無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

切先

 切先から日輪が出たり、炎が出たりするのはたとえであるとしても、相手に切先を突けて構えた時に、その切先から何も感じられないようであれば構えになってはいません。
 特に大石神影流剣術の「附け」の構えにおいて、その切先に何も感じられないようであれば、それは大石神影流ではないといっても過言ではありません。「附け」でそのような状態を会得すれば「真剣」の構えにおいても、そうなっていなけれれば正しい構えができているとは言えません。
 また、無雙神傳英信流の太刀打の「水月刀」、澁川一流柔術においては半棒の「指棒」「引棒」の構えにおいてもそのような状態になければなりません。最終的には相手とのつながりがあるので切先が相手に向いていなくても、そのような状態であることを求めて稽古してください。

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  1. 2017/02/01(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

本質は同じ

 貫汪館では無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術の三流派を稽古しており、使用するものも刀・小太刀・長刀・六尺棒・半棒・三尺棒・鎖鎌・十手・分童など多岐にわたります。しかし、これを勘違いして自分たちは多くの事ができる(多くの事をしなければならない)のだと思ってはいけません。
 まず、本質の稽古をすればすべてに共通の部分ができ、あとは使用するものの特性に合った遣い方を習得するだけになります。考え方を間違って多くの種類を別個に習得しようとすれば時間がいくらあっても足りません。

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  1. 2017/02/02(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

習得する

 本当に一つのことを習得しようとし、一定のレベルに達するにはどうしても時間がかかります。中には習得するということを形を覚えるということとほぼ同義にとらえておられるような方もおられますが、それは間違っています。形ら離れて自分の動きがでるようになったとしても、その動きが流派の考え方に沿ったものであるというレベルになってはじめて、習得に近づいたといえます。
 江戸時代の人は免許を得るのに平均して10年くらいかかっていますが、これは免許を得た人の平均であって、免許を得ることができなかった人は多く居り、全体の平均と考えるべきではありません。しかも、以前、片岡健吉の研究で発表したように、ほぼ毎日稽古をし、しかも同じ日に居合・柔術・剣術・馬術といった異なった道場に通うことも普通に行われていました。また同日に武術だけではなく学問もおさめています。
 このような方の10年と、週に数回、仕事が終わってから稽古するのとでは1年の稽古回数も異なりますし、その中身も異なってしまいます。安易な気持ちでは習得できません。

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  1. 2017/02/03(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

Sunday 武術家

 昨日述べたことと関連しますが、自分が古武道を稽古しているから特別だと思う意識が生まれた時には自分は間違った方向に行っていると思わなければなりません。
 あるとき、防具をつけて稽古を行う現代武道を稽古される方が私に語ってくださったことがあります。ある古武道の流派で防具を着用する流派と稽古をしたことがあるが、稽古量が少ないので、相手にならなかった。と。
 自分は武術家だと思う意識が生まれた方は、稽古量の少なさから生まれてくるものはその程度のものでしかないのだと思ってください。

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  1. 2017/02/04(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古量を補う

 稽古量が少ないのを補おうとすれば日常生活のごく普通の動きの中で補っていかなければなりません。「起き伏し」すべて稽古していくことによって補います。
 箸の上げ下げ、湯呑みの上げ下げ、筆のとりよう、靴のはきよう、ドアの開け閉め・・・すべての動きを稽古と思い、稽古を重ねて補う必要があります。

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  1. 2017/02/05(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

思いをかえる

 いくら稽古を重ねても、何が正しいのか何が正しくないのかという思いが異なっていれば習得することはできません。
 以前子供が多く稽古しているときに、正しい姿勢を取るように言ったところ、小さな子供たちのほとんどが「気を付け」の姿勢を正しいと考えていたとわかったことがあります。つまり、道場で稽古している楽な姿勢は特殊なものであって、体をぴんと緊張させることが正しい姿勢なのだという思いが身についていたのです。したがっていくら稽古しても、演武会などで緊張してしまうと、いわゆる正しい「気を付け」の姿勢が出るのが自然であったのです。
 大なり小なり、私たちの心にも植えつけられてしまったものがあります。思いが変わらなければいくら稽古しても本質的に上達することはできません。

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  1. 2017/02/06(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

理が分かったら

 理が分かっているのにできないのは心が邪魔をしているからです。
 ゆっくり動いたらできるのに、体が理を覚えていないのに速く動こうとすれば今までの悪癖が出て理の通りには動けません。理を体得するまではゆっくり静かに動きながら体に覚えさせなければなりません。

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  1. 2017/02/07(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

好き好き

 力任せに刀を振りたい方、ただただ素早く動きたい方、心静かに自分の心身を鎮めたい方、動きを工夫したい方。人は様々です。
 人がさまざまであるように武術の流派も様々です。江戸時代に比べればその数は圧倒的に少ないかもしれませんが選ぶことができます。自分が選んだ流派が自分の好みと異なるからと言って、その流派にいながら自分の好きにする事は許されることではありません。そのためにも流派はしっかり選ぶ必要があるのです。
 居合の師匠のもとにも柔術の師匠のもとにも、習ったことと異なることを自分の思いで自由にする方がおられましたが、それでは流派の名前を利用しているにすぎないことになります。

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  1. 2017/02/08(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

色が同じ

 昨日述べたことと重なりますが、流派を身につけることは一門の色に染まるということです。手順が似ていても、色が異なればそれは流派を身につけたことにはならず、同じ手順で新たな流派を作ったと等しいものです。
 色が同じになるためには思いが同じでなければなりません。

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  1. 2017/02/09(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

コマ送り

 印刷された書籍では武道の動きの解説をするのにコマ送りの写真が使われます。コマ送りの写真は動きの結節点が使われることが多く、その途中は省略されているために稽古する者の印象も写真に写されたところが強く残り、結節点が同じになるように動こうとされる場合もあります。
 しかし、大切なのはそこに至る途中の動きであり、結節点はその結果です。動きは連続しており途中が疎かになってしまうと、自分ではできていると思っても結節点での姿形は崩れたものでしかありません。

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  1. 2017/02/10(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心が途切れる

 昨日は動きについて述べましたが、心が途切れてしまうと、その形は死にものになってしまいます。
 心が途切れるというのは、
 たとえば居合の抜付けの後の運剣であれば抜き付けののち、只素早く振りかぶろうとして動き、運剣の間は敵に対する心の備えがなく、その間に斬りかかられても対処できない状態。
 剣術の「無二剣」であれば小手に斬りこんだあと、ただ面に斬り込めばよいのだと思って次の動きを急ぎ、その間に打太刀が形通りに動かなかった場合に変化する心の余裕がない状態。
 柔術であれば、技をかけた後に元の位置に戻る際などの、只元の位置に戻ろうとして、捕を意識できなくなっている状態等々
 簡単な例を挙げたにすぎませんが、形稽古を通じて上達するにはどの時点を切り取っても心が途切れていないような稽古をしなければなりません。

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  1. 2017/02/11(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

初動

 動き始めに心が焦ってぱっと動こうとすれば、いくら動かないときに心身を鎮めていても乱れてしまいます。動きはじめはどんなに速い動きであったとしても、ゆっくり静かに動きださなければなりません。「速い動き」と、「ゆっくり静かに」は矛盾するものではありません。
 工夫を重ねてください。

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  1. 2017/02/12(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

截目録の構え

 大石神影流で初めに授けられる「截目録」の構えの絵はシンプルですが非常に重要な情報が含まれています。
 武道の伝書に記されている絵には絵師に書かせたような彩色の細密な絵もあり、時として大切なところが描かれていない事もありますが「截目録」の絵は非常にシンプルであるが故に最も大切な点が記されています。絵の奥にあるものを見て研究してください。

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  1. 2017/02/13(月) 21:25:25|
  2. 剣術 業

思いが異なれば

 いくら稽古を重ねても思いが異なれば同質のものにはなりません。
 構えた時に外見を整えようとするのか、内から治まっていくのを待つのか。相対したときに、全く自分とは別の存在として相手をとらえるのか自分の内に入れて一体としてしまうのか。
 同じことをしていても全く異なるものにしかならず、自分でいくら稽古を重ねたと思っていても遠ざかっていくばかりです。

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  1. 2017/02/14(火) 21:25:33|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

意治稽古

 短刀を相手に持たせての意治稽古では刃物が相手という思いが先に立ち普段の稽古通りの動きがなかなかできなくなってしまいます。
 意治稽古は文字通り「意を治める」ための稽古ですので、ああしよう、こうしようという思いが先にあってしまえば心身ともに乱れ形稽古で養った動きはできなくなります。
 稽古ですので、突かれてもよい。斬られてもよいという覚悟を以て稽古と同じように自然に立ってください。こう来たらこうしよう、ああ来たらああしようなどという思いを持っていたら意治稽古を行う意味はありません。心身を鎮め相手の動きをよく観て、形で身につけた動きを用いてください。

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  1. 2017/02/15(水) 21:25:00|
  2. 柔術 業

演武前

 本来は演武を行う前も後もなくまた、演武中であっても普段と変わらぬ状態でなければなりません。普段と変わらぬ状態というのは普段から武道で養ったものが身についているという前提でのお話しです。
 ただし、初心者の方はそのような状態にはないので演武前には心身を整えておく必要があります。座しても立っても稽古で身につけようとしている正しい姿勢であるように心がけ、呼吸も深く静かに行うように心がけて演武に臨む必要があります。

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  1. 2017/02/16(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

1000回,2000回

 ロンドン支部長のジェイコブが稽古について、このように言いました。
 「形を習った後に手順を覚えて動くことができるようになっても、本当に身につけることができるのは1000回2000回と稽古してから。」
 このような覚悟があれば遠隔地にいても技を習得することができますし、次回の指導で、私は手直しをすればよいだけになります。日本にいたら何度でも習えると思い、稽古を安易に考える方もおられますが、ジェイコブのような覚悟があってはじめてものにすることができます。

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  1. 2017/02/17(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

構え

 木刀を手にしても、棒を手にしてもすべての構えは相手に指向していなければなりません。それは「附け」や「真剣」の構えに限らず、「上段」であっても「脇中段」や「車」など、相手に切先が向いていない形であっても同じで、半棒を右脇に立てたり肩に担いだときも同じです。
 自分にだけ意識をもてば相手に指向することはありませんが、相手を自分と一体にする媒介として木刀や棒があれば必ず相手に指向するはずです。

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  1. 2017/02/18(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

演武は上達のきっかけ

 貫汪館が行う演武会であれ、日本古武道振興会や日本古武道協会などの団体が主催する演武会であれ、私一人が居合の演武をする場合は別として、数人が演武を行う時には必ず事前に演武する内容を決めています。
 あらかじめ演武する形が決まっているのですから、その形に集中して取り組むことができます。また、その形を自分の中で最大限に上達させていかなければなりません。その努力の中で見えていなかったものが見え始め、他の形も上達します。

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  1. 2017/02/19(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

痺れを超える

 半棒は相手の頭上に打ち込んで終わる形がほとんどで相手は半棒を持った者に打込む稽古をさせるために木刀で受けます。したがって半棒を持った者の打込みが弱かったり、木刀に当たるときに動きを止めていては木刀で受けてもらう意味はありません。
 本気で打込めば初心の内は木刀を持つものも半棒を持つものも手がしびれてしまいます。そこを乗り越えて続けて稽古していると不思議なことに手の内が最適な状態を模索していくら強い打込みでも痺れることはなくなってきます。稽古はそこまで行ってください。

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  1. 2017/02/20(月) 21:25:00|
  2. 柔術 業

六尺棒の製作

 澁川一流柔術で用いる六尺棒の直径は約八分半くらいのものを用います。約というのは、昔は1本1本手作りであり、しかも自作の場合も多かったため直径が異なっており厳密な統一はなかったからです。
 現在、八分半というのは市販されているのを見たことがありません。したがって9分径を購入して手に合うように削れば手の内に汗をかいても滑りはよく、自分の手に合うように削れるのではないかと思います。本物の赤樫は希少で、本物の赤樫の六尺棒は市販されていませんので白樫の方が丈夫です。

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  1. 2017/02/21(火) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

 「附け」の構えから突きの稽古をするには大石進先生が行ったように天井から鞠や小石をつるして突くこともできますが、まだ今の季節は降ってくる雪を突いて稽古することもできます。鞠や小石と違って向うへ行き戻ってくる時間もかからず、振ってくる雪をいくらでも連続して突くことができます。
 居合の抜付けの稽古もできますので工夫してください。

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  1. 2017/02/22(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

重心

 無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打、大石神影流剣術ともに重心は常に前後の足の真ん中におろします。
 後足で踏み切るという動きもしませんので、どちらが中心ということもありません。飛び込もうと思って構えたり、意識の偏りによって前後に偏ると必ず歪みが生まれますので、注意してください。

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  1. 2017/02/23(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

沈黙は金

 武道をする者の中で特に古武道を稽古する人には口数が多い方の比率が高いように思います。ここでいう口数は実際に会話などで発話するという意味です。
 口数の多さは便利な場合もありますが、古武道では誤解を与えることの方が多いように感じます。特に初心者にあっては安易に言葉を発すれば、実力のない者が自分を飾ろうとしていると思われたり、自分の立場をよく見せようとしていると思われたりとあらぬ誤解を受ける場合があります。
 自分の演武で自分の持つ力を見てもらった方がよいと考えます。

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  1. 2017/02/24(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上段

 上段にとった時、肩・肘が下りない初心者の方が多いように思います。
 上げるということにとらわれて無駄な力を極限までなくして動くことを忘れているのではないかと思います。末端に無駄な力みがあれば臍下丹田は定まらなくなってしまい、臍下中心に動けませんので肩・肘が引力に惹かれる感覚を覚えることはありません。
 上段にとった時に肩・肘が引力に引かれ落ち着くべきところに落ち着かなければ、上段から斬り下ろす時に遅れが出てしまいます。構えは道場でなくても工夫できますのでしっかり稽古してください。

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  1. 2017/02/25(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

下段

 下段におろした時、手の内が定まらなくなる方も多いように思います。刀・木刀を下げようと思い、手の内を崩して(ぐらぐらにして)いるのです。
 これも小手先で刀・木刀を扱おうと思うことから起こるのですから臍下中心に刀・木刀が下がるのだということを忘れてはいけません。

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  1. 2017/02/26(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

道をあける

 多くの流派が集まる演武会では、狭い会場の中で混み合うことが多く、その中での立居振る舞いが、その人物、その流派のレベルとなって現れます。
 狭い通路で行き会うことが難しければ脇に避け会釈をする。トイレの入り口などでは向うに人がおられるかどうかを確認してドアを開ける。曲がり角では大きく余裕を以て曲がる等々気を使うべきところはたくさんあります。

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  1. 2017/02/27(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

半身

 無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術ともに半身をとります。無雙神傳英信流抜刀兵法の大森流は正座から始まりますので初めこそ半身ではありませんが抜付け以降の動きは足の踏みかえまで半身です。英信流の座法は初めから半身ですし、太刀打、詰合、大小詰、大小立詰も初めから半身になります。大石神影流では構えた時から半身が続きます。
 澁川一流柔術では素手の場合、初めは自然体で正対しますが、受の仕掛けがあって後は半身となりその後は正対しません。
 一般的な傾向として現代武道を長く経験された方はどうしても正対する傾向がありますので「半身」を頭において稽古してください。

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  1. 2017/02/28(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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プロフィール

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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