無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

社会的地位と驕慢さ

 もう1か月くらい前の情報になるのですが、カナダ・トロント大学のキャサリン・ディセレス准教授の論文に、機内で暴れる乗客に関するものがあり「社会的に高い地位にある人が自分の地位を意識すると、反社交的で高慢な態度になり、思いやりが薄れる傾向がある」という趣旨の内容があるという事でした。論文そのものは読んでいませんが、飛行機の中だけでなく武道の世界でもあることです。ある組織で高い地位につくと、表立っては優しく振舞いいかにも仁徳者のように見せかけながら実は自分の思い通りに利己的に組織運営をして反対者を抹殺しようとする・・・。こういう行動はいくつかの武道の組織で見てきたことです。「いかにも仁徳者のように見せかけ」るため内実を知らない人にはいい人にしか見えません。そのような者が去った後に、組織を引き継ぐ人たちは、たいていは「自らの至らぬところを知る」人たちなので、そういう人物が何をしてきたかを公表したり、そういう人物を追放することはありませんので、「あの人はいい人だ」という思いが内実を知らない人たちの間に残ります。
 これはどの組織にも起こることで貫汪館も例外ではありません。本来修行を重ねれば重ねるほど自分の至らぬところが見えてきて、思いやりがある人物にならなければなりません。人に至らぬところがあれば、正しく導ける器が備わっていかねばならないものです。貫汪館の皆さんはそのような方向性を持って稽古されてください。
 またキャサリン・ディセレス准教授は「人は貧しさや不平等を感じると行動に出る傾向が強まる」とも述べられているようです。武道の世界であれば「自分は実力があるのに低い評価や段位しか得ていない。」と思う事でしょうか。このような事例も見てきたことです。自分が見えていないために自分を過大評価しているのです。初心の方には起こりがちなことですので、指導する者は正しく導く必要があります。

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  1. 2016/06/01(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

指導

  道を立深く執心する人に
         大事のこさす大切にせよ


 指導するには非常に大きなエネルギーを用います。集団教授法で行うように一斉に動作させ、腕の高さ、切先の高さ、振りかぶるタイミング等々をあらかじめ細かく決めておけば全員に同じことをさせるのですから楽でいいのでしょうが、無雙神傳英信流抜刀兵法はあくまでも個人教授であり、その人ごとに指導を変えていかなければなりませんし、初発刀、左刀、右刀、当刀等での抜き付けは「(対手の右側面へ)抜付け」とあるように特定の部位に斬り込むわけではありません。想定に関しても生きた相手をイメージしますのでいつも同じ高さというわけでもありません。
 したがって指導する方の外形だけではなく、どのような想定をし、相手がどのように動くことをイメージしているのかなど、目に見えない事を見たうえで指導しなければならないのです。
 「道を立深く執心する人」を大切に育てていこうとするのは当然のことであったかと思います。

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  1. 2016/06/02(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

質問する

  師にとわすいかに大事を教へき
            心をすましねんころにとへ


 私自身は説明したと思っていても、よく理解されていない場合もあります。また、これくらいは言わなくても理解できるだろうと思ったことでも、全く知識を持っておられない場合もあります。
 よく考えたうえで理解できない事は、遠慮なく質問してください。

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  1. 2016/06/03(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

方言

  目の前のます毛の秘事を知ぬれは
            只すみやかの一筋の道


 活字にしてある江戸時代の武道に関する伝書などの古文は平安時代などの古文に比べればずっと読みやすいものなのですが、時に方言が用いてあり、おやっと思うことがあります。
 歌の中の「ます毛」にひっかかり、書き写し間違いかとも思っていたのですが、高知の方言辞典を調べたら「ます毛」は「まつ毛」の方言であるということが分かりました。このようなこともあるのだと思って武道に関する伝書などを読むとよいかと思います。

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  1. 2016/06/04(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

求める

   大事をは皆受取と思ふとも
            みかかさるには得る道はなし


 お教えしていることは大切な事ばかりなのですが、言葉で聞けばあまりに普通すぎて、この程度ならと思えたり、そんなことが何故大切なのだろうかと思えることもあります。また、少し稽古したら簡単にできると思えることもあります。それ故大切なことに目がいかず、外側ばかりに目が行きがちです。
 しかし、簡単なことほど難しく、基本がそのまま極意につながっています。習ったことを疎かにせず、磨きに磨いていけば外形も自然に整っていきます。

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  1. 2016/06/05(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

理を身につける

 以前、直心影流薙刀術も先生にお伺いしたことですが、直心影流薙刀術で京都などで演武される方は各地域の指導者の方が多く日頃は一緒に稽古をされる機会があまりないそうです。また、演武だからと言って事前に形を合わせる時間も持たず、直接演武の場で普段一緒に稽古をされる機会がない先生方同士が演武をされるということです。
 思うに形を外形・手順として稽古していたら当然個々の差が出てきて二人で形を行うことが難しくなるものですが、理を稽古していれば理から導かれる動きは自然にしかるべくしてそうなるものですから、普段一緒に稽古していなくても違和感はないのだろうと思います。貫汪館の皆さんもより質の高い稽古を心掛けてください。

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  1. 2016/06/06(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

新訳 弓と禅

 日本滞在中に弓道を学んだドイツ人哲学者ヘリゲルの著作を放送大学教養学部教授 魚住孝至先生が新たに訳された文庫本です。文庫: 237ページ,出版社: KADOKAWA/角川学芸出版
 この本に記されていることと貫汪館における無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術の上達過程は深いところでつながっています。
 一度読まれることをお勧めします。
 魚住孝至先生は東京大学大学院人文科学研究科博士課程 単位取得満期退学後、国際武道大学に奉職され特に宮本武蔵の研究で高名です。非常に穏やかな方で誰にでもわかりやすい話をしてくださいます。

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  1. 2016/06/07(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

通説・俗説を盲信しない

 古武道、特に土佐藩の居合に関してはまことしやかに伝えられていることが、いわゆる通説・俗説であり、真実とはかけ離れていることが多くあります。
 これまで調査してきた中で通説・俗説となっていて過ちであることの多くが古い先生が想像で記されたことを次の世代がそのまま信じ込んで受け継いできたことが、真実(であるかのよう)になってしまったものです。
 貫汪館の活動はただ流派の稽古や継承をするだけでなく「貫汪館の古武道及びその他の古武道に関する調査研究,資料収集等に係る」ことも含まれています。少しでも疑問があればご自身で調査され、また館長に質問してください。

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  1. 2016/06/08(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

知らぬことの方が多い

 「自分だけが新たなことを知った。」「自分以外の者は知らない。」「自分だけができる。」
このような思いを持った時にはたいてい道を外れています。特に歴史の調査をして感じることですが、わからない事の方が圧倒的に多く、新たな資料を見つけたとしても、針先で突いた1点から物を見ているにすぎず、全体像を見ることはできません。したがって、これまでの先人の業績を活用させていただきながら点と点を結びながらなるべく広く見渡せるようにしています。
 ところが、驕慢な人にありがちなのが冒頭に記したことです。
 武道は表面的には他者と争うために「自分が・・・」という思いを持つ方が比較的多いように感じます。少しでもそのような思いを持った時には道から外れていると自覚し、正しく歩む必要があります。

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  1. 2016/06/09(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

兄弟子としてのお手本

 しばらく稽古して、自分の後に新しく稽古を始めた方がおられる場合には、兄弟子として新しく稽古を始めた方に手順を示していただき、その動きに合わせて初心者の方に動いていただくことがあります。しかし、この時に間違いをしてしまうと下手になってしまい、弟弟子だと思っていた方のほうが上達し追い抜いてしまうことがあります。
 行っていただくのはあくまでも自分の持てる最高のものを示していただくことであり、新たに稽古を始められた方の動きを見ながら行うことではありません。初心者(中級者)の方は頭で考えながら動くと、必ず動きは乱れてしまい正しく動くことができなくなります。
 反対に自分の持つ最高のものを毎回出そうと努力すれば必ず上達していきます。思いが違うと結果は大きく異なってきます。同じことをしているようでも結果は大きく異なってきます。せっかくのことなら上達する道を歩んでください。

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  1. 2016/06/10(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

考えない

 昨日述べたこととも通じるのですが、次はこうしよう、その次はこうしようと考えながら動くと体の動きはぎこちなくなり、調和の取れた動きはできなくなってしまいます。角がごつごつと出来てしまい歪んでしまうのです。
 初心者の方でも何度か繰り返しているうちに体が手順は覚えるので、あとはゆっくり静かに調和のある動きを心掛けます。ところが下達してしまう方は手順を覚えたらその手順を見事に行おうと考え始めます。ここで速く動くべきだ、このタイミングでこうした方がよいと考えながら上級者のまねをしようと思うのです。考えて動いては自由から遠ざかってしまいます。

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  1. 2016/06/11(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鞘と刀身の角度

 初心者の方が居合を始められた時の最初の課題は刀の抜き差しです。
 抜くときには抜こうとして心が焦るために右手を使おうとして左半身が伸びてしまい、かえって鯉口と鍔との距離が短くなってしまいます。
 また納めようとするときには鞘引きをしなければという思いから左手を強く握って鞘を後方に引くために鞘の角度と刀身の角度が合わなくなって、切先が鯉口に入りそうになったときには鞘と刀身が「く」の字になって入らなかったり、平たい刀身の角度と鞘の中の平面の角度が合わなくなって入らなくなったりします。落ち着いて鞘と刀身の角度を考えてみてください。

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  1. 2016/06/12(日) 21:25:00|
  2. 居合 業

呼吸

 斬撃の稽古で刀を振りかぶるときに腰が浮いてしまう方の原因は呼吸が正しくできていない事にあります。
 文字に表わせば「振りかぶる」のですが、体感としては臍下丹田を中心に上がり、下りるだけです。そうならないのは胸に息を吸い込みながら刀を振りかぶってしまうためで、最初に臍下丹田を体の中心として中段に構えることができ、そのまま歩めるとしても、胸に息を吸い込みながら振りかぶることによって体の中心が吊り上げられてしまうのです。
 まず臍下まで息を吸い込むこと、そしてそれにのって刀があがっていく(あげるのではなく)ことを心掛けてください。

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  1. 2016/06/13(月) 21:25:00|
  2. 居合 業

ゆっくり静かに

 無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術ともに「ゆっくり静かに」稽古することによってのみ自分で身につけた歪を正すことができます。
 ところが多少形を覚えると速く動きたくなり、自らを正すことをしなくなります。また初心者の方と稽古しても速く動こうとして初心者の歪なく動ける速さを考慮しなくなります。自分の歪が感じられる速さを超えて稽古するわけですから歪はますます大きくなっていきます。
 自分を正すことができる動きは自分自身を隅々まで感じられる速さの内においてのみですので、ゆっくり静かに稽古することを忘れてはなりません。歪がなくなることによってのみ速さは自然に身につくものです。

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  1. 2016/06/14(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

見て取る力

 見て取る力をはじめから持っている方は自分が進むべき方向が見えているので道に迷うことはありません。一方、見る力を養うべき時に自分の思いが強すぎれば見えるものも見えてこず、道をさまようことになります。 初めから見て取る力がある方は別として、普通の方はまず見る力を養うのが上達の早道です。
 見て取る力を養うには、自分が持っている先入観を捨てなければなりません。力強いのが武道だと思っている方は力んだ動きを良しとするために、自然に流れ続ける動きを弱々しいと感じてしまいます。また動きの結節点で体を固めて止まる動きを力強いと感じる方は居着いて動けない体を良しとします。先入観はそれほど上達の邪魔をします。
 まず、まっささらな心をもつよう努めてください。

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  1. 2016/06/15(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

感覚を養う

 昨日は見て取る力について述べましたが、見れるようになっても、それを自分のものとするためには自分の感覚を研ぎ澄ましていかなければなりません。自分のどこに力みがあり、自分の動きを邪魔しているのか、また自分のどこにある力みが自分の動きを歪ませているのかが分からなければ、いくら見て取ることができても、その動きを自分に取り込むことができません。
 この稽古は日常生活の中で十分すぎるくらいできる稽古です。日々の生活の中で自分の心や体の動きをみつめ感覚を養ってください。

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  1. 2016/06/16(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 刀・木刀を右手に持ち力を抜いて右にただ下ろしただけの肩・背中の状態と刀・木刀を構えた時の肩・背中の状態は基本的に変わりません。しかし、構えた時に肩が前に出てしまうのは構えようとする意識が手先で刀・木刀をそこに位置させようとするからです。
 一度肩が前に出ると、臍下丹田と肩から先はつながらなくなってしまいます。臍下丹田から切先までのつながりを切らないように大切に構えてください。

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  1. 2016/06/17(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

体のすべてを感じる

 たとえば抜付けの最終局面で右手で抜いてしまう癖を正す稽古をするとき、右手ばかりに意識が行き、左手左半身の働きを感じていない、自分の肩・背の状態を感じていない。下半身の足先の働き、甲の働きが感じられないという状態であれば、右手の働きを正すことは困難です。
 体の一部分の働きであっても自分の体全てが調和が取れた結果としてその働きがあるのですから、直接動きの悪い部分を正そうとするだけでは不十分なのです。局所を直すだけであってはいわゆる「小手先の技」を使うことになってしまいます。
 上達するためには自分の体の隅々まですべてを感じるように努め、全ての調和がとれるように稽古しなければなりません。
 居合の稽古は一人で抜く形が基本となっていますので、いきなり二人組で行うよりも上記に記したことは求めやすいと思います。焦らず、無理せず稽古してください。必ず感じることができるようになります。

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  1. 2016/06/18(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

相手を感じる

 自分の体の隅々まですべてを感じるように努め、ある程度できるようになったら二人で組んで行う形であれば、相手が感じられるように稽古しなければなりません。
 相手の重心が前がかっているのか、左右に片よりはないか、臍下丹田を中心に動いているのか肩・腕中心かどうか。さらには相手の心の変化までも読む稽古を重ねる必要があります。
 相手が感じられるようになれば相手との調和を感じられるようになり、調和を崩す側がおのずと破れるという理もわかるようになります。
 相手を感じることができないのは自分にとらわれすぎていているためですので、自分の外に心を開くように努めてください。

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  1. 2016/06/19(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

場を感じる

 6月5日に「島村右馬丞生誕200年記念居合演武会」を行いました。この中で司会の仕事をしていただきましたが、今後も機会があると思いますので私自身の経験から少し述べておきます。私が本格的に武道関係の司会をしたのは日本古武道協会の厳島神社での奉納演武でした。
 初めて司会をすると、読み間違いや読み飛ばすことがないようにという点にばかり目が行きます、しかし何のために司会をするかというと運営がスムーズにいくためですので、この点から考える必要があります。
 演武をする者にとって、演武しやすい司会であるかどうか。形の名前を読む場合にはどのタイミングが良いのかを考えなければなりません。居合であれば座ったあとに形の名前を読まれると、緊張して向きを間違って座った方は座りなおさなければなりません。また簡単な形の解説を入れる場合にタイミングが悪いと演武をする者の形を始めるタイミングがくるってしまいます。自分で実際に動いてみなければ、良いタイミングでの司会はできず、かえって演武の足を引っ張ってしまいます。
 観ている方の状況を判断する。たとえば休憩をとって再開する場合など、観ている方がまだ集まっておられないようであれば予め再開の予告のアナウンスをしなければなりません。突然はじめてしまうと場がおさまりません。また、よく聞き取れなかった場合などは原稿になくても適宜簡潔に再送する必要もあります。
 上記の内容はアナウンスの話ではありますが、場を感じて動くということは武道と共通しています。場が感じられず、自分が放送原稿を読むことだけにしか集中できないということは相手を感じられなかったり、複数人を相手にすることができないということです。

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  1. 2016/06/20(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

組織運営

 これまで述べてきたことは組織運営にも通じてきます。自分しか感じられなければ組織の運営はできず、だめになっていきます。かつて、ある武道の団体で、かつて演武会に出席した回数が多い団体が20年に一度しか行われない演武会に出ることができるという基準が作られたことがあります。
 常々演武会が行われるのは東京です。関西で行われるのは連休の2日間しかありません。当然ながら20年に一度の演武会に出られるのは東京の団体か東京に支部がある団体でしかありえません。
 その点を指摘したら当時の副〇〇の一人が「我々もわざわざ宿泊費を使って京都まで行っている。」と言い放ったのです。その人物は広島と京都の位置関係を知らず、九州と京都の位置関係も知らないためにそのような発言をしていました。京都と中四国九州地方は東京在住の者からみれば一緒であったのかと思います。したがって交通費もかからず、宿泊の必要もないと思ったのでしょう。
 さすがにその人物は現在はその地位にはいませんが、本来全体を見渡すべき副〇〇が日本全体の位置関係も把握していないということはありうべからざることで、そのようなものが副〇〇になりたいと思うのは名誉欲以外の何物でもありません。
 武道を修するということは広く見渡せ、全ての調和がとれるようになることでなければなりません。

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  1. 2016/06/21(火) 05:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

組織運営 2

 これもある武道の団体の話ですが、役員が会議に出席する場合には交通費を支給するという議題がありました。会議があるのは春と秋の大会のとき、さらに大会以外の1回を加えて3回行われます。
 そこで提案されたのが、春と秋の大会には演武するために東京に集まるのだから交通費の支給はなく、大会のない1回についてのみ支給するというもので、純然たる交通費のみで宿泊費はありません。
 一見もっともに見えますが、中四国、九州に所在し関東に支部のない団体で春と秋の大会に出場している団体がどの程度あるのかを考えれば、このような提案は決してなされることがなかったと思います。また、秋の大会の時に行われる会議が何時からなのか。会議に出席するために遠方の者は前日の宿泊の必要があるのかないのか、ということも考慮されているのかどうか。中四国、九州の団体の代表は役員を務めるためには多大な出費を強いられることになります。東京在住の者からみれば当然の事であっても、そうでなければ当然ではない事が多いのです。
 貫汪館も全国組織ですので、貫汪館でこのようなことが起こらぬように細心の配慮が必要です。自分が中心であれば、広く感じて観ることはできないであろうと思います。
 武道は他者が存在するうえで成り立つものです。自分の考えが絶対であれば、武道を通じての修業は成り立ちません。武道を稽古するということは、このようなことにまで思いが至る修業をしなければなりません。

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  1. 2016/06/22(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

居合の稽古

 貫汪館では居合、剣術、柔術の稽古を均等に行っていただくことを前提にしています。特にその中でも無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古を先に行っていただき、ある程度の基礎が身に付いてから柔術、剣術の稽古に入っていただくようにしています。
 無雙神傳英信流抜刀兵法は礼法から基本であり、すべてを無理無駄なく行うように稽古していただくため居合の稽古を通じて基礎を身につけたのち、剣術、柔術の稽古をしていただいたほうが理解が早く習得しやすいからです。
 これまで人によっては先に柔術の稽古をしていただき、そののちに居合や剣術の稽古をしていただくこともありましたが、柔術はある程度の力任せでも技に似たものができるため、柔術の稽古を重ねた方の中には悪癖が身に付き、結果として刀を持つ場合の精密な動きや理にかなった動きができず苦労する(あるいは、自分が悪い動きをしていると気づかない)方がおられました。
 先日しばらく居合の稽古をしていただいた方に初めて柔術の稽古を行っていただきましたが思ったような効果が出ていました。今後もこのような稽古方法をとろうと考えています。

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  1. 2016/06/23(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

重さが消える瞬間

 無雙神傳英信流抜刀兵法の抜付けは自分の体を無理無駄なく用いることによって行いますが、用いるという言葉がさらに邪魔をして何かしようという思いが起こると、それは異なった理解になってしまうので深い意味を取るようにしてください。
 無雙神傳英信流抜刀兵法で行う座姿勢からの抜付けは他の流派と異なり、上に体を持ち上げず前傾から始まります。この前傾には大きな意味があり、比較的長い刀を抜くことを容易にすると同時に、体の重さが消える瞬間をもたらします。体の重さが消えるわけですから、自由になりそこから上体が起きるのは容易で、体を動かすのに抵抗はほとんどありません。
 重さが消える瞬間は前傾し、前(した)に崩れようとする瞬間です。ただし、前傾するときに体を固め安定させようとすると、この瞬間は訪れません。礼法と形は別物ではありません。

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  1. 2016/06/24(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

体の開き

 無雙神傳英信流抜刀兵法の抜付けは比較的長い刀を用いるため半身になることによって行います。この半身で行う動きですが、鯉口から切先が離れるまで体を開いてそれで終わりとなるのではなく、その後もさらに半身となることにより切先が伸びていきます。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の多くの形が対刀であるために相手との間合いは相手が刀で切りかかる間合となります。そのため切先が相手に対して伸びなければ、相手は自分を斬ることができる間合にあっても、自分は相手を斬ることができないことになります。工夫してください。

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  1. 2016/06/25(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

良いものを見る

 美術の世界でもそのようですが、武道の世界でも良いものを見ることによってのみ自分の上達があります。初心の内には何が良いか、何が悪いのかがよく理解できていないのですから悪いものをお手本として見てしまえば、悪いものが基準となり良いものが分からなくなってしまいます。
 力んで動くのを良いものとして見ていれば、自分も力んで動くようになりますし、腕力を用いるのを良いものとして見ていれば自分もそのようになってしまいます。外形を見事にする動きを良いものとしていれば自分もそのように動くようになります。
 私自身は無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術とも師匠に直接教えていただき、余人を交えることはありませんでしたので、良いものしか見ていません。たとえ二人で行う稽古を師匠以外としたとしても私の中にあるイメージは師匠の動きでした。余人のイメージはありません。

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  1. 2016/06/26(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自分で自分が分かるのは

 自分が正しい動きをしているのか、外れた動きをしているのかは初心の内にはわかりません。正しいものを見て、見る目が養われ、何がよいのか悪いのかの判断がつくようになり、その後に自分の動きが分かるようになってきます。
 自分の動きが分かるようになる年月は人により、また上達の度合いによりますし、さらに上達していけばより繊細に深くわかるようになっていきます。自分の動きが分かるようになるまでは、ただ素直に指導に従い、指導者に正されるように己を正していこうとしてください。自分の考えを交えて稽古していると、わかったと思っていても全く違うことをしているものです。

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  1. 2016/06/27(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

実感を求めない

 昨日の続きですが、「自分が正しい動きをしているのか、外れた動きをしているのか」がわかるのを動いた実感と勘違いしてしまうと道を外れてしまいます。「抜付けた」「斬撃した」「血振いした」「突いた」「投げた」「抑えた」という動きごとに筋肉に実感を感じるのは自分の動きが分かったのではなく極端に無理な動きをして筋肉の緊張を感じているにすぎません。このような実感を求めてしまうと動きの結節点ごとに居着いてしまいますので武道的な動きではなくなってしまいます。

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  1. 2016/06/28(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

動きを正す方法

 自分の動きを正すためには臍下丹田を中心として正すべきところを正すという習慣を身につけてください。たとえば手首が曲がってしまう方が手首だけを正そうとすると、そこにのみ意識が行ってしまい、体の中心が疎かになりひずみを生じてしまい、正したつもりがより大きなひずみを生んでしまいます。
 全ての動きは臍下丹田から発しますので、臍下丹田を体の中心と感じたまま、他のカ所を正せば全体の動きが正されていきます。

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  1. 2016/06/29(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自分の意識の正中線

 刀や木刀、六尺棒、半棒などを手にしたり向かい合った相手を意識すると、本来の正中線と自分の意識の中の正中線がずれてしまいます。
 たとえば刀や木刀を振りかぶったときに意識の正中線が前に出てしまうと頭を前に出し、振りかぶりも中途半端になってしまいます。このようなときには自分の頭頂部と足心に引力の線が真っ直ぐに通っているかどうかをすべての動きの中で感じながら稽古してください。

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  1. 2016/06/30(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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