無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

『大日本剣道史』の大石進に関する記述について 1

 今まで何度か研究や著作をそのまま鵜呑みにすることは出来ないと述べてきましたが、昭和9年に堀正平剣道教士によって記された『大日本剣道史』にも大石神影流に関してどうしたことかと思えるような内容があります。『大日本剣道史』は十分な研究調査の上に出来た書籍であるので、一方的な価値観に基づいて書かれたとしか思えません。
 堀正平という方は武術教員養成所で学び、海軍省呉鎮守府剣道師範を勤めておられますので剣道は明治以降の現代剣道を習われ、軍隊で教えたことから実戦で用いることが出来る剣道を志向したことが、その著作等から窺われます。そのような経歴から剱術が実戦を離れる元となったのは大石進であると一方的に決めつけたのではないかと思います。
 大石進に関する記述には以下のようにあります。

 「さて大石に破られた剣士達は、大石の技倆は左程で無いが、背が高くて、竹刀が長くて丈夫で、我々のめったに行わぬ突と胴の新手がある。殊に片手突は思いも寄らぬ業である。それに大石の道具は、槍のを改良したもので、面金は中高で突いても滑る、面垂も幅が狭いので、中り悪いから得が多い。之に反して我々のは、竹刀は短くて弱く、大石のに比すれば漸く半分余りで、面金の山形は低くて突が止り、猶其の付け根の皮も鞣しで大きいから、それにも突が止る。面垂は多くは無いがあるものは三寸余もある。我々が負けたのは技倆ではなく道具と方法の為であるとした。」

 この説はどのような人達の話であったのか出典が記されていないので不明ですが、どうも負け惜しみのようです。
 「めったに行わぬ突」とありますが、逆に言えば江戸の防具着用の剱術において僅かながら突きも行われていたということです。また「面金は中高で突いても滑る」とあり確かに面金の違いはあったと思いますが、私のような技量のものが現代の防具の面を突いても正しく突けば滑ることはありません。大石進に比して突きの技量が未熟であったとしか考えられません。
 一方「面垂も幅が狭いので、中り悪いから得が多い。」と記しながら「我々のは・・・面垂は多くは無いがあるものは三寸余」と記されており、大石進にとって喉は多くの場合突けなかったわけです。
 竹刀の長さに関しては「我々のは、竹刀は短くて弱く、大石のに比すれば漸く半分余りで」と記されていますが、もともと短い刀を使う流派と長い刀を使う流派とは使用する竹刀の長さも異なって当然です。大石神影流では手数(形)の稽古に総尺三尺八寸の木刀を用います。始めから用いる木刀は長いのです。しかもこの長さは当時の平均的な身長の者の稽古のために定められたのであり、当時の身長をはるかに上回る197cmであった大石進が五尺三寸の竹刀を用いたとしてもことさら長いとは思えません。もともと長い刀を前提とした流派が長い竹刀を用いるのは当然のことです。
 真剣にはありえない長さと考えられることもありますが、林崎流系の古伝の居合では三尺三寸の刀を用いますので柄やハバキ鍔、切羽などを考えれば総長は四尺五寸程になるでしょうか。当時の平均的な身長の人がこの長さの刀で稽古したのですから、身長の高い大石進がこれよりも八寸ほど長い刀を用いることは可能であったと思います。私の手元にある総長四尺四寸程度の重い刀であっても、剱術の形には用いることが可能です。江戸の武士達が余りに短い刀に慣れすぎていたのだろうと思います。

続く

 5月4日(火)、下鴨神社において日本古武道振興会主催の奉納演武会が午後1時半から行われます。無双神伝英信流抜刀兵法が奉納演武を行います。
 5月5日(水)、白峯神宮において日本古武道振興会主催の奉納演武会が午前11時から行われます。無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術が演武します。お時間のある方はご見学にお越しください。



 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/05/01(土) 21:23:12|
  2. 武道史

『大日本剣道史』の大石進に関する記述について 2

 『大日本剣道史』には大石進の江戸での試合について次のように述べています。

 「而して天保年間に江戸に出て諸方の道場で試合して殆ど破って仕舞った。後に天心一刀流の白井亨が、三尺六寸の撓を以って初めて下段から一本、後に上段から一本取って遂に大石を破ったという。
 それから大石も自信を失い、世人も大石与し易しと思うようになった、而して後大石も天保六年五月二十六日同じ陰流系の男谷下総守の門に入って随身更に修行したという。」

 白井亨との試合に関しては「然るに天心一刀流の白井亨には、白井が初め下段で一本取り、次に上段で一本取って、遂に大石が敗れたと、榊原健吉の談として園部範士から伝承した。他流よりも一刀流は入身が出来る得がある。」と記してあります。
 この園部範士は同書の「感謝英名録」に記されている剣道範士園部正利の事と思います。園部正利はもと伊予西條藩士。明治16年剣術修行のため神戸に出て、光武館井上猷心斎のもとで励びます。井上猷心斎は岡山県のひとで、鏡心明智流と直心陰流を学んだ達人、直猷心流を興しました。園部正利の妻が薙刀の園部秀雄範士です。
 この話の中で白井亨が二本取ったということは大石家には伝えられていません。真実としてもその当時の試合は十本ですから二本とったので「遂に大石を破った」ということは考えられません。誤伝か十本の内二本は白井がとったということではないかと思います。『大日本剣道史』には江戸時代の試合の記録も載せているのに堀正平氏がこのことに気付かないはずはありません。
 また、大石進が男谷下総守の門に入ったということは考えられません。日付まで記してありますが出典が記してありません。どこからこのような説が生まれたのでしょうか。著者の作為による都合の良い資料の利用を感じます。
 
 大石進の下には土佐の樋口新吉が入門した天保8年には直新陰流(ママ)井上傳兵衛門人である 上野山下タ車坂町の小松轉膳が稽古のためにしばらく逗留しています。

続く

 5月4日(火)、下鴨神社において日本古武道振興会主催の奉納演武会が午後1時半から行われます。無双神伝英信流抜刀兵法が奉納演武を行います。
 5月5日(水)、白峯神宮において日本古武道振興会主催の奉納演武会が午前11時から行われます。無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術が演武します。お時間のある方はご見学にお越しください。



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  1. 2010/05/02(日) 21:25:54|
  2. 武道史

『大日本剣道史』の大石進に関する記述について 3

 直接大石進に関する記事ではありませんが「長竹刀による撃剣の変遷」という項があります。長くなりますが引用します。

「一、足使いの変化、柄が八寸以内の竹刀の時は、常に歩む通りで宜かったが、長竹刀に変わると柄も随って長く一尺三寸許りにもなったので、歩んだのでは構えが動揺する、夫れを動かすまいとすれば窮屈であるから、形の様に歩んだのを止めて右左と順に足を運ぶように変った。
 今日の足遣いは、この時からで昔の足遣いに比して板間で早い事をするには便利であるが、地面に於いては、ハヅミが出ぬから沢山は進み悪い、故に実地では左右または右左右と歩まねば、広いところでは届かぬ、足場の悪い所では、送り足では殆ど進まれぬ、故に旧法の歩む足遣いが実戦に適することは慥である。
二、突、長竹刀になると共にコミ竹刀になって突が盛んにおこなわれるようになった、短い竹刀を持つものは双手突を行い、長竹刀を遣う者は片手突を主とした。長竹刀は柄も長いから、右は始めから伸びて居るので其上は伸びぬ、短い竹刀は片手で突いてもふらつくのみで伸びは無い。」

 このように堀正平氏が考えたのは現代剣道の動きが堀氏に染み付いていたからだと思います。つまり、敵に正対して両足爪先は前に向くという体の遣方です。昭和9年に発行された『皇太子殿下御誕生奉祝 昭和天覧試合』の「武道家名鑑」の堀正平氏の項に流派剣術の修行の経歴は記されていないので、武徳会流の現代剣道の修行のみの方のようです。
 柄が長ければ歩み足では「構えが動揺」する。また「長竹刀は柄も長いから、右は始めから伸びて居るので其上は伸びぬ」という考え方は、体は敵に正対しなければならないという現代剣道の固定観念から来ています。
 槍術では長い柄を用いますが、歩み足でも構えは動揺しません。また薙刀然りです。同じように柄が長いから右手は伸びきるという問題も槍術や薙刀をみればそうならないのが分かると思います。すべては体の開きによります。
 現代剣道以前は剱術では足は撞木に構えるのが普通でした。貫心流の江戸時代の伝書には足心八字といい、後足は後方を向くことが記されています。このような足遣いであると上半身は開き敵に正対することはありません。したがって柄が長くても右手が伸びきるという現象は起こらないのです。
 男谷精一郎と異なり手数(形)を大切にした大石神影流は現代剣道の影響をうけず、いまだに構えは撞木足です。飛び込んで撃つために体の向きを正対にかえてしまった現代剣道の体遣いをそのままにして長柄を用いれば出てくる問題であっても、古伝の遣方をしていれば問題にはならないということには気付かれていないようです。
  其背景にはあくまでも実戦的な動きから離れてしまった現代剣道の起点を大石神影流に求めるという思いがあったのだと思いますが・・・。見当はずれです。


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  1. 2010/05/03(月) 21:25:38|
  2. 武道史

『大日本剣道史』の大石進に関する記述について 4

 『大日本剣道史』にはあからさまに大石進を毛嫌いしたような文章があります。

「 幼年から新影流の籐面撓(袋竹刀)の試合を学んだが、不器用であつた。故に十五六歳まては大石の馬鹿息子と称せられた。大兵丈けに遅智慧であつたと見えて十八歳の頃から考へた、それは、
 刀の切先は突くべきもの、胴も斬るべき所である、然るに之を行はず面籠手丈けで試合をするのは非実戦的であり、又大切な間合も知れぬ。
 故に鉄面、腹巻、合せ手の内(籠手の内)を拵へて、諸手突、片手突、胴斬りの業を始めた、而して其の内突の練習は倉の内に入つて、上から石を下げて、負子(稲束などを突さして担ふ両端尖った木竹)を以て三年間突いた、猶撓を竹刀に改めた。
 元来藩は槍が盛んであつたし、父種行は槍と剣の師範でもあつた、故に大石の剣は、五尺三寸以上の長竹刀も、鉄面の改良も、槍から得る所が多かつた。」

 「遅智恵だから18歳の頃から考えた」などとはとんでもない文章で、その当時、大石進より若い誰が柳川における防具の改良や竹刀の改良に取り組んだと言うのでしょうか。
 著者自身は著作の中で当時の剣道の非実戦性について述べていますが、御自身が18歳の頃に既に剣道界の非実戦的な風潮に改革を加えていたのでしょうか。太平洋戦争も末期になってその当時の剣道を変えようとする風潮が出たに過ぎません。
 『大日本剣道史』は大作であり非常に貴重な書であるだけに大石進と大石神影流に対する偏見が後に大きな影響を与えてしまったのは非常に残念です。 
 

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  1. 2010/05/04(火) 21:25:56|
  2. 武道史

『大日本剣道史』にみる優勝試合の悪弊

 今は剣道の試合と言うと優勝者をきめる為の試合というイメージが頭に浮かぶと思いますが、あくまでも試合というのは文字通り「試し合い」であって優勝者を決める為のものではありませんでした。『大日本剣道史』によれば優勝者をきめる為の試合の始まりは大正二年で江戸時代が終わって五十年近くたってから、日本が完全に西洋化されてからの事です。その部分を引用します。

「優勝試合の流行

 大正二年十二月、京都帝国大学々友合の主催で、全国高等学校及び専門学校の優勝試合が行はれた、会するもの第三高等学校、第四高等学校、第五高等学校、第八高等学校、大阪高等医学校、東寺大学等の六校で第五高等学校が優勝した。其後毎年行はれ、時期は後七月に変更して今日では合するもの凡そ五十校に及んで居る。
 其後他の大学でも、高等学校専門学校を集め、高等学校専門学校等は、中等学校を集めて各々優勝試合が行はれた。又全日本学生剣道聯盟等も出来て、束京、京都、九州、東北等の四地方で予選をして、優勝試合は、東京又は京都(或は大阪)の帝大で行うた。
 昭和四年、春に宮内省に於て、御大礼記念武道大会が行はれ、秋には内務省主催で全図警察官の優勝試合が有った。総て優勝試合は、眞剣を忘れて、竹刀試合を主とする則ち勝たんが為めの試合になり、正しい剣法は少くなつて、中には教師までが、正しい剣を遣ふ選士に対して、稽古が善くては勝てぬから、悪くせよと教ふる者すら生ずるに至つた。選士、教師、主催者諸共に大に考ふべきで殊に蕃剰員たるべき教師の安住は重大であることを自覚すべきである。」

 結局のところ、今の剣道にしてしまったのは剣道をする人たち自身であって、この原因を他に求める事はできないのです。優勝試合を行ったのも指導者であれば審判も指導者です。「正しい剣を遣ふ選士に対して、稽古が善くては勝てぬから、悪くせよと教ふる者すら生ずるに至つた。」という文章がよく物語っています。
 試合で勝てるのですから、それはルールの中では正しいのであって、間違ってはいません。たとえそれが真剣の遣方と異なるとしてもそれは正しいのです。やがて試合に勝てる竹刀を用いて行う最適な動きが正しい動きとされるようになり、竹刀のうえで試合に負けてしまうような動きは否定されてしまいます。刀を用いる動きからはどんどん離れていくのは当然のことなのです。


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  1. 2010/05/05(水) 21:25:46|
  2. 武道史

下鴨神社奉納演武

 5月4日、下鴨神社奉納演武が行われ無双神伝英信流抜刀兵法を師範代とともに演武しました。今回は演武順がほぼ終わりのほうであったので、夏のような暑さもあって待ちくたびれてしまいましたが、久留米と広島の道場から4名の方が見学に来てくださいましたので、気抜けすることはありませんでした。
 今回の下鴨神社の奉納演武は観光客が今までになく多いなか行われました。

 さて他流派の演武はいつも感心して拝見させていただいています。とくに高齢の方がますます上達されているのを見ると、自分自身まだまだと感じざるを得ません。
 久留米や広島から見学にこられた方はよくお分かりと思いますが、他流派の剣術や槍術、長刀などにも対しえる居合いでなければならないという目で拝見させていただくと、自分自身の居合がどの程度のものなのかよく理解できると思います。自分の道場の中だけで稽古していてはなかなか実感として感じ得ないことですので、ほかの皆さんも機会があればこのような他種目、他流派の演武がある演武会を見学されることをお勧めします。

 私たちの演武についてですが、あとで撮影したビデオで動きを確認してみました。師範代は引越し等もあってほとんど稽古できていなかったのですが、動きはますますよくなったように感じました。2尺6寸5分という身長比からすれば私より長い刀を用いているにもかかわらず、動きの質も私とさほど変わることもなく、刀の扱いにもまったく重さを感じさせません。よくここまで至ったものだと思います。一度動きが身についてしまえば衰えることはなく、日常生活の中での動きの工夫で業は上達するというお手本のような上達をしています。稽古が十分にできる環境にあったならすぐに私を超えるかもしれません。
 京都に来て一日目に武徳殿に出店しておられる濃州堂さんに寄ったのですが、師範代の居合刀を作ってくださった方も、「あの刀はずいぶんと重く、あの女性がどうして使えるのか不思議です。」と話しておられました。
 無双神伝英信流抜刀兵法を稽古しておられる他の方も、早く自分自身で上達していけるレベルになるよう工夫に工夫を重ねてください。その気になれば2,3年もあればそのようになることが可能です。

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  1. 2010/05/06(木) 21:25:04|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

白峯神宮奉納演武

 5月5日は白峯神宮で奉納演武が行われました。白峯神宮では無雙神傳英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の二流派とも演武しました。
 4日よりも過ごし易い気温だったのですが、それでも汗が流れました。この日は広島の道場から1名見学に来てくださり、他流派の演武を見られて何か得るものがあったようです。よい機会をもたれたと思います。また居合の講習会に遠方から来られる方も起しになり私達に挨拶してくださり、熱心に見学してておられました。他から学ぶということは重要な稽古の一つです。
 さて、無雙神傳英信流抜刀兵法では私と師範代が大小詰・大小立詰の演武を行い、澁川一流では竹本師範夫妻が互棒や御膳捕、私が打込の演武をしました。いつもの事ですが、御神前での演武はたんに人の前で演武するのとは異なった雰囲気があります。良くも悪くも自分の持っている物しか表に現れる事はありません。私達の演武は大過なく無事に終えることができました。
 他流派の先生方の中には御自身が演武されるのにもかかわらず、他の方に色々と配慮することができる立派な先生方がおられます。これらの先生方は肩書きがどんなに立派であっても決して格式ばったり、権威をひけらかすような事は無く、むしろ私達に対して対等に接してくださいます。世間にはやたらと自分の肩書きをひけらかし、肩書きの偉さを自分の偉さと勘違いされている方がおられるのですが、そのような事は微塵もありません。私達が絶対に見習わなければならない事です。
 他流派の参加される演武会では演武そのものだけでなく、行動の仕方等多くの事を学ぶ機会が得られます。皆さんも機会があれば見学にお越しください。

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  1. 2010/05/07(金) 21:25:13|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

気付く稽古

 稽古は自分の至らぬところ未熟なところを正すために行います。何度も言っていますように形稽古は非常に細い道を進むに似て、少しでも踏み外せば上達などする事はなく、下達しかしません。
 しかし、どうも初心者の形の中には勘違いされる方が居られるようで、形を行えればそれでよいのだと思われるようです。柔術であればとにかく相手を投げ、倒し、抑え、関節をとる。居合であればとにかく抜き、斬撃し、血振い、納刀を行う。酷い人はこれらの動作を見栄え良くと考えてしまうようなのですが、これは所謂華法であって稽古は全く意味をなしません。
 稽古は、特に初心のうちは数掛ける事や、形数を覚える事が大切なのではなく、自分の動きの中の我儘に気づく事が大切なのです。形を通して行う事は問題ないのですが、通して行う事ばかりに気をとられ、どこから自分の我儘な動きが始まったのか、どこで動きが歪んだのか、調和が取れなくなってしまったのかに気付いていないとすればその稽古は時間を無駄にしている以外の何物でもありません。上達の為の稽古になっていないからです。
 気付くからこそ、その原因を究明し、正して上達していく事が出来ます。気付く稽古を心掛けてください。

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  1. 2010/05/08(土) 21:25:25|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心の稽古

 形稽古はまず自分自身の動きを正すことに主眼がおかれます。相手を斬り、投げ、抑えるという事を身につけさせようとはしていません。自分の動きを正すことなしに斬り、投げ、抑える事はできないからです。初心者の方が出来たと思ってもそれは腕力に任せて行っただけの事で、流派が求める業でも何でもなく、そのような動きをしたいのであれば道場で稽古するよりもジムでトレーニングしたほうがよほど効果が現れます。
 さて手順を一通り覚え動きの稽古をされるようになって、よく稽古を積まれた方は自分の体が自分の思い通りには動かないという事に気付かれます。この思い通りにというのは、師から示されたように、兄弟子に教えられたようにという事で、理にかなった動きにならないという事です。この段階に至った方は既に初心者を脱しかけた方です。自分の至らなさが自分でわかるようになっているのですから。このような方の多くは自分の心との戦いです。「こうしよう、ああしよう。」「こうしたい、ああしたい。」という自分の心が自分の動きを狂わせているのですから。このような方は次の歌を良く自分の物にして下さい。

  居合とは心をしつめ指刀抜れはやかて勝を取なり

 心の稽古なしに業は上達しません。


 この段階にない方は自分の至らぬところがどこなのか全くわからずただ手順を繰り返しているだけです。指導された事を片時も忘れず、常に自分自身の至らぬところ理にかなわぬところを見つける稽古をしなければなりません。

 貫汪館HPの無双神伝英信流行事のページに下鴨神社と白峯神宮の奉納演武の写真を、澁川一流の行事のページに白峯神宮奉納演武の写真を載せました。御覧下さい。

 5月30日(日)に貫汪館居合道講習会を開催いたします。今回の講習会のテーマは「運剣」です。興味のある方は貫汪館HPの無双神伝英信流の稽古のページを御覧になりどなたでもご参加ください。 

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  1. 2010/05/09(日) 21:25:41|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

呼吸にのせて

 体の力みがさらない人が行ったほうが良い稽古方法の一つが動きを呼吸にのせるということです。
 どうしても筋力にまかせて刀を振ってしまう癖がある方は体を緊張させてしまいます。しかし、自然な呼吸にのせて動くと体を緊張させる事が出来ません。緊張させてしまうと呼吸は不自然になってしまうからです。
 居合の稽古において抜付けであれば臍下に息を吸い、臍下から静に息を吐きながらその出て行く息にのせて刀を抜いていきます。決して体の動きを呼吸に優先させてはいけません。振りかぶりや血振いの動作も同じです。すべて臍下に吸い込む行き、はく息にのせて動くのです。そのような稽古をすると今まで筋肉を緊張させて動いていた方は体に力みが入らぬために弱々しくなったと感じるかもしれませんが、実際は切先は働き、刀は速く動いています。
 柔術の稽古も同じことです。臍下から静かに出て行く息にのせて相手を投げ、抑えます。けっして自分筋肉の動きを優先させてはいけません。
 暫く稽古していれば何かを会得することができるはずです。

 貫汪館HPの無双神伝英信流行事のページに下鴨神社と白峯神宮の奉納演武の写真を、澁川一流の行事のページに白峯神宮奉納演武の写真を載せました。御覧下さい。 

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  1. 2010/05/10(月) 21:25:11|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一芸専修は・・・

 学校でクラブ活動をするようになると何故か一つの事に打ち込む事がよいことであるという価値観を植え付けられてしまいます。学校ではクラブ活動は一種類しか出来ませんので、文化系か体育系に偏らざるを得ません。また体育系と言っても一つの種目に偏らざるを得ないのです。
 武士は、武術にしても一つに偏る事を嫌いました。剣術、槍術、柔術、馬術と広く稽古した上で自分の得意な種目を伸ばすものはいました。また得意な種目が一つではなく複数あったものも当然いました。柳河藩の槍術で有名な加藤善右衛門は槍術のみならず、剣術、砲術、水術(古式泳法)の師範でしたし、大石進も剣術だけではなく、大嶋流槍術の師範をも兼ねていました。
 広島藩は防具着用の竹刀剣術は他藩におくれをとってしまいましたが、最も盛んであった剣術の貫心流は剣術のみならず、長刀、取捨(柔術)を三本の柱としていました。また信抜流の原家は信抜流の剣術のみならず、他流派の長刀をも教えています。
 幕末、武士が西洋式の砲術を比較的速やかに吸収しえたのは、それまでに多用な種目を稽古していたからだといっても過言ではないと思います。種目が一つ増えただけなのです。
 一つに偏ってしまうと、それが駄目であった場合、自分の存在そのものが脅かされてしまいます。しかし、多様な物を吸収していると一つが駄目でも他のものがある故に自分の立つよりどころはいくつも存在します。そういった意味で明治以降に形成されたと考えられる、一つの事に打ち込むことがよい事だという価値観は完全に間違っているのではないかと思うのです。
 先日、稽古をしている米国人に聞いたところ、米国でのクラブ活動は3シーズンあって三つの種目を身につけることができるというのです。人間形成という点から言っても、現在の学校等における一芸専修という考え方には疑問をもたざるを得ません。

 左上のリンクにLAZYBONEZのブログを追加しました。時々更新されています。海をこよなく愛する店長がいるサーフボードと、スケボーのショップ,ハワイアンコーヒーのカフェです。ブログの右側のリンクにはSUP Paddle Around Miyajima という店長の別のブログがリンクしてあり、宮島周辺の海の風景が楽しめます。
 店長は随分昔私がダイビングを習った時のインストラクターでした。


 貫汪館HPの無双神伝英信流行事のページに下鴨神社と白峯神宮の奉納演武の写真を、澁川一流の行事のページに白峯神宮奉納演武の写真を載せました。御覧下さい。 

 5月30日(日)に貫汪館居合道講習会を開催いたします。今回の講習会のテーマは「運剣」です。興味のある方は貫汪館HPの無双神伝英信流の稽古のページを御覧になりどなたでもご参加ください。 

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  1. 2010/05/11(火) 21:25:13|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

名人、達人の定義は無理無駄なき事

 「名人、達人の定義は無理無駄なき事」とは私が無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生に入門してすぐに教えられた事です。高校一年生のことでしたが、それ以来その教えは忘れた事がありません。
 先日、偶然に師の弟子であった方(つまり同門です)の居合をみる機会がありました。しかしその居合は師のご存命中にされていた事とは全く異なり、何が起こったのかと思うほどでした。つまり抜付けは切先が鞘から外れた後に、動きを変え、新に力をいれ、上半身で力任せに刀を振り、敵に対して正対し右腕も敵と平行になり刀は右腕と直角。振りかぶりは振りかぶった後にさらに後方に反ってタメをつくり、力任せに振り下ろす。陰陽進退の受けは一度切先を鞘から出してそこから新たに上半身の力で受ける。流刀は左足、右足と出たあと、刀を右肩に大きく担ぎ後方に反ってからタメをつくり斬撃。「無理無駄なき」とは程遠い動きになっていました。「無理無駄なき」とは自分自身の動きも当然ながら敵に対する動きとしてもそうでなければなりません。タメを作る動きは無理、無駄ですし敵には斬るべき機会を与えています。全く無意味な無駄な動作です。ましてや陰陽進退の受けは敵がまさに自分の脛に斬り込んでいるのですからタメを作るようなあるいは一度鞘から抜き出してそれから受けるような無駄な動きは意味がないどころか自分の死を意味します。また流刀の斬撃時、敵は全くの無傷ですので自分がタメを作っているのを待ってくれることは有りません。
 素人に見せるにはタメを作って力一杯切り込めば、素人は如何にも刀を使っていると感動するのでしょうが、見世物にするために居合をしているわけでは有りません。むしろ素人にはわからないものなのです。
 居合は素抜き抜刀術にとどまってしまったり、剣術、柔術などの他の武術を知らなければ「独りよがり」になってしまいます。自分が我儘な動きをしても斬られる事はないのですから。
 稽古しておられた方は素抜き抜刀術しか習われていない方でしたが、我にまかせて、人にみられる事を意識して稽古すればこうなってしまうのかと思うと、何とも表現できない気持ちになってしまいました。

 貫汪館HPの貫汪館会報のページに会報第64号を載せました。お読みください。

 5月30日(日)に貫汪館居合道講習会を開催いたします。今回の講習会のテーマは「運剣」です。興味のある方は貫汪館HPの無双神伝英信流の稽古のページを御覧になりどなたでもご参加ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/05/12(水) 21:25:07|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「鎗合の伝有ト雖モ、鎗ノ業ヲ知ラズシテハ、心ニ疑有リ」

 この一文は「神道一心流吟味霊剣伝」にあると『茨城の武芸 剣の巻』の神道一心流の項に述べられています。流祖の櫛淵弥兵衛宣根ははじめ家伝の神道流を学び、次に無敵流を、さらに微塵流・直心影流・戸田流薙刀・宝蔵院槍術を学んだ後、微塵流の師 秋尾善兵衛の命により神道一心流を起こしたということです。
 現代的な感覚であれば多くのことに気を移して一芸専修でないのはけしからんということになるでしょうが、武術はスポーツではないので当然のことです。無雙神傳英信流抜刀兵法の細川義昌の父が義昌が取立役とされた際、まだ修行すべきことがある段階で一芸専修は困るといって取立役からはずしていただくように願い出たのは当然のことであったと思います。
 現代では学校のクラブ活動の悪影響で、子供たちのスポーツでも一芸専修となっていますが、若いときにいろいろなことを経験できない子供達はかわいそうだと思います。向き不向きも分からぬのに一つの事に専念させられ、向かなければ勝利至上主義のスポーツ界では如何に努力していても切り捨てです。試合に出ることも出来ません。
 余談が長くなりましたが、武術の世界では一芸専修は悪影響こそあれ良い事はありません。剣を知らぬ柔術は、剣を捕る事は出来ません。剣を知らぬ素抜き居合は剣に間に合うはずもありません。貫汪館で稽古される方はよくご存知の通りです。

 5月15日(土)の稽古は、七尾中学校で午前9時からです。お間違いありませんように。

 貫汪館HPの貫汪館会報のページに会報第64号を載せました。お読みください。

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  1. 2010/05/13(木) 21:25:32|
  2. 武道史

見る

 『茨城の武芸 剣の巻』で新田宮流に関してこのような記述がありました。

「また、田宮流居合は早くから竹刀稽古が盛んで、三代藩主綱条から四代藩主宗尭時代にかけて流行したようである。丹羽五郎作久宣(宝暦年間)の母は、塀和八矢兵衛の子で、父母の気象を享けて節婦といわれた。「五郎作田宮流の居合を指南せしが、門人の族五郎作の留守に来りて稽古する時、折節彼婦人出て今は龍手音しるし精心を籠て修行せらるべしなど云て世話をなし(下略)」とある。水戸藩の田宮流は、紀伊藩の田宮平兵衛重正(-六四五没。号常円)に発する居合の流れを汲む新田宮流(山下系と和田系とある。後述)である。」

 この話は渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生からお聞きした話とそっくりです。畝先生のお話はこうでした。

「師(畝先生の師)の奥様は師が居られないときに私達の稽古を見られて、よく「今のは手が違う」と指摘しておられました。澁川一流を習われてもいないのに見られているだけで、指摘できるほどになられたようです。」

 心持さえ異なれば、見ているだけ、音を聞くだけでもその違いがわかるようになるという事です。道場で稽古して、教えられ、見せられても尚且つわからないなどと言うのは自分の心が未熟なためであって態度から改めなければなりません。
 
 5月15日(土)の稽古は、七尾中学校で午前9時からです。お間違いありませんように。 

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  1. 2010/05/14(金) 21:25:39|
  2. 武道史

組打

 以前、根岸流手裏剣術の齋藤先生にお話をお伺いした時に、先生は手裏剣が実戦において使われた事例についての記録を読んでいるという事を御話くださったことがあります。『幕末の武家』(柴田宵曲編)に実戦においての組打の事例が載っていますのでご紹介します。戊辰戦争の時の船橋での戦いで幕府側の武士である江原素六という人の述懐に次のように記してあります。

「・・・その翌朝官軍より発砲いたし、船橋へ火をかけ、増田の隊も敗れましたから、第一大隊を率いて援兵に参りました。その時に稲村の蔭に隠れて狙撃する者がありまして、その時に死傷が多く出来ました。久留米藩の人でした。私は元来兵卒から身を起し、一夜に少佐相当の地位に進みました者ですから、兵士を呼び付けて以後相当の敬礼をなすべしと命じては置きましたが、実地に勇を振って威を示さねばならぬと思いましたから、前の稲村の蔭の勇士を殺そうと存じまして、今考えると無鉄砲ですが、稲村の方へ刀をさしたままで駈けて行きました。その以前に私の刀の刃が欠けましたので、北山鋲之助の刀を借りてさしておりましたが、長刀でしたゆえ抜きそこなってはいけないと思い、敵に組み付きました。ところが敵の方が私よりは余程強いので組み伏せられ、私の腹の上へ乗って押え付けてしまいました。私は下から敵の短刀を押えて抜かぬように争っていますと、古川が飛んで来てホーフド―英語のヘッドで頭の義です-怪我ほしませんかと言いましたから、撃つとあぶないから殴れと申しましたら、古川が鉄砲で敵の背中を力一杯になぐつたので、私は敵の股ぐらから這い出しました。・・・」

 借りた刀が長かったので抜けぬかもしれないと思い、組み付いたとありますが、当時、銃剣を用いての白兵戦が行われた記録を見たことがありませんので、銃剣の使用は稀であったのだと思います。このとき、久留米藩の武士が銃剣を使っていれば組み付く前に突かれていただろうと思います。
 また組み敷かれてからは敵が短刀を抜けぬようにしていたという事が述べられています。柔術は素手と素手との戦いであるという定義が成り立たない事を示しています。これは柔術が競技・スポーツである現代柔道と異なっているところです。最後は短刀で留めを刺すのが当たり前ですから、敵が刃物を持っている事を前提に柔術は稽古しなければなりません。
 貫汪館で稽古される方は歴史から学ぶ姿勢を忘れてはなりません。

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  1. 2010/05/15(土) 21:25:12|
  2. 武道史

大石進種昌の試合記録

 大石進種次の子 大石進種昌の試合についてはあまり知られていませんが、瓜生等勝先生の著作に来島又兵衛による試合記録が載っています。
 それによると藤堂和泉守邸における試合で桃井左右八郎とは桃井が一本もとらず、相打が一本、大石進種昌が4本とっており、天野将曹との試合では天野が5本、相打一本、大石進種昌が7本とっています。
 大石進種昌は初代の大石進種次の事跡に隠れてしまいがちですが、槍術も父に劣らず遣えたようで出典は忘れてしまいましたが(再度確認しなければなりません)、大石進種昌がさる大名に呼ばれていくと、大名がいうにはあなたは柳河藩槍術の師範も兼ねていると聞くので是非槍術の試合を見せて欲しいと頼まれその藩の槍術の師範と試合をしたところ全く寄せ付けなかったという話もあります。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2010/05/16(日) 21:25:09|
  2. 武道史

『大日本剣道史』の居合観

 『大日本剣道史』の「流派と剣士伝」という項は地方の流派とその逸話について記されており、面白い記事も多くあります。その中に今はわりと知られている水鴎流の三間と堤宝山流の浅田の試合について記されていますので引用します。

「 賓 山 流
伝統は・堤山城守寶山、二代箱根別當、三代土肥相模守利神、四代六角長尾豪祐。
   五代 宇野勝蔵院勝○
   六代 宇野弁超
右の二代は備前宇野らしい。
   七代 柏木清三郎橘道仙
   八代 津田権之義正綱
浅田は九郎兵衛と云ひ、最も上手で島原陣に出て功名があり、後作州津山に来て森家へ二百石で仕へたといふ。其頃作州に北国の浪人で三間與左衛門と云ふ居合の上手が来て水鴎流と名を附けて弟子を取り、而し剣術と試合をして誰にも勝つたので、浅田と試合することになつた。然るに浅田の門人が心配して自身があるかと尋ねたら・居合に射しては欝せて勝つと答へた。之を聞い三間は浅田は聞いたより上手である。其一言で勝負は知れた我はとて及ばぬ、と言つて試合をしなかつたと云ふ。
 今日から考うれば居合は恐るゝに足らぬが、業の勝れて居なかつた理剣術の時代には恐れたと見える、又抜くも抜かせるも相手の技量によるものである。
   九代 和円貞之進橘正俊 岡山
    十代 田中源内源一治 津山
   十一代 石原茂兵衛常明 岡山
   十二代 石原幸吉常恭 岡山
 天保十三代 石原淡水源常 岡山」

 この記述の「今日から考うれば居合は恐るゝに足らぬが、業の勝れて居なかつた理剣術の時代には恐れたと見える。」は『大日本剣道史』の著者 堀正平の頃に行われた居合が取るに足らないものであったというにすぎません。堀正平が見聞したレベルの居合がその程度のものでしかなかったということです。
 当時は講習会形式で居合を教え、教えられるのが普通の時代でしたから江戸時代に比べ居合のレベルが比べ物にならないくらい低いのは当たり前です。江戸時代のように居合を子供の頃から毎日練り上げたわけではなく、既に竹刀剣道(流派剣術ではなく)を身につけた者が竹刀を使う動きで剣道のおまけに稽古するのですから形はできても居合は使えないという状況にあり、そのような者の居合にたとえ段位があったとしても使い物になるわけはないのです。あるいは自分自身も講習会で習ったのかもしれませんが堀正平の価値観はあまりに一方的です。
 『大日本剣道史』の序は中山博道範士が記されていますので中山範士の居合も見ておられるのかもしれませんが・・・。
 また、「業の勝れて居なかつた理剣術の時代」と記されていますが、防具着用で十分に打ち込んでいる今のほうが、撓を用いて制限があり形稽古も行っていた昔よりも技は優れているという思いがはっきりと感じ取れます。はたしてそうなのかどうか。あくまでも業は個人によるのではないかと思いますが。


   我道の居合一筋雑談に知らぬ兵法事を語るな

 知らないものについては語ってはならないと言う事の典型的な事例です。

 
 昨日の道標に「天野将曹との試合では天野が5本、相打一本、大石進種昌が5本」と記していましたが正しくは「大石進種昌が7本」です。訂正します。


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  1. 2010/05/17(月) 21:25:09|
  2. 武道史

原因を求める

 駄目な動きを指摘されたら、何故そうなってしまうのかという原因を追求しなければ一向に上達する事はありません。ただ繰り返して何度も何度も行えば上達するものではないのです。
 勘違いされる方の中には同じ動きを何十回、何百回と繰り返す事によって上達すると頑なに信じている方も居られるようですが、駄目な動きを何十回、何百回繰り返しても駄目な動きが身につくだけであって上達する事はありません。
 このようにしなさいと指導されているのに、自分の考えを間にはさんでしまってはできるものの出来なくなってしまうのです。だめなものは駄目なのですから、今までの自分の動きを省みて何故駄目な動きになってしまうのか、どこから駄目な動きにかわってしまうのか、その大元の原因は何なのかを追求しなければ変化する事はありません。原因がわかれば、ああなのか、こうなのかとさまざまに工夫して動きを正していくことが出来ますが、原因もわからずにやみくもに回数を重ねるのは下達することにしかならないのです。
 上達するためには冷徹なほどに自分自身を分析する事が求められます。

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  1. 2010/05/18(火) 21:25:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

銃剣道・短剣道青少年指導者講習会

 週末、全日本銃剣道連盟と日本武道館共催の銃剣道・短剣道青少年指導者講習会に参加してきました。高校生指導者招聘事業を含む講習会でしたので広島県からは私ともう一人高校の先生が参加されました。
 講習の内容はさておくとして専務理事の兼坂先生が面白いお話をしてくださいましたのでいくつかご紹介します。兼坂先生には広島で国体が開かれたときからお世話になっています。広島で国体が開かれたとき、私は2年間週に二回ほど廿日市から銃剣道競技の会場である倉橋町役場まで出張し競技の運営のための仕事をしていました。

 さて一つ目のお話です。近頃流行の「しわけ」ですが、国会議員から全日本銃剣道連盟に電話があったということです。「銃剣道連盟の会長は最近は歴代陸上自衛隊の高官がなっているが、これは天下りではないのか、専務理事のあなたも元自衛官ではないか。」と話したのだそうです。兼坂先生は「会長には給料を支給していません。私も交通費しか受け取っていません。」と答えると、「そんな事はあるものか。」といわれるので「決算報告書をおくります。」とお話され、送ると後日電話があり、「なんでこんな事ができるのか。」と国会議員が疑問を持って言ったというのです。金と国会議員は切っても切れませんので、疑問をもっても当然ですが、銃剣道をする者を他の武道をする人のように疑うとは・・・。銃剣道連盟にはお金がないのです。

 二つ目、兼坂先生は旧制中学校の頃、満州におられたということです。その学校の級友に満州国の外務大臣のリーという子息がおられ、兼坂先生の宿題までやってやるといってくれるような秀才で軍人勅諭も兼坂先生よりも先にすらすらと覚えておられたそうです。
 あるとき、教練の時間に将校が検閲に来たとき、背の高い順に並んでいた生徒の最初が外務大臣の子息のリーであったということです。そのリーに将校が軍人勅諭を言ってみろといったところリーはそらんじていたにもかかわらず「私は中国人だから知りません。」とはっきりと答えたということです。兼坂先生はリーの態度に感動されたそうです。そのとき周りの教官が、兼坂言えと合図をしたので兼坂先生が答えると、将校は成績は優といったのでそれ以後の兼坂先生の教練の成績はずっと優となったということです。
 知らないといったリーも人物だと思いますが、満州でもそれが許される環境もあったのだと知りました。

 三つ目、自衛隊では訓練の中心が徒手格闘になり、銃剣道は福利厚生でやればよいという事になってしまったという事。私が自衛官であった随分昔にも「銃剣道は課業後に趣味としてやればよい。」という事を言った防衛大学4期の第一高射群指令がいました。わたしは愚かな奴としか思いませんでしたが。いくら高価な航空機でも地上にある時には、歩兵一人で破壊でき、いくら高価なペトリオットでも歩兵一人で破壊できます。したがって航空機が地上にある時に破壊工作をしようとするのは当たり前で、そのために気付かれずに接近するのは当然の事です。
 混戦になり白兵戦になったら、銃を捨てて徒手で戦うのではなく、状況によっていつでも射撃できる銃剣を用いるのが自然です。わざわざ銃を捨てて徒手で戦う馬鹿はいません。
 自衛隊体育学校には、剣道、柔道、空手の教官はいても、今は銃剣道の教官がいないというのですから何とも・・・。愚かな人間が上に立つとこのような事態になってしまうという事の典型です。

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  1. 2010/05/19(水) 21:25:11|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

幸せになる教え方

 銃剣道の青少年指導者講習会の一日目は銃剣道、2日目は短剣道でした。二日とも範士8段の先生方が多くの受講者の間を廻って指導をされました。8段は45歳になれば受験できるため一口に範士8段といっても年齢層は幅広く様々な方がおられます。
 一日目は自衛隊を退官されてそれほど年数はたっていないと思われる方がこられ、指導されました。連盟の定めたとおりにきちっと指導されましたが、「教えるべきところは踏まえてきちっと」という教え方でした。
 2日目は福島県のやや高齢の範士8段の先生が教えてくださいました。この方は昔の銃剣道、今の銃剣道、昔の短剣道、今の短剣道をよく知っておられ、技術的な変遷も十分にわかっておられる方でした。私は旧軍の軍人さんたちに教えられていますので旧式の銃剣道、短剣道をするのですが、福島県の範士8段の先生はそれを分かった上で丁寧に指導してくださいました。一日目の先生が「こう決まっているのだから、こうしなければならない。」という教え方であったのに対し、旧式のやり方を少しずつ、やわらかく変化させていくという教え方でした。
 不思議な事なのですが、教えていただいて、教えられた私が幸せな気持ちになる教え方をされるのです。言葉づかい、物腰のやわらかさといったものもあると思うのですが、人格者であられたのだと思います。また是非ともお会いしたいという気持ちになる方でした。
 かって無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は「素晴らしい方はお話をしなくても側にいるだけでも感化され、教えられる。」とお話くださったことがありますが、まさにそのような方でした。
 こちらが私心をはさまずに素直であれば、教えられる事で幸せな気持ちになるという教え方ができる師、難しい事ですが、そのようになれるよう務めなければならないと感じます。

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  1. 2010/05/20(木) 21:25:06|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

介錯

 切腹の祭の介錯について、『旧事諮問録』という本に、参考となる話が載っていますので、紹介します。解題によるとこの書は東京帝国大学も史談会のなかの有志が集まって旧事諮問という旧幕勤仕の固陋に話を聞く会によって編纂されたもので明治24年から刊行されたものだそうです。
 その中の第3回、「評定所の話」のなかで評定所留役、御目付、奈良奉行を務めた古俣景徳という方が質問に答えています。長くなるのですが、そのうち桜田門外の変に関する部分を抜書きます。介錯に関する部分は抜書きの最後の部分だけですが、歴史的にも興味深い部分ですのでお読みください。

○ それで桜田騒動の十七人は、いかなる風に吟味がありましたか、一人ずつでありますか。
◎ 一人一人であります。たとえ陳ずるところが理に当たっておろうとも、幕府の大老を殺害するというのは大罪です。もっともその節、井伊家から届けの旨は、疵を受けたというだけで、首を取られたとは言わぬのでありますから、そこらが妙で。
○ 水戸浪士の方では、吟味の時に、私は一向関係はない、というようなことはありませんでしたか。
◎ それは立派に自白しております。
○ 大老を殺したということも言っておるのでありますか。
◎ 申しておるのであります。しかし井伊家の方では、先程も申す通り、首を取られたとは少しも言わんのであります。
○ その吟味は、どういう風に吟味しましたか。首を取ったというのではない方の吟味でしたが。
◎ 左様、「重き役人に傷をつけて、いかにも不時ではないか」と言うと、しまいには「恐れ入ります」ということになって、そこで栂印を取って切腹でございます。最初の勢いはなかなか烈しかったのですが、三度五度となると段々やわらくなってきて、そうして、恐れ入ったという所まで行って栂印を捺したので、みな死を決しておりました。
〇 一人一人呼び出しても、話の変わったことばありませんでしたか。
◎ 少しも変わりませぬ。評定所へ出た者は僅か十七人でありましても、、援兵が沢山あったようで。もっとも、それは吟味をいたしませんが。
○ 吟味はどのくらい掛かりましたか。
◎ 小一年掛かりました。最初三月三日からその歳中掛かりましたが、余程むつかしいものでした。中には死罪がよろしいと言う者もあり、私共は切腹がよろしいという方でした。何となれば元々悪心を以てしたのではない、国のためを思ってやったことであるから、まず赤穂浪士が吉良を討ったのと同じことである。但し自分自身に対しては忠義に殉じたわけであるが、幕府に対しては大法を犯したわけであるから、死を賜わるがよろしい、死罪に行なうわけにほいかんというので、それで永く手間取ったのであります。切腹も死罪も首を斬られる段になっては同じでありますが、ただ武士の名分があるからであります。
○ 切腹の時は検視が立会いますか。
◎ たしかには心得ませんが、徒土目付が立会いましたろう。
○ 首を落とす時は、皮を残すということを聞きましたが、まったく左様でありましたか。
◎ イヤ、そういうことはいたしません。


 居合の書籍などにはよく「皮を残すということ」を記していますが、無双神伝英信流の山川久蔵はそのようには記しておりませんし、また植田平太郎先生の形解説にもそのようなことは記されていません。介錯にも異なった考え方があったのだろうと思います。
 今は介錯などは全く無縁のことなのですが、自分が稽古している事を知るといううえでは知識なしには済まされません。

 5月30日(日)に貫汪館居合道講習会を開催いたします。今回の講習会のテーマは「運剣」です。興味のある方は貫汪館HPの無双神伝英信流の稽古のページを御覧になりどなたでもご参加ください。

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  1. 2010/05/21(金) 21:25:22|
  2. 武道史

夫和は空手にして白刃を拉き敵の働きに勝習にて候

 以前紹介した友人からもらった定善流という流派の『和秘伝書』の記述について紹介します。表紙には『和秘伝書』とありますが、文頭には『定善流和(にんべんに和)極秘自問自答』…「にんべんに和」の感じがでませんので以下にんべんがある場合でも和に置き換えます。…とあります。
 友人によると定善流は昨秋勝山藩、日向飫肥藩に行われた流派だそうで、寛永五年に本書を記した著者の小野祐清は「伊東修理亮殿家老川崎太左衛門生祖父也俗名権助ト云」と奥書に記してあります。伊東修理亮殿は第六代飫肥藩主で川崎家も飫肥藩の家老の家ですから著者の小野祐清は飫肥藩に関係がある人物とみて間違いはないだろうと思います。
 さて本文の記述に和(柔術)について次のように記しています。(カタカナは読みやすいように平仮名にしました)

「・・・夫和は空手(註:何も持たない事)にして白刃を拉き敵の働きに勝習にて候 是を取手とも可申くや 此の取手は匹夫下賎之芸にして好士上輩の業にてはなき様に思へる人も有る可く候得ども一向左にては無之と存知候 縦(たとえ)ば剣術之達人なりとも太刀打に雌雄を不決、手詰に仕かけ候はば組合之勝負に成り可申候 就中戦場にて互いに甲冑を帯し候はば打太刀にて埒の明ぬ事可多候 然時は何時も可為組打候 槍長刀にても少しの所を誤て仕損じ敵不意に手元に参り候はば是も取り合に成り可申候・・・中略・・・勿論酒酔或は狂人或は狼藉者杯は即時に切り殺しては悪敷事のみ可有候 ケ様の時就中和の術にあらずんば功有間敷者かと存じ候 右之道理にて候へは諸之武芸には皆和の習を交て教度事かと存じ候・・・」

 この一文を読めば当時柔術がどのような目的のために稽古されたか明白です。昨今はいわゆる格闘技のjyuujyutuまで漢字の柔術をもちいるような過ちが平然と行われますので、柔術といえばあたかも講道館柔道の競技のように素手と素手とで正々堂々と戦うものだというような認識をもたれる方が多いのですが、本来の柔術はあくまで刃物を持った敵に対処できなければならないものであり、そのような稽古がなされなければ成らないものです。
 また著者の小野祐清は剣術、槍術長刀といっても柔術の心得がなければならぬ場面もあると説きます。無雙神傳英信流抜刀兵法の大小詰に柔術的な技法があり、太刀打にも相手の手をとりまた柄頭で当てを入れるなどの柔術的技法があるのも当然の事です。
 「酒酔或は」とありますが酒席での狼藉を想定した澁川一流の『御膳捕』などはまさにこのような状況を考えての形です。

 5月30日(日)に貫汪館居合道講習会を開催いたします。今回の講習会のテーマは「運剣」です。興味のある方は貫汪館HPの無双神伝英信流の稽古のページを御覧になりどなたでもご参加ください。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/05/22(土) 21:25:22|
  2. 柔術 総論

何時も敵の身に添いはなれずば 打太刀もなし突太刀もなし

 昨日と同じ、定善流『和秘伝書』からです。以前にも同じような刃物に対する時の心得について述べた箇所を紹介しましたが、同じような刃物に対する心得です。

「何時も敵の身に添いはなれずば 打太刀もなし突太刀もなし
前にも申候ごとく行程にては兎角敵之身近くそいて不離時は敵之打太刀も不当 突太刀も不当物にて候 和には身の離る事を嫌申事にて候 兎角敵之白刃など取候事 初心の内に○致事にて可有候 身を捨ててこそうかむ瀬もあれの心能御工夫可有候 乍去此歌の心も初心の時の心持にて可有候 至りては身を捨てんと思う心もなく捨てまじきと思う心も無き筈にて候 身を捨ててこそと云は未だかかわりたる所の様に存候」

 敵が刀を持ったときにはとにかく敵に身を近づけることが大切だと説いています。「山川の末に流るる橡殻(とちがら)も 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という空成上人の作とされる歌はよく武術の心得として引用されますが、至っては身を捨てようと思う心も捨てまいと思う心も無いものだと小野祐清は述べます。
 初心者の方が澁川一流の「打込」を稽古されるのを見ると身を捨てるどころか「何とかしよう何とかしよう」と思っている心が手にとるように見えています。

 渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生は「はじめに習う「履形」は全て前に出て捕りますが、私はこの理由が「打込」「居合」(対刀)などの敵が刃物を持った形をおこなうようになってわかりました。」と私が入門したての頃に話してくださった事があります。


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  1. 2010/05/23(日) 21:25:35|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

大きな団体のエゴ

 銃剣道指導者講習会に行った時の専務理事の兼坂先生のお話です。
 全日本銃剣道連盟には銃剣道と短剣道という二つの武道があります。銃剣道はご存知のように戦場で用いる小銃の先に銃剣をつけて白兵戦で戦う為の戦技がもとになったものです。
 短剣道は想像がつかないかもしれませんが、砲兵や工兵など小銃をもたないものは銃剣の剣だけを腰につるしていました。敵がこれらの部隊に肉薄して白兵戦になったとき、この短い剣のみで戦う必要があったところから生まれた戦技です。従って私が短剣道を旧軍の元軍人さんたちに習った時には短剣は銃剣と試合をするもので短剣同士が試合をするということは稀でした。
 短剣が銃剣と試合をするには、長いものに対してこちらは短いのですから、相手の起こりをおさえるか、突いてきたところをおさえて入り身し、制体(相手の体が動かないようにする事)をして刺突するのですが、何年も前から、危険であるという理由と短剣道を普及するという理由のため短剣と銃剣の試合は行われなくなり、短剣と短剣の試合のみが行われるようになりました。技術的にも変化してしまい、片手で行う小手先で打ち突く現代剣道のようになってしまいました。へたに制体するとすぐに反則になるのですからぴょンぴょん飛び跳ねてちょこんと打つ現代剣道のようにならざるを得なかったのだと思います。
 さて、この短剣道、ですが子供達が短剣道をしている写真が何故か全日本剣道連盟の第5回の剣道写真コンテスト「最優秀賞」作品に選ばれています。以下のアドレスでみることができます。
http://www.kendo.or.jp/picture/photo_01-13.html#01-13_005
 剣道関係者が短剣道の存在を知らなかったのでしょうが、あまりにもお粗末だと思います。

 最近は短剣道の技術が変化した事もあり、剣道部の生徒が短剣道を稽古に取り入れるなど銃剣道人口の減少にもかかわらずかえって短剣道人口が増えているらしいのです。これに目をつけたのか、兼坂先生によると、さる大きな剣道の連盟が短剣道が銃剣道連盟に属している必要が無いだろうといって陰に陽に兼坂先生に声をかけているらしいのです。短剣道の成立過程を歴史的に知っていれば恥ずかしくてそのようなことはしないでしょうに。
 私としては短剣道が短期間に変質した事が悲しいのですが、スポーツというものはそのようなものかもしれません。

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  1. 2010/05/24(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜けるとき

 先日の居合の稽古で正しく抜けた方が居られました。みていて上手く出来たと思ったときに、その方もそのように感じたらしく、その方の感想は「楽でした」です。体は自然に動き力みも無く刀は走っていました。
 武道というと、何か苦行がつき物のように思い、同じ動作を力を込めて何百回、何千回、何万回も繰り返して身につけるものと考え、またそれによって筋力がつき、筋力を目一杯使って充実感を覚える事を上達と感じる方が多いようですが、術とはそんな単純なものではありません。
 たとえ一度であっても正しく動ければステップアップし、その瞬間から下手な動きに違和感を覚えるようになります。そのような瞬間が重なって動きはどんどん楽になり、無理無駄が無くなっていきます。
 たとえて言うなら無駄な衣類を何枚も重ねて厚着しているのを一枚ずつ脱ぎ去って楽になっていくようなものです。決して筋力をつけていくような単純な動作の繰り返しではありません。無駄なものを取り去っていくのですから、上達すればするほど素人や初心者にはその動きがみえなく(理解できなく)なります。
 抜けるときはより楽な動きになっていくのだという目安を忘れず、稽古してください。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2010/05/25(火) 21:25:36|
  2. 居合 総論

第二回現代龍馬学会

 今朝は猿が自宅の屋根の上を歩く音で目が覚めました。高知の日曜市で買って帰り裏庭に植えたなすびやピーマンなどの苗を荒らさなければ可愛いのですが、、彼らも生きるためにはそうはいきません。もっともまだ食べれるものはなっていないので、被害はありませんでした。
 顔を見合わせていても純真な気持ちしか伝わってこないのでむやみやたらに追い払う気持ちも起きません。どうしたものやら。写真は手ぶれなってしまいました。
    kesanosaruDSC_0003.jpg


 さて、本題です。5月22日(土)第二回現代龍馬学会が高知剣の桂浜荘で開かれ参加してきました。現代龍馬学会というのは高知県立坂本龍馬記念館が中心になって立ち上げた会で坂本龍馬とその周辺について主に高知の方が研究された事を発表されています。
 私は武道史の研究から学芸員の方と知り合いになり、是非にと勧められ会員になりました。私の場合坂本龍馬に直接関心があるわけではなく、その時代の武術が現在の研究テーマですので、そのあたりの情報収集と、あわよくば民間にある資料が発見できないかと思っているのです。
 会は学術的に追及するものではなく、それぞれの立場の方がそれぞれの分野から発表されますので、非常に熱心に研究され、発表されています。
 今回の発表テーマは以下の通りでした。

 「土佐の鍔について」
 「龍馬が開眼した旅路~四国龍馬街道」
 「池道之助旅日記(思い出草・噺の種)を読んで」
 「幕末土佐における鉄砲の変遷」
 「幕末の色~龍馬のモダンなカラーセンス~」
 「明智光秀と龍馬」
 「坂本龍馬と竹島開拓」

 土佐の鍔については私自身が一枚も持っていないのが残念ですが、以前から興味がありましたので面白くお話を聞きました。いつか入手したいと思っています。
 鉄砲の変遷は幕末の管打銃のお話が中心でしたが、結局のところ戦争は武器の優劣で決まってしまうのだと改めて感じました。
 坂本龍馬と明智光秀は血縁関係にあるという御話、どうも真実のように感じられました。

 研究発表の後、懇親会があり数人の方とお話しましたが、坂本龍馬に興味はあっても武術には興味はない方が多いようでした。また、素人の方の居合観は相当おかしなことになっていると今更ながらに感じさせられてしまいました。
 写真はいつもかわらない桂浜です。
      桂浜DSC_0001

   

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  1. 2010/05/26(水) 21:25:09|
  2. 武道史

素人の方の居合観

 現代龍馬学会の懇親会でお話をしていて素人の方の居合観はだいたい以下のようなものでした。

 「ばさばさ斬る」
 「真剣を持って迫力がある」
 「力強い」
 「形を見事に行うもの」

 ばさばさ斬るというのは最近の事で、江戸時代は試剣術は武術ではありませんでした。よって試剣術の伝書などでは斬るために大きく後方に体をそらせています。首筋なら5センチも斬り込まれれば命はありません。頭頂部も10センチも斬りこまれれば致命傷です。手首の厚みはどれくらいでしょうか。試剣術は試剣術であり、これを人前で武術として見せるようになったのはやはり見世物にしたい、上手に、強そうにみられたいという期も問いでしょうか。
 真剣を持って迫力があるとか、力強いというのも素人受けするためでしょうか。動きが素人にもわかってしまうのですから上手には全て見透かされてしまいます。上手のする事はすらすらと滞りなく無理無駄が無いため素人は何が起こっているのかわかりません。戦前に広島の招魂社でお祭の時には難波一甫流の奉納があったそうですが、それを見た人の感想は、一瞬で終わってしまうので、何が起こっているかわからなかったというものでした。力強いとか迫力があるという乾燥とは全く異なったものです。
 形を見事に行うものという居合観には所詮形でしょ、つかいものにはならないんでしょという意味が込められています。『大日本剣道史』の堀正平でさえそう思っているのですから仕方ない事ですが。人に見せようと思って、あるいは観られよう、よい評価を得ようと思って稽古すれば形骸化するのは仕方ないのだと思います。

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  1. 2010/05/27(木) 21:25:57|
  2. 居合 総論

武市半平太について

 第二回現代龍馬学会の懇親会の後は高知の温泉「ぽかぽか湯」につかり、ファミレスでしばらく持って行った資料の整理、就寝はいつもの仁淀川の河川敷で車中泊でした。いまの季節それほど冷え込む事は無く、また暑くくもないので家で寝るよりも快適です。
 朝目覚めてから高知市内に戻り、ひろめ市場で朝食をとり、日曜市をぶらぶらしながら高知県立図書館が開くのを待ちました。
 たくさん調べたい事はあるのですが、今回は武市半平太の土佐勤皇党結成以前の武術家としての経歴のみを4時間かけて調べ資料のコピーをしました。同一人物について記した本がたくさんある場合には大抵、古い本を下敷きにして、新しい本が記されていますので、結局戦前に書かれた本を参考にする事になってしまいます。
 武市半平太の武術の履歴はいくら調べても、中西派一刀流と高島秋帆の孫弟子に砲術を習ったという事しか出てきませんでした。
 武市半平太が本当にそれだけの武術しか稽古していないのだとしたら、当時の平均的な武術の稽古とは随分異なっています。ひょっとしたらそのせいで視野が狭かったのかもしれません。自分と考えの異なるものは殺してしまうという考えには大きなエゴを感じてしまいます。
 武市半平太は剱術にはそうとうに打ち込んだようですので、政治に関係を持たなければ高名な武術家として名を残したかもしれません。江戸の桃井春蔵のもとでの修行を終え、高知に帰った後に四国から山陽道をへて九州を廻国修行していますが、その時の自信が政治へと向かわせたのかもしれません。
 なぜか大石進のもとでは試合をせず「論武」と記しています。岡田以蔵は大石家へ伴ってはいないようです。理由は不明です。
 武市半平太の廻国修行についてはいずれ何らかの形で発表しようと思っています。

 
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  1. 2010/05/28(金) 21:25:10|
  2. 武道史

師三分、弟子七分

 以前、東京で研師の上田先生を訪ねたときのことです。友人が誰々先生の弟子なのになぜその方はその程度の技量なのですか。というような意味の質問をしたときに、上田先生が「技量は師三分、弟子七分できまります。」といった意味の事を話されました。いくら師が素晴らしくても弟子の七分の努力と才能が無ければ華は開かないということです。しかもそれは師の指導に忠実に従ってのこと。修行が始まったばかりなのに自分の考えをさしはさんでいたら師の三分の部分も存在しません。
 上田先生は、修行中、「師の許可をえず、出歩く事は出来ません。ましてや師から仕事がきているのにその仕事の最中に外出は出来ないのです。」と話された事がありますし、修行が進んでも「いつ師匠が仕事を見に来られるか分からないので、遠くへは行きません。」とも話されていました。
 武術の稽古も同じです。いくら指導しても自分の考えをさしはさんで、かってに自己流に解釈して稽古すれば師の三分の部分も存在しないのですから全く成果が出る事はありません。かって稽古に来られて進歩されない方の多くはそのような方でした。
 また、いくら教えても自分自身でそれを会得しようと努力されない方もなかなか進歩する事はありません。お教えすることが頭で理解できても体を動かさないのですから体が理解する事はないのです。  


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  1. 2010/05/29(土) 21:25:35|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

貫汪館居合道講習会「運剣」

 本日の講習会はテーマは「運剣」として実施しました。
 運剣を稽古するために、「初発刀」「陰陽進退」「流刀」「横雲」「虎一足」「浮雲」「山下風」「両詰」の形を重点的に稽古いたしました。
 刀有るがゆえに刀は巡り、体は動きます。決して刀を巡らせ、体を自ら進めるのではありません。刀をめぐらせ、また体を進めようとするが故に返って、刀は巡らなくなり体は進まなくなって無理矢理動かさなければならなくなります。そして無理矢理動かすために角がいたるところにでき、隙が生じてしまいます。
 「自分が」という思いを捨て、我を捨て刀と一体になったところから刀も体も動き始めるのです。
 今日の講習会では少しでもその理を体で理解していただけたかと思います。
 居合は、はじめのうちは武術の稽古をしているのだという下手な思いを捨てなければ、逆に武術としての居合とはならなくなってしまいます。刀や体が動き働く理を体得するためには、敵を抜付けで斬りさくとか、斬撃で両断するなどといった下手な思いがあっては真の居合とはなっていかないのです。

 次回は7月11日(日)、七尾中学校武道場で「太刀打」「詰合」を中心とした講習会行います。

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  1. 2010/05/30(日) 21:51:42|
  2. 居合 総論

彼我の位置

 先日の渋川一流柔術の稽古で感じたことを記します。
 動きそのものは正しく、手足体はばらばらになっていないのですが技を掛けるのに苦労されている方がおられました。原因は彼我の位置関係でした。
 いくら自分自身の動きが整い、正しかろうとも、彼我の位置が悪ければ力がぶつかってしまい。無理をしなければ相手は崩れません。これは5cm程度の違いでも技がかかったり掛からなかったりしますのでおろそかにすることは出来ません。
 しかし、技を掛ける人の体や、また相手の体の差があるために、その位置は固定されるものではなく流動的です。同一の人物と同じ形を稽古していても、その時の状態によって技を掛けるのに最適な位置は異なってきます。工夫してください。

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法の行事のページに講習会の写真を載せました。御覧下さい。

 6月5日(土)、6日(日)久留米で稽古会を行います。詳細は後日お知らせします。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法久留米道場のホームページに記してある連絡先から御連絡ください。

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  1. 2010/05/31(月) 21:25:24|
  2. 柔術 総論

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Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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