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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

刀を抜く

 刀を抜くときは右腕を伸ばすことはありません。右腕を伸ばすに抜くためには自分の体の右ではなく左の働きが大切だということがわかってくると思います。左といっても上半身だけでなく足の裏からすべてを含んだ左です。ここがわからなければ無雙神傳英信流の技は理解できませんので、疎かにすることなくしっかり稽古してください。
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  1. 2020/08/01(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

抜かないこと

 右腕を伸ばさなければ抜けないようであれば絶対に抜いてはいけません。理にかなわない抜き方をしてそれで「良し」としてしまえば技は身につかず我儘が身についてきます。
 そのためには少しでも、これはダメだと思ったら刀は抜かないでください。抜けないところから工夫は始まります。

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  1. 2020/08/02(日) 21:25:00|
  2. 居合 業

刀を納める

 刀を納める動きは抜く動きの反対です。表裏の関係になりますので、どちらもおろそかにはできません。抜くとき同様に右腕を伸ばさなければ納められないようであれば、無雙神傳英信流の技にはなりません。工夫してください。

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  1. 2020/08/03(月) 21:25:00|
  2. 居合 業

刀を納める 2

 刀を納めるときに右腕を伸ばさなくても無理に腰を捻って納めると、これも無雙神傳英信流の技ではなくなってきます。腰を捻ることなく無理のない納刀を工夫してください。

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  1. 2020/08/04(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

刀を振りかぶる

 斬撃で刀を振りかぶるときに、柄が頭の上にくるあたりで刀の軌道が少しでも変化している場合には多くは過剰に振りかぶろうとして両脇を開けたり、両手で刀を上方に持ち上げたり、手の内をずらしたりしています。
 自分の心がそうさせていますので、気づいたら、しっかりと正してください。
 
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  1. 2020/08/05(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

打太刀の稽古

 大石神影流や無雙神傳英信流の太刀打や詰合などの手数・形がある程度自由に(覚えたということではなく)できるようになったら、支部長はその人に打太刀の稽古をさせてください。いつもは打太刀が仕太刀を導きますが打太刀の初心者はどうしても気が焦り動きが早くなりがちですので支部長は仕太刀であっても打太刀を正す心で仕太刀を務めてください。

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  1. 2020/08/06(木) 21:25:00|
  2. 剣術 業

わかったと思う時

 稽古を続けていると、「わかった」と思うときがあります。そのわかったと思うときが危ういときでもあります。わかったと思ったときには達成感があるために自分の至らぬところに気づけなくなり、また分かったっと持った時点でそこに居つき、上達は止まってしまいます。
 「わかった」と思ったときには何がわかって何がわかっていないのか、何ができて何ができていないのかを冷静に分析して至らぬところ、できぬところを見つけてください。

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  1. 2020/08/07(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

素直さを伸ばす

 子供や武道を何もしたことがなく、また古武道に対する先入観がない人の動きは素直で飾り気もありません。指導者はその素直さを伸ばす指導をしなければなりません。
 手順を覚えていないからといって形に当てはめようとか、弱々しいから力強くさせようとか余計な指導をすれば素直さはなくなり、始めから持っている良いものをなくさせることになります。形に当てはめず、のびのびと育てなくてはなりません。

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  1. 2020/08/08(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

できないところを指導する

 武道は本来命のかかった場で命を守るために稽古するものです。できていないところが斬られるとこなので、師はできていないところを指摘し指導して上達させていきます。できるのが前提で、本人が気づけるように凸凹をなくす指導をしていきます。したがって褒められるということはあまりありません。褒められるのは期待されている以上によほど上達したときや、他のことを教えられているのに、そこから違うところに気づいて指導されていないところも上達しているといった場合です。あるていどの期間指導を受けるとこのような指導を受けるようになります。
 最近の人たちは「褒めて伸ばす」ということに慣れていて、このような指導に違和感を持つかもしれませんが、逆に言うと、指摘されていないところは今のところ、今の段階ではよいところなのです。とくに欧米の人は褒めて育てられているせいか、指摘されるところが多ければ多いだけ、失望してしまう傾向があるようです。それだけ自分の動きをよく見ていただいているのだと感謝するところなのですが、そうは思わないようです。
 難しい時代です。

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  1. 2020/08/09(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

褒める

 昨日は、稽古ではできないところを指摘し指導すると述べましたが、褒めて指導するほうが良い場合もあります。それは稽古する方が子供や武道についてほとんど知らない初心者の場合です。
 子供は素直ですが右も左もわかりません。変な情報が入ってしまうと、そちらに流れてしまう可能性も大きくあります。
褒めることによって正しい方向がこちらなのだと導くことができます。下手な知識がない大人の初心者も同様です。右も左もわかりませんから褒めることによって進むべき方向がわかるようにしてあげてください。
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  1. 2020/08/10(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古と日常生活

 無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流の稽古が日常生活の質を高め、丁寧な日常生活がまた無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流のレベルを上げていきます。もしそうなっていなかったとしたら、日常生活か無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流の稽古が質の低いものになっており、いずれかが足を引っ張っている可能性があります。
 雑な日常生活を送っていれば雑な稽古になりますし、雑な武道になります。丁寧なまた繊細な日常生活を送っていれば丁寧な繊細なけいこになり、稽古によって自分の武道は磨かれていきます。よい稽古をしていれば日常生活においても気づきがあり、日常生活も向上していきます。
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  1. 2020/08/11(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

特別なものではなく

 武道を何か特別なものであり、自分は特別なことをしていると考えるとき、間違いが生まれ武道がとんでもないものにかわります。現在における古武道の存在意義は自分の至らぬところを知るための手がかりであり、少しだけ護身の方法としての存在であるだけです。
 自分は特別なことをしており、特別なことをしている自分は特別なのだと思う時、武道はとんでもないものになってしまいます。

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  1. 2020/08/12(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

危うい兆候

 武道、特に古武道は自分はこういうことができると広言する人が多いのに茶道や華道にはそのような方が少ないように思います。なぜなのだろうかと思います。古武道には人の心を狂わせるものがあるのでしょう。ある人は斬ることを誇りにし、ある人は流派の歴史を誇りにし、ある人は肩書を誇りにし、ある人は同時に何流派も稽古し指導していることを誇りにし、またある人は古武道の団体で顔が利くことを誇ります。
 貫汪館で稽古する方は、このような兆候が自分に現れたら危ういと思ってください。

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  1. 2020/08/13(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

教えすぎない

 まだその段階には達していないのに、良かれと思って教えすぎてしまうとかえって道を迷わせる原因となってしまいます。
 その段階に至っていませんので、教えたことは理解されずに、自分なりの理解をしてそれで良しと思ってしまうことがあります。また、人によっては頭で理解したつもりになり、さらに体得したつもりになってしまうことがあるのです。前者は間違っていると否定すれば済むことなのですが、後者はもともとそのような性格の人であれば自分は上達しているからそのようなレベルまで教えられるのだと高慢になってしまい、体得できていない基礎的な稽古もしようとしなくなってしまいます。
 基礎から一つずつ体得させ、段階を追って教えていかなければなりません。

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  1. 2020/08/14(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

形数を誇る

 人によっては知っている形の数を誇る方もいます。知っている形が多いから偉いと思ってしまうのです。知っていることよりもできることの方がはるかに大事なのですが、形数を誇る傾向がある方は自分ができているのかできていないのかがわかっていません。そのような傾向がある方には、しっかりとできているのかできていないのかを教えなければなりません。先に進んでしまうと取り返しがつかないことになってしまいます。
 また流派の数を誇る人も世の中にはいます。貫汪館で稽古している門人の形にそのような傾向が表れたときには要注意です。指導者は心しておいかなければなりません。
 できもしない形数を誇る傾向は私の指導の経験からすると、」日本人よりも他武道を経験している外国人によく見られがちですので、そのような方を指導するときには心してください。

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  1. 2020/08/15(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

見せようとしない

 貫汪館で稽古している無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流の3流派は3流派ともに動きの少ない素人受けはしない地味な流派です。新しい門人に来てもらい少しでも各支部を活性化したり、運営の負担を軽くしたいという思いにはなかなか向かない3流派です。わかる人にしかわからないといった方が良いかもしれません。
 しかし、見てもらおうと考えて、見栄えがするようにと思ってしまったら本質が変化してしまいます。これまで稽古に来られた女性の中には「静かだったから。」「無理がなかったから。」という理由を挙げられた方もおられ、「ワーワー大きな声でドタバタ動いていたら稽古を始めていません。」と話された方もおられます。本質を変えず、しっかり稽古してください。

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  1. 2020/08/16(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

他流派を論じない

 流派が異なるのはそれぞれの流派にそれぞれの理論があるからです。そこを理解しておかないと平気で自流派の理論で他流派を論じてしまうことにつながります。
 自分が知らないことを論じるのは意味がないことで、自己満足にしかなりません。欧米には批判批評の精神が強いためか他流派と自流派を比べることがよくあるようですが、貫汪館で稽古する方は行ってはなりません。演武会などで他流派の演武を拝見するときには素晴らしいところ、つまり姿勢態度や隙のなさ、演武の際の他流派への心遣いなどを学ばせていただきます。

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  1. 2020/08/17(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

感じる

 不思議なことですが、数か月真面目に稽古に取り組んだら、怪しい古武道のウエブサイトには違和感を持ち、近づきたくないと思うようになるらしいのです。稽古の日数が多くない方でも、真面目に稽古に取り組んでいたらそのように感じるのは、本質を体で理解しているということなのだろうと思います。
 怪しいものに気づき、そこにいたくないと感じられるようになっているといいうことは、武道の修業が進んでいることを意味します。

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  1. 2020/08/18(火) 22:28:42|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自分はこれでよい

 「自分はこれでいいんです。」「いまはこれで・・・。」ということを稽古中に兄弟子に言われた方がこれまでに一人ならずおられます。
 人は今の自分のままでありたく、自分を変えることは不安に思います。せっかくここまで得たものを壊したくはないのです。
 しかし、稽古のたびに昨日の自分を壊し新しい自分になり、また次の日の稽古でも昨日までの自分を壊し新しい自分になっていくことが上達です。自分を変えていくことが上達につながります。

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  1. 2020/08/19(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

生活習慣、言葉

 日本古武道振興会の規約では会員に関して

 代表会員 当該古武道流派継承の本にある者で、日本国籍を有する者または日本国内に住所を有する者

となっています。日本国籍を有していなくても、日本国内に住所を有していれば流派の代表会員として振興会で活動することが許されています。
 貫汪館の門人で、日本語を話さなくても聞くことはでき日本滞在の年数がそれなりにある人は日本人の若い人以上に指導する内容をよく理解して会得します。日本的な考え方を日本での生活を通じて身につけ、日本的な感覚で学ぼうとているからだと思います。
 一方、外国に住んでいる外国人を指導して難しいと感じることは、自分が住んでいる社会の慣習や用いている言葉による発想を基盤にして古武道を理解しようとする人がいることです。このような人は自分が正しいと思ったことはいくら指導しても変えようとしませんし、何度修正してももとにもどってしまいます。 このような方には日本に滞在することによる習慣、慣習を身につけさせることはできなくても少なくとも日本語を学ぶことを勧めた方が良いと思っています。言葉によって日本的な物事の考え方取り組み方が身につくからです。
 中には日本の滞在歴がなくても自分の先入観を捨てて学ぼうとする方がおられますが、こういう人は貴重で何事に対してもそのような態度で臨まれるのであろうと思います。わざわざ武道を修行する必要もないような人で、いていただけるだけでありがたい人です。

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  1. 2020/08/20(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

言葉遣い

 若い人たちの言葉遣いが乱れているというのは何十年も前から言われていることです。道場に来る若い人たちの中にも言葉遣いを知らない人もいて、日本語を話していながら言葉に人間関係の繊細さがなく、まるで英語を聞いているような感じがすることもあります。
 日本語の繊細な言葉遣いは武道における繊細さにつながります。古武道では触れれば斬れるものを相手としてかんがえなければなりません。「浅い。」とか「軽い。」とかいうことはできないのです。今の面は額に5cmの深さしか斬り込んでいないから一本ではないとか、今の小手は手首に3cmしか斬り込んでおらず両断していないから一本ではないとか、今のは小手ではなく拳だなどということもできません。
 繊細さを身につける一つの方法が繊細な言葉遣いであると考えます。

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  1. 2020/08/21(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

礼を尽くす

 何事にも礼を尽くすのは当然のことですが、最近はそれがわからない人が増えているようです。
 たとえば大石神影流の木刀は特注ですが、やっかいなものをつくっていただくのですから、知り合いの武道具屋さんに行き、お願いし、武道具屋さんから懇意にされている木刀の製作所にお願いしていただき、出来上がったら受け取りにお伺いして礼を述べて帰る。当然のことですが、それもわからない人たちがいるようなのです。インターネットで入力して物が来ることに慣れていればそうなるのかもしれません。西洋人にも木刀を弟子に渡すのはビジネスだろうと、そのようなことが全く理解できない人もいます。
 大石神影流の木刀に限らず澁川一流柔術に使う六尺棒も径が特殊なため特注です。また、無雙神傳英信流に使う模造刀も私たちが使うものは長めであるので、柄も少し長く、これもお願いして作っていただいています。
 「礼を尽くす」ということが理解できない方は貫汪館では上達できません。

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  1. 2020/08/22(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

日常生活とのつながり

 武道は特別なものではなく、より良い日常生活を送ることができればそれが武道の向上につながっていきますし、武道の向上はまた日常生活をよりよく送ることにつながっていきます。切り離して考えることはできないものです。
 無雙神傳英信流の師である梅本三男先生は私に、「仕事をしているから今の自分の居合がある。仕事をせずに居合だけを教えていたら今の自分はなかった。」と何度か教えてくださいました。人とのかかわりや仕事の段取りなども居合の向上に役に立ち、居合の稽古だけでは気づけないところも仕事を通じて気づかれたようです。また、居合が仕事に役立ったということもおっしゃっていました。
 貫汪館で稽古されている方は日常生活と武道とのつながりを考えてみてください。

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  1. 2020/08/23(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

日常生活とのつながり 2

 澁川一流の師である畝重實先生はもともと農家でしたので、農作業は晩年まで続けておられました。戦前の農作業は手作業ですので当然農業のために鍬や鋤、鎌、大鎌などは使い慣れておられました。
 一日中それらの道具を使うのは、一日中刀を振っていると同じような効果が手の内にあります。先生の手の内は、とても柔らかな手の内で、六尺棒を使われるときもそのままでした。何も意識されていなくても生活と武道は結びついておられたのだと思います。

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  1. 2020/08/24(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

日常生活とのつながり 3

 大石神影流の師である大石英一先生は子供の頃に農作業もされていました。大石家は柳河城下には住まず三池藩と接する地、熊本藩境に近い地に住んでいたために、郷士とか関東地方で撃剣を盛んにした在郷の剣術家と間違われることがありますが、柳河藩は城下集住の武士だけでなく藩境に領地を与えて済ませている武士もいました。大石家は宮部に領地を与えられていました。大石家周辺にもそのような武士は多くおり、大石神影流を稽古した柳河藩の主な弟子は大石家の近くに住む柳川藩士でした。大石家ならず、宝蔵院流槍術と家川念流をおしえた板井家は久留米藩境近くにあり、近辺の柳川藩士に指導していました。このような環境ですから大石家は地震でも農作業をし、余興として牛が引く鋤を大石進種次が自身で引いて見せたということもありました。
 少し話が外れましたが、大石先生は「張る」手の内は農作業で鍬を用いるときの手の内と同じだと教えてくださいました。具体的にはすでにお教えしているとおりです。実際に鍬を手に取って作業して見られると、なるほどと思われるところがあろうかと思います。
 また御祖父さまが村長をされていたこともあり、多くの方が訪ねてこられ、その人たちの行動からも御祖父さまから教えを受けられたこともお話しした通りです。
 そのように武道は日常生活と切り離して考えることはできないものです。

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  1. 2020/08/25(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

日常生活とのつながり 4

 私の場合にも家がもともと農家であったということもあり、子供の頃は農作業や山仕事をしてきました。山に入ると枝打ちのために長い柄をつけた鎌を使わねばならず、今にしてみれば良い経験だったと思うのですが、中学で現代剣道を始めたときには結びつきには気づくことはなく、体を鍛えるという意味でよかったのだろうくらいの漠然とした考えしかありませんでした。しかし古武道の稽古を始めて次第に日常生活と武道は切り離せないものだということがわかってきました。
 日常生活の質を高めるように努めてください。それがそのまま武道の上達につながっていきます。

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  1. 2020/08/26(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

歩き方

 航空自衛隊の幹部自衛官であったとき、1年間アメリカのテキサス州エルパソにある米国陸軍のフォートブリスでペトリオットについて学んだことがあります。その時にどういう歩き方をすればよいのか工夫をしたことがありました。
 米兵の制服を着たときの日常における歩き方は様々でした。映画のなかの軍人が見せるように、胸を張り長い脚でさっそうと歩く軍人は見るからに軍人らしく様になっていたのですが、日本人の体形ではとてもできない歩き方でした。残念ながら脚の長さが違います。かといって階級の低い米兵が制服を脱いだ時の普段とあまり違わない歩き方をするのも米陸軍の中尉の階級章をつけていた日本の航空自衛官にはふさわしくないようにも思われました。では刀を腰にした時の臍下中心の歩き方をするかというと制服には似つかわしくなく、結論は胸中心でもなく臍下中心でもなく胃のあたりを中心に歩くこと。刀を腰にした時に時に比べて鼠径部は伸びてしまいまい、すぐに刀が抜ける姿勢ではありませんが、動けないほどでもなく折衷という感じでした。
 刀を腰にしているわけでもないので、そのような姿勢で歩くことを心がけると不思議にすれ違う時にアメリカ兵が敬礼をしてきました。隣に米陸軍の大尉の階級章をつけていた日本の航空自衛官がいても私に敬礼してくるのです。不思議でしたが歩き方から何かを感じたのかもしれません。退職前に航空学生教育群にいたときも歩き方を褒められたことがあり、普通は教育隊の区隊長が行うのに、群本部勤務で英語教官を兼務していた私が中央観閲式の航空自衛隊徒歩部隊で幕僚のポジションで行進しました。
 大昔の話ですが、日常生活で歩き方を工夫できるというお話です。

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  1. 2020/08/27(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

先入観

 何事においても先入観が物事の習得を難しくします。自分自身がこれが正しいのだと思ったことを無にするのはそれほど難しいことなのです。これまで稽古に来ようとされた方の中には「剣道や柔道の経験はないのですが」と話された方が多くおられます。むしろ経験がない方が上達されるのですとお話しすると不思議な顔をされます。理由を話すと納得されるのですけれど。
 刀を構えるときの手の内は竹刀を最も有効に用いて現代剣道で試合に勝つための手の内とは異なりますので、剣道の手の内で刀を持つと異なりますし、柔道で有効な技を出すための体の動きと刃物に対することを前提とした体の動きは異なります。まじめに以前の武道の稽古に取り組んでいた人ほど、それがすべてに共通する正しいことだと思い込んでいますので、その武道の癖が後々まで修正できず、なかなか上達できないということはほとんどの人におこります。流派の基礎を作る時点でマイナスから始めなければならないからです。 これまで他の武道を稽古した経験がありながら、速やかに上達できた方は忘れる事、離れることができた人たちです。
 他の武道を経験していなくても先入観が阻害することがあります。時代劇が好きで力任せに切ることがいいと思われた方は、なかなか力任せの動きから脱却できませんし、パパっと素早く動くのがいいと思われていた方は床を蹴って動こうとする癖が抜けません。自己流に木刀を振っていた方も同じです。
 難しいものです。
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  1. 2020/08/28(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

できている

 昨日、先入観ということについて記しましたが、これは一般の方に公開する講習会を行ってもそう感じることがあります。
 一般の方に公開する講習会においても実は最も大切なことことお伝えしているのですが、他武道を経験している方の多くがそういうところはすでに会得していると思われていて形の手順にしか興味を持たれません。しかもその形の大切なところをお伝えしても興味関心がないようなのです。
 流派を盗まれないという点においてはいいことなのかもしれませんが、見えないところ簡単に思えるところ、地味なところに流派の本質が潜んでいますから、そういうところはできていると思われる方には習得はむつかしいのだと思います。

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  1. 2020/08/29(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

SNS

 何度か述べたことがありますがSNSでは会ったこともない人達がお互いの意見や映像を見ることができる便利な道具です。しかし、会ったこともないのに、また知り合いでもないのに、対象となる人への批判・批評を公にするという一昔前には考えられなかったことも当然であるかのように一部では行われています。
 会って、詳しくお話をお聞きすれば真意はどこにあるのかということもわかる場合があり、、自分の批判・批評も的外れであったかもしれないのに、正義が自分にあるかのように勘違いして平気で批判・批評を行うのは少なくとも武道を修行として行っているものがとる態度ではないと考えます。
 貫汪館で稽古している方は、そのようなことをしていると、暗闇で突然何かが起こるかもしれないということが想像できる力を持ってください。

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  1. 2020/08/30(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

往時の10年

 武道史の研究を通じて、幕末の頃には、多くの流派でまじめにほぼ毎日、正しく師匠の下で稽古を続ける人はおおむね10年程度で免許皆伝にいたるいたるということがわかっています。道場に通い始めるのが元服の15歳前後だとしたら25歳すぎたくらいになります。また、道場に通うようになる前に、父親や兄弟や親戚から基礎的なことはすでに仕込まれていますので、10年+10年といっても過言ではないかもしれません。もちろん流派によってはもっと長くかかることもありますし、もともとある流派を稽古していて、藩命や他の理由で流派を変えた場合や、他藩に留学した場合には事情をくんで短くなっている場合もあります。
 10年といいましたが、現代の10年とは違ってあくまでもほぼ毎日師匠の下で指導を受けながら稽古しての10年ですから、現代人が師匠のもとに稽古に通うのが週に1回であれば70年かかりますし、週に2回であっても35年かかります。現代人が10年稽古していますというのとは事情が異なります。また当時は剣術のみではなく柔術や馬術、槍術などの他の武道も同時並行して学んでいますので、そのような要因を考えれば週に1回ある流派を稽古していますという人は幕末の10年分の質の稽古をしようと思ったら70年ではとてもすまないかもしれません。
 そのような観点から見ると、現代人がいくつもの流派の剣術の免許皆伝を持っていて、さらに槍術や柔術の免許皆伝を持っているということは、よほどのことがなければあり得ません。当時の武士のように物心ついたころから起居進退について教えられ、家督を継ぐまでは自由であり、稽古は好きなだけできる環境になければなりません。
 当時の人たちはそのような稽古をしていたのだということを忘れずに、自分の至らぬところに気づく稽古を重ねてください。
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  1. 2020/08/31(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
ご質問のある方は貫汪館ホームページに記載してあるメールアドレスからご連絡ください。記事へのコメントではアドレスが記されてないため返信ができません。

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