無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

半棒

 半棒の形には単純なものが多いのですが、「大払」のように技巧的なものもあります。その形を稽古するには他の形と異なりより微細な感覚が必要になります。
 撃つべきところを性格に内、突くべきところを正確に突く必要があります。そうでなければ技が相手に作用することはありません。形に慣れてしまい、全ての形を同じ調子で行ってしまうことがないように心がけてください。
 また自分が打つべきところ、突くべきところを正確に捉えているのかも確認してください。

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  1. 2014/03/01(土) 21:25:59|
  2. 柔術 業

互棒

 4月5日(土)の講習会の場所が確定いたしました。以下の通りです。貫汪館ホームページのお知らせのページにも記載いたしております。
  廿日市スポーツセンター(サンチェリー)
午前:大会議室
午後:武道場


 澁川一流柔術の互棒の形は、それが本当にできれば相当のレベルにあると見るべき形です。
 問題は相手を捕ろうとしてしまい、棒を必要以上に強く開いての手首に圧着させてしまうことです。持つ棒は相手の手首にはつかず離れず密着し、相手が棒によって自分がコントロールされていると気付かぬようにコントロールしなければなりません。
 よほど工夫しなければできないところですが、澁川一流柔術の師 畝重實先生はゆっくりと動いておられました。

 遅咲きの前庭の白梅が咲きました。
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  1. 2014/03/02(日) 21:25:15|
  2. 柔術 業

「勢龍」「左沈」

 「勢龍」の下から仕太刀の脇腹を切り上げる動き、「左沈」の下から仕太刀の肘を切り上げる動きは惰性で行いがちになってしまうところです。
 この動きは打太刀の動きではありますが、無雙神傳英信流の「向払」の動きと同じであり、仕太刀はそれに対処する裏の動きを養っているといえます。
 したがって打太刀はこの稽古をしっかりと行い切り上げる動きで相手を倒せるような質を持たなければなりません。レベルが高くなければ仕太刀のレベルも低いままでよく稽古にはなりません。方の動きの意味をよく考えて稽古する必要があります。

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  1. 2014/03/03(月) 21:25:57|
  2. 剣術 業

片手斬

 大石神影流には片手で斬撃する手数がありますが、これは両手で使うところを単に片手遣いに変えたわけではありません。
 相手との間合の問題や、体を開く必要性などから片手使いへと変化しているものです。両手でつかう体勢そのままに片手で遣ってもそれは形の要求を満たすものではありません。答えを述べるのは簡単ですが、どのようなときに手数のなかで片手遣いとなっているのか、その理を考えてみてください。

 気づかぬうちに前庭に咲いていました。
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  1. 2014/03/04(火) 21:25:44|
  2. 剣術 業

危険な兆候

 武道を稽古していて以下のような兆候が現れ始めたら自分は危険な方向に行きつつあると自覚して自分の歩む方向を正してください。

自分は古武道という特殊なことをしている。人とは違う存在だ。
古武道は現代武道と違いスポーツではない特別なものだ。
自分は人ができないことをしている。
命がかかった特別なことをしている。
自分は他の人が知らないことを知っている。
自分は他の人が自由に扱えないものを扱える。

 危険なのは「自分は」という意識です。「自分は人のために何ができるか。」と考えるのではなく、「自分は他の人よりも」という意識です。


 小さな雑草なのですが、よく見れば美しい花を咲かせています。
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  1. 2014/03/05(水) 21:25:40|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

吾勝

 「吾勝」

 私に心を教えてくださる武道家が常に書いておられる言葉です。自分を戒めておられるのだそうです。素晴らしい方で、私には天上界の方のように感じられていました。初めて声をかけていただいたときには天上界から下りてきて声をかけていただいたという感じをもったほどです。このようなレベルにある方でも「吾勝」と書かれます。自分に勝つという意味です。
 武道を稽古していたら様々な邪念が心をよぎります。それは誰にでもおとずれる事であり、稽古を積めばつむほど、その邪念は強くなるものかもしれません。
 武道は諸刃の剣であり、修行といいながら邪な方向へ行く修行をしていることもあります。本人にとってはそれが正しいことと思えているのですから、難しいものです。常に自分を省みなければなりません。

 先日、写真に撮った前庭の花も数多く咲いています。
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  1. 2014/03/06(木) 21:25:41|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武道史研究から武道論へ

 歴史は今を生きるための判断材料として学びます。過去の成功や失敗を学び現在に活かすためです。したがって歴史の広く深い知識があるだけで、それが現在に活用されていなければ歴史好きか、歴史学者ということになります。
 貫汪館で稽古している方に武道史の勉強をしていただいているのは、単に知識を持っていただくためではなく、それを活かしていただくためです。つまり稽古が進んで後進を導く立場にある人に武道のあり方を考えていただくためなのです。武道は如何にあるべきか、また如何にあるべきではないのかという考えをそれぞれが持たなければなりません。そのためにはどのような稽古をすべきなのか、またすべきでないのかも見えてくると思います。武道史が単なる知識の蓄積とならぬよう、自分のの武道論が展開できるようになってください。

 父の家の白梅にはよく小鳥が飛んできます。meDSC05061.jpg

  1. 2014/03/07(金) 21:25:33|
  2. 武道史

肚と呼吸

 いくら稽古を重ね稽古回数が増えて、手順は覚え、形のタイミングを間違わなくなっても、よしとされないことがあります。
 それは、それまでに養ってきた基本を忘れ、相手を打ち込むタイミングなど、自分で思い込んでいるよい動きが出来るようになったと思っているときです。
 肚を中心とした呼吸に基づいた動きをしていなければ、いくら対人関係におけるタイミングなどが良くなったとしても、それはただ相手を傷つける技を身につけようとしているにすぎません。そのようなものを作ろうと思ったときにすでに道を外れています。
 心を正し身を正すのが肚と呼吸の稽古であり、基本であり稽古の眼目でもあります。心と身を正すことなしに、いくら人を傷つける技が上達しても、それは修行とはなりません。たとえて言うならば現代に殺傷能力の高い武器を開発しているだけという事になります。
 本当の稽古をしなければなりません。

裏庭のポポの芽が大きくなってきました。毎年季節は廻ります。
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  1. 2014/03/08(土) 21:25:14|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

構え

 大石神影流の「附け」や「上段」の構えは直接その位置に刀を持っていくことなく、遠回りをさせ半円を描いて、そこに位置させます。
 これは肚を中心とした動きと呼吸を学ばせています。初心の方は手順を追うことに気をとられるために、大切なことを忘れて小手先で刀をその位置に持っていこうとしますが大きな間違いです。まず正しい動きで始めなければなりません。手順は繰り返しているうちに自然と覚えるものです。

猿の被害にあうようになったため裏庭では野菜を作らなくなってしまいましたが、父の家では春に収穫する野菜は大きくなっています。
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  1. 2014/03/09(日) 21:25:19|
  2. 剣術 業

太刀打

 先日、初心者の方と太刀打の稽古をしたときに勘違いをされていると思えるところがありましたので念の為に記しておきます。初心者の形のために記しますので中級者、上級者の方はもう会得しておられる部分です。
 今日は「請流」についてです。
 「請流」で遣方が打太刀の顔を突いていく際。打太刀は遣方の木刀を斜めに払いますが、この時遣方の手の内が正しくなければ木刀は遣方の手を離れてしまいます。この原因は突こうとする思いが全湾に力みとして現れ柄に密着している小指薬指までがかたくなりかえって柄から遊離してしまうことにあります。突くときであっても手の内は常の手の内とほとんど変わる事はありませんので工夫してください。

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  1. 2014/03/10(月) 21:25:49|
  2. 居合 業

「請入」

 「請入」の形で打太刀が後方に下がって上段に振りかぶるとき、遣方はそのままつけ入って打太刀の左肘を下から切りますが、この動きは非常に難しいため中途半端になりがちです。
 下から切りあげる木刀はその切先が左から自分の背を廻り自分の右下から上に上がってこなければなりません。この動きをするためには両手の内は常の状態よりも緩み両手共親指と小指薬指で柄をはさんだ状態になる必要があります。不安を覚えるかもしれませんが、ゆっくり正確に稽古する事によってのみ業が身に衝きます。焦ればいつまでたっても刃筋の通る動きができるようにはなりません。

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  1. 2014/03/11(火) 21:25:58|
  2. 居合 業

「月影」

 「月影」は文字通り遣方は影になる必要があります。出来ないまでも可能な限り自分を無にして相手の心の動きをそのまま自分の心に受け入れなければなりません。
 しかし初心者の方は打太刀に打ち込まれるという思いが先に立ってしまい。来れば動こう来れば動こうとするため形が求める動きがなかなかできるようにならないものです。
 このような場合打太刀を務める方はゆっくりと斬り下ろすことによって遣方を上達へ導く工夫が必要です。

 簡易木刀立。大石神影流用の木刀約20本他、通常の木刀も多数あるので簡易木刀立を作りました。下の方にも上部と同じものがあり、木刀が絡まないようになっています。お金がないのでダンボールで作りました。未完成ですが、このままの方が修理しやすいのではないかとも思います。問題は耐久性ですが、この手の段ボールはスーパーですぐに分けてもらえます。
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  1. 2014/03/12(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

「水月刀」

 「水月刀」は遣方の切先が邪魔になるため打太刀がこれを払う動きに乗じて使い方が斬り込む形ですので遣方の切先が打太刀の邪魔になっていなければ形として成り立ちません。
 切先は自分の両目の間と相手の両目の間を結んだ線上に位置しなければなりません。進み出るうちに切先が下がってしまったり、歩みが安定せず切先が上下左右にぶれることがないように稽古してください。

 我が家は陽当りは比較的良いのですが、家の裏が山であるせいか冷たく花が咲くのが遅いようです。ようやく白梅が満開になりました。
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  1. 2014/03/13(木) 21:25:57|
  2. 居合 業

腹筋に力を入れない事

 無双神伝英信流では抜付けや斬撃などの動きにおいて、澁川一流柔術では相手を抑えたり、相手の手首を返にとったりするとき、あるいは履形において相手の手首を前に出て抑える時、大石神影流剣術では相手の木刀を張ったり、あるいは突いたりする動きの時、腹筋に力みが入り、腹が少し引っ込む方が見受けられます。
 大したことはないように思われるかもしれませんが、重心は臍下丹田から逃げ動きの中心が上半身にあがり、統一されていない動きを稽古していることになります。このような動きは上達を阻害する元となります。
 自分がどのような状態になっているか確認してください。

  1. 2014/03/14(金) 21:25:34|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上段の構え

 大石神影流の上段の構えにおいて切先は半円を描きながら上昇し、頭上に来ますが、そのままその位置にとどまるのではありません。
 既に述べている事なのですが腑に落ちておられないのか揚げっぱなしになっている方がおられます。頭上に上がった刀は少し下に降りることによって安定します。このわずかな動きが大きな意味を持っていますので手順の身にとらわれずに自分の体を用いて工夫してください。無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打の上段も目には見えませんが上に上がったところからややおりているものです。

 水仙も遅ればせながら咲きました。
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  1. 2014/03/15(土) 21:25:15|
  2. 剣術 業

手の内は柔らかく

 大石神影流の三學圓之太刀はそれまでの試合口、陽之表・裏に比べ変化が多い手数です。そのため心も体もより柔軟な働きをしなければ手数を使うことが出来ません。
 手の内の柔らかさはその指標となりますのでよく稽古で確認してください。動きながら体を止めずに斬りこむ手の内、打太刀の刀を受けて張る動きの手の内、体をかわしながら連続して斬りこむ動きの手の内など全ての手の内は柔らかくなければできません。
 柔らかければ、木刀が弾き飛ばされるのではないかとか、手から木刀が離れてしまうのではないかと不安を覚えると思いますが、よくよく試みて努めてください。

コケにも春が来ているようです。
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  1. 2014/03/16(日) 21:25:00|
  2. 剣術 業

手順の確認は

 形や手数の手順は道場ではなく、道場外でイメージトレーニングによって覚えることができるという事は述べてきたとおりですが、手順を覚えるのに手順を覚えるためだけに木刀を振って外形だけをなぞる稽古は絶対に行ってはなりません。
 そのような稽古には正しい呼吸も無く、相手との対人関係における正しい間もなく正しい動きもありません。そのような稽古は駄目な動きを身につける稽古にしかすぎません。
 駄目な動きを1度すれば正しい稽古を1度行うのに比して2歩後退する事になります。0の位置からであっても1歩後退してしまうのです。その蓄積はやがて取り返しがつかないことになってしまいます。
 駄目な稽古はしてはなりません。

 名も知らぬ小さな雑草の花です。写真に撮らなければどんな花が咲いているのかもよくわかりません。
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  1. 2014/03/16(日) 21:25:57|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

六尺棒

 六尺棒の稽古を初心者の方が行うと、必ずといっていいほど棒と自分を別物と考え、棒を振ろうとします。その結果、自分が棒にとられてしまい、姿勢は崩れひずんでいます。
 棒を扱うのだという思いを捨て、自分の体と棒が一体となるのだという思いをもって稽古してください。そのためには自分の中心が動いた結果それが棒の先にまで届くのだということを感じなければなりません。そのために一人で棒を廻すにしても、二人で表の形を稽古するにしても、ゆっくりと動き自分と棒のつながりを感じる稽古を行ってください。

これも名も知らぬごく小さな雑草の花です。こんなにかわいい花が咲いているとは思いませんでした。
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  1. 2014/03/17(月) 21:25:30|
  2. 柔術 業

刀と棒

 六尺棒で刀に対する形は、全て棒廻しの応用といっても過言ではありません。
 相手の木刀を六尺棒ではらう動きや、下段から突く動き、棒を返して突く動きなど全ての動きは棒廻しの動きにつながります。つながっていない人は棒廻しの動きを臍下を中心とせず小手先で行っている可能性があります。また表の形を小手先で行っている可能性もあります。自分自身で検証してください。

 裏山への道に咲いていた小さな花です。雑草として刈られた後に花が咲いたのだと思います。
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  1. 2014/03/18(火) 21:25:18|
  2. 柔術 業

思いが動きを変える

 今週末の稽古は21日(金)午前9時から12時まで廿日市スポーツセンター武道場で行います。21日(土)ではありませんのでお間違えありませんように。

 なかなか指導された事ができない人もおられます。常々お話しているように、上達へと変化するためには自分の思いを変えなければなりません。思いを変えていけば変化し始めるものです。
 これは先日述べた手の内のような細かな動きに関してもいえることです。実際に動きを伴う稽古をしてもなかなか変化していかない場合、手の内が柔らかくなった状態を思ってください。鼠蹊部が緩まない方は鼠蹊部が緩んだ状態を思ってください。天地の軸が通らない方は天地の軸が通った状態を思ってください。
 体は動かしていなくても、その思いが必ず自分の動きを変えていきます。

 裏庭の蜜柑の葉に小さなテントウムシがついていました。
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  1. 2014/03/19(水) 21:25:19|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

演武

 4月20日(日)に大石神影流剣術第7代宗家継承式が大牟田市の旧三井港倶楽部で行われます。私の師匠の第6代宗家大石英一先生のお嬢様が第7代宗家を継承されます。継承式にあたり、澁川一流柔術と無双神伝英信流抜刀兵法、大石神影流の演武を貫汪館で行いますが大石神影流を演武される予定の方はこれから毎日一日も欠かさず、自分の演武の手数の稽古を行ってください。
 渋川一流柔術の演武も無雙神傳英信流抜刀兵法の演武もそのレベルは私の責任によるところですが、大石神影流の演武をいい加減なレベルで行う事は大石家にご迷惑をおかけすることになります。
 1カ月ではとても満足のいくレベルの演武ができないと感じられる方は、毎日手数の稽古を1時間でも2時間でも行ってください。そのような稽古を行おうともせずに、できないというのは自分からの逃避でしかなく、できないのではなく、自分がしようとしていないのだと思わなければなりません。もう時間はありませんので自分に恥じることが無いよう稽古を重ねてください。
 式次第は現在次のように計画しています。


大石神影流剣術第7代宗家継承式
    次第


1.開式の言

2.式典
 (1)挨拶
     第6代宗家 大石英一
     第7代宗家 大石馨
 (2)来賓祝辞
     大牟田市長 古賀みちお 様
     大牟田市剣道連盟会長 
     三池地区剣道連盟会長

3.演武

 (1)日本剣道形 手鎌道場
 (2)澁川一流柔術
 (3)無雙神傳英信流抜刀兵法

 (4)大石神影流剣術

4.祝賀会
 (1)祝辞
   手鎌道場 
   大石神影流剣術門人 森本邦生
 (2)乾杯 
 (3)懇談

5.閉式の言葉



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  1. 2014/03/20(木) 21:25:20|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

思いつくままに

天照大神
一心清明、清き明き心
一 隅 を 照 ら す
無量寿光
無量寿光如来(阿弥陀如来)
「光あれ 」
「わたしは世にいる間世の光である」
「光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった」



 日曜日に撮った写真です。父の家のグリーンピースの花が咲きかけていました。
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  1. 2014/03/21(金) 21:25:02|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

この次はありません

 学校教育では「次に頑張れば良い」とか「次の大会では」と次までの間の成長を期待され、学ぶほうも「次までに努力します」とか「次こそは」とか「次の大会では」と雪辱を果たす機会を与えられることが当然であると考えます。
 中学生や高校生は学校教育の影響が強いため稽古においてできないことがあったり、前回指導されたにもかかわらず、またできなかった場合などに「次は頑張ります」と考える事が多いのですが、その考え方は改めさせ、機会は一度しかないのだという考えを身につけさせておかねばなりません。
 腕を斬り落とされてから、「次頑張ります」はありませんし、命が無くなってから「次頑張ります」もありません。古武道の稽古をするという事はそのようなものです。

 前庭の南天の新芽です。
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  1. 2014/03/22(土) 21:25:38|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

残心

 大石神影流の手数で相手の正面を切り込んで手数が終わり後方に下がる場合、切先は相手の両眼の間を十低下なければなりません。下がることを意識してしまうと相手への残心がおろそかになり相手とのつながりが切れてしまうので気をつけなければなりません。
 相手の小手を斬って終わる場合、咽喉をつく場合には相手の両眼の間に切先をつけることはありませんが切先は相手に生きたまま指向していなければなりません。

 前庭のモクレンの新芽です。
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  1. 2014/03/23(日) 21:25:12|
  2. 剣術 業

出合

 無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打ちの「出合」の姿勢はほぼ「虎走」の姿勢と同じです。
 「虎走」は座した状態から進んでいくため、越が浮き刀を腹の前に横たえて進んでいくときも重心が上がりにくいのですが、「出合」は立姿勢から始まるため、せっかく下半身が緩んでいても、右手を柄に掛けようとするときに肩を用い上半身から姿勢を作ってしまいがちです。右手は柄の下に位置しているのですから下からかかるという意識がなければはじめの姿勢で躓いてしまいます。

21日に訪れた島原の原城跡の桜のつぼみです
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  1. 2014/03/24(月) 21:25:56|
  2. 居合 業

間合

 初心者の方が大石神影流の稽古は手順を覚えて。それだけで安心していれば怪我につながりかねません。
 手数の手順は決まっていても打太刀に立つ相手の有効な間合は人それぞれです。いつも稽古している相手はこの程度の間合で切先が自分に届くからと、違う者が打太刀にたっても自分で決めた通りにしか動かねば相手の切先は自分に届きます。仕太刀の稽古をする者は打太刀の出様によって自分の動きを変えていかなければなりません。それは始めて稽古する相手であってもそうあらねばならぬものなのです。
 また打太刀は相手の技量を判断して打太刀を努めなければなりません。仕太刀が初心者であればどの程度動けるかを判断した上で打ち込めば自分の稽古となります。

 暖かくなってきたので雑草の花も盛んに咲いています。
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  1. 2014/03/25(火) 21:25:16|
  2. 剣術 業

修行の落とし穴

 稽古が進むと、ある程度体が自由になり、心も自由になってきます。さらに進めばさらに自由になっていきますが、そこに修行の落とし穴があります。
 慢心が生じたときにそれが慢心だと気付かずにそのまま異なる方向に行ってしまうのです。しかも、そこは自分自身が見えず周りの人も見えないところなので、あたかも自分が天上天下唯我独尊であるかのように錯覚してしまいます。最初のうちは誰でもが陥りやすいため、そこに落ちた人は周りから見れば邪鬼の集まりのように見えますが本人達は自分達こそが正しいのだと思っているのでそれに気付きません。気付いた者は何とか元の道に戻ってきますが、中にはどんどん異なった方向に行く人もいます。修行といいながら邪な心を強くしていっているのです。
 はじめから道をそれた人だけがそうなるかというと、そうではありません。正しく道を歩んでいて進んだ人が落とし穴に落ちた場合は、一気に遠くまでそれてしまいます。本人は気付きませんが昨日までと今日の人物が全く変わってしまうのです。
 よくよく自分自身に気をつけておかねばなりません。武道という道には落とし穴があまりに沢山あります。武道をしなかったら、あの人はいい人だったのにという事にならないように。

 毎年咲くガレージのすみれです。
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  1. 2014/03/26(水) 21:25:51|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

無理

 柔術の技は簡単なものではありません。私には今まで経験してきた武道の中で最も難しいものが柔術の素手で行う技です。
 自分の体と相手の体が直接接するがゆえに、相手を自分の思い通りにコントロールしようという気持ちが起こり、そのような気持ちが起こったときには既に自分の心と体に歪が生じており、力ずくの技となっています。
 たとえ技がかからなくとも相手をコントロールしようという思いは置いておき、自分の心と体を整え、相手との関係を正しく保ち、無理なく無駄なく動くことを心がけ、そのうちに知らず知らずに技が有効となる稽古を重ねてください。


 畑に生えるとたくさん増えてしまって除草が大変なのですが、花だけを見ていると心が和みます。
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  1. 2014/03/27(木) 21:25:13|
  2. 柔術 総論

思い通りにならぬもの

 刀や棒を持つとその刀や棒がなかなか思い通りにならないことは誰しもが経験していることだと思います。そこで刀や棒を自分の思い通りに操ろうと思ってしまうと間違った方向に行ってしまいますので用心しなければなりません。実は思い通りにならないところが大切なのです。
 思い通りにならないというのは、刀が己の心と体の歪を指摘してくれ、棒が己の心と体の歪を指摘してくれているところです。思い通りにしようというのではなく刀や棒と己を一体にすることからはいじめる必要があります。一体にするというのは毎日素振りを何千回も行ったり、棒回しを何千回もおこなって筋力を強くし、力づくで自由にするのとは異なります。文字通り己を空しくして棒と一体になることを求めます。このような稽古は導場に出たときに方のみをやって身につくものではなく、せめて家に帰ったときには棒や木刀を身近に置き一体となる工夫をしなければ出来るものではありません。
 
 この草も毎年取り除くのが大変で、ほおっておくとかなり繁茂します。
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  1. 2014/03/28(金) 21:25:59|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上段、附け

 貫汪館広島護国神社奉納演武は4月6日(日)9:30~12:00、広島城内 護国神社儀式殿において行います。無雙神傳英信流抜刀兵法・大石神影流剣術・澁川一流柔術の奉納を行います。ご見学は自由です。

 大石神影流剣術の「上段」と「附け」の構えは臍下を中心に半円を描きながら上段に取、さらに下方へ下げることによって附けに構えます。
 この半円を描かせるのは手数のはじめだけであり、手数の途中で上段や付けにとるばあいはこのような動きは行いません。構えをとる動きの中で臍下を中心とした動きを稽古させているのですが、正しく行わねば上達にはつながりません。
 悪い意味で構えてしまう方のほとんどは右手が胸あるいは咽喉の高さにきたときに右肩をさらに上げようとしてしまい、臍下中心の動きが胸中心になり重心が高く体も硬くなっています。
 正しく動けていれば、右手が肩または咽喉の高さに来たときには両肘はかえって力みが抜けて下方に下がるような感覚を覚え肩は上がらないものです。工夫してください。

 こんなきれいな花が雑草の中に咲いていました。何の花でしょう?私の家の庭では初めて見たように思います。
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  1. 2014/03/29(土) 21:29:30|
  2. 剣術 業

中段

 貫汪館広島護国神社奉納演武は4月6日(日)9:30~12:00、広島城内 護国神社儀式殿において行います。無雙神傳英信流抜刀兵法・大石神影流剣術・澁川一流柔術の奉納を行います。ご見学は自由です。

 無雙神傳英信流抜刀兵法では稽古のはじめに短時間、斬撃の稽古を行っていただいています。斬撃がうまくいかない原因は、中段の構えにあります。
 刀を鞘からはずし中断に構えるときに鞘手は下から掛かり塚手も下から係り下からの動きがそのまま刀を体の前に位置させます。此処までの動きが出来ているのも係らず手の内の状態が悪いから是を修正しようと柄のうえから握りなおしてしまうと、これまでの動きは無駄になってしまいます。この段階で手の内を修正する必要がないように構えられるべきですが、どうしても手の内を修正しなければならない場合、小指薬指の先の内側を基準とし、構えに至るまでの体のつながりを切らないようにしてください。

父の家のグリーンピースに沢山花が咲いています。
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  1. 2014/03/30(日) 21:25:19|
  2. 居合 業

思いは形になる

 貫汪館広島護国神社奉納演武は4月6日(日)9:30~12:00、広島城内 護国神社儀式殿において行います。無雙神傳英信流抜刀兵法・大石神影流剣術・澁川一流柔術の奉納を行います。ご見学は自由です。

 「このようになりたい。」「あのようになりたい。」「ああしたい。」「こうしたい。」という思いがあり、それを実現するために努めていれば、時は必要であっても必ず実現の方向に向かって物事は動き始めます。
 ただし、それが自分自身の本当の思いでなければなりません。刀を力強く振るほうがよいという思いを捨てきっていないのに、無理無駄なく自然に振れるようになりたいと思っても、なかなか実現しません。自分の思いが自分の思いの実現を邪魔しているからです。
 自分のことのみでなく、周囲との関係においても同じ事のようです。純粋な思いであれば縁が結ばれていくようです。
 こわいのは邪な思いであってもその思いに躊躇がなければ実現の方向に物事が動き始めることです。

 先日、資料調査に行った島原の写真を載せていきます。島原は柳河藩からは有明海を挟ん対岸にありますが、陸路を大きく迂回していくよりも船で渡った方が近かったようで、廻国修行の記録にも熊本から船で島原に渡る記述がよくあります。初代大石進が島原藩へ剱術の指導に言った記録も柳河に残っており、島原藩側の資料の調査に行きました。
 写真の上は熊本県の長洲港から雲仙普賢岳を見たもので下側は島原の多比良港近くから雲仙普賢岳を見たものです。

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  1. 2014/03/31(月) 21:25:04|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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