無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

右片手突き

 中段からの右片手突きは臍下丹田から突くということを理解しやすい動きであり、半身から一重になることによって間を近く出来るのを体感できるので、おろそかな稽古をしてはなりません。
 柄頭は臍下丹田の前にありますから中段の構えでは、自分の感覚の中で臍下丹田と柄頭をつなぎ切先までを体と一つにしやすいはずです。切っ先までが自分の体と一つになったと感じたら、肩肘手首を力の伝達経路とせず柄頭と丹田からの距離を開いて突くという感覚を持ってください。

DSC_3179a.jpg

  1. 2017/04/01(土) 21:25:40|
  2. 剣術 業

銃剣道

 世の中、銃剣道が学習指導要領に明記されたと大騒ぎですが、まるで、大戦中に「鬼畜米英」と米英の実態を知らずに述べていたのと同じように、銃剣道がどういうものかを知らずに述べているのを見ると日本人の体質は変わらないのだと感じざるを得ません。
 現在自衛隊で必修なのは「徒手格闘」と「銃剣格闘」であり「銃剣道」ではありません。自衛官は銃剣道をする必要はありません。なぜなら、現代の近接戦闘には「銃剣道」は役に立たないからです。「銃剣道」は他の武道と同じように競技として発展したので大昔の銃に着剱した長さの木銃を使いますが、すでにその長さの銃は用いられることもありません。アンティークといってもいいくらいです。
 そのような用具を用い、ルールも競技として厳格なため今の戦闘には「銃剣道」は役立たないのです。
 昨日、広島県銃剣道連盟の総会に理事として出席しましたが、話題は自衛官が銃剣道をしないことです。広島県には陸上自衛隊の第13旅団がありますが、広島県銃剣道連盟の会員は220名です。「銃剣道」は部隊対抗では試合が行われますが、それは一部の銃剣道を趣味として行う人たちが主体となって選手になるからです。したがって、自衛官といっても銃剣道を経験したことはあるが段位を持っていない者が大半です。有段者でなければ連盟の会員ではないので連盟の運営費が入りません。
 広島県には海上自衛隊がありますが、海上自衛隊は基本的に「銃剣道」はしません。
 歴史的に見れば銃剣道の日本における起源は江戸時代に唯一日本と国交があった西洋の國オランダです。長崎の商人であった高島秋帆が西洋列強から日本を守るためにオランダ人に西洋砲術を学び高島流として体系化しました。砲術といっても銃や大砲を打つ術だけではなく銃陣を含む戦術といってもいいと思います。その中に銃剣の使用も含まれていました。秋帆は幕府に『天保上書』を提出し、徳丸ケ原で高島流の演習を行います。そのため、現在徳丸ケ原は高島平と呼ばれるようになりました。
 当時は号令はオランダ語で行われていましたが、秋帆の弟子である江川英龍が中心となって日本語の号令を考案していきます。当然銃剣を用いる号令も日本語となり、私はこの時をもって銃剣道・術(当時は銃鎗ともいいました)の日本化が始まったと考えています。銃剣道は西洋列強から日本を守るために取り入れられ発展していきました。詳しいことは9月に行われる日本武道学会第50回大会で「日本における銃剣道の起源について」という演題で発表しようと考えています。
 私は航空自衛隊に在職していた時に銃剣道4段をいただきましたが、依願退職した後は、広島で旧軍の軍人さんたちに銃剣道の指導を受け教士7段までいただきました。もう20年位前のことになります。銃剣道を経験したことがない方が大半なので旧軍で銃剣道をされ戦後も趣味で銃剣道を行われた方の業がどのようなものであったか想像できないと思います。素人考えではただ殺伐なイメージかと思います。
 今から述べるこの感覚は、武道をしばらく続けたことがない人には、お分かりにならないかと思いますが、旧軍人で戦後も銃剣道を続けられた方の剣(銃剣・木銃)は真っ直ぐで、濁りがなく、限りなく澄んでいました。つまり心に雑念がないのです。私は古武道にその境地を求めていますが、先生方のあの境地に達するのはまだまだ先のことになると思います。現在、銃剣道の全日本選手権で活躍されている方の動きは素早く競技的には高レベルだと思いますが、あの先生方の境地をみることはできません。
 これが実際に銃剣道を稽古した者の銃剣道に対する感想です。
 「銃剣道」うんぬんと騒いでいる方の騒ぎ方は私には、「僧兵は武器を持っていたから現在も僧侶は危険」「一向一揆があったから宗教は危険」「旧軍の日本兵は日本刀で白兵戦をしているから剣道は危険」「空手は各國の軍隊で訓練されるから空手は危険」というに等しく感じられます。

写真は徳丸ケ原での高島秋帆の演習の図
DSC07516a.jpg

次の写真は幕府歩兵訓練を双六にしたものの一部で銃剣の練習
DSC07617a.jpg


 
  1. 2017/04/02(日) 11:55:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一人稽古

 澁川一流柔術の棒廻しの稽古は一人でできる稽古で、道場などの施設がなくても、自分の家に庭があれば稽古できます。又、庭がなければ部屋の中で半棒を用いて稽古することもでき、それもかなわなければ早目に稽古に来て一人で行うことができます。
 同様に、大石神影流剣術の構えや素振り、無雙神傳英信流抜刀兵法の正座や立膝の工夫、手のかかり鞘引きの工夫も一人で行うことができます。
 一人でできる稽古を十分に行っておけば、道場に来て稽古した時に上達が早いのは言うまでもありません。

DSC_3425a.jpg


  1. 2017/04/02(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

わからぬところ

 指導を受けて、自分で理解できるところと、何かわからないところがあります。理解できるところと言っても現時点の自分のレベルで理解できるだけで実は本当の理解はできていないかもしれないので、求め続けるのは当然のことです。
 何かわからないところは、絶対に捨ててはならない深く長く追い求めなければならないところです。何かわからないというレベルまで来ているのですから自分にとっては大切な部分なのです。
 理解できたところだけを見ていたら、自分でわかったつもりになって大切なところを捨てていることになります。

DSC_3438a.jpg
  1. 2017/04/03(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 鼠蹊部がなかなか緩まない方は腰に力みがないかどうか確認してください。
 腰を前方に押し出すように少しでも力みがあると大腿部に力みが入り、それに応じて脚が開いていても膝は前方に進もうとします。普段感じていなくても力みがあることがあるので繊細に感じてみてください。

DSC_3434a.jpg


  1. 2017/04/04(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間合

 大石神影流剣術では通常より長めの木刀を用いるためか手数の稽古において間合いを遠くとられすぎて、打太刀・仕太刀ともに実際には切先が届かないところで攻防の稽古をしているのを観ることがあります。
 仕太刀は打太刀の圧を感じるくらいの間に入らねばならず、打太刀は、もし仕太刀が遠すぎる間で止まったら、1歩踏み込むところを2歩で踏み込み、刀が実際に届く間で稽古しなければなりません。

DSC_3428a.jpg


  1. 2017/04/05(水) 21:25:00|
  2. 剣術 業

覚悟

 「正しく動いて、斬られればそれでもよい。」という心で稽古しなければならない。と無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生はおっしゃいました。
 そのころは理解できなかったのですが、稽古において強く斬られまいとか、斬ろうとか思っていたら、心身は鎮まらず体は凝り固まり、習得できることも習得できなくなることを言われたものです。それ故に自分はすでに切られている者だと覚悟を決めて稽古すればよいのだということです。
 形稽古でどうしても相手を斬ろう、斬られまいという念から離れられず、何度指摘しても肩ひじ張り肩甲骨まで上がってしまう方は自分の心の状態を確認してください。

DSC_3175a.jpg
  1. 2017/04/06(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

力み

 力みがある方は特に二人で行う無雙神傳英信流の太刀打や大石神影流の手数を稽古するとき、最後の動きで力みが入る傾向にあります。木刀を相手の小手の上や頭上で止めるときに力んでしまうのです。
 このような傾向がある方は、木刀が止まるときに肩や肘が引力に引かれ自然な状態にあるかどうかを毎回自分自身で確認してください。自分で正す習慣をつければ、上達は速やかです。

DSC_3484a.jpg


  1. 2017/04/07(金) 21:25:25|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手の内

 手の内は刀や棒などを自分の体と一体にする状態でなければなりません。刀や棒を手の内を使って操作するのではありません。
 刀や棒を操作しようとしている方は刀や木刀が体と一体になっていないために軽く、体と一体となっている方は刀や木刀に腕や肩の重さが加わるので何もしなくても重いものです。

DSC_3471a.jpg
  1. 2017/04/08(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

まず己を整える

 無雙神傳英信流抜刀兵法の素抜抜刀術はいうまでもないことですが、二人で行う太刀打や詰合、大石神影流の手数、澁川一流柔術の形は全て己を整えるところから始めなければなりません。
 武道は外見上は闘争の術ですので相手に勝とうと思うのは自然なことですが、術となってからは術にふさわしい方法があります。無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術のいずれも己を整えるところから始めなければなりません。己が整っていないのに相手に勝つ手順を繰り返しても全く意味がありません。形で手順が決まっているので自分が整っておらず隙だらけであっても、勝つ手順を行うことができますが、実際には自分が勝つ手順を行う前に斬られています。稽古するたびに自分の歪を指摘される方は思いを変えて稽古しなければなりません。

DSC_3195a_20170314214322ffb.jpg


  1. 2017/04/09(日) 21:25:02|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

イメージトレーニング

 形の手順を覚えるために、自宅などで広い場所がなければ長い木刀の代わりに小太刀で稽古することもでき、また、時間がないときには実際に体を動かさなくてもイメージトレーニングもできます。イメージトレーニングと言ってもたんに自分の動きをイメージするのではなく、素抜き抜刀術のように相手をイメージしたうえで相手の動きにあった自分の動きをイメージしてください。そうしなければ実際に相手がいて形稽古した場合に自分勝手な動きをするようになってしまいます。

DSC_3500a.jpg
  1. 2017/04/10(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

イメージトレーニング 2

 イメージトレーニングするときにはただ映像を頭に浮かべるのではなく、実際に自分の体に神経を通わせてください。文字で表すのは難しいのですが、実際に体が動くのを感じながら稽古しなければ、頭で手順を覚えるだけの稽古になってしまいます。指先足先まで自分の思いが伝わる稽古をしてください。

DSC_3501a.jpg
  1. 2017/04/11(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

荷物を持つ

 昔話ですが、居合の道場で先生の荷物を持てるのは古い信頼されている弟子だけでした。若い人たちはそのような知識もないと思うので記しておきます。
 荷物の中でも最も大切な居合刀(模造刀)や真剣を運ぶことを許されるのは最も信頼された弟子であり古い弟子。着替えなどのバッグを持たせていただくのも古い弟子でした。先生の荷物を持たせていただくのは光栄な事であり、作業といったようなものではありませんでした。

DSC_3181a.jpg

  1. 2017/04/12(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

会得するためには

 初心の内には「力みをなくす」「一切の無駄な力を使わない」という指導をされても、自分では力みがないつもり、自分では無駄な力を使っていないつもりと思ってしまいます。ここが大きな分かれ目で、自分ではそうなっていないのだからもっと多くの形や手順を知りたいという方向に心が動くと、いくら知っている方の数が増えようが知識が増えようが本当の上達はしなくなってしまいます。
 自分ではそうなっていないつもりだけど、指導され続けているので、指導されることを大切に稽古しようとまじめにコツコツ求め続けるといつか体が動くようになりなるほどと思えるときがやってきます。それからは邪念を持たなければ速やかに上達していきます。

DSC_3495a.jpg

  1. 2017/04/13(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

異なる基準

 古武道・現代武道あるいはそれぞれの種目や流派によって良し悪しの基準は異なっています。
 たとえば柔道のように相手の着衣を用いて自由自在に相手を投げるものもあれば、離れたところから拳のみを用いる物もあり、拳のみでなく足蹴りを使うものもあり、何が絶対というものではありません。
 私たちが防具と竹刀を用いて大石神影流の価値基準で稽古を行っても、現代剣道の一本の価値基準とは異なっており、私たちの刺突が一本とならない事の方が多いでしょうし、現代剣道での一本も私たちの価値基準からすればずれていることも多いでしょう。
 何が絶対というものではなく、それぞれに価値の基準が異なるのですから、古武道が現代武道に…とか、〇〇は〇〇よりも…と考えるのは考えることそのものがピントはずれです。

DSC_3498a.jpg

  1. 2017/04/14(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

再び銃剣道について(情報を盲信しない)

 インターネットに〈週刊朝日〉の記事として「軍事ジャーナリストの〇〇〇〇氏が異議を唱える」という内容の記事があがっていましたが、この軍事ジャーナリストも銃剣道の経験はないのだろうと思います。経験もせずに話しているのですからずいぶん支離滅裂です。

いわく
「中学の剣道では部活動でも突きは禁じられている。実際に先述の唯一銃剣道を行っている公立中学校でも相手を突かずに型のみを教えている。つまり、中学で導入するなら本来の銃剣道とは似て非なるものにならざるを得ないだろう。それとも突きをそのままにして導入するのか。」

 銃剣道も他の武道の多くも形が基本であるということを知らずに言っているのか、意図的に言っているのか。知らないとすれば、武道について論じる資格はない人物が知ったかぶりをして物を言っているお粗末な人物だということになります。形で実際に相手を打ったり、突いたりということは剣道形でもおこなわれません。

いわく
「また日本の伝統文化云々というのも疑問だ。小銃に着剣する銃剣は17世紀にフランスのバイヨンヌ地方で作られた。フランス語のbaïonnette、英語のbayonetからもそれが分かる。銃剣はフランスで生まれ、銃剣術も欧州で発達した。つまりは欧州が由来である。」

 そのように言ってしまえば、鉄をもたらしたのは誰で、刀をもたらしたのはだれかと言い出せばすべての武道は日本由来ではなくなってしまいます。すでに述べたように西洋由来の銃剣術が幕末に日本化していきました。

いわく
「もうひとつ問題なのは高価な銃剣道の道具を隊員に買わせていることである。「予算が足りないとか、あれこれ理由をつけて30万円を超えるセットを、ローンを組ませて指定業者から買わせています。私も36万円のセットを買わされました」(元陸自1尉)

 これもおかしな話で、こういう話は聞いたことがなく、私がいた航空自衛隊でも部隊に訓練用の簡素な防具があり、趣味で銃剣道を稽古していたもの以外は皆これを用いていました。
 趣味で銃剣道をするにしても普通の防具なら10万円以内で購入できますし、さらに高価なものを購入するのは銃剣道の稽古を行い、高段者になろうとする方です。 
 さらに、自衛隊の実弾射撃を銃剣道の訓練の時間が削ってしまっているというような記述がありますが、自衛隊の事なのでここでは述べませんが、実弾射撃の機会が少ないのは予算の問題であり、銃剣道の訓練があるからではなく、すでに述べたように必修なのは銃剣格闘であって銃剣道ではありません。

 軍事ジャーナリストが述べたといえば信憑性があるように一般人は思いますが、そのジャーナリストが経験したこともない銃剣道と自衛隊内部のことを述べているので支離滅裂な内容になってしまいます。また、根拠も元自衛官の話となっており、はたして本当に情報収集したかどうか・・・。武道に関してはあまりにいい加減なことを言う人が多くいます。

 写真は幕末の幕府陸軍が用いていたテキストです。この中に銃槍術の項があり、号令も日本語となっています。この当時は号令に合わせて単独で銃剣(槍)の操作の稽古をしていたようです。このような資料を用いて9月6日(水)から9月8日(金)の間に関西大学千里山キャンパスで行われる日本武道学会第50回記念大会(第2回国際武道会議)で「日本における銃剣道の起源について」という演題で発表する予定です。

DSC08009a.jpg
DSC08151a.jpg
  1. 2017/04/15(土) 01:14:20|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

体で理解するまで

 理解力のある方は色々と説明することを頭で整理することは簡単なようです。大切なのはそこからで、頭で理解できたら、それが体で理解できるまで稽古していかなければなりません。頭で理解するのが簡単な形ほどそこから先に進むまで時間がかかる傾向がありますので、自分が本当に体で理解できているのかそれとも頭で整理できているだけなのかを見極めて進んでください。

DSC_3542a.jpg
  1. 2017/04/15(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

焦らない

 仕事の後に稽古に来られる方が大半であるため、まじめな方ほど少しでも早く稽古に行こうと、自動車を焦って運転されることがあります。少しでも早くと思う心は大切ですが焦りが道場の中での稽古を阻害することがあります。
 思いを変えて道場に行こうとした時点で稽古が始まっていると考え、自動車を運転していても心を鎮めて周囲に気を配り安全運転に心掛け、道場についた時には心身ともに落ち着いているという状態であればたとえ道場での稽古時間は短くなっても、実際に体を動かす稽古の質はよいものになります。

DSC_3488a.jpg

  1. 2017/04/16(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

伝える

 兄弟子になって、あるいは支部を開いて指導するとき、自分が習ったことを(自分が理解できたところだけを)単純化して教えてはなりません。自分が理解できなかったけれど伝えられたこと、自分が理解できなかったけれど教えられたことをすべて伝えていかなければなりません。
 これまでの経験からプライドが高い方の中には、自分が理解できていないことを知られたくないために、あたかもこれがすべてであるかのように自分が単純化したことを教える方もありますが、それでは伝わるものも伝わりません。すべて伝えていかなければなりません。自分がわからなかったところを自分が教えた者がわかることは喜びとしなければなりません。

DSC_3497a.jpg

  1. 2017/04/17(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

位置

 大石神影流、無雙神傳英信流、澁川一流ともに相手が斬り込んできた場合に自分がどこに位置するかが重要なポイントとなります。
 澁川一流柔術の「打込」稽古では前に出て相手の起こりを捕るか、左右斜めに出て相手の打込みをかわすかの二通りの動きをします。打込みをかわす動きをしなければならないときに、相手の手を取ることばかりに意識がいき、体をかわしていなければ実際には大きなダメージを負ってしまいます。形稽古である故に相手が強く打込むのをやめているだけですので勘違いせず稽古してください。

DSC_3425a_201703222200025cb.jpg

  1. 2017/04/18(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

履物を揃える

 私が十代から三十代ころまでのお話しです。
 居合の稽古をするのに公民館をお借りして先生と弟子で一緒に抜く稽古をする日が週に一度ありました。お話ししているように先生の道場は狭かったためそのような稽古をする余裕はありませんでした。
 稽古ができる板の間のホールの外にソファーがあり、そこは土足で稽古の前には先生がそこに座られお話をされるのをみんなで聞いていました。ホール内は夏は暑く、冬は寒く空調のあるホール外の方が快適であったからです。
 稽古の時間になると先生はホールの入り口に履物を脱いではいられます。他の方はそれぞれ離れたところにある下足箱に履物を入れてはいられました。先生の履物を下足箱に入れるのが私の役割で、稽古後には素早く動いて先生の履物をホールの入り口に揃え、余裕があれば兄弟子(私は子供のころから先生の弟子だったので兄弟子はほとんどいませんでしたが)や私より年齢の高い方の履物を揃えていました。
 これは先生が体調を崩され、稽古に来ていただけなくなるまで続けました。

DSC_3543a.jpg

  1. 2017/04/19(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

無念無想

 心の状態は宗教的な無念無想に至らなくても術の上での無念無想を求めてください。
 はじめから斬ろう、打とう、突こうと思い行えば必ず自分の心身にひずみが生じ、自ら隙を作ることになります。無念無想の状態に相手の斬ろう、打とう、突こうという思いと動きが作用するので、感応してそこから動きが始まります。双方に斬ろう、打とう、突こうという思いがなければ動きは起こりません。初めから双方が斬ろう、打とう、突こうという思いをもてばいわゆる修行にはならず、たんなる闘争の術に終わります。

DSC_3538a.jpg
  1. 2017/04/20(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

四留

 澁川一流柔術の稽古は離れたところから行う「履形」「吉掛」、相手が胸襟をつかんでくる「込入」、懐剣で打ち込んでくる「打込」「両懐剣」、それを短い棒で制する「互棒」があり、その次に「四留」があります。
 「四留」は受が自分の両手首をつかむので、受を一番感じることができる形です。稽古で受の手を外そうとばかり考えている方は真の上達がありませんので次に述べることをよく理解してください。
 自分の臍下丹田から指先までは必ずつながっているという前提ですが、受が自分の手首をとったら受の手の内を通じて受の臍下丹田までを感じてください。その上で技は受の手を外すのではなくまた受の手首に掛けるのでもなく、受の臍下丹田を崩すところから始まります。また、技は手首に掛けていっても受の手首を通じて受の臍下丹田に欠けるように心がけてください。このような稽古を重ねていけば、これまで稽古してきた形の質が良くなっていきます。

DSC_3880a.jpg
  1. 2017/04/21(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒裏 突き

 半棒表は打ち、半棒裏は突きます。この動作が大きな違いですが、裏の突きは左掌を広げ相手に向け突きます。打太刀は半棒の動きを知っているので棒を払う動きができ次に続きますが、突きの動きは速いので実際にはこれで打太刀の動きを制します。
 左掌を広げ相手に向ける動きは重要なところですので木刀に払われまいとして左手で棒を握ることがないよう心掛けてください。

DSC_3898a.jpg

  1. 2017/04/22(土) 21:25:00|
  2. 柔術 業

柔術の間

 澁川一流柔術の基本である履形の形は前に出て受の手首を抑えるか、斜めに出て相手の受の手首を返に取る形がほとんどです。
 返に取る場合は相手をかわしながら斜めに入るので受けの動きにやや遅れて出ても間に合いますが、まっすぐに踏み出して受の手首を取るのは受が未発であり動きの頭を取るという意味があります。突いてきたのを取るわけではありませんので、毎回そのような意識で稽古してください。また、受けに立つ人は稽古ですから捕が心身ともしずまっていないのに突いて行くことはしないでください。捕の動きは遅れてしまい、形の稽古はなりたたなくなります。

DSC_3741a.jpg
  1. 2017/04/23(日) 21:25:00|
  2. 柔術 業

大切なところ

 初心者の方の中には形の手順を覚えることにばかりに気持ちがいき、大切な基本を指導されても、とりあえず、それを置いておきうわべの手順の身を繰り返す形もおられますが、これは完全な間違いです。
 小手先の動きを繰り返して手順を短期間で覚えたとしても、それは砂上の楼閣であるため何の意味も持もたないどころか、悪癖を身につけてしまうため、かえって上達から遠ざかってしまいます。たとえ時間はかかったとしても基本を身につけることが先で、手順は何度も繰り返しているうちにいつか体が覚えると覚悟して稽古した方が速やかに上達します。

DSC_3743a.jpg
  1. 2017/04/24(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

修行

 理論もわかり、実際にどう動くべきかもわかっているのに自分の理想どおりに体が動かない。
 無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流ともに最大限の筋力や瞬発力を用いる動きはなくむしろできるだけそれらを使わない動きを目指していますので、体が動かないのは体育的な意味で動かないわけではありません。全ては自分の心が邪魔をしているのです。打とう、突こうという思いが体の動きを乱しています。自分の心を自分で制御し、体が動くようにしますのでその過程が修業になります。

DSC_3750a.jpg
  1. 2017/04/25(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間違った情報

 海外の支部長が、時に日本の古武道や刀剣について質問してくることがあります。その多くがいい加減に海外に発信されたもので、それを正す必要があります。またいい加減に発信されたものほど意図的に外国人受けするような情報になっていますので、それを信じてしまうようです。さすがに貫汪館の海外の支部長は「おかしい」と感じて質問してくるのですが、困ったものです。

DSC_3716a.jpg
  1. 2017/04/26(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

信じることから始まる

 「手の内は真綿に針を含んだものを持つ心で」「柄手は握らず添えるだけ」「鞘手は力を入れず後方に送るだけ」と指導しても「力を入れなければ刀は落ちてしまう」と考え自分が安心できる方法をとっていれば、流派の動きにはなっていきません。
 誰でもはじめは力を入れなければと考えてしまいますが、無雙神傳英信流抜刀兵法の師は私が初心者の時に「柄が手から抜け出ていってもよいと思って抜付けなさい。」と教えられました。私が躊躇しながら抜付けの稽古をしていると、さらに「抜け出ると自分で感じても絶対に抜け出ることはないから。抜け出てもよいから。」と話してくださいました。

DSC_3730a.jpg

  1. 2017/04/27(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 澁川一流柔術では初心者には当の方は教えず(省略し)、しばらく稽古が進んでから教えます。これは昔からの教え方であり、理由は様々にあると思います。
 当の形は当単独で終わるものもありますし、形の途中、あるいは形のはじめに当が来る場合もあります。
いずれにしても澁川一流柔術では当て体を硬め動きを止めるということはありません。体と心を止めてしまえば、そこは隙になってしまうからです。一瞬でも心身が止ってしまえば、あるいは止めてしまえば自ら斬ってもらうための動きをしていることになります。

DSC_3777a.jpg

  1. 2017/04/28(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

一生懸命にならない

 人によって一生懸命になる状態は様々ですが、一生懸命になった状態のときには前を向いて心をそちらのみに向けて、したがって体もそちらのみにむいている方が多いように思います。
 一生懸命勉強するとか一生懸命単純作業をする場合にはこれでもよいのですが武道の稽古では心身を鎮め心は広く持ち、たとえ形稽古であっても自由であることが求められます。武道の稽古で一生懸命に稽古するとはそのような方向性なのだと考えてください。

DSC_3763a.jpg
  1. 2017/04/29(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

限界まで

 基本が身につき、自分の業も理にかなうようになった時には、体を壊さない範囲で、ある程度の限界まで稽古してみることも必要になります。
 これは数稽古―居合であれば500本1000本と抜いたり、柔術であれば体を壊さない範囲で形稽古を繰り返したり、剣術であれば同じく形の稽古を繰り返したり、長時間防具を着用したりする稽古です
 また、時間がない中で演武会に繰り返して出たり、必ず毎日特定の稽古をしたりすることもこれに当てはまります。前者は肉体的な限界であり、後者は精神的な限界ということが言えるかもしれません。
 自分はここまでという思い込みを壊す稽古をすることが、後の稽古にとって大切です。

DSC_3769a.jpg

  1. 2017/04/30(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ