無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

段階

 貫汪館で稽古している無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術は初めに習う形から段階的に上達していくように体系立てられています。上達するためには初めに習う形で基礎を養い、その基礎の上に次の形を稽古し、さらに、次の稽古をすることによって上達していきます。
 途中ができていないのに上級の形を演武したとしたら、本人は自己満足できたとしても、見ることができる者から見れば何とも情けないものにしかなっていません。コツコツと積み重ねていくことによって自由になっていきます。
 ただし、指導者の目である程度できてきたと判断したら次の形に移ることも大切で、いつまでも下位の形ばかり稽古していたら、上達につながっていかないこともあります。

DSC_3728a.jpg
  1. 2017/05/01(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

広報

 業の位が高いだけで、その流派が広まることはありません。一般的に位が高くなればなるほど素人には見えにくくなるものですから、形を見ても感動することは少なくなってしまいます。
 広報も流派を残すための戦略の一部と考えるならば、この能力も指導者が持たねばなりません。英国ロンドン支部長のジェイコブは広報にたけており、ウェブサイトも魅力的です。ぜひ見習ってほしいと思います。

https://www.koryu.london/

DSC_3819a.jpg
  1. 2017/05/02(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

背が高い人の癖

 背が高い方は目が他の人よりも高い位置にあるため、首を前に倒して相手を見る傾向があります。そのためせっかく稽古していても中心線が崩れてしまったまま動くので、形の手順は覚えても動きに無理無駄が生じています。
 背が高い方は自分の特徴をよく知ったうえで頭頂部を天に向け、下を観るときには視線を落とすように心がけてください。形の手順を覚えることよりも大切なところです。

DSC_3839a.jpg
  1. 2017/05/03(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手順を覚えるには

 肩や手数の手順を覚えるためには体を動かすよりは、頭の中でイメージトレーニングしたほうが早く覚えることができます。頭の中のイメージであれば実際にそのようなレベルにはなくても臍下丹田を中心とした理想的な動きをしながら形を繰り返すことができ、また実際よりもはるかに速く早送りできますので、たとえば刀を腰にした実際の大森流の稽古に10分要するとしてもイメージの中では数分で済みます。
 道場のような広い場所がなければ稽古できないと思う必要はありません。

DSC_3816a.jpg
  1. 2017/05/04(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

その場限り

 指導を受けたことはその場で身につける覚悟がなければなかなか上達できません。また、同じ指導を受けることができると考えるのは甘すぎるのです。また、何度も何度も同じ指導を受けてしまうのは自分が指導を受けたことに真正面から取り組んでいないからなのです。
 澁川一流柔術の師も大石神影流の師も一度か二度示されるだけで、それを身につけなければならないという稽古方法を取られました。もし、こちらが何度でも教えていただけると思っていたら途中で指導を受けることができなくなっていたかもしれません。実際に柔術ではすべての教えを受けていない人もいますし、剣術では私の前に入門された方は数度の稽古でやめになっています。
 
DSC_3825a.jpg
  1. 2017/05/05(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

かたち

 外見上形が見事に見えることと、本当に形の稽古を通じて自由に動ける力が身につくことは全く異なったことです。
 稽古時間が長くなり形に慣れていけば、動きは速くなりスムーズになっていきます。しかし、これを以て上達としてはいけません。形稽古の目的は形の稽古を通じて自由になることであり、いずれはどのようにでも動けることを目指します。したがって如何に外見上見事に動けたとしても、そのようにしか動けないのであれば間違った稽古をしていることになります。
 そうならないためには地道に基礎的な動きを積み重ね、心身を自由にしながらそれを形に応用する、形の稽古で確かめていくことが大切です。演武が見栄えするものであったとしても、「かたち」にとらわれて稽古している方は真の力をつけていることにはなりません。

DSC_3848a.jpg
  1. 2017/05/06(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手を取る

 澁川一流柔術の「四留」や「拳匪」は受が捕の手を取りますが、ただ取るのではなく捕を自分の一部としてコントロールするために取ります。したがって手の内は刀を手にしたときの手の内と同じで、受は自分の臍下丹田から自分自身の手の内さらに捕の中心までがつながるように捕の手を取ります。
 この部分が体得できなければ刀を手にしたときの手の内も間違っている可能性があります。

DSC_3836a.jpg
  1. 2017/05/07(日) 21:25:00|
  2. 柔術 業

見取稽古

 初心者の方の上達のために最も大切なことは、観ることができる能力です。しかし、初心者の方は見ることよりも動くことの方に興味があるので見ることが疎かになりがちです。見ていないので同じことができるはずはないのですが、初心者の方は同じことをしていると思っています。
 稽古をさせずに最初の何回かはただ見させる稽古をしてもよいのですが、見ることの大切さがわかっていない方には苦痛でしかないと思います。このようなときには鏡の前に二人で立ち同じ動作をするように指導してみてください。わからない人はそれでもわからないかもしれませんが、異なる動きをするたびに指摘すれば見えていなかったことが分かってくると思います。

DSC_3733a.jpg

  1. 2017/05/08(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

明撃

 どこに斬り込むのかを明確にせず、間合いもわきまえず、漠然と木刀や居合刀を振って形の稽古をしても上達はありません。
 木刀で斬り込むのに、ここらあたりでいいだろうと思っていれば、どれだけ稽古しても正確さは身につくことはありませんし、そのような方が打太刀、仕太刀のいずれをおこなっても稽古相手の上達も阻害されてしまいます。
 柔術の「打込」や「居合(無刀捕)」で受をする方がいい加減な間合で斬り込んでいたら上級者が変化を覚えるにはよいかもしれませんが、その位に至らない者には上達を阻害することになります。
 数センチの正確さから求めてください。

DSC_3911a.jpg

  1. 2017/05/09(火) 21:25:10|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 長い間、あるいは短期間でも思い込みを以て集中して何かに取り組んだ場合、意識下に癖がしみ込んでいることがあります。そのような場合には、何回稽古しても悪癖が表に出てきます。自分でもどうしてこうなってしまうのか悩むところです。
 このようなときの稽古の方法はゆっくり、静かに動き、どこから悪癖が出始めるのかを見極める必要があります。どの時点から小手先が動き始めるのか、その心理的な原因は何なのか、繊細に自分の動きを見つめてください。どうしても直らないのは心の部分の影響が大きいため、自分がどのような思いで動いているのかをしっかり究明してください。

DSC_3900a.jpg

  1. 2017/05/10(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達が遅い人の共通点

 稽古を続けていても上達が早い人と遅い人がいます。上達が遅い人に共通するのが、指導に従わず自分の興味関心があることを優先し、自分の考えに基づいて稽古するということです。
 たとえば詰合の稽古では柄手は握りしめず添えるだけだと教えても、速く抜いて強く受けるためには柄を強く握りしめなければならないと勝手に考えて、自分の思い通りに繰り返してしまいます。その結果悪癖が身につき、その悪癖を取り除くために時間がかかり、そこから本当の稽古が始まるため、最初から素直に稽古した人に比べて上達する時間は2倍3倍とかかってしまいます。上達するためには自分を無にして指導に従わなければなりません。

DSC_3980a.jpg

  1. 2017/05/11(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

併修

 貫汪館では三つの流派を稽古しています。その三つの流派は歴史が古い流派のようにすべての種目の武術を含むものではなく、多少の幅はあってもそれぞれ剱術、居合、柔術の枠組みがある流派です。
 剱術を稽古する方が刀の遣方を知らなければ、自分は剱を扱っていると思っていても棒でたたき合いをしているにすぎない状態になったり、素抜き抜刀術しか稽古しない方が「気で相手を抑えて斬る。」という妄想に取りつかれたり、刃物の動きを知らないで限定された形の中で刃物に対処する稽古をしておきながら、何とか間に合うと錯覚を起こしたりします。
 自由を目指すのであれば限定された種目にのみ特化してしまい、上達したと思い込むことは危険です。

DSC_3856a.jpg

  1. 2017/05/12(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

教える

 「近いうちに必ず教えることができるようになる。」という覚悟がある方の上達は速やかで、「道場の中で兄弟子として後進を導いていけばよい。」という程度の方は真の会得ができません。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は私が高校生のときに「習得するということはコップの水をこぼすことなく全て自分のコップの中に受け取ること。」とお教えくださいました。これは次に伝えるためにはすべて受け取らねばならないということをも意味しています。
 教える覚悟のない方は自分に都合の良いところのみを得ようとし、自分にとって都合の悪いところは無視してしまいます。真の上達のためには教える覚悟が必要であり、教える覚悟のない方には真の上達はないのです。

DSC_3966a.jpg
  1. 2017/05/13(土) 06:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

他人の褌で相撲を取る

 他人の物を利用して自分の目的利益のために使うことを言いますが、古武道の世界にもこのようなことをする方は存在します。私の書いたものを勝手に利用して自分の知識を誇ったり、自分が考えたこととして用いられることもあります。結局のところ自分が行ってきたことに自信がないので他人の物を利用したくなるのだと思います。哀れなことです。自分が周りからどのようにみられているかもわからず、自分が素晴らしいと周りに認めさせようとする・・・。
 貫汪館で稽古する方は自らの識見を高め、決して他人の物を利用して自分を良く見せようとすることがないよう自分を磨いていってください。

DSC_3966a_20170416005240aa9.jpg

  1. 2017/05/14(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

唯我独尊

 ここで言いたいのは間違った用法での唯我独尊です。
 古武道の世界には、このような方もおられます。現在は斬り合うこともありませんし、現代剣道のように試合結果が出るというわけでもありません。このような中で、自分だけができる、自分だけが知っているという思いにとらわれる方がいます。そのような方は正式に習った流派でもないのにはじめこそ復元と名乗っても、そのうち「復元」を付けずに流派名を名乗り、「こんなに素晴らしいのだ」と独自に活動したり、正式に稽古している人たちに対しても自分の方がその流派に関して本当のことを知っていると表に出して言う事をはばかりません。
 そこまでいかなくても、流派内で実際は自分が一番遣えるとか、自分が一番古いから偉いという思いを持つ方もいます。
 そのような思いにとらわれてしまったら、そこから抜け出すのは困難になり、どんどん修行という言葉とは異なった世界へ向かっていきます。そうならないためには常に自分を戒めていかなければなりません。

DSC_3967a.jpg
  1. 2017/05/15(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

他流に学ぶ

 他流派の理論は当然ながら貫汪館のそれぞれの流派の理論とは異なっています。それが流派というものです。しかし、他流派の優れたところは学ぶ必要があります。
 私たちの流派が「良し」とするところを他流派でもよしとしている流派はあり、また私達よりもはるかに優れたものを持っておられる流派もたくさんあります。そのような優れたものを学ぶ大きな機会が演武会であり、初心者は別として見えるようになった方は演武会を見学に行き、優れたところを学ぶ努力をする必要があります。自分の感じたことが正しいかどうかを、後に師に確認して自分の価値観を正すこともできます。
 そのような点では横浜支部の皆さんは東京での演武会を容易に身に行くことができ、名古屋支部の皆さんは熱田神宮や京都での演武界を身に行くことができます。とても恵まれた環境にあると思います。

DSC_3984a.jpg

  1. 2017/05/16(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

無理無駄をなくす

 無理無駄をなくすということを駄目な動きのまま「ふにゃふにゃ」になることと勘違いしてはいけません。いくら「ふにゃふにゃ」になっても小手先の動きは小手先の動きにすぎません。臍下丹田から動けていないのに、それで「良し」としてしまったら貫汪館の業は全く身に付きません。

DSC_3735a.jpg
  1. 2017/05/17(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

覚悟

 会得しようとすれば、今日習ったことは今日のうちに会得する覚悟が必要です。
 「また、この次。」「今日できなかったら次また聞けばよい。」という思いであれば10年で済むことも50年、60年かかっても習得することはできません。
 毎回、毎回同じことを指導されても会得できないのはその程度の覚悟しかないのです。何が何でも今日自分のものにするという覚悟がない方は上達しません。

DSC_3943a.jpg
  1. 2017/05/18(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

演武会

 自分が参加する演武会は自分自身の心、行動を確認する良い機会です。
 安易に上座に位置しようとしていないか、自分の武具が他の方の邪魔をしていないか。自分の動きが他の方の妨げになっていないか。他流派の方に失礼な振る舞いをしていないか。他流派の演武を見学するときに失礼ではない態度になっているか。師をサポートできているか。様々な観点から自分自身の心や行動をチェックできます。
 このようなことができない方は武道の修行も進むことはありません。

DSC_3825a_201704290021193ba.jpg
  1. 2017/05/19(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自分の稽古

 指導する立場に立つと、自分のための稽古はできなくなります。今の時代に個人の道場を持てる方は少ないので、借りた場所で稽古しなければならないのですが、そこでは指導が優先になるため自分の稽古はできません。
 一人で稽古しようと思うと自宅でイメージトレーニングをするのが最も有効な方法になります。相手が必要な形はしっかり相手をイメージしながら、素抜き抜刀術であれば自分の動きをしっかりと感じながら。そのような稽古を重ねてください。
 また、自分の稽古ができない指導の場では、示す時には自分の最も良いものを示すことによって自分の稽古としてください。

DSC_3958a.jpg

  1. 2017/05/20(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

雑念が歪を生む

 「打とう」「突こう」「斬ろう」「投げよう」「抑えよう」と強く思えば思うほど自分の歪は大きくなっていきます。
 打てるのも、突けるのも、斬れるのも、投げれるのも、抑えられるのもすべては結果です。無念無想で中庸に正しく動くことができた結果としてそうなるものです。雑念を去る努力をしてください。

DSC_3728a_2017042900292781e.jpg
  1. 2017/05/21(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

定規や小太刀の木刀

 自宅では広さや高さの制限があり、居合刀や大石神影流の長めの木刀を用いて稽古するのは困難です。また、自宅の庭があればよいのですが、最近では自宅の庭で居合刀を振っていても警察官が見回りに来ることがあります。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は私が高校生の頃に定規でも稽古はできると教えてくださいました。私はまだ、現代剣道の考え方から抜け出ていませんでしたから、「そんな軽いものでは稽古にならないだろう。」と思ってしまいましたが、実際に定規で稽古をすると居合刀を手にするよりも自分自身の体の動き(歪や力み)がよくわかり、思いを変えることができました。試みてください。

DSC_3854a.jpg

  1. 2017/05/22(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

初心の内はゆっくりと

 初心の内に上級者が動くように動こうとすれば必ず崩れてしまい歪みます。また、その歪に自分自身が気づくことができません。
初心の内はゆっくり静かに正しく動くことを心掛け自分の歪に気付くことができる稽古を重ねなければなりません。

DSC_3961a.jpg
  1. 2017/05/23(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

控える

 昔の話ですが、師匠のそばにいて師匠が他流派の師範や他流派の方と話しているとき、そばにいるものはどうすべきか。
 控えておくです。黙っておくことに価値がありました。
 他流派の師範や他流派の方が自分ではなく自分の師と話しているのですから、その話に加わってはなりません。立場が違うからです。たとえ話題が自分の流派のことや同門の事に及んでも、他流派の師範や他流派の方から直接話しかけられていなければ、控えておきます。自分たちのことに話題が及んでも自分の師が他流派の師範や他流派の方と話しているのですから、そこに加わってしまえば、自分が自分の師、他流派の師範や他流派の方と対等ということを示していることになります。

DSC_4026a.jpg
  1. 2017/05/24(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

まず心身を鎮めて

 心が焦り、体に力みがある状態ではいくら稽古を重ねても悪癖ばかり身について行きます。
 稽古を始めるにあたっては心身を鎮めることに心掛けなければありません。
 また、血の気の多い方は形稽古であっても戦おうという思いが強すぎ、初めから自分か崩れ隙だらけになっています。形稽古は自分自身の調和、天地自然との調和、相手との調和を求めて稽古しなければ稽古を通じて身につくものはありません。

DSC_4063a.jpg

  1. 2017/05/25(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

刀と棒

 六尺棒の長さを十分に用いる稽古をしてから「刀と棒」の稽古を行いますが、昨日述べたように六尺棒の長さを十分に使えなければなりません。
 棒はいくら稽古していても、どれだけ強く打てるようになったとしても刃はついていません。修錬して棒を使える者の棒と、あまり修練していないけれども刀を使える者の刀がお互いの体に同時に届けば、どのようになるかは想像に難くないと思います。
 長いものは十分に長く使って相手の間居合の外から相手を打ち、突ける稽古をしなければなりません。

DSC_4064a.jpg

  1. 2017/05/26(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ