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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

澁川一流柔術と大小詰

 澁川一流柔術の稽古を長年していても体得できていなかったことが無雙神傳英信流抜刀兵法の大小詰を稽古すると、自分が体得できていなかったところに気付くことがあります。
 技を掛けようと意図的な動きをしなくても、自分の体の動きによって自然に技がかかるというところです。大小詰は立膝で行う故に意識しなくても自分の中心軸を使わざるを得ないところに特徴があります。そして中心軸を使わざるを得ないので腕や肩と言った末端に意識を用いる余裕がなくなるのです。

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  1. 2019/03/01(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

不可欠なもの

 体の用い方も武道においては大切なことですが、対人関係における体の用い方であってそれが自分一人の中で完結していたら武道にはなりません。
 たとえ二人で稽古する形であっても、相手とのつながりがなく動きを合わせているだけであれば、武道ではなくレベルの低いダンスでしかありません。合わなければならないのはお互いの攻防の気ともいえるものであり、これがない武道の形はいくら集中して行っていても武道とはなりません。
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  1. 2019/03/02(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 なぜか世の中には不思議な考えが流布していて「刀が家にあるのは不吉である」という考えを一度ならず聞いてきました。
 刀が魔を呼び込むというような考え方です。どこで生まれた考え方かわかりませんが、良い刀は人を守り家を守るのですが・・・。刀は不吉なものという考え方を持つ方が多くなれば古武道を稽古する方も少なくなってしまいます。
 だれによって、何時頃作られた話かはわかりませんが、不思議な考え方です。
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  1. 2019/03/03(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

覚悟

 覚悟のない演武はみるに堪えません。
古武道は本来的には命がかかったものです。その命がかかっているという覚悟なしに、いくら上手に体を使ってみたところで、それは、ただ上手に動いているにすぎず、決して古武道にはなりません。命がかかっている場でそのように見せるだけの動きができるのか、不用心な動きができるのか、相手がどう変化するかわからない場で、そんな見せかけの動きができるのかと考えれば明白なことです。覚悟がある方の動きは自ずとそれに見合った落ち着きが生まれてきます。

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  1. 2019/03/04(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

用いる刀の長さ

 流派によってその特徴は異なりますので用いる刀の長さは異なります。いたずらに長い刀を用いればよいというものではありません。
 無雙神傳英信流は抜き付けを行います。抜き付けは抜いたときに切っ先が正しい動きで最も遠方に届くような動きです。したがって古い林崎流のように近い間合いで長い刀を抜くのとは異なるため、自ずと用いる刀の長さが異なり三尺三寸といった刀の長さは普通の身長の者は用いません。そのような長さの刀を用いると無雙神傳英信流抜刀兵法が求める抜き付けはできなくなってしまうからです。しかし普通の身長よりも高いオーストラリア支部長のような方は三尺三寸であっても短すぎます。全く鞘引きを行う必要もなく抜けてしまうからです。
 大石神影流であれば流派の考え方から総長は乳通りの高さまでの刀を用います。鞘之内の手数もその長さの刀を用いることができるように工夫されています。
 刀の購入に関しては正しい長さを考えなければいくら稽古しても道を外れるだけになってしまいます。
 私が無雙神傳英信流抜刀兵法に用いる刀は二尺八寸二分で大石神影流剣術の鞘之内に用いる刀は三尺です。それぞれの流派に応じた長さのものをもちいています。

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  1. 2019/03/05(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古道具を作る

 貫汪館で稽古している流派の中で最も多く稽古道具を必要とするのは澁川一流柔術です。
 澁川一流柔術ではその稽古の進み具合に応じて、懐剣、互棒、六尺棒、半棒、三尺棒、木刀、居合刀、十手、分童、鎖鎌、小棒などの稽古道具が必要になってきます。すべて自作できれば安くつくのですが、道具がそろわなければ自作するのも難しいとおもいます。私は互棒や小棒は市販のハンマーの柄などから作りましたが、損傷した稽古道具を捨てずに再利用することもできます。
 三尺棒や互棒、小棒は損傷した六尺棒から作ることができますし、木刀が損傷したら大石神影流用の小太刀や澁川一流柔術で用いる懐剣を作ることができます。損傷した稽古道具は捨てずに再利用してください。100円ショップでのこぎり等の道具を安く買う事も出来ます。

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  1. 2019/03/06(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

イメージ

 貫汪館の古武道、無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術が現代武道の居合道、柔道、剣道とは別のものだという事は口頭で説明してもなかなか理解していただく事ができません。
 実際体験していただくと全く異なるものだという事を理解していただけることが多いのですが、体験していただくまでに、多くの方が持たれている居現代合道、柔道、剣道のイメージが邪魔をしてしまいます。居合はお年寄りがする古臭い権威主義的なもの、柔術は柔道のように筋力瞬発力がなければならなくて、競技的なものかたなかのジュージュツ、剣術も現代剣道と同じように、瞬発力・持続力がなければできないもの、というように考えられ敬遠されてしまいます。
 貫汪館の古武道は、実際はもてる能力をいかに合理的に用いるかという事が稽古の中心になるので上記のイメージは当てはまらず、むしろ外的なものよりも内的な稽古が中心となるのですが・・・。
 イメージを変えるために体験会を開こうとしても、そのイメージが体験会の人の集まりを阻害します。さあどうするか・・・。
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  1. 2019/03/07(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古を楽しめる人

 自分の変化を楽しめる方が貫汪館の古武道にむいている人かと思います。
 自分の体や心の在り方の、変化上達を楽しいと感じることができる方は繊細な感覚で自分自身を観察することができる人です。自分の小さな変化を気付ける人は初心者の内は10分の1の変化に気付くことができ、上達するにつれてさらに繊細になり20分の1の変化30分の1の変化に気付き楽しむことができるようになり、稽古を楽しみ続けることができます。稽古を楽しいと感じることができるのですから上達し続けるのです。
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  1. 2019/03/08(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

刀を振る

 無雙神傳英信流抜刀兵法や、大石神影流剣術はもちろんの事、澁川一流柔術にも刀を用いる居合があり、貫汪館で稽古する3流派は全て刀を用いる稽古をします。
 貫汪館では刀を物として上手に扱うのではなく、体の一部にすることを稽古していただきます。したがって、学校体育で現代剣道を経験した方はその時点で戸惑われます。刀を竹刀のように振らずに、どうやって動かすのかと。
 しかし、自分の前腕を動かす時に上腕で前腕を操作して動かそうとは考えないように、手の内を通じて刀が体の一部になれば、体の中心の意識によって刀が動くようになりますので、前腕で刀を扱うという意識を持つことはかえって自由な動きを阻害していることに気付くようになります。工夫してください。
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  1. 2019/03/09(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

歴史を学ぶ

 古武道を学ぶ方は同時にその流派が生まれ育った時代背景を学ぶ必要があります。
 無雙神傳英信流抜刀兵法には英信流の立膝と大森流の正座がありますが、それはなぜか・・・。
無雙神傳英信流抜刀兵法は現代居合道と異なり長めの刀を用いるのはなぜか・・・。
 大石神影流剣術は愛洲陰流から出たにもかかわらず、ことさら甲冑着用剣術というものがないのは何故ないのか・・・。
大石神影流剣術は新陰流系統の剣術なのになぜ袋撓を用いないのか・・・。
 澁川一流柔術は幕末に成立した流派なのになぜ古風な二重突や引違といった方があるのか・・・。
澁川一流柔術の刀を用いる居合はなぜ四国のある藩の浅山一伝流の居合なのか・・・。

 他にも色々と疑問は浮かぶかと思いますが、すべては歴史の中にあります。歴史を学ばなければ自分が稽古している流派に関する深い理解ができませんし、やがて間違いをおかす元ともなります。学んでください。

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  1. 2019/03/10(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武術、武道

 剣術、柔術などの術と剣道、柔道などの道。つまり武術と武道という言葉の意味は別であり武術よりも武道の方が高尚であるかのようにとらえるのが一般的ですが、私はそうは思っていません。武術も武道も同じように考えています。 
 一般的には武術は技術の修業に重点を置き、武道は心の修業に重点を置いているかのようにとらえられ、武術は古武道に用いられ、武道は現代武道に用いられる傾向が強いように思います。しかし、現代武道である剣道がその指針を『五輪書』『兵法家伝書』『猫の妙術』などにもとめるように、もともと江戸時代、或いはそれ以前から続く武術に心の修業は不可欠で、術と心の修業は一体不可分でした。このように考えると武術に比べて、武道が素晴らしいものという結論にはたどりつかないのです。
 問題は、現在は武術、古武術という名称の創作武術が横行していることかと思います。

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  1. 2019/03/11(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

古武道、古流、古流武術、古武術

 貫汪館においては私たちが稽古している流派に対して基本的に古武道という語を用いています。私たちが所属する「日本古武道協会」「日本古武道振興会」という名称や、上記の団体が行う古武道演武大会という名称で古武道という語が用いられているからです。
 古流という語は現代居合道が用いる語であるように感じますし、なにか死にもの古臭いものというイメージがあります。
 古流武術という語には、新流武術があるのか、あるとしたら現代武道ではないかと感じてしまいます。また古武術に関しては古武術という名称で行われる現代創作武術がありますので、避けるべき名称だと思います。
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  1. 2019/03/12(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

復習

 すみやかに上達していくためには復習は不可欠です。
 習ったことを短時間でも家で行うことにより、習ったことが定着します。また理解できなかったところが明確になり、次に道場で稽古するときに目的を以って理解できなかったところを習得することができます。
 自宅に広い空間がなければ長い木刀の代わりに小太刀や定規を用いて稽古出来ます。それもできなければ頭の中にイメージを作って復習します。工夫次第でいくらでも上達は可能です。

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  1. 2019/03/13(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鞘手

 鞘引きは左の体の開きを導きます。
 鞘引きで体の開きを導くには、ごく柔らかく鞘手が鞘を包むようにし鞘手がかかった部分だけでなく、小尻までを体と一体にします。また絶対に鞘を引いた終点で力を込めてはいけません。
 鞘手には小さな赤ちゃんが自分の指を握ってくれる時の柔らかさが必要です。
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  1. 2019/03/14(木) 21:25:00|
  2. 居合 総論

鞘手の力み

 昨日、鞘ての終点で力を込めてはならないと述べましたが、最後に鞘を握りしめて力を込めるのは体を力ませて、いかにもおkなったように自分自身に見せかけているにすぎないからです。鞘手を握りしめることによって柄手にも力みが入り、刀に刃から打の中心からの動きは伝わっていかず、刀が体の一部ではなくなり、固い死にものになってしまいます。体を固めることを達成感と感じていたら生きた居合は使えなくなってしまいます。
 そういうまやかしの動きを無雙神傳英信流抜刀兵法では行いませんので心して稽古してください。
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  1. 2019/03/15(金) 21:25:00|
  2. 居合 業

左刀

 一昨日述べた鞘手の働きは大森流の左刀でよく理解できます。
 左刀で昨日述べた鞘手を用いると体は左へ開き始めそれにつれて体は左に向いていきます。どこにも力を込めることなく静かに柔らかく行ってください。
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  1. 2019/03/16(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

古武道になくてはならないもの

 古武道は身体操法において現代武道と異なるのだという考え方が広まって以来、そういった面にばかり目が行くようになっていますが、その前に忘れてはならないのが相手との戦いであるということです。簡単に言えば命がかかっているということです。命がかかっているので鬼のような形相をしろという事ではありません。心を鎮め沈着冷静に相手とのつながりを失わず、形であっても相手がどのように変化しようともそれに応じられる隙が無い動きをしなければならないという事です。
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 それが感じられない演武は、その人の意識が技術にばかり向けられており、「武」というものに向かい合っていないということです。身体操法の練習としてのみ行うのであればよいかもしれませんが、武道の稽古といえるのかどうか。


  1. 2019/03/17(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

柔術の間合

 澁川一流柔術を習得するためには微妙な間合の感覚が必要です。
 履形や吉掛も当然のことなのですがはじめの方の形なのでそこまでは自覚できないかもしれません。込入や四留めではほんのわずかですが、受の出てくる勢いをずらすように受の動きを利用しながら動きます。ただ押されているわけではありません。ここが理解できるようになると技はより楽になります。繊細な感覚が必要です。工夫してください。

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  1. 2019/03/18(月) 21:25:00|
  2. 柔術 業

巻返

 澁川一流柔術の巻返を勘違いしている方がおられるようですので記しておきます。
 巻返は受の肘を抱え込むことをしません。自分の前腕が受の肘にのります。目安は自分緒左手の内が刀を持つ時と同じようような状態で、月丘の外縁が受の尺骨にのることです。自分の業を見直してください。
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  1. 2019/03/19(火) 21:25:00|
  2. 柔術 業

下方を突く動き

 澁川一流柔術の半棒、三尺棒や六尺棒には倒れた受を発った状態から突き下ろす形があります。
 この突きは腕で突くのではなく自分緒体の重さを用いて突かなければなりません。そのためには鼠蹊部の緩みを用います。鼠径部が緩まない方は腕で突いてしまいますので、自分が腕で突いているとわかったら鼠径部を緩める工夫をしなければなりません。
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  1. 2019/03/20(水) 21:25:00|
  2. 柔術 業

六尺棒 八本目 「はつか」

 澁川一流柔術の六尺棒表八本目は棒を投げる形です。海外の支部長で投げる理由が理解できていない方がおられましたので述べておきます。
 棒を投げるのは相手を取り押さえるためで、逃げる相手など間合いがあって棒が届かない場合に相手に向かって棒を投げて動きを制するために行います。絵図にあるように相手の足を止めることができます。澁川一流柔術にはこれを六尺棒ではなく手槍で行い、鎗を投げて逃げる者の両足の間、着物の裾を貫いて地面に槍先を突き立てることができるような人もいたという事です。師匠の畝先生のお話です。

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  1. 2019/03/21(木) 21:25:00|
  2. 柔術 業

鎬で受ける

 大石神影流剣術では相手の切込を鎬で受けますが、自分で鎬を使っているつもりになっていても手の内の握りが少しでも強ければ刃で受けています。こつは掌で受けるような気持ちで受けることです。但し、受けるという言葉は使いますが、大石先生が「鎬を削らせて」という言葉を用いられたようにガツンと受けるわけではありません。工夫してください。
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  1. 2019/03/22(金) 21:25:00|
  2. 剣術 業

目の奥で見る

 居合も柔術も剣術も心で相手を見ますが、実際には目を通じて相手を見ています。しかし、目で見ているとはいう物の目の前面で見るのか目の奥で見るのかという感覚をもつことによって物のみえ方はずいぶん異なってきます。
 表面で見てしまえば起こる事象に心をとられ、奥で見れば事象の奥に潜むことが見え始めます。工夫してください。
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  1. 2019/03/23(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

沈む

 澁川一流柔術の四留の三人捕の投げ、上抱の擔投、無雙神傳英信流抜刀兵法大小詰の電光石火は投げようとして動き始めると力技になってしまいます。まず、受の目の前から消えることによって、受の心が定まらないようにします。そのために鼠径部のゆるみを一気に用い體を沈めます。その沈む動きを用いることで右手は受の右肩にかかります。投げようという気持ちからははじめない事です。工夫してください。
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  1. 2019/03/24(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

振ろうとしない

 現代剣道を経験した人は特にそうですが、無雙神傳英信流抜刀兵法や澁川一流柔術の居合、大石神影流剣術の剣術の手数や鞘の内などの斬撃で刀を振ろうとして前腕で刀を扱おうとします。そういう意識が起こった時には刀は体とは別物になってしまい肚中心に動けなくなってしまいます。体で斬るという事を忘れずに稽古を続ければ腑に落ちるようになってきます。意識が動きを邪魔しています。
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  1. 2019/03/25(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

突く

 棒をもって突く動作はなぜか肩から先で棒を扱おうとする人が多いのですが、刀の斬撃と同じで肚から突きます。ただし切るのとはことなり前方に力を伝えていきますので尾骶骨の動きも意識しなければなりません。肩からついてしまう人は突こうとする意識から離れて、尾骶骨を前に送るという意識を持って稽古してみてください。写真のような良い突きになると思います。
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  1. 2019/03/26(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抑える

 澁川一流柔術の受を抑える動きは腕で抑えるのではなく、自分の体重が有効に働くように技を掛けなければなりません。そのためには彼我の位置関係が大切ですが、彼我の位置関係が正しくても抑えようという意識が働きすぎると腕、肩で抑えてしまいがちです。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の大小詰は自分緒腕を直接用いず柄を介して押さえますので、腕力が直接作用することがないためか比較的、上記の動きが理解されやすいように思います。貫汪館の流派はお互いに良い方向へと導いていきますので、まんべんなく稽古していかなければなりません。
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  1. 2019/03/27(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上段

 無雙神傳英信流抜刀兵法と澁川一流柔術では上段の表面にあらわれる形は違いますが、本質的には同じです。
 上段にとるとき、初心者は刀が上がるにつれて重心がとられ、浮きだってしまいますが、上がるという事は同時に下がるという事ですので、重心が上ずってしまうことはありません。また、上段は落ちる寸前の位置にありますので、上がりきったところから構え終るまでには少し下がって落ち着きます。
 工夫してください。

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  1. 2019/03/28(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

繋がるように

 構えは全て相手と繋がらなければなりません。中段の構えや附けの構えは比較的相手とのつながりがわかりやすいと思いますが、この状態は下段であっても上段であっても脇に構えても同じです。木刀を通じて相手と繋がっています。棒を用いても同じで相手と繋がっていない構えをとることはありません。手の内の工夫ができていない初心者であってっも、この心を忘れずに稽古しなければなりません。
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  1. 2019/03/29(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

彼我が一つであること

 形稽古においては彼我が一つであることが大切です。、こう来たら、こう動く、ああ来たらああ動くというようにお互いがばらばらに動くのではなく、彼我が一つとなって、そうなるべくしてそうなるという動きでなくてはなりません。
 そのためにはすくなくとも相対してからは彼我が一つになっていなければならず、それを貫心流剣術では「糸引きの伝」という言葉で表しています。私たちが稽古している流派にはそのような術語はありませんが、同じことを稽古しなくてはなりません。
 彼我が一つになれば敵対するという心の状態とは異なったものになります。
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  1. 2019/03/30(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

欲望

 一度欲を持つと、その欲は限りなく広がり、納まるところを知らない状態になるようです。気を付けなければなりません。
 武道の世界でいくつもの事例を眼にしてきました。古武道の世界は試合がないため試合ではなく自分の地位を古武道の組織の中で高いものにしようとする欲を持つ人がいることもわかりました。それとは逆に今現在の日本古武道振興会の役員の皆さんのように大変な仕事を引き受けて、古武道のために働いておられる方もおられます。
 現代武道に関しても、広島で国体の種目を私が運営した時、そのような例をみました。国体を利用して自分の地位を高めようとする人物がいたために運営に大きな支障をきたし、不必要な苦労をさせられました。
 現代武道の世界は試合があるために謙虚な方が多いのかと思っていましたが、とある県では警察剣道と学校剣道の指導者の間は必ずしも良好なものではないという事実も知りました。勢力争いです。
 最高位の大会で優勝したような人物でも、体力の衰えとともに試合で好成績が出ずに、試合から引退してしまうと、過去の栄光が忘れられずに組織の中で上位の地位にありたいという欲を持つ人がいるという事も見てきました。醜いのは組織を運営し皆さんのために役に立ちたいという思いからではなく、人の上に立ちたいという地位への欲望です。欲望からその地位に就いた人物は組織を悪い方向へと導いていきます。また、さらには世の中でも認められたいという欲から古武道をも利用しようという邪悪な欲望をもつこともあるのだということを目の前で見ました。邪悪な者と邪悪な者は結びつくので、現代武道であっても古武道を利用しようとするし、利用される方もその機会を用いて自分の地位を高め、名声を高めようとします。最高位の称号を持つ人物が自分の欲のためにそのようなことをするのです。人間形成も何もあったものではありません。武道そのものが邪悪な心を作るものとなってしまいます。
 
 自分は大丈夫とは思わず、いつも自分自身に邪悪な欲望が起きないように心しながら生きていかなければなりません。

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  1. 2019/03/31(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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