無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。 

 1年の始まりとなりました。昨年は、計画も実行に移らず、しなければならないことがほとんど進みませんでした。またしてはならないことも起こってしまいました。
 今年は遅疑逡巡している余裕はありません。直接軍配を振らなくてはならないかもしれません。

 鍔は室町時代の甲冑師鍔。非常に簡素に軍配が透かし彫りされています。早い時期に私の手元に来てくれましたが、これまで、必要になる時が来るとは思っていませんでした。

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  1. 2015/01/01(木) 12:00:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

紀州住貞命

 車輪を透かした紀州住貞命の鍔です。手元に来てくれた時には赤錆だらけで、銘はその存在すらわかりませんでした。
 紀州住貞命の鍔は幾何学模様を透かしたものが多く、この鍔は車輪を透かしながらも下方に切込みが入っており、不安定と安定の二つを表しているように思います。
 安定と不安定。どちらが欠けても物事はうまく運びません。 

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  1. 2015/01/02(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

蝶の図

 スキャナーではなかなか上手く写りませんが、蝶の図です。蝶は1頭、2頭と数え、1匹2匹とも数えるそうです。また最近は1羽2羽とも。私には羽のほうがしっくりきます。裏面は野に露の図でしょうか。この鍔は脇差用の鍔で1昨年求めました。
 蝶が1羽では求めなかったと思います。雌雄の蝶でしょうか。全て物事は陰陽で成り立っており、陽だけでも、また陰だけでも物事を運ぶことはできません。


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  1. 2015/01/03(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

子犬の図

 子犬の図の鍔です。表裏とも子犬が2匹戯れています。やはりこの図も子犬が1匹では様にならないように思います。あまり大きな鍔ではないので脇差にかけるとちょうど良いのかもしれません。象嵌は剥げていますが、かわいい鍔です。銀象嵌のところは黒くさびています。

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  1. 2015/01/04(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

星座の図

 この鍔は12年以上前に私のもとに来た鍔で、当時から気に入ってます。写真では真鍮象嵌の星が引っ込んでいますが、実際には出っ張っています。
 星座の名前がわかりません。10年くらい前に、何かの本に載っていましたと言ってくれた方はいたのですが、そのままになってしまいました。左側の写真、空の星の数と川面にうつる星の数が異なるのも気になります。空の星の象嵌が欠けたわけではありません。

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  1. 2015/01/05(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

半棒 1

 半棒の技は非常に単純なのですが、すべての動きに自分を向上させるためのヒントが隠されています。今日は礼法について述べていきます。
 礼法でははじめに棒を体の前に立てますが、この動作は自分の中心線を教えてくれる大切な動きです。自分の体の前にまっすぐ棒を立てれば、棒の腕にかかる重さは消えます。重さを感じるのは前後左右のいずれかに傾いているためで、まっすぐにすれば下方に落ちようとする力が働きその力は手の内を通じて腕や肩、上半身を沈め臍下丹田に入っていきます。単純な動作ですが、正しく行うことによって自分の体は正されます。焦って蹲踞の態勢に入ろうとすると棒を操ろうという心が起こり、半棒の力を借りることができなくなります。大切に動いてください。まっすぐ棒を立てて蹲踞すればその状態は愛洲陰流の「不動の構」と同じ状態になります。

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  1. 2015/01/06(火) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒 2

 蹲踞して礼をしたら、棒や木刀を取りにいかなければなりません。右足を棒の側面に踏み出して棒を取るのですが、意識は棒を取るではなく、棒に体を添えると変えてください。
 棒に体を添える意識であれば棒と体は一つになります。我が主で棒が従ではないからです。棒に体が沿ったなら、右手で棒と体を一つにし、臍下丹田を中心して体を起こします。この状態に至れば棒と体は一つになっていますので、形の稽古に入っても動きは楽になります。

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  1. 2015/01/07(水) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒 3

 半棒の半分以上の形は無構えから始まります。ただ体側に棒を立てておくだけです。この棒を立てておくだけの構えも、棒がヒントを与えてくれています。
 手は棒にやさしく添えられることで棒は自立します。棒を操ろうとして、いらない力を加えてしまうと自立はできません。
 自立した棒がどのような状態にあるかを感じることができれば、それを自分に取り込んでください。引力に逆らわずにただ立っているだけの棒は、安定していながらどちらの方向にも倒れることができます。
 写真の無構えはまだ不十分です。

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  1. 2015/01/08(木) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒 4

 半棒の1本目「立会」は、体の中心を使うことを教えています。
 木刀の打ち込みを左にかわした時、・・・このように書くと、タイミングを合わせて左に動かなければならないと思いこまれるのですが、斬り込んでくる相手の勢いと気が、自然に従う自分を左に動かすのだと観念してみてください。・・・半棒の中心に添えられた右手はおおむね臍下丹田の前に来ます。
 左に交わす時に自然に棒は左に倒れようとしますので倒れるままに横に倒します。これを自分が棒を横にすると意識すると棒は何も教えてくれなくなります。自然に横に倒れた棒の中心は臍下丹田の前にありますので、臍下丹田と棒の動きは連動します。横になった棒に打太刀の木刀が当たり、その勢いで棒は反転し、打太刀の木刀の峯を打ちますが、臍下とつながっているので腕を用いることはありません。
 1本目の「立会」ができきるようになれば、半棒は自分のものとなります。
 
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  1. 2015/01/09(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒 5

 半棒の差棒、引棒の構えは正しく構えれば、打方は前に出ることが難しくなりますが、構えが崩れていれば、打方は簡単に前に出て半棒を持つ者を切ることができます。
 半身をとり棒の先端は相手の両目の間に位置させます。そうすることによって体は半棒にかくれ、両眼の間に棒の先端がつけられているため、打方は容易に前に出られず,間合も見誤ります。
 また、棒は自分の臍下丹田につながり、連動していますので、小手先で動くことはなく体全体で打法の木刀と体を操ることができるようになります。
 稽古の際に仕方がそのように構えていなければ、打方は仕方の構えを修正してください。

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  1. 2015/01/10(土) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒 6

 半棒で刀に対するときには、棒と相手の持つ刀が、どの位置で交差するのかを考えなければなりません。
 差棒で相手の切込みを受け、まわすときには棒は相手の刀の鎬に位置しています。
 少し位置がずれて相手の刃を棒で受けてしまうと、棒は傷つき、役を果たさなくなる可能性も生じます。しかしながら鎬と交差させると小手先のことを考えていたら、小手先の技しか使えなくなります。自分の下半身上半身と棒端までのつながりをよく感じて工夫してください。

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  1. 2015/01/11(日) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒 7

 提棒は相手の切込みの線をとって下方に下げた棒端を相手の顔につけますが、タイミングを計っていては遅れてしまいます。相手の動きが自分の心に映った瞬間に自分でも意識していないのに、体と棒端が進んだと思うくらいまで工夫しなければなりません。
 下方にある棒端が上がってくるのは体がわずかに下方に沈みながら前方に進むとき、体が自然にバランスをとって上がってきます。自分で上げようとすると、上半身のみ動き、体はついてきません。工夫してください。
 
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  1. 2015/01/12(月) 21:25:00|
  2. 柔術 業

納刀

 納刀はいたって静かに行わなければなりません。
 時代劇のようにサッ、チャリンと納めようとするのは心があまりにもがさつすぎます。
 居合であっても剣術であっても、残心を求められます。倒した相手が実は本当には倒れていなかった。ほかにも敵がいた。という状態に備えなければなりません。それを時代劇のように行ってしまうのは、武道の心を忘れてしまった状態です。
 鞘は鯉口の側が少しでも高い状態であれば刀は自然に引力によって鯉口に自然に吸い込まれていきます。納刀は刀を鞘に納めようとするのではなく、入っていこうとする刀をコントロールする心を持っていなければなりません。

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  1. 2015/01/13(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

血振い

 大森流も英信流も血振いでは左右均等を心掛けなければなりません。
 刀は両手で扱おうが片手で扱おうが、常に左右均等です。剣術の二刀の手数も同じで大刀のみを用いる手数であっても左の小太刀と左右均等です。
 刀を持っている手と持っていない手では重さは異なりますが左右均等にする方法はあります。工夫してください。

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  1. 2015/01/14(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

極めない

 柔術の稽古をすると、どうしても相手を極めようという思いが起こってきます。しかし、この思いを去ることによってのみ上達の道は開けます。
 技は流れの中で自然にかかっていくものであり、気合は、呼吸の流れの最後に一気に息が出ることによっておこります。しかし、極めようという思いは、動きに段を作り自ら隙を作るとともに、呼吸をとめてしまい、実際には極めているのではなく自分の体を固めた状態を技が効いていいると錯覚しています。
 流れの中で技がかからないのは、相手と調和がとれていないためですので、相手と対した時にはまず、自分と相手を一つにする工夫を始めなければなりません。

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  1. 2015/01/15(木) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

中心に

 技は自分の中心でかけていきます。自分の中心に納めることによって腕力を用いずに済みますし、遠く手を伸ばす必要もありません。
 写真は十手を用いているところですが、相手と自分と刀の角度とがうまく一体化しています。昨日述べたように流れの中で技がかかっているからです。流れの中心は自分で、臍下丹田です。無理やり技をかけようとゴツンゴツンとぶつかっていたら技にはなりません。

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  1. 2015/01/16(金) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

繊細な稽古

これも十手の形ですが、人体の構造を考えたとき抑えるべき場所が必ずあります。
 この形では刀を捕るために受の肘を抑えるのですが、肘のどこを抑えてもよいというわけではありません。ここを抑えれば相手は動けないというところが必ず見つかるはずです。その範囲は狭く、大雑把な稽古をしていては見つかるべきものも見つけられません。
 また、せっかくポイントが見つかっても、いい加減な稽古を重ねてしまうと、知識に終わってしまい役には立ちません。そのためには上級者であっても、身につけるべき時にはゆっくりと、大切に繊細に稽古しなければなりません。

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  1. 2015/01/17(土) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

刃物

 相手が持っている刃物を捕った時には、心して動かなければなりません。安易に動くと、刃物は奪い返され、取ったつもりがかえって自分が危うくなってしまいます。
 澁川一流柔術には相手を追い返すだけの「礼式」が各形のグループの初めにありますが、相手が刃物を持った場合にはこの「礼式」はありません。自分の命を奪いに来た相手ですから、ただ相手を追い返せばよいというわけにはいかないからです。
 刃物をこちらに奪ったら、今度は自分がその刃物をいつでも使える状態でなければなりません。柔術を稽古する人は刃物が扱えなければならないのです。

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  1. 2015/01/18(日) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

体の一部に

 柔術の稽古は素手による稽古から始まるためか、六尺棒や居合は苦手とされる方がおられるように思います。
 六尺棒や半棒、刀を武器だと思い、自分の体とは別物であるゆえに扱うのが困難になります。すべての武器は体の延長であり、体の一部であると観念するところから稽古は始まります。
 この思いなく、いくら棒回しをしても、居合の稽古をしても武器と自分は別々ですので、上達ではなく手慣れたという状態に過ぎません。ゆっくり、静かに武器と自分とが一体であるという思いを持って稽古してください。

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  1. 2015/01/19(月) 21:25:54|
  2. 柔術 総論

うららかに観る

 武道を自分の考えの中のみでとらえがちの人は、闘争の術という思いから離れられないようです。
 技をかけ終わって相手と離れるときには、相手をうららかに観ていささかも敵意などもってはいけません。
柔術は「和」とも表わされ、相手と調和することこそが大切な修行の眼目となります。相手を虎狼のようににらみつけて自己満足するのは人が行うべき武の道ではありません。
 稽古を通じて何を得ようとしているのか、考えねばなりません。

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  1. 2015/01/20(火) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

袴捌

 無雙神傳英信流における袴捌は非常に大切な動きです。袴捌がよくできれば上達し、いい加減に考えてしまえば上達は困難です。
 袴捌において自分の動きを確認するためのポイントをいくつか記します。
・両手を袴にやる前に、体はまっすぐ、視線もまっすぐで、重心は足心を通じて床面まで下りていること
・袴に手をやるときには手を持っていくん尾ではなく肩が沈むこと
・袴の中で手が上がる動きは肚胸が開き、肩は下がり、両肩甲骨が働くこと
・袴の重さを体で感じていること
・袴の下方への動きと、体の下方への動きの同期がとれていること

ほかにもありますが、まずは上記の点を確認してください。

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  1. 2015/01/21(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

立つ

 正座から立ち上がるとき、両鼠蹊部が緩んでいれば楽に立て、両鼠蹊部が伸びていれば腿の筋力を使って立たなければなりません。
 楽に自由にあるべきものが体の使いようひとつで大きく異なってしまいます。負けん気が強い方はしっかり立とうとするために体重も前足にかけ地面をけって立とうとしますので、筋力がなければたてません。
 両鼠蹊部が緩んでいれば腿の筋肉を使うのではなく、体の背面が働いていることに気付くと思います。工夫してください。
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  1. 2015/01/22(木) 21:25:00|
  2. 居合 業

小尻まで

 刀は柄頭から切っ先まで、鞘も鯉口から小尻まで全てが自分の体の一部となっていけば、刀と体が一体となり、上達し始めます。そのためにゆっくり静かに動き、体の隅々まで刀の各部にまで神経がいたる必要があります。やがては自分だけでなく、相手にも神経が通じていくようになれば居合の和歌に詠まれたような

   敵をただ鞠と思ひて皆人の
               つめひらきせばいかににがさん


という状態に至ります。そのために抜く前の礼法から、そのようにこころして稽古しなければなりません。

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  1. 2015/01/23(金) 21:25:00|
  2. 居合 業

体で

 礼法において下緒をとったり、刀を床に置いたりする動きが体中心にできるようになれば、技の稽古をしても小手先の技にならず、上達は速やかです。
 前に刀を置こうとしたり前にある下緒をと取ろうとするときに、体を用いることを先にし、そののちに体に連れて手が動くように心がければ、抜き付けにおいても柄手・鞘手が体と無関係に動くことがなくなります。稽古してください。

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  1. 2015/01/24(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

中心

 すべての動きは中心に発します。体の中心は臍下丹田ですが、まずは正中線を知る必要があります。正中線を知り天地の釣り合いがわかれば、おのずと臍下丹田が中心であることが理解できます。
 礼法で正中線を体得しやすいのが刀を前に建てる動作です。この時、右手は必要最小限の力で刀をとり、小尻をほんのわずか床上数ミリくらい浮かしてから床に建てれば、刀は引力によって自然にまっすぐ立つことができます。この時の刀の状態に学べば正中線も臍下丹田も理解が早いと思います。

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  1. 2015/01/25(日) 21:25:00|
  2. 居合 業

居合膝

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師梅本三男貫正先生は夢想神伝流を呉市の福島小一先生に習われていましたので、ときどき、対比して述べられることがありました。英信流の座法については特にはっきりと比較され、「英信流の座法が正しくできなければ・・・」とまでいわれました。座法によって全く異なった技になるからです。
 英信流の座法における中山派と無雙神傳英信流抜刀兵法の根本的な違いは正対するか半身になるかにあります。また、胡坐のように右膝を寝せるか、写真のように立てるかにあります。
 ちなみに無雙神傳英信流では居合膝といいます。

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  1. 2015/01/26(月) 21:25:00|
  2. 居合 業

心をこめる

 先日の立身流抜初演武大会に招待していただき、反省しなければならない点がありました。
 これまで、貫汪館で稽古する人たちの礼がいい加減であると思っていたのに十分に指導できていなかったのです。居合の礼は、こうするもの、柔術の礼はこうするもの、剣術の礼はこうするものという形式だけを覚えておられたのではないかと思います。
 礼に心を込める、という基本的なことは教えなくても当然のことであろうと思い、また、そのようなことは見て取れるだろうと思っていたのが甘かったようです。学校教育で、たんに「気を付け、礼」という号令で動く形だけの礼を身につけ、何年も繰り返していたら、形式が礼だと思うのも無理からぬことかもしれません。
 しかし、礼は相手を敬う心が基本であるという事を忘れては成り立つものではありません。
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  1. 2015/01/27(火) 21:25:26|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

見る

 昨日、礼についてのお話をしましたが、その前提として、誰に礼をするのかをはっきりとわかっていなければなりません。相手を敬う心が礼の基本だといっても、誰に礼をするのかがわかっていなければ敬う気持ちは起きません。
 正しく相手を認識することがなければ、礼に心を込めるのは困難です。相手の立場と自分との関係を正しく認識してください。
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  1. 2015/01/28(水) 21:25:49|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

レベルの高い相手 

 素抜き抜刀術は相手を想定して稽古をします。したがって安易な方向に流れてしまいがちです。
たとえば、相手が動かずに同じ場所にとどまってくれていたり、自分のちょうどよい間合いにいてくれたり、ちょうどよい高さにいてくれます。全くの初心者なら仕方ないかも知れませんが、ある程度稽古が進んだ形はレベルの高い相手を想定しなければなりません。
 想定した相手は自分に斬ってかかります。自分の都合がいい場所におどまってくれません。動きはじめも、それと分かるようには動いてくれません、また、動き出したら動きは速やかです。そのような相手を想定してください。

しばらく、江戸時代のかるたの写真を載せていきます。古文書を読む練習をしてください。
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  1. 2015/01/29(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 昨日は居合の想定について記しました。今日は澁川一流柔術の受の働きについて記します。
 受は文字通り技を受けるほうですがただ単に技を受けるのではありません。捕の技を導き上達させるように仕掛けなければなりません。相手の起こりもわからない初心者に履形で素早く突いて行っては相手を導くことにはなりません。かえって上達を阻害してしまうことになります。また、稽古年数が長く起こりも読める相手に、わざと起こりを見せるように突いて行っては相手を上達させることはできません。そのような相手には起こりがわからないレベルの動きをしなければなりません。
 形稽古とはお互いに上達し合えるものでなければならないのです。

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  1. 2015/01/30(金) 21:25:55|
  2. 柔術 総論

間合

 柔術を中心に稽古してきた方は間合いの概念が希薄です。半棒を手にしたら半棒の間合、木刀を手にしたら木刀の間合、六尺棒を手にしたら六尺棒の間合いがあります。
 ところが、素手の形ばかりをしている方は、それぞれの得物の間合いがわからず、はたから見れば切れない間合いで切り込んだり、あるいは鍔で額を打ち割る間合いで切り込んだりと、有効な間合になっていないことがよくあります。
 澁川一流柔術の半分程度の形は得物をもつ形です。間合の稽古を重ねなければ上達はありません。
 また武道が日常生活に役立つのも、武術の間合の稽古を通じて、人との正しい間合いがとれるようになるからです。絶対に疎かにしてはなりません。

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  1. 2015/01/31(土) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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