無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

おみやげ

 先日、小学生の門人から道場のみなさんにおみやげを頂きました。小学校の修学旅行のお土産です。これほど嬉しい事はありません。
 小学生の時の修学旅行と言ったら楽しい事ばかり。友達と一緒に行くのですから家族旅行とはまた別格の楽しさがあります。楽しくて道場の皆にお土産を買う事なんかを忘れても当然なのです。それをお小遣いのなかからわざわざお土産を買ってきてくれるのですから、その心が有難いのです。
 子供達の行動には「こうしたら、自分が得をする。」とか「こうしたら人の上にたつことが出来る。」などといった私欲に基ずく私心が大人に比べると圧倒的に少なく、素直な目で子供達の行動を見ていると学ばされる事が多くあります。
 私利私欲の固まりでありながら、道徳者面して「こどもに道徳うんぬん」といっている政治家や教育者のほうがよほど学ばねばならぬ誠を子供達は持っています。
 そんな子供達に柔術を教える私達が研鑚を積み、修行を重ねないわけにはいきません。
  
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/12/01(水) 22:33:48|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自分を疑う

 なかなか上達しない方は今の自分のありようを疑おうとされていないようです。
 「この手の掛りで良いのか」、「この手の内でよいのか」、「これで本当に臍下に治まっているのか」と自分を疑う事をされないのです。
 稽古は今の自分に打ち勝ち、昨日よりも今日、今日よりも明日と上達するために行います。ところが今の自分に安住し、ただ数をかければ上達するのだと勘違いし自分を正すことが無ければ上達するどころか脇道にそれて道を見失ってしまい、道を見失っている事にさえ気付かなくなってしまいます。
 上達は今の自分に打ち勝ち乗り越える事ですから、今の自分を疑い、日々悪いところを見つけ出し改善していかなければ上達する事はありません。
 絶対に今の自分に安心していてはなりません。
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/02(木) 21:25:10|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一人稽古で陥り易い事

 一人稽古を続けていて陥り易い事の一つがすぐに結果を求めてしまうという事です。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古を一人で行っていると、どうしても刀が振れる事、つまり勢いよく速く動く事を求めてしまい、自分の腕力で刀を操作し、生の力で刀を振り自己満足してしまう可能性が生じます。
 全ては結果であり、速い強い抜付けも自分では速く強くとも思わないのに、体の遣方によってひとりでにそうなる。とお教えして入るのですがどうしてもまどろっこしい事が我慢できなくなってしまうようです。
 したがって一人稽古で絶対に心がけなければならない事は結果を求めず、たとえ刀の動きは遅く弱く感じられようとも「静に淀みなく歪なく動くこと」でなければなりません。そのような稽古を積み重ねる事によって速さ強さは自然に生まれてくるのです。
  
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/03(金) 21:25:03|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

福山藩誠之館一件帳にみる柳河藩大嶋流谷川進吾の動向

 谷川進吾は柳河藩の大嶋流槍術師範加藤善右衛門の甥で、加藤善右衛門を助けて槍術の指導をしています。多くの藩へ指導に出向いていたようでのちに岡山藩に乞われ岡山藩士となっています。
 谷川進吾が福山藩に招かれて指導に出向いた記事が誠之館一件帳に乗っていますので紹介します。
 谷川進吾は万延元年6月26日に福山へ到着しますが、平日は質素な食事であるものの到着の日には少しご馳走をされています。28日に御年寄りと両掛りに挨拶に行き、贈り物を頂いています。
 29日には誠之館を見物し、30日には稽古を始めています。
 7月1日には旅費として25両、滞在中の雑費として20両をもらっています。
 以後毎月1日は祝儀日であるので酒肴をいただいています。

 非常な歓迎振りで譜代大名としての格式から、他藩から指導者を招くに当ってはこれくらいの待遇で遇したのだろうと考えられます。
 谷川進吾が福山藩滞在中にどのような稽古をしたのかは記録されていません。当然のことながら防具着用の相面稽古(試合稽古)を指導したのだろうと考えられます。
 29日の記事に「一 信田右衛門介同居之儀申出伺済二付」とありますが、信田右衛門介は防州徳山藩士で加藤善右衛門の門人です。修行のために谷川進吾が同道させたのかもしれません。

 谷川進吾にみるように柳河藩は乞われれば藩士を剱術や槍術の指導に派遣しています。門外不出の御留流などというものは柳河藩には存在しません。もしあると主張する者があればそれは歴史を偽った主張です。

 次は帰藩にあたってどのように送り出されたかについてみてみたいと思います。


八月廿六日
○谷川進吾逗留中取扱之覚
一 三谷竜三・岡本量助右掛り被仰付候付、万端取計之事
六月廿七日着
一 着之日水呑迄師範門弟共申合迎こさし出候事
   岡本量助もさし
一 小倉昭宅へ落付之事
一 賄方万端吟味役三谷龍三心得之事
一 朝夕一汁一菜昼一菜
一 着之日左之通二而酒さし出
  一 吸物一ツ
  一 肴一種 七色
  一 索麺
  一 さし身
   迎二罷出候者相諸侯者も相伴いたし候事
同廿八日
一 翌朝両掛り一緒ニ為挨拶罷越
一 同日進吾儀御年寄并両掛り宅挨拶として罷越候事
   帰り之節玄関より茶多葉粉盆出ス
一 同左之通相贈ル
   一 拾五匁位肴
      大たこ
      大こち
      鱸魚
   外二
   一 銘酒  二陶
一 総裁御両人より左之通被贈侯由
 一 銘酒  五陶
 一 菓子折 大之分

同廿九日
谷川進吾為見物館中江罷出侯事
同晦日
一 今日より稽古相始メ候事
一 信田右衛門介同居之儀申出伺済二付、其旨雄左衛門へ申談
一 明朔日左之通相贈り積
   一 金弐拾五両  出立前支度料并海陸諸入用
   一 同弐拾両当年中雑用
右之通金子台ニ載セ奉書弐枚包ミ、水引熨斗鮑添龍三より為指出侯事

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一 明朔日祝儀日二付、左之通二而酒肴指出候様龍三江申談
   献立、着之日同断
一 三浦作之介・坂順次郎為取持罷出侯様申談、以後毎月三日同断

  
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  1. 2010/12/04(土) 21:25:24|
  2. 武道史

福山藩誠之館一件帳にみる柳河藩大嶋流 谷川進吾の動向 2

 昨日は福山藩に谷川進吾が迎えられたときの様子を誠之館一件帳弐番に見ましたが、今日は6ヶ月間の指導を終え柳河へ帰藩するときの様子です。6ヶ月の指導期間と言うのも随分長いように感じます。
 記述を読むと福山藩から谷川進吾にそうとうな謝礼をだしていることがわかります。誠之館一件帳弐番には福山藩の槍術が衰微しているという記録もありますので、試合槍術振興のためには谷川進吾の指導が必要不可欠な物であったのではないかと思います。剱術では大村藩から神道無念流の斎藤勧之助が招かれていますが、送別の際の食事は谷川進吾よりも質素なものです。
 谷川進吾は翌年の文久元年十二月に再度、福山藩に指導に来ています。このときの様子はまた次回記します。

十一月十九日
一 左之通谷川進吾帰国二付伺済近々取計候積
  当六月廿七日到着十一月廿二日発足〆六ケ月逗留也
  一 白銀    三拾枚
     謝義
  一 御手元より 米沢縞反物弐反
  一 帰路入用  金拾両
  一 花延弐拾枚 総裁より
  一 畳表拾五枚 掛り御用人より
  一 同拾枚   同御役方より
於大御書院御目見之上於皇帝弐之御間
  一 弐汁五菜御料理被下
    献立下ニアリ
  一 金三歩 若党江
  一 銀五両 中間江
  一 若党・中間江一汁一菜ニテ飯指出
  一 百五拾目師範江相渡

廿二日進吾宅ニテ惣体別盃入用
  一 右之外者御役方日記二認有之可見合事

   本膳

 作りうを
 白髪大こん
 くりせうか
 狸々のり
 金かん

平皿
 丸半弁
  葛引
 わさび

硯ふた
 算木魚
 えひ
 水晶こんふ
 玉あられ
 干ひさより
 連こん


 火とりうを
 小かふ

香之物
 なら漬
 刀豆




 貫汪館HPの澁川一流柔術行事のページに厳島神社古武道演武会の写真を載せました。御覧下さい。
  
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  1. 2010/12/05(日) 21:25:00|
  2. 武道史

納刀

 納刀は抜付けと表裏をなす大切な動きです。納刀に無理が生じれば、抜付けにも必ず同様な無理なところが存在します。
 無雙神傳英信流抜刀兵法では抜付けにおいて鞘引きといって小尻を自分の右のほうに持ってくるようなことはしません。あくまでも刀の反りに応じて後方にさがるだけなのですが、抜付けで小尻をふる癖のある方は納刀においても小尻をふる癖があります。このような場合には納刀のときの動きを正すことによって抜付けの動作も正されていくものです。
 また、抜付けで切先の離れ際に右肩に力みが入り柄頭を右に持っていく癖のある方は、納刀のときにも柄頭を右に持っていく癖があるものです。、このような場合にも納刀の動作を正すことによって抜付けの動作も正されていきます。
 納刀は静にゆっくり行えばよいのですから、抜付けに比べて動きを正す稽古をする余裕は十分にあるはずです。
 工夫してください。
  
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  1. 2010/12/06(月) 21:25:04|
  2. 居合 業

貫心流「糸引之伝」

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生はその師である尾形郷一先生からの業に関するお手紙をよく見せて下さいました。尾形先生はその当時ご高齢でしたが自分自身が稽古されて気付かれたことなどを記した手紙を梅本先生に送られていたのです。
 その手紙のなかに、しばしば「貫心流糸引之伝にて・・・」という言葉が出てきました。尾形先生は徳島の方で貫心流の免許皆傳を得られていたので無雙神傳英信流抜刀兵法の説明をされるのにもその言葉が出てきたのです。ところが梅本先生は貫心流を習ってはおられませんので「自分は貫心流は習っていないから」と言われつつも、「糸引之伝」についての簡単な説明はしてくださいました。

 広島藩の江戸後期の貫心流の師家である細家の文書「貫心流兵法目録注解」には「糸引之伝」について次のように記されています。
 「糸引トハ眼ト眼・心ト心、糸ヲ引ハエタルカ如ク位ヲ取テタユムヘカラス。所謂エンナリ

 この糸引という言葉は大変便利な言葉で太刀打の稽古の際に所謂エンが切れる人にはこの言葉で説明する以外には無いと思うくらいです。
 「隙に付入る」とか「一刀両断」と思っている方は業の上達は難しいものですが、「糸引之伝」という感覚をつかめば敵と一体となって自然に敵の隙が出来た時にはそこに刀が行っており、また敵が斬ってきた時にもそれに応じてかわしたり、すかしたり、流したりと自然に体が動いているものです。
 下手に自己満足の素抜き抜刀術のみを稽古していて、真の想定ができない方には決して理解できない言葉だろうと思います。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。
  
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/07(火) 21:25:47|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜付け

 抜付けはどのような感覚の動きかを説明するのは難しいことなのですが、自分自身の感覚で言えば刀が鞘から発し、発すると同時に敵に至っている動きであって、決して自分が抜付けるという感覚ではありません。
 師は飛び出ていくのをつかむくらいの感覚だといわれましたが、言い方をかえるとそういう説明が出来ると思います。
 いえる事は刀がひとりでに鯉口から発し、自ら敵にいたるのであって、自分の腕力で振り込むのでもなければ、相手に当ててから自分の体を無理矢理開いて横に振るのでもありません。
 このためには肩や腕の力は抜いておく事が絶対条件となり、また同時に手の内を通じて臍下丹田から切先までが自分の体となっていなければなりません。
 多くの方の抜きつけが異なるのは「自分が抜付ける」という思いがあるからで、この「自分が」という意識を変えることがなければ「切先が鯉口から自ずと発する」という感覚の抜付けを会得することはできません。
 工夫してください。
  
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  1. 2010/12/08(水) 21:25:21|
  2. 居合 業

佐倉-1

 11月2日に千葉県の佐倉市を訪ねました。目的は国立歴史民俗博物館の「武士とは何か」という企画展を見ることだったのですが友人との待ち合わせまで時間があったのでぶらぶらと街を歩きました。京成佐倉駅でおり、近くにある観光協会の観光案内所で親切に対応していただき、旧堀田邸と佐倉武家屋敷を訪ね、佐倉城址公園を経て国立歴史民俗博物館へ行くことにしました。
 旧堀田邸への途中に佐倉新町おはやし館があったのでそこを見学、さらに行くと延覚寺というお寺がありました。お寺には石碑があるのでふらっと墓地に行くとすぐに大きな石碑がありました。

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 石碑は鈴木清助のもので戸塚楊心流四天王のひとりと言われた方のものでした。万延元年に生まれ明治15年に千葉県巡査となり明治22年佐倉署在勤となって、明治23年国庫金護送の際強奪犯に銃で襲われましたが重傷を負いながらこれを捕縛したのち亡くなったと説明板に記されていました。

 延覚寺の近くには宗円寺があり、ここには武術家のものではありませんが、私立病院の元祖である順天堂を開いた佐藤泰然の墓がありました。順天堂大学は子の佐藤尚中が開設したという事です。墓の左の写真はクリックしていただくと拡大します。街の中にあった観光案内の地図です。迷子になることはありません。

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 続く 
  
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  1. 2010/12/09(木) 21:25:51|
  2. 武道史

佐倉-2

 佐倉市観光の続きです。近くには甚大寺があり、ここは佐倉をおさめた大名の堀田氏の菩提寺です。
 堀田家の墓地の前には非常に大きな堀田正睦追遠の碑があります。
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 石碑を左手に見て奥に行くと堀田家の墓地です。さすがに一般の人たちの墓とは違い大きな墓石が堂々と据えられています。

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堀田正睦は老中主座として日米修好通商条約締結のもとを築きました。しかし下の案内板に記されているように幕末という不安定な時期に不遇の最後を終えています。案内板と堀田正睦の墓石です。

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 下の墓石は堀田正睦の子の正倫のものです。正倫は徳川慶喜の助命嘆願のために京都に上りましたが、官軍のために阻止され京都妙心寺に謹慎させられました。

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続く  
  
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  1. 2010/12/10(金) 21:25:07|
  2. 武道史

佐倉-3

 今日は旧堀田邸を紹介します。旧堀田邸は昨日紹介した堀田正倫が明治時代に建てた邸宅です。重要文化財に指定されています。したがって部屋を歩くにも壁に触れたりしないように要注意です。

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 部屋の壁は場所によって壁土の色が異なりきれいです。

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 部屋はたくさんありますが、華美ではなくさりげなく高級で落ち着ける場所です。

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 大名としての最後の堀田家の当主堀田正倫の写真がありましたが、武士には見えませんでした。まるで貸衣装を着ているように見えるのは気のせいでしょうか。

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 堀田邸の庭園と、庭園から見た堀田邸です。

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続く
  
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  1. 2010/12/11(土) 21:25:25|
  2. 武道史

佐倉-4

 佐倉の紹介の最後です。今日は武家屋敷を紹介します。佐倉には武家屋敷がのこっています。また通りもその当時の雰囲気を残しています。どこの藩の武家屋敷もそうですが通りは広すぎず、屋敷はこじんまりとして質素です。なにも述べませんので写真で雰囲気を感じ取ってください。

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 最後の写真は武家屋敷に飾ってあった幕末の佐倉藩士の写真です。昨日の殿様の写真とは随分趣が異なっています。年寄役であった倉次亨の写真ということです。
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  1. 2010/12/12(日) 21:25:13|
  2. 武道史

構えない

 無雙神傳英信流抜刀兵法の素抜き抜刀術を間違って稽古すると動きの途中で所謂構えてしまう状態が生まれます。逆刀で立って居る敵に柄頭を向けた時、また勢中刀で同じ動作をしたとき。血振いのあとや納刀の途中等々、構えたくなっているポイントは数多くありますが、居合では動く前も、動きの最中にも、納刀した後も構えるという事をしません。
 構えて体を固めたくなる理由はいくつかあろうと思いますが、もっとも大きな理由は「実感」が欲しいという心の問題です。敵に対したときに構えて体を固めるのは、敵に立向っているという実感を自ら求め、また他者にも見せたいのです。血振いや納刀の時にはい自分はこういう動作をしているのだという事を実感し、また見せたいのです。
 しかし、そのような力みを求めてしまえば、それは自由に動ける武道ではなくなってしまいます。構え、力みを一切排除して動かねば居合の求める自由な動きとなることはありません。


 12月18日(土)、19日(日)久留米において下記の日程で指導稽古を行います。興味のある方は久留米道場のホームページに記してある連絡先に御連絡ください。
 18日(土)17:30~21:30 久留米市筑邦市民センター 多目的ホール
 19日(日) 9:00~17:00 久留米市武道館 剣道場
 
 
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  1. 2010/12/13(月) 21:25:35|
  2. 居合 業

平成22年度中学校武道必修化(銃剣道)指導法研究事業

 12月10日(金)から12日(日)まで日本武道館勝浦研修センターで平成22年度中学校武道必修化(銃剣道)指導法研究事業が開かれ私も研究者の一人として招かれて行ってまいりました。
 私の仕事は主として授業の導入の銃剣道史についての教案を作る事でした。中学生に対する実際の実技の指導は体育の教員の方が行われましたので、歴史について話した後は、授業を見ながら全日本銃剣道連盟が作成された指導案が適切かどうかを確認していくのが仕事になりました。
 私の事ですから銃剣道史を通り一遍の通説では教えません。銃剣道が明治以降の帝国陸軍で作られたというのでは日本の伝統と文化にはなりません。そういった意味で明治以降の武士の居ない時期に誕生した少林寺拳法や空手(琉球の武術)や柔術をスポーツ化して明治時代成立した講道館柔道がはたして日本の伝統文化といえるのか大きな疑問です。
 さて銃剣道ですが、江戸時代後期に剣付小銃が輸入された事がそのはじまりです。明治維新まで期間が短かったために何々流という銃剣道の流派は生まれませんでしたが戊辰戦争では確実に銃剱術が用いられています。つまり銃剣道は武士の時代の最後に登場した武術なのです。その歴史と伝統は少林寺拳法や現代空手や講道館柔道よりもはるかに古いのです。
 銃剣道は江戸時代には銃槍術と呼ばれていましたが、私が発見した資料には鎗(やり)と漢字を書いてけんと読み仮名がふってありましたので、銃槍術と漢字で書いてじゅうけんじゅつと読ませていた可能性大です。今後調査を重ねなければなりません。
 江戸時代に銃剣道が誕生した証拠の絵です。この時代、当然の事ですが少林寺拳法や合気道や講道館柔道などは存在していません。
 
銃剣



 12月18日(土)、19日(日)久留米において下記の日程で指導稽古を行います。興味のある方は久留米道場のホームページに記してある連絡先に御連絡ください。
 18日(土)17:30~21:30 久留米市筑邦市民センター 多目的ホール
 19日(日) 9:00~17:00 久留米市武道館 剣道場
 
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/14(火) 21:25:12|
  2. 武道史

指導法

 昨日、平成22年度中学校武道必修化(銃剣道)指導法研究事業について少し記しましたが、この事業の中で新潟県の体育の先生の指導が素晴らしかったので、すこし記しておきたいと思います。
 体育の先生の指導の何が素晴らしかったかと言えば常に優しく生徒に語りかけられていた事です。研究事業に協力してくれたのは勝浦市立興津中学校の生徒たちで、みな前向きに銃剣道に取り組み、心優しい素敵な子供達でした。しかし初めて経験する銃剣道がすぐに出来るようになるわけではありません。時には勘違いをしていたり、ぎこちない動きをしたり指示と異なった動きをします。
 しかし指導された先生はどんな時でも決して焦らず、ゆっくり丁寧に優しく教えられるのです。その余裕が前向きな子供達に失敗を恐れさせる事無く、吸収しようとする態度を萎えさせていないのがはっきりと見てとれました。子供達が最初に持っている興味関心を削ぐ事が無いのです。
 熱心に教えようとすればするほど指導者自身があせってしまい、それによって子供達もまた失敗してしまうという事はよくあることです。私達も道場で子供達への教え方を工夫して効果的な方法を見つけ出さなければなりません。

 12月18日(土)、19日(日)久留米において下記の日程で指導稽古を行います。興味のある方は久留米道場のホームページに記してある連絡先に御連絡ください。
 18日(土)17:30~21:30 久留米市筑邦市民センター 多目的ホール
 19日(日) 9:00~17:00 久留米市武道館 剣道場
 
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/15(水) 21:25:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

小さい頃から稽古を続ければ

 先日小学校3年生から澁川一流柔術の稽古を続けている高校1年生の男の子が久々に稽古にきました。高校生になってクラブ活動が忙しくなりなかなか道場に来れないようです。
 小さい頃は動きがぎこちなく、体が緊張する癖もありなかなか業が身につきませんでしたが、中学生になる頃から稽古の成果が出始め、はじめからもっている体の癖も無くなり良い動きをするようになっていました。
 先日稽古にきたときに初心者の方の相手をしてもらうと、動きも崩れておらず、しっかりしているのでそのまま指導を任せました。そばで見ていると、大切な事をきちっと教え、説明も理にかない、何一つ不足するところが無い指導振りでした。
 小学生の頃から教えられてきた事が完全に自分のものになっているようでした。小さい頃から稽古を続ければこれほどまでになるのかと思わず感心してしまいました。皆さんのご指導の賜物であると感じるとともに確実に次の世代が育つのを感じました。

 12月18日(土)、19日(日)久留米において下記の日程で指導稽古を行います。興味のある方は久留米道場のホームページに記してある連絡先に御連絡ください。
 18日(土)17:30~21:30 久留米市筑邦市民センター 多目的ホール
 19日(日) 9:00~17:00 久留米市武道館 剣道場
 
  
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/12/16(木) 21:21:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自分の体を信じる

 無雙神傳英信流抜刀兵法の抜付けの稽古において徹底的に自分の力みをなくす稽古を重ねられ、もう少しで出来るようになると見守っていると、抜けそうになったところから急に力をいれ、「自分で」抜きつけようとされるという事は修行の過程でよくあることです。
 このまま力みを抜いていったら、刀は抜けなくなってしまうのではないかと不安になり、「我」で抜こうとしてしまうのです。実はそこが出来るようになるかならないかの分かれ目で、自分の体を信じて任せてしまえば良いのです。
 体は頭で考えるよりもよほど働きは良いものです。頭で考えああしようこうしようと思わなくてもひとりでに姿勢を保ち、バランスを保っています。行動に力みを伴いぎこちなくなるのは頭でああしようこうしようと考えながら動くために、かえって体の自然な機能を働かなくさせてしまった結果に過ぎません。
 指導したように力みを抜いて、刀が走り始めたらそのまま刀が走るのに任せていれば、不思議な事ですが自然に腰は浮き上がり足はでてきます。意識して行わなくても抜きつけたときには膝でたち右足は前に出ているのです。
 頭で考え「自分が」という思いで動くのではなく、体に任せる心の余裕を持って稽古してください。
 
 12月18日(土)、19日(日)久留米において下記の日程で指導稽古を行います。興味のある方は久留米道場のホームページに記してある連絡先に御連絡ください。
 18日(土)17:30~21:30 久留米市筑邦市民センター 多目的ホール
 19日(日) 9:00~17:00 久留米市武道館 剣道場
  
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/17(金) 21:25:47|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

銃槍術と

 火曜日に銃剣道について触れましたが、銃槍術とかいて じゅうけんじゅつ と読ませた可能性をうかがわせる資料を紹介します。写真は「鎗銃点放号令双六」という江戸時代の双六で江戸時代後期に行われていた西洋式の教練を双六にしたものです。日本語の下に書いてあるのはオランダ語です。双六のタイトルの「鎗銃点放号令双六」ですが読み仮名がふられていて けんつきづつうちかたごうれいすごろく とあります。 
双六1

 タイトルの部分を拡大します。
双六2

 双六の絵の部分を切り抜きます。やはり「鎗」とかいて けん と読ませています。
双六ー2

 江戸時代には銃槍術と言う言葉がすでにあったようですが、漢字だけ見ると じゅうそうじゅつ と読んでしまいます。しかしこの資料の存在から銃槍術と書いて じゅうけんじゅつ と読ませたのではないかと言う事が考えられるのです。
 銃槍術と言う言葉は学生時代に筑波大学の図書館の書籍で目にして以来の私の課題です。私に時間と資金があれば簡単に解決できる問題なのですが、大学で教える身でもなく、研究・調査を重ねるごとに老後の資金を費やしている身にはどうしようもありません。

 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/18(土) 21:25:44|
  2. 武道史

ゆっくり正しく

 私が高校生のころ、自宅わきの路地で木刀を用いて居合の稽古していたときに近くの鍛冶屋のおじいさんが
それを見て話しかけてくれたお話を以前したことがあります。
 その鍛冶屋さんは岡山県出身の方で若いころは東軍流の修業をされた方でした。、その時私は無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生に教えられたとおり、丁寧にゆっくりと居合の稽古をしていました。それを見た鍛冶屋のおじいさんは「居合は先生の言われる通りにゆっくり丁寧に稽古をしなければ上達しないからのう。はよう動いても上達はせんから先生の言われるとおりに稽古しなさいよ。」という内容の話をしてくださり、自分が若いころに東軍流の修業をしたことや戦時中は刀を打っていた事を話してくださったのでした。

 その話を師の梅本先生にお話しすると、「そんな人がおられたのか。剣道はそのような方に習うのが良い、今は教えておられなくてもお話をお聞きするだけでも貴重なのだから。」と言われました。梅本先生は独立独歩の人でしたから、こと技に関しては駄目なものははっきり駄目だと考えておられました。当時も今と変わらないような現代居合道は盛んで、鍛冶屋のおじいさんのような話をされる方はおられませんでした。梅本先生は鍛冶屋のおじいさんのお話から、おじいさんが本物の修業をされたことを感じられたのだと思います。
 「居合は先生の言われる通りにゆっくり丁寧に稽古をしなければ上達しない。」まさにその通りです。今はどんどん個人主義が伸張し、武術の稽古をしようと思う方まで初めから個性などと言いかねない時代です。しかし、やはり居合は「先生の言われる通りにゆっくり丁寧に稽古をしなければ上達しない。」のです。

 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/19(日) 21:25:18|
  2. 居合 総論

久留米での稽古

 18日(土)大牟田で師より手数の稽古をつけていただいた後に久留米に行き、18日(土)の夜と19日(日)に無雙神傳英信流抜刀兵法の指導をしてきました。今回の指導で気付いた点をいくつか記します。
 
体が動き始めるようになったら、今までのように抜こう、鞘引きしようという思いはかえって動きを阻害してしまいます。動作が過剰になってしまい無理無駄を生み出す原因となってしまうのです。上達するに従ってことさらに何かをしようという思いはなくしていかなければなりません。心も体も楽にしていってください。
 
 体を力ませようとしても力まない状態で稽古に臨まれた方もおられましたが、今までにない良い動きをされていました。力めず、力も出せないのですから当然と言えば当然なのですが、今後の稽古でもそのときの状態を忘れず、力むことなく腕力を用いることなく稽古していただきたいと思います。

 大切なのは動く事ではなく動きの質を変えることです。いくら数をかけても思い・意識が変わらなければ動きの質は変わりません。思いや意識は道場の中だけで変わるものではありません。

 目付けは動きの方向を決めますので想定をしっかりし、敵がどこにいるのかを明確にしてください。とんでもないところを見ていればとんでもないところに抜きつけてしまいます。

 血振いは右片手で行いますが、左右均等です。右左の均衡が取れていなければ体は崩れてしまいます。

 斬撃の稽古では脚は床を蹴る事はありません。下半身が前に進むだけです。

 納刀のさい鞘の角度が高ければ柄は高くなってしまいます。鞘の角度が柄手の位置を決めてしまいます。

 左刀・当刀は鞘引きが体の回転の初動となります。鞘引きなしに体は自由に動きません。

 陰陽進退の抜付けの後の斬撃は腰を前に進めるだけであって立つことはありません。

 順刀で斬る範囲は狭い範囲です。必要以上の動きは無駄です。

 逆刀で刀を鞘からはずす動きは右手を前に出したり高く上げてはいけません。それでは手を斬られてしまいます。右手はそこにおいておきます。

 虎一足で柄頭を下げすぎると動きはぎくしゃくしてしまいます。手の内が変化して張りうけにうけるだけです。

 稲妻の前足の脛は床からまっすぐになり膝はしっかりと曲がったままで伸びません。

 浮雲は文字通り体が浮いて軽い状態にならなければできるものではありません。

 岩波は波が引くときに刀が抜けます。
 
 以上思いつくままに挙げましたが、稽古中ここに指導した事を忘れず、課題を解決する稽古をして下さい。

 土曜の夕食はやはり鳥栖市の「牧のうどん」へ行きました。久留米市内はクリスマスのデコレーションで飾られており、忘年会の人たちでにぎわっていましたがうどん屋さんは静でした。今回は鴨うどんに肉、ごぼう天をトッピングしました。鴨うどんはだしも別のようで注ぎ足しようのスープは無くはじめからスープがたっぷり入っていました。美味でした。感じの良い店長さんがレジで対応してくれました。

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 稽古納めは25日(土)です。午前8時半から9時半まで七尾中学校武道場で稽古を行った後廿日市天満宮に移動して奉納演武を行います。普段の稽古と時間等が異なりますのでご注意ください。
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/20(月) 21:25:02|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

目付け(柔術初心者の人へ)

 柔術の稽古を始めたばかりの方は、形の手順を追うために自分の目が広く観ることなく、狭く一点に集中してしまう傾向があります。
 たとえば「負投」であれば相手が自分の背にあり相手を見ることは出来ないのですが、投げ落とそうとする畳の一点に早くから目が行き、体が前傾し相手を投げられない状態になっています。
 「捻付」であれば相手の右日に荷だけ目が行き、相手の状態にお構いなしに無理矢理押さえつけようとしています。
 目付けで大切なのは相手を広く観ることです。相手の状態を知る事なしに技がかかることはありません。

 もっと稽古が進んでいけば技をかけるために相手を観るだけではなく、相手が何を隠し持っているのかを知るためにも相手を観なければなりません。素手でかかって来ているとばかり思っていたら何時の間にか懐から刃物が出ていたという事もありますし、相手の短刀を取ったと思ってもまだ隠されている場合もあるのです。柔術は競技ではありませんので正々堂々とという言葉とは無縁です。身を守るためには相手を観ることができなければなりません。
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/21(火) 21:21:21|
  2. 柔術 業

柔術での「糸引之伝」

 無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打などでの「糸引之伝」の大切さについては述べましたが、これは柔術でも同じことです。柔術は相手と接触した状態から技をかける「四つ留」などの形がありますので糸引は剱術や居合よりも感じやすいはずです。本来は相手と離れた状態から始まる「履形」や「吉掛」などでも「糸引之伝」を会得しておかなければならないのですが、この段階で会得できなくても「四つ留」で会得できるはずのものなのです。
 ところが稽古を見ていると相手に両手首をつかまれた状態から始まる「四つ留」においてでさえ相手と自分の動きが全くちぐはぐで我儘な動きをされる方もおられます。理想は相手と対した時にはできていなくてはならないのですが、遅くとも相手に両手首をつかまれた段階においては相手を感じ相手とつながっていなければならないのです。相手につかまれているのですから当然出来なければならぬはずの事なのです。
 できない、またしようとしない方の大半は「相手に技を掛ける」という一念にのみ凝り固まっている方です。いつもお話しているように技は結果として掛かるものであって直接結果を求めているのではありません。
 柔術には「和」(やわら)という漢字が用いられる事があります。何故この漢字が使われたかを知ろうとしない人は業の会得は絶望的としか言えません。


 稽古納めは25日(土)です。午前8時半から9時半まで七尾中学校武道場で稽古を行った後廿日市天満宮に移動して奉納演武を行います。普段の稽古と時間等が異なりますのでご注意ください。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/22(水) 21:25:36|
  2. 柔術 総論

心の修行

 無雙神傳英信流抜刀兵法においても澁川一流柔術においても技と心は分離することができないものです。聖人君子でなければ技が使えないなどという道徳的な問題ではなく、自分の心をコントロールできないようでは技は使えないということなのです。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の師の師である尾形郷一先生は「無念無想無我無欲」という事を言われました。これは何も老子のような人間になれという教えではなく業を生み出す心の状態をこのような状態に置きなさいということなのです。「斬ってやろう」「突いてやろう」「一刀両断してやろう」「人より強く振ってやろう」「大きな刃音を出してやろう」などという欲の塊のような精神状態では本当の動きは出来るものではなく、いくら刀を扱ったとしても居合の真似事に過ぎないものなのです。
 澁川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生は「稽古していればいつかできるようになる。」と言われ焦って無理矢理技をかけるような稽古を否定されました。これも教えとしては同質の教えです。
 どうしても、心で理解できない人は武術の稽古以外に心の修行をしなければならないのかもしれません。
 


 稽古納めは25日(土)です。午前8時半から9時半まで七尾中学校武道場で稽古を行った後廿日市天満宮に移動して奉納演武を行います。普段の稽古と時間等が異なりますのでご注意ください。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/23(木) 21:25:08|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

込入

 澁川一流柔術の「込入」は体が緊張し力む人には難しいようです。両胸襟を取られて押してくるのを相手の力をそらせて業を掛けるのですが、相手の力をそらすために後方に軽く下がったときに、体を固めてしまう癖のある人は中心軸まで固まって、まるで「でんでん太鼓」のように中心が回り、それにつれて体の外側も大きく回ってしまうために、自分が業をかけるためには、一度大きく回ってしまった外側を戻すためにタイムラグがあり、隙だらけの体で相手に対してしまいます。
 「込入」のコツは自分の外側が動いて相手の力をそらしても自分の中心軸は回らない事です。、これは体を固めていては決してできることではありません。工夫してください。

 稽古納めは25日(土)です。午前8時半から9時半まで七尾中学校武道場で稽古を行った後廿日市天満宮に移動して奉納演武を行います。普段の稽古と時間等が異なりますのでご注意ください。
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/24(金) 21:25:53|
  2. 柔術 業

大石一先生石碑(大石神影流)

 この石碑は銀水川のそばに建てられています。碑文はありません。大石一先生(故人には敬称はつけない習いなのですが、私の師の師であるので敬称を用いさせていただきます)は初代大石進種次の孫であり、二代目大石進種昌の弟である大石雪江の子です。

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 大石一先生は父である大石雪江に指導を受け、のちに板井真澄ののもとでも稽古します。熊本の済々黌で学んだとき四天流柔術をも学ばれていたようです。教育の仕事に就かれ、また議員として村政・市政にも尽くされています。大日本武徳会に所属されていましたので、この頃より大石神影流も竹刀の長さは3尺8寸のものを用いられるようになったということです。それまでは大石神影流で用いる竹刀の長さは乳通りを上限としたと言います。
 大石一先生の孫にあたる私の師匠は直接大石一先生から指導を受けています。
 大石家は由緒ある柳川藩の武家ですので戦前、私の師が子供のころには村の人たちは先生を「お坊ちゃん、お坊ちゃん。」といって大切にされたそうですが、大石一先生はそれについて「武士の出だと思ってはけない。」と常に戒められて育てられたということです。
 また、戦後自宅の庭で手数(形)を稽古されるときにも前の道を米軍が通ろうがおかまいなしで稽古を続けられたということです。
 石碑となっている自然石は八女の池の中にあったものだそうですが、それに銘文を刻み運んできて建てた時にははじめぐらぐらしていたものが、台座に納まるとぴったっとはまってびくともしなくなったということです。
 写真をとったとき銀水川には鳥が泳いでいました。
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 きょうはクリスマスでした。この歳になると、クリスマスプレゼントをいただくなどと言う事は思いもつかないのですが、今朝早くから、ホーッホーッという鳴き声。裏庭に出ると猿達が出てきていました。前回私が居ないときには悪さをして帰ったと言うので、今回も寒くなったので山に食べ物が無くおりてきたのかと思います。猿達に手を振ると猿達はそのまま悪さもせずに帰っていきました。
 私にとっては猿達に会えたことがクリスマスプレゼントのような気がします。
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/25(土) 21:25:23|
  2. 武道史

福原先生之碑(大石神影流)

 福原先生之碑は久留米の水天宮の境内にあります。久留米に指導に行き始めて数年になりますが、先日初めて水天宮に参拝し石碑を見ました。水天宮については別の機会に記します。
 石碑は自然石であり背面に刻まれた銘文は読みにくいのですが幸いに『久留米碑誌』に全文が載せられています。大石神影流の文字が読めました。
福原石碑DSC_0461 福原石碑DSC_0445

 福原作十郎は文久3年に柳河藩士の家に生まれました。はじめ小串倉蔵の門に入り大石神影流を修行し、のちに大石家の道場を守った板井真澄につき免許皆伝を授かっています。
 宮崎県巡査教習所武術教師、筑前直方町清沢密道場の嘱託教師などをへて久留米警察署専任武道教師、久留米市商業学校武術嘱託教師となっています。
 大正9年に大日本武徳会の剣道精練証を授かり久留米憲兵隊武術嘱託教師ともなり、自宅にも道場を構え多くの青少年を指導したということです。自宅とその道場は久留米市の梅満町にありました。
 久留米には加藤田新陰流や津田一伝流などの剣術、妙見自得流槍術など全国的にも高名な流派が存在しましたが、この福原作十郎の大石神影流も含めて存在していないのは真に残念なことです。

 
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  1. 2010/12/26(日) 21:25:02|
  2. 武道史

廿日市天満宮奉納演武

 12月25日(土)本年最後の稽古を七尾中学校武道場で行い、その後廿日市天満宮へ移動し奉納演武を行いました。土曜日は七尾中学校の武道場も寒く、また廿日市天満宮の手水鉢にはつららが下がっているくらい気温が低いままでした。
 澁川一流柔術を稽古していただいている方たちには形を五本ずつ奉納していただき無雙神傳英信流抜刀兵法を稽古して頂いている方には形を三本ずつ奉納していただきました。
 澁川一流柔術を稽古して頂いている人たちは上級者は勿論の事ですが、子供達や初心者の方も臍下を中心として無理なく動くということが体体で理解出来ているように感じました。今後とも形や手順を追うことなく無理のない自然な動きを身につけるよう勤めて下さい。また初心者の方は今後は相手の動きはじめを読む稽古を重ねてください。動きを目で見てこちらが動いていては遅れてしまいます。履形は前にでて相手の動きを抑えますが、これははじめから相手の動きを読む稽古をさせています。工夫を重ねてください。
 無雙神傳英信流抜刀兵法を稽古されている方は抜付けの初動が身についてこられました。鞘手・柄手ともに動きが自然になり、気配を感じさせず、重心は臍下というよりもむしろ床下という体感も理解できるようになっていると思います。抜付けようと思わずして抜付け、斬ろうと思わずして斬る無理無駄のない動きを引き続き求めていただきたいと思います。

 廿日市天満宮には大きな絵馬がいくつかあります。景行天皇の命によって小碓命が熊襲建をうったときの絵馬や
神武天皇と八咫烏。珍しいものでは明治30年に奉納されたボクシングの構えをしている写真があります。明治時代にアメリカにわたって修得したのでしょうか。廿日市はハワイやアメリカ本土への移民も多いまちですから。

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 貫汪館ホームページに会報66号と廿日市天満宮奉納演武の写真を載せました。御覧下さい。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/27(月) 21:25:06|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

海響館・忌宮神社・乃木神社

 廿日市天満宮での奉納の翌日、ハワイから帰ってきている姪と次男を連れて下関に行ってきました。姪は水族館へ行くのが目的で子供達にとっては神社はついでです。中国道は雪が降っており雪景色の続くところもありました。
 海響館のあしかとイルカのショウはよく作られていて、動物達は疲れないのだろうかと心配するほどの長時間の演技でした。水族館の中は以前行った時と変化はありませんがペンギンの水槽は良く出来ていてペンギンが泳ぐ姿がよくわかります。あんなに速く水中を泳ぐと言う事がはじめて実感できました。下の右側の写真の中で白く長細いのがペンギンの泳ぐ姿です。
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 海響館のあとは市場に行って御寿司を食べましたがとても美味しく頂きました。昼食の後長府の忌宮神社に参拝しました。神社には熊襲が反乱を起こしたとき、朝鮮半島の新羅国の塵輪が熊襲を煽動し豊浦宮に攻め寄せたのを逆に討ち取りその首を埋て覆ったという鬼石があります。真偽は歴史の検証に任せるとして古い歴史を感じさせる神社です。拝殿には清末藩主が奉納した額が掛けられています。
忌宮1DSC_0726忌宮2DSC_0728
 
 今回最後に参拝したのが乃木神社です。乃木大将は長府の出身です。神社のそばには乃木希典が子供の頃に過ごした家を復元した建物がたっています。また博物館には乃木大将の書もありますが、いずれも人柄を表すような誠のこもった書です。歳の終わりに乃木神社に参拝できて心が清められ、心残りがない思いがしました。
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 乃木3DSC_0732乃木4DSC_0731


 貫汪館ホームページの無双神伝流と渋川一流のリンクのページに長谷川流棒術(大和柳生 長谷川家伝承の長谷川真刀流棒)のホームページをリンクしました。御覧下さい。 

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  1. 2010/12/28(火) 21:25:33|
  2. 未分類

水天宮 1

 先日初めて久留米の水天宮に参拝しましたので、水天宮についてご紹介いたします。久留米の水天宮は全国にある水天宮の総本宮で、全国にある水天宮はこの久留米の水天宮の御分霊社です。水天宮の御祭神は天御中主神 、安徳天皇 、高倉平中宮 、二位の尼でその由来は以下のように伝えられています。
 平清盛の血をひく安徳天皇は、壇ノ浦の合戦で源氏の軍船に取り囲まれ、祖母の二位の尼に抱かれ、母の建礼門院と共に波間に身を躍らせました。そのとき建礼門院に仕えていた官女、按察使局 伊勢も壇ノ浦で共に入水しようとしたところ、二位の尼にとどめられ、生きてわれら平家一門の霊を慰めよとの命を受けました。戦の後、源氏方の追っ手から、九州の千歳川(現在の筑後川)辺りの鷺野ヶ原に遁れ、この地に祠を建て、安徳天皇をはじめ平家一門の霊を祀る日々を送りました。
 
 水天宮に向かって左側には筑後川があります。
水天宮DSC_0452水天宮DSC_0451

 鳥居を潜って右側には真木神社があります。真木和泉守保臣を祭る神社ですが真木和泉は久留米藩士であり水天宮の第22代宮司です。水戸学の継承者として位置付けられ、楠木正成の崇拝者でした。幕末に国事に奔走し長州の禁門の変(蛤御門の変)の際に行動をともにし、天王山で自害しています。写真左側が真木神社で、右側は久留米で藩政改革に失敗し謹慎していた時に寓居していた家を模して建てられたものです。銅像は真木和泉です。

水天宮DSC_0455水天宮DSC_0460
水天宮DSC_0469

 死に急いだように私には感じられます。享年52歳で以下の辞世を残しています。

  大山の 峯の岩根に うづみけり わが年月の やまとだましひ

続く

 貫汪館ホームページの無双神伝流と渋川一流のリンクのページに長谷川流棒術(大和柳生 長谷川家伝承の長谷川真刀流棒)のホームページをリンクしました。御覧下さい。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/29(水) 21:25:20|
  2. 未分類

水天宮 2

 久留米の水天宮の続きです。真木神社を過ぎ少し進むと本殿があります。
 水天宮1-DSC_0472 水天宮2-DSC_0483

 本殿の前左右には可愛い狛犬があります。水天宮という名にふさわしくかどうかは分かりませんが、左側の狛犬は庇から落ちる水滴でぬれていました。
 水天宮3-DSC_0481 水天宮4-DSC_0480

 本殿を後ろに回ると筑後川の側に水神社という水徳の神様の彌都波能売神(みつはのめのかみ)、安産の神様の鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)が祀られる小さな神社があります。写真は筑後川を下流から上流に向かって写したものと水神社です。水神社の前には肥前肥前狛犬というう、小さくて可愛いけど少し奇妙な狛犬があります。後から知ったのですが、自分の痛いところを撫でればその痛みがとれるという事で「撫で狛犬」とも言われているそうです。

 水天宮4-2DSC_0475 水天宮5-DSC_0476
 水天宮6-DSC_0479 水天宮7-DSC_0478

 以上で水天宮の紹介を終わります。正月には神社に参拝されると思いますが、それぞれの神社の御祭神や由緒を知る事でより八百万の神々を身近に感じられるようになるのではないかと思います。

 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/12/30(木) 21:25:56|
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年の終わりに

 平成22年もあと少しで終わります。本年の稽古で感じた事を記したいと思います。

 今年も一年間稽古してきましたがいろいろと考えさせられる事がありました。「心の修行の為の武道・武術」といってもはたして今の古武道の世界がそのような状態にあるのかどうか。皆さんもそれぞれの立場で様々な状況を見てこられたと思います。心の修行と言うよりも、古武道が自分の地位や名誉や金銭欲を満たす為の媒体になっているという現実も見られたともいます。
 貫汪館で稽古される方は自分の修行が如何にあらねばならないのかはそれぞれで考えていただきたいと思います。
 江戸時代にあっては派武術しかないのですから流派武術は現在のような古武道と呼ばれる特別な存在ではありません。したがって今のように古武道だから価値があると思い込む人間もいません。古武道を通じて欲を満たすという機会もないのです。いくら威張っても中身が無ければどうにもなりません。

 心の問題ですが、「心が治まらなければ体は遣えない。」という事は絶対的な真実であると考えなければなりません。「心が治まらなければ」というのは聖人君子でなければと言う事ではありません。「一刀両断したい。」「素早く抜きつけよう。」「力強く。」「刃音を大きく。」「相手を大きく投げよう。」「素早く抑えよう。」「しっかりきめよう。」「見事に見せたい。」などという邪念・欲を去るということです。
 自然に動く事を目標としても上記のような邪念・欲があれば体はそれに応じて無理無駄の固まりとなってしまいます。したがって心の技としての「無念無想」から生じる体の技を求めなければなりません。「無念無想」の状態から技は生じるものであり、直接結果を求めるものではないのです。
 澁川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生が話された「やっていれば出来るようになる。」も、無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生が教えられた「無理無駄を無くす事」も心とつながることなのです。 
  
 廿日市天満宮での奉納演武の後、私自身の稽古のために数日間無雙神傳英信流抜刀兵法と大石神影流剱術と澁川一流柔術を1時間づつ稽古しました。同じ日に居合・剱術・柔術とを続けて稽古することは今までになかった事なのですが稽古相手になってくれる者がいたので初めて行ってみました。感想はやはり全て同じということです。
 貫汪館で稽古される方の多くは渋川一流のみ、無雙神傳英信流のみの稽古で、居合の講習会を行うときに渋川一流のみの稽古をされる方にも居合の稽古をして頂いています。しかし柔術の稽古が進んだ方であっても刀を手にすると刀を振り回したくなり柔術のときの相手との和は失われています。心がそうさせているのですが、「無念無想」は全て同じなのだと観念して行えば少ない時間でも上達すると考えます。
 これは居合のみの稽古をされている方も同じことで講習会で渋川一流の棒術を稽古して頂いても大石神影流を稽古して頂いても別の事を行っていると考えてしまえば上達は無く、同じものなのだと観念すれば短時間であっても上達は可能になるのです。
  
 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/12/31(金) 17:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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