無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

座る

 無雙神傳英信流抜刀兵法においては座れることが絶対条件であり、座れればそれがそのまま技に通じます。座れただけで道半ばに至ったといっても過言ではありません。
 座るといっても、形を作って座った格好を座るとは言いません。それは座った真似事にすぎません。簡単に言えば天地は通っていながら、自然にそこにあるだけの姿を座るといいます。
 しかし、一般には正しく座るといえば背筋を伸ばして胸を張り腰をしっかり入れて肘を張った立派な座り方を言いますので、これが座ることだと思い、そこに考え居付いてしまったら無雙神傳英信流抜刀兵法でいう座ることはできません。
 さて座れればそのままに動くだけの事です。座った状態から少しも変わらずそのままに動くだけなのです。世間一般の正しい座視性をしてしまったら体が固まってしまいますので、そのまま動くことはできないかもしれませんが、無雙神傳英信流抜刀兵法においては文字通りそのまま動けばよいのです。座れているのに動きはじめたら無理無駄が大きく出てきてしまうのは自分の心に起因することです。そのままに動いているのではなく、ああしよう、こうしようという思いが自分を崩しているのです。

 次男の江田島の写真の最後です。
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 9月23日(日)の貫汪館居合講習会のご案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載せました。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/09/01(土) 21:22:47|
  2. 居合 総論

生花と造花

 ある人が、その人が見た事がある居合と私達の居合を比べられ造花と生花とたとえられました。上手なほめ方だと感心しました。
 私は、無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生から入門してすぐに「形は鋳型にはまったようなプラモデルの型のようであってはならない。生きた形でなければならない。」と教えられましたので、先生の思いにかなった居合が少しは出来ているのだと思います。
 先生の弟子であっても、何を習われたのか自分の弟子に全く同じような動きを求められ、集団で演武するときには一挙手一投足まで同時に行なわれ同じ動きでなければならないと教えておられる方も折られましたが、全く先生の教と異なることでした。
 本質は同じであっても生きた形は人それぞれによって異なるものです。先生はそれを様々な譬えで教えられましたが理解できる方は少なかったように思います。述べたように全く同じ動きでなければならないと自分の弟子に教える方もおられましたが、曲解して自分の好きなように我が儘に形を遣う人もおられました。流派も何もあったものではありません。形稽古はそれほど細い道なのですが細い道を道を踏み外さずに歩まなければ上達はありません。

 先日前庭に咲いていた雑草の花です。
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  1. 2012/09/02(日) 21:25:02|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

刀礼

 無雙神傳英信流抜刀兵法では稽古を始めるにあたり、また終わるにあたり「刀礼」をします。刀礼は刀に対する礼であり、刀を単なる鉄の道具として認識するのではなく魂の宿った存在として人と対等、またそれ以上の存在と認識するので刀に対して礼をするのです。
 ところが刀礼をしたにもかかわらず、帯刀したとたんに刀を振り回したい、力強く斬りたい、刃音を大きくしたいという邪念が生じ、刀を道具としてしか認識しなくなってしまいます。それでは刀礼をした意味は全くありません。刀に魂の存在を認めるならば、帯刀した時には自分と刀が一体となった存在となり、「我」という意識は消えなくてはなりません。
 自分がどのような思いで刀礼をしているか確認してみてください。

 玄関に至るために前庭を歩くと沢山いるバッタが道をあけてくれます。
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  1. 2012/09/03(月) 21:25:31|
  2. 居合 総論

礼法

 無雙神傳英信流抜刀兵法で行う礼法や、澁川一流柔術で行う礼式は単なる儀式ではありません。
 初心の内に、これを単なる儀式と考え、手順をしっかり確実にという事に主眼を置いて稽古してしまえば、後々の自分自身の稽古はそのレベルを基準にしてしか進みませんので、上達は困難を極めます。自分で初心に戻って礼法から稽古しなおさなければならないのですが、人の心はそう素直ではなく、手順を覚え、体に染みついたものを再度壊してやり直すことほど難しいものはありません。
 神に礼をする、刀に礼をする、師に礼をする、互いに礼をするのは例の心が大切であり心なくして礼の形を作ってしまえばそれは礼ではありません。目的のない動きなのですから、それ以後いくら形を稽古したところで形のみを求めてしまう癖からは逃れることはありません。
 また帯刀するときも、刀を使うために帯刀するにもかかわらず、帯刀の動きを見事にしようとしてしまえばかえって不自由な体を作ってしまう事になってしまいます。帯刀する時はすきなく、動きに無理無駄ない、いつでも不測の事態に応じることができる状態でなければなりません。
 戦う技術ではない、たかが礼法ですが、それ以後のすべてをきめてしまいます。

 9月6日(木)7日(金)と日本武道学会第45回大会が開催されます。私は6日(木)に発表します。今年の私の発表の演題は「練兵館 齋藤弥九郎の野試合について」です。詳しい日程等は日本武道学会のホームページ(←クリックしてください)でご確認ください。


 今年はまり雑草を抜いていないので色々な花が咲いています。
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  1. 2012/09/04(火) 21:25:56|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

異なるところ

 世間一般に行われている居合と私たちが稽古している無雙神傳英信流抜刀兵法とは異なる部分が多くありますので皆さんが迷われないように念のために記しておきます。私たちが稽古している流派ではこうなのだという事をしっかり覚えていてください。今日は抜付けについてです。

 世間一般には仮想の敵が自分を切ろうと刀に手を掛けようとするから「来るんじゃない」という気持ちで静かに柄に手を掛け攻めていき、それでも相手が切ろうとするので機先を制して抜付ける。というように抜付けについて説明されることがあります。
 しかし、無雙神傳英信流では敵が斬り付けてくるので、斬られぬうちに抜きつけるという想定を取っています。したがって相手が素人だとは考えませんので、すでに斬りつけて来ようとしている敵に「来るんじゃない」と思う暇はありませんし、斬り付けてこようとしている敵の機先を制することもできません。ただただ技を練って斬られぬうちに抜き付けるという想定です。
 そのために微細な動きまで工夫して無理無駄のなさを極限まで求めます。己が抜くという意識を離れ抜けるのでなければなりません。初心者の人はここを間違えて自分が速く抜きつけるという自我の強すぎる抜付けをしようとされる方がおられますが、これでは上達しません。

 庭の木に花が咲いているように見えるのですが。
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 木に津蔓が巻き付いていました。


 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

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  1. 2012/09/05(水) 21:25:01|
  2. 居合 総論

異なるところ 2

 昨日の続きです。

 刀の振り方ですが、正面に切下す時に流派によって切下し方が異なるという事はなく不変だという考え方があるようですが、私たちは絶対にそのように考えてはなりません。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の中においてでさえ切下しは異なります。両断しようとするのか、ただ額を割り込むのかどこまで切下すのかによって全く異なっています。
 ましてや流派が異なれば切下し方は全く異なってしまいます。
 昔の新陰流系統の流派の絵伝書のように上体を前傾させて斬り込めば上体を立てて斬りこむのとは全く違った切下し方になりますし、ましてや甲冑着用の時のように斬るのではなくたたき伏せるのであればまた異なった切下し方になります。
 體の運用にしても一般の居合のように肩を中心として振り上げ振り下ろすのと無雙神傳英信流のように臍下中心に振りかぶるのとでは振りかぶった時の肩の位置は全く異なっており斬撃した時の刀の位置も異なります。

 無雙神傳英信流抜刀兵法を稽古される方は武術においてこれが絶対という事はなく流派によって異なって当然なのだという事を覚えていてください。


 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

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  1. 2012/09/06(木) 21:25:00|
  2. 居合 総論

異なるところ 3

 抜きつけた時の下半身について「左足の爪先は左膝の真後ろとなる」という考え方が一般にありますが、これも私たちの姿勢とは全く異なっています。
 多くの古武道の剱術流派の上体や居合の立ち姿勢での上体は半身であり、現代剣道のように正対しません。。したがって両爪先がまっすぐ前を向くという事はなく後ろ足の爪先は開きます。開き具合は流派によって異なり撞木足であったり、古伝の貫心流の伝書に記されているように八文字に開くという事もあったかもしれません。そのような足踏みの状態で斬り込みその姿勢で膝をつくと左足の爪先は左膝の真後ろとなることはありません。
 「左足の爪先は左膝の真後ろとなる」と指導されているところは古武道に基礎を置く居合ではなく現代剣道の体遣いに基礎を置く居合ですので、所謂、古武道、流派武道である私たちの動きとは無縁であり、異なっているのが当然なのだと思います。無雙神傳英信流抜刀兵法を稽古する方は「左足の爪先は左膝の真後ろとなる」ことはないのだと理解してください。

 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

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  1. 2012/09/07(金) 21:25:56|
  2. 居合 総論

異なるところ 4

 座るときに「こちらに敵意を持っている相手を前に座すのだから相手を攻めながら座す」という考え方がありますが、これも私たちの居合とは異なっています。
 居合は行住坐臥でいついかなる時に事が起こってもこれに応じることができなければなりません。しかし、だからといって常に身構えておかねばならないというのではありません。心も体もニュートラルな状態で調和がとれているから変に応じることができるのであって、前にいる敵を攻めながら座すという事では、これは「初め」の合図で試合が始まる現代剣道です。
 もともと居合は自分の前方からのみ異変が起こるという事を想定していません。だからこそ、大森流にあっては初発刀・左刀・右刀・当刀という形の順序に稽古するようになっているのですが、これを座すときから今から左に敵がいるのでそれに対処するためにすわうとか、右に対処するために座るという事では居合にはなりません。前方の敵に対処する形であっても同じことです。
 無雙神傳英信流抜刀兵法では、座るときには無理無駄なく、いつでも変に応じられるように調和を持って座れればよいのです。

 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

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  1. 2012/09/08(土) 21:25:58|
  2. 居合 総論

異なるところ 5

 居合刀(模擬刀)の選び方についてですが、「数年稽古していけば筋力もつき、止めたいところで止められるようになるので重くても良いけれども、初心者の内にはそのような重たい刀を用いると手首やひじを痛めるので使いやすいものの方が良い。」という考えかたがありますが、私たちはそのようには考えていません。
 基本的には同じ長さの平均的な真剣の重量の居合刀(競技用の樋が深すぎ、重ねがうすすぎるものではなく)を選ぶべきです。とはいっても原材料が異なりますので居合刀はどうしても軽くなってしまいますので、できるだけ重いものを選ぶようにすべきだと考えます。私たちは濃州堂の居合刀を用いていますので他のメーカーはどうか知りませんが、濃州堂の居合刀は重くてもバランスはよく取れていますので遣うのに支障はありません。
 また、正しい法によって稽古を積めば初心者だからといって手首やひじを痛めるという事もありません。手首や肘を痛めてしまうのは重量の問題ではなく遣方の問題です。以前稽古に来ていた女性が同じ職場の剣道の先生に「週に二回も居合の稽古をしていたら手首や肘がぼろぼろになるだろう。」と言われたことがあったようですが、本人は不思議がっていました。その剣道の先生が知っている居合の人たちはそのような遣方をするのだろうと思います。
 筋力がつくから重量のある刀を使えるようになるのではなく、正しい遣方をするので重量のある刀も使えるようになるのです。したがって腕が上がっていったなら筋力などつかないのが本当です。

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  1. 2012/09/09(日) 21:25:51|
  2. 居合 総論

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 1

  日本武道学会第45回大会に出席しました。写真は行きの飛行機からの風景と会場となった東京農工大です。
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 9月6日(木)に私が日本武道学会で発表した発表資料を載せていきます。写真は省略し、資料も載せませんが概略はわかると思います。 数字)となっているものは註ですので最後にのせます。

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について

                    
Ⅰ はじめに

 第2次長州征討ののち坂本龍馬はその書簡で「戦場ニ而引取り而はまたかけ引取り而ハまたかけ仕時、刀を心掛候人ハ銃を捨るものにて、つひにハ惣人数の銃が少くなり申ものにて候間、譬侍馬廻りと申ても銃にて働く者ハ、刀ハなくても可全然存候」1)と述べており幕末の戦闘では敵と間近になると小銃を捨て刀を用いて白兵戦を行うという戦闘形態がとられていた事が分かる。これは銃鎗(剣)を白兵戦には用いないということであり、本発表で述べる齋藤弥九郎(1798~1871)が行なった野試合と少なからず関係があるものと考えられる。
 野試合については『幕末偉人 齋藤彌九郎傳』2)『剣客斎藤弥九郎伝』3)にその概略が記されており安政3年(1856)3月18日に松平近直の前で、同年4月5日に徳川斉昭の前で行なわれたことがわかっている。本発表では山口県文書館所蔵の『練兵館野試合草教』(写真1)(資料1)を中心に齋藤弥九郎の野試合がどのような意義を持つものであったのかを明らかにしたい。 

Ⅱ 資料について
 本発表では山口県文書館所蔵の『練兵館野試合草教』(資料1)を中心とし、同じく山口県文書館所蔵の『斎藤弥九郎ノ江戸葛飾邸借用願出書』(資料2)を用いながら齋藤弥九郎の野試合について考察するが、『練兵館野試合草教』は昭和11年(1936)に山口県立図書館が書店から購入した資料であることが記録に残されており、写本とされている。『斎藤弥九郎ノ江戸葛飾邸借用願出書』については出所は明らかではないが文中に「不明」と記している部分があり、写本と思われる。
 
 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。
 アップできてなかったようですが、今回は確認しましたので確実にアップできています。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/09/10(月) 21:25:22|
  2. 武道史

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 2

Ⅲ 齋藤弥九郎の野試合について 
1.野試合が行なわれた年月日
 『幕末偉人 齋藤彌九郎傳』と『剣客斎藤弥九郎伝』には安政3年(1856)3月18日と4月5日の野試合実施の日付が出ている。『練兵館野試合草教』には日付がない3月、4月という記述と3月26日、過ル21日(3月21日カ)という記述があり、『斎藤弥九郎ノ江戸葛飾邸借用願出書』には野試合に関して3月16日、3月26日の記述がある。
 『剣客斎藤弥九郎伝』にあるように屢々演習されていたのであろう。

2. 野試合の目的
 金沢市立玉川図書館近世史料館の加越能文庫所蔵『斎藤篤信斎往復書』中の齋藤弥九郎から松平河内守宛とされる書簡(資料3)には「此上戦争者総而剣炮二術ニ限り可申奉存候、因而者双方戦士ニ筒打詰、間合何十歩ニ至り候時汐会を見極メ、斉ク切込可申所肝要ニ而、毫髪之遅速、聊先後之位違ニ而大勝・大敗之分るゝ所、野試合之眼目自然活溌之妙用此ニ可有之奉存候」と記されており、対陣して西洋銃陣を行わせながらも、戦闘の最終局面の刀による短兵接戦(白兵戦)が野試合の眼目であると記されている。
 一方、山口県文書館所蔵の『斎藤弥九郎ノ江戸葛飾邸借用願出書』は長州藩に対して野試合の演練習のために長州藩の江戸の葛飾邸の借用を願い出たものであるが、そこには「是迠鉄炮を歩卒之業与賤シメ侮とり候ものとも一時ニ鉄炮稽古相始、強敵を百歩之外ニ倒ス無類之利器妙術也与弱武者共俄ニ信仰いたし、勝利は短兵接戦ニ有之事をしらず、剱鎗之術は苦心骨折難儀成、相厭先ツ当分間ニ合之炮術日月押移年若之者とも剱鎗之稽古不致様成、水戸中納言様殊之外御歎息被為遊、剱鎗は本朝第一之利器利術武人専務ニ修行可致候処、鉄炮已而論シ候而者大事を誤るべく、右ニ付剱鎗為引立野試合調練可組旨被仰出候ニ付、難有御請仕候得共」と記されている。この資料からも齋藤弥九郎は勝敗は短兵接戦(白兵戦)にかかっていると考えていたと読み取れる。
 したがって齋藤弥九郎の野試合の目的は西洋銃陣によって両軍が対陣する先進的な形を取りながら、最終的には短兵接戦のための剣術の稽古にあった。
『斎藤弥九郎ノ江戸葛飾邸借用願出書』からは徳川斉昭が剣鎗の稽古をさせる目的のために斎藤弥九郎に野試合を組み立てるように依頼したとも読み取れる。

3.野試合の東西両陣の編成
 野試合の部隊の編成は西洋銃陣に基づくものであるため、東西の2陣には大司令をおき、そのもとに把協、教佐などを配置。東西をそれぞれ各6隊で編成し、1隊には司令官、教導、添役を置き、1隊は各39名で構成している。
 この東西両陣のほかに本陣詰として旗奉行、合図奉行、金打方や医師などをおき運営にあたらせている。したがって総人数は500名以上となった。

4. 野試合の進行
 野試合の進行順はあらかじめ決められており、以下のように行われたと思われる。

(1)「東西分隊対陣」・・・東西の分隊が対陣、銃撃
(2)「前隊単列騎馬掛り口」・・・騎馬による攻撃
(3)「戦士先鋒真中ノ勝負各隊接戦」・・・先鋒が両陣の真中で剣術の試合
(4)「大隊鉄炮投捨短兵接戦惣掛リ、戦士討死」・・・総がかりの剣術の試合

 試合は次に述べるように防具を着用して行われた。騎馬による攻撃は齋藤弥九郎墓碑銘に「突騎長鎗」とある2)ように槍を用いて行われたものと思われる。

5.剣術試合の規則
 試合の規則を『練兵館野試合草教』から拾い出して箇条書きにすると以下のようになる。
(1)竹刀の長さは4尺5寸以内
(2)防具外れへの打撃の禁止
(3)1人へ復数の者がかかる事を禁止
(4)逃げる敵を追い討つ事を禁止
(5)勝負は5本。厳格な勝負を好むものは一本勝負
(6)組討は目録以上の者に限る。




 羽田空港の第2旅客ターミナル3階にあるディスカバリーミュージアムで「武将の美学ー威厳の極致」という展示をしていました。刀の鍔や目貫等の展示です。細川家の物が展示してありました。入場無料で小さな美術館ですが、なかなか良い展示でした。フラッシュを使わなければ撮影も許されていました。何回かに分けて写真を載せますが、暗い場所でフラッシュなしの画像です。
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  1. 2012/09/11(火) 21:25:46|
  2. 武道史

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 3

Ⅳ 齋藤弥九郎の野試合成立の経緯
1. 齋藤弥九郎と高島流砲術
 齋藤弥九郎は江川英龍の家人であるが、高島流砲術に関心があった江川英龍の影響もあり、高島秋帆が天保12年(1841)5月に行った徳丸ケ原の砲術調練に砲手として参加しており4)、早くから西洋砲術に関する知識を有していた。徳丸ケ原の砲術調練を描いた『阿蘭陀直伝高島流砲術巻』5)(写真2)には砲手として齋藤弥九郎の名も記されている。
 また江川英龍も天保12年(1841)4月には高島秋帆に入門し、免許を得て教授しており6)、英龍の家人であった齋藤弥九郎は英龍を通じて高島流砲術に関する知識を得続けることができたものと思われる。
 さらに天保12年(1841)の徳丸ケ原の砲術調練から齋藤弥九郎が安政3年(1856)に野試合を行なうまでの間には多くの西洋砲術関係の翻訳書が出されており、それらも目にする機会があったと考えられる。
 天保12年(1841)の徳丸ケ原の砲術調練頃から安政3年(1856)の齋藤弥九郎の野試合が行われた頃までの齋藤弥九郎の動向、西洋砲術関係書の翻訳、また西洋砲術家の動きをとりあげると以下の表1(表は省略)のようにまとめることができる。
  この表を見ても明らかなように天保11年(1841)から安政3年(1856)までの間に斎藤弥九郎は西洋砲術関係の知識を得ることが可能であった。





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 9月15日(土)午後4時より午後8時まで福岡県久留米市の久留米市北野コスモス館(久留米市北野町高良1706番地1)交流ホールで無雙神傳英信流抜刀兵法の指導を行います。興味のある方は久留米道場の連絡先へご連絡ください。

 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

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  1. 2012/09/12(水) 21:25:24|
  2. 武道史

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 4

2.木戸孝允の日記に見る野試合の成立過程
 木戸孝允は嘉永5年(1852)11月下旬に齋藤弥九郎の門下となるが、嘉永6年(1853)正月より6月までのことを『日々記事』9)に記している。『日々記事』の内容については『剣客斎藤弥九郎伝』3)に載せられているが、この『日々記事』には野試合の成立にかかわる記述が存在する。その箇所のみを拾い上げてまとめてみると表2(表2省略)のようになる。

 木戸孝允はこの間、4月26日から西洋陣法の習練をさせられており、齋藤弥九郎はこのころから野試合の構想を具現化させていったのではないだろうか。
1月から5月までの間、木戸は『兵要録』を読み、筆写し、齋藤弥九郎自身からの講義も受けているが、『兵要録』は長沼流兵学を始めた長沼澹斎(1635~1690)によって寛文年間(1661~1673)に書かれた兵学書で「練兵」に最も多くの巻数を費やし、その巻頭に「武備のうち最も重要なのは士を訓練することであり、不教の民をもって戦うならば、それは捨てることである」と述べている12)。また、『孫子』の講義も受けており、西洋砲術にのみ偏った教育は受けていない。
 これは前述の資料2の文中に「門人共諸家方より罷出天下之諸銃和漢蘭之陣法熟練可仕手便と相考」とあるように齋藤弥九郎は西洋砲術のみを重視しておらず、日本の兵学や中国の兵学をも必要に応じて取り入れるべきと考えていたと思われる。
このような過程を経て5月23日には長州藩の江戸櫻田藩邸において「門生両絶、以鞭換銃為西洋陣、而直両軍大戦、」をしているがこれは銃を用いて陣形をとる演習の後すぐに防具を着用して両軍入り乱れて試合をなしていると考えられる。つまり、嘉永6年(1853)五月頃には安政3年(1856)に行なわれた野試合の雛形が出来上がっていたのではないだろうか。
 なお、5月26日に「晝後同生試鎗術」と練兵館において槍術の稽古をしたという記述があるが、氷見市教育委員会所蔵の斎藤家文書の『鎗術目録メモ』(資料4)(写真3)(写真3省略)は齋藤弥九郎が鎗術を工夫していた事を推定させる資料であり、次の「Ⅴ 野試合成立の背景 3.水戸藩の神発流銃陣について」でみるように水戸藩が短兵接戦にかんがみ、槍備えを廃しなかったことと関係する可能性もある。




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 9月15日(土)午後4時より午後8時まで福岡県久留米市の久留米市北野コスモス館(久留米市北野町高良1706番地1)交流ホールで無雙神傳英信流抜刀兵法の指導を行います。興味のある方は久留米道場の連絡先へご連絡ください。


 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/09/13(木) 21:25:41|
  2. 武道史

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 4

Ⅴ 野試合成立の背景
1.短兵接戦
 『江戸の兵学思想』13)に「一般的に古来の兵家者流には、「夷の戦略」-西洋兵法―の長所でもあり、短所でもあるものは火砲第一主義であるとする抜きがたい先入観があった。」と記されているように当時の日本人には西洋人は遠方からの砲撃・射撃には長じているが、白兵戦には長じていないという考えがあった。したがって攘夷のための戦法として「短兵接戦主義」が考えられた。
山鹿素水は嘉永元年(1853)の『海備全策 巻之三』14)「海岸戌兵之大意」において次のように述べている。
「夷ノ上陸スル寸ニ及ひ会戦セントスルニハ 雙輪車ニ架シタル百目二百目ヲ先途ニ進メ 足軽兵士其跡ニツヽキ 十挺廿挺ノ大礟ヲ込替々々間断ナク打立々々疾進ンテ神速ニ彼カ手元へ入ルヲ要トスヘシ ステニ其間十間内外ニ詰ルスンハ大礟ヲ打出シカタケレハ足軽士の小筒ヲ以テ一放ナシテ烟ノ中ヨリ撃入スルを要トスヘシ 手元ニサヘ詰レハ必勝更ニ疑ナシト雖 容易ニ撃入スルノ図マテ詰ルコトアタワスシテ打弊サレン 故ニ我ヨリ発スル車臺ノ筒モ敵ヲ打弊スヨリハ我敷ヲ詰ル迄ノ楯ノ心ニテ如何ニモ烈シク打立ルヲ要トシ彼ヲ打弊スヲ主ト思フヘカラス 吾如何ニ進ントスルトモ彼カ弾丸ノ烈シク来ル前エ偶然トハ進カタシ 此炮ヲ以テ打立ルヲ競ヒトシ我士卒ノ打弊サルヽヲ乗踏越無二無三ニ手詰ニ至ランニハ 打弊サレタル兵寡クモステニ彼カ隊中ニ撃入テハ吾一人ハ彼カ十人ニ敵スヘシ 此時ハ槍ニ練達ナシタラン者ハ元ヨリ槍ニテ突立ヘシト雖サマテ其業ノ熟セサルハ刀ヲ震ツテ縦横ニ切立捲リ立ルニ利多カラン 足軽ノ炮ヲ取廻シ得サルニハ長巻ヲ持セテ切立突立サスルニ利アラン 長巻ナラスンハ刀ヲ震ツテ撃入サスヘシ 一陣如此撃入タランビハ其余ハ乗シテ撃入ニ易カルヘシ 然ラスシテ足軽長柄兵士の三兵ヲ次第ノ如ク闘ワセンコトハ決シテナルヘキコトニハ非サル也
我邦中古ノ戦風ハ手詰ヲ専ラニナスカ故ニ懸リ口ヨリシテ彼我ノ虚実ヲ転シ寄正ノ運転等手強キ中ニモ高上ノ術モ多シト雖 夷ノ戦略ニ至テハ更ニ此味ヒナシ 彼ハ遠隔テ大小ノ炮ヲ以テ打合マテナレハ 先頭ノ上ニ於テハ猛烈ナル勝負アルコトナク至テ手弱シ 其猛烈トシテ恐懼スル所以ノモノハ炮ノミナリ ステニ手詰ニ至テハ炮ノ如モ施スコトアタワス戎衣モ粧ワス 鈍刃ヲ執テ闘フナレハ其兵虎ノ如ク熊ノ如シト云モ更ニ恐懼スルニ足ラス 我兵士気衰弱シテ中古ニ比スレハ甚タ弱シト云モ 堅甲ヲマトヒ利鋭ノ刀槍ヲ震ヒ一刀ニシテ人体ヲ両断ニナスノ猛烈ナル彼何ソ当ルコトヲ得ン 隊中ニ撃入スル寸ニ当ラハ実ニ一人百人ニ敵スルニ足ヘシ」
文中に「彼ハ遠隔テ大小ノ炮ヲ以テ打合マテナレハ」とあるように、山鹿素水は西洋は白兵戦を行なわないという発想があり、したがって短兵接戦を行なえば「隊中ニ撃入スル寸ニ当ラハ実ニ一人百人ニ敵スルニ足ヘシ」という結果となると考えている。これは「2.長州藩の神器陣について」で述べる長州藩の神器陣の考え方と基本的に同じものである。
 嘉永4年(1851)に山鹿素水に入門した吉田松陰は安政5年(1858)の著作である『西洋歩兵論』15)に次のように述べている。
「・・・西洋人、歩兵を以て軍の骨子となす、是れ孫子の所謂正なり。其の他騎兵・砲兵等は所謂奇なり。余因って思ふ、正は西洋歩兵の節制をとるに如かず、奇は本邦固有の短兵接戦を用いるに如かずと。扠其の正を以て合うと云ふは敵にも正あれば我もまた正を用ひて、相対して敵と抗衡する心なり。・・・是正を以て合ふのことにして、敗れざるの道なり。戦勝の道に至りては、全く奇を以て勝つの上にあることなり、己に正を以て合ふ上は、精兵の弓銃士又短兵隊等或は聚まり、或は五人七人も合し、或は十五二十も合し、敵の横を衝き、後を破り、又其の色めくに乗じては短兵三五十も一斉に衝き掛り、或は大砲を用ひて敵の中軍後勁を粉砕し抔する類、奇を以て勝つの法なり。今余が西洋歩兵を学ぶことを論ずるを以て、我が國固有の得手を失はんことを患ふるものあり、大に是れ事を解せざるものと云ふべし。余が西洋歩兵を用ふるは即ち我が國固有の得手を自在に使用せんとの手段なり」
吉田松陰は山鹿素水のように銃砲を用いるのは短兵接戦に持ち込むためだという安直な考えは持っていないものの、敵の歩兵に対して歩兵を用い敵と対抗した上で、奇兵として短兵接戦にもちこんで勝利を得ることを考えている。山鹿素水ほどではないにしても短兵接戦は我が国の優れた戦法であるという考え方から離れてはいない。



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  1. 2012/09/14(金) 21:25:30|
  2. 武道史

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 6

2.長州藩の神器陣について
 長州藩では文化以降、外国船の出没にたいして海防のため文化12年(1829)に神器陣の編成を始めた。神器陣の陣形は「車臺大筒を中心として左右に十匁筒三四十を備え刀鎗の数隊を其後に配置し大筒小筒交々乱射して敵兵の色稍動くを機とし刀鎗の諸隊は硝煙濛々の間より突然出現して敵兵を撃つものにして何等の勁敵も必ず敗走せざるはなけん是一を以て千を破るの法なり」というもので勝敗を「短兵接戦」に求めるものであった。
 文化14年(1831)2月には神器陣の第一次大操練を行なったが、砲術は和式砲術の三島流・天山流をもとにしたものである16)。
 この神器陣は安政6年(1859)に軍制改革によって廃絶され、西洋銃陣を中心としたものに改変されるが、『旗下操練大綱』には「西洋諸国用ふる所の撒戦法は未だ詳知せずと雖ども本邦古来の武術は弓馬刀槍銃砲等悉く皆独立戦法を専らとするものなれば之を活用せば所謂軽兵撒戦の用を為すを得べし」17)とあり、弓馬刀槍などの旧来の日本武術の活用を捨ててはおらず「短兵接戦主義」は払拭されてはいない。



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「Kundalini Yoga Fukuoka」 大石馨先生のクンダリーニヨガのクラスのホームページを道標内のリンクと貫汪館H.Pのリンクに加えました。
 11月10日/11日(土曜・日曜)場所 : 阿蘇西原村 文化創造館 「風流・かざる」にて
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  1. 2012/09/15(土) 21:25:08|
  2. 武道史

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3.水戸藩の神発流銃陣について
 水戸藩では天保12年(1841)に2名の水戸藩士を高島秋帆に入門させ高島流砲術の皆伝を得させている。この西洋砲術と銃陣をもとに大極陣を創案した。天保14年(1843)には徳川斉昭は大極陣銃技と同心らの銃隊進退を見分している18)。
 大極陣では実用の立場から同心の弓持を廃止したが、全藩士の軍役にすべての弓槍を全廃することがなかったなど従来の軍制の遺制を残していた。そこでさらに改良の声が上がり安政2年(1855)に弓組・長柄組を廃止し、全藩士を銃陣体制に組み込もうとした。同年10月には大極陣の旧称をやめて神発流銃陣と改められた。しかし備え組は総鉄砲備えと槍備えの二様の組織とされた。これは徳川斉昭の「御国にて長技とする品にて我こそ得たりと思う道具を構え敵陣を乗崩し突立て切立て候はは必勝疑ふべからず」という主張によるとされるが19)、ここにも「短兵接戦主義」をみることができる。
 徳川斉昭の「短兵接戦主義」は嘉永7年(1854)に老中阿部正弘に宛てられた『海防愚存』20)にも記されている。
「鎗剣手詰めの勝負は神国の長ずる処に候間、御旗本、御家人はもちろん、諸家一統、試合、実用の槍剣、ことごとく錬磨いたしき義にこれあり候こと。
 本文槍剣の義、神国の長技たること申すに及ばず、近来試合の槍剣に至り候ては、その妙極まり候。然るに、蘭学者の説行われ、外夷船艦銃礟の堅利なるに恐れ、所詮外夷には勝こと能はざる様に思ふものなきにしもあらず。これその一を知りてその二を知らずと云ふべし。戦艦銃礟は手詰の勝負に便ならず、たとへ彼の夷人、一端は近海の地を侵すといふとも、上陸せざればその慾を逞ふすることを得ず。我が壮勇の士卒を撰み、槍剣の隊を備へ、機に臨み変に応じ、我が長技を以て彼が短なる所を制し、横合いより突きて出で、或いは敵の後より切り廻ル、電光石火の如く決戦せば、彼の夷賊を鏖にせんこと掌の中にあるべし。されば神国の武士たらんもの、第一に槍、剣の二技錬磨せずんばあるべからず。」
 このような徳川斉昭の「短兵接戦主義」が水戸藩の神発流銃陣から槍備えを排除しなかった。



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  1. 2012/09/16(日) 21:25:28|
  2. 武道史

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 8

4.旧来の野試合について
 齋藤弥九郎が安政3年(1856)の野試合は資料3の松平河内守宛書簡に「従来野試合心掛罷在候所、近来火術益々盛ニ相成候ニ付而者、此上戦争者総而剣炮二術ニ限り可申奉存候、因而者双方戦士ニ筒打詰、間合何十歩ニ至り候時汐会を見極メ、斉ク切込」とあるように旧来の野試合に西洋銃陣を合わせて行ったものと見ることができる。
 『十九世紀に於ける日本体育の研究』には旧来の野試合は会津藩の野試合のように洋式調練との関係は認められないが、嘉永、安政以降になると洋式操練の影響や戦場実用の立場から白兵戦のための訓練としておこなわれるようになり、慶応元年(1865)から翌年にかけて大坂玉造講武所で行われた野試合や打割剣術等は会津藩の野試合よりも遥かに洋式兵法の影響を受けた実戦実用を目標とした集団武芸であった21)と記されているが、どのような点が洋式兵法の影響を受けたものかは記されていない。
文久元年(1861)に行われた天然理心流の野試合は紅白2陣、各35名ずつで対抗して行われた22)ようであるが洋式調練と関係があるようには思えない。
 また『十九世紀に於ける日本体育の研究』では騎戦調練を従来馬場乗、遠乗、騎射、打毬等として行われていたものと槍剣術とを総合的に訓練しようとするものであったとしながら、戦術が完全に西洋式に移行するまでの時代順応策の現れとも見られるとしている。
 騎戦調練は洋式調練とはかけ離れたものであり、安政2年(1855)頃から安政4年(1857)頃にかけて江戸麹町原において行われた炮烙調練は「赤白の差物にて所謂源平に傚へ戦争の調練なり衆眼を驚かす銘々甲冑またハ竹具足等を着し甲の前立に土器を付け各馬上にて東西に隊を分け使番ありて馬を馳せ双方示令を将帥に告げ将帥麾を懸れば東西寄せ来り槍剣の試合にて右の土器打破られたる者負けとなる」23)という形式で行われている。『講武所』では、この江戸麹町で行われた騎戦調練を講武所の洋式調練が銃を用いるのを見るとこれを潔しとしなかった武士が行ったものという見方24)をしており、時代に逆行する調練とみている。



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  1. 2012/09/17(月) 21:25:16|
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Ⅵ 銃鎗(剣)の使用について
1.ヨーロッパにおける状況
 16世紀における小銃の有効射程は100メートルで2分間に1発程度の発射速度であり火力単独では敵を防御できず、長剣を銃手に携行させた。また騎兵の襲撃に対する歩兵の援護手段として槍を集団的に使用していた。1660年代にフランス兵が短剣を銃口に縛着して敵陣に突入したところから、銃剣の使用が始まり、1703年にはフランス陸軍制式兵器となって軍における槍の装備は騎兵を除いて逐次姿を消していった25)。この状況はヨーロッパ各国においてもほぼ同じであったと考えられる。

2.高島流における銃鎗(剣)の使用とその批判並びに擁護論
 高島秋帆の天保12年(1841)の徳丸ケ原の砲術調練では和蘭の砲術を元にした高島流であるため当然のことながら「一、ゲウエ―ルへ鎗を付け、一重備へに変じ、敵に突かけ打方」26)と銃鎗(剣)の使用が行なわれている。
 この銃鎗(剣)の使用に対して幕府鉄砲方の井上左太夫は次のように批判している。 「また、筒先に鎗穂の如き物取りはずしに仕り、日本の筒より便利の様に相見え候へども、・・・日本にては鎗、長刀ならびに間近に相成り候へば帯刀の業もこれあり候故、鎗の如きものは不要にて」26)
 この批判はヨーロッパにおける戦闘を知らないものにとっては自然なものかもしれないが、井上左太夫の意見を問答形式で論評した金令山人(鈴木春山)は次のように銃鎗(剣)の使用を擁護している。「また日本においては鎗、長刀間近に相成り候へば、帯刀の業もこれあり候故、鎗の如きものは不要云々と申し候へども、鎗、長刀、のうへになほまた鉄砲にも鎗付きをり候はば、それだけが助けと存じ候」26)
 また、江川英龍も銃鎗(剣)を擁護する立場であり、江川坦庵全集には井上左太夫の論に対して、「彼らはまた吾國には長刀太刀槍あるが故に銃槍は不用なりというが、それ吶喊して敵陣を突くの戦法を知らざるの言なり。鐡砲組にして槍組を兼ね得ると兼ね得ざるといずれが便なるや。」27)と弁駁の要旨が記されている。



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  1. 2012/09/18(火) 21:25:48|
  2. 武道史

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 10

3.銃鎗(剣)の使用に関する翻訳書について
 銃槍(剣)の使用は高島秋帆の徳丸ケ原の砲術調練においてすでに行われており、齊藤弥九郎もその使用法について知見を有していた。また弘化4年(1847)に高野長英によって翻訳された『三兵答古知幾』の刊行は安政3年(1856)であるが、弘化4年(1847)以降写本として流布しており江川英龍や齊藤弥九郎も写本の段階で入手していたと考えられている3)ため齊藤弥九郎は『三兵答古知幾』に関して知識を持っていたであろう。
 『三兵答古知幾』には銃槍(剣)の使用に関しての記述がある。たとえば『三兵答古知幾 巻之九』の「歩兵戦法之部 同条陣法挑戦定法」には「銃槍ヲ以テ進撃し・・・大喊ヲ発シ、而敵に衝入スルノ時」と記され、『三兵答古知幾 巻之十』の「第四戦闘法之二 同上先例」には「直チニ其銃ヲ点発シ、且ツ一斉ニ銃鎗(ハヨネット)ヲ以テ拂朗察軍ヲ衝ク」28)と記されている。また、嘉永元年(1848)に刊行された『炮術言葉』29)(写真4)にも「剣付」「剣取」などの言葉とその解説が載せられており、安政2年(1855)に出版された『歩操軌範』(牧天穆訳)に合わせて売出された「歩操軌範生兵教練・鎗銃点放号令双六」30)にも「鎗(けん)付へ」「鎗(けん)外セ」の号令とともにその動作を示す絵が描かれるなど齋藤弥九郎には銃槍(剣)の使用に関する知識はあったものと考えられる。



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  1. 2012/09/19(水) 21:25:23|
  2. 武道史

軸のブレ

 無雙神傳英信流抜刀兵法で運剱の後の斬撃で軸がぶれてしまうのは刀が肚中心に動いていないからです。
 刀を振り上げようとして体が刀にとられ前に傾き、斬撃の反動に負けまいとして後傾してしまうというのは、何時如何なる時にもどの様にでも動けるという状態からは程遠いものです。
 これを解消するためにはまず、自分が刀を振り上げ振りおろすという思いを捨てなければなりません。その思いがある限り体は刀にとられてしまいます。あくまでも体のすべての力みを捨て臍下の働きが刀の先にまで及ぶのだと観念し、たとへまどろっこしくても、そうなるように稽古を積まねばないません。

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  1. 2012/09/19(水) 23:05:36|
  2. 居合 業

練兵館 齋藤弥九郎の野試合について 11

Ⅶ まとめ
 齋藤弥九郎は旧来の野試合を西洋砲術の時代に合うように作り変え、西洋銃陣をもって対陣させ、騎兵の運用も行いながら最後の短兵接戦において防具を着用させ試合を行わせる演練を行わせた。
 これは極端な「短兵接戦主義」を廃したものであったが、『斎藤弥九郎ノ江戸葛飾邸借用願出書』に記されているように「勝利は短兵接戦ニ有之事をしらず」と短兵接戦を重視するものであった。また、高島流で使用されていた銃槍(剣)を用いず、『練兵館野試合草教』中の「鉄炮投捨短兵接戦」という言葉に表れているように、鉄砲を投げ捨てて刀によって短兵接戦を行おうとするものであった。
 短兵接戦そのものは西洋においても銃槍(剣)による白兵戦が行われているため否定されるべきものではない。しかし銃槍(剣)を用いず刀で短兵接戦を行うことは当時の武士の気質にかなうものであったかもしれないが、坂本龍馬の書翰に「つひにハ惣人数の銃が少くなり申ものにて候間」とあるように近代戦においては最良の策とはいえない。
 『剣客斎藤弥九郎伝』3)には「安政三年に講武所と芝新銭座大小砲練習場が開設され、本格的に洋式銃隊の調練が行なわれる以前に斎藤弥九郎がその道の研究と実践の第一人者であったといってよかろう。」と記されているが、江川英龍と同時期に高島秋帆の門人となった下曽根金三郎は安政3年(1856)3月12日に武州駒場野において老中、若年寄の前で大規模な洋式調練を行なっており26)、嘉永6年(1853)のペリー来航後の門人は数万人に及んだといわれるため30)、齋藤弥九郎が洋式調練の第一人者であるということはない。
齋藤弥九郎の野試合の意義は西洋銃陣をもって銃を用いて対戦しながらも戦闘の最終局面の短兵接戦で銃を手にした銃手に日本伝来の剣術を用いて戦わせることを確立したことにあったと考えられる。これは長州藩の神器陣や水戸藩の神発流銃陣における銃を持たずに短兵接戦のみの人員を置くという欠点を改善したものでもあった。

Ⅶ. おわりに
第2次長州征討とその後の戊辰戦争においても諸書の記録を見ると銃を捨て刀で戦うという記述がある。一方で幕府陸軍の歩兵は武士階級の出身ではなく、刀も支給されていないため戊辰戦争において銃槍(剣)を用いたという記録がある。
また幕末期の翻訳書には簡単な銃槍(剣)の訓練方法が記されたものもある。それは10名程度で集団教授されたものであったらしい。今後、幕末期の銃槍(剣)の訓練がどのようなものであったか、またそれが日本の武道教育に影響を与えたものであったか否かを明らかにする必要もある。


 
本発表に当ってはつぎの方々に御指導とご協力を賜りました。

富山県氷見市教育委員会 小谷超様
広島県立文書館 西村晃様
板橋区郷土資料館館長 小西雅徳様


 心より御礼申しあげます。






1)宮地佐一郎『龍馬の手紙』株式会社講談社,2010年
2)大坪武門『幕末偉人 斎藤彌九郎傳』京橋堂書店,1918年
3)木村紀八郎『剣客齋藤弥九郎伝』鳥影社,2001年
4)戸羽山瀚『江川坦庵全集上巻』江川坦庵全集刊行会,1954年
5)水戸藩伊村栄以写カ『阿蘭陀直伝高島流砲術巻』,1841年,板橋区郷土資料館所蔵
6)仲田正之『江川坦庵』吉川弘文館,2009年
7)有馬成甫『高島秋帆』吉川弘文館,1958年
8)大槻如電『新撰洋学史年表』柏林書店,1963年
9)妻木忠太『木戸孝允遺文集』泰山房,1842
10)福井保『江戸幕府刊行物』雄松堂出版,1985年
11)日蘭学会編『洋学史事典』雄松堂出版,1984年
12)石岡久夫『日本兵法史』雄山閣,1972年
  石岡久夫編『日本兵法全集4長沼流兵法』厚徳社,1967年
13)野口武彦『江戸の兵学思想』中央公論社,1991年
14)山鹿素水『海備全策 徳・教』,嘉永元年(1853)刊の嘉永6年(1853)複写,神戸大学附属図書館住田文庫
15)山口県教育委員会編『吉田松陰全集 第五巻』大和書房,1986年
16)末松謙澄『防長回天史一(復刻版)』マツノ書店,2009年
17)末松謙澄『防長回天史二(復刻版)』マツノ書店,2009年
18) 水戸市史編纂委員会編集『水戸市史中巻(三)』水戸市役所,1984年
19)水戸市史編纂委員会編集『水戸市史中巻(四)』水戸市役所,1982年
20)勝海舟全集刊行会編『勝海舟全集13 陸軍歴史Ⅲ』講談社,1966年
21)今村嘉雄『十九世紀に於ける日本体育の研究』不昧堂書店,1967年
22)小島政孝『新撰組余滴(改訂版)』小島資料館,2004年
23)吉野真保『嘉永明治年間録 第4冊』甫喜山景雄,1883年
24)安藤直方『東京市史外篇 講武所』聚海書林,1988年
25)編集責任者兼坂弘道『銃剣道百年史』(社)全日本銃剣道連盟,2007年
26)勝海舟全集刊行会編『勝海舟全集11 陸軍歴史Ⅰ』講談社,1964年
27)戸羽山瀚『江川坦庵全集 別巻』巌南堂書店,1972年
28)高野長英全集刊行会編『高野長英全集 第三巻』第一書房,1978年
29)五守館蔵版『炮術言葉』,板橋区郷土資料館所蔵
30)国立歴史民俗博物館編『歴史の中の鉄砲伝来 種子島から戊辰戦争まで』(財)歴史民俗博物館振興会,2006年





 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

 11月10日/11日(土曜・日曜)場所 : 阿蘇西原村 文化創造館 「風流・かざる」にて
 Kundalini Yoga Workshop in ASO が行われます。詳しくは下記のページをご覧ください。
Kundalini Yoga Workshop in ASO(←クリックしてください)


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/09/20(木) 21:25:04|
  2. 武道史

久留米での稽古

 先週15日(土)に久留米で指導をしてまいりました。今から述べる気付きは久留米で稽古されている方にも広島で稽古されている方にも当てはまることですので、よく自分の身に置き換えて考えて稽古されてください。
 第一に稽古は己自身が探究し工夫し己と戦うものであるという事を自分自身に言い聞かせなければなりません。指導を受けたことを通り一遍言葉の上だけで理解し、また自分自身の状態も良く把握しないままにこの程度でよかろうと思っては絶対になりません。
 指導する側からすれば課題を与えているにすぎずそれを解決するのは、各人であり、当然習得にかかる時間はその努力によって遅速はあるものと長い目で見て指導しています。「それではだめです」と言わないのは習得が簡単にできるものではないからで、指導してしばらくの間は駄目なのはわかりきった事だからです。それを自分自身の考えでこのくらいでできているだろうと考えるのは、あまりに浅いとらえ方にすぎません。できてきたら、その旨を言い、次の課題を与えるようにしています。できていないうちには何も言いませんので「まだまだ、遠いのだと観念して努力して習得するように努めなければなりません。その過程で分からないことがあれば自分でわかったつもりにならず、質問する姿勢を身に着けてください。
 第二に稽古の大半は道場外でなすものだと心ええください。座ることも歩くことも、体の力みを極力なくして動くことも全ては日常生活の中で稽古できることです。稽古は道場内だけと思っていたら進歩はありません。
 第三に、特に初心の内には極力努めて道場に出る時間を確保しなければなりません。道場に出れば、稽古への覚悟は定まり、また、他の方がおられますので他の方の動きは必ず目にするはずです。
 他の方の動きが目に入れば自分に置き換えてみてどうかという事を感じることができるはずです。
 第四に習得できるかどうか、習得できているかどうかは稽古年数の多寡によりません。稽古の質が大切でたとえ長年稽古していても、たった1回良い稽古をしたものに技の上で追い越されることがあるものです。自分はもう何年稽古しているとか、何回稽古しているという思いが少しでも起こったら自分は危ない状態にあるのだと思ってください。
 第5に、不必要な知識を得てそれを身に着けようとはしないでください。師の弟子にも本で読んできたような事、テレビでたまたま見たようなことを道場内でやって得意然としておられる方がおられました。流派ごとに教習体系も考え方も異なるので流派というものがあるのです。教えられてもいないようなことをすれば、その流派の動きが身につかないのは当たり前です。


 16日の早朝船小屋温泉のそばの矢部川を見ました。写真は数年前に車中泊をした川土手からです。田舎の美しい川なのですが、二か月前の豪雨の跡の流木が残っていました。
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 9月23日(日)に貫汪館居合講習会を行います。今回は澁川一流の居合・鎖鎌・半棒の稽古をいたします。御案内を貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法 稽古のページに載ておりますので御覧の上どなたでも御参加ください。

 11月10日/11日(土曜・日曜)場所 : 阿蘇西原村 文化創造館 「風流・かざる」にて
 Kundalini Yoga Workshop in ASO が行われます。詳しくは下記のページをご覧ください。
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 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/09/21(金) 21:25:14|
  2. 居合 総論

日本武道学会第45回大会雑感 1

 日本武道学会第45回大会で感じたことを記します。
 『武道関係擁護に関する研究-古典文学を中心に-』という発表があったのですが、その冒頭部分で
 「現在、日本武道協議会に加盟しているのは、柔道、剣道、弓道、合気道、なぎなた、空手、相撲、少林寺拳法の9種目であり、これらを総称しえ武道といっているが、この中で銃剣道は明治以降にヨーロッパから伝わった銃剣術を取り入れて成立したものであり、日本古来のものではない。また、合気道や少林寺拳法は近代以降成立したものであり、日本における長い歴史を有しているわけではない。・・・」
 という内容がありました。これに異議を唱えたのが通称、富木流合気道の某大学の教授で、「竹下海軍大将はその日記で大東流合気柔道の植芝先生が来られると、その日記に記しておられる、柔道とは柔術の事でつまり合気道は柔術なので」という趣旨の発言をされました。そういう理論づけをすれば確かに合気道は近代以降に成立したものではなくなりますが、この理論はおかしいように思います。
 植芝盛平が柔術ではなく合気道を名乗った時点が合気道の成立です。柔術から出たものであっても柔術ではないのです。これを柔術と言ってしまったら植芝盛平にも失礼です。
 日頃は合気道といって高尚なイメージを持たせ、柔術など問題にもせず、昨年は講道館柔道の方が当時の柔術より優れていたというような発言までしているのに、何かあったら歴史が古い柔術というのはいかにも都合がよすぎます。我々流派柔術を稽古しているものが柔術なのであって、あくまで合気道は合気道です。発言の内容がお粗末すぎます。

 ということで、いくら名のある大学教授でも自分の都合の良い発言をすることがあるというお話でした。
 
 昨日の写真の矢部川の少し上流の船小屋温泉のホテルがあるあたりの写真です。「がたがた橋」は大雨で流されていました。

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 11月10日/11日(土曜・日曜)場所 : 阿蘇西原村 文化創造館 「風流・かざる」にて
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  1. 2012/09/22(土) 21:25:33|
  2. 武道史

日本武道学会第45回大会雑感 2

 昨日の『武道関係擁護に関する研究-古典文学を中心に-』という発表で「この中で銃剣道は明治以降にヨーロッパから伝わった銃剣術を取り入れて成立したものであり、日本古来のものではない。」と意図的に銃剣道を際物扱いしていますが、銃剣道は高島秋保が高島流を起こした時から、その技は拙いものであっても存在しました。
 当時、銃剣ではなく銃鎗といったのは、その形状が片刃の形状ではなく先がとがった楔のような釘のような形状をしてたからです。
 つまり銃剣道は高島秋保の手ですでに日本化が始まっているのですが、その後は阿蘭陀の陸軍の書物を翻訳してオランダ流の銃剣術が、ついで幕府陸軍にフランス人教官が銃剣術を教えています。
 発表者にこのような知識がなかったので、質問が終わってから直接、軽く示唆したのですが研究者という者はよく調べもせずに、何かに書いてある事を鵜呑みにしてはならないという事例です。インターネットで検索しても私が記している道標に出てくるのですからそこから疑念を持って調べる必要があるのではないかと思います。

 それはさておいて、たとえ研究者に知識がなく、明治以降にヨーロッパから伝わった銃剣術を取り入れて成立したものであるとしたところで、その成立は合気道や少林寺拳法よりも古いものです。このように際物扱いするのは何か意図的なものを感じます。
 そういうことをいったら、だいたい鉄製の剱も元々日本にはないものなのです。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 11月10日/11日(土曜・日曜)場所 : 阿蘇西原村 文化創造館 「風流・かざる」にて
 Kundalini Yoga Workshop in ASO が行われます。大石先生のお嬢様、大石聲先生が主催されます。詳しくは下記のページをご覧ください。
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 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/09/23(日) 21:25:50|
  2. 武道史

貫汪館居合講習会

 昨日、居合講習会を行いました。今回の講習会では講習会のテーマを「澁川一流の形・・・居合をより深く理解するために」として鎖鎌と半棒、そして澁川一流柔術の居合の形を稽古しました。
 居合は最初に一人で形を行い自分自身の動きの質を高めてくのですが、現代ではそれがあだとなり、立派な外形を行う事が目的となり、その外形を競う競技までが出現したために対人関係の中で役に立たなければならない居合の稽古がかえって不自由な体を作ってしまうという結果を生み出してしまうようになりました。
 そこで今回の講習会では、立派な外形を作ろうとしていては業にならない鎖鎌の稽古を初めに行いついで半棒、、最後に居合の稽古を行いました。
 鎖鎌は分銅を当てたり、腕に巻きつけることが困難で外形を作る余裕はなく、また相手が斬りこんでくるために巻き付けた時点で安心はできず、相手の動きを封じるために鎌を用いなければなりません。また分銅を用いるためには体が柔らかくなければならないために固まる暇はなく、皆さん良い動きが自然に出るようになっていました。
 続く半棒の稽古でも鎖鎌の稽古の良い影響が出て形の手順を追いかけることなく、滑らかに居付くことなく固まることもありませんでした。打ち込んでもいつくことはありませんでした。
 最後のの居合の稽古も鎖鎌と半棒の稽古の良い影響で今まで固まったり居付いたりしていた方もそのような動きをされなくなりました。
 今後も講習会での稽古を忘れられずに、自由などのようにでも対応できる居合を目指して稽古してください。


 11月10日/11日(土曜・日曜)場所 : 阿蘇西原村 文化創造館 「風流・かざる」にて
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  1. 2012/09/24(月) 21:25:31|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

日本武道学会第45回大会雑感 3

 日本武道学会第45回大会で感じたことを記します。
『明治期における柔道投技の動きについて-姿勢と組み方、作りと掛け等―」という発表があったのですが、この発表の中で「講道館の草創期は流派にもよるが、小流柔術との競合があり、「講道館柔術」が自らの特徴としたのが「自然体であった」という話の展開があり、講道館柔道に比して他流派は投げられまいとして腰を引いた自護体を取るものが多かったという趣旨の話があったので、発表の後に質問しました。大体以下のようなやりとりです。
 「それは乱捕りにおけることのみをいっているのかどうか。」
 答え「乱捕りにおける特徴で、嘉納師範も形においては他流派も立派な姿勢を捕るところが多かったと記しておられた」
 「では他流派が乱捕りの工夫が遅れていたという事か」
 答え「遅れていたという事にはならないと思うが・・・・・。」

 結局、この当時、各流派がどのような稽古方法を取っていたか研究がなされておらず、講道館柔道中心史観であるから研究が進まないのです
 投げて1本という価値観を他流派に押し付けてしまえば、投げられても負けという価値観がなかった流派を稽古していた者は投げられまいとしてしまうのが当然です。
 多くの流派は投げられてしまっただけで負けという発想は持っていないのではないかと私は推定しています。それは幕末期に現れる組打稽古という言葉からも推定できますし、剱術の組打ちからも推定できます。渋川一流の意地稽古にも投げられたら終わりという発想はありません。
 また、柔術は素手と素手で正々堂々と戦うものというイメージをもたれてしまったのは講道館柔道の宣伝がうまかったためで、多くの柔術は素手と素手で勝負しましょうなどという発想で形は組まれていません。起倒流の影響を強く受けた扱心流でも野試合という稽古方法では相手が木刀や棒で打ちかかるのを投げる稽古をしたそうです。
 嘉納治五郎を神聖視していては研究は進まないと思います。 

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  1. 2012/09/25(火) 21:25:24|
  2. 武道史

上達しようと思ったら

 上達しようと思ったら、自分一人で稽古できることはしなければなりません。
 柔術の稽古であれば、立ったり蹲踞したりする稽古は5分もあれば何度でもできます。棒を回す稽古も5分もあれば何度でも回すことができます。居合の稽古であっても畳はなくても椅子の上に座り呼吸をすることはできます。5分も呼吸すれば心身の調和は保たれるはずです。
 澁川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生は「やっていれば上達する。」と言われましたが「やらなくても上達する。」とは言われませんでしたし、無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は「復習をちゃんとしてくる人でなければ。」と言われました。
 週に2時間程度の道場内の稽古だけで上達することは絶対にありません。上達はいかに一人で稽古してきたかにかかっています。また、上級者には稽古してきたか、いい加減にしかしなかったか、全くしなかったかはみてとれるものです。


 11月10日/11日(土曜・日曜)場所 : 阿蘇西原村 文化創造館 「風流・かざる」にて
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  1. 2012/09/26(水) 21:25:35|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

恥ずかしいと思う心

 誰しも稽古するからには上達したいという気持ちを持つはずです。稽古は自分との戦いであり、他者と競うものではないのですが、我関せずで他者がどれだけ上手になろうが、どれだけ先を行こうがわが道を行くという誤った覚悟を持ったら上達しようもありません。
 柔術の稽古で子供たちの棒廻しが自分より速かったら、当然の事ですが大人はこれに負けぬようにという気持ちを持つはずなのですが、1か月たっても2か月たっても、相変わらず遅いままで子供に追いつきもしない人は10年たっても20年たっても。それだけのことでしかありません。
 中学年までの子供は週に1時間しか稽古時間がないのに棒が速く回せ、週に2回稽古日があり3時間、2時間稽古時間があるのに追いつかないのを情けないと思わないようでは上達するはずもないのです。
 恥かしく思う気持ちがなければ心が改まるはずもなく、心が改まらなければ上達はありません。


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  1. 2012/09/27(木) 21:25:41|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

やはり積み重ね

 最近になって無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古に来ている一人の中学生が急に上達しました。
 長い間、礼法や歩むだけの稽古や、刀の抜き差しだけの稽古を大切にし、毎回自分の動きの歪に気づく繊細さを大切にして少しの動きであってもいい加減に済ますことはありませんでした。初発刀の稽古に入っても、手順を一通り教わっていても、途中で歪が生じてしまったらそれを正すことに専念していましたので、自分自身の稽古ではなかなか抜付けまでいたることはなく、鞘手柄手までの稽古に終始していたのですが、やっと花が咲いてきたという感じです。
 このように書くと、礼法や刀の抜き差しを時間を掛けて行なっていれば上達するように勘違いされる方もおられるのですが、大切なのは自分自身で自分のだめな動きに気づくかどうかであって、だめな動きに気づくことなく繰り返していたらだめな動きが身に付くだけだということを知らねばなりません。
 特に大人になって稽古を始められる方は早く上達したいと思われるためか、一つ一つの動きを大切に稽古されるという事がないように思います。これは柔術の稽古でも同じことです。早く上達しようとすれば繊細に積み重ねていくしかありません。

おかしなこと

 最近テレビでは日本が中国のメンツをつぶしたなどとまことしやかに述べる知識人がいますが意図的な発言でしょう。そのような事をテレビで視聴したら信じ込まされてしまう人もいると思います。メンツをつぶすつぶされたというのは正常な人間関係を維持している場合におこることです。
 そのように発言している知識人の家に泥棒が入り込み、知識人が自分の家で泥棒に遭遇し、泥棒がこの金は私の物ですと主張したら、メンツをつぶさないように相手の顔を立てながらどのように対応するのでしょうか。泥棒は凶器をちらつかせながら、あるいは実際に暴行を加えながら「この金は自分のものだ」と主張しているのです。ひょっとしたら「二人のものにしましょうね。」と対応するのでしょうか。
 日本は戦後ずっとスパイが自由に活動できる國でスパイに洗脳され無意識のうちに相手国の有利なように物事を進める知識人も存在しました。
 今はアメリカでさえ日本にとって有利な証拠をあえて出してる、まさに泥棒に盗られかねない状況であるのに、泥棒の論理に一理あるかのような対応をするのはよほど懐が豊かでいくらでも泥棒に分け与えることができる人なのでしょう。
 泥棒としては泥棒の理論が日本に通じたら、今後、台湾、フィリピン、ベトナムに自分の自分勝手な泥棒の理論を押し付けることが可能なのですから、これほど都合の良いことはありません。



 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2012/09/28(金) 21:25:01|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

古文書

 武道関係の古文書はたとえ、その家が代々伝えていたとしても明治以降にその家が流派を伝承することをやめた時には散逸してしまうことがあります。
 大石神影流では二代目の孫の大石進が三代目として流派を継承していくことが望まれていたのに、造園事業を東京で成功させようとして上京、始はよかったものの、やがで事業に失敗し大石本家の刀・鎗・古文書類は全て売り払われてしまいました。
 久留米藩の扱心流を代々伝えていた野田家も事情が似ているようです。本家の野田陣太郎は福岡に出て扱心一流を継承していましたが、その子達はこれを行なわず、江戸時代の道場は筑後市に残ったものの古文書類は全て売り払われてしまったようです。久留米の教育委員会が収集している古文書の中にも扱心流の物はありませんでしたので、今のところはどのような稽古が行なわれていたのか、日本武道館のDVDで形を演じておられた先生に直接聞いた御話しか今のところ手がかりがありません。
 貫汪館で稽古される方は、そのような古文書があるというお話を聞いたら、お願いして記録にとらせていただいてください。いつ散逸するか分かりません。 

 貫汪館居合講習会(澁川一流の鎖鎌・半棒・居合)の写真を貫汪館HPの無雙神傳英信流 行事のページに載せました。ご覧ください。

 裏庭に咲いていた青紫蘇の花です。紫蘇は植えないのに毎年芽を出し花を咲かせ実をつけます。
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  1. 2012/09/29(土) 21:25:18|
  2. 武道史

扱いません

 半棒の稽古では、棒を扱おうとするばかりに動きに歪が生じ、使えない動きになっている方があります。
 形稽古は形の稽古を通じてどのようにでも動ける心と体を養うことに目的がありますが、その目的を履き違えて、形を上手に行なおうとするために始に述べたような事が起こります。たとえその動きが力強く見えても、上級者は強くとか速くという想いで棒を用いているわけではありません。ただ体の中心の働きが棒に伝わっているだけで、自分自身が強く打ったとか払ったという実感はないのです。
 そのような動きになるためには自分の心と動きがどのような状態にあるのかを繊細に分析できなければなりません。自分の状態がわかるからそれを正す事ができるのです。ただ繰り返せば上達すると思っているようでは上達はありません。

 貫汪館HPの会報のページに貫汪館会報第72号を載せました。お読みください。

 先日両親を連れて君田温泉湯の森へ行ってきました。高齢の両親を日帰りで遠出させるわけにもいきませんので日帰りで泉質のよい君田温泉が便利がよく何回か出かけています。
 一枚目の写真は何とも言えぬ良い雰囲気の看板で二枚目が温泉の建物、三枚目は温泉の建物から山側を見たところです。露天風呂からの景色はもっと自然を感じることができます。最後の写真は湯の森の近くの景色です。のんびりした良い場所です。
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  1. 2012/09/30(日) 21:25:51|
  2. 柔術 総論

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