無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

実感

 貫汪館で稽古される方は実感を求める事は止めなければなりません。先日、刀をつかまない、振らない抜かない事をお教えして、その稽古時間内に随分と上達されたので、「上達されました。」とお話すると「そう感じられないのです。」という答えがかえってきました。
 当然の事ですが、感じられるはずはないのです。腕力を使わず、肩も使わず、握らず、緩んで調和が取れ、体が動き刀が動いているのですから、筋肉の緊張による実感など無く、ましてや「斬った、振った、一刀両断」などという下手な自己満足などあるはずはないのです。
 「無理無駄が無い事が名人達人の定義」とは無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生の言葉ですが、無理無駄が無いのに筋肉が緊張して強い実感を覚える事はありません。
 しかし、筋肉の強い緊張が感じられないからといって、そのような動きを求めるのであれば、貫汪館では上達はありませんし、貫汪館での稽古は向いていません。
 初心者の方がわからないのは当然のことで、わからないから師がいて導き、正しているのです。師の指導よりも自分の実感を信じるのであれば師は不必要です。自分だけで上達できるでしょう。そうではないから道には導くものが居ます。道に迷わないでください。

 貫汪館広島護国神社奉納演武は9月6日(日)午前9時半から行います。公開して行う演武会ですので、どなたでもお越しください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/09/01(火) 21:28:53|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

動きの質を変える

 無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でも稽古を始めて最初に行うべき事は動きの質を変える事です。形の手順を覚えるのはそれからのこと。
 動きの質を変えるとは柔術であれば今まで何も知らなかった時には相手を倒そうと思えば、床を蹴り、相手を腕力で瞬発力を用いて押したり、ねじつけたりしようとしたものを、床を蹴らず、腕力も用いず、自分が動けば相手が倒れるような動きに変化させる事であり、居合であれば、素人の時には肩や前腕を用い、刀を手先で振り、また自分で作り出した手先の動きの勢いを止めるためにぎゅっと握り締め前腕を緊張させていたものを、体のどこにも緊張は無く、振っても止まっても、体に凝り固まりの生じる事がない事を言います。
 しかし、此処にいたるためには今まで行ってきた動きを否定するところから始めなければなりません。今まで自分が行ってきた事を否定するわけですから当然心もとなく不安を感じますし、今まで業とはいえない動きであっても相手を倒し、また刀を降ることは出来ていたのに、それすらできなくなってしまいます。
 ここで、再びもとの動きに戻ってしまう方はなかなか上達は難しく、貫汪館で稽古されるよりもジムにトレーニングに行って筋力をつけて他の武術をされるほうが良いかと思います。
 動きの質が変わり始め少しでも動けるようになれば方向は見えてきますので、あとは稽古を重ねるだけですが、動きの質が変わるまでは相手を投げようとか抑えようとか、関節をきめようという思いを全て捨て去らなくてはなりません。また、刀を強く振ろうとか、動きを決めようとか、速く動こうという思いがあっては質が変化する事はありません。
 この部分は己の心との勝負ですので、少しでもそのような心が起こった場合には自分自身と戦わなくてはなりません。
 工夫してください。 

 貫汪館広島護国神社奉納演武は9月6日(日)午前9時半から行います。公開して行う演武会ですので、どなたでもご見学いただけます。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/02(水) 21:22:09|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

奉納演武心得

 9月6日(日)に広島護国神社奉納演武を行ないます。奉納演武が初めての方や奉納演武の経験がほとんどない方のために心得を思いつくままに記します。

 神前の演武ですので、神々に失礼の無いように心掛けてください。居合を奉納する方は絶対に御神殿に向かって刀を振る事があってはなりません。また子供達が神域ではしゃぎ騒ぐ事が無いように気をつけなければなりません。
 奉納は心を奉納するのであって、見栄えの良い動きを見せる為のものではありません。ここを勘違いすると修行の道筋を間違ってしまいますので心しなければなりません。素直な心でありのままを精一杯演武してください。
 演武の場所は広島護国神社からおかりをするので、大切に使わせて頂かなければなりません。帰る時のほうが綺麗になったと思えるような使い方をして下さい。
 演武会は自分達の演武会ですので、運営に関しては兄弟子の指示を受けながら積極的に仕事をしてください。
 他の人の演武は子供の演武であってもその人から学ぶという意識をもって見学してください。子供の演武からは学ぶ事がたくさんあります。

 以上思いつくままに書きましたが、不明な事に関しては自分の思い込みで行動せずに必ず、兄弟子に確認してください。
 

 貫汪館広島護国神社奉納演武は9月6日(日)午前9時半から行います。公開して行う演武会ですので、どなたでもご見学いただけます。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/03(木) 21:27:49|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

言って聞かせる

 頭ではわかっているのに動くと体が今まで身についた悪癖を繰り返してしまうという事が上達の過程では起こります。
 今まで自分勝手な考えをして身についた悪癖や、思い違いをしてこれが良いのだと信じ込んで身についた悪癖はすぐに直るものではなく、こうしようと思って動いたとしても悪癖がすぐに顔を出してきます。それが良いのだと思ってやってきた悪癖が身に染み付いてしまっているので仕方ない事ではあります。
 しかし、それを正すことなしに上達する事はありません。悪癖が身についた状態と、出来ない状態でははるかに出来ない状態のほうが上達に近いのです。
 ではどうやってそれを克服するのか。
 勿論始めに正しい動きというものを本当に理解する必要があります。理解をしていないのにそれに近付こうとすることは出来ません。思いが変わって理解できたら次になすことは自分自身の体に行って聞かせる事です。毎回毎回動く前に自分自身の殻兄言って聞かせることをして下さい。諦めず、根気よく自分自身に言い聞かせるのです。言い聞かせる事なしに、こうしたいと漠然と動いても悪癖を繰り返すだけです。よくよく動く前に良い聞かせ、動いた後にも言い聞かせてください。きっと変化し始めます。

 貫汪館広島護国神社奉納演武は9月6日(日)午前9時半から行います。公開して行う演武会ですので、どなたでもご見学いただけます。

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/04(金) 21:25:16|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「山下風」「瀧落」

 全ての形には理合があり、その理合を無視してしまえば形は全く作用しない動きを作ってしまいます。
 英信流表に「山下風」がありますが、これは自分の左側に座ったものが自分の刀の柄を抑えに(とりに)くるのをすかして鍔当てまたは右拳で当てを入れたのち袈裟に斬り付けます。
 この形は実際に相手をつければすぐにわかる事なのですが、初めから左右の手で自分の刀をとるのではなく、鞘手のみで刀をあやつり最後に右手を添えて当を入れなければ、かえって相手に制せられてしまう形です。相手は自分の動きを制するために動き始めるので柄さえもてないようにすればよいというものではないのです。柄を制する事が出来なければそこにある右手を制する事へ変化するのは至極簡単な事です。
 また、万が一相手の手をかわせたとしても、両手で自分の刀を動かすことによって上腕に力がこもりやすく、当は冴えのない鈍重なものになり当の効果が薄くなてしまいます。「山下風」の動きは柔術の動きに限りなく近いものであり、その心積もりが無ければ形にはなりません。
 同様に「瀧落」もまた柔術の動きに限りなく近いもので、立とうとしたところを、相手が後方から小尻をもち動きを制しようとするのにただ刀をこねればよいという考え方や、勢いではずすという稚拙な方法では手は離れるものではありません。これは柔術であればつかまれた手首を如何にはずすかという方法と同じ手法をとらなければなりません。 
 居合には柔術との境界線にあるような形があり、このような形はただ単に繰り返していただけで身につくものでは決してなく、理合をよく修得して後、稽古を重ねなければなりません。 
 

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/05(土) 21:25:14|
  2. 居合 業

廣島護国神社奉納演武会

 本日、廣島護国神社において奉納演武を行いました。例年は4月に行うのですが、昨年は社務所の新築工事に伴い儀式殿が使用できず、一年お休み。本年8月に新築工事が終わったため、今日の奉納演武となりました。 
 本日の演武会には貫汪館の多くの方に参加いただき、また、久留米からも演武に来ていただき立派な演武会となりました。今回も準備、後片付け等皆さん積極的にお手伝いいただき有難うございました。
 演武全般の感想を思いつくままに述べてみます。
 渋川一流柔術の演武では子供達の演武は一生懸命に演武使用とするあまり、 動きが固くなり、動きが途切れてしまい子がたくさん居ました。今後の課題として初めから終わりまで、動きが流れる事に重点をおいて指導しなければなりません。どうしても業にばかり目が行きがちですが、指導者は心を鬼にして指導しなければなりません。動きが止まる癖がついてしまえば、何かあった時には業を掛ける前に命はありません。心して指導してください。
 大人の演武では初心者の方に精神的に緊張され、それが体に作用して固い動きとなった方がおられました。常日頃の稽古では自分自身に厳しく、心と体の無理無駄を無くす稽古を心掛けなければなりません。稽古が進んだ方は初心者の方よりも自主稽古などで日頃の稽古量は圧倒的に多いので、安心してみている事が出来ます。今後ともお手本になっていただきたいと思います。
 無双神伝英信流抜刀兵法の演武ですが皆さん落ち着いて演武できたと思います。居合は心の歪がそのまま動きの歪となって現れる武術です。したがって一本の形を演武していても、強くという思いや速くという思いが出た時にはそれまでの動きは壊れてしまっています。これは武術における心の病ですので、 自分自身ではなかなか気づきにくいとは思いますが、普段の稽古で指摘したところを決して疎かにせず、心の調和、、体の調和も求めて稽古していただきたいと思います。「強く」と思って動いた動きに真の強さは無く「速く」」と思って動いた動きには真の速さはありません。工夫してください。


福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/06(日) 21:22:39|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

わからない

 稽古を見ていて、歪んだ動きや、過剰な動きなどを指摘した時に「自分ではどうなっているかわからない」と話される方がおられますが、わからない場合の多くの原因は自分が作り出した力みにあります。
 不必要に過剰に力みがある故にその周辺、あるいはそこに関連する体の部位は感覚が麻痺してしまい繊細さはなくなってしまいます。たとえば両腕を力一杯緊張させ力ませても、右手に10kg、左手に5kgのものを持てば重さの違いはわかるかもしれません。しかし、右手に10g左手に5gのものを持ったとき、その違いは感じ取れるでしょうか。
 つまり「わからない」と言われる方の多くが不必要な力みで自分の感覚を麻痺させてしまった結果、自分の状態がどうなっているのかがわからないのです。
 これを打開するためにはどうするか。答えは簡単です。絶対に力まない事です。「こんなに力を入れない状態でも良いのか」と思えるほどに力を入れないことです。不安に思えて仕方がないほど力を使わないことです。
 ただし、ここで勘違いする人が多いのですが、力みを入れない、不必要な力を用いないといったら、ことさらに動きがスローモーションになってしまう方がおられます。それは負の力みであって自分の体にブレーキをかけているので、結局、力んでいるのです。
 体のどこにも不必要な力をいれず、力まない事は難しい事ではありますが、常に感覚が麻痺した体では上達は望めません。 


福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/07(月) 21:25:33|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

肩の遊離

 居合の稽古をしているかたで斬撃の弱い肩に共通する原因が肩の遊離です。特に形において抜付けから斬撃に至る間にそのような状態になってしまう方を見ます。
 肩が遊離する原因は刀を捜査しようとして意識が手首より先に行き手先で刀を操作する事で肩が本体から離れてしまう事にあります。その結果下手なラジオ体操のような動きになって肩を回転させる事によってしか刀を動かすことが出来なくなり、刀に重さが無く速さも生まれてこないのです。
 なかにはこのような弱さを脱するために手を高く上げてできるだけ遠心力をつけようとする人が居ますが、このような動きは無双神伝英信流の動きではありません。
 抜付けで肘を伸ばして抜いた時には既に肩が遊離していますので、抜付けた態を確認してください。また抜付けが何とかできたとしても、運剣の間に自分の肩の重さ、肘の重さ、腕の重さ等を臍下丹田に感じていなければ、動く前に方が遊離しているのは明らかです。
 調子が悪く、手の内が定まらない時にも手の内ばかり気にしていれば同じ状態になり刀に重さや速さが生まれる事はありません。調子が悪ければ小手先で動いているということなので、ますます小手先は忘れなければなりません。
 このような動きは渋川一流柔術で「切落」や「切込」「掻込」のような手が肩から上にあがる動きでも同じ事です。肩が遊離していたら自分の動きが相手の中心を崩すどころか技をかけようとしたほうがかえって不利な状況に陥ります。
 工夫しなければ出来ぬところです。

福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/08(火) 21:22:55|
  2. 居合 総論

おもいやり

 とくに渋川一流柔術の稽古でみるのですが、自分の手が「受」の喉や、胸に接触する寸前に自分の動きにブレーキをかけて急にゆっくり動く方がおられます。
 これは相手を傷つけまいと思ったうえでの動きであると思いますが、稽古は完全な初心者同士には行わせておらず、可能な限り経験者と初心者の組み合わせで行って頂いています。したがって経験者はどのような動きになるということは予想できますので、受身を取ることが可能でので、あいてが上級者の場合自分の動きにブレーキをかけて相手を傷つけまいとする事は無用です。
 いつも体にブレーキをかけていれば、その動きが癖となってしまい、抜け出す事ができなくなってしまいます。初心者は上級者に対して不必要な思いやりは不要です。また、上級者は初心者がそのような動きをしていたら正さなければなりません。

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。
12日(土)は耳納市民センター会議室でで18:00~21:00、13日(日)は荘島体育館剣道場で09:00~16:45まで稽古を行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/09(水) 21:25:38|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

打太刀

 無双神伝英信流抜刀兵法の太刀打の稽古では基本的に上級者が打太刀をし遣方を導きます。しかし現状ではなかなかそうはいきませんので、同じレベルの人が打太刀と遣方を交互にしていただいています。
 一番良い稽古方法は私が打太刀をし、すべての方の遣方を導く事なのですが、江戸時代の武士と違ってそのような時間は私にも無く、常にお相手をする事は出来ません。
 太刀打の上達のためには打太刀をする方は常に遣方を導くという立場になって形を遣わなくてはなりません。これは上達の為の絶対的な条件ですので心してください。
 遣方を導くためには打太刀は形の理を知らなければなりません。こうなるから、こう応じ、こう応じるから変化するのだという事をよく知って形を行わなければ唯打ち合うだけの殺陣になってしまいます。唯打ち合うだけの殺陣になってしまうくらいなら何も知らなかった時のほうが体は動けたという事態に至りかねません。
 形は両刃の剣であり自由に動けるもととなりますが、また同時に、そのようにしか動けない体を作る基ともなります。

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。
12日(土)は耳納市民センター会議室で18:00~21:00、13日(日)は荘島体育館剣道場で09:00~16:45まで稽古を行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。

  1. 2009/09/10(木) 21:25:03|
  2. 居合 総論

「武」のイメージ

 「武」のイメージといっても漢字の成り立ちを言っているのではなく、単純に武道、武術というものをどのようにイメージするかという事です。
 ある方は「武」といえば躍動的でダイナミックで激しいというイメージをもつかもしれません。またある方は殺伐としたイメージを持つかもしれません。しかし、貫汪館においてはそのようなイメージを持ち続けて稽古される方は上達は難しいと言えます。
 無双神伝英信流も渋川一流柔術も「静」であり「内剛外柔」です。したがって力強くは見えませんし、見栄えがする事もありません。
 この「武」のイメージというものは非常に重要で自分のもつ武道観そのものだといえます。武道観がことなったまま、習い続けても、教えられることと異なったものを求めているのですから身につくはずはありません。多くの方は「なるほど、そういうことだったのか。」と気づかれ想いをかえられて後、上達していかれます。
 自分の「武」のイメージがどういうものか、考えてみてください。

 貫汪館ホームページに廣島護国神社奉納演武会の写真を載せました。御覧下さい。

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古会は9月12日(土)、13日(日)に行います。
12日(土)は耳納市民センター会議室で18:00~21:00、13日(日)は荘島体育館剣道場で09:00~16:45まで稽古を行います。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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テーマ:心と身体 - ジャンル:心と身体

  1. 2009/09/11(金) 21:25:55|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

なるほどそういうことか

 習う上で「なるほどそういうことか。」という気付きが無ければ上達はしません。
 習った事を、知識としてとらえ、「ふんふん。」と知っただけでは知識が身についたに過ぎません。知識が身についただけでは武道は上達しないのです。
 「なるほどそういうことか。」というのは知識を自分の身に当てはめてみて、自分自身が知った知識と同じ事をしているのか異なった事をしているのか、またどれくらい異なったことをしているのかを知り、異なっていたら、知った知識を自分の体で検証して、その知識を体感としてわかったときのことをいいます。
 体感としてわかるレベルに至っていなければ至るまで工夫をしなければなりません。何度も何度も試行錯誤して体感できるまで求めるのです。そして「なるほどそういうことか。」と思った時から身につける為の稽古が始まります。武道において理解とは体で理解する事を言います。

 貫汪館ホームページに廣島護国神社奉納演武会の写真を載せました。御覧下さい。

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  1. 2009/09/12(土) 21:22:05|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

常にはじめて

 形稽古の難しさは手順が決まっているが故に、手順を覚えてしまったら、外形をなぞるだけの動きになってしまいがちで、手順を上手に繰り返そうとしてしまうところにあります。
 しかし、上達するためには同じ形を稽古しても、毎回その状況が自分にとって新たなもので無ければなりません。つまり、決まりきった事を繰り返すのではなく新たな状況に対応する稽古をしなければならないのです。
 素抜き抜刀術にあっては、想定は事細かに相手の体をイメージし高さをイメージする事は上達にとってマイナスで、ただ敵が斬りかかってくることをイメージするだけでよく、抜付けは敵の右側面に行われれば良いのです。
 太刀打にあっても同じ事で、相手の太刀がどう動くかわかっていても、相手の動こう、打とう、突こう、斬ろうとする心と体の起こり変化をよんでこちらも変化しなければ成りません。手順が決まっているからと言って相手が変化しようとしても無いのに、こちらが手順どおりに動いてしまっては形稽古はマイナスにしかなりません。
 柔術においても同じ事で、「受」がどのように仕掛けてくるかは決まっていても、どのようにでも変化できる姿勢で無ければなりませんし、相手が間違えて違う仕掛けをしたとしてもそれに応じることが出来なければなりません。
 形稽古は少し間違えば全く動けない心と体を作ってしまいます。工夫してください。

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  1. 2009/09/13(日) 21:25:14|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

久留米での稽古

 土曜、日曜と久留米で稽古をしてまいりました。今回の稽古では今まで何度も言ってきたことではありますが、再度、基本的な事項を確認していただきました。
 すでに道標でも述べていますが肩が遊離してしまうと、刀は体と一体にならず、手で刀を操ってしまうことになります。そのような動きは業とは言えず、結局、所謂「素振り」をして腕力をつけ腕の筋力に頼らなくては振れなくなってしまいます。
 稽古では肩が遊離しない方法をお教えし、そのための手の内、・・・刀と自分の体をつなぎ刀を自分の体の一部とする方法をお教えし、切先までが自分の体として生きて働く方法をお教えしました。
 実ははじめからこれらの大事はお教えしてあるのですが、自分自身の先入観が強く、聞けども聞けず、見れども見えざる状態にあったのです。
 初心者の方ははじめの一歩ではありますが、今回体を通じて理解できたと思います。はじめのうちにはお教えしたことは、できればその日の内にメモしておかなければ、数日たつうちに理解したことであっても、自分の思い込みで曲げて解釈するようになってしまいます。かならず、メモをして感触を忘れないようにすることが大切です。
 稽古を長く積んできて、右に行ったり左に行ったりしている方は、結局の所、自分の「我」が強いので、これもまた、習ったことをしっかりとどめておく必要があります。「わかった」とおもっても、数日のうちに自分の都合のよいように解釈してしまい、右往左往しているのですから、稽古の後が大切なのです。自分自身を崩してしまうのは自分自身の心の至らなさによります。
 基本的な事項といってもそれは即、極意につながる大切なことです。まだまだ不十分と思えることがなければ上達は難しいと知らねばなりません。


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  1. 2009/09/14(月) 21:25:08|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手に職のある人

 無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でも体を用いて働いている方は、武術の経験はなくても全くの初心者から始める人に比べて随分と先んじています。特に繊細な仕事をされてきた人は有利なようです。
 それらの人でも稽古を始めると日頃の仕事で用いている体使いとは全く異なり、体を力ませ、無理無駄の塊となられる方も居られますが、これは初めて行う動きに戸惑い、心が自分の体を力ませ、無理無駄を生じさせているのですから普段の体遣いをもとに感じ考えて行えば、それほど難しいことでもないということに気付かれると思います。
 色々な伝統工芸や職人の方に教えを受け、お話を聞いても無双神伝英信流や渋川一流の稽古と共通するところがあり、何事も同じだという感を深くする事があります。
 初心のうちに大切なことは形を上手に行うことではなく体遣いを身につけることにあります。体を用いて仕事をされている方は工夫してみてください。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/15(火) 21:25:26|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

覚悟

 武術には専門家とアマチュアの区別はありません。なぜならば武術は競技会で優勝を求めるものではなく、形の優美さを求め段位が上がることを楽しみとするものでもなく、自分自身の命に関わるものだからです。
 したがって、以前も述べたように武術は趣味となるものではありません。趣味は第一義的に楽しみを求めるものですが、武術の稽古に楽しみがあったとしてもそれは稽古に付随するものであって、命を守る技術を身につけるという稽古が中心になります。
 稽古に来られる方の中には何を勘違いしておられるのか、事前によく説明をしていてもまた、しっかり「わかっています。」と返事をされても趣味としかとらえておられない方が以前はおられました。事前に行事予定が立ててあり、講習会や年に二回しかない奉納演武があるにもかかわらず、いつでも行ける他の趣味に時間をさき、それらの行事には参加せず、それでも、なお自分の上達は気になる方。週に一度しか稽古に来られないにもかかわらず、連絡も無く休んでおきながら、教えてもらっていないと平気で言える方。
 このような方に普通の武術の上達があろう筈はありません。遅々として上達したかしないかというくらいの進歩はあっても、覚悟を決めて、仕事や特別な事が無ければ、稽古を休まず、奉納演武に参加する人の上達と比較することそのものが意味の無い事です。
 しかし、武術を趣味としかとらえてない人であっても同じ時期に稽古を始めた方のほうが上達すると嫌な思いになっているのを感じます。所詮覚悟がないのですからどうにもならない事です。
 覚悟のある方は週に一度の稽古ならその稽古は絶対に休まないようにしようと心掛けて稽古を続けられます。
 最近感心しているのは、無双神伝英信流抜刀兵法の稽古を始めて間もない中学生が、稽古を休まなければならないときには必ずはっきりと理由を述べて事前に連絡をしてくれる事です。説明できぬ理由では稽古は休まぬという覚悟があるのを感じます。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/09/16(水) 21:25:44|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

毎朝毎夜三百本

 柳河藩(江戸時代には河の漢字を用いました)の大島流槍術師範 加藤善右衛門のもとには他藩から多くの留学生がいましたが、その一人である高槻藩士が書き残した加藤先生からの教えに「素突ハ毎朝毎夜三百本ツツ十分ニ突バ為ニ成ル也」という一文があります。
 この高槻藩士が入門してすぐに書き残した記録ですので、初心者のための教えと考えていいでしょう。
 爰に記されている言葉は間違って解釈すると道を誤ってしまうと考えます。「為ニ成ル也」とは記されていますが上手になるとは記されていません。また、力がつくとも記されていません。
 私見ですが、初心のうちに数かけて素突をさせるのは槍を自分の体の一部とするための感覚を養うのだと思います。いつまでたっても槍を自分が扱う対象とし、自分と槍とが二つのものであっては業が遣えるはずもありません。穂先から石突までが自分の体となっていなければならないのです。
 渋川一流柔術では六尺棒の棒廻しの稽古方法があります。これは、数をまわすことによって手首を鍛えるとか、筋力を身につけるためのものではありません。棒を自分の体の一部となすための稽古です。ここを間違えれば棒廻しの稽古は何の役にも立ちません。棒を物として扱うだけになってしまうからです。
 しかし、棒術を習い始めた人は100日でも200日でも棒が自分の体の一部となるまで棒廻しの稽古は続けなければなりません。棒が自分の一部となっていないのに形を稽古してもそれは「かたち」だけのものに過ぎないからです。
 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古で初心者の方に斬撃の稽古をしていただくのも同じことで、刀を自分の体の一部としていただく稽古であって、腕力をつけ、振り回す稽古ではありません。師の門人の中には腕がパンパンになるまで斬撃の稽古をしたと自慢される方が居られましたが、稽古の目的も知らず、体の遣方も知らない方でした。そのような稽古は下達するための稽古でしかありません。


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  1. 2009/09/17(木) 21:35:25|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜付け

 抜付けのイメージを誤解してしまうと、なかなか業は生まれません。
 以前、「抜く」のではなく「抜ける」のだと説明しましたが、抜付けは「集中」ではなく「開放」であり、「凝縮」ではなく「限りなき広がり」です。言葉のイメージに過ぎませんがこれはまた体感でもあります。
 抜きつけた時には体はより楽で、どこにも力みは無く自由です。これを無双神伝英信流抜刀兵法も師 梅本三男貫正先生は「正しく動けば体が喜ぶ」と表現されました。
 抜きつけた時に体が緊張し、力みが生じ、それを抜付けの実感だと自己満足している方は想いを改める事がなければ決して上達する事がありません。
 よくよく考えてください。

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  1. 2009/09/18(金) 21:25:28|
  2. 居合 業

大嶋流槍術 加藤善右衛門先生の教えに

 「躰ヤワラカニシテ足乃スラスラトスル様ニ仕也」

 これは一昨日のべた高槻藩士が加藤善右衛門に教えられたことを記したものです。どんな武術でも足運びは大切ですが、「スラスラト」というところがポイントです。「グッグッ」でもなく「ドンドン」でもなく「バンバン」でもなく「スラスラ」です。
 「スラスラ」とは滞りがなくいつかない状態を表しています。また足がすらすらと働く前提として「躰ヤワラカニ」と述べられています。
 常にお教えしていることと同じで、体に凝り固まり、力みがあって、足のみがすらすらと働くということはありえません。足が働くためには体が(特に上半身が)楽になり全身の調和が取れていなければなりません。
 居合を稽古される方に起こりがちなのが、強く振ろう斬ろうと思い、上半身を力ませ、力を込めるがゆえに下半身の働きは全くなされず、「バッ」「バッ」と固まった動きしかなされず、足腰が止った状態でのみ刀を使うという動作です。形は形であって「かたち」ではありません。手順が決まっていてもどの瞬間にでもどのようにでも変化できる体でなければなりません。そうでなければ居合は武術とはいえません。
 柔術また然り。「受」の仕掛けをかわし、とった時点で動きが止り、その後技を掛けようとする癖がある方は早急にその癖を直さなくてはなりません。形では技がかかっても実際には止った時点で自分の命はありません。「かたち」の稽古は絶対にしてはなりません。
 槍のように長く重いものを持っても「躰ヤワラカニ」ということが足が働くために求められます。より扱いやすい刀をもって躰やわらかでない人、何も持っていないのに躰やわらかでない人は絶対に工夫しなければならないところです。
 「躰ヤワラカニシテ足乃スラスラトスル様ニ仕也」初心の方は何度も何度も読み返してください。
 

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  1. 2009/09/19(土) 21:26:35|
  2. 武道史

足運び

 学会で教えを受ける明治大学の長尾先生の論文に『近世・近大における剣術・剣道の変質過程に関する研究―面技の重視と技術の変容-』があります。
 この論文は現代剣道の技術がいつころに形作られたかを知るうえで非常に興味深いのですが、そのなかで現代剣道に就いて常々疑問に思っている打ち込んだ後に向に進んでいく動作について、いつごろからそのような事が行われていたのかを知ることができました。
 私が中学生のころ剣道部に入り、竹刀の構え方や、素振りを習い、しばらくしたら打ち込み台に打ち込んで、あるいは手に横にして持たれた竹刀を打ち込んで、打ち込んだ方向に継ぎ足で走り抜けていくという稽古が始まりました。
 その当時、私は剣道はあくまで刀の遣方であって、竹刀基準に作られた競技であるという事を知りませんでしたから、向うへ走り抜けていくという動作に耐え難い違和感を覚えました、さらに振りかぶらずに打って向へ走り抜けて行くに至っては、まるでフェンシングか何かをしているようで日本の刀を使う技術とはとても思えず、「これは何なんだ。」とさえ思いましたが、「剣道とはそのようなもの」と説明され無理やり自分自身を納得させるしかありませんでした。
 戦後まで生きておられた剣道の大家で、このような走り抜けていく動作を否定した方がおられたということを長尾先生の論文で知ることができました。
 長くなりますが引用させていただきます。
 「東京高等師範学校における金子の先輩である富永堅吾は,『最も実際的な学生剣道の粋』(大正14年)において「正面の(基本的な)撃ち方」として,「刀を正面に振上げ,両足にて踏み切ると同時に,右足を充分前に踏込み―中略―,相手の正面を敏活確実に撃つ」としている。また,同書の「乗込み面」の項では,「乗込み面は,全然我が身を棄てて一刀のもとに相手を制しようとする撃方で,比較的遠間から施す頗る壮快な業である。刀を振上げると同時に,思ひ切って一足跳に深く乗込み」と述べている。「一足跳に」とあることから,おそらく「踏み込み足」を念頭においた記述と思われる。さらに,この「乗込み面」の場合は,先の記述に続いて「余勢は以て相手を押倒すやうであるがよい」とあり,打撃に伴う「余勢」を積極的に肯定しているところが注目される点である。このように大正期には,大日本武徳会武術専門学校の指導書や東京高等師範学校関係者(高野・富永・金子)らいわゆる剣道専門家の著書において,(打突後の余勢も含め)飛び込み技や踏み込み足が剣道技術として取り扱われるようになった。その後,中山博道に代表されるような刀法的技術観から,あくまで飛び込み技や打突後の余勢を認めない意見も一部にあったが,大勢としては飛び込み技や踏み込み足は明確には否定されず」,剣道技術として認知され,一般化して行った。」

 さらに〈注9〉には次のように記されています。
「近代剣道において高野佐三郎と並び称される中山博道は,「対手を打つと手で打ってあとヒョロヒョロと二足三足位前に出て行く。―中略―。あれは、一足一刀で打つと共に足の数だけ打って行かねばならぬ」(慶応義塾大学校友会誌「つるぎ」6,1934)と述べているように,打突に伴う余勢を明確に否定している。また,ライパル的関係にあった高野の道場「修道学院」においても,「中山博道先生は剣道の形をくわしく知って居るが,昔の形に一つでも飛び込んで打つ手はないといわれた」として,中山の飛び込み技についての見解をめぐって議論が交わされていた。(川田徳覚こ剣道教訓集,1939年10月12日・11月24日部分)」

 中山博通といえば押しも押されぬ当時の剣道の大家です。現在でも中山博通の孫弟子を自認される方が多く居られますが、居合でさえ剣道連盟の制定居合の立居合は斬りつけた時に現代剣道と同じように後足を引き付けるそうです。
 剣道で中山博通が述べられたような動きをされる方が全日本剣道連盟に居られるのでしょうか。また、そのような動きは認められるのでしょうか。
 論文を全て読みたい方はこちらをクリックしてください。
『近世・近代における剣術・剣道の変質過程に関する研究―面技の重視と技術の変容-』  

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 9月27日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「奥居合・・・自在に動くために」です。貫汪館ホームページの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧いただきどなたでもご参加ください。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/20(日) 21:25:35|
  2. 武道史

守・破・離

 とかく現代の教育は、教師と生徒は同じ人として対等とか、教師はサービス業であるといった考え方があるため、ものを習う人が教えていただく人と対等であるかのように錯覚しがちです。
 稽古に来られる方の中には師にたいして仲間のような錯覚を持たれたり、先輩と接しているような錯覚をもたれる方もおられました。このような方は私が弟子として師にお仕えしている時にもおられましたが、「師の教えは絶対。」という考えが初めから無く、したがって「守・破・離」の「守」の段階が出来ないのですから物事を習う事は難しく、右往左往してなかなか上達の道に入る事はありません。
 「守・破・離」の「守」の段階はただひたすら師の教えに従って何事をするにも師の教えに忠実に基礎を形作っていく時期です。その段階で、師を師と思っておらず、自分の「我」を交えて稽古していれば基礎が身につくはずもなく、本人がしっかり稽古したと自己満足したとしてもそれは歪なものが形作られたに過ぎません。素直に稽古を重ねて身につけたものとは程遠いものですから、その歪に形作られたものを叩きなおし修正しなければ、先に進んでいく事が出来ないのですから、上達のためには他の人よりもよほど時間がかかってしまいます。
 渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生が話された「ものを習おうとして、弟子となろうとするものの権利は師を選ぶ事だけ、稽古をはじめたら全て師に従わなければならない。」と話された事の真意はここにあります。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 9月27日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「奥居合・・・自在に動くために」です。貫汪館ホームページの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧いただきどなたでもご参加ください。 


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  1. 2009/09/21(月) 21:25:47|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 以前、太刀打の稽古について「太刀打の上達のためには打太刀をする方は常に遣方を導くという立場になって形を遣わなくてはなりません。これは上達の為の絶対的な条件ですの」と述べましたが、皆さんの稽古を見ていて打太刀となる者に必要な「位」がかけていることに気付きました。
 本来、全ての方の打太刀を私がすべきと述べましたが、打太刀となるものは師の立場に立たなければなりません。その位が必要なのです。打太刀は遣方の業を導き出してやります。対等に遣っているわけではありません。
 打太刀となるものには自分が斬られる覚悟が必要です。自分が打たれないように怪我をしないようにと思っていては遣方の業は生まれる事はありません。
 斬られる覚悟と言っても意図的に隙を作れといっているのではありません。形の条件にあった動きをしていれば、必然的に遣方が打ち込めるように形は組み立てられているからです。
 打太刀の位については以下の文を参考にして下さい。決して我意で解釈されませんように

 「柄口六寸の勝行う心持常の修行に習い覚えるには手近に云えば仕組の打太刀の心になるべし 打太刀より遣方に非を入れ能く見ゆる者也 故にカサに懸るを嫌ふ也 ガッサリと明て敵は只一ト討と打込まする様に振舞う事大事也」  

 工夫してください。

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  1. 2009/09/22(火) 21:25:53|
  2. 居合 総論

我道の居合一筋雑談に知らぬ兵法事を語るな

 この歌ほど曲解される歌はないのではないかと思います。字義通りにあやまって解釈すれば居合だけ知っていればよいのだともとらえられかねません。
 既に私が書いたものをお読みになっておられる方はご存知のように、長谷川主税之助英信は大島流・宝蔵院流の槍術、無究玉心流柔術、無双直伝流和を納めていたと伝えられます。また、林六太夫守政は朝比奈丹左衛門から小栗流和(やわら)術の免許を授り、小栗流の門人もいます。剣術の師が大森六郎左衛門であることも知られています。下村茂市定は高木流体術拳法の師範でもありました。細川義昌の実父の島村右馬允は荻野流砲術、甲州流軍学、小栗流和術、甲州流太鼓などを修行しています。また、細川義昌も砲術、甲州流軍学、甲州流太鼓、竹内流小具足組打、無外流剣術、川心流槍術など多岐にわたって修行しています。片岡健吉もまたしかり、大石新影流剣術、高木流体術、源家古傳馬術、北条流兵学などを修行しています。
 つまり、当時の武士にとって得手、不得手はあったとしても一通り学ぶのが当たり前であったのです。当然の事ですが武士は職業軍人であったのですから、これはできません、あれはできませんということが多ければ多いほど戦場では役に立ちません。
 私ですら、自衛官時代には小銃や、拳銃、地対空ミサイル、僅かながら警備の為の警棒術や盾の用い方、ガスマスクの装着、銃剣道、短剣道、手榴弾の投擲の方法位は習い、昔であれば狼煙や太鼓での通信手段の変わりに無線の使用もし、生存のための遠泳も習いと一通りの事は習いました。
 したがって、「我道の居合一筋」と書いてあるからといって、居合だけ知っていれば良いのだと大きな勘違いを起こしてはなりません。また、現代居合道は素抜き抜刀術ばかり稽古しますが、江戸時代の土佐fでは貫汪館で稽古するように、太刀打、詰合、大小詰も稽古がなされ、剣術技法、柔術技法を含んで居合といっています。
 したがって、この歌は、満足にできもしない武術について語るものではないと戒めた歌と解釈すべきだと思います。そしてさらには満足に出来もしない居合についても。
 初心の方には素抜き抜刀術しか教えていませんが、素抜き抜刀術が全てであると考え間違いを絶対にしてはなりません。現代人は稽古の時間も限られますので、貫汪館に稽古に来られる方でさえ居合と、柔術の両方を学ぶ時間がない方が大半です。しかし、見て学ぶことはできるのです。視野を広く持つことはできるのです。自分が知らないからと言って狭い固定観念に閉じこもってしまうのであれば、初めから稽古をしないほうが良いかもしれません。
 下の歌をどう解釈すれば良いか考えてください。

 「居合とは刀一つに定らす敵の仕かけを留る様あり」

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  1. 2009/09/23(水) 21:50:07|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

固まらない

 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古でも渋川一流柔術の稽古でも、動きの中で体を固めてしまう方がおられ、その癖がなかなか直らないようです。
 武術においては体が固まる事は最も避けなければならないことで、からだが固まって動けなくなったが最後、そこは大きな隙になり逆に斬られてしまいます。
 無双神伝英信流では抜きつけた時、斬撃した時、血振いした時に体が固まる人が多いようで、渋川一流柔術では一歩目の足が動いたとき、技が決まる時に体が固まる人が多いようです。
 いうまでもなく、抜付けで体が固まっていては陰陽進退も向払も実際には不可能なわけですので、初発刀の抜付けでも、横雲の抜付けでも固まるという事はありません。世間一般に手の内をしめるとか、手の内の冴えとうものは無双神伝英信流には無縁のものだと考えなければなりません。しまるのであってしめるのではなく、手の内は常に真綿に針を含んだものを手にする状態でなければ次へと変化する事は出来ません。
 渋川一流柔術でも受に応じて一歩動いたときに体が固まり動きが止まってしまっては次には自分がまた仕掛けられるのを待つ状態になります。また技がきまるとき、たとえば捻付で抑えた時に体が固まってしまえば、重心は下がらず、かえって技を返されてしまいます。
 このように体が固まってしまうのは自分の体が固まったほうが力強いという錯覚を自分の心が起こしている場合が多く、心によく言って聞かさねば、何度繰り返しても同じ間違いを重ねてしまいます。しっかりと自分自身の心を納得させなければなりません。

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  1. 2009/09/24(木) 21:25:09|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

息抜き(武道とは関係ありません)

 毎日毎日、稽古と武道史調査と研究で頭が武道からはなれず、体も過労で疲れ果てて、寝ても疲れが取れない状態が続いていたため連休初日(とはいっても土曜が稽古だったので日曜日ですが)に何もかも忘れてバイクでツーリングに出ました。時に何もかも(特に武道のこと)を忘れないと、修行の上にも研究にも行き詰まりが生じてしまいます。
 金銭的余裕があれば四日間で九州の温泉を廻ろうとも思ったのですが、何分軍資金が無く、日帰りで山陰の温泉へ。
 高速を走って濱田から温泉津へ行き、朝風呂に入りました。
  
         温泉津
  
 温泉津へ行ったのは3度目で、一度目は元湯、前回と今回は薬師湯に入りました。温泉津は広島藩の武士も湯治に来ていたところで、私が今まで入った温泉の中では一番疲れが取れる温泉です。ここはお勧めします。
 温泉で今までの疲れを全て癒し、一路、出雲大社へと思ったのですが、途中に五十猛神社があることを思い出し、参拝しました。五十猛神社は五十猛(いたける)大神をお祭する神社で、我家には五十猛大神がお祭してあります。私が何故、五十猛大神と縁があるのか今だにわかりませんが・・・。五十猛は「いたける」と読みますが、山陰では五十猛(いそたけ)町ですし、五十猛(いそたけ)神社です。神社の後ろは小さな丘があり、丘からは日本海が見えます。五十猛(いたける)大神は日本国中に木を植えたとされます。丘には狸が掘った狸穴がありました。

  01五十猛神社    02五十猛神社の丘から   03五十猛神社の狸穴

 神社の横の摂社には古そうな狛犬が左右にありました。場所が狭いせいか体は正面を向き顔だけ横に向いているようです。
       
              04五十猛神社の摂社の狛犬     05五十猛神社の駐車場

 神社から日本海を左に見ながら出雲大社へと向かいました。

                    06日本海1     07日本海2

 出雲大社は現在、平成の御遷宮が行われ、神々は仮殿に遷座され、本殿は御修造がなされています。大国主大神には武の良縁を多く結んで頂いていますので、お参りしないわけにはいきません。
 出雲大社にお参りした後は宍道湖の北側を松江に向かい、松江でお城を眺めて和菓子を求め、今度は宍道湖の南側を玉造温泉に向かいました。玉造温泉で再度疲れを癒し、廿日市へと戻りました。総走行距離470kmでしたが、疲れがなくなっていました。 
 もっともバイクは車と違って周囲を外界と遮断されていませんので、後方も含めて周囲を感じる事ができるため精神的な疲労は少ないのですが。
 
          08出雲大社       09松江城


 9月27日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「奥居合・・・自在に動くために」です。貫汪館ホームページの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧いただきどなたでもご参加ください。 

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テーマ:心と身体 - ジャンル:心と身体

  1. 2009/09/25(金) 21:25:51|
  2. 未分類

高知旅行(武道とはほとんど関係ありません)

 9月22日(火)に、子供をつれ高知に日帰りの旅に出ました。いつもは調査に行くために観光などの余裕はありませんが、今回は桂浜にもおり、高知城にもあがりました。
 渋滞をみこして朝5時に出発、坂本龍馬記念館に着いたのは8時半前でした。当然、この時刻なら車をとめる事もでき、桂浜の渋滞にも巻き込まれません。
 9時になり坂本龍馬記念館を見学し、(あっという間に身動きが取れないくらい一杯になりました)
その後は桂浜へ歩いており、海を見て水族館に入りました。随分前に水族館には入った事がありましたが海がめのプールには高い柵がしてありました。えさを買ってやれるようにはなっているのですが、高いところから落とすしかありません。以前来た時には柵が無かったので箸で海がめの口にまでえさを運ぶ事が出来ましたが、誰かが怪我をして、柵が設けられたのかもしれません。以前餌をやった時には海亀は割り箸を口で簡単におってましたから、子供の指なら大怪我をすると思います。
 いるかの数は一頭だけになってしまっていました。向うを向いて頭を浮かべたり沈めたりしていたのですが、子供が手を叩くと横目でちらりとこちらを見ていました。

   01桂浜   02海亀   03イルカ

 あしかは顔の表情がかわり、やはりこちらを気にしてチラチラと見、毛の短いダックスフントを見ているようでした。
  
     04あしか1     05あしか2

               06あしか3     07あしか4

 水族館をでて車に乗り込み自由民権記念館に向かいましたが、その時にはすでに桂浜への道は何キロもの渋滞になっていました。桂浜の人ごみは桂浜だけの事であったようで高知市内には渋滞はなく、人でも多いとは思えませんでした。
 自由民権記念館では調査に何度も行っているにもかかわらず、久しぶりに(七年ぶりくらいでしょうか)展示をみました。自由民権運動には実に様々な多くの人たちが関わって活動をしており、教科書で習う事はその何十分の1でしかありません。一度、行って見られることをお勧めします。
 ここでは田岡嶺雲という方が所持していた大きな十手を目にする事が出来ました。ただ箱書きには鉢割と記してあります。

          08十手    09.jpg

 自由民権記念館のあとは山内宝物資料館へ、ここも調査に何度もお邪魔していますが、資料館を見るのは何年ぶりでしょうか。その後は、高知城へ。高知城では三ノ丸石垣改修工事が行われており、咸臨閣」という別称を持ち国の重要文化財に指定されている本丸は化粧直しがおこなわれていました。廣島城が原爆で破壊されたのが残念でなりません。

   11高知城  12高知城  13高知城モデル

 天守閣の庭は小さく可愛い空間です。一段高い藩主の間の横にある武者隠を見たら「次の間に居る者を斬る」という想定の「虎走」を思い出してしまいました。

            14高知城庭園     15高知城武者隠

 この後、ひろめ市場でかつおの叩き丼を食べて、最終目的地へ向かいました。最終目的地についてはまた別の日に記します。 

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  1. 2009/09/26(土) 21:25:02|
  2. 未分類

育てる

 子供達に教えていると、時に、いわゆる運動神経の悪い子や鈍い子がいます。しかし、それらの子供達も絶対に上達していく事が出来ます。上達できないのは「運動神経が悪い。」とか「鈍い。」と決め付けられて、本人がやる気を失い、自分は体を動かすことが向いていないのだと思い、自信を失ってしまうからです。
 経験から言うと、このような傾向は成長のスピードが速く、体に自分の感覚が追いついていかなかった子に起こりがちです。そしてそれは身長が高い、とか、体重が重いという子だけにではなく、小さい子であっても、その子にとって急に成長した場合におこることです。
 このような場合、指導していただく方はその子のペースにあった指導を心掛けていただかなければなりません。体が思いについていかないのですから、その子に応じたスピードでゆっくりと動くように指導し、とどまる事がないように意を用いねばなりません。他の子に負けまいとし、ややもすれば速く動こうとして角が出来た動きになりがちですので、ゆっくりでもとどまる事がない動きのほうが良いのだと諭してやらねばなりません。
 稽古を重ねて、時期が来、体も調えば、上達のスピードは速くなり着実に稽古を重ねた分だけ、他のものよりも深い理解をしているはずです。
 大石神影流の創始者である大石進は小さい頃から体が大きく、しかし、動きは鈍いので、でくの棒といわれ、からかわれていたそうです。それでも祖父の大石遊軒は孫の大石進を大切に育て、三池山に毎日登るように言います。体が整った大石進はやがて誰にも負けない剣術家になります。三池山登山は免許皆傳まで、毎日続いたという事です。
 子供は大切に、大切に育てなければなりません。武術はどんな人でも身につける事ができるものでなくてはなりません。

 貫汪館居合道講習会の写真を貫汪館ホームページの無双神伝英信流 行事のページに載せました。御覧下さい。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の9月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/09/27(日) 21:25:35|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

貫汪館 居合道講習会について

 貫汪館 居合道講習会への多くの方のご参加有難うございました。今回も県外は神奈川県や愛知県 、福岡県などの遠方より参加していただき、また県内もくれや県北などの遠方から参加していただきました。
 さて講習会ですが、今回の講習会のテーマは「奥居合・・・自在に動くために」でした。簡単に纏めれば奥居合に限らず、大森流、英信流表、英信流奥、太刀打、詰合、大小詰などの全ての動きは、その中心が臍下丹田にあれば自由に動くことが出来ます。しかし臍下丹田を用いていると思っておられる方の多くが、下腹部を力ませているだけで、実際にはいきて働いていないどころかかえって体を不自由なものにしています。。
 このことを知っていただくために、今回は太刀打の稽古をしたり、詰合をしたり、小太刀の稽古をしたりしていただきました。また歩くときにはどちらの足も固まることなく、常に両方の足が働きながらすらすらと進み、そのまま下半身に乗った上半身がまた働くという経験をして頂きました。
 おうおうにして何もせずに歩くときにはすらすらと歩んでいても、刀を抜くとなると、意識が上半身にかたより今までの足運びが変わって足は居付いてしまいます。上半身は下半身にのっており、下半身が働かなければ上半身は進む事がありません。
 特に立居合では工夫を要するところです。
 次回の講習会は11月15日(日)に行います。講習内容は渋川一流柔術の居合です。詳細は後日お知らせいたします。

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  1. 2009/09/28(月) 21:25:54|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

形稽古の指導の難しさ

 先日の講習会で感じたのですが、形稽古の指導の難しさは形を真似ようとする者をどのように導くかにあります。
 習う事は真似る事から始めると言いますが、一面は真理でありながら、一面では間違った稽古でもあります。つまり「真似る」と言うことは諸刃の剣であり、真似方を間違えてしまうと取り返しがつかなくなってしまいます。
 真似なければならないのは本質であって、外形ではありません。しかし本質を見取る事は初心者には難しく、また、経験をある程度重ねた方であっても未知の動きに出会うと、表面のみしか見ようとさない方がおられます。また言葉に居付き、言葉の奥にあるものを求めようとされない方も居られます。
 先日行った「人中」ですが言葉の上では刀を抜く時に爪先立ち納刀と同時に踵が床につきますが、この動きをアキレス腱を鍛える運動か何かのように足首を使っておられる方が何人か居られました。しかし、この動きは刀を上に抜く時にその動きが体を浮かせ、踵を浮かせます。したがってアキレス腱の運動をする時のようには下肢は緊張しません。この両者の動きは体感的には全く異なるもので、正しく動けば自由ですが、誤った動きをすれば下肢は固まり不自由になります。しかし外見上は双方の動き共に踵は床から離れているのですからやっかいです。
 そして、居合の正しい動きはアキレス腱の運動のように簡単にできるものではなく、体の全てが調和し連動する事によって可能となるものです。
 稽古をされる方が安易な考えをもたれないようにしていただかなくてはなりません。

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 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の10月の稽古は毎週水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/09/29(火) 21:25:40|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

特別な事をしているのではなく

 武術の稽古というと何か特別な事をするのだという意識が起こるようで、この意識が体の動きを邪魔してしまいます。
 以前手に職がある人は、稽古において有利であるとお話しましたが、先日の柔術の稽古で、体捌きが難しそうであったので、いつもされている動きをしていただき、その後、形の稽古をしていただくと、今までの稽古でされていた動きとは全く質の異なった良い動きをされるようになられました。
 武術の動きといっても、武術の動きであるからこそと言うべきかもしれませんが、特別な動きは必要なく、全て身に備わったものを発現させています。備わっているものを使いこなせるようにするだけですから、様々な体を用いる道において経験を積んでおられる方はすでに同じような事を経験されている方が多いはずです。
 しかし、それが出来なくなってしまうのは、自分の意識がそうさせているのです。相手があり、攻防の技術だという事に意識が居付けば体が働かなくなり、刀を持てば何か特別なものを持っているかのように錯覚して鎌や鋏や鍬を持つ動きが出来なくなってしまいます。
 何事も同じであり、特別な事はありません。技術としての「無念無想」を工夫してみてください。
 

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テーマ:心と身体 - ジャンル:心と身体

  1. 2009/09/30(水) 21:25:16|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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