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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

歌マネ、モノマネ

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生は歌マネ、モノマネを好まれませんでした。武道においては特に絶対に歌マネ、モノマネであってはならないと教えてくださいました。歌マネ、モノマネは癖をとったものであり、本質をとったものではないからです。
 先日、ボイストレーナーの方が歌マネ、モノマネについて書かれたものを読んでいると歌マネ、モノマネでは上達できない理由について、要約すると次のようにありました。

 あなたの好きな歌手の体と、あなたの体は違い、上手くなる為には、表面的な部分では無く、体の使い方や筋肉の動かし方など、生理的な部分を真似しないと上手くならない。

 師が教えてくださった本質を受け取らなければ上達をしないという事と同じです。
 とはいっても本質は何かと知ることもなしに自分は自分でいいんだと考えるのは間違いです。
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  1. 2019/10/01(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

石仏

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生は写真を撮られるのが趣味の一つで、よく私たちの居合の写真を撮ってくださっていました。タイミングの良い写真で自分自身で見ても絵になっているのですが、その写真の中から自分の未熟な部分をみつけ上達へとつなぐようにとの師の想いでした。
 写真が趣味であられたので、プロのカメラマンとの付き合いもあり、プロのカメラマンが先生の写真を撮られることもありました。そのカメラマンの方は石仏をとるのが好きなカメラマンのようでしたが、梅本先生が座られている姿が石仏のようだと評されたそうです。
 私たちはどうでしょうか。 

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  1. 2019/10/02(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

後足を残す

 銃剣道の歴史に関して不思議なのは刺突したときに後足を残すのがフランス式であり、後足を引き付けるのが日本式で、後足を残すのは体をいつでも引けるので自分を守るため、あるいはフェンシングの影響で、いかにも西洋的な動きである。ということが言われます。現代剣道の武道史の教授にもそのように考えられる方がおられますが、古武道の実技を知らないから、そのような考えが生まれるのだと思います。
 現代剣道はすべて後足を引き付けますが、古武道には後足を引き付ける流派と、残す流派があります。無雙神傳英信流抜刀兵法は後足を残し、大石神影流剣術は後足を引き付けます。流派によってその考え方は異なるのです。無雙神傳英信流抜刀兵法はフランスに強い影響を受けた流派だと言う人がいたら、おかしい人としか思われません。
 銃剣道が後足を引き付けるようになったのは、おそらく当時行われていた剣道が足を引き付けていた影響であろうと考えます。槍術を経験した将校よりも防具着用の剣術の経験者の方が圧倒的に多かったと考えられます。また、着剣した銃の総長も時代とともに短くなっています。そのような影響を考慮せずに意見を述べるとおかしなことになると考えます。調査研究は十分にに行ったのち断言しなければおかしなことになります。

図は英国式です。
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  1. 2019/10/03(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

責任をもつ

 武道を行うものは言動に責任を持たなければなりません。
 実際に行わず、本から得た知識だけでああでもないこうでもないという人は私達と異なったグループに属する人たちですので、その人たちと言動を共にすることは避けるべきです。実際に行わず、知識だけで物事を言う人たちには何らの責任もなく、間違っていても、それが自分に振り返って来ることはないのです。
 また、具体的な事例は控えますが、分かったことは確かな根拠がなくても人より先に言った方が良いのだと言ってはばからない方がいましたが、後から間違っていたことがわかっても絶対に間違っていたと言わず、なかったことにしていました。そのようないい加減なことであっても雑誌に載ったり書籍に載ったりすることがあります。そういう人物ですから自分が絶対で、自分が言う事はすべて正しいと信じていました。自分が知らないことはこの世に存在せず、自分だけが知っていると信じているらしいのです。
 しかし、私は三人の師匠から、自分の言動には責任を持つべきだと教わってきました。武とは生き方でもあり、人そのものでもあります。言動に責任を持てない人の武はそれなりのものでしかないと思います。
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  1. 2019/10/04(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

奥居合後の大森流の稽古

 素抜き抜刀術の稽古は大森流、英信流表、英信流奥と続けて稽古しますが、順番を変えて英信流表、英信流奥、そして大森流と変則的に稽古すると、自分の至らぬところが見えてくる場合があります。
 奥居合でただ早く抜いていると、大森流もあらがめだつような居合になっており、無理無駄をなくしたのではなく、いい加減になっていることがわかります。大森流の居合がしっかりと身についていない事を意味しますし、奥居合も速く動けるわけではなくいい加減な端折った動きをしていることになります。

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  1. 2019/10/05(土) 21:25:00|
  2. 居合 総論

子ども扱いしない

 指導をはじめて門人があるていど理解できるようになったら、初心者に対するような指導を行ってはなりません。いつまでも懇切丁寧に初心者に教えるように教えていたら育つ者も育たなくなってしまいます。
 赤ちゃんにスプーンを使って食べさせ、そのまま、難しいだろうからと大きくなっても箸を使わせなければいつまでたっても箸は使えるようにはなりません。育てるには年数に応じた育て方があるのです。
 理解が速い人に対しても同じことを繰り返し話していたら習う方も飽きてしまい、そのうち聞かなくなってしまいます。説明していたものが、単語だけ、さらには目線だけを用いて、習う方が気付いて修正できるようにしていき、やがて自分自身で直せるように育てて行く必要があります。
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  1. 2019/10/06(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

気合

 これまでにも述べているように大石神影流剣術や澁川一流柔術の有声の気合は息に音がのり、無雙神傳英信流抜刀兵法の無声の気合は音を載せません。
 したがって、大石神影流剣術や澁川一流柔術で、気合もどきの、大きな声を出しているだけの方は無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古においても正しく息をしていません。臍下丹田が使えていないのです。
 自分の気合を見直してください。
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  1. 2019/10/07(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間合いを会得させる

 指導者が絶対に行ってはならない事は間合いをいい加減にすることです。
 澁川一流柔術の履形の稽古で初心者だからと言って相手に当たらない所に拳を出したら、間違った間合で技をかける稽古を続けます。
大石神影流剣術や無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打等で相手がよけられないかもしれずに当たってしまうからと、当たらないところに太刀を出せば、仕太刀は間違った間合でさがり、かわし、むかえることになります。
 このような稽古を続けていれば、導かれる者は決して上達することがありません。もし心配であればゆっくり動けばよいだけのことです。大切な間合がわかる稽古をしなければなりません。
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  1. 2019/10/08(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 残念なことだとは思うのですが、小さな頃にいかに躾られたかで貫汪館の古武道を始めたときの上達のスピードに差があるのではないかと感じています。
 安いホテルやアパートに住んだ時に上の階の人がわざとしているのだろうと思えるくらいに音を立てて歩くことがありました。しかし、いつもそうなので、ひょっとしてこれはと思い当たりました。自分自身は自宅の中で物音をたてて歩く事に関しては小さな頃にしつけられており、なるべく音がたたないような歩き方を身につけていました。そのような躾を受けてない方は、普段から静かに歩くことができないのは当然なことだと思います。
 したがって、道場で歩き方の稽古を始めても、ほかの人よりもスタートが遅いのですから新たに身につけなければならないことがあるわけです。座り方にしても、物の持ち方運び方にしても同じです。そのような躾を受けたことがない方は新たに始めなければならないのです。
 一方江戸時代であれば、普段の動き方について稽古する前に当然であり、道場で稽古する前に身についていることが多かったであろうと思います。
 
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  1. 2019/10/09(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

流派

 初心者の方の中には古武道も現代武道と同じように、居合は居合というカテゴリーでくくられるもの、柔術は柔術というカテゴリーでくくられるものと勘違いをしてしまい、マスコミに取り上げられた他流派の方のマネをしたい方もおられます。
 流派のない「『古』武術」という創作現代武道が存在し、広報の手段として『古』という漢字を冠せられているために勘違いが起こるのかもしれませんが、 現代武道と古武道には流派による個性があるか無いかという大きな違いがあります。流派が違えば、その流派で良しとするところはこの流派では良しとしないという事が起こります。そこを勘違いしてしまったままだと古武道を稽古するのは難しいかもしれません。

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  1. 2019/10/10(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間合

 大石神影流の特徴の一つは間合にあります。大石進種次が述べているように「試合稽古・防具着用稽古」において突技がなければ大切な間合がわかりにくく、間合を無視してただ打ち合うだけになる傾向が生まれます。
 手数の稽古においても同様でせっかくそのような特徴を備えている流派であっても間合を大切にしない稽古は武術ではなくたんなるパフォーマンスになってしまいます。特に打太刀を勤めるものは間合に厳格でなければなりません。
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  1. 2019/10/11(金) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

それらしく見せる

 古武道はいくらそれらしく見せても底の浅さは見える人には見えてしまうものです。素人にはそれらしく見せた方が受けるのですすが、その流派の教えにのっとって稽古を重ねた方にはどのように誤魔化そうと見透かされてしまいます。
 流派を名乗っていても、師について流派の教えに基づいて長年稽古してきたか、師に短期間しかつかず後は自分の価値観に基づいて稽古をしてきたのか、このようなことまで他流派のしっかり稽古を重ねた人にも見透かされてきます。それが伝統というものだと思います。
 本来は自分の想いに基づいて稽古するのは免許を得てからのはずですが、人に良く見られたいという意識が入った時にはそのようにはいかなくなるものです。

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  1. 2019/10/12(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

ダブルスタンダード

 同じような種類で、なおかつ本質が異なる二つのことを同時に求めているときにはよほど器用な人でない限り、一方が他方に影響を与えてしまいます。たとえ自分では別々の価値観をもって行っていると考えていても、見える人から見れば他方の価値観が強い場合にはもう一方のことをその価値観に基づいてマネしているにすぎないと見えてしまいます。
 これまで貫汪館には他武道の経験がある方が何人も来られましたが、上達していく方ははじめはその武道の影響はあっても、自分自身でそれを打ち消して価値観をかえて稽古していかれるので、真似事ではなく貫汪館の流派になっていかれます。しかし、なかなか上達しない人は価値観を変えれないためにいつまでたっても真似事で、上達していかれません。他の武道を経験していて、貫汪館で稽古を始めたときには他の武道をやめていてもそのようなことが起こります。
 ましてや価値観が違う武道を同時並行して上手になっていこうとするのはよほど覚悟を決めて稽古しない限り不可能に近いものがあると思います。

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  1. 2019/10/13(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

書籍から得た知識で・・・

 自ら流派を立ち上げるのは別として、特定の流派を稽古しているにもかかわらず書籍から得た知識を良しとして、その書籍に書いてあることを目標にして稽古するのには大きな落とし穴があります。
 一つは他流派について書いてあるものは他流派を深く修行した人にしかわからないことがあるということです。自分がそうだと思ってみても、その流派の常識に基づいて記してありますので、その流派を稽古することなしには理解できないことが多くあります。
 一つには自分が稽古する流派のことであっても、今、自分が理解しているレベルでは理解できないこともあり、自分のレベルでしか解釈できないこともあります。私も無雙神傳英信流抜刀兵法について記しており、稽古する方には実費でお渡ししていますが、深い内容のことにまで言及しているので、この冊子だけに基づいて稽古するのは自分の勝手な思いに基づいて稽古する可能性が大きくあります。数年稽古して「あとは自分で」・・・という事は不可能です。 世間にはそのような方もおられるようですが、流派は名乗っていても、実際は自分の勝手な解釈に基づいて自己流でしかありません。
 師について稽古することは古武道の流派の稽古には不可欠です。
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  1. 2019/10/14(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武道史の調査研究

 貫汪館で稽古する方は修業が進めば進むだけ自分自身で武道史の調査研究をしなければならないことになっています。もし長年稽古して居ているのに自分自身で何も調査研究していなければ、より深い理解は難しいと思います。
 まず、自分が住んでいる地域の博物館・文書館に行き、武道関係の江戸時代の古文書があるかどうかは簡単にできることですし、史料があることがわかれば、写真撮影などの方法は博物館・文書館でたずねればすぐにわかります。何も行動を起こしていなければ何もわからないのが当然です。行動するために武道の稽古をしていますから広い視野をもってまず身近なところから始めてください。
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  1. 2019/10/15(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

澁川一流柔術の稽古

 澁川一流柔術の形数はたくさんありますが、すべて同じところから発しています。また、基本となる相手に対処する動きもたくさんあるわけではありません。
 柔術の稽古は基本的に同じ形を捕と受が一回ずつ行い、次の形に進まなければなりません。もし、大きな間違いや自分自身が納得しきれないような動きがあった場合には、もう一度受にお願いすることはあっても、それ以上繰り返すことはかえって上達を妨げてしまいます。

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  1. 2019/10/16(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「知っている」ではなく「できる」

 世間一般の若い人たちの間ではSNSの存在のためか、知っていることで人の上に立とうとする自我が強い人が増えたように思います。しかし、貫汪館ではできないのに知っていると公言することは恥であると思わなければなりません。
 貫汪館の古武道に関しては知っているというのであればできなければなりませんし、できないのであれば、本当に知ったことにはなりません。「慎」という言葉の意味を知って行動しなくてはなりません。

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  1. 2019/10/17(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「復元」表記はなくなる

 初めの内は復元しましたと言っていても、やがて復元と言わなくなって〇〇流とだけ名乗り、さらには数百年もその流派が連綿として続いていたかのように一般の人が誤解してしまう表記になり、復元流派に師範が生まれたり、宗家が生まれるようになってきます。ここ十数年でもそういう事が起こっています。何も知らない一般の方は簡単に騙されてしまいます。これからどういうことになるかわかりませんし、そのような流派が日本古武道振興会に加盟申請してくることがあるかもしれません。
 貫汪館で稽古する方はたとえ興味がある失われた流派の形の手順が記してあるものを見つけたとしても、少しでも疑われるような言動は慎まなければなりません。

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  1. 2019/10/18(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

批判を受ける

 私が日本武道学会に入会し、発表をする様になったのは、日本武道館に勤めておられた方のおかげです。それまでにも流派の活動に関して色々アドバイスを受けていましたが、私が広島藩の武道史についての調査をし、それをまとめていることをお話したら、
「批判を受なければ本当の研究とは言えない。」と日本武道学会への入会を勧めてくださいました。約20年ほど前のことです。それ以来日本武道学会での発表を毎年欠かさずに行っており、中四国支部会ができてからも3年目から発表を続けていますので、発表数は30近くになると思います。
 発表するにあたっては批判に耐えうるものにしなければなりませんし、そのためには先行研究や多くの1次史料を見つけ出さなければなりません。また、可能な場合は地域の研究者の方にお話をお伺いすることも大切です。
 研究を通じて大学の先生方に色々と教えをいただくことも出来ましたし、現在も教えを受けています。また、現在書籍となっていることも必ずしも定まったことではなく将来書き換えられる可能性があるという事も学ぶことができました。これは書籍やインターネットだけでは得られないことです。
 古武道を稽古する者が武道の歴史を知ることは自分が行っていることは何なのかをはっきりさせることに通じます。より深い稽古を行うもとになるのです。
 貫汪館で稽古される方も生活に少しでも余裕が出来たら、書籍から学ぶだけではなく自ら調査研究を行っていただきたいと思っています。

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  1. 2019/10/19(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

時間はかかるもの

 現代武道の経験が何年あっても、他の流派の経験が何年あっても、自分にとって新しい流派を習得するには、それ相応の時間がかかります。
 たとえば居合であれば、自分にとっては、他の流派を15年も稽古しているのだから、この流派を5年稽古したら居合のキャリアは20年と錯覚してしまうかもしれませんが、5年は5年でしかありません。さらに全くの初心者にとっての5年は5年でありえても、無雙神傳英信流抜刀兵法で不可とすることを15年かけて身につけた方はそれを自分からなくす修行をしなければなりませんので、よほどの覚悟がなければ5年間は全く前に進めないかもしれません。その覚悟がなければ新たな流派の習得は難しいものです。

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  1. 2019/10/20(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

下から

 「現代剣道は上から攻めるけれども居合は下から」と無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生は教えられました。この意味は稽古の時にお話ししていますが澁川一流柔術もまた同じです。「下から」という意味をしっかり工夫して体得する稽古をしてください。

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  1. 2019/10/21(月) 21:25:00|
  2. 居合 総論

稽古相手をいたわりながら

 澁川一流柔術の稽古には形稽古であっても危険が伴います。自分をコントロールできない人が無理やり技を掛けようとしてしまえば、相手にそれが作用しているかどうかもわからず相手を怪我させてしまうのです。性格によってはそのような方もいますので、そのような方と稽古・指導するにはよほど言って聞かせたうえでなければ稽古すべきではありません。
 澁川一流柔術の師 畝重實先生が技をかけてくださるときには、痛いと思ったことは一度もなく、身動きが取れないと感じていました。
 
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  1. 2019/10/22(火) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

そのレベルにない人には教えない

 稽古は積み重ねであり、早く教えてもかえって上達を阻害することになります。それは這い這いもできない赤ちゃんに立って走れといい、そのために無理やり立たせて練習をさせるようなものです。
 流派にはそれぞれのカリキュラムがあります。それは流祖以来工夫されてきたカリキュラムでこちらの形の方が楽しそうだから先にこちらを稽古してとか、こちらの形の方が現代に役立ちそうだから、この形は飛ばして教えてというように現代人が考えておこなうようなものではありません。上達のための方法論が形の体系の中にはあるのです。

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  1. 2019/10/23(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

習う

 自分のこれまでの修業を振り返ってみて、道を間違えなくてよかったと思うことがあります。それは正しい師につくことができたことです。
 私自身が中学生の頃、現代剣道を始めた時に時代劇を見て育った私は打込んでから継足で前方に走っていくことにショックを受けました。「剣道」という名は用いているものの、西洋スポーツがミックスされた新たなスポーツをさせられているのかと本気で悩んだのです。刀を使うための動きとはとても思えなかったからです。その後試合に出ると、剣道をする人が全てその様な動きをすることにショックをうけ、今では笑い話のように思いますが、「これはGHQに無理やり剣道を変えさせられたのではないか。」とも思いました。なぜそのような動きをするようになったのかは明治大学の長尾先生の御研究で明らかですが。
 それ以来、広島に剣術の先生はおられないかと探しましたが、既におられませんでした。剣道を教えておられた先生に「剣術の先生はおられないが、居合の先生はおられる。剣道のついでに居合の段位だけが欲しいのなら剣道連盟の〇○先生。本物の居合を稽古したいのなら梅本先生。」とお教えいただきました。当然のことですが、本物の先生にお願いし入門させていただきました。澁川一流柔術然り、大石神影流剣術しかりです。安易な道を選ばず、本物の先生方に師事できたことが今の私を作っていると思います。
 せっかく習うのならば本物を習わなければなりません。
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  1. 2019/10/24(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

打ち込ませる

 半棒の表の形はほとんどが最後は打方の面を打ち込み、打方はこれを木刀で受け止めて終てります。表面上は受け止められているので形は終わっていないように思いますが、打方が受け留めるのは半棒を持つ者に実際に打ち込ませる稽古をするためです。
 したがって打方は手の内をしっかり保ち(握るという事ではありません)半棒の打ち込みに耐えられるようにしなければなりません。また、半棒をもつ仕方は打ち込む稽古をさせていただくのですからしっかりと打ち込む稽古をしなければなりません。
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  1. 2019/10/25(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

想定

 無雙神傳英信流抜刀兵法の素抜き抜刀術の稽古では仮想の敵の位置がいい加減になりやすいので気を付けて稽古しなくてはなりません。よくあるのが仮想の敵を実際の位置よりも遠くにおいてしまい、実際には切先が触れることもない間合いにしていることです。敵の位置は実際には相当近いものです。
 特に「抜打」はあいてが間近に座っているときの形ですから、目の前に相手を置かなければなりません。目の前に相手を置けば抜き始めの柄の方向や振りかぶり方は自ずと決まってくるものです。

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  1. 2019/10/26(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

押し倒す

 無雙神傳英信流抜刀兵法の浮雲、山下風、岩波は相手に抜き付け、または突いた後に相手を押し倒します。この押し倒す動作をいかにも押し倒しているように上半身を用いて形や腕を極端に緊張させている方もおられますが、これは間違いです。
 中心軸を意識して体の緊張をなくし、肩腕の角度を変えずに中心軸のみを回転させることによって刀を動かしてください。両者の違いを知るためには実際に人を置いて木刀で押し倒してみてください。明白な違いがあります。
 師 梅本三男先生は直々に御自身が押し倒される役をされ、教えてくださいました。

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  1. 2019/10/27(日) 21:25:00|
  2. 居合 業

心で観る

 相手を眼で見ようとする、あるいはしっかり見ているように見せかけようとすれば頭だけが働き、体は臍下丹田におさまらず、重心は上がり、体は落ち着きません。
 目で見るというよりは自分の体全てで感じ取るように心がけてください。初めはできなくても務めて行ってください。やがて何かが自分の中で変わるのがわかります。

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  1. 2019/10/28(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

立膝

 無雙神傳英信流抜刀兵法を正しく伝えられているかどうか、また正しく修行しているかどうかを判断する目安の一つに英信流の座法である立膝の姿勢があります。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生のはじめの居合の師は中山博道に神道無念流の免許皆伝を授かり呉で剣道を指導していた福島小一先生でした。したがって中山派(無雙神傳英信流抜刀兵法では中山派と呼んで区別する伝統があったようです)と無雙神傳英信流抜刀兵法の形の違いをよく説明してくださいました。 
 座法では「中山派と無雙神傳英信流の英信流の立膝の姿勢の違いは中山派が大森流と同じように相手に正対するのに対し、無雙神傳英信流居合兵法では立膝の姿勢は半身である。」と英信流表を最初に稽古するときに厳しく戒められました。私は現代剣道をしていたのでどうしても正対してしまう傾向にあったのです。先生はこの座法の違いがなければ無雙神傳英信流の英信流とはならないと仰いました。稽古を重ねればわかることですがそこには明確な理合が存在するのです。
 英信流で正対して座している方は、無雙神傳英信流を正しく習っていないことを明白に自ら示しています。

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  1. 2019/10/29(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

肘通りを斬る

 大石神影流の正当剣や無為剣で仕太刀が打太刀の肘通りを斬った時、小手先の技を使う方は前腕・手首で斬ろうとするために手元が上がってしまい、体を用いて体の中心で斬る人は手元が下がり姿勢も安定していつでも次の動きが出る状態になっています。
 前腕・手首で斬ろうとするのは「速く」という焦りがそうさせているのですから、まず心を鎮めて稽古に臨む必要があります。

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  1. 2019/10/30(水) 21:25:00|
  2. 剣術 業

諸刃の剣

 現代において武道の修行に何を求めるかは人それぞれだと思います。心の修行、護身、健康、趣味の一つ、歴史好き、教養・・・様々な動機があろうかと思います。流派を体得しようと思えば、その目的が修行でなければなかなか体得は難しいものだとは思いますが、江戸時代においても,、全ての武士が稽古した流派の全ての免許を得るわけでもなく、少なくとも道場内での稽古に真面目に取り組む限りは許されるものであろうと思います。
 このように様々な動機で稽古に取り組み始めても、道を踏み外す人が現れます。自分は他よりも優れている。自分だけが知っている。ほかの者は愚かで何も知らない・・・。こういった思いを持つようになり、口にも出すようになってしまうと武道を稽古しなかった方が良かったという事になります。本来はもともとそのような傾向があった人が稽古によって自分を知り、正されていくことが望ましいのですが、稽古すればするほど、稽古年数が長くなればなるほど、その傾向がより強くなっていく人もいます。武道はまさに諸刃の剣で人を正しくもし、邪にもします。
 己を知ることをまず求めなければなりません。

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  1. 2019/10/31(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
ご質問のある方は貫汪館ホームページに記載してあるメールアドレスからご連絡ください。記事へのコメントではアドレスが記されてないため返信ができません。

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