無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

時間的な間

 昨日は相手との距離という点で、間合いについて述べましたが、いくら正しく距離をとっても時間的な間が悪ければその距離が役に立つことはありません。
 相手が切り込んできた、正しい距離を取っている左に入った。手順はあっていても、入るのが遅ければ切られます。また入るのが早ければ相手は変化します。これではいくら自分が正しく動いたつもりでも技にはなりません。
 時間的な間が相手と正しくとれることによって、すべては調和していきます。
 物事は相手との関係において成り立っています。
 日常生活においても、第三者との交渉において準備を急がなければならないことがあるのに、交渉している人と共同で働いている者が自分の都合だけで、物事をのびのびにさせてしまえば、全体の調和は取れず交渉している者だけでなく、第三者に大きな影響が出、物事が不調に終わってしまいます。
 相手の時間も感じなければなりません。

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  1. 2015/02/01(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

基本

 基本を身につければ、上達は速やかです。基本が身につくとは、とはその道において何が正しく、何が間違っているのかを体で判断できるようになるという事です。したがって、先に進んで、道を間違った時にも、これは違うと判断して、正しい道に戻る事ができるので目的地に向かうのが速やかになるのです。
 座ることができぬのに初発刀を稽古し、振ることもできぬのに試合口を稽古してしまえば異なる道に入ってしまうのは自明の理であるのに、人は自ら異なる道に進みたがります。基本もなく、できぬものを積み重ねたところで、決して正しい道には進めず、自ら邪道に深入りしていくだけです。邪道に入ってしまえば、居心地は良いものらしくそこから抜け出すことは、なかなかできぬようになります。居心地の良さに安住して抜け出せないのはカルト教団の例を見るまでもありません。一度邪道に安住したものを救い出すのは余程のことがなければ不可能に近いのは、そこが自己満足を実現するためには非常に心地よい場所であるからです。 

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  1. 2015/02/02(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

理兵法

 理兵法という言葉があります。文字通り「ことわり」ばかりをよく知っていて実技が伴わない状態を言います。
 今の時代の稽古は、週に1度の稽古であったり、多くても2度。このような稽古量の少なさでは、多少とも理を述べなければ体得は難しいのかとも思いますが、やはりそのような指導法をとってしまうと多くの方は実技ができなくても、理を知っただけで、できたような気になるもののようです。
 
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  1. 2015/02/03(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

理兵法の弊害

 昨日は理兵法について述べましたが、初心者に理を述べる事はしてはなりません。多少知識を得たものは自分の知識を披見したくなるものですが、初心者に理から入らせれば、頭で覚えることが先になり、形が形の域から出れなくなってしまいます。つまり、教えられたことに忠実に動こうと理論を体に体現しようと努め、自由になるための形稽古が決められた動きしかできない体を作ってしまうことになるからです。
 また、上級者であっても、理ばかり述べながら教えてしまえば、自分で説明した理に忠実に動こうとし始め、自分自身で自らの体を働けないものにしていきます。
 理は、その域にある者しか述べてはなりませんし、教えてもなりません。

 今日で「かるた」はおしまいです。

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  1. 2015/02/04(水) 21:25:58|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

見せる

 それでは理論を言わずに、初心者をどのように導くか。
 「見せる」のです。初めから見て取ることはできません。しかし、見せるのです。多くを見せるのではなく、まったくの初心者であれば、座り方、立ち方だけ。蹲踞の仕方、立ち方だけ。刀の抜き方、納め方だけ。理屈は不要です。
 学びたい方であれば、どのようにしているのか、自分で体を通して考えます。ただ、漠然とはみません。
 漠然と見てしまう方(そのような生き方をしてきた方)でも、やって見せてくださいと言われれば。焦ります。場合によっては「できません。」というかもしれません。その時にもう一度見せるのです。そしてダメなところを指摘します。そしてまた見せてください。自分で学ぼうとする気持ちを起こさせることが重要です。
 初めから言葉で教えていては、自ら学ぶという姿勢は育ちません。これは子供であっても同じです。好奇心が強い子供であるから自ら学びます。自ら学ぼうとする者は、見ることを通じて自分の体に取り込もうとします。自分で学んだことでなければ身につくことはありません。

 今日からは貝合わせの貝の絵を載せていきます。江戸時代のものです。あまり上手く撮れなかったのですが、お楽しみください。
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  1. 2015/02/05(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

秘すれば花

 「秘すれば花」は『風姿花伝』の言葉で芸能に関することですが、意味合いは違いますが古武道にも当てはまります。
 まだ始めて数年しかたっていない人で、できてもいない人に、次から次へと新しい形・手数を教えていては、知っただけで自分ができるようになったと勘違いしてしまいます。実際は手順を知っただけにすぎないのですが、「できる」と思ってしまうのです。本来は稽古すればするほど、自分のできないところが見えてきて、「まだできぬ、まだできぬ」と思うものなのですが、また、そのような方に思える方は速やかに上達していくのですが、そのような方のほうが圧倒的に少ないのです。
 各支部長は安易に上の形・手数を見せることは、誤解を植え付けるもとになるのだと思ってください。その人でなければ見せれるものではなく、秘すべきものを秘していくことがかえって人を導くことになるのだと時間して指導してください。

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  1. 2015/02/06(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達

 指導を素直に聞けるかどうかが上達のための大きな分かれ目になります。
 素直か素直でないかと言い換えることもできます。指導するものは長い目で見て、今の段階でここができていなければ次にはつながらないと判断して稽古すべきところを指導します。しかし、素直でなく、我が強い人は指導されたところは横において、自分がしたいことを先に考えて稽古します。
 指導しているところはできないところですので真剣に取り組まなければものにはなりませんが、それを自分のものにしてしまえばあとは次のレベルまでスムーズに上達して行きます。
 できないところを、できるようにと指導されるのですから努力は必要ですし、心の問題と不可分であれば、自分の心を見つめなければなりません。まさしく修行です。やりたいことだけする。楽でしょうが上達にはつながりません。これまで上達した人は自分としっかり向き合い、自分を騙し誤魔化すことなく自分に打ち勝った人です。その段階を超えた後で振り返れば、そんなことだったのかとたわいのないことかもしれませんが、そのような努力が速やかな上達に結びつきます。。

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  1. 2015/02/07(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達しない

 上達しない人に共通することを述べてみます。当てはまる方は要注意です。

  教えてもらう人に敬語を使っていない。
  人の話をよく聞かず、すぐにわかったと思う。
  初めから自分の価値観を持っており、その価値観に基づいてのみ行動しようとする。
  物事を単純化して、理解する。
  頭でわかったら、自分はわかったと思い込む。
  指導されたことよりも、自分が興味関心があることを優先する。
  自分が体得したと思っていることを、やたらと説明したがる。
  自分はある程度できていると思い込む。
  稽古の年数は浅いけれど、自分には人生経験があるから何とかなると思う。
  稽古の年数を重ねているので稽古時間は短くても何とかなると思い始める。
  稽古に対する緊張感がない。
  目的を持たずに稽古している。
  稽古年数が長くなり、師や兄弟子になれなれしくなる。

 他にもいくつもありますが、今日はこのくらいで。  

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  1. 2015/02/08(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

言葉

 言葉は、全体を表す事ができません。特に動きを表したり、心の変化を表すことはできないものなのです。
 速く歩く、といったところで、その人にとって速くは違う人にとっての速くではありません。悲しいといってもどのように悲しいのか、人によって様々です。
 初心者に理を教えてはならない理由がここにあります。動きを感じる、心の変化を感じることには言葉は必要なく、単純化されることもありません。感じ取ることは無限です。一度単純化したものを言葉で覚えてしまうと、そこからは脱出できなくなってしまいます。
 実際には、その結果に至るのに多くの段階があるにもかかわらず、言葉で単純化することによってその段階は省略され、出来上がってしまったものには全く中身は存在していません。感じることができる人は言葉は補助的なものになりますが、感じることができない人には言葉が全てになります。そのような方には感じることから始めてもらわなくてはなりません。言葉で教えることをなるべく避けるべき理由がそこにあります。
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  1. 2015/02/09(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

ゆっくり正しく

 初心者の方を交えて稽古するときには、「ゆっくり正しく」を心掛けなければなりません。
 少し進んだ方は、初心者に上手に思われたいという気持ちから、素早く動こうとしがちです。しかも、これが無意識のうちに起こることですから、本人に自覚もなく技は乱れています。
 また、初心者にとっても、上級者から学ぶことはできず、ただ外形のみをまねし、素早く動こうとしてしまいます。何の益もありません。
 上級者は自分の最高の動きを見てもらうのだという気持ちを持って「ゆっくり正しく」動いてください。素早くしか動けない動きは誤魔化しを含むものです。上達を阻害しこそすれ、決して上達にはつながりません。
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  1. 2015/02/10(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

勘違い

体を緊張させることを力強いと勘違いすれば、そこから抜け出すことができません。そのような稽古を重ねていれば、心と体を緊張させないことが不安になってしまうからです。
 また、力任せの稽古を重ねていたら、力を用いない体の動きを教えられても納得はできません。力強く感じられないから不安になるのです。

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  1. 2015/02/11(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

ゆっくり動いてみる

稽古を正しく重ねていれば、無理無駄はなくなり自然に動きは速くなります。しかし、それが意図せずに速くなったのか、意図的に速く動いているのかを常に確認しておく必要があります。往々にして意図せずに速く動けるようになったら、もっと速くという欲が起こり、そこから先は意図的に崩れた動きで動く稽古を重ねていることがあります。
 それを確認するために、同じ動きをゆっくりと行ってください。ゆっくり動いたときにどこかに無理を感じるようであれば業が向上したのではなく、ただ惰性で速く動いているということです。
 無理を感じたところを正すことによって再び上達し始めます。

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  1. 2015/02/12(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

洗脳

 ある武道では正座を長い時間させたままで、足を崩すことを許さず、その間に自分のお話を延々とし「私の話を聞けない方は帰っていただいても結構です。」と言うと聞いたことがあります。この時、自分に負けまいと思って無理に正座を続け、話が終わった時に達成感を感じると、すでに相手の術中にはまっています。自分の中に、その人に言われることに従う思考回路が出来上がっています。達成感を感じなかったり、途中で退座した人は術にかかりません。一度かかってしまうと、術中にはまったことに気付くのは難しくなります。
 また、ある動きをさせ、「もしできなければ、できなくてもいい」と言われたときに無理して頑張り続け、達成感を感じた人はすでに術にはまっています。次々と出される要求に従っていきます。「どうでもいいや」と思う人は術にはかかりません。
軍隊の兵士への訓練は命令に服従させるための訓練ですから、このような指導方法を巧みに行っていきます。
 自ら求めて行うのではなく、一度他から条件を出されてそれを達成することに満足を感じると術にはまってしまいやすいようです。そうなると、転機が訪れなければ気付くことは困難です。また、人によっては無意識に術にはめている場合もあるので、洗脳されているのかどうか判断は困難です。
 貫汪館では自ら気づくことを大切にしているので、そのような指導法はとらないのですが、道場経営をする人には上記の指導をしたほうが顧客も逃げず、熱心に稽古してくれるのでよいかもしれません。

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  1. 2015/02/13(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

基本は正座

 無雙神傳英信流抜刀兵法のすべての形の基本は正座にあります。外形を作ることなく天地に従って、ものとして自然な状態に安定して座している状態です。また、立った状態から正座に至る動き。正座から座礼を行う動き。正座から立ち上がる動き。これらがしっかりと感じれるレベルに至ってのち、初めて形の稽古に入ります。
 すると抜付けるための動きと正座の状態、斬撃のための動きと正座の状態を比較して自ら感じることができ、自分の駄目な部分、無理無駄のある部分がわかるようになります。違いを感じることができないのであれば、正座の稽古に戻って自分自身を感じる稽古を重ねてもらわねばなりません。
 速やかに上達するためには、そのような基本の部分が最も大切になります。

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  1. 2015/02/14(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

変化

 古武道は江戸時代には実用に用いるための生きた武術であったので、時代背景とともに変化してきました。
 澁川一流柔術は渋川流、難波一甫流などの古い時代の柔術を基に作られた柔術ではありますが成立は幕末です。したがって、竹内流のような小具足の技ではなく素肌武術として成立しています。
 無雙神傳英信流抜刀兵法も流名の成立はいつかという問題は別にして技術的には林崎甚助の時代とは異なり三尺三寸で九寸五分に対するための時代ではなく、主に刀に対して刀で対する技術として成立しています。
 大石神影流剣術もその成立は幕末であり、甲冑を身に着けた相手と対する技術はあまりありません。
 このようにそれぞれの流派は時代背景をもって成立しているので、本来柔術は小具足だといって澁川一流柔術を、小具足の技とするのは間違いですし、無雙神傳英信流抜刀兵法で三尺三寸を用いるのも無理があります。また、大石神影流剣術を愛洲陰流から生まれたものだと無理やり甲冑を身に着けた状態に変えるのも無理があります。
 稽古をされる方は、時代背景を学びどういう時代にどういう目的で、その流派が成立したのかを学ばなければなりません。

貝合わせの合わせ貝は今日でおしまいです。
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  1. 2015/02/15(日) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

柔術の初心者への指導

 初心者への指導における上達の早道は柔術のありようを伝えることです。相手と調和することにより自分が動けば結果的に技になる。技にならないのは相手との調和が成立していないからだということを納得させることから始めます。
 初心者はとかく技の手順に目が行き、手をどのように動かすのかと手順を追いかけ、相手を倒そう、投げようとしてしまいます。しかし、そのような求め方では柔術の技とは言えないものが出来上がります。「和」であるべきはずのものが、「対立」の構造になってしまうのです。
 初心者の思いを変えるところから指導を行えば、あとは速やかです。

廿日市市宮内の素戔嗚尊を祭る天王社の絵馬です。私が子供のころにはもっとはっきり見えたのですけれど。絵馬の絵には力強いものが多き、これは川中島の合戦の上杉謙信が切り付けるところを武田信玄が軍扇で受け止める図です。
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  1. 2015/02/16(月) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

きれいごと

 きれいごとで済む観念の世界に生きていれば、現実世界で右往左往している者は愚かしく迷妄に見えるかもしれません。
 しかし、武術の稽古をしている者は現実社会に生きなければなりません。今、ここで目の前に刃物をつきつけられたものがいる、もうすでに傷つけられた者がいる。このような場合にはきれいごとは何の役にも立ちません。武術は、そのような状態に至ることを避けるために用いますが、そのような場合にも役に立つものでなければならないのです。きれいごとではすみません。理兵法を避けなければならない理由はそこにあります。
 世の中にはきれいごと、美辞麗句があふれ、現実逃避が可能な状況にある人達もいます。しかし、武術を修める者は、実際にことが起きた場合に備えなければなりません。
 澁川一流柔術の起請文には「主人、親子、兄弟の一命にかかわ」るような事態でなければ術を用いてはならないとあります。自分だけであれば逃げればよいのですが、そうでない場合、使えなければならないという現実があります。

同じく天王社の絵馬ですが、どのような図かわかりません。田舎の小さな神社に松山から奉納された絵馬です。
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  1. 2015/02/17(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

見えない誘導


 見えない誘導が至る所に存在しています。何か心に欠けたところがあり、満たされないとき、これが解決策だと示され、少しでもその方向に動いてしまい、心地よさを覚えると、それから先は、周りが見えなくなり、突き進んで、広大な安心できる、飛躍できる世界だと錯覚し安住し、そこが実は狸穴であるとは気づかなくなってしまいます。そのような誘導が至る所に存在します。解決策に見えて、実は本質的に何も解決できておらず、目先を変えられているだけ、目先を変えたから見える対象がかわっただけである事にも気づきません。
 自分が気付かずに、自分自身を誘導することすらあります。少しできたところを手掛かりにして、その方向にひたすら進み、悟りを得たと思うのですが実は全く違っている方向に行っています。
 刀を横にただ座り、そこにあるだけの自分を知り認めるとことから始まります。すべては自分の内に備わっています。

この絵馬も何かの合戦の図なのでしょうが、絵も薄れてしまい、よくわかりません。天王社の絵馬です。
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  1. 2015/02/18(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

防具着用稽古

 大石神影流剣術を指導するようになって、防具着用稽古もしていただいています。私自身はこれまでできるようになった人とは素肌で竹刀で止太刀を用いて稽古をしていましたが、そのレベルに至った人は2人しかいませんので、防具着用稽古が安全な方法であろうと思います。
 防具着用の稽古はあくまでも限定的な稽古で全てを出せるわけではりませんが、それでも自分が動けるかどうか、理兵法に流れていないかどうかを確実に体認させてくれます。
 間合いは正しいのか、本当の打つべき、突くべき機会に技が出せているのか、さまざまなことが限定された条件のもとで確認できます。一人静かに心が鎮まる方であっても、相対すれば心は乱れます。打とう、打たれまいと思うからです。このような状態の中で心も体も鎮まっているのか、稽古を通じて自らを顧みなければなりません。
 防具着用稽古の利点は独断を許さないところにあります。

この絵馬も天王社の絵馬です。薄くなっていますが、牛若丸と弁慶の図です。
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  1. 2015/02/19(木) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

合う、合わぬ

 「これが正しい・・・」と教えこまれたことがある方は、そこから抜け出すことが難しいものです。何もわからぬうちに教え込まれた事は白生地に墨をたらすように吸収されてしまうからです。
 よく譬えに出す学校教育で教え込まれた「起立、気を付け、礼」で正しい姿勢、形だけの礼を身に付けてしまうと貫汪館で指導することがまるで異文化であるかのように思えるようです。
 初めに指導したときに、「天地自然に従うと、これほど楽なものか」と思えた方は、貫汪館で上達していける方ですが、これまで身に付けてきた事が自分の体と心に照らし合わせて、納得がいくのであれば、貫汪館での稽古は向かないことになりますので、そのような教え方をされる方の下での稽古をお勧めします。

しばらくの間、武道の伝書に乗った絵図を載せていきます今日は無邊無極流の槍の構えです。
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  1. 2015/02/20(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「御膳捕打込」掻込

 「御膳捕打込」は退座している相手が急に懐剣を抜き、切りかかるのに対処する形です。
 急にというところがポイントで、相手が動き始めたからこちらも技の準備をするという動きでは速すぎます。相手が明らかにこちらに害意を持っているということが明確になってから動かなければなりません。そうでなければ馴れ合いの稽古になってしまいますので注意が必要です。こちらが窮地にある状態での技であるということを忘れてはなりません。
 さてその上での掻込ですが、掻込は相手が切り込もうとして振り上げるところへ入っていく形ですので相手の動きが十分に読めると同時に正座からの動きに慣れておかなければなりません。できない方は上半身のみで動き、下半身が遅れると同時に腹部に隙ができます。
 この形は無雙神傳英信流抜刀兵法の大森流の稽古を積んだ方のほうが質的に良い動きをされます。

いばらく無辺無極流の伝書の絵図です。
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  1. 2015/02/21(土) 21:25:00|
  2. 柔術 業

「御膳捕打込」虎押

 虎押は捻付の変化技です。この形は相手が切り下すと同時にやや左に体をかわしますが、大きくかわしすぎれば自分の技の有効範囲内で肘を取れず、小さすぎれば懐剣をかわすことができません。
 掻込と同じように下半身の働きがなければできぬ形です。また相手の動きを自分に取り入れる心の余裕がなければなりません。

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  1. 2015/02/22(日) 21:25:00|
  2. 柔術 業

「御膳捕打込」絞り

 絞りは非常に難しく、相手の下から入ると同時に側面にも入らなければならず、誤差が許される範囲は非常の狭いので、繊細に稽古しなければなりません。
 相手の肘と手首に同時に接したら左手は上に右手は下方に下がりますが両手の中心は臍下丹田ですので体は沈んだままでこれを行います。また左手は掌で相手を制御しますが同時に右手が相手の手首を制御して相手を崩していきます。ゆっくり稽古して、技の理を体で理解していなければ力任せの技となってしまいます。よくよく工夫してください。

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  1. 2015/02/23(月) 21:25:00|
  2. 柔術 業

初発刀

 初発刀は非常に単純な形ですが、これができなければ初発刀以降の形をいくら稽古しても真似事にすぎません。また形稽古に迷いが生じたら初発刀に立ち戻って深く稽古をすることで迷いも晴れることがあります。
 体は鼠蹊部のありよう、お尻の位置、背骨のありよう、首の傾き、肩の位置、肘の位置、掌の位置、掌のありよう、指のありよう、その他、体の各部の細部に至るまで、しかるべきところに、しかるべくあらねばなりません。位置することが正しくなければ、正しく動き始めることはできないのです。そのため礼法の稽古を腑に落ちるまで、自分のひずみが自分でわかるまで行っていただいています。
 また、動き始めたら指1本の動きも疎かにできず、その動きは各人の体に応じて正しくなければならず、理に合った動きができれば、結果として正しい軌跡で動くこともかないます。
 初発刀の工夫は疎かにできません。

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  1. 2015/02/24(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

陰陽進退

 陰陽進退は初発刀の抜付けを左刀、右刀、当刀で確かなものにしてのちに行う形です。したがって陰陽進退のレベルに至ったならば初めに初発刀をならった時よりも抜付けは数段上位の抜付けができるようになっていなければなりません。
 さて陰陽進退で習うべきことは、動きの自由さです。初発刀では抜付けが有効ですが、陰陽進退では不十分であるため大きく前方に出ます。しかし、初めから前に大きく出るとしていては陰陽進退の稽古にはなりません。あくまでも抜き付けたときに不十分であるから前に出るのですから、目の前の想定の敵がそのように変化するから前に出ます。初めは想定は初発刀そのままです。ここから先はイマジネーションの持ち主かどうかによってしまいますが、切っ先が鯉口を発してのちに想定上の相手を変化させてください。
 想定上の相手を斬撃して納刀も次の敵が脛を薙いでくると思ってはいけません。膝が床に接する前に初めて脛を薙いでくる想定をします。
 想定の変化に応じて自分の動きを変える稽古をしなければ、陰陽進退の意味がなくなってしまいますので、よくよく工夫してください。

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  1. 2015/02/25(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

流刀

 流刀は大森流の中で最も難しい体遣を要求されます。
 無雙神傳英信流では相手の刀を請け流すのではなく、自分の体を流しながら相手の刀をかわします。流刀で左足を出すのは自分の体を流すためで、ためしに右足を出せば自分の左半身が残ってしまうことに気付くと思います。
 左足を出して刀を抜くのは左刀で経験していますが、流刀では鞘から離れた刀が自分の体を囲う必要があります。したがって、「抜く」とおもっていては刀は前方に抜け出てしまい、囲うことができなくなってしまいます。抜かずに鞘を外す工夫を重ねてください。

これは広島藩に伝わった正平流薙刀の図です。

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  1. 2015/02/26(木) 21:25:24|
  2. 居合 業

逆刀

 逆刀の初動で相手に柄頭を向けた状態は前にも出ることができ、後ろにもさがれるニュートラルな状態です。ここは絶対に守らなければならならないところです。想定上の相手の動きが早く前に出ることができぬため後方に下がります。一度相手を見定めたうえで想定の上で相手の動きを変化させてください。
 その後後方に下がりますが柄頭は絶対に前に出してはなりません。頭を後方にかわすことができたとしても、手が前に出ていれば手を切られてしまいます。この動きができれば逆刀は50%以上できたようなものです。十分に工夫してください。

これは新陰流の伝書の絵図です
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  1. 2015/02/27(金) 21:25:00|
  2. 居合 業

勢中刀

 勢中刀も逆刀と同じく初動で相手に柄頭を向けた状態は前にも出ることができ、後ろにもさがれるニュートラルな状態です。想定上の相手の動きが早く前に出ることができぬため後方に下がりつつ抜付けます。
 相手が切り下そうとする両小手を横から薙ぎます。あくまでも低い姿勢であるという点が大切ですしたがって左膝を立てた状態の腰の高さと抜きけた時の腰の高さは、あまり変わることはありません。大事なポイントですので工夫してください。

これは一刀流の伝書の絵図です。
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  1. 2015/02/28(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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