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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

伝統的な行動の仕方

 日本武道学会の武道学研究第42巻第3号に中村民雄先生の「中学校武道必修化についてー我が国固有の伝統と文化をどう伝えるかー」という論文が載っています。その中で現在行われている一斉に全員が礼をし稽古をはじめ、最後に又揃って礼をするという行動形式について述べられていますのでその部分を載せさせていただきます。
 常々言っています様に、現代柔道や、現代剣道等は明治維新以降、日本が西洋化し、軍事国家となっていく中で作られたものであって、柔道、剣道というとなにか古くから伝わっているもので歴史の長いものであると感じるのは間違いです。
 道場の中で全員がいっせいに竹刀を振るなどの、同じ動作の稽古を全員揃って行うのは、大学時代に教員免許をとろうとした方ならそれが西洋からきた集団教授法・団体教授法であるということはおわかりになるのではないかと思います。


 しかし,現実は形式の方が強調され,「一同揃っての正座一黙想一座礼」といった一連の作法が「伝統的な行動の仕方」と思われているのではなかろうか。
 そうした-同揃っての作法は,堀正平が「今の様に一同揃うて,敬礼する様になつたのは,明治三十余年頃が始まりらしい」と述べているように,明治30年代に考案された「武術体操」の一斉指導法(これを「団体教授法」という)が基になっているものである。しかも,それは陸軍『歩兵換典』の「徒手教練」を応用したもので,まったく新しい指導法である。なお,この時は屋外での指導が中心であったため,「一同揃っての立礼」のみ行われた。明治末期から大正期にかけて学校に武道場が建てられると,屋外から屋内での一斉指導法に切り替えられ,「一同揃っての正座一黙想一座礼」といった一連の作法が新たにつくられた。これは学級という集団を統率する方法として「徒手教練」を援用したもので,授業のはじめと終わりに一同揃ってのあいさつ行動としてはじまったものなのである。
 つまり,この一斉指導(一斉授業ともいう)というものは,「わが国では,1872(明治5)年の近代学校制度の発足とともに,この-斉指導が『一斉教授法』として導入された。当初はごく形式的な教授の手順であったようだが,明治20年代のヘルパルト学派の教授法などの影響を受けて,整備され,体系化され,明治30年代には『公教育教授型』(稲垣忠彦)として,各学校に定着していった。」といわれ,武道ではこれを「団体教授法」と称して行ったように,明治30年代以降に一般化したものである。その点からも,「一同揃っての正座一黙想一座礼」といった一連の作法を「伝統的な行動の仕方」と結びつけない方がいい。むしろ,「自然体」の構えで相手と正対して対峠し,自己の「中心軸」を体認・体得することから礼儀作法へと発展させた方がよいのではなかろうか。


 武道は礼に始まって、礼に終わるという言葉から、一斉に行う礼を連想される方も多かったと思いますが、伝統とか文化というものが自分達の思い込みの部分による幻である事があるいうことの例証です。
 武術を稽古する者、学ばなければ無知のまま過ごさなければなりません。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/06/05(土) 21:25:41|
  2. 武道史

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