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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

長州藩 渡部直八の廻国修行について 11

3.小城藩での試合
 小城藩での試合は柳生流、戸田流、大石神蔭(ママ)流との試合であり、先年に行っており精神的には楽な試合であったと考えられる。
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4.唐津藩での試合
 唐津藩では四天流と試合をしているが四天流は熊本藩で行われた流派であるため四天流との試合は渡部直八にはなじみがないものであったと考えられる。
 唐津藩の四天流については伝系統未詳である。
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5.大村藩での試合
 大村藩では神道無念流と試合をしているが、長州藩からはじめて藩費で江戸の神道無念流斎藤や九郎のもとに5名の藩士が留学したのが嘉永5年(1852)であるため、神道無念流との試合は渡部直八にはあまりなじみがないものであったと考えられる。
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  1. 2018/02/01(木) 21:25:00|
  2. 武道史

長州藩 渡部直八の廻国修行について 12

6.諫早藩での試合
 諫早藩では大石神影流の赤松縣の門人と試合している。赤松縣は水戸出身の一刀流の剣術家で大石進種次に入門し、免許を得、初め一刀流と大石神影流を教えていたが後に神陰一刀流を称するようになる。長崎在住であるため、諫早まで主張教授していたことが考えられる。渡部直八にとっては同流であるため、あまり緊張感無く試合できたと考えられる。
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7.島原藩での試合
 島原藩では直心影流と一刀流の2流派と試合をしている。各流派の島原藩における来歴は定かではない。大石進種次は島原藩の要請で島原藩士に防具着用の剣術の指導をしており、また樋口真吉の廻国修行の日記である『壬子漫遊日記』に「兼而聞、島原之試合口甚た悪しと、今日之試合聊麁忽なし、世評と大ニ違ふ」とあることから、記述より4年ほど早い渡部直八の試合であるが、それほど違和感を覚える試合ではなかったと考えられる。
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8.熊本藩での試合
 熊本藩では四天流との試合を、熊本藩菊池では二天一流兵法と四天流平法との試合をしている。熊本藩は「幕末・明治期の肥後・熊本における剣術の動向について」武道学砂究20-2(1987)で長尾が柳生流・田中家、当流神影流、雲弘流などの例から述べるように「(1)防具を使用した形跡はあるが,いずれも簡素なものであること。② 袋竹刀を使用し,コミ竹刀は用いていないことなどである。すなわち,幕末期の肥後・熊本においては,全国的な「試合剣術」は弘流していなかったという従来からの指摘が,これらによって立証される。」のであるから、四天流、二天一流兵法も同様であったと推定される。
 四天流は成田清兵衛によって戸田流をもとに創められた流派である。宮本武蔵の門人寺尾求馬助に敗れ二刀の術をはじめ、寺尾によって四天流と名付けられた。16)『他流試合口並問對』には「武蔵流に近し。両刀も用ゆ。」とあり、武蔵流について「二刀也。左にて請留、右にて打。尤左刀は短し。左は清眼、右は上段、或は矢筈に組、走込、躰の当り強し。是に当るこゝろ勘考すへし。」とある。一刀だけでなく二刀も用いて試合していたことが分かる。
 二天一流兵法は宮本武蔵によって創められた流派である。『他流試合口並問對』に「清眼の構へ。又片手にて向も有。抜刀流の構へニ同し。其心得有へし。」とあり、二刀ではなく一刀であったと考えられる。
 熊本藩での試合は渡部直八にとっては防具と使用する竹刀(撓)が異なり、難しい試合であったのではないかと考えられる。
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Ⅳ.まとめ

 渡部直八は弘化4年(1847)の廻国修行では大石神影流を稽古する者にとって比較的なじみのある流派との試合が多く、大きな緊張感を持つことなく廻国修行で試合を行うことができたと考えられる、一方弘化5年(1848)の廻国修行では、前年に比べ廻国の範囲も広がり、なじみのない流派との試合も行っており前年よりも緊張感がある試合をしたといえる。
 廻国修行をするにあたって、渡部直八は段階的に難易度をあげたと考えられる。
 
本発表に当っては次の方々に御指導とご協力を賜りました。
広島県立文書館 西村晃様
佐賀県小城市 鯉料理の「ひのでや」さん(佐賀県小城市小城町松尾2053 TEL 0952-73-4451
                                http://hinodeya-saga.com/)
 心より御礼申しあげます。

  1. 2018/02/02(金) 21:25:00|
  2. 武道史

拳にて兜を打割候

再び江戸時代の書籍をみていきます。

幕臣諏訪頼武の武芸者の逸話を中心とした見聞記『假寝の夢』に澁川伴五郎について述べられています。

 浪人の澁川伴五郎は関口流柔術を教え門弟が多い。あるとき、心安くしていた者が兜を注文し、細工人が持参したところに伴五郎が居合わせた。伴五郎は兜をみて、この程度の兜であれば拳で砕けてしまうといった所、細工人は怒って、商売にもかかわることであるので、拳で打ち割ってください、たとえ割れても恨みはしませんと言った。伴五郎は書付を取って拳で兜を割ってしまったそうだ。

 柔術の当身で、硬いものを打ち破る話は、江戸時代には良く出てきます。

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  1. 2018/02/03(土) 21:25:00|
  2. 武道史

鵜飼左十郎事

 『假寝の夢』に刀について述べられています。

 鵜飼左十郎が代官を務めているとき、道の途中で町医師の友と口論となり、町医師の陸尺(駕籠かき)が息杖(駕籠かきが手にしている長い棒)で打ちかかってきたのでやむを得ず3人を切り殺した。その時の話を自分の相番の天野弥兵衛に聞いた。左十郎は自分の差料は大体において丈夫なものであるが、息杖と打ち合った時には今にも折れそうに思えた。申し越し丈夫な刀を用いるべきである、自分の刀が苧からを振り回しているように感じられた、と。

 打ち合えば、棒もかなりの威力を持つという事でしょう。

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  1. 2018/02/04(日) 21:25:00|
  2. 武道史

中川将曹物語事

 『假寝の夢』に、ある流派について述べられています。

 中川将曹は水戸出生で、自分の兄弟はその門人である。覚清流と云う剣術を使った。将曹は剣術を修行する者は第一に刃引を使い覚えるべきである。すこしでも上達のものはすぐに刃引きを用いさせるといった。
 この中川将曹は長剣というものをした。柄は各人の乳通りの長さ、刃は1尺5寸。覚清流剣術の進み具合によってすぐに教え、2.3度稽古すれば免許を出した。表の方1本目は敵がどのように構えていてもその上から打砕き、2本目は下から払いあげ、3本目は青眼に構えて突く。自分が表の形を見たままに記した。今は水戸家にもこの流派はないようである。越後の上杉謙信の先手が大太刀で信長の先手を崩したというのはこの柄太刀だという。

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  1. 2018/02/05(月) 21:25:00|
  2. 武道史

足軽具足の事

 『假寝の夢』に足軽用の具足について記してあります。

 どの国であっても歩卒には貸し具足というものがあって、大量に必要なため鍛えもよくなく手軽に仕立ててある。なかでも足軽前というのは具足というのみで張り子同然で、矢玉を防ぐべくもない。その理由は下人は善悪の心が薄いので矢玉が飛んでくるときには逃げるものであり、さらに足軽前は後ろも合わないように仕立てられている。
 米沢の上杉氏はこれにことなり、その祖である謙信は殊に足軽には良く鍛えた具足を授けよ、下人が命を惜しむのは無理ないことであるといった。いまだに上杉家では足軽に良く鍛えた具足を授けるという。このようにしてこそ、恩に感じて義にすすむのである。下人を草芥のように扱えばまさかの時に力を用いないのが道理である。

 今の時代は「恩」という言葉を知らない人も増えてしまいました。

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  1. 2018/02/06(火) 21:25:00|
  2. 武道史

刀説

 天保の頃に鈴木桃野という学問所教授方を務めた人物によって記された『無何有卿』に「刀説」として次のようにあります。

 雲棲がなくなって、その両刀を購入した。林家の研ぎ師がいうには脇差はよいものである。刀に価値はなく脇差と道具小柄に三両価値があると言われた。刀は切先に焼きがなく傷が多いけれども面白いものである。脇差を望むものには譲ろうと思う。
 世間では刀剣は武門の宝であり武士の魂なので傷があっては用に足りないというが、そんな美玉のようなものを腰にしていては切るべき時にも斬らず、抜くべき時にも抜かないという廉恥がおこらないでもない。むしろ抜き合って刀がおれても恥辱ではない。自分はこの刀を愛すというのではなく、切先はとぎ切られ、傷は人に数えあげられてその用も尽くさずには異物となるのを惜しむのである。長く自分に伴って無用のものとなる(実際に使われることがない)ことこそが本位だと思うので常に差料とするのである。

 刀に関する考え方の一つであろうと思います。現代刀には傷がないものが多いようです。

  1. 2018/02/07(水) 21:25:00|
  2. 武道史

普通の人になる稽古

 武道は修行であるといわれますが、修業どころか武道の稽古をしたばかりに天狗にしかなれないという例は過去も現在もいくつもあります。
 一度人が刀を手にすると、そこに自分は他と異なるのだという意識が生まれてしまいます。それは多くの人に起こることだと思います。その心をそのままにしておくと、稽古の回数を重ねるにつれてどんどん自分が特別な存在になっていくように感じてしまいます。故に武道における修行はもとの普通の人に戻っていく修行でなければなりません。

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  1. 2018/02/08(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心と心をつなぐ稽古

 手数・形稽古も機をうかがって打ち突きするのは初心の段階であり、相手と心と心でつながっていれば打つとも突くとも思わずに、自然に自分の体と心がしかるべき時にしかるべきところへ入っていきます。
 理論を頭に入れてその通りに動こうとするのとは異なりますし、ましてや機をうかがうのとも異なります。相手と心と心でつながる(つながろうと思わなくてもつながる)方法は稽古の時にお伝えしてあります。疎かにしなければやがて理解できる時がやってきて、そのときに私たちが稽古しているのが何なのかということが分かります。

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  1. 2018/02/09(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

防具着用稽古

 心と心をつなぐことが理解できれば防具着用稽古も、自然に変化してきます。打とう突こうとしていた雑念がなくなり、相手との関係性も変化してきます。当てた、突いたを離れた稽古になり真の防具着用稽古ができ始めます。
 .私達にとって防具着用稽古はあくまでも稽古であって自由に動ける心身を養う一方法ですので勘違いされませんように。

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  1. 2018/02/10(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「軽い 浅い」

 幕末から武道の競技化が始まっており、打たれても突かれても「軽い 浅い」と言って自分が打たれ突かれたことを認めない風潮が現れ始めます。ある流派のように、強く打たねばならないと考える流派はその成立から「刀」と撃剣は結びついたものではなかったのだとも考えられます
 一方、久留米の加藤田平八郎は、その記録から強く打つということが頭にはないように思われますし、大石神影流の流祖の大石進にも強く打たねばならないという発想はなかったようです。刀に刃がついていてその代りをするものが竹刀であるという考えからは、強く打たなければ一本にならないという発想は生まれてこなかったと思います。防具着用の稽古をするときには気を付けなければなりません。触れれば斬られます。

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  1. 2018/02/11(日) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

自分の刀で稽古

 大石神影流の刀の振り方と無雙神傳英信流の刀の振り方は異なっています。したがって常に無雙神傳英信流の稽古を居合刀や真剣で行っていても、そのまま大石神影流でできるわけではありません。大石神影流は通常木刀で稽古していますが、木刀と真剣はやはり異なっているので、自分の模造刀や真剣で大石神影流の素振りを行い、また一人で手数の稽古も行ってみてください。木刀の動きに慣れた方ははじめは違和感を感じるかもしれませんが、静かに稽古しているうちに違和感は消えていくはずです。

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  1. 2018/02/12(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心を開く

 稽古をし始めると手数や形の稽古で相対したときに心を閉ざす傾向がある方がおられます。自分を守ろうとする意識がそうさせてしまうのですが、心を開いてあらゆるものを受け入れてください。自分の外側とつながってください。それまで見えなかったものが見えるようになり、聞こえなかったものは聞こえるようになります。心を開くだけで違った風景が見えてきます。

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  1. 2018/02/13(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

努力

 私の居合の師匠は弟子に理解してもらう方法をあれこれと考えられていましたが、最後にはほとんど言われず見て取らせようとされていました。柔術と剣術の師匠は初めから見て取らせる指導でした。
 私は理解していただくために時々工夫をしていますが、基本的には見て取っていただく指導をしています。工夫をして教えても、それを理解する努力をしなければ理解できませんし、理解しようとする本人の努力が自分自身の道を切り開かせるからです。わかりやすい方法は実は返って深い理解から遠ざけさせている場合もあります。
 わからなくても理解しようとする努力が、やがては道を開きます。

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  1. 2018/02/14(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

常に高いレベルで

 兄弟子が弟弟子と形稽古をするとき、支部長が支部で指導をするときなど、相手が自分よりもレベルが低いからとそのレベルに自分のレベルを下げた稽古をすると、手馴れた動きになるだけで自分のレベルは下がってしまいます。
 自分の持つ最高のものを常に出すようにして、速さをコントロールして自分より下の者が自由に動けるようにすべきです。
 常に高いレベルの稽古を心掛けなければ下達します。

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  1. 2018/02/15(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

平常心

 形稽古において相手と相対しただけで普段の心を失い、力んだり、素早く動こうとしたり、浮き上がったりと不必要なことをし始めてしまうのは心が落ち着いていないからです。
 普段そのようではない方がまるで人が変わったようになってしまうのは、心の問題なのです。しかし、そのようになる方は自分の変化に気付きにくいので、まことに困ったことで、師に指摘されたら得心が行くまで自分を見つめる必要があります。

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  1. 2018/02/16(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

本質を見る

 漠然と見ている人に限って手順だけは真似ながら本質を取ろうとはしていません。表に現れているものではなく、その中にある本質を見て取る覚悟を持ってください。
 形や手数はその手順を習得させようとするものではなく、その奥にある大切なものを会得させようとしているものです。表面上のことを会得してそれで良しとしてはなりません。

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  1. 2018/02/17(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

固めない

 手数や形の動きの最後で、体を固める・緊張させるということは手数・形稽古には不要なものであるだけでなく、手数・形稽古が上達を阻害するもととなってしまいます。
 手数・形は自由になるための手段であって目的ではありません。それをはき違えると最後に極めを作ってしまうようになります。残心が全くない状態とも言えます。
 極める固めるのではなく、いついかなるときにも自由である稽古をしてください。きっと自分の心身に変化が訪れます。

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  1. 2018/02/18(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

歴史を学ぶ

 貫汪館の海外の支部長は日本の武道の歴史に詳しい方ばかりです。歴史と言っても通り一遍のものではなく、古武道と現代武道の分岐やその理由、明治維新以降の日本の行動様式の変化とその武道に与えた影響など本質的な部分の知識があるのです。日本まで来て稽古して自国で教えようとする方ばかりですからそれほどまでに詳しいのだと思いますが、そのような知識の上で貫汪館の古武道を稽古されますので考え方もわかっており吸収が早いのだと思います。
 一方、一般的な日本人は正しい姿勢は学校教育で教えられた「気をつけ」が正しい姿勢だと思い込み、きびきびした動きが武道の動きだと錯覚したところから稽古に入りますので、それを頭から追い払うのに時間がかかってしまいます。貫汪館で学ぼうとする方は歴史の勉強もしなければなりません。

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  1. 2018/02/19(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

座姿勢での鼠蹊部の緩み

 臍下丹田が意識できるようになるためには正しく正座し、正しく立膝で座すことが早道です。これらの座した状態では鼠蹊部は緩み上半身と下半身が融合しやすいからです。しかし、いわゆる腰が入って背筋がピンと伸び、やや後方に反る姿勢を作って座すと上半身と下半身はばらばらのままで、座しても臍下丹田を意識できるようにはなりませんので気を付けてください。

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  1. 2018/02/20(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

理合

 二人で組んで行う剣術や居合の形には緩急の理合があります。その理合いを理解せずに兄弟子が打太刀を遣ったら仕太刀を稽古する弟弟子の技はそこで止まるか、変な癖がついてしまいます。
 私自身は打太刀の師匠に仕太刀の稽古をつけていただいたことしかなく、打太刀はどのようにするという指導を受けたことはありません。ただ師の動きを目に納めただけです。
 しかし、稽古時間が限られる方にはそのような稽古方法も困難だろうと考えるので、ある程度稽古が進んだ方には、私が仕太刀をして打太刀の稽古をしていただいています。しかし、本来は稽古をつけていただくときに打太刀の動きをぬすむのだということは頭においていてください。

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  1. 2018/02/21(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

明撃

 大石神影流の手数の中には一撃斬りこんで仕太刀がかわすと、すかさずに二の太刀を加える手数がかなりあります。
 しかし二の太刀が最初からあるものとして初太刀をいいかげんにして二の太刀を加えると初太刀も二の太刀もいい加減になってしまい、どこを斬っているのかわからなくなってしまいます。二の太刀を考えず初太刀を大切に切り込み、仕太刀がそれをかわして初めて二の太刀を出すように稽古してください。
 そのような稽古を重ねることにより、一太刀、一太刀の大切さが体得できるようになります。

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  1. 2018/02/22(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

剣・居・柔

 貫汪館では大石神影流剣術・無雙神傳英信流抜刀兵法・澁川一流柔術の三流派を稽古していますが、これをそれぞれ別のものと考えていてはどれ一つとして自分のものにはなりません。
 間合や動き、タイミングなどそれぞれ異なっていても自分自身の調和、他との調和、天地自然との調和は全ての流派に共通したものです。流派名は異なっていたとしても、すべては一つという覚悟で稽古してください。

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  1. 2018/02/23(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 他流派のことながら、まじめな方が、どうしてこのような方に師事しているのだろうと思うことが多々あります。まじめな方だけに、近くにもっと立派で技も素晴らしい方がおられるのに残念に思うことがあります。
 しかし、これも縁なのかもしれず、まじめな方であっても、一生かけて師事しようという思いを持っておられなければ、そのような方との縁が生まれるのかもしれません。
 私自身は剣術の師匠につくのに3年どころか40年近くかかりました。40年かけて(かかって)自分に合う師を見つけることができました。その40年の内に師にふさわしい弟子として自分自身が成長する必要があったのかもしれません。

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  1. 2018/02/24(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

足運び

 まだ剣術を十分に稽古していない子供や大人は十分に下半身を意識した稽古をさせなければなりません。手順だけを教えてしまうと、発達している上半身の感覚が勝り、小手先の間に合わせの動きになってしまいます。
 足が出ないのに上半身を前傾させて刀を届かせるような動きが見えたら要注意です。歩む、進む稽古をする方が早道です。

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  1. 2018/02/25(日) 21:25:00|
  2. 剣術 業

手の内

 いくら稽古しても手の内が悪いと絶対に上達しません。上達していると見えても動きに慣れているだけで真の上達ではないのです。手の内は居合・剣術の上達に係るだけでなく柔術でも同じことです。柄が相手の手首や首・肘あるいは着衣に代わるだけでこれができていなければ相手を自分の丹田でコントロールできるようにはなりません。そうしていると錯覚しているだけで肩や腕で相手を動かそうとしています。
 手の内くらい、ではなく、手の内ができなければ上達しないという覚悟で稽古に取り組んでください。

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  1. 2018/02/26(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

流れを感じる

 稽古でも演武でも自分の動きに流れがなければなりません。人によってはイチ、ニ、サンと動くのが小さいころからの癖になっていてとぎれとぎれになってしまうかもしれませんが、意識して途切れをなくし流れるように動く努力をしてください。
 途切れが隙となってしまいます。武道でも演武中心武道の中にはメリハリの利いた動きをされるものもあるかもしれませんが、私たちが行っている武道にはメリハリではなく流れが大切なのだと自分自身に言い聞かせてください。

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  1. 2018/02/27(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心が力み始める

 形・手数を続けて稽古していると、次第に心が力み始め、体もそれにつれて力み、鎮まなくなることがあります。そしてその力みに気付かないままに稽古を続けてしまいます。
 居合も大森流を11本抜くなら、11本心の区切りなく11本を一本として続けなければなりませんし、大石神影流なら表拾本を一本として心の区切りなく続けなければなりませんが、居合であれば納刀の際に心の力みを確認でき、大石神影流であれば元の位置に戻るときに確認できます。常に自分を確認して上達してください。

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  1. 2018/02/28(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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