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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

渋川一流柔術 初段論文

 渋川一流柔術の初段受審者の論文を載せます。元来、渋川一流柔術には「初傳」「中極意」「免許皆傳・上極意」の段階がありますが、修行に倦むことを避けるため、「初傳」までに初段・二段を「中極意」までに四段を、「免許皆傳・上極意」までに六段をそれぞれ設けています。
 本受審者は 何年ももかけて努力した甲斐があって、やっと柔術とは何かということがわかり始めたようです。あとは我意をもたず、体得の努力を惜しまず、向上していただきたいと思います。


姿勢について

 武道における姿勢は、外見で形を整えようとするものではなく、内面や心といったものと強く結びついていると考える。
 姿勢のあり方として、体の力をぬいたり、体軸といった体の中心や丹田を意識した呼吸といったことがあるが、これら姿勢のあり方に集中してしまい自分自身の体を固めてしまうことがある。また、敵の想定を意識するあまり、前方へ意識が集中し体の中心がずれてしまうことがある。
 こうした、何かをしようとする思い、心の動きが本来の姿勢を妨げているのである。
 武道の姿勢は、相対する敵の動きを制することが前提である。目の前の敵、または四方の敵が迫ってくる。そうした敵の動きに対応できる姿勢でなければならない。しかし、何かをしようとする心の動きによって、本来の姿勢を失ってしまっては、とても敵の動きを制することはできない。
 姿勢のあり方、敵の想定といったことに心が囚われず、本来の姿勢を失わない、平静な心が重要なのである。
 体を地にあずけ、心を落ち着かせていれば、いかなる姿勢をとろうとも、己の中心を見失うことはないであろうし、また敵のどのような動きにも心は反応し、体も自ずと動くのである。
 こうした心のあり方は、宮本武蔵の記した「五輪書」において「兵法の道において、心の持ちやうは、常の心に替わる事なかれ。」とあり、いわゆる平常心の重要性を記している。また、他の武道書にも、こうした心のあり方を記してあり、心の稽古に苦心している。
 しかし、こうした心を平静に保つことは容易なことではない。まして、相対するものが向かってくる時に平静でいるということは尚更である。例え、心の平静を保っていても、何かをしようとする思いによって無意識に心が囚われ、それが姿勢に表れてしまうものである。
 この無意識の思いをなくすには、日常生活においても自分の感覚のあり方に注意しなければならない。
 「兵法家伝書」において、「初重の心持を修行して修行積りぬれば、着をさらんとおもはずして、ひとり着がはなる也」と記されおり、常日頃において心の稽古の重要性を謳っている。
 日々の生活において、どこか体に無駄な力が入っていたり、無理な姿勢をとっていたりする時がある。そういう時は、得てして何かに意識が向いていたりと、自分の感覚を無視している。この日常において、より感覚を働かせ体の違和感を感じとり、心のあり方を変えていくことが、無意識の思いをなくすことができ、より自然な本来の姿勢になるはずである。
 自分自身、未だに未熟であり、稽古や日常においてもどれだけ己を理解しているか考える。これからもより己の感覚をみがき、理想とする武道の姿勢に近づけるよう稽古を続けていきたい。


 明日の稽古は居合・柔術とも1時より2時まで廿日市スポーツセンター武道場で行います。その後、廿日市天満宮に移動し奉納演武を実施いたします。
  1. 2007/12/21(金) 21:19:52|
  2. 昇段審査論文

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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