなければ上達の道はないと思います。

2. これから留意しなければならないこと

 これまでに先生から沢山のお話をいただきました。
「自分を疑わなければ見えてこないものがある」というお言葉をいただいたことがあります。人は誰でも自分自身を客観視することは難しいのだと思います。写真や映像で自分自身の姿を見たときほとんどの人が自分の姿に「どうしてこんな」などと落胆したりします。常に自分自身を疑い、監視していかなければ思わぬ落とし穴にはまってしまいます。稽古してきた月日が長くなってきてからも自分はこれだけ修業してきたから、この方が技として効果的だといった慢心も生まれてくるのではないかと思います。そのような心で修業を行ったとしても自分のやっていることは正しいという思いから上達を望むことは難しくなるでしょう。そのままさらに進めば、指摘されたことも聞こえず、映像のなかの自分を見ても何の違和感すら感じなるのかもしれません。
 修業の年数の少ない後輩からも気づかされるということはあると思います。その様な時にそのことに気づける状態になければ自分を正すことができるせっかくの機会を逃してしまうことになりかねません。そうならないためにも常に自分自身を疑いの目で見続ける必要があると思います。
 「正しく動くことができて、たとえ斬り殺されたとしても本望だと思え」。これは先生が指導を受けられていたころのお話をお聞かせただいた時のものですが、形稽古でいくら相手がどのように来ても対処できるように稽古を行わなければならないといても、自分の都合の良いように理合いを変えても良いということではありません。人は弱さを持った生き物です、どうしてもできないことを間に合わせで取り繕い、自分の都合の良い様に解釈しようとします。本当の業を身につけるためにはよほどの覚悟がなければ体得できるものではないと思います。
 想定を正しく理解することは流派武術を伝えていく上で大切なことであると思います。
今、私たちが学んでいる形が江戸時代のものと寸分違わず同じかといえばそうではなく、恐らくは何らかの変化があるのではないかと思います。ですが、それはあくまで、その時代、時代の試行錯誤の結果であったり、日本人の体格の変化と言ったごく自然な変化に留まることが望ましいのではないかと思います。また剣術や柔術といった複数で行う稽古方法をとる武道と比べ、独りで行う素抜き稽古は想定や解釈が異なれば大きく異なったものになります。たとえば無双直伝英信流と無雙神傳英信流の形には同じ形名でありながら、その動きは異なったものとなっています。想定の差異、解釈の違いにより動きが異なっている事がうかがえます。流派の教えを正しく体得しなければ無雙神傳英信流とはなり得ません。 私達が演武する機会に、誰が演武を見たとしても無雙神傳英信流抜刀兵法のも演武だと理解されるためには、想定を正しく理解し体に浸透させることは必要不可欠なことであると思います。そのためにも体の隅々まで無雙神傳英信流抜刀兵法の理合いを浸透させなければそれは似て非なるものとなってします。決して真似事であってはなりません。
 最後に私が貫汪館本部道場で稽古できる環境にあるということは、大変恵まれたことであると思います。それは本部道場から離れ各支部で稽古されている同門の方達がそれぞれの道場で日々、悪戦苦闘し稽古方法を試行錯誤され、ご自身でご自身を正されるご苦労されていることを考えると、私には常に私を正していただいている先生の存在、そして兄弟子の存在があります。このことは掛替えのないものです。だからと言って、そのことに甘えることは許されません。一日も早く無雙神傳英信流抜刀兵法を伝えていくお手伝いができるよう努めなければならないと思います。


参考文献
1)石堂倭文:「道理を愉しむ居合道講座 全日本剣道連盟居合道編」、初版第1版、2014年
2)岩田憲一:「古流居合の本道」、スキージャーナル株式会社、第2版、2012年
3)檀崎友彰:「居合道―その理合いと神髄」、株式会社体育とスポーツ出版社」、第2版、1990年
4)森本邦生:「無雙神傳英信流の研究(1)―土佐の武術教育と歴代師範及び大森流の成立に関する一考察―」、2003年
5)森本邦生:「無雙神傳英信流・・・大森流、英信流奥」、2005年

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  1. 2014/10/18(土) 21:25:49|
  2. 昇段審査論文

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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