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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

貫心流長刀

 広島藩では基本的に剣術を貫心流長刀を司箭流といったようです。しかし、道場によっては貫心流長刀と呼ぶこともあったようです。これは目の前で亡くなった話ではありませんが、流派が失われてしまったお話です。
 吉村セキ先生は天道流薙刀を修められる前に既に広島で貫心流長刀の免許を授かっておられました。その養女の吉村すずか先生をお訪ねした時、貫心流についてお聞きしました。なぜか吉村セキ先生は貫心流を伝えておられず、貫心流の構えの一つの実を教えておられました。先生はこれを天地の構えと呼んでおられました。
 吉村セキ先生が活躍されていたころは長刀といえば天道流か直心影流であったっため、貫心流の長刀を伝える必要はないと考えられたのでしょうか。残念なことです。
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  1. 2019/05/01(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

渋川流柔術

 この話もずいぶん前に流派がなくなったお話です。広島の渋川流の調査である田舎のお家をお訪ねした時のことです。その家の伝書の日付は大正11年で、御当主のおじいさまが授けられた伝書でした。伝書の形の名は大阪で行われている渋川流と異なり、関口流とほぼ同じでした。
 そのおじいさまは指導もされていて御当主が子どもの頃に若い人たちが棒の稽古をしておられるのをよく見ておられたそうです。戦後まもなくまでは知っておられる方がおられたのだと思います。御当主は習っておけばよかったと残念がっておられました。
 気づいたときにはなくなっていたというお話です。
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  1. 2019/05/02(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

宝蔵院流

 これも目の前で亡くなった話ではありません。もう25年以上前の話ですが広島国体の時に役場に出張して銃剣道競技の運営をしていた時の話です。開始式で私と当時八段の先生が銃対銃の形を、高校生が基本動作を行い、佐分利流槍術を川瀬先生と御門人におこなっていただきました。
 武道史の調査をしていた時でしたので、広島にも槍術の先生がまだ生存しておられるのではないかと、居合の師に尋ねたところ、戦後当分の間、〇〇という町に宝蔵院をされる方がおられたそうです。この宝蔵院流もあとを継ぐ方がおられなかったようですが、残念なことでした。

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  1. 2019/05/03(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

多敵

 土佐の吉田東洋は暗殺されましたが、その暗殺についても酒を飲んでいたからとか、剣の腕が未熟であったからとかいろいろ言われています。確かに武術はあまり好きではなかったようですが大石神影流に出会ってからは盛んに稽古もしていたようです。吉田東洋の評価を下げるために暗殺の状況はいろいろ言われていますが、実際は三人の暗殺者に襲われたにもかかわらず、一人目の敵に手傷を負わせ、二人目を斬りたてていた時に、手傷をおって一度退いた敵が横から斬りかかったというのが真相のようです。
 学ばなければならないのは正面の敵だけが敵ではないという事。常に無雙神傳英信流抜刀兵法の前後詰、両詰、三角、四角の心を忘れてはならないという事かと思います。素抜き抜刀術で、仮想の正面の敵を強く見据えるような顔をするのは武術としてはもってのほかということでしょう。
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  1. 2019/05/04(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

誤説

 高知に行って高知の歴史研究の大家である平尾先生の研究資料をみましたが、その中に大石進種次は男谷精一郎に直心影流を学んだという間違いがありました。しかもその間違いは東北の歴史研究家の某に教示を受けたものだという事なのです。
 大家が間違いをおかしたら、それは新事実として流布する可能性があります。大石進が男谷に学んだという説がいまだに残っていますが、こういうところから広がった説なのだと思います。
 
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  1. 2019/05/05(日) 21:25:00|
  2. 武道史

川崎善三郎

 川崎善三郎は土佐出身で明治になって剣道範士になった無外流の師範です。石碑が高知城の下にあります。川崎善三郎は無外流の形を教えず、無外流は滅びてしまい、いわゆる「剣道」の弟子しか残りませんでした。弟子が望んでも教えなかったというのです。善意に解釈すれば形などにこだわっていたら、剣道は大成しないと考えていたという事かもしれませんが、ひょっとしたら形の稽古を長い間しておらず、多くの形を忘れていたので教えることができなかったのかもしれません。
 
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  1. 2019/05/06(月) 21:25:00|
  2. 武道史

物覚え

 よく「私は物覚えが悪いので・・・」と言われる方がおられます。一方で貫汪館で稽古する海外の門人には「私は物覚えが悪いので同じことを何度も指導してほしい。」といった方はいません。特にオーストラリア支部長のマイケルは少し教えたら次の日にはちゃんとできるようになっています。その理由を聞くと「ホテルでできるようになるまで稽古している。」という答えが返ってきました。
 覚悟の問題なのかもしれません。
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  1. 2019/05/07(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心のゆとり

 インディアナポリス支部で稽古している人たちは短時間の稽古で本質を会得いきます。日本人の上達よりもはるかに早いのです。
 彼らを見ていて思うのは、心にゆとりがあり、心にゆとりがあるゆえに寛容であり、ゆとりがあるがゆえに広い目で物事を観ることができるので本質をつかむことができるのではないかという事です。
 日本人も生活にゆとりがあれば心にゆとりができ、古武道の習得も早くなるのではないかと思ってしまいます。
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  1. 2019/05/08(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

旧軍の先生方の銃剣道

 旧軍で稽古された銃剣道の先生方が円熟された指導者として指導していただいたころのことを思い起こすと、ずいぶんとなるほどと思えることがあります。
 銃剣道にしても短剣道にしても現在自衛官を中心として行われているものと趣が異なり、私が稽古している古武道との理の共通性が多くあるのです。違いが分かる人にしかわからないかもしれませんが、現在自衛官を中心として行われている銃剣道と旧軍の先生方の銃剣道の違いは現代剣道と大石神影流くらいの差があると感じています。
 旧軍出身の先生方にとって銃剣道は競技ではなく実際に命がかかった武道であったからかもしれません。

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  1. 2019/05/09(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

戦闘における銃剣道

 銃剣突撃は機関銃が実用化されるまでにはかなり有効な手段であったようです。しかし、機関銃が発明されてからはやみくもに銃剣突撃を行うことは被害を増やすことになり、それにともなって剣術教範の銃剣術の記述も簡略化されていきます。これは剣術(剣道)の記述も同様です。徴兵で入隊して数年兵役を務める者に対して高度な銃剣術教育をする時間があれば他の教育・訓練をした方がよほど効果的だからです。剣術(剣道)の記述も応じ技などはなく、只斬りかかるだけになります。
 しかし一方で職業軍人には銃剣道をする時間が十分にあるため、高度な内容の銃剣道が発達してきます。剣術教範ではない他の立場から書かれた書籍の銃剣術の説明が詳しいのはそういう理由があります。剣術教範の記述が簡略化されても実際には高度な稽古がされていました。

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  1. 2019/05/10(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

大石神影流の小太刀

 大石神影流の小太刀の基本的な考えは澁川一流柔術の居合(素手で刀に対する形)と同じです。
 澁川一流柔術の居合は斬らせて取りますが、大石神影流の小太刀も斬らせて斬ります。形としては真似事でできるかもしれませんが、斬らせるのは実際には精神的な要素が大きく、稽古を重ねた上に、さらに重ねて心の上で何かを会得しなければできることではありません。大石神影流の小太刀が最後から二番目の手数のグループに位置しているのは、それまでの手数を十分に稽古していなければ真似事にしかならないからです。
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  1. 2019/05/11(土) 21:25:00|
  2. 剣術 業

槍合

 大石神影流の槍合わせは「仕合口」「陽之表」「陽之裏」「三學圓之太刀」と稽古をし、それらの手数と心を身につけたうえで稽古します。それだけに、それまでの稽古が身についているかどうかがすぐにわかってしまいます。
 心が身についていない方はただあわてて入身しようとしますし、「張る」事ができない方はただ槍を抑えつけようとします。槍合ができないと思ったら試合口からしっかり稽古しなおさなければなりません。

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  1. 2019/05/12(日) 21:25:00|
  2. 柔術 業

長刀合

 長刀合は槍合の次に稽古しますが、長刀合は自分の動きに力みがあると動きはごつごつしてしまい、大石神影流が求める長刀の流れる動きにはなりません。もし長刀の動きが難しいと感じたらそれまでの手数の稽古の力みをなくす工夫をしていかなければなりません。特に三學圓の太刀の変化は身についていない可能性があります。

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  1. 2019/05/13(月) 21:25:00|
  2. 剣術 業

 難しく言えば古武道修行の目的の一つは誠を体現することにあります。その反対は保身のために嘘偽りを言っても何とも思わないことです。
 古武道も組織があればその組織の中で高い位置を得ようと、誠を離れ嘘偽りを平気でいう人達がいることも経験してきました。そのような人たちは、自分の考え通りに物事を進めるのが古武道のためだと信じ込んでいたようなので、平気で嘘偽りを言え、曲がったこともできたのだと感じています。古武道の世界にそのような人たちがいるという事は私にとって驚きでした。
 教育の世界はもっとひどく、高い地位にある者がより高い地位を求めたり、現在の地位を保つために嘘偽りを言います。いじめの問題などは氷山の一角で、普通の教員は地位の高いものの指示によって加害者となってしまうことも往々にしてあります。昔のように自分が責任をとるからという校長はほとんどいなくなり、責任は下の者が負うという考え方になってしまいました。、教育界が官僚組織となったために起こったことです。人を育てる場で誠がなくなっているのです。
 せめて私たちは誠を求めていきたいと思います。

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  1. 2019/05/14(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

伝わる

 武道は師から直接習わなければ、大切なものは伝わりません。また大切なものが手順であったり外形であると考える方にはいくら伝えようとしても伝わることがありません。師の心を自分の心として表にあらわれるものの奥底にあるものを求める人にのみ伝わっていきます。自分の考えを中心にして自分の考えに基づいて習得しようとする人には伝えようがないものです。
 習おうとする方が白紙の状態になり、また自分のいれものを空にした状態にあれば、伝えようとするものはすみやかに伝わっていきます。
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  1. 2019/05/15(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抱詰

 無雙神傳英信流抜刀兵法「大小詰」の抱詰のポイントは親指にあります。親指と言ってもほとんど動くことはありませんが、軽く位置して僅かな働きをなすことが非常に重要です。
 この働きは澁川一流柔術の柔投や返投の親指以外の四指の働きに似ています。工夫してください。

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  1. 2019/05/16(木) 21:25:00|
  2. 居合 業

柄留

 無雙神傳英信流抜刀兵法「大小詰」の柄留のポイントはタイミングです。相手に完全につかませてもダメ、掴まれる前でもダメ。素抜抜刀術で斬りかかられるところを抜付けるという稽古ができていればあまり難しいところではありませんが、難しく感じるようであれば素抜抜刀術の稽古から見直してください。
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  1. 2019/05/17(金) 21:25:00|
  2. 居合 業

右伏・左伏

 無雙神傳英信流抜刀兵法「大小詰」の右伏・左伏はそれまでの稽古でしっかりと体の緩みを用いることを稽古していなければ難しい形です。
 投げるという思いで技をかけるのではなく、相手が自ら踏ん張って自ら投げられてしまう状態を作るまでが技で、投げていると見えますが実際は投げるという動作はほとんどなく体を開くだけです。難しいと感じたら素抜抜刀術の稽古で体の緩みを用いる稽古を重ねてください。
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  1. 2019/05/18(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

想いが変える

 必要があって数年前に行った高知市春野町での嶋村右馬丞生誕二百年記念 居合演武会の記録ビデオを見て見ました。そのころ解決しなければと思っていた問題点が見て取れました。問題意識をずっと持ち続けていたので、今ではその問題はだいぶ解消されてきたと思います。
 気付き、それを意識して稽古を続ければ変わっていけるものだと我ながら思いました。
 何も考えずにただ稽古をしていれば何も変わらないのかもしれません。

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  1. 2019/05/19(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

知的好奇心

 3月に高知市のオーテピア高知で資料撮影をしましたが、幕末の武士は、しなければならないから武道の稽古をしていただけでなく、楽しんでいた人もいたのだろうと、ふと思いました。同じ流派を指導する他藩の師範に短期間でも師事したり、旅の途中で他の種目の流派を習得したりと知的好奇心が旺盛だったのではないかと思います。
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  1. 2019/05/20(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

信じて行う

初心者の頃に無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生に教えられることにはよく理解できない事が多くありました。先に現代剣道を稽古していたので、考え方求め方が全く異なっていたのです。
 しかし、理解できないからと言って自分で勝手にできるように見せる理論を作ってしまったり、このように考えた方がよいと思ったりしては、求められていることも理解できなくなってしまいます。
 10年、或いはそれ以上求め続けて理解できることもあるのです。

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  1. 2019/05/21(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

南の馬場

 片岡健吉は禄高の高い武士の家に生まれたため家督を継ぐまでに馬術の稽古をよく行っています。稽古記録に南の馬場という記述が出てくるので、どこが南の馬場なのだろうと思っていましたが、3月にオーテピア高知に行った際に学芸員の方にお尋ねしたらすぐにわかりました。地元の方の強みです。
 こういうことは地元の詳しい方に聞いた方が早いという事例の一つでした。
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  1. 2019/05/22(水) 21:25:00|
  2. 武道史

恣意的な研究

 現代武道をされる方の中には銃剣道を毛嫌いする方がいるようです。これは戦前、戦中の異種試合である武道の方々が銃剣道と対戦して、圧倒的に銃剣道が優勢だったことに起因するのではないかと関西大学の武道を広範に修行される教授が話されたことがあります。
 問題は銃剣道を毛嫌いされる方が大学で武道史を教える立場であった場合、恣意的な研究をされることです。ある方は旧軍の剣術教範を見て技術的には単純でとても槍術の多彩で精妙な技を受け継いでいるとは言えないと論じられましたが、戦場で突撃のさいに使われる技というのは単純であり、しかも剣術教範(軍刀術・片手軍刀術・銃剣術)で教えられる内容は最低限のものにすぎません。これだけは教えなさいという事です。剣術教範には床尾板打撃も床尾による打撃も書かれてはいませんが、実際には行われています。文献で恣意的な研究をしようとすればそのようなところにまで調査をしないのは当然であると思います。
 私は幹部候補生学校で安全に行えるように競技化できている銃剣道ではなく銃剣格闘の時間に床尾板打撃も床尾による打撃、銃剣の刃の部分による斬撃なども習いましたが、恣意的な研究をされる方はそういう部分は見えないか意図的に無視をしているのだと思います。彩な技が継承されていないという事であれば、例えば現代剣道では剣術で稽古しているような脛切、袈裟斬り、裏小手、面突、柄による打撃といった技は防具着用稽古はおろか、形にもありません。また剣術では打突のあとに前方に走り抜けていく形というのはないのに現代剣道では打突のあとに走り抜けていく動きさえ稽古しています。つまり同じ論法で行くと現代剣道は剣術の多彩で精妙な技は伝承しておらず、現代剣道と江戸時代に稽古された剣術は全く関係ない、つまり伝統的なものではないという事になります。しかし現代剣道は剣術の中から生まれてきたものです。
 恣意的な議論というのはそのようなものだと思います。

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  1. 2019/05/23(木) 21:25:00|
  2. 武道史

知らない

 昨日恣意的な研究という事について述べましたが、銃剣道が専門でもなく、槍術の研究も事績からうかがえないので、やはり自分の都合の良いところしかみられていないのだと思いますが、防具着用の槍術の稽古と槍術流派の形稽古を混同されているのではないかとも感じました。形稽古では各流派の特色がある多彩な技を稽古しますが、こと防具着用の槍術稽古となると、剣術の形稽古と防具着用の稽古との関係と同じで、槍術でも防具着用の稽古の方が技は限られてきます。
 こういう事に言及されない、あるいは、わからないという事はやはり、槍術の試合についての研究もされていないし、私が槍術の防具着用稽古に関する記録について武道学会で発表した資料も読んでおられないのかと思います。あるいは意図的に無視されているのか・・・。知らずに、あるいは素人せずに物を述べることの危険性です。
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  1. 2019/05/24(金) 21:25:00|
  2. 武道史

貫汪館で稽古する人のために

 この道標は、「無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために」と記しているように貫汪館で稽古される方に書いています。したがって、講習会でお話ししたことや、支部長を通じてお話してあることを聞いていることが前提になっていますので、相当に話を省略しているところもありますし、これくらいは理解されているだろうと思って、詳しく書いていないところもあります。したがって、そういった話を聞き洩らしていて「あれっ?」と思ったら、かならず支部長に、または講習会に来られた時に質問してください。真意を理解していないままに、勘違いして理解したと思い込んだら間違った方向に進むかもしれません。
 ある貫汪館の門人の知人がこの道標を読むことがあり、その門人に自分なりの感想を語ってくれたことがあるそうなのですが、普段の話を聞いていないために、異なったように解釈されていたこともあったそうです。貫汪館の門人でも普段の話を聞き洩らしていたらそのようなことが起こるかもしれません。きくことは恥ではありませんので、遠慮なく質問してください。

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  1. 2019/05/25(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

知らぬ兵法事を語るな

 タイトルの句は無雙神傳英信流抜刀兵法『居合歌之巻』の一部分ですが、解説するまでもなく意味はお分かりになると思います。

  我道の居合一筋雑談に知らぬ兵法事を語るな

 昔であれば、いわゆる耳学問、今でいえばインターネットや書籍から得た知識で、自分で行ってもいない武術をかたらないということです。
 今の時代はいろいろな知識がインターネットを通じて入ってきます。その知識があるだけで、自分で深く経験したこともない事について立て板に水のように語ることができる人もいますが、実際には武術は表にあらわれたことだけでなく、表にあらわれない実際に行った、習った、弟子となった者でなければ師や兄弟子から伝えられないことがあります。
 私の場合であれば、師事した居合の師からは通り一遍のことだけでなく、表では語られない歴史や実体験を聞くことができましたし、兄弟子からも戦場の実際に体験談を聞くことができました。柔術の師からも澁川一流柔術の表にあらわれる形だけではなく、表に現れない技や、心構え等々。剣術の師からも表にあらわれる形・技だけでなく、形としては伝えられてはいない技や、大石家が交流があった他流派の事、技、武家の心構え等々。銃剣道では旧軍出身の先生方や父からいわゆる銃剣道ではなく、試合には用いられない実際の戦場で用いられる技、書籍等には記されない動き等々。
 知らない兵法を語るという事は、そういった事も知らずに表に現れた事に関する知識だけを、自分はこういうことまで知っているとひけらかすことです。知その武術を実際に深く修行している方からみれば厚顔無恥にしか見えないかもしれません。歌はそのようなことにならぬよう戒めています。貫汪館で稽古する方はこの歌に従い、知識があったとしても、「知らぬ兵法事を語る」べきではありません。自分の虚栄心を満足させるだけで、上達からは遠ざかってしまいます。
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  1. 2019/05/26(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

澁川一流柔術の間合いの稽古

 澁川一流柔術では履形・吉掛と隔離状態からの稽古から始めます。つまり初心の内から間合の大切さを教えられています。
 ところが技をかける事ばかりに気がいく人は間合いの駆け引きを理解できず上級者として初心者を導かなければならない立場となっても初心者にたいしていい加減な間合でかかっていき、自分にとっても初心者にとってもいい加減な稽古になってしまいます。
 澁川一流柔術では初心者の内に間合いをいかに利用して技をかけるかを工夫しなければ、あとの稽古は全て砂上の楼閣になってしまいます。畝先生は「履形の稽古の大切さは居合(素手対刀)になってはっきりわかる。」と仰いました。
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  1. 2019/05/27(月) 21:25:00|
  2. 柔術 業

車時國松先生の伝書

 あるとき、澁川一流柔術の師である畝重實先生は「私の師である車時國松先生の伝書は先生の家がぼやになったさいの、どさくさの時に盗難にあった。」とお話になられました。
 いつか、いい加減な技しかできない人が「澁川一流柔術の正統な後継者は自分である。」と出現するかもしれません。
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  1. 2019/05/28(火) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

初心者が陥りがちなこと

 初心者の方が陥りやすいことに、なにがなんでも形の手順を覚えようということがあります。覚えられない事を劣ったことのように考えられることもあるようです。
 その結果、もっともたいせつな無理無駄のない動き、呼吸に基づき力みがない動きを忘れて、体に力を込めて手順を繰り返すという悪癖を身につけそうになってしまいます。初心者の方は手順を覚えようとする必要はなく、大切な基礎を身につける努力を重ね、稽古を重ねた結果として自然に手順を覚えたという方法を取らなければなりません。

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  1. 2019/05/29(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

無理無駄をなくす

 公開の講習会で初心者の方に無雙神傳英信流抜刀兵法をお教えすることは難しいと思っていましたが、愛知県で行った講習会に来られた初心者の方をみて少し思いが変わりました。
 はじめにしっかりと、無理無駄をなくすこと、つまり楽にうごくために、力を入れない事、力強く感じなくてもよいことをしっかり理解して稽古を始めていただくと、なかなかいい動きになり、形にもなっていることが分かりました。
 やはり自分自身の動きを駄目にしているのは力強く、素早く、「しっかりと」という不要な感覚を求めることにあるのだと思います。

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  1. 2019/05/30(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

待つ

 形・手数の稽古には「待つ」ことも必要になります。無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古ではよく師の梅本三男先生に「待つ」ように指導されました。抜付けで焦れば切先はまわらずに小さな抜付けしかできません。斬撃で焦れば切先は伸びず頭部に斬り込むことはできません。
 同様に太刀打の「請入」では「待つ」ことができなければ刀の軌跡がくるい平打ちになってしまいます。もっとも「待つ」事が必要とされる形です。
 澁川一流にも大石神影流にも「待つ」事が必要とされる形・手数が多くあります。工夫してください。

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  1. 2019/05/31(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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