無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

簡単に思えることが最も大事

 無双神伝英信流居合兵法にしても渋川一流柔術にしても上達されない方のほとんどが、刀を振り、木刀を遣い、相手を投げ、抑える事ばかりに目が行き、私が指導する最も重要な事を必死になって追求しようとはされていません。「その程度の事。」と思われているようにさえ感じられます。

 例をあげれば
 「静止していても動いても体はそけい部の緊張を全て抜き、下肢は踏ん張らず、足の裏は少しも緊張することなく体は床にあずける。」
 「上半身は下半身にあずけ、無理無駄な力は一切用いない。」
 「肩は体から遊離しない。」
 「手の内は刀を体の一部とするものであって関節の状態と変わらず、強くも無く弱くも無く、意識すらされる事はない。柔術もまたしかり。」
 「刀は振るものではなく、中心が動けば自ずから働くもの。柔術であれば相手をどうにかするのではなく自分が動けば相手は崩れるもの。」

 この程度の事ですが、この程度のことが出来れば、どこに出ても恥ずかしくは無く、相当のレベルに達しています。何故求められないのかと不思議でさえあります。
 求めるものが異なっているのなら別ですが、流派武術を習うのに、師の道標に従わず、己の思うがままに進んで上達した人を未だに見た事はありません。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の10月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。

テーマ:心と身体 - ジャンル:心と身体

  1. 2009/10/01(木) 21:25:53|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

形の手順の覚え方

 新しい形を稽古すると、皆さん一生懸命手順を覚えようとされます。しかし、この手順の覚え方によって、上達の早さが決まるので注意しなければなりません。
 たとえば学校で英語を習う時のように主語、動詞がきて次はという風に覚えていては形は使い物になりません。いつまでたっても手順を追う事から脱却できないからです。
 しかし、勉強をしようとして頭で覚えたのではなく、繰り返しなれることによって自然に覚えたものは、自由に遣えるようになります。赤ちゃんも言葉を覚えるのも何度も練習(学習)するのだという見方もありますが、それはまねをする事に始まります。赤ちゃんが言葉を覚えるのに、はじめに、これが来て、次にこうなって、これがこう変化してという手順を覚えてそれから話すようになったのではありません。
 たとえが長くなりましたが、形を覚えるのもこれに似て、手順を頭で覚えるのか、師の真似をして繰り返しているうちに体が覚えるのかでは大きく異なってきます。
 どちらも同じではないかと思われるかもしれませんが、知識として頭で覚える事をやめ、体が自然に動くようになるほうを選んでください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の10月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/10/02(金) 21:25:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

細川家墓所

 先日、高知にいったとき日帰りのたびの最終目的地は細川家墓所でした。八年ぶりくらいのお墓参りになります。はじめていったときにも案内していただいたにもかかわらず、次の日には道に迷ってしまったくらいで、墓山の中はまるで目路のようです。今回も道に迷い、墓山の頂上まで行き、さまよった挙句、導かれるように方角がわかり、やっとたどり着きました。以前お墓参りに言ったのとは全く別のルートをたどりましたから、導かれた感覚が無ければとてもたどり着く事は出来ませんでした。
 今回はくもの巣が多く、巻き取りながら前に進まなければ進む事が出来ませんでした。

 細川家の墓所の写真です。

       細川家墓所

 以前の写真は貫汪館のホームページにも載せてありますが、以前と比べて随分草木が多くなっていました。

 細川義昌先生のお墓の写真とお墓の背面に刻まれた文字の写真です。キリスト教徒として亡くなられたのだと実感します。

     細川義昌墓石1     細川義昌墓石背面

 細川義昌先生のご尊父嶋村義郷先生の墓石と、顕彰の為の石碑、門人が備えた手水鉢の写真です。

            島村義郷墓石    島村義郷石碑     島村義郷門弟奉納手水鉢

 時代的な背景もあり、嶋村義郷先生のほうが武術家として圧倒的に門人が多く、したがって石碑や手水鉢が存在します。
 墓山にはまむしが出るので、最近は地元の人もあまり墓参りに行かれないと聞いていますが、私が歩いた後にヘビが頭をもたげたのを子供が見ていました。噂は本当のようです。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の10月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/10/03(土) 21:25:14|
  2. 武道史

知らない事は存在しない

 人は自分が知らない事は、世の中には存在していないのだと思い込む傾向があるようです。どういうことかというと、自分の知っている知識が全てで、それに基づいてのみ事象を判断し、自分が知らない事(経験していない事・未見のこと・知識外のこと)は存在すらしていないのだと思い込んで偏狭な価値判断をしてしまうという事です。
 自分が知らないことのほうが世の中には多いのだと観念していれば、知らないことに出会っても柔軟に対応できるのですが、そうでなければ、知らないことが目の前に現れてもそれを否定しようとし、また無視してしまおうとします。
 しかし、武術にあっては自分の知らないところを攻められて負けるわけですから、知らない事が存在するのだという常識が無ければ、簡単に相手に攻められてしまいます。
 たとえば各流派の形はそれぞれの形が作られた経緯があるわけですから、形数が多い流派もあれば、少ない流派もあります。形に現れた遣方が全てなのだと誤解していれば、流派が異なれば対処の仕様がありません。
 また、道場に来られる方の中には、現代武道を経験された方も居られます。現代剣道の竹刀の振り方を基準に刀を考えられたり、現代柔道の投げ方を基準に、また空手の動きを基準に柔術の動きを考えられる方もおられますが、理論が全く異なり、そこから脱却しなければ進歩しないにもかかわらず、ずっと居続けられる方もおられます。
 また、武道に関しては様々な書物が出ており、場合によっては完全に誤った知識が常識として流布されている場合もあります。しかし、真実が現れた場合にそれに大きく戸惑い、対応できない方もあります。
 貫汪館で稽古される方は知らないことにも対応できる姿勢が無ければなりません。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の10月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/10/04(日) 21:25:29|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

師弟

 弟子として、師にものを習うという事は、現代の生活ではほとんどありえなくなりました。武術や一部の芸道、伝統工芸の世界に残っているくらいかもしれません。
 現代武道では道場で、何人も指導者がいることがあり、その場合、師弟といっても習うほうがとまどうでしょう。
 先日、ある道場の方と時を一緒にさせていただく事がありました。その道場の門人の方たちは高齢の先生を気遣い、よく従っておられ感心させられました。
 渋川一流柔術では子供達を教えていますが、子供達の中には学校でも先生を友人以下と思って育った者がいます。また、以前は保護者の中にも指導者を学校の先生のように対等な立場と考える方もおられました。
 さて、このような場合どうするか。指導者を友人以下と思う子供に教えても会得するのは自分の都合の良いことばかりでしょうし、下手をすると単に暴力を教えていることにもなりかねません。育てるという立場に立てば、あるいは学校教育では根気よく指導を続けるのかもしれません。しかし、武術の世界では先ほど述べたようにたんに心のない武術は暴力を教えているに過ぎない事態にもなりかねず、歴史に見るように人斬りを作ってしまう事にもなってしまいます。何度も教え諭しても態度が変わらない場合、心を鬼にして去らせることも必要となるでしょう。

久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。
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  1. 2009/10/05(月) 21:27:57|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

教える

 渋川一流柔術では兄弟子が弟弟子を導いてもらっています。しかし、時に誤った導き方をされる場合があるので、少し記しておきます。
 初心者は兄弟子がいくら言葉で説明したところでなかなかわかるものではありません。通常は兄弟子の動きを見てその動きが説明の意味するところなのだと理解します。兄弟子が頭でっかちで動きが伴っていない場合、弟弟子は兄弟子の動きをしようとします。間違った動きを勘違いして正しいと思ってしまうのです。
 つまり、兄弟子は自分で出来もしないことは説明してはならないのです。説明するためには自分自身が力をつけなければなりません。
 次に弟弟子のレベルが高くなった場合、これもしっかり見極める力を身につけなければなりませんが、動きを示すのにいつまでたっても初心者に教えるようにただ見えるようにゆっくり動いていてはいけません。レベルが高くなっている弟弟子は意図的にゆっくり動くことが正しいのだと勘違いしてせっかく動けるようになっている自分の体にブレーキを掛け始めます。こうした教え方は歩くことが出来るようになった幼児にはいはいをおしえるようなものです。
 レベルを見極めそのレベルに応じてより自由に動けるように導かねばなりません。

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  1. 2009/10/06(火) 21:25:47|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

優れた流派

 ある方に今までに優れた流派、これはという流派を見たことがあるかという意味のご質問を受けましたので、こうお答えしました。
 「流派に優劣があるのではなく、それを稽古する方に優劣は存在する。流派の教えは個人が花開く為の基礎であって、どの流派であっても、その上で、個人が花を咲かせねば意味はない。」
 いつもお話しているように流派というものの違いは教習体系の違いであって、それぞれの流派の目的は自由に働けるようになりところにあります。 人にはそれぞれ個性がありますから、その教習体系が自分に合うかどうかは別問題です。
 いくら多くの人にとって相性が良い流派であっても、その流派を突き詰めなければ遣えるようになりませんし、少数の人にだけ相性の良い流派であっても、その流派の中で突き詰める人の割合が多ければその流派には遣い手が沢山いる事になります。
 したがって流派に優劣はないのです。
 貫汪館の皆さんは思い違いはなされないで下さい。

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  1. 2009/10/07(水) 21:25:40|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

絶対的に優れた遣い手

 昨日の続きになりますが、絶対的に優れた遣い手というものも存在しえません。
 人は全知全能の神ではなく、優れた部分とそうでない部分があります。刀を持てば技術が並外れていても、槍では並であったり、組打は得意でも、得物を持てば動きが並であるという事は当然ながらあることです。常に自分の得手の状況にあるとは限りません。
 あるいは満遍なく素手でも遣え、得物を持っても使える人でも酒に弱かったり、女性に弱かったりする人も居ます。
 また、人には心があり、数日後には見違えるような業を持つ人物となることもあり、また、その逆もあります。
 現代武道の競技と言う基準に立てば、何年も連続して優勝したり、常に入賞する人が賞賛されあがめられるのだと思いますが、武術は競技ではありません。己の足らざるところを知らなければ、足らざるところを斬られて終わってしまいます。したがって武術は己自身が一芸に優れることをもってよしとするものではありません。
 自分の一芸が優れたと思い、慢心したとき、その人の業は武術としての業ではなくなります。
 心してください。

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  1. 2009/10/08(木) 21:25:16|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

【伝承】

 言葉の誤用で気になっていることがりました。それは【伝承】ということばです。
 辞書には【伝承】を「ある集団の中で、古くからあるしきたり・信仰・風習・言い伝えなどを受け継いで後世に伝えていくこと。また、そのようにして伝えられた事柄。「郷土芸能を―する」
または「(古くからの言い伝え・風習などを)受けついで伝えて行くこと。また、その事柄。」
 とあります。したがって「私達は何々を伝承しています。」場合、「古くからの」「古くからある」ものを「受け継いで」という条件が必要でたんに、「教えています」では【伝承】とはいえません。
 世の中では途絶えたものを文献から復元したり、新に作り出したものを「【伝承】しています」といって宣伝する事もあるようですが、ずっと違和感をおぼえていました。
 澁川一流は江戸後期の比較的歴史が浅い流派ですが、確実に【伝承】されえいます。


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  1. 2009/10/09(金) 21:25:06|
  2. 武道史

なるほどと思った事

 ZRX1200Sに乗っていて、重心について疑問に思っていた事がなんとなくわかったような気がしました。
 人の体の重心は天地が通り体の無理無駄が無ければ臍下に収まります。しかし、バイクに乗った時には何故か臍下より下がり、シートよりさがるのを感じます。よく考えたら当たり前の事でした。最近の大きなバイクは重心が下になるように設計されていて倒したとしても起こすのは比較的簡単です。人と車を別々のものとしていたら人の重心は臍下ですが、バイクと一体と考えたらどうでしょう。簡単に言えば人と同じ形、同じ重さのものをバイクの部品としてバイクにくっつけたものを考えてください。バイクと人の形をした物体は、たとえばバイクのハンドルと同じような物ですから全体の重心はバイクのシート高よりも低くなります。
 バイクと人が別々のものと感じていたら、人の重心は臍下かもしれませんが、人がバイクと一体と感じる事が出来ていれば、先ほど述べたようにトータルの重心は人の重心よりも低くなります。
 刀を用いる時も、六尺棒を用いる時も得物を用いる時は同じ事なのかもしれません。


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  1. 2009/10/10(土) 21:25:10|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

文献

 武道をされる方は、本を読まれて知識を吸収される方が多く居られます。この態度は間違いではないのですが、注意も必要です。出版されているからといって、そこに書かれていることが正しいとは限らないからです。
 先月、ある武道の雑誌の連載の記事に、大学教授の方が記されていましたが、そこには二つの間違いがありました。今月号で訂正はされていませんでしたので大学教授は自分自身でも間違いに気付かず、また指摘も受けなかったのだと思います。私自身が指摘しようかとも思っていましたが、どのような方が存じないので指摘もせず、そのあやまちは今後も訂正される事はないでしょう。下手をすれば単行本として出版されるかもしれません。そうなると、多くの方は間違った知識を信じられるでしょう。
 大学の教授であっても、自分の専門から少し外れた事を参考文献をみて書き、その基礎資料を自分自身で確認していなければ間違いを犯します。学会の論文ではなく雑誌の連載ですので、気安く考えられたのかもしれません。私自身には看過できないところでしたが。
 武道関係の雑誌は武道を専門にしていても、歴史などは、ただの受け売りであったり、間違って、あるいは意図的に誰かが言い出したことを根拠も確かめることなく記述しているものが多くあります。酷い本に至っては、誰かが言っている事を出典もしるさず、あたかも自分自身で調べたかのように潤色して記しています。渋川一流柔術の師畝重實嗣昭先生が調べられた事も、そのような扱いを受けています。
 特に武道関係の本を読まれる時には注意されなければなりません。わからないところは必ず聞いてください。 

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  1. 2009/10/11(日) 21:25:17|
  2. 武道史

待つ姿勢、ひく姿勢

 武術には競技として優勝者を決めるための試合はありません。 したがって自分の全てを出す場は日常生活であり、特殊な場として奉納演武があります。また武道館などで行う演武会での演武があります。
 演武会では出場の順番が決まっており、演武の待ち時間があります。この待ち時間は日常生活に置き換えてみればわかりやすいのですが、何がおこるかは予測できない絶対に気を許すことが出来ない時間です。
 しかし、演武会においては往々にして演武を待っている時間に演武場にいるにもかかわらず、準備体操をしたり、話をしながら待っている人もあります。武術の演武においてこのような態度があるべき姿かどうかをよく考えてみてください。
 また演武が終わって場をひく時に、ため息をつきながらあるいは放心しながらひく人も居ます。「残心」という言葉の意味を考えればどのような姿勢であればよいかわかるはずです。
 私達が稽古しているのは勝ち負けを競うことに意義を見いだす武道ではなく、競技、演武にのみ価値をおくものではありません。厳島神社での演武も11月の終わりにあります。競技武道ではなく武術としてのありようをよくよく考えてください。
 

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  1. 2009/10/12(月) 21:25:52|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

日本武道祭

 10月10日(土)に『天皇陛下御即位二十年奉祝・財団法人日本武道館開館四十五周年記念 日本武道祭』が行われ、見学に行ってきました。武道館の写真は携帯でとったので鮮明ではありません。
           日本武道祭 

  武道祭では現代武道の柔道・剣道・弓道・相撲・空手道・合気道・・少林寺拳法・なぎなた・銃剣道が演武し、古武道では天真正伝香取神道流・竹内流柔術腰廻小具足・陽流砲術が演武されました。
 演武会は日本武道館の主催ですので、秋篠宮文仁親王も臨席され、日本武道館の全てをかけたような演武会でした。この演武会を見て、現代武道と古武道の違いが大きくわかると共に、私達が行ってきている古武道のありかたは間違ってはいないと感じました。
 開会式では各武道の最高の演武というお話でしたが、武道によってはトップクラスではない演武者をだされるところもあり、少し残念でした。
 印象に残ったのは現代武道の中では相撲と合気道で、相撲は現代武道といっても、江戸時代には既に確立されたスポーツですので、その動きの中に伝統という観点から古武道と同じものを感じました。合気道は道主自ら演武されたのですが、他の現代武道と異なり、古武道から生まれた武道であるということを感じます。他の現代武道は外形はともかく動きそのものが、そのもととなった武道とは異なり、時がたてばここまで変化するのかという思いを持ちました。

 岡山県長船町の上田刀匠の 「備前長船日本刀傳習所」のホームページ(←クリックしてください)がリニューアルされています。ぜひ御覧下さい。ホームページアドレスは今までのままです。  

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  1. 2009/10/13(火) 21:22:56|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

日本武道祭で感じた事

 先日行われた日本武道祭の演武で、すこし不思議に思った事を二つ記します。今までに私が稽古の中で身につけたことが絶対的なこととは限りませんので、貫汪館で稽古される方で知識をお持ちの方はお知らせ願いたいと思います。
 一つ目は、その武道の演武を始めるにあたり、わざわざ、自分の位置から秋篠宮文仁親王の方へ歩み寄り礼をし、元の位置に戻り演武を始め、演武終了後に再び自分の位置から秋篠宮文仁親王の方へ歩み寄り礼をされた武道があったことです。
 高貴な方へは遠く間をとり、むやみに近寄らず、近くへという指示があった場合にのみ少し歩み寄るものだと思っていましたから得物をもったままの上記の作法には違和感を覚えました。
 次に、ある武道の演武で正面を向いたまま集団で突きなどの単独動作をされた事に違和感を覚えました。正面には当然、演武会では地位のある方が座しておられます。演武とはいえ、その方向に向かって集団で拳を突き出すことに違和感を覚えたのです。
 かって真貫流の新見亀太郎先生が宮中の済寧館で真貫流を演武されたところ松田榮太郎先生の打ち込む短刀を払った時に、払いが強く、松田榮太郎先生の手から離れた短刀が天皇陛下の方向に落ちた事があり、その時、新見亀太郎先生は切腹を覚悟されたとご子息からお聞きした事があります。このような事例をお聞きしていますのでどうなのだろうと思ったのです。
 
 
 岡山県長船町の上田刀匠の 「備前長船日本刀傳習所」のホームページ(←クリックしてください)がリニューアルされています。ぜひ御覧下さい。ホームページアドレスは今までのままです。  

 10月17日(土)午後6時半~8時45分まで久留米市武道館小道場で無双神伝英信流抜刀兵法の稽古を行います。

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  1. 2009/10/14(水) 21:25:14|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

備前焼(武道とは関係なく)

 10月17日(月)に次男と一緒に岡山県の備前市に行きました。月曜日にはどこかへ行こうと考えて東京から日曜日にかえって来たものの、行き先がなかなか決まらず、当日の朝、長船に行きさらに備前焼を見に行く事に決めました。長船については明日記します。
 もともと陶芸の良し悪しはは全くわからない私ですが岡山県備前陶芸美術館で特別展の「備前の細工物」を見たとき、「これは」と思いました。下の写真は岡山県備前陶芸美術館と特別展のパンフレットおよび他のパンフレットの備前焼についての説明です。写真は全て次男の撮影です。

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 備前の細工物展には多くの生物や人物などが備前焼で作られ、その時代も17世紀から最近のものまで展示されていました。それらの生物の細工物がまるで生命をもっているように感じられるほど生き生きとしており、今まで、陶磁器に感じた事がない新鮮な感動を覚えました。私と同様に陶器に興味が無かった次男も同じように感じていました。写真が撮影できないのでお見せできないのが残念ですが、是非一度、開催中に訪れてみてください。
 町を歩くと、煙突の多さから焼き物の町という事がすぐにわかります。また、薪もたくさん積み重ねられています。
  
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 備前市観光協会のホームページ(←クリック)と備前陶友会のホームページ(←クリック)を参考にされてください。

 少し歩いて天保時代に築かれたという天保窯と備前焼の狛犬・屋根瓦・参道の陶板などがある天津(あまつ)神社を見、次男のお土産にお漬物を入れる為のお皿と備前玉を買ってかえりました。備前焼まつりは10月17日(土)、18日(日)に開催されるそうです。(協)岡山県備前焼陶友会会員の全店舗、特設会場で備前焼全作品を2割引となるそうですので、お買い得だと思います。私達は一足早く2割引にしていただきました。

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 10月17日(土)午後6時半~8時45分まで久留米市武道館小道場で無双神伝英信流抜刀兵法の稽古を行います。興味のあるかたは久留米道場の連絡先からご連絡ください。

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  1. 2009/10/15(木) 21:25:30|
  2. 武道史

上田祐定刀匠と備前長船日本刀傳習所

 備前焼を見に行く前に長船に行き、最初に備前おさふね刀剣の里へ行き、特別展 「第四回お守り刀展覧会」を見学しました。

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 先日、東京に出た際、研師の上田健一氏に刀剣博物館に連れて行っていただき、時代の変遷と太刀、刀の変遷についてお話をお伺いしていましたので、興味深く見学する事が出来ました。一般的に平和な時代になれば刀を売るために刃文は華美になると教えていただきましたが、まさしく華やかな刃文の刀が多くありました。
 次に上田祐定刀匠の備前長船日本刀傳習所を尋ねました。上田祐定刀匠は私が普段遣っている二尺八寸二分の刀と、三尺一寸八分の刀を打って頂いた方です。日本の伝統文化である日本刀製作の技術を次世代へ伝えるべく備前長船日本刀傳習所を設立され、多くの弟子を養成しておられ、砂鉄から和鋼をたたらで作り(自家製鋼)、日本刀を製作しておられます。
 行った時には弟子の方が積み沸かし、折り返し鍛錬の行程をされており、それを指導しておられました。写真に写っているのは弟子の方です。また門人の山本祐永刀匠はセンをかけておられました。

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 お昼頃までお邪魔して作業を見学させていただき、備前焼の見学に向かいました。
備前長船日本刀傳習所のホームページ(←クリック)です。


 10月17日(土)午後6時半~8時45分まで久留米市武道館小道場で無双神伝英信流抜刀兵法の稽古を行います。興味のあるかたは久留米道場の連絡先からご連絡ください。

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  1. 2009/10/16(金) 21:25:48|
  2. 未分類

細川義昌邸

 10月のはじめの土曜日に再び、高知にいきある方々を細川家の墓地にご案内しました。
私は一足速くZRX1200Sで高知に行き、午前中に細川家にお邪魔しご挨拶をしました。細川家を現在守っておられる方とは武道史の調査の関係でもう何年も前にお手紙のやり取りがあり、その後も何回かお手紙を出していますが、今回初めてお会いしました。・・・資料館や博物館の資料などが寄託資料である場合、寄託者の許可を得なければ、写真撮影等をなすことは出来ません。武術史からみた細川義昌日記の研究を志したのが発端ですが、未だに研究は進んでいません。
 細川家は江戸時代からの建物を残されており、古い様式の武家屋敷を見ることが出来ます。お屋敷前の愛車ZRX1200Sは場違いな気もしましたが、風景によくなじんでいました。

    細川家とZRX     細川邸 (2)

 武家屋敷ですので、お家はなかなかこった造りで、長押と吊り束を固定するための釘の頭を隠す飾り金物である釘隠(くぎかくし) もありました。また槍掛も残り、かっては長短二つの槍が掛けられていたのだろうと思いました。細川義昌の槍術の流派は川心流です。

  細川邸   DSC_0172.jpg   槍掛
 
 細川義昌の父、嶋村義郷が建てた道場は屋敷内にあったのではなく、他の場所にあったということです。早く日記を分析しなければならないのですが、時間がありません。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の10月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/10/17(土) 21:22:37|
  2. 武道史

心の力みを去る

 「強く抜付けたい」「強く斬撃したい」「強く血振いしたい」という心の力みがあるうちは上達しようにも自分自身の心が妨げとなり、上達を阻んでしまいます。
 抜付けは刀が鞘に納まっているうちから、鞘手、柄手がかからぬうちから始まっているにもかかわらず、「強く抜付けたい」という思いが抜けない方は切先が鯉口あたりに来てから「よし」とばかりに抜付けをされます。既に滑空状態にある刀が鞘の中で滞り動きをとどめて抜くのですから刀と体はばらばら、調和を自ら崩してしまいます。
 斬撃もまたぬきつけた時点から既に始まっているのですが、「強く斬撃したい」という思いが抜けない方は抜付けと同じように刀が頭上に来たときに体を固め「よし」とばかりに斬撃をされます。これもまた動きのさなかにある刀を(師の言葉を借りれば無重力状態にある刀を)自らとどめ、自分の力で新たに斬り下そうとするのですから、調和が崩れ腕力のみで刀を操ることになります。血振いもまた同じです。
 調和の取れた動きには筋肉の緊張に伴う実感というものはありませんが、実感を求める方には、これが無性に物足りなく感じられるようです。速さ強さは自らが作り出すものではなく生まれるものなのだと観念できなければ道は遠いといわざるを得ません。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流と渋川一流のリンクのページならびに無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のリンクのページに関口新心流「新心館」のホームページを載せました。御覧下さい。

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  1. 2009/10/18(日) 21:24:30|
  2. 居合 総論

久留米での稽古

 17日(土)久留米道場で稽古してきました。
 稽古は初心者の方を中心に居合というものを根本的に考える稽古をしていただきました。人の体は刀が自分と一体となれば(刀を扱うという思いを捨てれば)自然に動き出すものです。抜こうとすることなく抜け、斬撃するという思いなく刀は振れ、立とうとすることなく体は浮き上がります。
 自分と刀を別物と考えるがゆえに「ああせねばならない」「こうせねばならない」ということが無数に生じ、数限りない細かなことを一つ一つこなしていこうとして、かえって稽古を通じて不自由な体を作り上げています。居合に似ていても全く異なったことをしてしまっているのです。
 「まつ毛の秘事」を知れば速やかに上達していくにもかかわらず、遠回りをするどころか下達するための稽古は絶対にしてはなりません。そのような稽古をしていれば「我が強い!」と強く叱られたものです。居合の稽古をしていないほうが自由であったという事態になってしまいます。

 慢心は、どの段階にあっても生じます。少しでも上達したと思ったが最後、次は下達しかありません。自分は慢心していないと思っても「少し上達した」と思うだけでも慢心が生じることがあるのです。常に素直に足らざることを知らねばなりません。

 師範代は体調不良なのでどう手直ししようかと考えていたのですが、体調不良で稽古時間が短いにもかかわらず目に見えるほどに上達されていました。今までの稽古の積み重ねがなせる業ですが、居合に限らず武術はある程度のレベルに達すれば自分自身で上達していけるものだといまさらながらに感じました。

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 再度、久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2009/10/19(月) 21:25:14|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

構えない

 太刀打の稽古をするとき、刀は鞘にあったり、肩にあったり、頭上にあったり地にあったりと様々な位置にあります。稽古であえて構えと言う言葉を用いないのは、言葉に居つきこころも体も構えられてしまい、自ら作った構えに居つき自由を失っておられるからです。
 刀はどこに位置しようと斬り、突き、流し、受けるといった自由な動きを生むためにそこに位置しています。しかし「構え」にこだわり「構え」を作ろうとした瞬間から刀の自由さはなくなりかえって人の自由な動きを妨げるものとなってしまいます。
 所謂「構え」は存在しないのだと思わねばなりません。
 澁川一流柔術では、構えを用いません。そこにある姿勢から始まります。しかし、形にそのような教えがあるにもかかわらず、受がこう仕掛けてきたら、こう来たらこう動こうと、こころに身構え、構えがない姿勢に構えてしまう方がおられます。渋川一流が形に構えを用いなかった理由を深く考えなければなりません。 

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  1. 2009/10/20(火) 21:25:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古雑感

 月曜日の渋川一流柔術の稽古を見ていて感じたことを記します。
 以前も述べましたが、初心者と稽古する兄弟子の責任は重大なものがあります。初心者は上位の者の動きを見ようとするからです。しかし少し稽古が進んだ者は初心者と稽古をするときに慢心を生じやすく、稽古を大切にするどころか基本のできていない、手馴れただけの動きを繰り返してしまうことがあります。初心者の方はまだ体が手順も覚えていないのですから、できないのは当たり前のことで、稽古が少し進んでいる者が上手なわけではありませ ん。初心者の方と稽古するときこそ、自分が出来ているかできていないかをチェックできる大切な機会です。絶対に手馴れただけの動きの稽古はされないでください。
 外国の方に指導していただいている方は指導方法を工夫されよく導いておられます。本人達は習得したいという意欲は日本人以上にあり、未知の異文化を学んでいるという自覚ももって稽古していますが、日本語が完全に理解できるわけではなく、文化の違いもあるので、下手に言葉を通じたり、意図的にゆっくり動いたり、分解動作を見せれば誤解が生じることもあります。今、指導されているように、正しくやってみせ、やらせてみせ、体の動きを正し、体で覚えさせる方法が一番よいと思います。 


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  1. 2009/10/21(水) 21:25:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

肩・腕の状態

 渋川一流柔術の稽古をされるときに、知っておかなければならないのが自分の肩腕の状態です。素手の場合、得物を手にした場合、自分の肩、腕、手の内がどのような状況にあるときに相手や得物に力(一般的な力ではありません)が伝達されるかを知らずに稽古を重ねても形を作り上げているに過ぎないことになります。
 よくあるのですが初心者の方には履形で相手の手をとるとき、自分の手を伸ばし自分から遠すぎる位置で相手の手をとろうとされる方がおられます。力は相手に伝達されることはなく、ただ自分だけが空回りしてしまいます。また相手の動きを読むことなく相手が動いたのを見て動き、動き遅れて自分の近くで肩腕を縮めて相手の手をとってしまえば力は己のうちにのみ篭もりまた伝達されることはありません。
 先日の稽古で、そのような動きをされている方が居られましたので、日頃の仕事で道具を用いて仕事をしている状態を作っていただき、その感覚で動いていただいたところ、動きのレベルがすぐに上がられました。その方は道具を使うときにはどのような体の状態が適切であるのかを既に体で知っておられたのです。
 全てのことは共通しており、武術だけが特別ということはありません。箸の上げ下げ、茶碗の持ちよう、鉛筆で字を書くとき、どのような状態であるのか工夫してください。


 久留米道場の10月14日と17日の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2009/10/22(木) 21:25:59|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鞘手

 抜付けにおいて体の調和が崩れ固まってしまう原因の一つに鞘手があります。
 一つは鞘手の掛りが深い事。これは人差し指から小指にかけての四指が無意識の内に鞘を握ろうとしてしまう事に原因があります。鞘手はごく軽く鞘に接する程度であり、握る事はありません。小指薬指は鞘の下側にかかる程度であり、指を鞘に巻き込むことはないのです。
 抜付けの崩れの二つ目の原因は手首を使うことにあります。一つ目の動きと関連して起こる事なのですが、鞘手の手首の角度が鞘にかかったときとは変化し鞘を手首で操作する事によって動きの調和を崩してしまいます。手首の角度は鞘に掛った時から抜付けが終わるまで変化しませんし、手首で鞘を操作する事もありません。
 工夫してください。

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  1. 2009/10/23(金) 21:25:03|
  2. 居合 業

小尻の動き

 小尻の動きを文章にするのは難しいことで、詳しくは稽古の際に尋ねていただきたいと思いまが、間違った動きをされる方、あるいは意識がそこまで至っていない方が居られますので、あえて記しておきます。
 道場でお教えしていますので、おそらく字面だけとって勘違いをされることはないと思いますが、無雙神傳英信流抜刀兵法において抜付けあるいは納刀において小尻は上下や左右にぶれることはありません。よく居合の写真で見るように抜きつけた刀と鞘との角度が直角になるということはないのです。
 小尻がぶれる原因は手首をこねたり、肘で鞘を後方に持っていこうと肩を後方にそらしたりして無理をして、また無理をする事によって筋肉の緊張に自己満足しているためで、抜付け納刀において体幹が働いていないことに原因があります。
 体幹というと何か太い木の幹のようなものをイメージする方もいますが体の中心の働きであり意識が繊細になればなるほど限りなく無限に細く薄くなっていくものです。この体幹が働きますので、外側はそれにつれて動きますが、それは手首をこねたり、肘で鞘を後方に持っていこうと肩を後方にそらした結果の動きとは全く異なるものです。
 稽古の時には必ず私の動きをお見せしていますので、みてとってください。

 久留米道場の10月21日の稽古記録が記されています。お読みください。

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  1. 2009/10/24(土) 21:25:18|
  2. 居合 業

教えられたこと、教えること

 人は自分が教えられた事、そのままを他者に伝えたいという気持ちが起こるようですが、指導する段階になれば、教えられたことを鸚鵡が繰り返すように言っていてはだめだということに気づかねばなりません。
 指導は本質を教えながらも個に応じて一人一人を導いていきます。したがって人によって正しい位置に導く為の方便として手が高いという場合もあれば、手が低いという場合もあります。しかし指導を受けた本人が年数を経て上級者になり自分は手が高いと指導を受けたから、誰にでもそのように指導し、自分は手が低いといわれたから誰にでもそのように指導するのでは自分自身が本質を理解していないということですし、弟弟子を迷わし、道から遠ざける事にしかなりません。
 特に柔術では自分の身長の高さ、体重、手足の長さ、柔軟性等と相手の身長の高さ、体重、手足の長さ、柔軟性等が組み合わさって条件に加わるため、ある相手に良しとされた事が他の相手には良しとはされ無い事が普通です。
 しかし往々にして、誰彼かまわず、「手は此処」「足はここ」などと、話している場面に出くわします。そのように指導を受けた弟弟子の業はきまるはずも無く、混乱しているのですが、、それは自分の言うとおりにしないから悪いのだとばかりに、ますます混乱するような指導をされていることもあります。
 自分は何のためにどういう指導を受けているのかを理解する努力をせず、何も考えずに只行っているだけでは、本当の上達は出来ませんし、ましてや弟弟子に指導などもってのほかのことでしかありません。

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  1. 2009/10/25(日) 21:25:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

修行

 勝海舟が口述し、それをまとめたものに『氷川清話』があります。真実性には多少の疑問が存在するらしいこの書物ですが、勝海舟は自分の剣術の修行について次のように述べています。

 「本当に修業したのは剣術」
 「本当に修業したのは、剣術ばかりだ。全体、俺の家が剣術の家筋だから、おれの親父も、骨折つて修業させうと思つて、当時剣術の指南をして居た島田虎之助といふ人に就けた。この人は世間なみの撃剣豪とは違ふところがあつて、始終、「今時みながやり居る剣術は、かたばかりだ。せつかくの事に、足下は真正の剣術をやりなさい」といつて居た。
 それからは島田の塾へ寄宿して、自分で薪水の労を取つて修行した。寒中になると、島田の指図に従うて、毎日稽古がすむと、夕方から稽古衣一枚で、王子権現に行つて夜稽古をした。いつもまづ拝殿の礎石に腰をかけて、腎沈思、心胆を練磨し、しかる後、起つて木剣を振りまはし、更にまた元の礎石に腰を掛けて心胆を錬磨し、また起つて木剣を振りまはし、かういふ風に夜明まで五、六回もやつて、それから帰つて直ぐに朝稽古をやり、夕方になると、また王子権現へ出掛けて、一日も怠らなかつた。
 初めは深更にたゞ大樹木が森々と茂つて居る社内にあるのだから、なんとなく心が臆して、風の音が凄じく聞え、覚えず身の毛が竪つて、今に真木が頭の上にたおれかかるやうに思はれたが、修業の積むに従うて、次第に慣れて来て、後にはかへつて寂しい中に趣きがあるやうに思はれた。・・・」

 「島田の指図に従うて」とあるように師の島田虎之助の言う事を素直に聞き、「一日も怠らなかつた」という修行態度であったからこそ、勝海舟にとって「本当に修業したのは剣術」と言うことが出来、人物もできあがっていったのでしょう。
 この口述には後の文章もありますが、「こんなに修行した」という自慢めいた言葉は一言もありません。勝海舟にとって師の言葉に従い修行するのは当然の事であり、師の指導に従わないということは修行者の態度として存在し得ない事であったのでしょう。現代のように初心のうちから師の言葉に従えないという人は居なかった時代でしょうが、この態度であったから大成したのでしょう。

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  1. 2009/10/26(月) 21:25:51|
  2. 武道史

つながり

 昨日の渋川一流柔術の稽古をみて、感じた事を一つ記します。
 間合が正しく、無理なく動いて、相手と接した時には、多くの場合相手との接点は自分の手の内になりますが、その接点を通じて、自分の臍下からの流れが自分の体、腕、手を通って相手の中心とつながります。
 この状態に至ればあとは自分が動くことで、それが技になるのですが、ここで、間違いをおかして自らそのつながりを断ち切ってしまい力技に移行してしまう方がおられます。
 その原因の多くは、相手を投げよう、抑えよう、きめようとする自分の心にあります。相手と接しつながりができた時、相手を合わせた二人の中心は自分の中心と一致します。したがって自分が動くだけで業になっていくのですが、相手を投げよう、抑えよう、きめようとする強い感情が生じたt期、相手はあくまで相手、自分は自分となってしまいつながりはきれてしまいます。
 あくまでもつながりを大事にしなければ業は生まれてきませんので、この際の自分自身の心のありように気を許してはなりません。
 無双神伝英信流抜刀兵法の太刀打、詰合を稽古する時にも上記のことは関係してきます。つながりを「糸引きの伝」という貫心流剣術の術語を用いて説明した事もありますが、たとえ相手と接していなくても相手とのつながりは存在します。工夫してください。

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  1. 2009/10/27(火) 21:25:17|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

再び温泉津

 日曜日に再び温泉津に行って来ました。今回は両親を連れて親孝行です。
 前回も載せた正面から見た薬師湯の写真と薬師湯の屋上から見た街並みです。携帯で撮ったので鮮明ではありませんが・・・。薬師湯の温泉は昔から岩間から湧き出していたということですが、明治5年(1872年)の浜田大地震の時に地殻変動で大量に噴出した温泉でかけ流しの湯です。

   yuno1.jpg     yuno02.jpg     yuno03.jpg

 次の写真は街並みと、お寺ですが、左側のお寺は恵寺という日蓮宗のお寺で大永五年(1525)の創建。細川幽斎も宿泊したという由緒あるお寺です。山門にかかっている雲のようなものは写真を撮った時には存在がわかりませんでした。湯気でもありませんし、霧もかかっていたわけではありません。
 右のお寺は西楽寺という浄土真宗のお寺です。もとは禅宗のお寺であったものが大永元年(1521)に本願寺第9世実如の教諭によって浄土真宗に変わったということです。大阪石山合戦の際に11世顕如から西楽寺にあてた書状を下間刑部が竹杖に仕込んで敵中突破して伝えたという竹籠りのご消息が伝えられているそうです。二つの寺はともに小さな町のお寺としては規模が大きく、石見銀山の銀の積出港であったゆえと感じさせられます。
 細川幽斎といい、石山本願寺との関係といい、経済的な拠点として無視できないものがあったのではないでしょうか。
 
  yuno04.jpg     yuno05.jpg     yuno06.jpg

 温泉津は中世末期(400年前位)は、そこから石見銀山の銀が世界へと積み出され、戦国時代は毛利の水軍基地として、また江戸時代の初期は石見銀山の物資の陸揚げ港、そして江戸中期から明治時代までは北前船の寄港地として栄えてきたということです。確証はまったくないものの温泉津で何らかの武術が稽古されていた可能性はあると思います。現代武道と異なり、当時の武術は身を守るためには不可欠で、お金の集まるところでは武術の心得がなくては守る事が出来ませんでした。したがって町人であっても、農民であっても武術の稽古は行っていたわけです。
 石見銀山には九州の日田と同じように代官所がおかれました。日田は学問がさかんで、学問のみの町のような印象を受けますが、資料館に「演武場」の額が残るように武術の稽古をする為の道場が置かれていました。貴重な銀を守らなければならなかった石見銀山の大森の代官所にも当然「演武場」(道場)があった可能性があります。
 最後の写真は石見焼き、現在の温泉津焼きの登り窯です。

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  1. 2009/10/28(水) 21:25:50|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

浮雲

 「浮雲」の形で注意を要するのは抜付けです。文字通り雲のごとく体は軽くなっても抜付けの瞬間に固まってしまい全てを台無しにしてしまう方が多く居られます。「横雲」や「稲妻」などの抜付けと同じく浮雲の抜付けも中心が自分のうちにあらねばならないことはいうまでもありません。
 しかし、位置的に自分より下にあるものに対して切先上がり手元下がりに斬りつけるという意識が体の調和を乱し、体は前にかかり、肩先で抜付け、前にかかった重心を何とかしようと体を固めて下肢で体を支えてしまいます。これでは今までの「雲」となり軽くなった体はなくなってしまい、質の低い動きしかできなくなってしまいます。
 抜付けは体の落下によって行われるのであり、自分が手を下げて斬りつけるのではないとしっかり理をわきまえ、たとえれば体の巾が切先から小尻まで自分の体の一部であることが感じられることが「浮雲」上達の手がかりとなります。

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  1. 2009/10/29(木) 21:25:28|
  2. 居合 業

修行態度

 宮本武蔵の『五輪書』に次のように記されています。

「・・・我三十を越て過去を思ひ見るに兵法に至極にして勝にはあらず、おのづから道の器用有て天理をはなれざる故か、又は他法の兵法不足なる所にや、其後尚も深き道理を得んと朝鍛夕錬して見れば自を兵法の道に合ふ事我五十歳の頃なり・・・」

 鍛錬については異なる箇所にこのように記してあります。「千日の稽古を鍛とし万日の稽古を練とす」
 当時の人にとってでさえ武術は簡単に身につくものではなく、このような修行態度を要しました。現代人は仕事をして後、週に数回の稽古しかできません。日々日常生活で工夫を行わなければ近づくことすらできません。
 また、修行に望む心掛けですが、「兵法を学ばんと思はゞ此書を思案して師は針、弟子は糸となって絶えず稽古あるべき事なり」と記しています。師は道を示し弟子はその後をついていき修行が成り立ちますが、示した方向に進まず道草をしたり、自分の思いで勝手な方向に行ったり、自分の都合のよいところだけ聞き偏った歩み方をしていては、後から来たものに先に行かれるのは当然のことです。


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  1. 2009/10/30(金) 21:25:50|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

斬られたら

 居合の形は手順が決まっており、相手は形どおりに動いてくれるとは限りません。はじめの抜付けの多くの形は、相手が斬りかかってくることを想定していますので、おいておくとして、その後、斬撃に移るときに、相手はどのように変化するかはわからないものです。
 したがって無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古では初発刀や横雲などの抜きつけてから前に進み斬撃する形でも「突撃」してしまうことを嫌い、常にどちらへでも変化できる体で動く稽古をします。
 斬られたら人はどうなってしまうでしょうか。相手が此方へ突っ込んできている状況であれば勢いは止らないかもしれません。斬られたら前かがみになると断定する人も居られるようですが、ストーブや熱いものに触れたり、瞬間的に鋭い刃物に触れた経験がある方はお分かりでしょが、パッと体を引くのが自然な反応です。斬られた所をかばおうとして前のめりになると断定する事は愚かです。
 また、随分前に居合の大先輩で白兵戦を経験された方からは、斬ったら相手はきりきり舞いして倒れるとも伺ったことがあります。体の神経を切断されたらそのようになるのかもしれません。
 いずれにしても予測できない事です。形に居つき、その形どおりにしか動けない体を作ることだけは絶対に避けなければなりません。 


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 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の11月の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/10/31(土) 21:25:16|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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