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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

来嶋又兵衛、笹尾卯三郎

 昨日、『新資料 来嶋又兵衛』の著者である山口県美祢市 西圓寺の瓜生等勝先生を訪れ、先生のご案内で、大石神影流免許皆傳の来嶋又兵衛と笹尾卯三郎の遺蹟をたずねました。
 来嶋又兵衛は笹尾卯三郎とともに柳川の大石進に入門天保14年に二人とも大石神影流の免許を授かっています。
 そのご、来嶋又兵衛はもともと修行していた平岡新陰流を名乗りますが、笹尾卯三郎は大石神影流の道場を開きます。二人の道場が近かったためかもしれません。
 現在、来嶋又兵衛の道場跡は小学校の校庭になっています。写真に写っているあたりに道場があったということであり、後方に見える民家が来嶋又兵衛の住んでた住居であったところです。現在もその一部が残されています。
 また、来嶋又兵衛宅は井上馨〈当時、井上聞多:琉球古武術宗家 井上貴勝先生のご先祖) が襲撃された後、傷をいやしつつ幽囚の日々を送ったところでもあるということです。
 
来嶋又兵衛


 来嶋又兵衛は、土佐中村の樋口真吉と同様、身長が高かったらしく、銅像でも大石神影流を修めたものらしく長刀を手にしています。
来嶋又兵衛銅像


 次に笹尾卯三郎の道場跡に行きましたが、山の中腹と言っていいくらいの場所に道場跡はあり、当時ここまで稽古にのぼってくるのもたいへんに思えました。

笹尾道場跡


 この道場で卯三郎は大石神影流を、兄の万次郎が槍術を指導したということで、現在も残る『諸国武術御修行者姓名録』には剱術だけでなく槍術の武者修行者の流派名と姓名が記されています。一緒に案内していただいたナオタさんのお話によると、何十年か前まで崩れかかった道場が残っており、かなり大きな道場であったということです。
 『諸国武術御修行者姓名録』には樋口真吉の日記に記されているように笹尾道場を樋口真吉が尋ねた記録が残されています。
 
 現段階では私の推論に過ぎませんが(根拠となる資料等々は省略します)、「明治維新にあたり西国の諸藩が協力しえたのは武術修行や他藩への遊学を通じて、かなり大きな人脈がすでに存在していたから。」だという思いをますます強く感じました。

 9月30日(日)に行う無双神伝英信流 居合道講習会の案内を貫汪館ホームページの無双神伝英信流の稽古のページに載せましたのでご確認ください。他流派、他道場の方や一般の方にも公開して行う講習会ですので柔術の初心者の方も御参加ください。
  1. 2007/08/26(日) 02:16:06|
  2. 武道史

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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