無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

久留米での稽古

 今回の久留米での稽古は大森流・英信流表・太刀打の稽古をしていただきました。稽古では理想とする動き、つまり自分が抜こう斬ろうとしなくても刀がするすると動き納まるという動きに少しでも近付いていただけるよう、体も頭も居着かぬよう考えぬように楽になっていただき、臍下丹田のみが自分の中心として存在する状態を求めていただきました。皆さん、随分上達され、自分自身の体の状態や心の状態の歪に気付かれるようになったと感じました。
 人によって異なるのですが、いくつかの歪がちになるポイントがありましたので、記しておきます。
 まず斬撃ですが、刀を振り上げようとする意識が起こるためにせっかく臍下丹田を体の中心としている状態が崩れてしまいます。刀は臍下を中心として巡るのであり振りかぶるのではありません。
 抜付けは随分向上されましたが、まだ抜けた後に振ろうという意識が存在します。せっかく刀がひとりでに働いているのに自分が振ろうとするために刀が死んでいます。
 納刀も随分向上されましたが時に納めようという意識が起こり自然な動きを邪魔しています。納めようという意識が左腕を動かし、鞘と刀が「くの字」になってしまっているのです。

 次に技術的なことですが、流刀や陰陽進退・虎一足などの受けもしくは受け流しは鎬でおこないます。このときの手の内はお話しましたように斬撃の手の内とは異なっています。師範代が持っていた定規などを活用して自分自身で工夫してください。
 また陰陽進退や虎一足の受けは鎬で行っていますが動きは抜付けそのものです。抜いて受けるのではありませんのでしっかり工夫してください。

 太刀打の稽古では普段一人稽古をして頂いているので、今日私が打太刀をした時には相手に居着いておられました。再び一人で動いていただくとすらすらと動けていますので、これも心が動きの邪魔をしています。まず自分自身を無にしてしまい、打とう突こうという心を去らねばなりません。しっかり工夫をして下さい。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/02/01(月) 21:25:30|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 どうしても肩や首に凝り固まりができる人、ほんの僅か顎を前に出してください。
 所謂軍隊式の良い姿勢では顎を首のほうにひきつけます。それが癖になっている方、また防具を着用し重い面等を用いていた方にも顎が首のほうにひきつけられる癖がある人が居ます。
 このような方は中心線も頭頂を通っておらずすこし後頭部にかかって通っています。また肩が僅かに前方に浮いてしまい、とくに刀を振りかぶった時には振りかぶりが不十分であり、刀を振りおろしたときなどは肩が浮いてしまいます。
 そのような癖があると感じた方は数ミリ単位で顎を少し前に出してみて頭頂に中心線が通るのを感じてください。その時には首肩も少し楽になっているはずです。 

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  1. 2010/02/02(火) 21:25:11|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

古い体質

 このたびの大相撲の理事選で貴乃花親方に一票を投じた安治川親方が廃業するということですが、日本大相撲協会の古い体質のなせる業だと感じます。投票制にして一見民主主義に見せかけながら、その実は自由意志では投票できない。それならば投票制をやめて何々一門から何名理事を出すといったようにし、はじめから相撲界は古い体質なのだと公言して、何事も決めていけばよいものを下手に投票制にしているので、かえって一般人からはおかしなことだと思われます。
 旧態依然とした体質と思考では時代の急速な変化についていけず、「伝統を守りながら大衆に受け入れら」という二律背反した難事を実行するアイデアをもつのは非常に困難です。古い頭では古い発想しか生まれてきません。
 日本古武道協会が良い例です。もう協会が設立されて30年も立つのに具体的な振興策は何もなく、旧態依然と当初からの演武会をお祭りのように繰り返すだけでは古武道の振興どころか維持も困難ではないかと思います。古武道自体が世に知られていないので、どうやって一般の人に認知してもらえるか、どうやって本気で稽古しようと思う人が来るきっかけを増やすかを考えなければならないのに何もなされていません。
 一般の人が思う武道は剣道・柔道のような現代武道で、古武道が存在しているという認識はありません。しかもそれらの現代武道が江戸時代からの伝統そのままに稽古されているという誤った認識をももたれています。。この認識を変える努力もなされていませんし、可不可は別として中学校の武道必修化に何らかの働きかけをなそうという動きもありません。これでは協会は何のために存在しているのか。
 もっとも日本古武道協会の場合は、私も会員として年会費を払っていながら、協会の理事や常任理事がどのように決められているのかも知りません。

 久留米道場の稽古記録が再度更新されています。お読みください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/03(水) 21:25:06|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

中心をとる

 月曜日の柔術の稽古で初心者の方が難しそうにされているのでみていると、「手首をとる」「肘をとる」「首をとる」「襟をとる」といった動作にばかり意識がいき、肝心の相手の中心をとろうとされていないことに気付きました。一生懸命、稽古されているのですがあまりに目先の事に目を奪われておられました。
 相手に技が掛かるのは関節を決める場合でも相手を崩す場合でも相手の中心をとることが出来た場合のみです。それ以外の場合には力任せに無理矢理きめたり、崩そうとしているので、たとえきめたり崩せたりした場合でもそれは業とはいえない雑な動きでしかなく、上級者には返されてしまう動きです。
 相手の中心がとれている場合には力(不必要な筋力)を入れる必要がなく、楽にきめ崩す事が出来ます。上達の近道は只闇雲に数を稽古することではなく、自分の状態・相手の状態を感じ取りながら、自分の動きの中心が相手の中心までつながっているのかどうかを確かめながら動きを工夫する事であり、一つ一つの動きの質をより高めていく事です。
 このような工夫をする事ははじめはまどろっこしい事かもしれませんが、避けて通れない事です。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/04(木) 21:25:21|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

反応

 インターネットの記事に次のようにありました。

【ロンドン時事】荒野の決闘で、ジョン・ウェインやクリント・イーストウッド扮(ふん)する「正義のガンマン」が、先に銃に手を掛けた悪漢を電光石火の早業で撃ち倒すシーンは西部劇でおなじみだが、先に銃を抜こうとするのは不利になることが、英研究チームの行った人間の反応速度に関する実験で分かった。3日付の英紙タイムズなどが報じた。
 「決闘」のシミュレーション実験を行ったのは、英バーミンガム大学のアンドルー・ウェルチマン博士のチーム。拳銃を相手より先に抜こうとする意識的な行動よりも、相手の行動を見て本能的に反応する方が速いことが判明した。
 実験には54人が参加。拳銃の代わりに押しボタンを使い、相手より速くボタンを押そうとする時間を計測した。自らの意思で最初にボタンを押す場合と、相手の手の動きに反応して押す場合の時間を計ったところ、後者のほうが平均0.02秒速かったという。
 同博士は「意識的に行動する場合と本能的に外部の動きに反応する場合の二つの速度を計測したのは初めて」としている。

 しかし、英文の記事を読むと動きそのものは0.021秒速いのだけれども、相手の動きをみて脳が反応するのに0.2秒かかると記してあり、日本文に書いてあるように実際の決闘において「先に銃を抜こうとするのは不利になる」というわけではありません。全く同じ動きをする場合には、最初に動き始めたほうがどうしても有利になります。
 英文の記事には自分に向かってくるバスをよけるには有効だと記してあります。

http://www.telegraph.co.uk/science/science-news/7137590/Why-cowboy-Clint-Eastwood-always-won-his-shoot-outs.html

http://news.sky.com/skynews/Home/Strange-News/Scientists-Reveal-How-To-Rule-The-Wild-West-Like-Clint--Shoot-Second/Article/201002115541189

 無雙神傳英信流の想定は多くの場合、相手が斬りかかってくるのでこれに応じるので、英文のバスが自分に向かってくる状況に似ています。
 動きに関して云えば、「意図的な動き」よりも「反応」のほうが動きが速くなるということですので、居合において敵が斬りかかってくるのでこれに抜付けるという動きも「無念無想」のほうが有効だということが分かります。
 ましてや「柄手鞘手をかけ、柄頭を相手に向け、序破急で、最後の切先の離れ際は」などど意識して動いていたらどれだけ遅くなるか分かりません。
 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/05(金) 21:25:48|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

個人的利益の追求

 ラジオを聴いていると、高級品ばかりを身の回りにおいていると個人的利益を追求するようになる傾向があると伝えていました。あくまでも傾向であって全ての人がそうであるということではないと言っていましたが。
 なるほどと思い当たるところもあります。武道の世界でも大銘の刀や、必要もない高級な稽古道具、あまりに高級な着物などを身につけたがる人ほど自分の組織における地位や段位・称号に執着する傾向があります。そんな人ほど「皆さんのために。」とか「武道の発展のために。」と口にするのですから始末に終えません。
 また、そのような金銭を持ち合わせていない人で、かつ地位や段位・称号に執着する人は高級品を身につけることができる経済力のある人に卑屈になっているという姿も目にしました。
 人の心から欲望を取り去ることは難しく年齢を重ねれば重ねるほどにそのような傾向が強くなると感じます。
 しかし武道の世界であっても本当に武道のことを考えて、自分の利益を追求せず役職を果たしている素晴らしい方も確かにおられます。いつ現われてくるか分からない自分の「欲」に警戒しながら、そのような方を目標として稽古を続けなければならないと思っています。

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

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  1. 2010/02/06(土) 21:25:48|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

素直さ

 土曜日の柔術の稽古で子供達に刀の扱い方の指導をして頂きました。ほとんどの子供達に居合刀をもたせ、礼法と刀の抜き納め、刀を抜いてからの歩みの稽古をしましたが子供達は実に素直に刀を扱います。
 手順に慣れていないため戸惑いや迷いはあるものの、形を作ろうという思いや見事に動こうという思いがないのです。礼法もいつも通りに心のこもった礼が出来ますし、座姿勢も自然。大人に教えるとどうしても外形を作る方が多いのですが、子供達は異なっています。
 刀を抜いてから歩む稽古で、私が前に立ち構えてから、前に進ませたり後に下がらせたりしても実に自然です。私の刀に心を奪われる事はなく、また自分勝手に動く事もなく、貫心流の「糸引きの伝」そのままに動けます。私と子供の間は途切れることなく、張り詰めすぎることなく、緩む事もありません。これは柔術の稽古で指導者の方がしっかり教えてくださっていることにもよると思いますが、下手にああしようこうしようという思いのない子供の素直さによりできるものだと思いました。
 大人が見習わなければならないところです。

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

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  1. 2010/02/07(日) 21:25:24|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

長船の上田刀匠のブログに

 先日、長船の上田刀匠のブログにこのように記されていました。
 「今日も受験者は一生懸命に鍛冶研ぎ、中心仕立て、素延べと頑張っているが、頑張る事と技術を有する事とは違う所に、受験者を持った親方としての悩みもある。」

 武術の稽古も同じだなと感じてしまいました。今は誰でも道場に受け入れるということはせず、本当に稽古したいという気持ちを持った方だけを受け入れています。したがって趣味でとか、ただ武術の雰囲気を味わいたくてといった気持ちの方はおられません(そのような方のほうが実力をつけることよりも肩書きを身につけることを望まれますが)。しかし、どうしても人によって上達の程度は異なってきます。まさに「頑張る事と技術を有する事とは違う」のです。
 居合の業も柔術の業も技術であって、只繰り返していれば身につく筋力や持久力などといった体力とは異なっています。むしろ何も考えずに繰り返すことによって悪い癖を身につけてしまい上達の妨げになってしまうことがあります。常に云うように、どんなに小さな動きであっても一つ一つの動きに毎回工夫が必要なのです。
 上達するかどうかは、自分自身にかかっています。 

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

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  1. 2010/02/08(月) 21:25:23|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

神格化

 世の中にはむやみやたらに自分の師を神格化する人も居ます。「師の動きは神業のような・・・」。あるいは神格化までしなくても御自身が「宗家」と名乗ってもいないのに「師は唯一絶対の宗家で・・・」。
 師の業にあこがれてその師に習い、修得しようとするのですから師の業を求めるのは当然ですが、「師の業は神の如き・・・であった」などというのは返って師を冒涜する事になります。
 私は師から師が目指している方向と道を示されました。師といえども常に上を上を目指しておられ、今あるところを良しとはしておられませんでした。しかし、私と同門の中においてでも同じ師を神格化する者もいました。そのような人は大抵、稽古もまともにせず教えられる事もなく、それでも肩書きだけは欲しい人でした。「自分の師は神業を持っている(いた)」と公言する影には、「そんな師について習っている(いた)自分もまた凄いのだ」と言いふらす心があります。
 自分の師が「宗家」とも名乗っていないのに師の死後、「師は何々流の宗家で・・・」という人はたいていその言葉の裏に「流派の中で唯一絶対者であった師の弟子である自分も格別の存在なのだ。」と言いふらしたい心が隠れています。
 人の地位や名誉に対する欲は限りがありません。武術にあってはいくら地位や名誉があっても、師がいくら立派であっても自分が斬られてしまえば、それで終わりなのだと観念できない人は本質的に武術に向かないのだと思います。

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

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  1. 2010/02/09(火) 21:25:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「柔らかいということ」

 渋川一流柔術 七尾道場長の論文です。何も解説を加える必要がありません。初心者の方はよく読んで理解してください。上達の方法についてしっかりと書かれています。


「柔らかいということ」

 柔術を稽古することにおいて、「柔らかい」とは?高木流體術拳法の片岡健吉は『體術道標』の最初の一文のところで、「夫體術者四體和ラカ二シテ自カラ力ノ行届クヲ専要トス」と「柔らかい」事の重要性を説いています。体・四肢を柔らかにして、自らの力が体の隅々まで行き渡ることが、柔術を稽古する者にとって重要であるということです。ここで、重要なことは「四體和(柔)二シテ」の部分だと思います。「柔らか」になることで、身体の内に調和がうまれ、自らの力(筋力ではなく臍下丹田からの力)が初めて体の隅々まで行き渡り、業が自然に極まります。それでは、「柔らか」になるには、どのようなことに気を付ければよいのでしょうか。
 まず、初めのうちは身体のあちらこちらにある筋肉の固まり、力みを一つ一つ感じ取ることから始まると思います。その後、それらの固まり、力みを取り除いたのちに、その状態を保ったまま稽古をすることが大切だと考えます。稽古は形稽古が中心となりますが、形を覚える事に気をとられ、動きが止まったり、筋肉が固くなることは、絶対に避けなければならないことです。また、業を極めようとして、無理に力を入れることも避けなければなりません。そうすることで、次第に身体の力み、固さが無くなり、自分の中心(線)が感じ取れてくるようになり、心身の調和が生まれてきます。
 身体の固さが無くなり柔らかくなると、身体の重さを感じられるようになります。また、呼吸も自然と深くなり、次第に臍下丹田に納まるようになるでしょう。中心が臍下丹田に納まり、身体の重さを感じると、そのまま床に身体をあずけきります。身体は柔らかく、どこにも力みの無い状態を保ったままです。注意することは動くことを焦らない事です。焦ることで身体のどこかに力みが生まれ、柔らかさは失われてしまうからです。柔らかさが無くなれば、再び、力み、固さを無くす稽古を始めます。ある意味、稽古はこの繰り返しではないでしょうか。動けないからといって焦らず、床に身体をあずけさらに柔らかくなることで、自然に無理なく動けるようになるでしょう。また、臍下丹田から身体の隅々まで力が行き届き、相手とのつながり調和が生まれ、自然と業も極まるようになっているでしょう。
 最後に、今まで述べてきたように「形を覚えようとする」・「業を極めようとする」・「動こうとする焦り」などから起こる固さは、心がそれらに凝り固まるために起こることだと思います。あるいは「今までに身についた動きや癖」もそうかもしれません。初めのうちは、「形」・「業」にこだわることなく、とにかく身体を柔らかくして、大きくスムーズに動くべきだと考えます。心は絶対に素直であるべきでしょう。次第に、呼吸を深く大事にしながら、心を静かにして稽古を重ねるべきだと考えます。「~をしたい」という欲を無くし、心を柔らかく何ものにもとらわれることがなく、自然で無理無駄の無いことが柔術(武道)ではないかと考えます。つまり、柔術において「柔らかい」とは、身体の柔らかさはもちろんですが、心の柔らかさにその主な意味があると考えます。 

 参考文献 
『広島県立廿日市西高等学校 研究紀要第11号 平成14年度』
「無雙神傳英信流の研究(1)――土佐の武術教育と歴代師範及び大森流の成立に関する一考察――」
                          著者 森本邦生 先生


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  1. 2010/02/10(水) 21:25:46|
  2. 昇段審査論文

初傳論文

 高校生の初傳の論文を掲載します。小学生で稽古をはじめ、中学校のクラブで忙しい中、休むことなく稽古に通い、高校生になったときには体育系のクラブに入ったら稽古に通えなくなるからと文科系のクラブに入り稽古に通っています。指導者として小学生の指導をしてくれています。
 初傳は流派の基礎を身につけている段階です。これからますます上達していただきたいと思っています。


「残心について」

 残心とは心を静めて油断することなく、相手を冷静に見ること。そして例え一度倒した相手が何をしてきても、周りで何かあっても対応することのできる心と身体の状態のことをいいます。
 始まりがなければ終わりもない。武術をする者にとっては常に心がけていなければならないことです。この残心という言葉は、日本古来より伝承されてきた武術や芸道に深くかかわる言葉です。それぞれで残心の意味が少しずつ変わってくるようですが、基本は字の通りに人や物に執着し、心が残るという意味で使用されます。ここでは武術に限る残心を述べていきたいと思います。
 残心があるかないかを大きく見て取れるのは技をかけることができた後のことです。人間、心に隙ができるのは何かをやり遂げることができたと自覚した瞬間です。武術をする者にとってもそれは例外ではないようで、隙がまさに目にまで見えるのは技をかけたあとのことです。しかし、その瞬間はあってはならないものです。隙が見えるのは油断をしてしまい残心がないと言える状態になってしまうからです。どんなに難しい技をかけようとも、残心のないものは遊びと同じように感じられます。
 実際に稽古としてではなく、人に技をかけることを想定してみてください。自分が技をかけることができて、相手が地に伏せているとしても油断することはできません。相手はわざと地に伏せているだけかもしれません。まだ周りからは危険が迫っているかもしれません。相手に技をかけたということだけで状況は何も変わっていません。自分が優位に立ったと思った瞬間に負けてしまうのです。しかし残心の心を忘れないものならば技をかけた瞬間に買った、終わったなどと思うことはないはずです。そう思うことで自分に油断する心が生れ、まざまざと自分の弱点を相手に見せつけるようなことになるとわかっているからです。相手の次の行動をじっと見つめ、どんな状況にも対応できるようでなければなりません。これからの稽古でもそのような心掛けをし、残心を大切にしていくことが上達への道になると考えます。

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  1. 2010/02/11(木) 21:25:10|
  2. 昇段審査論文

段位制度

 武道の目的として武道憲章やその他の武道の団体の目的等に見るように普通は「人間形成」をあげています。
 武道憲章の(目的)には「武道は、武技による心身の鍛錬を通 じて人格を磨き、識見を高め、 有為の人物を育成することを目的とする。」と記され、
 全日本剣道連盟は剣道の理念として「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」と記し、
 社団法人全日本銃剣道連盟 定款の (目 的)には 「この法人は、わが国におけるアマチュア銃剣道界を統轄し、代表する団体として、銃剣道及び短剣道の普及振興を図りもって国民の体力向上と人間形成に資することを目的とする。」と記されています。
 しかしはたして理想通りになっているのでしょうか。
 以前、仕事で行かざるを得なかった高校生の剣道の大会では会場が込み合っているのに、人をよけようともせず、人をよけさせて歩いているのは体育の専攻がある公立高校の剣道部で県内で常に上位のチームでした。
 また日曜に大会があるといって前日から準備という名目で体育館を全館借り切り、短時間で準備をし、その他の時間は他の団体に使わせず遊ばせておくのは武道の団体です。
 久留米市の武道館の柔道場を柔道以外には使わせないとしたのも久留米柔道協会だと体育館の係員が話しました。久留米市もそう指示しているというのですから柔道協会と市の職員が結びついているのです。自他共栄など宣伝文句です。
 「高校の薙刀部が稽古している高校の体育館では音楽をかけてダンス部が練習をしているためにうるさくて薙刀クラブの稽古にならないから」といって、私たちが土曜日に使っている武道場を高校のクラブのために半面使用させろと強引に言ってきたのは現代なぎなたの指導者でした。昼間に使いたいからだそうです。「全面使用しなければ稽古ができなくなる」といってもなかなか聞こうとはしませんでした。私たちの稽古が終っても二時間は誰も使っていないにもかかわらず。
 このような武道の実態があっても「人間形成」なのでしょうか。
 かって日本武道学界で武道は高段者になればなるほど人間性が駄目になる人が多いとアレック博士が話しましたが、まさにその通りなのです。
 
 私はその原因の一つが武道の競技化(スポーツ化)に伴う勝利至上主義と段位制度にあるのではないかとおもいます。
勝利至上主義については次の機会に述べるとして、今回は段位制度について述べますが、まだ江戸時代の流派武術が行われていた時代には、一部の例外を除く多くの流派で真剣に毎日修行すれば早ければ10年で免許皆伝にいたるのが普通でした。したがって10代で稽古を始めれば30歳までには免許皆伝となります。それ以降はないのです。あとはもくもくと稽古を重ねるか、家業に専念するか指導をするかです。
 したがって多くの者が免許皆伝であり、免許皆伝のものを比較する物差しは腕と人間性でしかなく、30歳を過ぎても自分は7段だから6段より上、6段だから5段より上という自分と他者との段位の上での比較をすることもなく武術において上下を計ることはなかったのです。
 段位制度の形成は明治維新以後に行われました。そして残念なことにそれは軍隊の階級制度と同じように認知されていきます。少尉よりも中尉が上、少佐よりも中佐が上、大佐よりも少将が上。2段より3段が上、5段より6段が上6段より7段が上と。
 人の欲は限りがありません。武道をする人達の地位、名誉に関する欲望は嫌というほど見てきました。武道では下手に人間形成をうたっているだけに段位すなわち人間の価値と考えてしまう危険性が存在してしまいます。
 かって自衛隊にいたときに「階級がえらいのであって、本人が偉いのではない。勘違いをするな。」という言葉を良く聴きましたが、それと同じように段位と自分自身の地位を勘違いをする人間が多いのだと思います。
 武道が人間形成をうたうのであれば6段以上の段位は必要がないと思います。

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

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  1. 2010/02/12(金) 21:25:36|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

伝統とは

 中学校学習指導要領のF 武道に
(2) 武道に積極的に取り組むとともに,相手を尊重し,伝統的な行動の仕方を守ろうとすること,分担した役割を果たそうとすることなどや,禁じ技を用いないなど健康・安全に気を配ることができるようにする。
(3) 武道の特性や成り立ち,伝統的な考え方,技の名称や行い方,関連して高まる体力などを理解し,課題に応じた運動の取り組み方を工夫できるようにする。

と記され「伝統的な行動の仕方」「伝統的な考え方」と「伝統」を強調しています。
 しかし伝統といいながら、中学校学習指導要領解説には「武技, 武術などから発生した我が国固有の文化として今日では世界各地に普及し, 例えば, 柔道がオリンピック競技大会においても主要な競技として行われていることを理解できるようにする。」と記されていますので文部科学省のいう武道における伝統とは明治以降のことをさすのだということが明白です。いわゆる柔道は明治以降のものですし、武術ではなく武道といい始めたのも明治以降のことだからです。
 一般に私たちが考えれば日本の伝統というと明治維新以前から続いている文化のことをイメージするのですが文部科学省では明治維新以降の富国強兵の時代に育てられた武道文化を伝統と考えているとは驚きでした。
 現在のように武道が競技化して全日本で優勝とか何々選手権で優勝ということに極端に価値をおくようになったのは明治以降西洋文明のスポーツの概念が武道に持ち込まれてからのことです。そしてその価値観の元に競技化、体系化されていった武道を日本の伝統と考えているのです。
 ということはうがった見方をすれば「富国強兵」も日本の伝統になります。なるほど、だから現代武道が勝利至上主義でよいわけなのです。
 中学校学習指導要領解説に「伝統的な行動の仕方の指導については, 単に形の指導に終わるのではなく, 相手を尊重する気持ちを込めて行うことが大切であることに留意する。」とあるのも空論に思えてきます。

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/02/13(土) 21:25:17|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

俗説の不思議 1

 現代剣道をする方の中には、「剣道をするなら居合もしておいたほうがよい。」と言われ居合の稽古をしたいと思われる方がおられるようです。しかし、そのような考え方はどこから起こったものなのでしょうか。
 昔の武士にとって武術は生き残るためのものでしたから広く稽古するのが一般的でした。得手・不得手はあっても剣術、槍術、馬術、柔術、などを幅広く学んでいます。しかし剣術をするものは居合をしたほうがよいという説が一般に行われていたのは見たことはありません。広く行うのが一般的で一つの武術に専念するのは良しとされなかったからです。したがって剣術を得意とする者であっても槍術も馬術も他の武術も行うべきと考えました。
 もっとも当時の武術は現代武道と異なり剣術といっても剣術を中心としているということで、稽古内容に柔術があったり、居合(鞘之内)があったりしますし、槍術といっても長刀を含んでいたり居合を含んでいます。また柔術といっても棒術や居合を含むのが一般的です。また居合といっても剣術や柔術を含んでいます。あくまでも中心となる武術を表の名に出したもので現代武道のように剣道が竹刀の使い方しか知らず、刀の遣方や居合を知らなかったり、柔道が投げ抑える事しか知らず、六尺棒や捕縄、刀の遣方を知らないのとは異なっています。
 また、現在は手軽な武道として居合が一般化していますが、江戸時代にはたとえば広島藩には居合を表に立てた流派は存在せず円明流剣術に円水流の居合が付随して教えられていたり、行覚流槍術に制剛流の居合が付随して教えられていたりしただけで居合として門戸を立てる流派はありませんでした。
 先日、佐賀に行って時間の関係でごく簡単に武道史を調査しましたが、佐賀藩でも江戸時代の終わりに居合を表芸として門戸を立てる流派はなかったようです。
 また居合が門戸を立てて行われている藩であっても流派の数は剣術などに比べると圧倒的にすくないもので、一つの藩に一つか二つの流派がある程度です。現在のように集団教授法が行われず、道場も狭い当時であれば門人の数も限られてしまいます。
 また土佐においても、いかにも居合の藩であったかのように言われていますが、藩の武術の検分の記録をみても演武している人数は圧倒的に剣術や槍術が多いのです。
 居合は当時にあっても技術的には相当難しいもので、現在の居合いのように大衆化され誰でも居合をするというものではありませんでした。(続く)

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/14(日) 21:25:26|
  2. 居合 総論

俗説の不思議 2

 さて余談が長くなりましたが、不思議に思うのは何故「剣道をするなら居合もしておいたほうがよい。」なのでしょうか。刀の用い方を知るためなのであれば居合をする必要はありません。現代剣道の源流である流派剣術を学べばよいのです。そのほうがよほど現代剣道の立位置が理解できます。
 居合の生命は抜付けにあり同じ刀を扱うといっても、抜いてのち構えて勝負する剣術とは抜付け時の手の内、運剣の後の斬撃時の手の内は剣術とも異なっています。
 また温故知新ということであれば江戸時代の終わりには剣術の試合に組討も行われていたのですから、竹刀剣道の源流を知るために柔術の稽古をしたほうがよいといっても良いのではないかと思います。
 もっとも流派剣術の多くは現代剣道のように両足の爪先をまっすぐ前にむけることはありませんし、不可とさえします。刀を持つ手の内も流派によって千差万別ですから流派剣術の稽古は現代剣道の稽古にマイナスとなるかもしれません。柔術またしかりです。居合もまた現代剣道にとってマイナスとなる要素が大きいのです。
 競技化のために動きが一つに特化した現代武道と、汎用性を必要とした武術とでは動きが異なるのが当然です。
 「テニスをするなら卓球もしておいたほうが良い」という指導者がいるでしょうか。同じではないのです。
 現代居合道は現代剣道の動きを基準として刀を持つ手の内も、爪先の向きも足捌きでさえ現代剣道が基準となっているようですから、組織の経営のために「剣道をするなら現代居合道もしておいたほうがよい。」ということなのかもしれません。


 2月21日(日)に久留米に無双神伝英信流抜刀兵法の指導にまいります。時間は9:30~16:45 場所は久留米の勤労青少年ホーム軽運動室です。興味のある方は久留米道場の連絡先までご連絡ください。 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。
  1. 2010/02/15(月) 21:25:11|
  2. 居合 総論

「形が悪い」

 以前、ある英信流の方に数時間、無雙神傳英信流をお教えしたことがあります。数時間なので、業が身につくはずはありませんし、無雙神傳英信流をするにしてもあまりに悪癖が身についてしまっていたので、そこから手直しをしなければなりませんでした。
 その方が、その師にこのようにするらしいと習ったことを見せられたというのです。その方の師の評が「形が悪い。」であったということです。
 私はそれを聞いて、やはり とおかしくなりました。何故そうするのか、なぜそのような動きになるのかに疑問を持つこともなく、「形が悪い。」と思うのは居合が形・外形であると思っていることの現われです。
 お教えした人の座り方も、所謂胸を張り、腰を入れ、背中をそらし、肩を後方に位置させ、両手を無理やり腹につけ、後傾さえしていましたので、随分外形を強制されているのだろうと思っていました。悪癖といったのはそういうことです。いわゆる天賦の形ではなく人工的に作った軍人式の姿勢なのです。
 今までも述べているように各流・各派にはそれぞれの理論があり、ある流派ではこのようにし、またある流派ではこのようにするなど様々に異なっているものです。それゆえに流派が存在します。共通しているのはどのような流派であろうと上手な人の姿勢・動きは調和があり無理無駄がないということです。

 師の梅本三男貫正先生がかつて演武をされるたびに、河野百錬がその抜付けをじっと見ておられ、やがて「大阪に稽古に・・・」といわれ、数回尋ねると直伝の広島支部長にされたのですが、河野百錬には他流派の本質を見る目があったのかもしれません。
 しかし、居合を剣術に対抗する業を身につけるべき武術とは考えず、居合として単体で習い事の一つとして考えてしまう方の理解とは、「形が悪い。」という程度のものなのかもしれません。
 見えない人にはいくら秘伝を見せても見えないものだと思います。

 2月21日(日)に久留米に無双神伝英信流抜刀兵法の指導にまいります。時間は9:30~16:45、 場所は久留米の勤労青少年ホーム軽運動室です。興味のある方は久留米道場の連絡先までご連絡ください。 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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 本年、第一回目の貫汪館居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。
  1. 2010/02/16(火) 21:25:53|
  2. 居合 総論

動き

 月曜日の柔術の稽古を見て思うことが二つありました。
 一つ目は、技を掛ける動きについてです。技を掛ける際、相手に触れてから相手の動きを変えようとして力を加える方がおられますが、これは間違いです。一つ一つの技は相手が動き始めたときには始まっており、相手には技がかかるべくしてかかります。相手との位置や間合が相手に触れる前に出来ておらねばならず、ここが抜けているので触れた後に新たに力を加えて相手に技を掛けようとしてしまいます。
 二つ目は懐剣を手にしたときの動きです。何故か昔のロボットのように決まりきった動きをされようとします。業をかけられる「受」の動きであっても相手を倒そうとして懐剣で打ちかかるのですから、相手の状況を観て打ち込まなければならないのです。本来ならばかわされたときにはニ撃、三撃と続かなければならないのですから昔のロボットのように一撃を打ち込めば終わりでは「捕」の稽古にもなりませし、自分の稽古にもなりません。
 工夫してください。

 貫汪館ホームページに会報63号を載せました。お読みください。会報は竹本師範を中心として皆さんの協力で作成されています。今後とも宜しく御願い致します。

 2月21日(日)に久留米に無双神伝英信流抜刀兵法の指導にまいります。時間は9:30~16:45、 場所は久留米の勤労青少年ホーム軽運動室です。興味のある方は久留米道場の連絡先までご連絡ください。 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/17(水) 21:25:17|
  2. 柔術 総論

山岡鉄舟の書

 山岡鉄舟については述べる必要もないと思いますが、一刀正伝無刀流を開いた人です。久留米市武道館武道場の正面の高い位置に古い書がかけられています。漢字三文字で書体は見覚えがあり山岡鉄舟ではないかと思ったのですが、最初の二文字が読めず、最後の漢字は館と読めました。

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 久留米で無雙神傳英信流の稽古をされる方が、久留米に済美館という道場があったので、その額を移したものではないかと言われ、剣道をされる方にお聞きすると、若い方はご存知ありませんでしたが、年齢の高い方が「済美館」で、昔市長が剣道をする方であったので高柳又四郎に書いてもらったものと話されました。
 時代が合わないので、デジカメで落款をとってみました。やはり落款には「山岡高歩之印」とあり、署名も正四位山岡鉄太郎とあります。体育館の人も興味がない様で知っていなかったのは残念でした。
 この額について子供たちにお話すれば良い教育にもなるでしょうに、顧みられず、説明の文も存在しないのは非常に残念なことです。

 貫汪館ホームページに会報63号を載せました。お読みください。会報は竹本師範を中心として皆さんの協力で作成されています。今後とも宜しく御願い致します。

 2月21日(日)に久留米に無双神伝英信流抜刀兵法の指導にまいります。時間は9:30~16:45、 場所は久留米の勤労青少年ホーム軽運動室です。興味のある方は久留米道場の連絡先までご連絡ください。 
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  1. 2010/02/18(木) 21:25:53|
  2. 武道史

武者修行

 先週の上京の折に、茨城県の水戸まで足を伸ばし武道史の調査に行ってきました。茨城県人であったのははるか30年ほど前の大学生であった頃なので、水戸へは30年ぶりくらいに訪れたことになります。
 水戸駅からバスに乗って約20分で茨城県立歴史館につきます。当日は雪が積もっており、肌寒い日でした。写真は左側が歴史館の敷地内にある移築した水海道市の小学校、右側が歴史館です。

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 さて本題です。資料調査の一番の目的は他のところにあったのですが、江戸時代後期の修行を物語る資料を目にすることができました。弘道館遊学名簿の写しです。写しといっても江戸時代に写されたものらしく、相当に古いものでした。資料はその内容からすると水戸の弘道館へ武者修行(武者修行という言葉になじみがありますが、学会などでは廻国修行という言葉を用います)のために訪れた人の記録です。そのなかに久留米藩の人の名前を2人見つけることができました。
 安政4年12月の記録で
 2人のうち1人は津田一傳流 津田傳の門人である郡正次郎昌利
 もう1人は神陰流 加藤田平八郎の門人である松崎新吉重秀です。

           弘道館DSC_0206     弘道館DSC_0207

 道を求めるためにはるか九州の久留米から水戸までやって来て、水戸の弘道館で試合を行っていたのです。
 私も随分動き回っていますが、交通機関を使ってでさえ嫌になることもあります。徒歩で旅する当時の人が廻国修行にしばしば「難所」という言葉を用いているのを読むたびに、当時の人たちの苦労がわかります。

 2月21日(日)に久留米に無双神伝英信流抜刀兵法の指導にまいります。時間は9:30~16:45、 場所は久留米の勤労青少年ホーム軽運動室です。興味のある方は久留米道場の連絡先までご連絡ください。 
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/19(金) 21:25:32|
  2. 武道史

緻密さ

 先日東京に出た折、友人と3人で研ぎ師の上田先生を訪ねました。私は持参した短刀と脇差、友人は槍を見ていただき、研ぎをしていただくことになりお願いしました。
 上京の大きな目的の一つは、劇団夢現舎で居合の稽古をすることでしたので稽古用の刀ももっていました。すると上田先生が、そちらも見てみましょうといわれました。お父上によって刀がうちあがったときに研いで下さったのが上田先生です。私はいつも稽古に真剣を用いていますので、稽古後に手入れをしてもどうしてもわからないほどにかすかに錆が浮かんだり、引け傷がついたりしているので手入れをしてくださったのです。
 今回は随分と手をかけていただき、峯と切っ先、鎬などを研いでいただき、磨き棒をかけていただきました。非常に緻密な作業で、私にはとても無理だと思える作業でした。何百という同じ動作の繰り返しで作業は進んでいきます。どうみても同じ力しか加わっていないのでお尋ねすると、やはり力加減は変わっていないということなのです。
 このような精妙な動きは武術とは無関係と思われる人が多いのですが、力技ではなく、力に頼らない業を身につけようとすれば自分の体を正確にコントロールできなければなりません。昔の居合いの使い手の逸話には、石灯籠に止っているトンボを抜き打ちにして両断し、なおかつ石灯籠に刃が触れなかったとか、小豆を両断したという繊細な動きが多くあります。難しいことです。
 
 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2010/02/20(土) 21:25:42|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「雑誌だから」

 武道関係の雑誌を読んでいるときに、どうしても演武者の顔の力みが気になるので、「どう思う。」と武道をあまり知らない人に聞いた時に帰ってきた答えが「雑誌だから売らないといけないので、こんな顔をしているんじゃない。」というものでした。
 何度も述べていますように、顔の力みは武術、武道にとって褒められたものではありません。私自身も師に戒められて以来常に心がけています。
 「雑誌だから売らないといけないので、こんな顔をしているんじゃない。」という考えはなるほどと思えるものでした。素人にもいかにも武術の演武をしていますよということが分かるように表情を作るというのです。さらに「動きもいかにもやったと思わせないと雑誌にならないじゃない。」と言います。
 素人は、顔に何もださず、すらすらと動かれてしまうと何をしているのか分からず、上手なのかどうかもわかりません。それ故に顔に表し、素人にわかりやすくし、さらに動きもメリハリをつけていかにもやったように見せる。
 そうしないと武道は大衆化しません。そのような方法をとることで大衆化し、会員を集めることができるのかもしれません。以下の歌は道歌として用いられ、戒めとされましたが既に過去の遺物なのかもしれません。

   忍れと色に出にけり我恋は
               物や思ふと人のとふまで 


 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 本年、第一回目の居合道講習会は施設の関係で3月7日に変更いたします。場所は七尾中学校武道場です。講習会では「抜付け」をテーマとして大森流・英信流表の稽古を致します。

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  1. 2010/02/21(日) 21:25:36|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

座学

 週末、久留米に稽古に行きましたが、20日(土)は初めて久留米で座学をしました。道標で何度も述べていることでも直接対面して話さなければ間違って伝わることもあるからです。
 居合に関して世間一般に信じられている間違いを正すためには居合の歴史を知らなければなりません。林崎甚助が創めた居合とは一体どのようなものであったのか、その当時はどのような刀を使うのが一般的であったのか。このようなことを知らなければ武術の中で居合の立位置は分かりません。わかっていないから、敵の殺気を感じたら機先を制して抜付けるとか、相手が柄に手をかけたらこちらから抜付けるのだという間違いがさも真実であるかのように公言されます。
 そのような事を言い出したのは、斬りかかる敵に対して間に合わない居合しかできなかった者のつじつま合わせに過ぎないと考えなければなりません。絶対的に不利と思われる状況を変えることができたからの居合術であり、そのような術を求めないのであれば居合など必要ではありません。
 居合はなぜ画一化された動きをするようになってしまったのか。これは流派剱術が大日本武徳会のもと現代剣道になり流派を捨ててしまった過程とよくにています。現代居合道が下手に流派を名乗るためにあたかも流派剱術と同じように現代居合は古伝の動きをしているのだという誤解を門外漢や、居合を稽古する者にまで与えてしまいますが、居合が大衆化していった歴史を知れば答えが出ます。そのようにならないために私たちはどうあらねばならないのかをしっかりと考えておかねばなりません。
 他にも色々とお話ししましたが、歴史を学ぶことを通じ、自分が行っていることは一体何なのかという事を知らずに上達することはありません。

 久留米道場ホームページの[稽古日時・場所]の稽古風景の写真を入れ替えました。ご覧ください。良い動きのお手本となる写真も載っています。

 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は後日、貫汪館ホームページに記載いたします。今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9;30~16;30、場所は七尾中学校武道場です。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/22(月) 21:25:16|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

久留米での稽古

 日曜日は1日久留米で稽古しました。
 久留米で稽古される皆さんは私が行く時には何があっても必ず稽古にに来られていますし、稽古当日も私よりも先に着ておられます。小さな事かもしれませんが、このような心掛けが上達につながります。
 さて、上達のために皆さんがしなければならない事は「小賢しさ」を捨てる事です。「ああしよう、こうしよう、ここをこうして、あそこをこうして」などと考えて動くのは居合ではありません。居合は文字通り「無念無想」でなければ体は動き始めません。この出発点を間違えると「居合もどき」しかできあがりません。
 全てを捨て去れば体の中心、臍下丹田が自分の動きの中心であると体感できるようになります。そこに至れば刀は自然に動き始めます。すてられず、頭が働くために体はばらばらになり、動きに調和が存在せず、いくら速く動いたつもりでも局所的な速さにすぎなくなってしまいます。
 求める段階に至っていますので後戻りをせず求めに求めなければなりません。
居合において「無念無想」とは決して修行を積んだ人のみが得る境地ではなく、術技にとって必要不可欠な物であることを理解しなければなりません。

 久留米道場ホームページの[稽古日時・場所]の稽古風景の写真を入れ替えました。ご覧ください。良い動きのお手本となる写真も載っています。

 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は後日、貫汪館ホームページに記載いたします。今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9;30~16;30、場所は七尾中学校武道場です。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/23(火) 21:25:26|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

師に恵まれる

 先週土曜日の午前中は大牟田で剣術の師に稽古をつけていただきました。師と奥様は心が広く豊で思いやりのある素晴らしい方です。高浜虚子の父 池内荘四郎が先生の4代前のご先祖を「先生は名手と聞及候所 性質又格別なる人に有之」と記していますが、まさにご先祖の心を受け継がれている方なのです。師と奥様のおそばにいるだけで充実した幸せな気落ちになります。私は師に恵まれる事に関しては幸運な人間です。
 もう30年前、私が大学生のころでしたが、無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は「本物の方には話を伺わなくてお側に居るだけで感化を受けるもの。」と教えてくださいました。師御自身もそうでしたが、渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生もまたそのような方でした。そして剣術の教えを受けている師もそのような方なのです。
 師にお話をお伺いするときには師は常に私に全てを伝えて下さろうとされます。もったいぶって包み隠されることはありません。知らない多くのことを学ばせていただいています。
 先生は「樋口真吉が土佐にこの流派を広めたように、森本さんにも同じように廣島に広めていただきたいと思っています。」と話されます。
 思えば、無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生の私に対する最後のお話は「森本君は私の技を後に残せ。」でした。また、渋川一流柔術の師 畝茂實先生も「森本先生にお願いすることはただ一つ。次の世代に渋川一流を伝え残していただきたい。」と話されました。
 私が本心から求める人達に全てを伝えようとするのは、このような先生方に教えを受けたお陰です。未熟な身でありながら、師に恵まれ、また弟子に恵まれるということほど幸せなことはありません。
 先生のもとを辞してから、久留米での座学まで時間がありましたので文書館へ資料の撮影にとも思ったのですが、ふらっと田舎道を車で走り、春を感じました。

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 その後、昔家族で行ったセキアヒルズというところを尋ねました。もう随分前のことですが「アウトレット」という言葉をはじめて聞き一体何のことか分からなかった記憶があります。昔の賑わいはどこへやら、栄枯盛衰という言葉そのものの有様でした。物悲しさを感じてしまいました。

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 久留米道場の稽古記録が再度更新されています。お読みください。  

 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日(日)に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は後日 貫汪館ホームページに記載いたします。今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9;30~16;30、場所は七尾中学校武道場です。

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  1. 2010/02/24(水) 21:25:20|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達のために

 上達するために必要なことを、たびたび述べていますが、まだ腑に落ちていない方もおられますので、皆さんの稽古を見ていて思いつくことを記します。
 心の面から述べますが、最も大切なことは素直であることです。長く生きていれば生きているだけ自分の思い、考えが固まってしまいます。しかし、術とは自分にとって全く新しい世界なのですから、今までの思いや考えを捨て去らなければ、教えられることは理解できないのです。今までの経験を頼りにして、「今話されたことはこういうことか」と解釈するのは自己流に変えてしまっていることに他なりません。簡単に理解できることではないのです。自己流をしていて、「これだけ稽古しているのに良しとはされない。」とはぶててみたところで、自分の責任なのですから救いようもありません。 
 また、見取り稽古をしても自分が「刀を振るのは力強さが必要なのだ」という考えに凝り固まっていれば、私がいくら楽に体を使っていても見えてはきません。その結果、体を思いっきり力ませたり、腕力を用いたりして自己満足し、同じように動いていると思ってしまいます。見ても見えていないのです。
 次に自分の動きについてですが、話されることが理解できていて、他の人の動きも見える。しかし、自分の動きはわからないという方がおられます。ここまできたら随分稽古は進んでいるのですが、この状況を打開するための方法は一つです。自分の体の凝り固まり力みを絶対的に排除することです。そこから自分自身の動きが見えてきます。
 いままで固めていたのをやめるのですから、下手になったように感じますし、不安にもなります。いきなり無重力状態の中に放り込まれたり、昼間歩いていたのに突然光のない真っ暗闇の世界に放り込まれたような気になるかもしれません。しかし、その真っ暗闇の中において見えてくるものが一つあります。それが地球の引力です。地球の引力が手掛かりとなり道が見えてきます。
 不安であろうが、下手になったように感じようが、上達しようと思ったら必ず通らなければならない道です。

 久留米道場の2月24日(水)の稽古記録が記入されています。お読みください。 

 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日(日)に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は後日 貫汪館ホームページに記載いたします。今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9;30~16;30、場所は七尾中学校武道場です。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/02/25(木) 21:25:57|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

劇団夢現舎での稽古 1

 先日、東京に行った際に劇団夢現舎で居合の稽古をしました。夢現舎の方は非常に理解が早く普通の人が20回くらいの稽古で会得されることを一回の稽古で会得されます。稽古の感想を頂いていますので、今日と明日、ご紹介します。劇団夢現舎のホームページはこちらです(←クリックしてください)。 


 刀を生かす・刀に任せる・刀の行きたい方向に行く
 これらの言葉が強く印象に残りました。『葉隠』で「武士道とは死ぬ事と見つけたり」と言いますが、自分なりに「刀を生かす」という事も「死ぬ事」の一つの意味なのではないかと思いました。斬ろう斬ろうとしない、手先で刀を振らない、ただ相手を斬る、ただ刀に任せる、斬るという一つの行為を必要最小限の力と動きで為す否むしろ何もしないで斬る・・・まさにある意味自分が死ななければ出来ないのだなと思いました。恥ずかしながらその後二日間もももが筋肉痛になっていた僕は、知らず知らず力が入り過ぎていて刀に身を任せず斬ろう斬ろうとしていたのです。自分を主張し刀を殺していたのです!
 しかし、あまりにも力を抜き自分を殺して刀に任せているとどうもフニャフニャして風で飛んでいきそうでこれで人が斬れるのかとも心配になるのですが、この心配は多分格好良く誇張して見せた時代劇か、近年スポーツ化した武道か何かが頭に刷り込まれた為かと思います。
 森本先生の居合いの動きを拝見すると、一見力強くブン!と刀を振っている様にも見えてしまうのですが、実は無駄が無く刀に任せて体が動いています。まるで何もしないかの様に自分の存在を殺した動きをする事によって逆に強い存在感が生まれているのだと思いました。
 勿論居合いの道は深く、知らない事だらけで、居合いについて何か申し上げるのも大変恐縮なのですが、一つ演劇という芸術に生かせるものを学ばせて頂けたと思います。

 お忙しい中、遠路、稽古にいらして下さり、ありがとうございました。感謝しております。
 


 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日(日)に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は貫汪館ホームページの稽古のページを御覧下さい。
 今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9;30~16;30、場所は七尾中学校武道場です。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/26(金) 21:25:34|
  2. 居合 総論

劇団夢現舎での稽古 2

 劇団夢現舎の方の稽古の感想です。普段稽古されている方でもこのくらいの気付きを毎日もてればきっと上達も速やかなはずです。劇団夢現舎のホームページはこちらです(←クリックしてください)。 


 まずは正座の際に、いつの間にか無節操に腿の上に置かれ、更に今日一日頑張ろうと力みさえ入っていた「手」。それを指摘して頂くところから稽古が始りました。果たして、上から糸で釣られた様な心持でそっと添えるだけで、充分に「手」は存在してくれます。当り前すぎて忘れがちなことですが、このほんの些細な意識の変化を受容れたことで、今日の稽古の習熟度が著しく上がったと思います。とは言え、如何に悪しき癖を身につけてしまったことか。同時にそれまでの自主稽古の反省すべき点も沢山見えてきました。しかし、直すべき点は頭で理解していても、癖になってしまった動きはなかなか修正できないもどかしさ。視線と姿勢の崩れ、体重が前掛かる、最後の最後に手の力で斬り付けてしまう、手首に力が入る等々…。試行錯誤しながら自主稽古を積み重ねてきたから改善の糸口を感じることができたのだと思いますが、だからこそ指導して頂けるという事はとても有難く、独りよがりの考えに走ることの危うさを改めて痛感しました。
 今回は前半の殆どが「抜付け」に費やされました。一日中やっても飽きないのではないかと思われるほど新たな発見ともどかしさの連続で、あっという間に時間が過ぎました。このひと動作の中にあらゆるものが含まれていて、その奥深さにはただただ驚嘆するばかりです。私達は普段如何に余計な力を使っているのでしょうか?身の回りは自然の力に溢れていているというのにそれらと和することもせず、恐らく大半は気付くことも無く過ごしているのかもしれません。などと考えていると、ふっと我が身とは実に自分勝手なものだな、と感じる瞬間がままありました。
 それでも上体はこれまでとは違い、肩、首、肘等に余計な張りを感じなくなったので、大分変な力は抜けてきているのだと思います。一方、下半身はと言うと立ったり座ったりを繰返すうちに、段々と腿がプルプルしてきました。後半には幾つか新しい型を教わりましたが、その時には既に足元が若干覚束無くなっていました。しかしながら、この力を入れることが出来ない状態、この事自体は好都合なのではないか? よく先生が仰る「女性の方が早く上達する傾向がある」に通ずるものがあるのではないか? この力の入らない状態で如何に楽に刀が抜けるか…、そう思うとプルプル腿も、まんざら棄てたもんじゃありません。この感覚をヒントにしながら、やろうやろうという気持ちは少しうっちゃって、次回ご指導頂ける時まで稽古を重ねて行きたいと思います。
 さて、帰宅の際自転車に跨ると心なしか宙をこいでいるような軽い感じがしました。これは如何したことかと注意してみると、なんと今日指導された正座の時の「手」の感覚でハンドルを握っているではありませんか?自転車とは何と僅かな力で操作できるものか。今までの乗り方は一体何だったのだろうかと、驚愕しました。そこでより丹田を意識して運転してみると、心なしかペダリングも軽くなるような気がして、更に自転車と一体化するような、身体の一部になるような、そんな不思議だけれどちょっと楽しい感覚になりました。もしかしたら実はこれと同じように日常にはまだまだ、知らず知らずに余計な力を用いて行っている行動があるのではないでしょうか?そんな事を意識しながら、次の稽古に具えてゆきたいと思います。
 次回も大変楽しみにしております。
 本日はお忙しい中、誠にありがとうございました。
 


 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日(日)に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は貫汪館ホームページの稽古のページを御覧下さい。
 今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9:30~16:30、場所は七尾中学校武道場です。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/27(土) 21:25:59|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心を養うには

 上級者の論文です。心のあり方について良く書かれています。最近上達が目覚しいと思っていましたが、心のありようについてよく工夫されているのだと思います。初心者の方は何度も繰り返して読み修行の糧としてください。


「心を養うには」

 柔術は、形を中心とした稽古から始まるため、初心者は形の手順を覚えることで精一杯になりがちである。また、手順を覚えてくると、その手順を間違いなく繰り返すことにばかり意識が働き、無駄な動作や力に頼る技になってしまう。その結果、柔術の本質である無理・無駄な動きを排除し、自分の体が無理なく平常心で動けるかという事を見失ってしまうのである。
 大人と子供を比較すると、子供達は素直に指導者の注意を聞くから上達が早い。それはただ注意を聞こうとするだけでなく、大人のように凝り固まった雑念がない上、指導者から指導されることに対して疑いの心を持たず、学ぼうとする意志となっているのが伺える。
大人も子供のような素直で純粋な気持ちで稽古に臨めばよいのだが、それを求めるのは非常に困難なようである。日頃の心のありよう、行動、思考、すべてが柔術につながっていくことは明確であるので、自分の思い込みや狭い視野に捉われていては、いつまでたっても上達はありえない。日常から、「無理」のない心や考え、「自由」な心を見つける修練を重ねていく必要性に気がつかなければならないのである。
 宮本武蔵の著「五輪書」において、「水の巻」では「兵法心持の事」として次のように心の大切さを説いている。
 「心の持ちやうは、常の心に替る事なかれ。常にも、兵法の時にも、少しもかはらずして、心を広く直にして、きつくひつぱらず、少しもたるまず、心のかたよらぬやうに、心をまん中におきて、心を静かにゆるがせて、其ゆるぎのせつなも、ゆるぎやまぬやうに」さらに次のように続く、「心は躰につれず、躰は心につれず、心に用心して、身は用心をせず、心のたらぬ事なくして、心を少しもあまらせず、うへの心はよはくとも、そこの心をつよく」「心を直にして、我身のひいきをせざるやうに心をもつ事肝要也。」さらに、石岡久夫著「兵法者の生活」では、兵法者の心について、「兵法家や武芸家にとって、単に体力の鍛錬や手先の技術だけの修練でなく、個々の人間の支配権をもつ心の鍛錬が肝要であることは、古くからその道の達人傑士は認識されていたのである。さらに動揺しやすい心を鍛錬して、如何なる場合もビクともしない不動心の確立に心魂を傾倒した結果にほかならないであろう。」と解説されている。
 武蔵は、心が躰に、躰が心につれられることを戒めており、かつ「心を広く直に」と、心のゆたかさを説いている。自分の心と意のままにならない身体の関係を追求し、自分自身をどのようにしてコントロールすべきか、また、心の稽古につなげていくかが上達の分かれ目であり、その関係のずれを克服することが重要である。柔術だけではなく、いろいろな事に目をむけ、自己の意識改革が先決であろう。要するに、何事でも根本は同じで、常に感性が磨かれなければならない。心の鍛錬は、仕事、家庭いかなる場面でも可能であり、この鍛錬ができなければ、柔術の上達はないものだと考えている。

参考文献
宮本武蔵著 「五輪書」
石岡久夫著「兵法者の生活」



 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日(日)に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は貫汪館ホームページの稽古のページを御覧下さい。
 今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9:30~16:30、場所は七尾中学校武道場です。
 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/02/28(日) 21:24:39|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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