無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

初心者の域を脱するためには

 渋川一流の稽古でなかなか初心者の域を脱する事が出来ない方に共通しているのは体の力みが抜けない事です。特に下肢の力みが抜けないために、すらすらと動く事が出来ず、もぞもぞした動きになっています。また、速く動こうとすると脚力を用いて蹴るような動きをするためにタメとなったところでは動きが止まってしまい、隙だらけになってしまっています。
 初心者の域を脱し、すらすらと動けるようになろうとすれば下肢の力みを抜く事を工夫するしかありません。そけい部、膝、足首、臀部などの状態がどのようになっているのかを自分自身で感じ、力みを無くすように稽古してください。
 人それぞれ力みの原因があると思います。キチッキチッと動かねば気がすまない人、このような人は心の力みを無くして解決してください。姿勢が正しく保たれて居ない人、中心が取れていないので崩れまいとして下肢に力を入れて体を保とうとしています。姿勢を見直さねばなりません。体を力ませなければ不安な人、心の稽古をするしかありません。人それぞれの原因があると思いますが自分の体に力みとして現れる現象に気付き、それぞれが自分自身で解決してください。

 貫汪館居合講習会を7月10日(日)に行います。今回の講習会のテーマは「居合のありよう」です。素抜き抜刀術以外の形(太刀打・詰合・大小詰)や大石神影流の形の稽古を通じて居合のありようのヒントを得る事を目的とします。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧頂き、どなたでも御参加ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2011/07/01(金) 21:25:22|
  2. 柔術 総論

心外無刀

 「心外無刀」よく聞く言葉ですが、あまりにも高尚で観念的であって体感として全く理解できませんでした。しかし、ふと考えたら、前々から知っている広島藩の信抜流の師範であった原道郷が常に門人に門人に教えていたことと同じ事を言っているのではないかと気付きました。こちらの教え方の方がよほど理解し易いのです。
 つまり「剣に剣なし、体を以って剣となす。体に体なし、神を以って体となす。」です。
 「剣に剣なし、体を以って剣となす。」というのはある程度稽古をつまれた方は理解し易いのではないかと思います。刀を体と別物として扱い、刀を振っても、ぴたっと止まるとか、勢いよく振ることが出来るとか、強い刃音が出るとか、勢いよくふるためにしっかりタメを作ってなどと考えるのは、「剣に剣あり。」のレベルです。つまり刀と体を別物としてとらえ、いかに刀を扱おうかとしているレベルです。
 それに対して「剣に剣なし、体を以って剣となす。」とは刀をどうこうしようとは思わずに自分が動いた結果として刀が自然にそのように働くレベルです。
 さらに「神を以って体となす。」とは体をどうこうしようと言う思いなくして心の働きが自然に体を働かせ結果として刀も働いているレベルです。このレベルにいたることは難しいかもしれませんが、「剣に剣なし、体を以って剣となす。」は求めて至らぬことはないレベルです。工夫してください。

 貫汪館居合講習会を7月10日(日)に行います。今回の講習会のテーマは「居合のありよう」です。素抜き抜刀術以外の形(太刀打・詰合・大小詰)や大石神影流の形の稽古を通じて居合のありようのヒントを得る事を目的とします。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧頂き、どなたでも御参加ください。

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  1. 2011/07/02(土) 21:25:49|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

正・速・強・威

 「正・速・強・威」というのは無双直伝英信流の河野百錬が言った言葉だったと思いますが、我師 梅本三男貫正先生は晩年に格段の進歩を遂げられた後に、以下のようにお話くださいました。

 正しければ、まず強さはついてくる。またそれに伴って速さもついて来る、そして剣威も伴うようになってくる。

 我師 梅本三男貫正先生は無雙神傳英信流抜刀兵法の許しを師から授けられた後、河野百錬にこわれて大阪に稽古に行き、無双直伝英信流の九段を授かっておられました。したがって河野百錬の教えについてもご存知でしたが、ご自身の稽古から得た事を上記のように話されました。
 誤解は正しさの後に、速さを稽古し、その後に強さを稽古し、その後に剣威の稽古をすると解釈する事です。あくまでも正しく動けるようになれば強さ・速さ・剣威はそれに伴ってくるものなのです。 

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 貫汪館居合講習会を7月10日(日)に行います。今回の講習会のテーマは「居合のありよう」です。素抜き抜刀術以外の形(太刀打・詰合・大小詰)や大石神影流の形の稽古を通じて居合のありようのヒントを得る事を目的とします。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧頂き、どなたでも御参加ください。

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  1. 2011/07/03(日) 21:25:31|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

工夫

 随分前ですが、半棒術の稽古をしている中学生が受けに打ち込むのに上半身で打ち込んでおり、打ち込むたびに体が不安定になりふらふらしていました。そこで「腰で打ち込む」というヒントだけを与えたところ、数度稽古した後上半身で打ち込むのをやめ腰で打ち込む事を会得していました。
 また「指棒」の稽古をしているときに形だけ半棒を相手に向けていましたので「棒先が死んでいるので棒先を生かすように。」と指導しました。すると、僅かな間棒を長め工夫すると棒先を生かすということが分かっていました。
 決して才能にあふれる子ではありません。むしろ中学生にしては幼いところもある子供です。しかし、子供であっても本気で稽古すれば自分自身で工夫し体得することが出来ます。大人にあっては言うまでもないことです。できないのではなく、出来るようになるために工夫を怠っているだけなのです。子供に負けてはいけません。

 指導者にとって子供のやる気を出すのは難しい事です。今日できたところでも気分によっては、それ以後できなくなる事もあります。自分で会得しようと思うことが無い子供には絶望的になる事もあります。・・・さてどうすればよいか。

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  1. 2011/07/04(月) 21:25:04|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

太刀打

 太刀打の稽古を斬り込んでからの稽古だと考えていては上達はありません。
 「請流」「請入」で打太刀が待ちうけ、遣方が歩み寄る時にこの傾向が現れやすいので、この二つの形を例にとって説明します。これらの形で遣方がただたんに間を詰めるとだけ思い、前に進んでいると打太刀から先に斬り込まれたときに全く対処できなくなってしまいます。形は手順を見事に行う稽古をする為のものではなく、自由に働けるようになる為のものですから、遣方が先に斬りこむ手順なのに打太刀が先に斬り込むのは手順が違うからと言ってそれに対処できないようでは形を稽古する意味がないのです。
 太刀打の稽古をする時には少なくとも対峙した時点から、どのような事態にも対処できる心と体の状態になければならず、手順通りにと考える事は避けなければなりません。間が遠くても、よく柔術の稽古で説明しているように「和」の状態になっていなければならないのです。貫心流の糸引きの伝もこれと同意です。
 遣方が袈裟に斬り込み、ついで打太刀が裏に斬り込んだ時、これを遣方がとめる動きも同じことです。この動きを単に一連の流れとしてきまったように我儘勝手に動いてしまえば、きまったようにしか動けなくなってしまいます。遣方はあくまでも打太刀が裏に斬り込んでくるのでそれをとめるのであって、きまったように木刀を二度動かしていては変に応じる稽古にはなりません。
 工夫してください。

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  1. 2011/07/05(火) 21:25:11|
  2. 居合 業

詰合

 詰合の動きを難しくしているのはそけい部の力みです。
 詰合の前半の形は座して行う形ですので、座して行う居合同様に膝が床に接する事が多く、また膝が床に接していなくても低い状態で動く事が多くあります。これらの形で自由に動けないのはそけい部が力んでいるために脚にブレーキが掛り、自分では自由に動いているつもりであっても相手に応じた動きにはなって居ないのです。
 素抜き抜刀術では敵は想定上の敵ですので自分の都合の良いように敵の動きを想定してしまいがちですが、実際に相手がいる詰合ではそういうわけにはいきません。「岩波」で自分が投げた敵に自分がついていけない状態は経験されているかもしれませんが、これなどもはっきり現れる例で、そけい部の力みがなければそのような状態にはなりません。また、「鱗形」において受の太刀をすり落とす事が自由にならないのも、そけい部の力みに原因があります。そけい部が力むために下半身が自由にならず、上半身のみですり落とそうとする故に体の動きがばらばらになってしまうのです。
 工夫してください。

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  1. 2011/07/06(水) 21:25:43|
  2. 居合 業

大小詰

 無双神伝英信流を始めて間もない方は、力みを無くすという事は体感としてあまりわからず、刀を扱うにも無駄な力が入り、無理な体遣いをしてますます難しくなってしまわれます。これを解決するために、暫く礼法や斬撃などの稽古を続けていただいて次第に自分の体の感覚を開発していただきます。
 先日、いつも稽古している武道場の畳の面が開いていたので、初発刀の手順も覚束ない方に大小詰を数本稽古して頂きました。すると、ただ刀を扱うよりも体感として自分自身の動きが理解できるためか、無理無駄のない動きが理解できはじめたようでした。大小詰ではただ力任せに相手を投げようとしても投げる事は出来ませんが自分の力みを無くし、動きの無駄を無くせば、面白いように相手はころがります。それを感じる事が出来たようでした。
 江戸時代の武士は剣術も稽古し、柔術や槍術も稽古する中の一つとしての居合ですから今回初心者の方が理解されたような事は他の武術の稽古を通じて理解されているところであろうと思います。
 たまには稽古の順序をかえて後に行う稽古をはじめの方に行っても良いのかもしれません。

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  1. 2011/07/07(木) 21:25:49|
  2. 居合 業

手の内

 素抜き抜刀術の時の手の内と、木刀を用いる太刀打の手の内は変わる事はありません。しかし、一般的な傾向として木刀を用いると素抜き抜刀術の時よりも手の内に力みが入り、腕、肩そして下肢までもが力んでしまうようです。
 これは木刀と木刀が当るので、弾き飛ばされまいと無意識に考えてしまう為のようで指摘されなければ気づかない事もあるようです。先述したように手の内に無駄な力みが入ってしまうと。体全体が力むようになってしまいます。自分の手の内がどのような状態になっているのかを稽古で確認し、工夫してみてください。
 手の内は言葉であらわすのは難しいのですが強くなく、かすれる事もなく普段意識することがあまり無い肘や手首の関節の様な状態です。強すぎれば手や腕は動く事は無く、つながりがかすれていれば関節は外れてしまいます。手の内は刀が生きて働く為の関節のような状態になければなりません。

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  1. 2011/07/08(金) 21:25:04|
  2. 居合 業

壊す

 自分が作り上げたものが間違っていたら根本から立て直さなくてはなりません。ほんの僅かな狂いであっても先に行くに連れて狂いは大きくなり、先のほうを修正したとしても根本的な解決にはなりません。
 稽古もこれと同じで指導された事と異なった方向へ行き、自分の物を作ってしまったら、それを一度壊さなければ根本的に上達する事はありません。小手先の技をつかって、似せることしかできなくなってしまいます。
 たとえ1度の狂いであっても、元に戻って修正しない限りは、その狂いはいつまでも続いてしまいます。間違っている、狂っていると気付いたならば、元に戻らざるをえないのです。
 修行はいつでも初心者としてゼロからはじめる心構えが無ければなかなか進歩するものではありません。

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  1. 2011/07/09(土) 21:25:44|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

読む

 澁川一流柔術において初心者の方に稽古していただかなければならないのは力みを無くすことと、読む事です。
力みを無くす事については何度も述べていて頭では理解されていると思いますが、読むという稽古が疎かになっている方がおられますので述べておきます。
 渋川一流の基礎を養う履形の捕の動きは基本的に二種類しかありません。前に出ておさえるか、斜め前に出て捕るかの二つです。特に前に出ておさえる動きでは未発のうちに相手の動きを読む事が出来なければ、技をかけることは苦しくなります。
 相手の動きを読むと言っても形稽古ですから、自由にどのようにでもかかってくる相手の動きを読むのではなく比較的簡単に出来るようにならなくてはなりません。履形では相手の起こりを読むだけです。相手がいつ突いてくるのかが読めていればおさえるのは楽ですが、相手が動き始めてるのを見てから押さえに行くと相手の拳はほとんど自分に触れるくらいまで迫ってきます。これでは相手が刃物をっていた場合には刺されています。
 ただ漠然と稽古を繰り返すのではなく、今の動きは読めた、今のは読めなかったと自覚できる稽古を重ねることによってのみ道は開けてきます。

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  1. 2011/07/10(日) 21:25:18|
  2. 柔術 総論

貫汪館 居合講習会

 昨日、講習会を実施いたしました。今回は太刀打、詰合、大小詰、大石神影流試合口の稽古を行いました。今回は普通の順番のように稽古を進めず、大小詰、詰合、太刀打という逆の順番で稽古を行いましたが、これは筋力を用いてダイレクトに技を描けようとする事が無意味である事を知って頂きたかったからです。
 大小詰では無理をすれば力を用いて相手を制する事も可能ですが、力を使わずに相手を制するのが技です。したがって、大小詰の技は少なくとも、自分が力んで力を用いているのか、あるいは力を用いていないのかが分かるようになっている初歩的なレベルに至っておられる方には、自分の技のレベルが非常に分かりやすいものです。ここで如何に自分が無理な動きをしているのかに気付き自分の動きの質を向上させて頂いて、次の詰合に入って稽古していただく事を目的に稽古して頂きました。最初の2本の「抱詰」と「骨防返」を徹底して稽古して頂きましたが、この稽古で、力みを無くし無駄な力を用いないということを感じ取る事が出来た方は詰合の張受けの時に体の開きや、「岩波」での投げ、「鱗返」での相手の刀のすり落としの動きは比較的楽に行えたようでした。
 太刀打の稽古に移っても同じことで体の働きが大小詰によってある程度会得できた方にとっては、どの形も理解し易く、体が働かない方は外形を作る事しか出来ず、形の動きは難しいようでした。
 大石神影流の試合口の稽古も同じでした脚の開きや構えなど太刀打とは随分異なりますが、外形を追いかける方にはできず、内なる働きを求める方にはそれほど難しい事ではなかったと思います。
 武術の形は一つの形からあらゆる動きを導き出せる動きでなければならず、そのためには常にニュートラルな状態にあるのが理想です。その対極にあるのが外形を作ってしまうことです。作った動きからは何も生まれず、それしかできない体を作ってしまいます。
 自分がどのような稽古をされているか、振り返って見て下さい。
 次回の講習会は9月に行います。詳細がきまりましたら、またご連絡いたします。次回は澁川一流柔術の居合や半棒術、六尺棒、大石神影流の表十本を稽古する予定にしています。

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  1. 2011/07/11(月) 21:25:43|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一心不乱に

 辞書には一心不乱とは「心を一つの事に集中して、他の事に気をとられないこと。また、そのさま」とあります。この言葉はいかにも武術の稽古にも当てはまりそうですが、受け取り方を間違うとかえって害になってしまう言葉です。
 一番陥り易いのが、しっかりと技をかけようとして頭が凝り固まり、頭に従って体もその動きしか出来ないように凝り固まってしまう事です。視野も狭まり目の前の相手しか見えなくなってしまいます。
 頭は空にし、相手だけでなく心の目で360度観る事が出来、動きは柔らかく、どのような状況にも対応できなければなりません。
 一心不乱は「古くは、雑念を捨て心を一つにして仏に帰依する意の仏語」ということですが、我意を捨てて流派の教えにしたがうということであれば、有益な言葉になるでしょう。


濃州堂の居合刀

 最近、濃州堂さんに注文して門人用の二尺七寸と二尺八寸の居合刀を拵えていただきました。私たちは比較的長めの刀を用いますので、あまり出ない長さです。なおかつ、なるべく重量を重く樋なしの刀とかわらないようにという御願いをしていますので、作るのは難しいと思うのですが、私達の御願いを聞いてくださりしっかりしたものをこしらえて頂いています。
 インターネットでもっと安いものがでていると思われる方もおられるかもしれませんが、濃州堂さんの居合刀とは出来が全く異なっています。今後とも安心して濃州堂さんに御願いしようと思っています。


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  1. 2011/07/12(火) 21:25:20|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古の質

 稽古はただ繰り返し、数を重ねれば上達すると言うものではありません。
 その質が高ければ高いほど稽古の回数は少なくてもすむものです。何をするにも同じことですが、たとえば写真を撮るのにただシャッターを押せば良いと思って、それを繰り返すのと、構図や光り遠近などを考えながら写真をとるのとでは同じ写真でも全く異なったものになってきます。また、経験がない方には理解できにくいかもしれませんが、型友禅をするのも草木染めをするのも同じことです。
 武術の稽古も、自分の体の歪・動きの歪や体の力みにおかまいなく、また相手の動きにお構いなくただ形の手順のみを繰り返す方と、細心の気配りで自分の歪力みを出来るだけ排除し、相手の動きを読み取って稽古する方とではたとえ同じ回数稽古したとしても数ヵ月後には雲泥の差が生じてしまいます。
 なかなか上達されない方の原因はここにもあります。質の悪い、いい加減な稽古を繰り返せば質の悪いいい加減な業が定着し、質の良い稽古を重ねれば質の良い業が身についていきます。
 自分がどのような稽古をしているか振り返ってください。

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  1. 2011/07/13(水) 21:25:22|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

大小詰「抱詰」

 大小詰の「抱詰」は相手が自分の柄を両手で押し下げて動きを封じるのに対処する形で、相手の両肘を取ってこれを投げ捨てます。
 この相手の両肘を取る時の触れ方ですが、初心者の方はどうしても相手の両肘を力任せに鷲掴みにしてしまいがちです。しかし、このような動きでは相手の体が固まってしまいかえって投げにくくなってしまいます。コツは、そっと触れるということにあります。そっと触れしずかに手の内が刀の柄にかかるときのような手の内に変わるときに相手は崩れ始めます。
 工夫してください。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 貫汪館ホームページを次のアドレスに引っ越します。登録の変更を御願い致します。
http://kanoukan.web.fc2.com/index.html


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  1. 2011/07/14(木) 21:25:47|
  2. 居合 業

難波一甫流 撓

 難波一甫流は他流試合をしませんでしたので、江戸時代後期になってもこの禁は守られていたようです。難波一甫流と言っても槍・剣・柔術の流派ですから岩国に伝わった難波一甫流では剣術や槍術の防具着用の試合は行っていたようです。
 柔術の試合については武道史の中でも最も研究が進んでいない分野ですので、実態は全くと言っていいほど分かりません。
 さて尾道に物外という勤皇僧が住み武術をよくしたのはご存知の通りです。この物外は他流試合はしなかったようで土佐の大石神影流 樋口真吉が訪ねた時にも試合は行われていません。
 天保八年(1837)12月 17日の樋口真吉の日記に次のように記されています。

晴天、別内山氏、々々福山ニ行と云、上陸、物外禅師ヲ訪、豫州ノ産、桑原氏舟ニ残ル喩語別帖識呉ル、物外云、年最迫、兎角紛忙、足下モ亦急クナルベシ、必再遊ニ御尋可有、其節柳生流杖の傳授申サント云、年齢四十計、有力云、太刀貮尺壱寸ノコミ撓也と云、

 物外は「コミ撓」という記述から、当時防具着用の試合剣術に伴って広まった現代のような形の竹刀を用いていながら、他流試合はしなかった事がわかります。コミ撓を用いていたと言う事は自身は防具着用の稽古もしていたと考えられます。

 物外が修得した難波一甫流の印可の伝書には次のように記されています。(全て記すとまた捏造流派が真実らしく捏造する恐れがあるので省略します。現在伝わっているとする難波一甫流はその系統の伝書ではなく、他の系統の伝書を用いて詐称したため木にを竹継ぐ過ちを犯していますが、だんだん真実らしく偽装することも考えられます)

太刀定寸
 木  刀
  柄八寸  身貮尺二寸反七歩
 シナヘ竹
  柄八寸  身貮尺三寸皮へ入込薄サ五歩
 

 これをみると、物外は時流にのることなく、伝統的な難波一甫流の撓よりもやや短い撓を用いていたと言う事が分かります。


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  1. 2011/07/15(金) 21:25:15|
  2. 武道史

大島流槍術 加藤善右衛門の広島藩への影響

 柳河藩(江戸時代には柳川ではなく柳河の漢字を用いました)の大島流槍術師範 加藤善右衛門は相面試合(自由な形式でお互いに技を競う試合形式)を主に西日本に広めたことは日本武道学会第41回大会発〈平成20年8月29日〉で明らかにして皆さんにその資料も配布したと思います。
 当時、槍術は剣術と同じように流派を超えて防具着用の上で相互に技を競い合うことが主流になってきましたので、その技術を持つ加藤善右衛門に遠方から入門したのだと考えられます。
 広島藩から加藤善右衛門に入門した人たちには以下の人たちが居ました。このうち、私の研究で、もともとの流派名がわかっているものについては(  )に記しました。佐分利が2名、行覚流が1名居ます。
 佐分利流は大身槍を用い、打ち当てる技法が多いため、試合槍術にはむかなかったと思いますが、行覚流は管槍を用いるのではじめから試合向きの流派です。田邉兵太郎は江戸時代後期に広島藩で行覚流の師範をしていた田邊幾衛の一族だと思いますが、どのような考えで加藤善右衛門に入門したのでしょうか。

安藝廣嶋藩
  成川半之丞(佐分利流)
  高瀬安之丞(佐分利流)
  今井五郎太
  松浦權左衛門
  田邉兵太郎(行覚流) 
  林 又三郎

写真は加藤善右衛門が柳河藩に差し出した『旅弟子姓名録』の一部です。 
広島DSC_0020

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2011/07/16(土) 21:58:59|
  2. 武道史

大島流槍術 加藤善右衛門の三原藩への影響

 昨日は、柳河藩の加藤善右衛門の広島藩への影響を見てみましたが今日は三原藩ではどのような人物が入門して学んだかを見てみたいと思います。
 三原藩からは以下の人たちが入門しています。

備後三原藩
  佐分利辰雄(佐分利流)
  戸田重雄
  丹波勇次郎(佐分利流)
  戸田嘉一郎

 上記の人たちのうち佐分利辰雄は三原藩の佐分利流の正統の最後の師範です。佐分利辰雄は兄の佐分利源五左衛門亡き後、佐分利家を継ぎ三原藩の師範となっています。現存する佐分利流の系譜には佐分利辰雄の名はありませんが、これは現在につながる佐分利流が佐分利源五左衛門の弟子の倉橋誠太の系統であるためです。
 三原藩の佐分利家からも入門していると言うことは、当時の試合槍術への流れは大きなものがあったという事だと考えられます。

三原DSC_0025



こいつもか

 報道によると以下のようにありました。

海江田万里経済産業相は16日までの毎日新聞のインタビューで、菅直人首相がいずれは原発をゼロにする「脱原発依存」を表明したことに対し「原子力の平和利用技術を切っていいのか」と異論を唱えた。電力の安定供給については「今冬までは何とかなるが、(原発が)全部止まれば無理だ」と警戒感を示した。

 経産相は「従来のような(原発の)新設は無理。縮小は既定方針」とする一方で、放射性廃棄物管理などの技術継承が必要なことなどを踏まえ、「核兵器を持たずに原子力技術を本格開発したのは日本ぐらいなのに人材も育たなくなる」と強調。さらに再生可能エネルギーの普及には「時間がかかる」と電力不足への懸念を示し、脱原発方針を批判した。経産相が反対姿勢を示し、首相が掲げる「脱原発」の実効性はさらに不透明になった。


 この人が述べているように「核兵器を持たずに原子力技術を本格開発したのは日本ぐらい」なら日本で何故、事故が起こるのか。事故が起こったとき、外国の助けが必要なのは何故なのか。全く明確にされていません。むしろ日本は事故を防ぐ方策もなく、事故が起こったら全く管理できないしろものを扱っていただけに過ぎません。それを「原子力技術を本格開発した」とはいったいどういう頭の構造をしているのでしょうか。
 こんな政治家が居るから日本人は危険にさらされます。何か起こったときに責任を取るわけでもなく、また原発の事故が一度起こってしまえば、責任をとるということは不可能です。それほど危険な物に対してあまりに安易な考え方です。
 今、自分が原発から利益を受ければいいという考え方の政治家を許してはいけません。
 「再生可能エネルギーの普及には「時間がかかる」」などといっていますが、原発の事故が起こる前に外国よりも積極的に開発を進めさせていなかったのは国会議員の責任以外の何物でもありません。
 原発を推進した自民党の国会議員からは未だに謝罪も反省も何も無い現状で、国会議員の無責任さを許してはなりません。

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  1. 2011/07/17(日) 21:25:23|
  2. 武道史

大島流槍術 加藤善右衛門の福山藩への影響

 以前の道標で高槻藩士 藤井又一が柳河藩へ赴き加藤善右衛門に入門した後、免許皆傳を受け高槻へ帰る途中に福山藩で槍の指南を頼まれて、福山に暫く滞在した事については述べました。またその後加藤善右衛門の甥である谷川進吾が福山藩に招聘されて指南に赴いた事も記しました。藤井又一については昨年の日本武道学会で発表し、皆さんに資料を配布していますので、その資料をお読みください。
 さて福山藩からは以下の二人が入門しています。人数が少ないのは谷川進吾を分かっている明けでも2度も長期にわたり招聘しているからではないかと思います。

備後福山藩
  佐分利猪三郎
  三浦作之助

 以上の二人の流派名は分かっていませんが、福山藩には佐分利流の正統が居たので、佐分利猪三郎が佐分利流の正統であったと考えても間違いではないでしょう。
 今まで見てきたように、今では古武道といわれて普遍のもののように考えられていますが、当時にあってはすべからく、武術流派というものは生きて使えねばならぬものでした。そのため、他藩との交流が進んだ江戸時代後期にあっては槍術のみならず全ての流派が他流派の良いところを学ぶという姿勢があったように思います。
福山DSC_0011

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  1. 2011/07/18(月) 21:25:44|
  2. 武道史

真貫流免許

 広島で行なわれた真貫流柔術の免許の文言を載せます。真貫流柔術については平成17年9月2日(金)に天理大学で行われた日本武道学会第38回大会で発表致しておりますので詳しくは、発表資料をお読みください。
 真貫流は広島藩伝の真神道流と渋川流を元に旧広島藩士 松田魁輔によって開かれた流派ですが、伝書内容からすると、ほぼ真神道流を踏襲した流派であり伝系は以下のようになっています。

    山本民左衛門英早
    土肥周蔵安信
    本間丈右衛門正遠
    鈴木吉兵衛長栄
    同 橘平安栄
    一場初太郎正養
    大橋彌兵衛吉高
      ※この名は新見亀太郎宛伝書になく父勝次郎宛伝書に有り。記し忘れか。
    伊東新太郎正成
    松田魁輔

 松田魁輔は真神道流の別派として真貫流を開いたのではないかと思います。松田魁輔には子の松田榮太郎がおり、また門人の一人に新見亀太郎がおり、二人とも講道館八段を授与されていました。免許の文言は解説はしませんのでご自身でよく読みこんでみてください。大切なことが記されています。

真貫流免許

夫人以力争者人亦力拒之何益宇及兵道兵術因敵轉化変道常也謂所観揚柳靡風得為和徳大悟之一如号真貫流
和者徳之花武者徳之守神妙有其中後世門子敬可秘

師傳曰
諸之於釼序破急ト云事アリ當流ニハ

 序破急
右三ケ九ケノ大事
所謂
序ニ序破急破ニ序破急急ニ序破急是ヲシテ九箇ノ大事ト云フ叙之場ト見ル所ハ其儘急ニ移ル所可有工夫也畢竟心之滞處嫌也平生其心不忘執行第一也

 萬法帰一
萬法帰一スル所ハ合点可成一ノ帰スル其工夫第一也此一ノ帰スル處トラヘテ難傳所謂覚悟之意無我ノ正躰也体者則卍之字説生死者ハ無常之怨敵也晝夜不断会席皆是見敵事肝要也以来懇望之士於有之者堅誓詞文ノ上可有相傳者也



 今年も我家の裏庭には沢山の昆虫などが姿を見せています。その一部を写真にとりました。
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  1. 2011/07/19(火) 21:25:27|
  2. 武道史

真貫流 松田魁輔の経歴

 昨日記した真貫流柔術の創始者である松田魁輔について記します。『廣島縣誌』には次のようにあります。

「・・・魁輔氏は神真道流(註:真神道流の誤り)を伊東新太郎氏に、渋川流を波田治右衛門氏に学び、後一流を立てて真貫流を起こせり。始め道場を木挽町に開き、後材木町に転じ、更に旧芸藩の武術家細道場の現所に移れり。此間警視庁に入り下谷警察署柔道世話係として教示し、後広島に帰り真武館を開きて武徳師範となるの傍ら、市内中等諸学校の教師たりしが、昭和二年八十歳の高齢を以って斯界に輝ける一生の幕を閉じぬ。・・・」

 これだけでは、真貫流の成立過程は詳しくわかりませんが、松田魁輔は真神道流と渋川流を学んだ後、真貫流を開いたことがわかります。また、東京警視庁下谷警察署で柔術を教えており、真貫流の成立時期は東京で他流試合を多く経験した後であるとも考えられます。
 明治維新後は、地方の柔術家が多く上京し東京で柔術を教えていますから松田魁輔も生活のため、また修行のため上京したのではないでしょうか。
 当時、広島で柔術の他流試合が行なわれていたのか、また行われていたとしたらどのような形式をとっていたのかは分かりません。広島で最も盛んであった難波一甫流は他流試合禁止の立場にありました。

 写真は宮島千畳閣にある松田魁輔一門の奉納額です。
松田奉納額DSC_0034

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  1. 2011/07/20(水) 21:25:33|
  2. 武道史

真貫流 松田榮太郎について

 真貫流の創始者である松田魁輔の子、松田榮太郎については『皇太子殿下御誕生奉祝 昭和天覧試合』「武道家名鑑」に次のようにあります。

 「松田榮太郎 六段  廣島市大手町八ノ六
 明治十七年廣島に生る。幼にして父松田魁輔につき真貫流柔術をまなび、同三十三年大東流半田彌太郎の門に入り修行。同三十五年京都五條警察署柔道教師拝命、同三十八年講道館に入る。同四十年鹿児島第七高等学校へ転じ、同四十三年廣島縣警察、陸軍幼年学校へ転じ、大正十年廣島高等工業を兼ね、現在に至る。同十年九月教士の称号を拝受。」

 また『廣島縣誌』にはさらに詳しく次のようにあります。

 「松田榮太郎氏    廣島市大手町八丁目
松田家は累代の柔道家にして、父子二世相次で関西柔道界の巨豪たり。氏は当時剛勇較ぶ者尠かりし松田魁輔氏の嗣子なり・・・中略(魁輔氏の項に先述)・・・榮太郎氏は明治十七年の生にして、幼時父君の真貫流を学び、十七歳大坂の名家半田彌太郎に大東流を修む。二十二歳の時陸軍幼年学校の命を以て講道館に入門し。現在六段にして武徳会教士たり。曾ては高等学校、第二中学校、旭山中学校、松本商業学校、山陽中学校、市立商業学校を除く在廣島各種中学校教師たりしも、今は其多くを辞し、廣島警察署、高等工業学校、武徳会支部等の教師と神崎及廣瀬青年団名誉教授、廣島縣柔道有段者会常務理事等の職にありて、専ら斯界に尽し其重鎮たり。松田父子一門に於いて教を受けし者、實に数萬人を超ゆ。
 由来武道と謡曲は深き関係を有す。氏も亦熱心なる寶生流謡曲の好愛者にして、氏の生来なる一貫主義は此点にも発展し、比較的晩入の研究たるに関らず、既に殿堂に入りて真境に迫りしと云い、盛んに後進を指導しつつあり。」

 当時は講道館柔道が盛んになりつつあり、乱取も講道館の方式が採用され、古流柔術のみでは難しい時代になりつつあったのだと思います。江戸時代と違って没個性の時代です。松田榮太郎氏は講道館式の柔道をどのように思っていたのでしょうか。
 明日は真貫流において松田榮太郎氏の後を継ぎ、真貫流三代とされる新見亀太郎について記します。


 先日、久々に海に行きたくなり山陰の海に行きシュノーケルで遊んで来ました。写真では海は穏やかに見えるのですが台風の影響か、波が少し強く海底の砂が巻き上げられていて良いコンディションではありませんでしたが、小魚が波の影響を受けないために避難する方法が分かり、また初めてウツボも見ることが出来ました。水中カメラは持っていませんので、浜辺の写真です。砂地に水をまくと蝶が水を吸いにおりてきました。
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  1. 2011/07/21(木) 21:25:39|
  2. 武道史

真貫流 新見亀太郎について

 新見亀太郎について『皇太子殿下御誕生奉祝 昭和天覧試合』「武道家名鑑」に次のようにあります。

 「新見亀太郎 五段  廣島市千田町一ノ五五二
 明治二十一年廣島市に生る。幼にして貫心流柔道を修行す。同四十四年廣島縣立廣島工業学校柔道教師拝命。後明道中学校教師を兼務す。大正五年講道館に入門。爾来修道中学、崇徳中学、廣島刑務所、旭山中学校各柔道教師を兼務す。大正十一年精錬證、昭和九年五月教士の称号を授与せらる。」

 『廣島縣誌』にはさらに詳しく

 「新見亀太郎氏    廣島市千田町
 廣島市土手町に於いて真貫流道場を開き居たる鯉城屈指の柔道家新見勝二郎氏を父として明治二十一年十一月に生れ、十一歳の時関西柔道界の大家松田魁輔氏の門に入る。明治四十年松田家初段、同四十四年松田家二段、大正五年松田家三段にすすむと同時に講道館に入門し、直に初段となる。大正十五年松田家四段、昭和五年一月講道館四段に昇級す。
 明治四十一年歩兵第十一連隊に入り、同四十三年血税の義務を終りて退営し、同四十四年廣島巡査拝命、西署勤務たると同時に警察署助教並に縣立工業学校柔道教師を命ぜらる。巡査在職十四年間にて退職す。此の間大正二年頃一時鈄屋町に道場を開きたり。又、大正二年以後、明道、修道、崇徳の各中学校に柔道教師の嘱託を受く。現在廣島刑務所、廣島縣立工業学校柔道教師たり。
 氏は斯くの如く出色の大豪武弁にして体躯強健、意思剛毅、狃る可からざる眼光、侵す可からざる風貌の持主なる一面には温情玲瓏の風韻あり。殊に師弟を薫育するに頗る懇切を極む。氏の道場に於て養育せし子弟三百余人、福井県柔道教師五段吉田勇氏は氏の門下生なり。
 大正十一年京都武徳殿に於て精錬證を昭和二年大阪府に於て柔道整復術免許を、同五年日本柔道整復術師会より七級を、同時に日本柔道接骨士の称号を授けられる。昭和三年御大典奉祝武道大会に列し、武徳会長邦彦王殿下より受賞せられ、同六年第二回接骨士大会に列席し、解剖、接骨、柔道教授法、乱捕試合審判法、極形、活形等の講習終了證明を授けらる。」

 新見亀太郎氏の指導を受けた柔道家は非常に多いようですが、真貫流柔術は早くに亡くなられたご長男だけが受け継がれていたようです。また講道館柔道の段位は不思議な事ですが、受審しなくても講道館から贈呈されていたようです。講道館の勢力拡大の政策であったのだろうかと思います。

 新見亀太郎氏の現代柔道に対する考えは以下の記事(昭和四十年九月二十日の中國新聞)によく現れています。一部引用。

 「柔道は柔よく剛を制すが本来の姿だ。それがスポーツ化されて、危険性のある当て身、関節ワザなど、からだの小さいものが大きいものを倒すことができるワザが禁止されてしまった。その上、相手をきれいに倒そうとするようになった。だからよほど力の差がないかぎり大きなほうが勝つのが当たりまえ。どうすれば小が大に勝てるか。寝ワザを前提にした捨て身ワザを身につけることだ。」

 ここには新見氏の現代柔道に対する批判がみられますが、それに対する対策も述べられています。新見亀太郎氏の修行の初期の段階には大いに形稽古もし、当て身や関節技を身に付けたものと思われます。
 写真は新見亀太郎氏の演武です。

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  1. 2011/07/22(金) 21:25:58|
  2. 武道史

柔術昇級審査作文

 小学校3年生の柔術の昇級審査の作文を載せます。日頃から稽古も熱心で学び取ろうとする姿勢もあり上達も速いのですが、ここまで冷静に自分自身を見詰めているからです。
 大人もこの作文を読んでしっかり勉強してください。自分自身がここまで自分を見詰めているか内省してみてください。


 自分が上達するためには何をしなければならないか

                小学校3年生 女子

 上達するためには何をしたらいいかで、一つ目は相手の目を見ることだと思いました。ときどき自分の手を見てしまうので気をつけたいです。
 二つ目は、じゅうしんを真ん中にすることです。ひざを相手のおなかにのせるときに、じゅうしんが相手の方によってしまって、からだがななめになってしまうので、じゅうしんを真ん中にしたいなあと思いました。
 三つ目は注意されたところをできるようになることです。右足と右手がべつべつに出たり、さがったりするので、がったいしてやれるといいなあと思いました。
 四つ目は、意治稽古の時のことです。にげてしまうことがあります。逃げないようにしたいです。相手に投げたりされるので、それをかわして、相手を投げたりできるといいなあと思いました。
 五つめは、声を大きくする事です。いつも小さくなってしまいます。でも声をおおきくすると気合も入るので大きい声を出せれるように、ばんばりたいです。
 六つ目は、相手のこうげきをよけることです。ときどき、半身になれなくて、体がなあんめにかたむくのでしっかりあしをひいて、半身になりたいです。かた足だけさがったらいいのに、うごかなくてもいい足がちょっとだけさがってしまうので、さがらないようにしたいです。
 七つ目はおさえたり、けったりする場所をせいかくにやることです。いつも、どこをおさえたりすればいいかわからなくなってしまうので、おさえたりする所の場所をせいかくにおぼえて、けったりできればいいなあとおもいました。
 この七つのことを中心にして、自分が上達するためのことをどんどんやっていこうと思いました。いつもけいこに集中し、上手になっていけるといいなあと思いました。七つの事はこころがけていこうと思います。


 裏庭のキューリとピーマンの花の写真です。
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 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法の行事のページに居合講習会の写真を載せました。

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  1. 2011/07/23(土) 21:25:48|
  2. 昇級審査作文

そけい部

 以前、上半身の脇の状態について述べましたが、自由に動くためには全ての体の部位がそのような状態でなければなりません。とくに下半身ではそけい部が大切です。
 上半身は下半身に載っているので下半身に比べて力みを無くすのは簡単ですが、下半身は立つという働きをしなければならないので力みがより入り易くなります。ましてやこけまいと意識すればするほど、そけい部を力ませ下半身を固めて不自由な状態にしてしまいます。
 しかし、居合も柔術もそこに留まって働きをなすわけではなく、動きながら働きをなします。そのためには下半身の自由さが必要となります。しっかり立つという事と、自由に動けるということは反しています。しっかり立つのではなく自分の中心と引力の線とが一つになってこける事はないけれども、僅かでもずれれば動きはじめる状態になければなりません。そのために必要となるのがそけい部の弛みです。
 工夫してください。


やはりそうか

 インターネットのニュースに次のようにありました。

 海江田万里経済産業相は23日、テレビ東京の番組に出演し、原発プラントの受注に向けて交渉中のトルコに、近く経産省職員を派遣し、日本の原子力技術の安全性などについて説明することを明らかにした。菅直人首相は「脱原発依存」を打ち出したが、海江田経産相は原発輸出に力を入れる姿勢を改めて明確にした。
 海江田経産相は番組で、トルコや既に受注が決まったベトナムが、東京電力福島第1原発事故後も日本の原子力技術に期待しているとの認識を示し、「トルコに行って実際の技術をしっかり話して来てくださいと(指示した)」と述べた。
 原発輸出については、21日の参院予算委員会で、菅首相が「議論したい」との答弁を繰り返す一方、海江田経産相はベトナムやトルコに「特派でも派遣して説明する必要がある」と交渉を続ける姿勢を示していた。


 日本で安全が確立されていないものを海外に輸出してどうするのでしょうか。万が一のことが起こってしまったら取り返しがつかなくなるものを目先の自分の利益を優先させて海外へとは狂気の沙汰です。
 「日本の原子力技術の安全性などについて説明する」とありますが、こと原子力の安全性ということであれば100%でなければなりません。想定外の出来事という言い逃れはもう許されてはならないのです。
 イラクは、実際は存在しないのにもかかわらず大量破壊兵器をもつ可能性があるということだけで滅ぼされました。使われてしまったら大きな被害が出るという名目です。
 原発も万が一のことがあったら大きな被害が出るのは核兵器と同じことです。万が一のことに対応できない安全性とはいったい何でしょうか。
 自分の利益を求めるために自国民や他国民を危険にさらす政治家を国会議員として選んではならないのです。

 父の家になっていた葡萄とサボテンの花の写真です。
budouDSC01142.jpg sabotennDSC01147.jpg


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  1. 2011/07/24(日) 21:25:42|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

形は忘れる

 上達するためには形は忘れなければなりません。初心者の内に何度も形を繰り返していたら形の手順は身にしみこみ、形の手順は考えなくても体は動くようになります。そうなったら大切な事は形を忘れる事なのです。
 もう少し丁寧に述べると、形を忘れるとは形の手順を追って見事な、また完成された形を行おうと求めてはならないということです。形を通じて自由になる為の形ですから、形を見事に行おうとする事は手段である形を目的にしてしまうことになります。その結果、自由になる為の手段である形が、そのようにしか動けない体を作る忌むべきものとなってしまいます。
 初心者の域を出したならば、稽古すべきはいかに形を通じて自由になるかと言う事です。いいかえれば如何に自由に形を遣えるということです。形や動きの完成度を競うのはスポーツ競技がすることであって武術がする事ではありません。思いを変えなければ上達はありません。


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  1. 2011/07/25(月) 21:25:19|
  2. 居合 総論

形稽古についての考え方

 形稽古は諸刃の剣であり、自由に動ける体を作ると同時に、そのようにしか動けない体を作るもとともなります。本来、形稽古は自由に動ける体を作るためにあるのですが、なぜそのようにしか動けない体を作ることになってしまうのでしょうか。
 その大きな原因の一つが形を見事に演じたいと思うことにあります。現代では武術の形の見事さは素人が見て見事であるということに基準があるためにメリハリのある力のこもった動きが好まれます。力みのないすらすらとした動きは素人には見えず素人受けはしないものです。見えない動きが敵にも見えないことに通じるのですが、素人が関心を持ち稽古を始めてみたいと思う武術の動きは見える動きなのですから大衆受する動きをするようになるのは当然のことではありますが、それがそのようにしか動けない体を作ってしまう大きな原因となってしまいます。
 また顔に色を表さないというのも、古来言われてきたことではありますが、顔に色を表すことによって流石だと素人に思わせているのですから、これも仕方ないことなのかもしれません。
 では、自由に動ける体を作るための稽古はどのようなものでなければならないのかといえば、どこにも力み凝り固まりを作らないことを心がけ、力みや凝り固まりを感じたならば自分のレベルはこの程度のものと自分を分析できる稽古です。したがって素人受けすることはありません。いかにもという動きはなく、顔にも色は出さず、色が出ていると感じたならば、それを正さねばならないからです。
 自分がどのような稽古をしているのか考えてください。


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  1. 2011/07/26(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

相手に居付く

 普段は物腰柔らかく、優しい方であるにもかかわらず、稽古を始めたら動きがギクシャクしてしまう。また半棒や木刀を手にしたら動きの歪がより大きくなってしまうという方も居られますが、これは稽古相手や棒・木刀に居付いておられるからなのです。
 普段の心・動きにままに稽古されればそれでよいのですが、相手や物に心を奪われてしまい、普段の動きができなくなってしまう方の稽古は心を鎮めることに務めるしかありませんし、心が相手や物に居付いたまま、何百回、何千回稽古しても上達は難しいとしかいえません。
 自分が稽古をする時、どのような心の状態になっているか自分自身を把握してみてください。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2011/07/27(水) 21:25:21|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

気付き

 昨日は久留米で指導を行いましたが、気付きを述べます。

1.絶対に形を求めないこと
 もう手順を覚えているにもかかわらず、ああしようこうしようと頭で考えて動くために、小手先の動きになり体の中心は働きません。体の中心が働かなければ業にはなりません。頭で考えて動くことは絶対にしてはなりません。

2・体を固めぬこと
 世間一般に言われる「腰を入れる」とか「脇を固める」とかいう言葉に惑わされ僅かでも体を固めてはいけません。正しく座れた時点ですでに腰はあるべき状態になっており、力みなく腕が引力に従っている時点で脇は正しい状態にあります。そこからさらに何かしようとするのは力み以外の何物でもありません。

3・速さ・強さは求めぬこと
 何度も指導していますが速さ・強さは求めてはいけません。上級者のように速く・強く動こうとしても外形を真似しているに過ぎず、それは業とはいえません。体の中心で正しく動けるようになれば速さ・強さはその正しさの度合いによって自然に生じてくるものです。

4・上半身と下半身を統合して動く
 上半身と下半身の動きを統合するのが臍下丹田です。動きの中心が臍下丹田になければ上半身と下半身はばらばらに動いてしまいます。

 他にもいくつか気付きはありますが省略します。まだまだ聞いて聞こえず、見て見えずの状態にあります。心の目を開き、心の耳を開かなければ見えるものも、見えるもの・聞こえるものも心に届いては来ません。


 稽古の前に九州大学で武道史の史料調査を行いました。意義のある資料があったのですが、それらを分析するには相当な時間と他の資料も必要になってきます。
 また一回の閲覧で資料は10点しか見ることができませんので、何回も通わなければ全てを見ることはできません。閲覧も平日に限られています。大学が所有する資料を閲覧するのは困難が伴います。全て文書館に移していただければよいのですが大学の立場もありそうはいかないでしょう。なかなか研究は前には進みません。
 九州大学にはたくさんの古い建物があり、歴史の古さを感じました。

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  1. 2011/07/28(木) 21:25:19|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

才能

 武術の稽古をするのに必要な才能は素直さだけですが、あえていうなら見てとる才能も必要です。
 見てとる才能は二つに分ける事が出来ると思います。一つは、広く大きく集中できる事、集中といったら一点に集中することだと思われると思いますが、技を見てとるにはその人の動きを全て観なければなりません。一部分だけを見ていると、全体としての技は見えてきません。この才能は発達させる事は可能です。今その能力が無いからと言って悲観する事はありません、訓練すれば、身についてくるものです。
 もう一つは素直さに基礎を持つ見てとる才能です。いくら観ていても、理解する前に自分の考えが入ればそれは歪みをもってしか入ってきません。いくら自分は観たままにやっていると思っても、観たままに入ってきていないのですからどうしようもありません。この分野を上達させるにはいくら観る訓練を重ねても難しいものがあります。我執という心を正さなければどうにもならないからです。
 自分はどのような状態にあるのか自分自身を見つめてください。 



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  1. 2011/07/29(金) 21:25:40|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

左刀

 木曜日、大石神影流の稽古をつけていただき、広島へ帰った時間が予定より少し早かったので、午後8時ころに道場に出ることができました。
 ちょうど初心者の方が二人、お願いしていた方の指導により「左刀」の稽古をされていましたが、よく理合を理解しておられ、正しい方向にに稽古しておられましたので安心しました。
 「左刀」で自分の左方に向きが変わる動きは、素人は脚力を用いて回ろうとし下肢に力みが入ったり、上半身を力ませて勢いで回ろうとするため、上半身が固くなり腕力で抜付けを行う傾向が出てしまいます。
 しかし理解されていたように体が左に向く理を簡潔に述べれば、中心が保たれつつ左に崩れるから体が左に向いていきます。したがって、体のどこにも力みが入らないどころか、崩れるのを利用するのですからより楽になっていきます。
 また刀が抜ける(抜くではありません)のは中心が保たれつつ左へ崩れていくことによって自然に半身になることによって行われるのですから、右手を使う必要はありません。むしろ右手を使おうとすることによって調和は乱れてしまいますので心して稽古しなくてはなりません。
 初心者の方は今が大切な時ですから体を決して力ませることなく、心も静かに広くし、ゆとりをもって稽古してください。
 
 大牟田で稽古をつけていただいた変えrに初・二代の大石先生のお墓参りに行きました。ちょうどカチガラス二羽間近にいたのですが写真を撮る前に逃げてしまいました。白黒の大きな鳥です。
 お墓の周りには蝉がうるさいくらいに鳴いていました。
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  1. 2011/07/30(土) 21:25:10|
  2. 居合 業

大石進先生の話・・・武術家は貧乏する

 大石神影流の大石家は柳河藩の藩境を警備するため領地は今の大牟田市にあり城下には住んでいませんでした。農作業を自ら行っていたということも知られています。また自ら牛が引く鋤を引いて農民を楽しませていたということも知られています。禄高80石、軍役100石なので、それほどまでには生活は苦しくなかったのではないかと思われます。しかし、佐賀藩の鉄人流 牟田文之助の廻国修行日記である『諸国廻歴日録』安政2年8月11日に以下のように記してあります。
 
「且又大石宅は作方専一に致候様子にて、家内之人も偏に前垂れにて、見くるしく有様にて候。この如き所諸藩より入塾と申しては誠以奇妙之至感心也。」

 日本でも有名な剱術家の家の人たちが皆、農民のように農作業をしているのを奇妙に思い、そんな農民のようなところに日本全国の藩から入門に来る事を奇妙に思い感心しているのでしょう。
 先に述べたように柳河藩ではすべての武士が城下集住というわけではなく、領地を得て城下から離れて暮らす武士もいました。大石家もその一つで自ら農作業をしていたようです。農作業をしない他藩の武士には武士が農民のような暮らしをするという驚きを感じたことと思います。
 (もっとも農作業の時の農具の使いようが剱術の刀の使いようと共通する部分があり、今にその遣方は伝えられています。)
 しかし、80石といえども諸藩から入門者があれば一度はご馳走しなければならず、長期滞在者には何がしらかの土産も持たさねばならず
(土佐の樋口真吉は二回目に大石進のもとに修行に行った時、竹刀や防具の為の革をもらっています)、修行者が来れば昼ご飯くらいは食べさせなければならないので生活は豊かとは言えなかったと思います。
 私なども、それなりのお付き合いがあるので、武術による出費は馬鹿にならないくらいあります。昔から武術家は貧乏すると言いますが、無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生に教えられたとおりにせめて「赤字にはならないように」しなければならないかもしれません。そうしなければ、後に続けてくれる人たちにも悪循環は続いてしまいます。何とか考えなければなりません。

 昨日、次男が撮った裏庭の蜻蛉の写真です。
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  1. 2011/07/31(日) 21:25:33|
  2. 武道史

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