無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

齊藤新太郎と柳河藩

 齋藤弥九郎の長男である斉藤新太郎が廻国修行をしたとき、柳河藩にも立ち寄っています。氷見市教育委員会に所蔵される資料によると嘉永2年に試合した流派は大石神影流、家川念流、電撃抜討流、疋田豊五郎流、新陰流です。各流派の師範名が記されている部分のみをつなぎました。
yanagawaDSC02490.jpg

 柳河藩は藩の境を守らせるため必ずしも城下集住ではなかったためこの他にも稽古されていた流派や、教えていた師範はあると思います。このうち大石神影流と、新陰流は村上一刀の流れです。これは以前にも述べたことですが(「大石神影流と信抜流」kanoukan.blog78.fc2.com/blog-entry-282.html)大石神影流と柳河藩の新陰流そして信抜流は途中まで伝系が同じであり、一般に
奥山左衛門大夫宗次が丸目蔵人の弟子だという説があるため、大石神影流はタイ捨流の流れと思われがちですが、村上一刀の流れである柳河藩の新陰流の伝書にも大石神影流の伝書にも丸目蔵人の名はなく、また手数(形)の名もタイ捨流の形名とは異なっています。したがって奥山左衛門大夫は丸目蔵人に一時師事したのかもしれませんが、タイ捨流は教えはしなかったものと思います。
 また、信抜流ですがこれは 奥山左衛門大夫が真貫流としたものを永山大学が漢字を変えたのですが、信抜流の形名と柳河藩の新陰流・大石神影流の手数(形)とはその名称が大きく異なっています。
 村上一刀は奥山真貫流柔術を伝えていますので、もし剱術が真貫流であったなら新陰流ではなく柔術と同じく真貫流と名乗ったのではないかと思います。推論ですが、この系統では本来の新陰流と奥山左衛門大夫が作った真貫流を並行して教えており、村上一刀は剣術は真貫流ではなく新陰流のみを柳河藩に伝えたのではないでしょうか。今後の研究で明らかになればと思います。
家川念流は真庭念流の流れで、柳河に入り家川念流と称されました。使用されていた袋竹刀は以前「道標」に写真を載せています。
 電撃抜討流は明治維新以後にも残ってましたが残念ながら絶えたようです。防具着用の稽古においても、おりしいて腰に竹刀を取って抜打ちに小手に打ち込んだり、二刀を用いたりするなど、多彩な技を用いていたようです。
 疋田豊五郎流については現段階では何もわかりません。いつ柳河藩に伝えられたのか、どのような内容だったのか、いつか明らかになればと思っています。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/01(火) 21:25:54|
  2. 武道史

流刀の目付け

 流刀の納刀時、目付けが敵から離れる傾向がありますので気をつけなければ成りません。
 植田先生の形解説にあるように「(空を斬って居る者の後ろ首へ)刃部を左斜下へ向け右足を左前足に踏み揃へる同時に上体を前掛りに(右片手にて)大きく斬込・・・」のですがそのさい相手は自分が切り込んだ位置にへしゃげるようにつぶれるわけではありません。ここを勘違いしてしまうと倒れた敵に対する目付けの方向がおかしくなってしまいます。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/02(水) 21:25:54|
  2. 居合 業

流刀の斬撃

 流刀の斬撃ですが、植田先生の解説に「大きく斬込」とあるのを誤解して右ひじを伸ばしながら大きく半円を描きながら斬りこもうとするのは間違いです。「上体を前掛りに」という動きは相手との間が遠いためにする動きですので、このことを「大きく斬込」と記してあります。動きはそけいぶを用いることによって行なわれコンパクトかつ結果として遠い間を斬ることになります。

 連絡の通り5月5日(土)の稽古はお休みです。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/03(木) 21:25:38|
  2. 居合 業

流刀の納刀前の動作

流刀の斬撃後の動作の「柄を左斜向ふへ突出し刀尖を右膝頭上へ引付け」て刀を右膝の上に位置させる動きは「懐紙を出して血糊を拭ふ」ためにする動作であって拭う動きは省略していますが、右手で拭う事ができるように膝上に位置させなければなりません。
 そのためには刀を立てていてはならず、膝上に斜めに横たえるという動きが必要になります。拭う動きが省略されているからといっても理にかなう動きが必要です。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/04(金) 21:25:18|
  2. 居合 業

触れたところから

 渋川一流柔術の「枠型」は相手が両手で自分の右手首を握って引く形ですが、この形の動きの中で相手の手首を「とる(握る)」ところからこちらの技が始まると考えてしまうと力がぶつかってしまいかえって技がかからなくなることがあります。
 「技は相手に軽くふれたところから短時間の間に少しづつ変化してこちらのものとなっていく過程のなかで効きはじめる」というところを工夫してください。これは相手がどんなに強くこちらの手首を取っていたとしても同じことですので、よくよく工夫してください。 

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/05(土) 21:25:40|
  2. 柔術 業

京都奉納演武雑感

 5月4日(金)と5日(土)、京都で日本古武道振興会による奉納演武会が行われました。4日(金)は下鴨神社で無雙神傳英信流抜刀兵法の演武を、5日(土)は白峯神宮で無雙神傳英信流抜刀兵法と澁川一流柔術の演武を行いました。
 今年の京都の演武会にも広島や大阪、名古屋から見学にお越しいただきありがとうございました。、それぞれの方に得るものがあったのではないかと思います。自分の流派で教えられていてわかったつもりになっている事でも他流派の方の演武などを拝見すると新たな角度から見えてくることがあると思いますので時間と金銭的な余裕がある方は、出来るだけこのような機会を利用して学んでいただきたいと思います。
 今年は4日の早朝に車で広島をでて京都に8時ころ着き。その足で武徳殿に出店しておられる濃州堂さんへお邪魔しごあいさつしました。いつもお世話になっており、私たちの流派にあった居合刀を丁寧にこしらえていただいています。
 その後、大津から琵琶湖湖畔を少し走り初めて奥比叡ドライブウエイを走ってみました。昼からの演武でしたのであまり時間はなく2か所だけ拝観しましたが、霧雨がふってはいたもののちょっとした観光ができました。
 さて、演武ですが兵庫の貫心流の皆さんの演武を拝見しましたが昨年より数段上達しておられました。稽古時間や回数の問題ではなく取り組む姿勢が違うのだと思います。取り組む姿勢が異なれば上達の速さも格段に違います。そのような姿勢を道場の皆さんにも見習っていただきたいと思います。
 2日目は白峯神宮で演武があり、2日続けて演武された直心影流薙刀術の演武をしっかり見学させていただきました。いつもながら素晴らし演武をされており、ただただ感服するばかりでした。薙刀で斬り込み相手の体に触れる間際に薙刀が止まるときにも、体を固めておられるのではなく、体の中心の動きをとめておられるので、体は力まず固まらずどこにも隙がないのだという事を学ばせていただくことができました。至らぬものが木刀などの動きを止めようとすると腕や肩を力ませて固めて止めてしまい、そこに隙ができてしまうのですが、そのような動きとは異なった動きです。実際に見る方が理解しやすいのでいつか機会があれば見学させていただくとよいうと思います。
 古武道振興会は入会金が5千円かかり年会費も5千円、また演武に参加するたびに3千円かかってしまいます。また、演武会も一番近いところで行われるのが京都ですので交通費もかかります。かなりの出費なのですが、業が進み金銭的に余裕のある方は入会も考えてみてください。


 奥比叡ドライブウエイの写真です。1枚目はドライブウエイの途中から琵琶湖を撮ったもの、2枚目と3枚目は横川中堂と横川恵心堂です。2枚目3枚目は次男の撮影です
びわこDSC07457
横川中堂DSC07468
横川恵心堂DSC07482


 貫汪館ホームページの無雙神傳英信流抜刀兵法と澁川一流柔術の行事のページに下鴨神社と白峯神宮の演武の写真を載せました。ご覧ください。

久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/06(日) 21:25:39|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

導場・演武場

 このゴールデンウイークで旅行をされ、その地方の資料館に入られた方もおられるかと思います。稽古をされる方は江戸時代の武道関係の資料がないか気にかけられたのではないでしょうか。以前も述べたことがありますが天領であった日田の史料館では「演武場」と書した額を見たことがあります。資料館の方に聞いてもその由来はわからず、寄贈されたものだという事だけわかっていました。おそらく、日田の役人たちが武術の稽古をする場にかけられていたものだと思います。写真を撮る事は禁止されていましたので。それ以上細かなことはいまだにわかりません。後日、日田の教育委員会に由来を問い合わせた記憶がありますが要領を得なかったと思います。
 さて、演武場という言葉は廻国修行の日記などによく出てくる言葉ですが、どのような場所に使われたのでしょうか。また、道場という言葉は江戸時代から用いられていたのでしょうか。今後出会うことかもしれませんので、今の段階で分かっていることを記しておきます。
 私自身、絶対という確信はありませんが、以前、日本武道学会第43回大会で「高槻藩士藤井又一の槍術修行について―柳河藩伝大嶋流槍術の高槻藩への伝播―」を発表したとき、そのあたりに触れたことがります。その発表の一部を抜き出します。ブログ内で表をそのまま載せるのは難しいので表は崩しました。 


2.「導場」という用語
 「道場」ではなく「導場」という用語が柳河藩の加藤善右衛門の門下によって用いられている。
 安政4年(1857)と安政5年(1858)の記録である『修行廻国中日録』(資料2)に記述されている試合場の名称を表5にまとめる。
 安政4年(1857)の記録である『鎗術稽古志録』(資料1)には稽古をする場所を示す言葉は二度記述されている。4月23日の「今日稽古場ニ而先生ニ尋ハ」、12月朔日の「今日右同導場ニ而稽古ス」である。
 『記録』(資料3)には稽古をする場所を示す言葉は二度記述されている。8月13日の「今日昼後於加藤導場ニ式合」、9月28日の「於導場ニ酒會」である。
 藤井又一の日記には「道場」という用語は一度も出てこず、「導場」がもっぱら使用されている。また、他の地域での試合においても個人の稽古場には「導場」という用語を用い、藩の稽古場には「講武館」「演武場」「武館」「演武館」などの語を用いている。

表5 試合場の名称

熊本   ニノ丸ショコク講武館
延岡   演武場,稽古場
高鍋   記述なし
佐土原  武館,稽古場
清武   武館
飫肥   武館
人吉   稽古場
熊本   (長岡堅物ノ下屋敷ニ而)導場
久留米  森兵左衛門導場
佐賀   演武館,文武稽古場
鹿島   稽古場
諫早   藤原の導場
島原   武館
大村   斎藤貫ノ介導場
平戸   市山恒八導場
唐津   導場
福岡   記述なし


 この「導場」という用語は藤井又一のみでなく文久2年(1862)に廻国修行をした加藤善右衛門の門人である津和野藩士原田康人の『英名録』9)にもみることができる(表6)。試合場の記述がない場合も多いが、加藤善右衛門のもとでの試合に関しては「導場」と記されている。「道場」という用語は用いられていない。

表6 原田康人の『英名録』にみる試合場の名称

鹿島   記述なし
大村   微神堂
柳川   武館
     導場(加藤善右衛門)
久留米  記述なし
萩    明倫舘演武場または記述なし
徳山   興譲館
岩国   記述なし
広島   出風堂(小谷武左衛門)
     至誠館(黒田彌五衛門)
     または記述なし
濱田   道学館演武場



 各師範が個人的に指導をする稽古場は弟子を導く場ですので「導場」であると思います。一方、演武場という言葉は藩、または領地などで、その藩に存在する各流派が武を行う公的な場として設けられている場合に用いられる言葉だと思いますので、そのような言葉が用いられるようになったのは藩校に武道場が設けられるようになってからの事ではないかと思います。「演武場」という言葉には藩主なり重役なりに各人の修行の成果を見せる場という意味もあるのかもしれません。各藩によって藩校に武道場が設けられるようになった年代は異なりますので、言葉の使用がいつからかという事は、各地の資料を当たってみなければわかりません。
 地方の資料館で「導場」や「演武場」という言葉が記してあったら気に留めておいてください。

 比叡山の写真の続きです。次男の撮影です。山は気温が低いためか、まだ桜が咲いていました。西塔の釈迦堂ですが30年近く前に航空自衛隊幹部候補生学校の学生だった頃、比叡山で研修がありここで座禅したことを覚えています。近くの道を千日回峰行の修行者の方が飛ぶような速さで歩いておられたことも鮮明に覚えています。
釈迦堂DSC07491
さくらDSC07493



 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

  1. 2012/05/07(月) 21:25:23|
  2. 武道史

柔術/合気道

 京都の下鴨神社・白峰神宮での奉納演武は観光客の方も見ておられます。柔術の演武がなされているときに境内に入ってこられた観光の方の第一声が「あっ、合気道をしている。」というものでした。
 柔道ではないと分かるようですが、柔術だとは分からないようです。あまりにも日本の伝統的な柔術の存在が世に知られていないのです。組み合ってはいないので柔道ではないだろう。袴をはいて間合があって相手を投げているので合気道だろうと思うようなのですが、おそらく少し知っている人でも柔術のイメージは格闘技のジュージュツなのだろうとおもいます。日本の柔術でもないものに、日本の柔術の漢字を当てはめているので仕方ないことなのかもしれませんが、文化を守るのであれば日本古武道協会や日本武道館に「柔術」を登録商標にしていただきたいくらいです。
 日本の伝統的な柔術がどのようなものかという広報活動がなされない限り、日本の伝統的な柔術の存在は忘れられていくばかりかもしれません。


 京都の写真の最後です。次男の撮影です。白峯神宮の花の蜜を蝶が吸っていたそうです。二枚目は帰路の高速道路からみた白鳥城。白鳥城の奥行きは姫路城の4倍だそうです。詳しくはこちらをご覧ください。http://www.taiyo-park.com/castlearea.html。一度行ってみたくなりました。3枚目は高速道路から見た夕日です。綺麗な夕日でした。

白峯神宮DSC_0271
白鳥城DSC07495
夕日DSC07500



 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

  1. 2012/05/08(火) 21:25:51|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

不器用

 今回の京都での自分自身の居合の演武に違和感を覚え続け、何がおかしかったのだろうと考えていましたが、理由がわかりました。
 京都から帰って、大石神影流の手数の稽古をしていて、やはり動きに違和感を感じて自分の動きを観察すると、下半身の状態が銃剣道の状態になっていました。京都に行く前に高校生に銃剣道の指導をしており、構えた時に下半身の状態が槍術の時の下半身の状態になっていたので、あわててスイッチを切り替え意識と体の状態を変えました。そのスイッチを切り替え忘れたままであったため下半身が現代武道式に堅くなったままで、それに伴って上半身の動きもかたくなっていたのです。銃剣道の防具をつけたのは2年ぶりですが、銃剣道の動きはスイッチを切り替えればどこからともなくわいて出てきます。
 京都で居合の演武の時に違和感を覚えたのは現現代武道の下半身がそのまま残っていたからなのです。器用な方はどちらへも切り替えが簡単に効くのでしょうが、不器用な私には難しいことだとつくづく実感します。
 
 銃剣道は現代武道ですから求められる動きは決まっており、その通りにしなければなりません。画一化した動きが求められます。軍隊の教練のような統一された動きで、突く時には所謂蹴る動きをします。そのため居合や柔術・剱術の下半身のありようとは異なり、下半身はあるていど緊張を持続したまま、いわゆるバネを作ったまま構えておかなければなりません。この緊張が自分の動きを崩していました。

 広島で稽古されていた旧軍の軍人さんたちの銃剣道の下半身の動きは現在の銃剣道とは異なり、もっと緩みのある動きでしたが、これは実際に屋外の荒れ地で命がかかった場を経験されてきたからなのだと思います。そのような下半身の動きなら共通性があったと思いますが、現代武道では、「これが正しい動きだ」と規定され、それ以外は認められませんから不器用な私には古武道と現代武道の両方を行うのは難しいことです。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

  1. 2012/05/09(水) 21:25:03|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

基本にすぎません

 体の力みをなくしてとか、力まずにとか、肚で呼吸をとか、肩の力を抜いてとか、蹴らずにとか指導しているのは基本にすぎません。それができるようになったからと言って居合ができたり柔術ができたりするわけではないのです。
 相手の動きが読めたり、相手の考えが見えたり、相手の動きが読めたりすることがなければ居合や柔術にはならないのです。そうなるための準備が基本であるので、いつまでたっても上記の事を指導されているという事は自分のしていることはまだ居合や柔術にはなっていないのだと気づかなければなりません。いつも言うように基本の稽古は日常生活の中でできます。道場の中でそれらの稽古をしようと思っても時間は足りないどころか、週に一回しか稽古をしないのであれば2時間で身についたことは次の週には、すっかり失ってしまっています。
 何年たっても、いつまでも基本の稽古から離れることができない方は、よほど厳しく自分に当たらなければなりません。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

  1. 2012/05/10(木) 21:25:08|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

追掛斬

 追掛斬は前方に逃げ行くものを追いかけて斬る技ですが、大切なのは初速を出すのに初めから前方に進まずに上方へ飛び、その落下のエネルギーを前方へのエネルギーに変換するところにあります。
 落下のエネルギーを前方へ進む力へと変換するためには、着地しようという思いは捨てて、下肢を少しも突っ張らず、沈むに任せながら、股関節・膝・足首を柔らかくして虎走りのような重心の状態に持っていかなければなりません。虎走りができなければ、追掛斬もできないので二つの形の理をよく考え工夫してください。


 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/11(金) 21:25:17|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

努力

 上達したいと思う方は稽古に臨む熱意が違います。
 残り30分しか稽古時間がないから道場に行かないと考えるのではなく、残り30分あるから道場に行こうと考えて稽古に来られる方。子供の稽古の時間だけど、あいている場所で自分の稽古をさせてもらおうと早く来る方。そのような方が、そのような素直な気持ちを失わずに半年稽古を続ければ、そのような気持ちを持たない人よりもはるか先に進んでいくのは当然の事です。
 大切なのは上達の実感がないからとあきらめないことです。実感を伴って上達するのは往々にして自己満足の事が多く、指導者から上達しているといわれれば素直にそれを信じて稽古を続けなければなりません。間違った方向に行きそうになっていたら必ず指導者は修正しますので、素直に稽古を続ける事が大切です。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/12(土) 12:25:19|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

生真面目な人は気をぬいて

 生来、生真面目な方は幼少時から教え込まれたことをきちんとしようと無意識に思ってしまうためか、一生懸命になればなるほど「姿勢を正しくして」とか、「きびきびとと動く」といった事が動きの基準となってしまうようです。
 ところが道場で教えている事は「体は自然にまかせ、力みをなくし、力を使わず、とどまることなく・・・。」という事ですので、本人が一生懸命に良いと思って行おうとしている事は、まるで道場でお教えしている事とは反対の事になってしまうのです。
 小さいころから学校教育は軍隊式の動きを良しとして教えてきていますので生真面目な方の体にはそれが叩き込まれてますので、何とかそれを取り除かなくては上達し始めません。どうしても、そこから離れられない人と少し雑談をして笑顔が出たちところで、「そのまま何も考えずに動いてください。」というと、とてもよい動きになります。心も体も無理無駄がない状態になっているからです。ところが、「今の動きが良いのです。」とお話してもご本人は、自分自身の価値基準できちんと動いてはいないので何が何だかわからないようです。
 生真面目な方は自分の価値観から離れ、いわば気を抜いた状態で稽古する方が上達の近道だと思います。

 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/13(日) 21:25:56|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

銃剣道・短剣道青少年指導者講習会

 金曜、土曜と千葉県勝浦市の日本武道館研修センターで行われた銃剣道・短剣道青少年指導者講習会に参加し、指導を受けてきました。
 先日、高校生を指導した1回をのぞき、防具をつけて自分の稽古をするのは2年ぶりです。旧軍の軍人さんたちがおられなくなり稽古場がなくなって10年近く立ちますので10年間で防具をつけたことがあるのは10回くらいではないかと思います。
 さて講習は、各ブロックごとに行われたのですが中四国地区は愛媛県の竹下先生が教えてくださいました。いわゆる古武道と異なり現代武道は動きが異なりますので、普段居合や柔術・剣術を稽古しているといっても、まるでダンスか何かのような異なる運動種目をしているような感覚です。とくに防具を突いた瞬間に動きを止めるという動きは全くしていませんので、どうしても力んでしまいます。いつもは居合の素抜抜刀術では止めることはありませんし、二人組で行う剣術や柔術でも相手に触れた瞬間に止まるとか、相手にあたった瞬間に止まるという動きはありません。もっとも私が習ったころの銃剣道の突きの稽古は相手の心臓に達するように突けというもので、それを相手が少し下がって相手が胸でしっかり受け止める動きをしていましたので、相手の防具に当たった瞬間に動きを止めるという稽古はしてはいませんし、そのような動きをすれば「軽い」といって指導を受けていましたので今の基準とは異なっています。
 そのように古武道の動きとは異なる動きですが、指導してくださる竹下先生の動きは絶妙で要求される動きから全く狂いはなく力みもありません。完璧な動きなのです。いずれの道であってもその道を専心稽古された方のというのは素晴らしい技術を持っておられます。異なる分野であっても一流の方を見るという事は自分の今あるところがどの程度のものかを知ることができ、自分のしていることに必ず役に立ちます。
 買って、居合の師 梅本三男貫正先生は私が大学生のころに教えてくださったことは「いずれの分野でも一流の方には、そばに居させていただくだけで感化を受ける。」でした。いろいろな経験を経てその通りだと思っています。

 東京へ向かう途中の景色です。富士山は雲に隠れて見えませんでした。
01DSC07510.jpg

 日本武道館研修センターです。
02DSC07562.jpg

勝浦の海です。
03DSC07512.jpg



 貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。



  1. 2012/05/14(月) 21:25:12|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

柳河藩の奥女中

 江戸城の大奥のイメージがあるためか、地方の藩にも多くの奥女中がいたイメージがありますが、実際はどうだったのでしょうか。柳河藩の歴史を記した『柳川市史別編 図説 立花家記』は柳河藩の藩主を中心に非常に詳しく書かれており、いつもお世話になっている柳川文書館の学芸員の方々も執筆しておられます。写真も豊富で、紙質も良く、「これで3,000円でよいのですか。」とお尋ねしたら「もうけは考えていませんからという答えで、とてもお買い得な買いものです。広島にもこのような企画をしてくれる役人がいれば広島の文化も向上するのでしょうが…。
 さて『柳川市史別編 図説 立花家記』には、一時期、通常とは異なる例外的な大人数の時期があった事に続いて、以下のように記してあります。

「通常御花畠奥女中はもっと少人数で、老女(年寄)二人、中老二人、物師二~四人、右筆二人、茶間四人というのが平均的であったようです。」

 柳河藩くらいの石高では地元にいる奥女中というのは想像よりずっと少なく15人弱程度だったことがわかります。これではテレビドラマで見るような奥女中が薙刀を持って・・・というような状況はなかったのだろうと思います。

 年齢はどれくらいであったのでしょうか。既婚者であっても奥女中に採用された例があり、40歳でも採用された例があることを記した後、以下のように記してあります。 

「板井一作(元治元(一八六四)年分限帳では、給人格、御合力三〇俵)の娘千曳は、茶小姓として御花白で仕えていましたが、慶応二(一八六六)年に「最早年齢」であるとの理由で、父一作が千曳のお勤め御免を願っています。千曳はこの時十六歳でしたが、十六歳になれば願い出なくても「御下り」となる慣例だとしています。千曳はお勤め御免を許可され、十二代藩主鑑寛から帯地一筋・金三〇〇疋、藩主正室純姫から金一〇〇疋・和紙一束・包物、長女於寿・次女於孝から金一〇〇疋、その他の子供から金一〇〇疋が下されています。翌年、千曳の代わりに茶小姓になった隈部角蔵(元治元年分限帳では、在勤中小姓組、禄高不明)の娘には、支度金として金四両が渡されています。これら藩士の娘が茶小姓となり、比較的若くして御花白から身を引くのは、茶小姓奉公に花嫁修業的な意味合いがあったからではないでしょうか。そのため、婚姻間近の十六歳になると、茶小姓奉公を辞する慣例となっていたのでしょう。」

 奥女中は人数も少なく、年齢も当時としては高齢のものもあり、若年の者は満15歳で勤めを終えるとなると、テレビドラマで見るような華やかな絵図のようなことはなかったのだろうと思います。




 勝浦で夕方散歩をしました。浄土宗覺翁寺というお寺に初めてお参りし、裏山にも登ってみました。裏山は日本武道館研修センターのある山です。
04DSC07560.jpg05DSC07561.jpg
 下の写真は本堂の正面の欄間で勝浦市の指定文化財です。その下の写真は同じく師の指定文化財で徳川家康から3千石をたまわった植村家の宝篋院塔です。明日は裏山への登山道の写真です。
06DSC07548.jpg

07DSC07517.jpg



貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/15(火) 21:25:54|
  2. 武道史

久留米 加藤田大介『師系並履歴書』 1

 久留米の加藤田大介は有名な加藤田平八郎の子供で神陰流剱術と楊心流薙刀を受け継ぎ大正時代まで教授しました。加藤田大介が知るした『師系並履歴書』という印刷物がありますので数回に分けて、その一部を紹介します。今日は剱術と薙刀の師系です。


師系略
神陰流剱術
鵜戸神傳
   陸奥 愛洲日向守
元祖 上野 上泉武蔵守
二代 信濃 小笠原源
三代 上野 針谷夕雲
四代 筑前 片岡伊兵衛
五代 筑前 中村権内
六代 筑後久留米 加藤田新作
七代 同  加藤田平八
八代 同  加藤田新八
九代 同  加藤田平八郎
十代 同  加藤田大介


楊心流薙刀

元祖 肥前 秋山四郎兵衛
二代    三浦定衛門
三代    大江千兵衛
四代 肥後熊本来住 土肥新蔵
五代 肥後熊本 堀田甚助
六代 同  堀田孫衛門
七代 同  星野角衛門
八代 同  星野龍助
九代 同  星野平左衛門
十代 筑後久留米 加藤田平八郎
十一代 同 加藤田大介


1 加藤田新作享保七年二月剱術師範役ヲ以チ久留米城主有馬公王蒋聘セラレ爾後代々百八十年間剱術チ以ヲ家業トス

1累代傳フル所ノ博書数十巻ノ中ニ就キテ最モ秘蔵スルモノ左ノ十巻トス

一 真面目印可
一 先師口授
一 夕雲談話
一 一雲書翰
一 帰嬰書
一 神妙録
一 鍛錬心得書
一 免許八カ條解
一 後巻目録口傳
一 初學須知

 

 剱術の流派名は武市半平太が廻国した時には武市の英名録には「真神陰流」と記しています。
 また、薙刀は楊心流薙刀となっており隣藩の柳河藩の薙刀と流名が同じで、伝系もほぼ同じですが、柳河藩の楊心流はおとめ流ですので、柳河藩から外に漏れるはずもなく、同じ流名であり、伝系もほぼ同じであっても同じ流派ではありません。柳河藩では秋山四郎兵衛は立花宗茂に仕えたそうですから、加藤田家に伝わった楊心流の「元祖 肥前 秋山四郎兵衛」とは別人なのだと考えられます。 




昨日の写真の続きで裏山への登山道です。木が密集して、また道も崩れかかり、何か出るのではないかと思えるような山道でした。頂上には崩れかけたものが、続きは明日。
08DSC07546.jpg
09DSC07535.jpg
10DSC07520.jpg
 

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/16(水) 21:25:31|
  2. 武道史

久留米 加藤田大介『師系並履歴書』 2

 今日は加藤田平八郎の履歴についての部分です。加藤田平八郎が中四国を廻国した記録は旧武道専門学校の鈴鹿文庫にその半分の行程が書き写されて保存されています。全ての行程を記したものを写したものが手元にありますので、これはいつか発表しようと思います。
 楊心流の薙刀は肥後熊本産筑後上妻郡祈祷院村住人星野平左衛門に習ったとありますので、柳河藩のおとめ流の楊心流とはやはり違うはずです。おとめ流の師範が肥後熊本生まれで筑後上妻郡祈祷院村に住むわけはありません。傳系はほぼ同じですが、たんに同姓同名が続いたのでしょう。柳河藩で星野平右衛門に習った調琴之介という人物の名は柳河藩士の中には存在せず、おとめ流ではその師範の存在さえも秘密とされ、本当の名を明かさなかったのかもしれません。
 加藤田平八郎の漢詩で江戸では神の如き人を見なかったというのですから、期待して江戸に出たものの、大したことはなかったというところでしょうか。 

故加藤田平八郎事跡略

文政元年一月八日ヨリ神陰流師範加藤田新八郎ニ就テ剱術ヲ學フ相傳等ハ略ス
文政十二年五月ヨリ十一月マテ両豊四囲中国五畿内伊勢近江等二十ケ國ヲ回歴シ技術ヲ試ムルコト九百九十八人當年二十二歳
天保八年二月十五日ヨリ肥後熊本産筑後上妻郡祈祷院村住人星野平左衛門二就キテ薙刀ヲ學ヒ仝十一年十二月十五日遂二皆傳ヲ受クルニ至リ爾後剱術ノ側ラ薙刀ノ師範ヲモ為セリ
天保九年三月ヨリ十二月マテ束京ノ地ニ滞留シ剣道指南番旗本窪田助太郎男谷精一郎等高
手ノ剣客ニ対シ技術チ試ムルコト数十人  当年三十一歳
 
 偶 成
學剱遠遊東海濱
竿頭進歩茲何日
欲見崑崙山上月
孤筇未踏高處
 
 益 亭
一人未見術如神
三十空過又一春
躋攣三十有余霜
樹隙纔看一寸光






昨日の山道の続きです。山の上にあったのは崩れかけた忠魂碑でした。
11DSC07531.jpg
12DSC07526.jpg
                       13DSC07523.jpg
  

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/17(木) 21:25:12|
  2. 武道史

久留米 加藤田大介『師系並履歴』 3

 今日は加藤田平八郎の門人についての記述です。加藤田平八郎は他藩からの門人も多く引き受けていました。また剱術の門人数が2,448人とかなり多いのですが、これは自分の門人が指導した数も入っているようです。つまり、孫弟子です。久留米藩の武術の教授の制度がどうなっていたのかはまだ把握していませんが、加藤田の門人を記録した冊子には農村地帯の農民にも神陰流が指導されていたようですので、このような人数になったのだと思います。
 また楊心流の薙刀の門人は238人ですが、記録では途中から女性の門人が多くなったようです。
 この門人の記録も分析して、いつか発表したいと思っていますが、大学で教えている身ではないのでなかなか研究の時間を作ることができません。


弘化四年一月ヨリ明治八年一月マテ廿八年間門人総計貳千八百貳拾八人

 内
剣術男女合計貳千四百四十八人
全入塾生合計百貳拾七人
但 日向  筑前  肥前  把後  豊前
  豊後  伊豫  阿波  土佐  長門
  周防  備前  備中  備後  摂津
  伊賀  伊勢等ノ住人
仝奥免状相傳合計十二人

薙刀男女合計貳百三十八人
全免状相傳合計三人



剣術奥免状人名
  園田圓齋
  立石市蔵
  高原桂之進
  荒巻吉十郎
  中山倉次郎
  武藤為吉
  徳永乙五郎
  齋藤重義
  松崎浪四郎
  吉川新五郎
  梅崎彌一郎
  山本次郎

薙刀免状人名 
  本多健二
  山本順子
  森伊與子


明治八年一月十三日六十八歳ニテ病没
 辞世
生徒三千従導誘
六十八春生已長
年衰致化花為友
不傷不毀啓余手


貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/18(金) 21:25:37|
  2. 武道史

久留米 加藤田大介『師系並履歴』 4

 今日は加藤田大介の履歴の前半部分の武歴です。長刀の免状を受けるまで8年、剱術の奥免状を受けるまで14年かかっています。もっとも加藤田平八郎は明治8年1月13日に亡くなっていますので、わが子には自分の死期が近づくまで奥免状を出さなかったと考えられます。
 薙刀の免状を出されるまでの8年は平均的な年月だったのではないかと思います。また先に記した剱術奥免状、薙刀免状の中には加藤田大介の名は入っていませんが、代々久留米藩で師範をしていた加藤田家の跡継ぎの名をわざわざ記すまでもないでしょう。
 楊心流薙刀は文久元年から父親に指導されていますので、藩外不出の柳河藩の楊心流とは違う楊心流だったのでしょう。柳河藩のおとめ流が隣の久留米藩で江戸時代に教えられているはずがありませんから。


 履 歴 書
   福岡県久留米市荘嶋町士族
           加 藤 田 大 介
               安改元年七月生

文久元年(1861)一月八日ヨリ明治八年一月十三日マテ本県久留米士族神陰流師範加藤田平八郎ニ就キ 励剱術ヲ學ふ
文久元年三月廿三日ヨリ明治八年一月十三日マテ本県久留米士族楊心流師範加藤田平八郎ニ就キテ薙刀ヲ學フ
元治元年一月八日剱術目録ノ相伝ヲ受ク
慶應三年一月十四日薙刀目録ノ相伝ヲ受ク
明治元年一月十五日剱術後目録ノ相伝ヲ受ク
仝年仝月十九日薙刀後目録ノ相伝ヲ受ク
仝二年十十二月十日剱術免状ノ相伝ヲ受ク
仝年(1869)仝月仝日薙刀免状ノ相伝ヲ受ク
仝八年(1875)一月八日剱術奥免状ノ相伝ヲ受ク
(奥免状ハ皆傳ノ位ニシテ諸流ニ授クル所ノ印可ニ相当スルモノナリ)




 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/19(土) 21:25:02|
  2. 武道史

久留米 加藤田大介『師系並履歴』 5

 今日は加藤田大介の指導歴についての部分です。同じ久留米藩の津田一伝流の津田教修は陸軍に入り陸軍で剱術の指導をし、日本式の銃剣道の確立にも関与したようですが、加藤田大介は明治の代にあっても剱術家として一生を送ったようです。年齢は加藤田大介の方が若く、独り立ちできるようになったときにはすでに明治になっていました。
 広島藩の一刀流の間宮家(防具着用の稽古をしていたかどうかは定かではありません)の当主も維新後は監獄に勤めていたようですし、もと剱術家は維新以後警察、軍隊、監獄などに勤めていた人は多かったのではないかと思います。
 文中では道場ではなく、導場と記されていますが間違いではなく江戸時代には導場という漢字が用いられており、加藤田大介にとっても導場という漢字が当たり前であったのだと思います。

明泊八年一月十五日以後干今自宅導場ニ於テ剱術薙刀ノ師範ヲナ為セリ門人男女合計五百六十七人
明治十四年十一月一日ヨリ仝十二月二日マテ寺内典殺獄ノ喝託ヲ受ケ福岡県監獄本署久留米支署詰看守押丁等ノ剱術教授ヲ為スス
明治廿七年三月四日ヨリ仝廿八年十二月マテ藤岡地方裁判所久留米支部監督判事河野通治ノ嘱託チ受ケ同人ノ導場ニ於テ判事及書記等ノ剱術教授ヲ為ス
明治廿八年十二月廿二日本県三井郡長辻鎖ノ嘱託チ受ケ官民合併ナル仝部北野村導場ニ於テ于今剱術ノ教授チ為セリ
明治三十年十二月廿二日第四十八聯隊長前田大佐ノ嘱託ヲ受ケ仝連隊将校団ノ導場ニ於テ干今剱術教授ヲ為セリ
明治三十二年六月十七日久留米商業学校長外山一郎ノ嘱託ヲ受ケ同校ノ導場ニ於テ干今剱術ノ教授チ為セリ


 加藤田大介(千秋と号しました)のお墓です。本来は個々の加藤田家の当主のお墓があったのでしょうが、現在は無縁であり、墓地は縮小されたのだと思います。左側の墓が加藤田大介のお墓で右側は加藤田家のお墓です。真ん中に小さな石柱がありますが加藤田平八郎の石碑です。以前は加藤田平八郎の墓石もあったのだと思います。
加藤田千秋DSC00145

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/20(日) 21:25:19|
  2. 武道史

久留米 加藤田大介『師系並履歴』 6

 今日は加藤田大介がどのような指導をしていたかという部分で、心の部分です。武は往々にして暴につながり、そのようなことを明治維新後に黙認していた師範もおり、また奨励していたのではないかと思われるような師範もいますが、加藤田大介は武徳を備えた士であったのだろうと思います。

     
  教導ノ方針及方法

 抑モ武ハ往々人ヲシテ租暴ニ陥ラシムルノ弊ナシトセス然レトモ是レ武其モノヽ弊二非スシテ之カ教導ノ任ニ在ルモノ其任ヲ愆レルノ致ストコロタルヤ明ナリ是レ故ニ予ハ平常特ニ爰ニ注意シ稽古ノ時タルト将タ試合ノ時キタルトヲ問ハス又導場ノ内外ヲ論セス子弟ヲシテ礼譲ヲ守リ言行ヲ慎マシメ眞二武徳ノ本旨チ理会セシメ且ツ之ヲ躬行セシメンコトヲ期ス


加藤田大介が考えた具体的な稽古方法がこの後に少し続きますが、またいつか記します。

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/21(月) 21:22:45|
  2. 武道史

こういう時節ですから

 刃物で人を傷つける事件がよく起こっています。先日の事件では日本刀を用いたと報道されました。このような時期ですから、自宅で稽古するのは状況をよく考えて行動してください。
 裏庭で人の目がない所であれば別ですが、自宅の庭であっても居合刀を振るのはやめたほうがよいでしょう。自宅の庭であっても人目のつくところであれば、木刀が限度であると思います。しかし、庭と言っても垣根がなく、外の道路とつながっているような所では道路を通る人から見れば凶器を振り回しているようにしか見えませんので、やめた方が無難です。
 アパート・マンション暮らしの人は外で稽古するのはやめてください。家の中で定規を用いて十分に稽古ができますし、定規を用いて稽古ができないような人は木刀を用いても真の稽古にはなっていません。
 警察官は疑わしきことは取り締まります。場合によっては犯罪を作り上げることがあります。そのような場合には公権力の前でどのように釈明しようとも無駄です。
 自ら隙を作らないよう十分に注意して行動してください。
 刀袋(居合刀ケース)に居合刀を入れて徒歩で持ち運んでいる方も刀だとわからないものに入れて運ぶ方が無難だと思います。警察官によっては居合刀と真剣の区別もつかず長々と取り調べを受けることがあります。

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/22(火) 21:25:26|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜付けのイメージ

 抜付けは切っ先が鞘から離れるときにから行われるものというイメージを持ってしまった方はどうしても切先が鯉口のあたりに来た時に動きが滞ってしまいます。
 これまでもお話ししたように抜付けは刀が鞘の中に納まっているときから始まっており、動き始めてから相手を両断するまでその動きが滞ることはありません。
 例えて言うなら、刀が鞘に完全に納まった状態から抜付けの終点までの動きは、少し大きな鉄球を肩の高さに手を前に出して持ち、その手を離す時が抜付けが始まるときであり、床に落ちる時が抜きつけの動きが終るときです。切先が鯉口から離れる時点はは鉄球が手から離れて床につくまでの間の途中であり、少しも滞ったり新たに力を入れたりすることがありません。
 あくまでイメージにすぎませんが自分のイメージが抜付けを狂わせていますので、まず、イメージを修正してから抜付けの稽古をしてください。

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/23(水) 21:25:41|
  2. 居合 業

追掛斬のイメージ

 追掛斬は情報に軽く飛び上ががり、その位置エネルギーを前方へのエネルギーへと変えるので前方へ動き始めるときは0からのスタートではないことは述べたとおりです。
 イメージを掴むために上手いたとえはないかと考えていたのですが、小さなころ、お風呂でおもちゃで遊んだ経験がある方には理解できる喩がありました。平らな船(ボート)のおもちゃで遊んだことがある方にはわかります。ボートを水面からあげ、舳先を下にして落したとき少し角度をつけて斜めに水に入るようにしたら水面下にまっすぐ沈むのではなく一度水にもぐりながらも勢いよく前方に浮かんでからも進んでいくことがあります。このような状態をイメージしてください。
 つまり体が上方に浮き、少し高さのエネルギーを得たらます羽ぐにら化するのではなく着地しながら前方にに沈むことによって前に進みます。体が浮いたときにそのままの体勢ではなく浮きながらわずかに前にかかるのがポイントとなります。工夫してください。

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/24(木) 21:25:11|
  2. 居合 業

偶像崇拝

 人は自分以外に大きな権威をみつけ、それに頼れば安心を覚える傾向があるようです。
 武術の世界は特にその傾向が強い様で、その流派を先祖代々伝えているわけでもないのに自ら「宗家」と名乗り、習う者も、ただ盲信して「御宗家様、御宗家様」と祭りたて、その権威にすがり、虎の威をかるキツネとなろうとするものが多くいます。少し歴史を考え、現実を直視するならば、それが真実か否かは簡単に看破できるにもかかわらず習う者は真実を見ようとせず、虚構の権威にすがろうとする様は離れたところから見ると滑稽でさえあります。
 しかし、そのような似非の権威が「武士道とは」「日本人とはかくなければ・・・」などと立派な事を言うのですから世の中を簡単に信じることはできません。
 貫汪館で稽古される方は何が真実か何が真実でないかを見極める目を養ってください。

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/25(金) 21:47:21|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

居合の資質

 無雙神傳英信流抜刀兵法が速やかに上達するための資質の一番目は「すなお」なことですがこれ以外にもいくつか思い当たることがありました。

 「腕力に自信を持っていない事」
 腕力に自信がある人は無雙神傳英信流で用いる比較的長めの居合刀を手にしても、これくらい何とか振り回せると思ってしまいますので上達は遅いです。反対に腕力に自信がない人は、自由に振り回すことができるとは思わないので、指導のままに動こうと努めるので速やかに重さを感じないというところまで進みます。

 「素早く動けると自信を持っていない事」
 自分は運動神経も良いので、上級者のように素早く動くことくらいできると考えてしまう人は真の速さに至ることがないので、そのレベルにずっととどまり上達しません。反対に運動神経に自信がない様な方は指導のままに動こうとしますので、やがて無理無駄がなくなり無意識のうちに速くなっています。

 「気力に自信を持っていない事」
 自分の気力に自信を持っている人は、「気迫で相手を制する」などと言われることに惑わされ、心に力みを持つために全てが力んでしまい、なかなか上達しません。気力に自信がない人は指導のままするすると動こうとするために心に隙がなくなっています。

貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページに居合講習会の案内を載せました。今回の講習会は英信流表を中心に稽古いたします。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/26(土) 21:25:50|
  2. 居合 総論

見せたくなる

 少し稽古をすると、自分がここまでできるという事を見せたくなる心が出ます。中途半端に稽古をして自分の事がわかっていないから見せたくなってしまうのですが、見学の方が来られた時や、新たに稽古される方が来られた時、後進と稽古するとき、あるいは演武会などで、このような気持ちが起こるようです。
 しっかり稽古を重ね十分に時間をかけて着実に自分自身を見据えながら稽古されている方は自分自身が見えていますので、このような状態にはなりにくく寄り道をすることはないようです。よりよく見せようとすれば自分がどのような状態になってしまうかが理解できているからです。
 ところが自分自身が見えていない方は知らずか、知ってか、自分自身をよりよく見せようとするために、できていないことをできているかのように見せたくなり、結局上級者から見たら「何をしているのやら」という状態になっています。
 問題は、自分自身がそのことに気づかず、見せようとしたときに、いつもよりも良い技ができたと錯覚してしまう事なのですが、心の問題ですので自分自身が気づき直指定くしかないのかもしれません。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/27(日) 21:25:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

貫汪館居合講習会

 昨日の講習会では英信流表の稽古をいたしました。英信流表の中で「浮雲」「山下風」「瀧落」はとくに柔術との関連が強い形ですので、その理解のために渋川一流柔術の四留の方の稽古も併せて行いました。
 「浮雲」や「山下風」は相手との接触はないものの、間違えれば相手に柄を止められてしまう方です。その場合には大小詰にある方の動きで対処すればよいのですが、「瀧落」は相手に鐺を止められたときに対処する方ですので前期の二つの形と異なり、実際に柔術の動きを知らなければ相手の手を鐺から外すことはできません。講習の際に行った動きは絶対に忘れないように自分のものとしてください。見栄えばかりを稽古していたら実際には自分の動きは制せられてしまう事になります。
 「浮雲」「山下風」で相手を倒す時の動きは腕肩には一切力を入れません。これも指導した通りの方法で行われればよいのですが、指導した方法だと筋肉のの緊張が少ないため実感を得にくく、実感を得るためにあえて力み筋肉を緊張させてしまいがちですが、それでは相手に力はつたわらず、自己の内だけで完結してしまいますので心して稽古しなければなりません。
 大小詰を含みこまごましたポイントをいくつも指導しましたが、自分勝手に理解するのではなく、工夫して自分のものとして稽古を重ねてください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/28(月) 21:25:50|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

基本

 渋川一流柔術も無雙神傳英信流抜刀兵法も基本は何かといえば「力まない事」です。ただし、自分の今までの間隔で力まないのではなく、質的により高いレベルで力まないことを言います。
 無双神伝英信流居合兵法では正座、立膝の姿勢で力まない事であり、力まずに自然にそこにある状態のまま動けるようになれば基本が身についたという事になります。澁川一流柔術は立ち姿勢から始まりますが、この立ち姿勢において力まずに立てることが基本となります。また、初めに行うのが履形の礼式であり技をきめることはなく相手を追い返すだけですので心に力みを持つことはなく基本となう立ち姿勢のまま動けるはずです。
 ところがこれらの基本もできていないのに、初心者には相手を投げたいとか関節を取りたいとか、強く斬りたいと思う事が先に立ち基本をないがしろにしてしまう事があります。
 基本もできないのにさらにその上に行こうとするのですから、無理な話です。自分がどのような気持ちで稽古しているか自分自身を見つめなおしてください。



 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/29(火) 21:25:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鎖鎌の稽古

 渋川一流の鎖鎌の稽古で分銅と鎖を扱うのにはコツがあります。
 それは臍下丹田を中心として自分の体腕も鎖としてしまう事です。かといって体感をゆすれという事ではありませんので勘違いされないでください。臍下を中心とした動きが体を通じて体も鎖動きの中心に近い部分として働き、その流れが分銅にまで伝わるという事です。
 それから分銅が相手に届いたらそれで安心して体・腕を固めて鎌を使いたくなるものですが分銅が相手を制したとしてもそのあとの動きが大切ですので、そのまま体は臍下の動きを伝えるものでなければなりませんので気を付けて稽古してください。
 簡単に譬えればタコの足をイメージしてください。

  1. 2012/05/30(水) 21:25:42|
  2. 柔術 総論

夜太刀

 英信流奥の「夜太刀」の大切な部分は体は軽く音を立てずに進み、音を立てずに抜き、音を立てずに動くことにあります。ここができていなければこの形を稽古する意味はありません。抜く時に無理な姿勢をとり体が崩れないように体を力ませてしまう方も時に居られますが、体の力みであっても相手に気づかれる元となるものです。
 最後に振り上げて斬る動きがありますが、実際には暗闇の中で敵はどのように動くか分かりません。このように斬るとのみ心得ては成りません。
 また、もう一つ大切なのは地面近くから相手を上にすかしてみるということです。旧軍の陸軍将校であった兄弟子から実体験としても習い、航空自衛隊でも習ったことですが、月明かりのない暗闇では自分の目の位置を地面近くにし相手を下からすかしてみるようにすれば暗闇の中でも姿かたちが見えるものです。「夜太刀」はこのような口伝を形の中に現しています。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/05/31(木) 21:25:09|
  2. 居合 業

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ