無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

太刀打

 無双神伝英信流抜刀兵法では英信流表の稽古の後に太刀打の稽古に入ります。太刀打の稽古は剱術の稽古であり今までの素大森流や英信流表の稽古と別物と考える故か、太刀打の稽古になったとたん「我」が強くなり、今までの稽古はどこへやら、素人のチャンバラを始められる方がおられます。刀法も何もなく刀ではなく棒を持っての殴り合いに変じてしまいます。
 無双神伝英信流の太刀打はあくまでも無双神伝英信流の太刀打であって刀法の理は素抜き抜刀術と聊かも変わるものではありません。むしろそれまでの素抜き抜刀術の基礎があるゆえに太刀打もまた可能となるのです。その意味では太刀打も居合の一部なのです。
 太刀打の動きが素抜き抜刀術の動きと変わってしまう方は思いを変えねばなりません。


 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の6月の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/06/01(月) 21:22:56|
  2. 居合 業

基本

 無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でも基本は力まない事です。
 動いていない時も、動きの刹那も常にゆったりとして、重心は臍下におり、どこにも凝り固まりがない状態ができるようになって初めて基本ができたと言えます。
 しかしながら、いくらお話しようが、その場でお教えしようが、足は突っ張り、肩は体から遊離し、腕はパンパンにはるほど力が入り、呼吸も止まって、それでも速く動き、技をきめ刀を力一杯振って、それで良しとされるようにしか見えない方がおられます。
 どのように力強く刀を振り抜き付けようとも、また相手を投げ関節をきめようとも、それは無双神伝英信流抜刀兵法でもなく渋川一流柔術でもありません。同じ形を行っているとしてもそれでは同じ流派ではないのです。
 自分の体がどのような状態にあるのかわからない方は自分の動けるスピードをはるかに越えた無理な動きをしている方です。自分自身がわからない人が他者の動きをわかるはずもありません。
 

 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の6月の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/06/02(火) 21:22:37|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

道場内でのきまりごと

 稽古を新たに始められる方もおられ、道場内での慣習を知らない方もおられますので少し気になることを思いつくままに記しておきたいと思います。本来は道場内の慣習は兄弟子を見習い感じ取るものなのですが、現代社会ではあまり意識しない事もあると思いますので・・・。

 道場内では壁に寄りかかってはいけません。道場はあくまで修業の場であって稽古をなすための場です。壁にもたれかかる隙だらけの姿勢が武術の稽古をすることに通じるかどうかを考えてみればわかると思います。疲れたら座してください。当然のことですが道場内で横になって休むということはありません。

 上座と下座をわきまえてください。道場内には師、兄弟子、弟弟子の区分があります。上級者を見習う姿勢なくして上達はありませんし、上級者が教え導くこともありません。また兄弟子は兄弟子たるにたるだけの、上座におれるだけの内容を持たなくてはなりません。ただ古いから上座におれる訳ではないという事を自覚せねばなりません。稽古の年数が長くなればなるだけ稽古に望む自分自身の姿勢もより厳しくなくてはなりません。これはお金を払ってくれるのだから生徒様に教えるのが当然、生徒は皆対等というカルチャーセンターでの受講とは異なっています。

 新しく入ってきた方が道場で行わなくてはならない事を雑務だと軽んじないでください。稽古が終わった後に道場を最後に出るのは、忘れ物がないか道場の状態はどうかと確認するためですが、目を配る、心を配る事が上達につながります。また仕事が早く終わって早く来ることができた時などはまず、道場の掃除をしていただいていますが、これも稽古を始める前に心を静め稽古に向かわせる意義があります。道場の状態を整えておくことで心も整います。

 道場内では高笑いはしないこと。集中して稽古している場での高笑いは不謹慎です。また時によっては他の者の技を馬鹿にしていると受け取られかねません。特に他流派の演武を拝見しているときなどは慎まなくてはなりません。ただし、道場内での笑顔はこの限りではありません。

 その他、もろもろわからない事があれば、兄弟子に尋ねてください。また兄弟子は弟弟子がわからぬようであれ、その様子を見て取り教えてください。



 新作

 くるみボタンのストラップです。小さなものはよくなくなってしまうので、これに小さな鈴でもつけたら良いかもしれません。
         ストラップ


 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の6月の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
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  1. 2009/06/03(水) 21:25:48|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 お世話になっている先生に「術」という漢字について教えていただきました。
一般に術は道となり高度な精神性が備わったとされています。武術も武道となって完成されたのだとされます。
 しかしお話では「術」という字に既に道があるのだということでした。教えられたことを自分自身で確認するために漢和辞典を調べてみると確かに「家と家をつなぐむらの道の意。転じて、てだての意。」とあります。術の漢字は行という字と朮(ねばりつくもちあわ)が合わさってできた漢字です。
 武道憲章には「武道は、日本古来の尚武の精神に由来し、長い歴史と社会の変遷を経て、術から道に発展した伝統文化である。」とあり、気にも留めていませんでしたが、文面を素直にとらえると、剣術より剣道が、柔術より柔道が、弓術より弓道がより発展したものとなってしまいます。それでは古武道の立場はありません。古武道とは言っていますが個々の流派では柔術であり剣術であり術という文字を用います。
 私の個人的な考えですが、武道の現状からみてはたして「術から道に発展した」と言えるのでしょうか。
 現在、いわゆる武道といわれる柔道、剣道、居合道などの多くは日本一を決める大会を行っています。これは「術」から「道」と言われるようになってからのことです。「術」のレベルでは勝ち負けにこだわり、「道」に至って勝ち負けを超越した心を会得するというのは全く誤りでしかないように思います。剣術の歴史を見ると防具が完成され、はじめのうちはお互いの技量を試すための文字通り試合であったものが、やがて勝ち負けにこだわるようになり明治に入って道といわれるようになって行きます。現在の剣道が特定のルールに基づいて特定の基準のもとでの特定の技術で勝ち負けを争うことに主眼を置いていることは明白で、小学生のころから大会があり、優勝者はたたえられています。はたして道となったのでしょうか。柔道またしかりです。
 武術は一生に一度あるかないかの時のために一生の目配りをして稽古します。もちろん現役引退などということなどありません。道というからには一生の目配りで修行しなければなりません。眼前の勝ち負けにこだわりあくまでも試し合にすぎなかった試合の技術の優れたものが大きくたたえられる「道」、何か違うとしか思えません。


 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

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第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
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  1. 2009/06/04(木) 21:36:58|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

生きた形

 形を稽古する上で大切なのは、その手順を完璧に行おうとして頑張ってはならないということです。しかし往々にして、あたかも形の稽古が実際の戦いそのままであるかのように錯覚し、何が何でもすばやく力強く技をきめようとする傾向の方がおられます。
 形稽古の目的はどのようにでも動ける体を練ることにあり、形の稽古における動きは「どのようにでも動ける体」のまま行われなければなりません。無双神伝英信流抜刀兵法であれば素抜き抜刀術においてたとえ決まった手順を行っていようとも、どのようにでも変化できる体で行わなければならないのであり、初発刀が陰陽進退に、横雲が向払に、また横雲が前後詰に変化しうる体でなければならないのです。太刀打や詰合においても手順は決まっていても打太刀の変化に応じて動くことが求められ、またたとえ打太刀が間違って斬りかかろうと、それに応じる事が出来なければなりません。渋川一流柔術であれば二段裏、三段裏へと変化できる体でなければならないのです。
 はじめから、そのような事ができるはずはありません。したがって初心者は自分を知るためにゆっくり静かによどみなく凝り固まりなく行わなければならないのです。絶対に素早く見事に力強くなどと思ってはなりません。そのような稽古には何の意味もありません。
 稽古を始めて少し時がたった方は稽古になれてしまい、そのような脇道にそれていないかどうか確認しながら稽古しなければなりません。

 新作
 以前買った反物で作ったがま口バッグと茜で染めたハンカチとストールです。がま口バッグは反物で買った生地ですので、今までも同じ柄の物をいくつも作っておりかわり映えしません。草木染めは同じように染めたつもりでも毎回色合いが異なってしまいます。実物は写真よりももっと鮮やかです。

       ばっぐJPG      草木染


 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2009/06/05(金) 21:22:20|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

記録

 週に一回しか稽古できず、前回教えられた事を忘れてしまう方は何を教えられたのかを稽古後にメモするのも有効な方法の一つです。特に記憶が変容してしまう方にとっては良い方法だと思います。
 記憶が変容するとは、その時には納得できていても、時の経過とともに自分の先入観や思い込みによって、あるいは自分の都合の良いように教えられた内容を変化させてしまう事です。
 このような傾向がある人に限って、「自分は前回教えられたとおりにしているのに・・・。」と思われているように見えます。「教えることがかわった。」と思われるのでしょうが実は自分の記憶が変わっているのです。
 そのようなことを避けるため、稽古で教えられた内容を記録するのも稽古方法の一つなのですが、稽古のメモというものは長期的に有効なものではありません。なぜならば一つ一つ人によってクリアすべき課題があり、それをクリアしない限り次には進めませんが、次の段階に進んだ時にはまた新たな課題がありそれは過去に居着いていたらクリアできない課題であるからです。
 また、記録で注意しなければならないは、外面に現れる事象は内面の働きの結果に過ぎないと言う事です。したがって、手はこの位置にとか、この高さにとメモする事にいついてしまうと、外面は似ていても内面は全く異なるものにしかなりません。
 可能な限り、理解できた限り内面の働きを記録しなければなりません。
 工夫してください。

 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

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  1. 2009/06/06(土) 21:32:30|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

やはり無理な力が入っていては

 昨日は渋川一流柔術の稽古日でしたが、居合の稽古にも来られる方がありました。床面があいていれば自主稽古をして頂いているからです。
 稽古されるのを見ていると、以前より随分良くなっているのですがどうしても違和感を感じざるをえませんでした。どこに無理があるのかと思ってみていると、正座からの抜付けの際に、あたかも「腰を入れていくという言葉通り」に腰が無理に反り始めているのです。全ての無理無駄が無くなった結果として外形がそうなるのではなく明らかに無理に腰が反っているのです。さらによく見るとその原因は両足首にあるようでした。座る時に足首に力が入り硬いため真っ直ぐになり踵の上に臀部が乗る形になっていました。そのような座法からだと、どうしても重心が高くなり、腰は無理に反っていきます。座るときに両踵は臀部のサイドに来なければ体は沈みません。体が沈まないために抜付けの前傾姿勢では重心が高く安定しないために無理に腰が反るような形になります。また無理に腰が反った形となったために、肩は若干体から遊離し肩から切先までが体の中心と一体になりません。さらに左肘が自然な位置に治まらず。後方に引く形となってしまっていました。
 小さな事ですが正座の際の足首の少しの力みが体全体に大きな影響を及ぼしてしまいます。
 抜付けに無理がある方は自分自身を点検してみてください。


 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

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  1. 2009/06/07(日) 21:21:05|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

諦めさせない

 渋川一流柔術の稽古で子供達と意地稽古をすると、中には簡単に諦めて畳を叩く子供がいます。厳しいようですが指導者の判断において、努力もせずにただ苦しみから逃げようとしているのか本当にどうにもならない状態なのかを見極めて指導しなければなりません。
 柔術はスポーツではなく、安全に勝ち負けを競うものではありません。一生に一度あるかないかの場合に備えて稽古するものですが、、その一生に一度あるか無いかの場合には相手は畳を叩くような動作をしようが何をしようが攻撃の手を緩めてはくれません。
 したがって子供達に安易に諦めさせる癖をつけてしまうことは命を安易に諦めてしまう事に通じてしまいます。子供を指導していただく方は特に意地稽古において子供の状態を見ながら稽古をつけることが大切です。

 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

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  1. 2009/06/08(月) 21:25:08|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

中心

 月曜日の渋川一流柔術の稽古をみていて、初心者の方が昔のロボットのような動きをされるのを見て、初心者の形にとって中心で動く事は難しいものだと改めて思いました。
 初心者の方は手順を覚え、その手順を何とかそのとおりに実行しようとして手先から動き下半身が虚になってしまいます。説明すればご自身も自分が崩れている事は体感できるのですが、なかなか思うように行かないようです。老婆心ながら指導される方は初心者の方に始めのうちは何度間違ってもいいのだと言い聞かさなければなりません。また動きの稽古が先で技が効く、効かないは二の次である事もしっかりと理解して頂かなければなりません。。
 また、稽古を始めて経験者と言えるくらいの年数が経った方で小手先が働き、自ら自分の中心を崩す傾向のある方はたいてい技をきめる事を焦っています。また速くきめねばという心の焦りもあります。形の稽古ですから中心が崩れても技を返される事もありませんが、実際には中心が崩れてしまえば相手に技を返されてしまいます。また自分の中心が崩れていては技が掛かるはずもありません。稽古において何が大切かをしっかりと頭に置き体を動かさなければなりません。

 久留米道場の6月3日の稽古記録が再度更新されています。お読みください。

 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

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  1. 2009/06/09(火) 21:25:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武術はあくまでも個人の修行

 今の時代は、もともと家元制度をとっていなかった古武道の流派でも昭和になって宗家を名乗り家元制度をとる流派が多くあります。以前にも書きましたが西山松之助先生の『家元の研究』に明らかなように武術の世界では華道や茶道と異なり家元制度は成り立ちえませんでした。それは武術の世界ではいくら自分自身を権威づけようとも斬られてしまえば終わりであったからです。したがって、一部の例外を除き流派をたてた人の子孫が宗家(この言葉を武術に用いている江戸時代の文献を未だに直接見たことはありませんが)であっても、免許皆伝を弟子にだしたら免許皆伝を受けた人はその家と関係なく、自分の弟子には免許を発行していくのが当たり前のしきたりでした。つまり流派において天皇のような唯一絶対の存在はなかったのです。
 現在は、江戸時代と異なり残る多くの流派が家元制度をとり、茶道や華道の芸事と同じように免許発行権を独占し、流派を打ち立てた人の子孫でもないのに唯一絶対の宗家を名乗る時代です。したがって、そのような制度の下で武術を修行し、「○○宗家の弟子」であったり「○○流」の門人であったりすることに安心感を覚える人も多くいます。それは古武道の世界だけでなく全日本剣道連盟に所属して居合をすることに安心感を覚える方もおられるのと共通の心理だと思います。
 しかし貫汪館で稽古される方は厳しいようですが、絶対に流派や師にたいしての安心感は持たないでください。江戸時代と同じように無雙神傳英信流抜刀兵法にも澁川一流柔術にもいわゆる宗家制度は存在しません。武術は斬られたら終わりの世界です。今の時代に斬りあいはありませんが、あくまで修行は自分が自分としてあるための修行です。所属する事に安心感を持ってしまったら修行は難しいものとなってしまいます。礼を忘れず、あくまでも自分の修行だと心得て歩んでください。


 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

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  1. 2009/06/10(水) 21:25:29|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

備中松山城

 先日、身内の中学生を連れて岡山県高梁市へ行ってきました。高梁市には山城があり江戸時代からの天守閣と、二重櫓が残っています。いつもお話していますが古武道を稽古するものにとって歴史を学ぶ事は欠かすことができません。
 備中松山藩で有名な歴史的な出来事は江戸時代の領主であった水谷家の末期養子が認められず1963年に減封となったときの松山城受け渡しです。松山城受け渡しには、赤穂藩主・浅野長矩が任ぜられています。長矩の名代として家老大石内蔵助が次の藩主が来るまでの1年半、備中松山城を管理していますが、城明け渡しにあたって内蔵助は、単身で松山城に入り、水谷家家老鶴見内蔵助と対談したといいます。このときの経験が、後に赤穂浅野家取り潰しの際に大石内蔵助が城を明け渡す大役を無事にこなすための経験になったと考えられています。
 高梁市についてまず山に登りお城を見ました。途中までは車で登ることができ、そこから土日はシャトルバスでさらに上まで、そこからは約20分かけてお城まで登ります。写真は途中から見た高梁市街です。写真のほとんど全ては一緒に行った中学生が撮ったものです。

                 高梁市街   

 本丸近くになって見えてくるのが険しい石垣で、これだけをみても攻めるのが難しいことがわかります。その隣の写真は三の平櫓東土塀で江戸時代のものがそのまま残り、国指定重要文化財となっています。

           石垣     三の平櫓東土塀
                          
  
 本丸は小さな建物ですが、江戸時代のまま、広島城のように復元ではありません。
本丸の隣の写真が修復前の本丸の写真です。このお城は山にあったため他のお城のように明治維新後に破壊されることはありませんでしたが、放っておかれたために修復が必要になるくらい崩れかけていたものを大正年間に志のある方が修復を始めたということです。

            本丸   本丸2

                    囲炉裏   狭間


  

 本丸は二階建てになっていますが二階には北側に杉戸の奥に大きな神座がありここに守護する神と守護神としての三振の宝剣祭られていたということで、今も厳かな雰囲気があります。
 右側の写真が宝剣の写真ですが、今までに見たことのない形をしています。
 
   神座   神座2   宝剣   
      

 本丸の後方にある二重櫓も修復されています。本丸、二重櫓ともに国指定重要文化財です。

         二重櫓   二重櫓2

  山の下には城下町があり、今もその名残があって武家屋敷のあった町並み、商家の町並みは説明がなくてもわかるくらいです。公開された武家屋敷には新影流の絵伝書がありました。藩ですので藩校のあともあり、明治維新では幕府方につきましたが、優秀な教育がなされていたといいます。江戸時代初期には備中松山は天領であり小堀遠州が統治していた期間があり頼久寺には小堀遠州の作った蓬莱式山水庭園が残されています。

        藩校跡       庭園

 

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  1. 2009/06/11(木) 21:26:37|
  2. 未分類

古武道はどこへ行くか 1

 江戸期の武術は三つに分かれて現在へとつながっていると考えます。
 一つは郷土芸能、または神事として、また一つは競技中心のスポーツとして、そして古武道として。
 郷土芸能、または神事として伝わるものには主に棒術があり、これは広島県でも「なんばいっせんりゅう」が伝わっており、お祭りのときに演技が行われます。また神楽に取り入れられた灘波一甫流の技もあり、これも芸能として武術の一部が残ったと見るべきでしょう。たんに棒回しと呼ばれるお祭りのときに行われるものもありますが、これも流派名はなくとも武術の郷土芸能化、神事化だと思います。
 一方スポーツ化は現代武道に見るように主に競技に重点が置かれます。現代武道を行っている方には反論もあろうと思いますが、現代剣道は刀を用いて攻防を行う技術ではなく、特定のルールの下で特定の価値観に基づき竹刀を有効に用いて競うものです。良い例が物打と呼ばれる部分での打ち込みしか一本と認められませんが、刀はどこでも斬ることができるものです。また下から小手を打つことは認められず、胴を突いても一本にはなりません。
 現代柔道も刀に対する技と言うことは全く考えられない動きをしますし、受身をとれば自然に背中が床につき、そのほうが投げられたときのダメージはないのですが、相手の技の効果を少なくしたほうが一本になるという矛盾した価値観がとられています。これはレスリングの影響を受けてルールが定められたのではないかと思っています。
 最後の古武道ですが、この古武道も江戸期のままかというと、そうではなく変質が起きつつあります。


 6月の久留米での稽古会は14日(日)9;30~16:45 荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は直接道場をお訪ねください。

 無双神伝英信流 久留米道場の6月の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
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  1. 2009/06/12(金) 21:12:37|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

古武道はどこへ行くか 2

 さて、古武道も変質がおきつつあると述べましたが、現代剣道が江戸時代の剣術の動きと同じではないということを述べましたが、現存する剣術の中には防具着用の稽古を止めてしまった流派もあれば、現代剣道を用いているものもあります。槍術、柔術などの稽古方法にも同じことが言えます。
 また演武についてですが、現在の演武のあり方には疑問を持たざるを得ないこともあります。江戸時代には演武は上覧または奉納の目的で行われ、現在のように素人に見せるということはありませんでした。素人に見せるがゆえに演武の変質が起こり始めます。
 「見てわかりやすいように」という変質です。本来、武術の技は素人には見てわからないものです。見てわかるようであれば、対する敵にも簡単に見て取られます。しかしわかりやすいようにと考えるがゆえに、動きに角を付け、いかにもやったとわかるような動きが演武されるようになります。また複数で演武するときには動きを統一しマスゲームのような演武が行われます。そのために、普段から角をつけたり、個人のレベルの動きを殺してまで統一した集団の動きを稽古するようになってしまいます。
 さらにこれが進むとパフォーマンスとなっていきます。一つの例が試し斬りです。江戸時代の文献に試し斬りを武術として上覧したという記録は見たことがありません。あくまでも刀の切味を試すのが試し斬りであるからです。また、武器で何かを割るような上覧の記録も見たことがありません。現在でも槍術の演武に試し突きがなく薙刀の演武に試し切りがないのをみても容易にわかることです。しかし今は見せるためにそのような演武が行われ、素人の評価を得ます。今後も古武道の演武はどんどんパフォーマンス化するものが現れると思います。
 それから古武道という範疇に絶対に入れてはならないものに似非古武道があります。流派の歴史を偽って自分が始めた武道をあたかも古い歴史があるかのように宣伝しし宗家を名乗る者、また実際に歴史はあっても絶伝している流派を、書き残されたもので手順だけ復元し流派の宗家を名乗るもの。このようなものが古武道として通っていますが、これは古武道の範疇には入れてはいけないものだと思います。しかし五十年経ち百年経てばあたかも古来からあったかのように歴史は変えられていくでしょう。現に指し書は復元となのっていたのに今では400年の歴史ある技といって門人を集め宗家と君臨している人もいるくらいですから。
 では私たちは素人の前で行う演武をどのように考えなければならないでしょうか。

続く

 6月の久留米での稽古会は13日(土)6:30~8;45、14日(日)9;30~16:45。両日とも荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。

 無双神伝英信流 久留米道場の6月の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/06/13(土) 21:21:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

古武道はどこへ行くか 3

 私達が稽古している無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術ですが、幸いな事に無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は世の中には見えぬ者がほとんどだから、評価されようと考えるのが間違いという立場をとっておられましたし、澁川一流柔術は戦前の大日本武徳会に加盟せず、自分たちだけの稽古をしてきたため講道館柔道式の乱取などの稽古方法の影響は受けていませんし、古武道の団体にも加盟していなかったため見せるという発想も持っていませんでした。私の考えでは二つの流派ともに比較的純粋に継承されてきていると思います。
 したがって私達が演武してもいわゆる素人にうけると言う事は絶対にありません。無双神伝英信流抜刀兵法の演武を京都で行っても他流派の人たちでさえ不思議な顔をして見ているだけです。また渋川一流柔術の演武もたんたんと過ぎてゆきます。
 それで良いのだと思います。演武をしなければ存在すら忘れられ、無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術を稽古してみたいと思う人すら出てきません。しかしパフォーマンスに惹かれて稽古を始めたいと思うような方はパフォーマンスしか好まず、本当の物を受け継ぐ人たちにはなりえません。
 現代は現代剣道が江戸時代からの剣道であり、講道館柔道が日本の伝統的な武道であると誤った知識を持つ方がほとんでです。 
 私達が奉納以外で演武するのはそのような一般の人たちの過った知識を正すためであり、たとえうける事はなくてもありのままに演武しなければならないと思います。
 古武道の稽古は大会で優勝するために行うものでもなく、人目を惹くために行うものでもありません。己の修行のため一生の目配りで稽古すべきものだと考えます。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/06/14(日) 21:02:27|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

久留米での稽古

 前回に比べて皆さん無双神伝英信流抜刀兵法の理解が深まっていたようですので、今回の稽古では、動きの中で最低限の力しか用いてはならないということを中心に稽古していただきました。二日間の稽古で皆さんさらに理解を深められ動きも上達されましたので、今後はそれをいつでも行えるように稽古を重ねてください。
 刀を振りかぶるときに腕・肩を用いなければ、両腕も刀となり腕の重さも刀の重さとなることは体感されたところですが、さらに臍下丹田が中心となれば体が刀となります。この際
臍下が中心となるためには下半身も緩み、下半身の中心も臍下でなければならないことも感じることができたと思います。
 また斬撃と抜付け、血振い、納刀などすべての動きが同じであるということも、みえてきたと感じました。
 座姿勢で床に体を預けた姿勢の内容がそのまま何ら変化することなく動きとなっていきます。動きの調和を崩すのは自分自身の振ろう、斬ろう、歩こう、進もうという余計な思いです。振らずして振り、斬らずして斬り、歩かずして歩き、進まずして進む。言葉としては矛盾していますが、体感としては矛盾していません。求めてください。
 太刀打の稽古もしましたが、別の流派を稽古しているわけではなく、太刀打も素抜き抜刀術と変わるものではありません。変わってはならないものです。太刀打の稽古もああしよう、こうしようと思うことによって調和が崩れてしまいます。一人稽古
の方法も御教えしましたので、しっかり一人稽古で動きを練ってください。
 上達とは楽に動けるようになることです。上達するにつれてやったという実感はなくなるのが当然のことですので、不安を覚えても筋肉の収縮による実感を求めず、お教えしたことを素直に求めてください。
 

 久留米道場の稽古記録が再度更新されています。お読みください。

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/06/15(月) 21:25:13|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

大石先生のお話に

 先日、大牟田の大石先生に教えを受けに行った際、帰り際に玄関でこのような教えを受けました。
 大石先生の御祖父様の一先生は二代目大石進先生の弟である雪江先生のご子息ですが、大石先生に必ず玄関までお客様を送らせたそうです。当時一先生は校長先生や村長などの要職におられたため地域の名士が多く訪ねてきたということです。
 大石先生が見送った後、一先生はそのときの様子を聞かれたそうですが、玄関では帰り際に履いていたスリッパを拝むように一礼してそろえて帰る方、ぱっぱとそのまま帰る方、玄関を出る際にさらに子供であった大石先生に一礼して帰る方、そのままさっと帰られる方など様々な方がおられたそうです。
 その後、一先生が大石先生に言われるにはあのとき、このような帰り方をした者は、今はその地位を失い没落している。玄関での帰り際がその人の行く末を物語っていると。
 それゆえ大石先生は子供たちを教育されるのに靴をそろえて脱ぐ教育だけは絶対におろそかにされないのだそうです。貫汪館で稽古している子供たちにも疎かにさせてはならないことだと思います。
 そういえば、昔、居合の稽古に来ていた中年の男性が、廿日市スポーツセンターに車をとめるのに一番近いハンディキャプを持つ人たちの駐車場に車をとめ「いけなかったですか。」といわれた中年の男性がおられました。駐車場は道路を挟んでいて陸橋を渡らなければなりませんが、その労を惜しんだわけです。結局、無双神伝英信流抜刀兵法を理解されず、指導にも従えず自己満足の我儘な動きばかりされものにはなりませんでした。


 久留米道場の6月13日14日の稽古記録が再度更新されています。お読みください。

 福岡県久留米市での6月の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/06/16(火) 21:25:09|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜付けのヒント

  抜付けの前提として座姿勢ができていなければなりませんが、正座であっても立膝であってもそこにあるままの姿勢ができていなければなりません。絶対に作った姿勢では無双神伝英信流抜刀兵法の抜付けは成立しません。腰を入れとか、胸を張りとか、手をどこに置きといった姿勢ではならないのです。
 さて座れるようになれば肩、肩甲骨、肘は下方に下ります。できなかったときに比べ前腕は軽くなっています。
 抜付けは、そのままに行われなければなりません。正しく行われれば、初めから終わりまで肩は下がり、肩甲骨は下がり、肘は下がって前腕は軽いままです。この状態が少しでも崩れたときに抜付けは駄目な物となってしまいます。どこで駄目になっているのかを知り、また何故駄目になっているのかを知ることによって動きは改善されます。そのための工夫は自分自身でしなければなりません。知ることなしに上達はありません。もし崩れた事すらわからない方は寝ても覚めても知るための工夫をしなければなりません。


 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/06/17(水) 21:27:37|
  2. 居合 業

本質を写し取る

 見取り稽古は外形を見て取るのではなく、本質を見て取ることに意味があります。外形を取ってしまえば物真似と同じで、たとえどんなに似ようとも、真似をする人間が本物の歌手に歌唱力でかなうようになることはありません。武術も同じで物真似をしていたら、いつまでたっても本質は身につかず自由に動くことができるようになれません。
 本質が同質でありさえすれば個人に応じて外に現れるものは異なってかまいません。身長や手の長さ、刀の長さ胴の長さは異なるのですから。
 しかし本質を同質にしようとするためにはまず見て取る力が必要になります。見ることもできないのに本質を同じにすることなどできるはずもありません。初歩の段階でつまずく方は多くの場合見て取る力が育っていません。通り一遍見ただけで安易にわかったと勘違いし外面のみの動きを真似しようとされます。内面が同じでないのに外形だけの稽古をするのですからいくらたっても上達しないのです。
 躓いている方は何よりもまず本質を見て取る目を養ってください。自分の動きを稽古しようにも道がわかっていなければどこに行ってしまうかわかりません。やがて迷子になってしまいます。見ることができるようになったら、丁寧に本質を写し取る稽古をしなければなりません。自分になかったものを備えようとするのですから、慎重に慎重に進めなければなりません。それには大作の絵を写し取るまたは書を写し取って稽古するような繊細さが必要になります。すばやくパパっとすませることができるものでは決してありません。「わからない」とか「できない」とか言って簡単にあきらめ、自分には向かないと言ってしまう事は簡単です。しかしそこからは何も生まれません。
 繊細さ、丁寧さは自分自身との勝負です。あきらめ、自分には向かないと言って我侭に振舞ってしまうのは自分に負けているに過ぎません。ゆえに武術の練習を修行と言います。自分自身との戦いであるからです。
 わからない方は武術以外の世界にも目を広げ、学び、自分の至らなさを知ってください。


 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
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  1. 2009/06/18(木) 22:25:47|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

心の稽古

 一通りの動きができるように上達し、無理無駄もなく方を使えるようになれば心の稽古を大切にしなければなりません。
 袋竹刀を用いたり懐剣を用いて稽古すると体が緊張し、それまでの動きができなくなるのは心がそうさせています。それは形稽古において強く振りたいとか速く振りたいという心が体に力みや凝り固まりを生むのとおなじことで、自由な動きを稽古すると、心が打たれまい、突かれまいとして、あるいは打とう突こうとして体を緊張させ、動けなくさせているのです。
 したがって、まず、打たれまい、突かれまいとする心を捨てるところからはじめなければなりません。未熟であるので打たれて当たり前、疲れて当たり前と観念するところから稽古は始まります。その観念なくしては今まで養った動きが自然に発現することなく、まるで素人が動いているのかと思われるような拙い動きにしかなりません。さて打たれて当たり前、突かれて当たり前と観念できたらあとは速やかです。形稽古で養った動きがでるのを待つだけです。もし稽古の途中に凝り固まり、力みが生じたならその原因を考察すれば答えはすぐに出るはずです。打たれて当たり前、突かれて当たり前と観念してもなおかつ速く動こうとか速く避けようという思いが必ず生じているはずです。その心の迷いを正していく稽古を重ねれば形稽古と同じ自由さがやがて生まれてきます。
 「無念無想無我無欲」は悟りきった状態であるだけでなく有効な技術でもあるのです。

 久留米道場の6月13・14日の稽古記録が追記されています。お読みください。

 福岡県久留米市での6月の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2009/06/19(金) 21:27:54|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

居合の試合?

 居合の試合という言葉ほど違和感を覚えるものはありません。
 武術は一生に一度あるかないかの場に用いるために稽古します。その過程で得るものは多くあると思いますが、大前提としての目的が間違っていれば得るものもまた異なってくるのが自然です。
 武道史の研究に明らかなように剣術の防具着用の試合は当初あくまでも試し合いであって、その当たり外れの技術が剣術のすべてを決めるものではありませんでした。したがって他流試合にあっても今の考え方からすると随分悠長なもので勝負にもこだわっているようには見えません。あくまで防具着用の試合は稽古方法の一部であり、剣術の一部であるという認識があったのだと思います。それが幕末になるにつれ勝負にこだわる風潮が生まれてきたように考えられます。明治になり、審判の制度が生まれ、やがて日本一を決めるようになっていきます。あくまでも剣術修行の一つの方法であった防具着用の試合で勝つことが目的となり、現代剣道に見るようにその技術は刀を用いる技術とは異なったものになってしまいました。
 柔術またしかりです。江戸時代の記録があまりに少ないので組討稽古の実態はわかりませんが、剣術のように試合稽古は進まず、素手と素手で正々堂々と戦って勝負をして優劣を決めましょうという発想はなかったように思います。刀や槍さらには小銃を用いて戦う時代に素手と素手で正々堂々と戦うという発想がないからです。素手と素手で正々堂々と勝負するのは相撲でした。柔術流派の多くが刃物に対処するように技術体系が作られています。
 明治になって講道館柔道の影響で多くの柔術流派も講道館ルールのもとで背中がつけば(受身をしてダメージをなくしてしまえば)一本という歪な価値観を持たざるを得なくなってしまいます。そして、そのような稽古をしはじめやがて柔術流派は形の稽古を止め、大日本武徳会のもとでたんに柔道となっていきます。難波一甫流の師範が他流試合禁止の掟を守り、大正のころ道で突然挑みかかってきた講道館柔道をする学校の教師にその当時の通念からすれば一見負けたかのように投げさせながら受けをとりつつ密かに当てを入れた話は既にしたとおりで、柔術に投げられたら終わりと言う発想はありませんでした。
 今の柔道の試合は、現代剣道が刀の用法から離れてしまったと同じように、刃物に対する技術体系を失っています。
  居合の試合???  一体何を目的とするのでしょうか。素人の方であればお互いに刀を腰にして斬りあうことを想像されるでしょう。現代のことですから安全に斬りあえる材質で作られた刀の形状をしたものを用いると思われるかもしれません。江戸時代の武士が見たらどのように思うでしょうか。
 居合の発祥はもともと急に斬りかかる敵に鞘の中にある刀で応じる技術を求めたことにあります。居合には試合は成立しがたいものであり、日常の時間すべてが居合の場であったものです。「よーい始め」で技量を測れるものではありません。居合人口の大半が居合の試合といったものに意義を持ち、そこで優勝することと、そのための技術を磨く事に喜びを見出したとしたら居合は一体どこへ行ってしまうでしょうか。世の多くの居合の指導者と言われる人たちは居合をどこへ導こうとしているのでしょうか。
 試合の為の技術を磨く???・・・このままでは居合も現代剣道や柔道のような変質は免れないでしょう。・・・すでに変質は起こってしまいどうにもならないところにいたっているようにも思えますが・・・。

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法のリンクのページに日本古武道協会のH.Pを載せました。御覧下さい。

 福岡県久留米市での6月の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
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  1. 2009/06/20(土) 21:10:23|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

繰り返してやれば身につくというものではなく

 武術の稽古というものは腕立て伏せや腹筋のように繰り返していれば回数ができるようになり、上級者になれるというわけではありません。また長距離走のように繰り返していれば持久力がつき速くなるといったものでもありません。(専門の方になれば練習方法や食事などを工夫して最高の効率を求めるとおもいますが。)
 武術の稽古をされる方には、何故かここを勘違いする方が意外に多いことに驚かされることがあります。武術は特に初心者のうちにはただ繰り返すことは上達するどころか上達を阻害する原因にもなってしまいます。
 初心のうちはその流派のあり方を身につける大事な時期です。初心のうちの稽古がその後を決めてしまうといっても過言ではありません。無雙神傳英信流抜刀兵法であれば座したときに体は床に預けられた状態であるか、肩肘はおりているか、そけい部は緩んでいるか、首筋や背・腰に凝り塊はないかなどできていなければならない状態があります。また澁川一流柔術では蹲踞の姿勢にいたるまで中心は通っているか、重心は丹田に納まっているか、たつときに畳をけってはいないか。礼式において手を開く動作では体が開けているか、指先がしんではいないかそのような細部にいたる自分の状態を自分自身でわからなければならない時期です。
 これらのことを自分自身で自覚なく、いくら何度座る稽古をしようが蹲踞や礼式の稽古をしようが、いままでの武術ではない動きや姿勢がさらに固定されてしまうだけでなんら意味もありません。武術を知らなくても正座はできますし、蹲踞や礼式に似た動きをすることはできます。しかし、それは武術の動きとはいえません。ただ似ているに過ぎません。大切なのは今の動きは、さっきの動きはと微細な動きの違いを自分自身で気付き、変化を自覚しながら示された姿勢・動きに近づく稽古をすることであって、そのためにはただ繰り返すことには意味がありません。繰り返すのは気付くためなのです。
 初心者を脱して少し遣えるようになっても同じことです。この時期は慢心が生じる時期ですが、少しばかりできるようになったからと我儘な動きをして速く、強くという思いで何度も稽古して速さ強さを求めようとしたが最後、真の速さ強さは生まれてきません。真の速さ強さは自分自身で速いとも強いとも思えぬ速さ強さです。この時期には動きの中で自分自身の体の状態を知る稽古しなければなりませんが速さ、強さに目が行くことで自分自身を崩してまでそれを追い求めようとしてしまいます。何度も言いますが速さ、強さは自然に生まれるものであって直接求めるものではありません。そのようなことをする故に脇を締めてだの、溜めを作ってだの、後背筋を使ってだのという意図的な動きをするような邪道に陥ってしまいます。意図的な動きは察せられる動きでしかありません。そのような動きの繰り返しは自ら隙を作る稽古をしていることになります。形であるから、斬られも裏をとられもしませんが実際には役に立たないどころか自分自身を窮地に陥れることになってしまいます。
 随分稽古した方にもこのことは言えることです。よくよく工夫してください。

 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 福岡県久留米市での6月の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
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  1. 2009/06/21(日) 21:28:57|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

体を痛める

 無双神伝英信流抜刀兵法や渋川一流柔術の稽古において自分の体を痛めるということは基本的にあってはならない事です。
 居合の稽古において腰を痛めるのは、我の強い初心者の方が斬撃において、刀を強く振ろうとしてためを作り腰を反らせ、腰背部を極端に緊張させてしまうために起こる事です。そのような動きは武術において何ら意味が無いどころかためを作ってしまう瞬間に斬られてしまうということは皆さんよくおわかりの事だと思います。また、抜付けにおいて肘をいためるのも強く振ろうとして前腕部を用いるからだと言う事もご存知の通りです。抜いて切り付けるという動きは居合ではありません。
 柔術の稽古において受身ではなく業をかける自分自身が自分の手首を痛めたり肩を壊したりするのは相手に何が何でも技をかけようとして小手先の動きが勝り、自分自身の体がついていかず自分と相手の重さに自分の体が負けて起こる事です。
 居合の稽古においても柔術の稽古においても自分自身の体を痛めてしまうのは、自分の我の強さ故と、自分自身の心の未熟さを反省しなければなりません。よく稽古をした結果だと自己満足する人は絶対に上達する事はありません。
 


 福岡県久留米市での6月の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
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  1. 2009/06/22(月) 21:25:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

足守 1

 日曜日は父の日でした。この日も自由な時間を無理やり作り、身内の高校生と中学生を連れて岡山県岡山市の足守に行ってきました。遠出はたいてい歴史的な町を訪ねます。歴史を学ぶ事なしに古武道の修得は難しいからです。
 これまで知らなかったのですが、足守の地は豊臣秀吉の正室のねねの兄である杉原家定が豊臣秀吉から木下姓を授かり、関が原の合戦後に徳川家から足守に領地を与えられ、明治維新まで存続した藩です。

     父の日     01町並1     02町並2

 古い町並みを残すように岡山市の補助金により民家の修理、改修が行われています。無料駐車場も整備されており、訪れるのにとても居心地のよいところでした。写真は町並みの写真です。今回も写真は一緒に言った子供たちが撮ってくれました。
 始めに足守プラザを訪ね、次に東光寺、備中足守まちなみ館を、ついで旧足守藩侍屋敷を訪ねました。侍屋敷は足守藩家老杉原家の屋敷跡で妬く350年の歴史がある建物ということでした。ボランティアの方が丁寧に案内してくださいましたので、屋敷の構造について非常に理解しやすく学ぶことができました。表向きのお客様を通す部屋は天井が高く奥向きの部屋の天井が低いのは襲撃されても天井が高ければ賊が刀を振るうのに不便であるからという説明でした。

     03武家屋敷1     04武家屋敷2     05武家屋敷3

 客を通す部屋には11代藩主木下利徳(1789~1821)の書が掛けられていましたが、署名には木下ではなく豊臣と記されています。豊臣秀吉から木下姓だけでなくのちに豊臣姓も賜っているからという話でしたが、徳川の時代に公にではないでしょが、豊臣姓も用いていたことは驚きでした。藩主が通る御成門にも桐の印が用いられています。

          06書     07御成門

 旧足守藩侍屋敷のあとは陣屋跡をみました。足守にはお城はなく陣屋の周りには堀ではなく申し訳なさそうに小川が流れていました。   明日に続きます。

     08陣屋1     09陣屋2     10陣屋3
   

 福岡県久留米市での6月の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は
第1、3水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
第2、4水曜日 城南中学校剣道場 19時~21時
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  1. 2009/06/23(火) 21:25:07|
  2. 武道史

足守 2

 足守の陣屋をさらに奥にいくと明治期の木下家の当主であり、歌人であった木下利玄生家があります。木下利玄は実篤や志賀直哉らと共に文芸雑誌「白樺」を創刊し、散文や短歌を発表し白樺派の代表的歌人の一人でした。利玄は、足守藩13代藩主利恭の弟の子でしたが明治24年(1891年)5歳の時、利恭死去により宗家・木下子爵家の養嗣子となり家督を継ぐため上京しています。家督を継いだときの写真が備中足守まちなみ館にありました。見づらいのですがご覧ください。写真に写っている年配の方はおそらく戊辰戦争当時すでに元服されていた方たちですので、武士のありようを物語っている写真だと思います。中央が利玄だと思います。他の甲冑姿の人物が床几に座る姿を見てください。以前も述べましたが武人の心得としてふんぞり返るように座った人物はいません。左から二番目の人物はその左の人物に遠慮して体をそらせているのでしょう。椅子に座った姿勢もどのようにあらねばならないか、しっかりと見て学び取ってください。

           11利玄

 槍を手にした人物が何人かいるのですが足守藩に関しては柳川の大嶋流槍術、加藤善右衛門の門人である諫早の藤原左右一の『大日本諸州遍歴日記』に足守に関して嘉永元年十月九日に、このような記述があります。
 「庭瀬稽古叶わず、朝五つ過ぎ金屋米蔵所を出立、三十丁また板倉駅に出、それより二里同国足守へ昼九つ時に着し、種田流の師家津田作右衛門所相訪ね、折り良く在宅にて面談、夕方稽古の約定、且つまた案内をもって旅宿川崎町の油屋藤蔵に引き付け相成る、さて副島官三郎足痛のため緩歩、三里
一、足守城なし、木下備中守様御高二万五千意志、江戸より百七十八里、当時御在邑、
一、旅宿へ到着、昼支度相仕廻い候ところ、種田流門人佐伯左馬之助、迎えのため参られ候につき、直に同道、御構内津田作右衛門の自宅に罷り出で、道場において晩七つ半まで試合、姓名別巻のとおり、暮ごろまた佐伯左馬之助習武録持参、副島官三郎足痛につき試合なし、

         足守木下藩中の試合に臨みて足痛の副島に示して
     壱人でも不足有るまじ君は唯
           見物のみでやすみ足もり

        此処の稽古未熟にして修行にもなり兼ぬれば、早朝の出立を告げて一夜の賄を礼謝して
     滞留もよしあし守の試合に
           壱夜の露を凌ぐ木の下」

 当時の武者修行日記を読むと足痛ということが良く出てきます。長距離を歩くので足には負担が大きかったのだと思います。
 藤原左右一は足守の槍術を稽古未熟としていますが、槍術は剱術に比べて全国的に試合稽古(槍術では相面試合という言葉も使われます。これは片方だけが面をつけての入身試合に対比した言葉です)が行われるようになったのは遅かったように思われます。
 当時足守では防具着用の稽古を始めてそれほど年数が経っていなかったのではないでしょうか。防具を着用すると形稽古では自由であった動きも制約される部分が出てきますし、突く部位も限られてきますので、防具着用での試合に慣れていなければ難しいと思います。
続く

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の7月の稽古は
全ての水曜日 荘島体育館剣道場 19時~20時45分
です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2009/06/24(水) 21:25:06|
  2. 武道史

足守 3

 木下利玄生家をさらに進むと江戸時代初期に築庭された木下家の庭園、近水園(おみずえん)と吟風閣があります。小さな藩ですが立派なお庭でした。
 
           12近水園

 近水園のそばには足守文庫があり近水園を管理されている方にお願いすると中の資料を見せていただくことができます。古文書類に関しては申請しなければ見れませんが、江戸時代の本物の極太の十手や藩の演武場にかけられていた起倒流の21本の形名を記した大きな板も見ることができます。
 足守文庫を出てふと近水園の中にある地蔵を見ていると先ほどは気付かなかったのにおかしな形をしていることに気付きました。見ていると管理人の方があれは川の中にあったものを掘り出したもので、もともとは上に石の蜀台があったもので隠れキリシタンの信仰対称だとお話くださいました。なるほど十字架の形になります。そして刻まれた絵も赤ちゃんを抱えたマリアさまに見えます。足守プラザにあった踏み石の十字もそのように感じられてしまいます。

     13隠れキリシタン     14十字架

 近水園をあとにして、旧足守商家藤田千年治邸をみて、緒方洪庵の生家跡を訪ねました。
先日訪ねた備中高梁にしてもそうですが、このように辺鄙な場所でも高名となった人物を出すのかという思いがしました。志さえあれば求めて学ぶことができるのだという事例です。

     15緒方洪庵1     16緒方洪庵2     17緒方洪庵3

 その後、備中高松城跡に向かいました。備中高松城は羽柴(豊臣)秀吉の水攻めで有名なお城です。今は案内板や資料館がなければここに城があったということも分からないような地ですかつて城があった頃に蓮沼という沼があったという場所に近年水を引き沼が再び作られていますが、蓮は自然に茂ったということです。数百年蓮の種が眠っていたのでしょうか。主家(毛利氏)の安泰と部下5千の命を救うために舟の上で切腹した高松城主の清水宗治の首塚が本丸跡広場にあります。

     18高松城1      19高松城2

  20高松城3    21高松城4    22高松城5

続く

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  1. 2009/06/25(木) 21:31:24|
  2. 武道史

足守旅行 4 (吉備津神社、吉備津彦神社)

 備中松山城の次は吉備津神社に向かいました。吉備津神社は吉備津彦命とその他の八柱の神を祭る神社です。吉備津彦命は鬼ノ城にこもり朝廷に従わない温羅(うら)一族を平定した伝えられています。温羅は百済の王子とも伝えられているということですが、以前、鬼ノ城を訪ねたときには歴史書にこの温羅に関する記録はないということでした。
 推定ですが当時、新羅に追われて亡命してきた百済の一族を朝廷はこの一帯に住まわしたけれども勢力が大きくなりすぎ、邪魔になったので平定した。というのが真相に近いのではないかと感じています。歴史書に残らないということは自分にとって都合の悪いことだからです。鬼ノ城は規模が非常に大きく当時、の日本では考えられないくらい巨大な山城であったのではないかと思います。
 神社の参道の下には矢置岩と呼ばれる岩がありますが、案内板に見るように当時は矢戦が盛んに行われたのではないかと思います。

         23吉備津神社1     24吉備津神社2

 短い参道を上がると範士金光彌一兵衛先生頌徳額と題した大きな奉納額が掲げられています。金光彌一兵衛は野田派起倒流で後、講道館に入門した岸本重太郎の門人です。岸本重太郎の試合振りはどのように読んでも力技のようにしか思えませんので、講道館とは愛称が良かったのだと思います。正式な免許の授受の関係における野田派起倒流の相伝者は金光彌一兵衛で終わりのようです。この地でも講道館柔道の侵食が起きていますから、何をもって自他共栄としていたのか全く理解できません。武術を特定のルールで縛ったら、そのルールから遠い稽古方法を取っていた流派は存続しえなくなるか、そのような団体に近づかず自立していく事で存続を図るしかありません。強い中央集権国家のもと大日本武徳会が武道を統括していた当時、時代の流れに乗らざるを得なかったと思います。

         25吉備津神社3     26吉備津神社4

 神社にはアジサイ園がありきれいなアジサイが咲いていました。

         27吉備津神社5     28吉備津神社6

 その後、近くの吉備津彦神社に向かい参拝した後帰路につきました。山上には吉備津彦命の御陵があると伝えられています。

        29吉備津彦     30吉備津彦


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  1. 2009/06/26(金) 21:30:22|
  2. 武道史

現代居合道の不思議 1

 先日とある現代居合道の本を読んでいたら、・・・立ち業で切り下ろすときは後ろの左足を引きつけると同時に切る・・・とか・・・立位での切り下ろしでは、後ろ足を引き付けると同時に切る、下がるときは前の足を手前に引きつけると同時に切る、という鉄則・・・という記述があり、これは全日本剣道連盟の現代剣道の本か???と思ってしまいました。同じ英信流系統の居合をされる方のようですが居合の本といっても刀の振り方も現代剣道そっくりです。
 いうまでもなく現代剣道は現代剣道のルールに従って竹刀を用いて優劣を競うために、竹
刀を最も効率よく扱えるように組み立てられた優秀な技術体系を持っています。またそれは刀の扱い方ではないということは現代剣道をされている方でもわかっていることだろうと思います。
 英信流では前述の解説のように足は引き付けません。また多くの古武道の流派では切り込んだときに後足は残しています。英信流系統の大森流や英信流表の座した状態の形に表れているように抜付けや斬撃において後足を引き付けると同時に斬ることは絶対に行われません。ご存知のように無双神伝英信流抜刀兵法において座姿勢の形を十分に稽古するのは立っても立たざることを学ぶためであり、座ることと立つことは別物ではありません。立つことの質的な転換をはかるために座るのです。座った状態で足を引き付けると同時に斬らぬものをどうして立った状態では足を引き付けて斬るのでしょうか。
 ひょっとしたら、近い将来、座した状態でも・・・足を引き付けると同時に抜付け、足を引き付けると同時に切る・・・ということが鉄則になるのかもしれません。


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  1. 2009/06/27(土) 21:23:17|
  2. 居合 総論

現代居合道の不思議 2

 昨日の続きです。あくまでも無双神伝英信流の考え方で述べますので,誤解をもたれませんように。
 抜付けの稽古の記述でしたが、抜付けの稽古の方法論として刀を左脇に構えた状態から抜付けのように振るという姿勢の記述で・・・左足が外に開いた状態、いわゆる鉤足とか撞木足で構えていると、腰に力が入らない。敵から見て体が真横を向くような、「開き腰」の状態になり、これでは切先に力が伝わらない。両足のつま先がまっすぐ前を向くように構えることが重要である。・・・とありました。
 抜付けは全身が調和して連動して行われるものであり、腰に力を入れて抜きつけるものでも、左半身で抜きつけるものでもありません。
 これも流派剣術の足の向きを否定した現代剣道の影響であろうと思うのですが、写真を見ると、座姿勢の抜付けでの足もそのようになっています。体のどこにも力みを持たず、中心が保たれたまま敵の方向に足を前後に開けば前足は敵に後足は体の開きと同じように開きます。竹刀をもち飛び込んで打つためには後足が前方にまっすぐ向くほうが効果的だと思いますが、刀を用いて地面を蹴らない足運びをするためには、体を固める原因となるような足の向きはいかがなものかと思います。
 また切り下ろしに関する記述ですが、・・・刀は当たっただけでは切れない。当たった瞬間に押したり引いたりすることではじめて切れるのである。その刀の原理に則った切り方、手の内の作用を身につけること・・・と記してありました。
 私たちの言う斬撃のことですが、日本刀は体のどこにも凝り固まりなく体が刀と一体になり臍下が動きの中心となっていれば自然に斬れるような形に作られてきたものです。直刀ならいざしらず、ことさらに何かせずとも斬れるものなのです。確かに竹刀で打つように刀を操作したら斬ることは難しいでしょう。竹刀のように打ち込む操作をしてしまったら斬るためにはさらに余計な操作をしなくてはならなくなります。
 現代居合道は剣居一体であるといいますが、たしかに現代剣道と現代居合道は一体なのかもしれません。現代居合道が江戸時代からの居合と同じものであるという誤った考え方が広がらないのを祈るのみです。


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  1. 2009/06/28(日) 21:26:10|
  2. 居合 総論

恩義

 もう5年位前のことになりますが、ある外国人の武道の修行者に「○○先生はお元気ですか。」とおききしました。すると「○○先生は認知症が出てきたので、稽古に行く方も少なくなり、私も最近はお会いしていません。」という返事がかえってきました。残念でした。
 もし稽古をつけていただけないような状態ならせめて「先生のご機嫌伺いには通っています。」という返事が欲しかったのです。人が遠ざかって人と会うことも少なくなればその先生はどのような状態になられるでしょうか。外国人にとっては師弟とは単に技の教授の関係かもしれませんが、私には師弟の関係はそうは思えませんし、またそのような行動もとりませんでした。私の師のお話を聞いても師とさらにその師の関係もそのような物ではありませんでした。その外国人の同門は日本人ですから、すでに武道をする日本人もそのような恩義を感じない人が多いと言う事だと思います。
 あるボランティアの組織の事務局を長年されていた方に認知症が出始め、事務が滞るようになったお話を聞きました。その組織はボランティアで運営されているような組織ですのでその方のご努力で組織が運営されていたと言っても過言ではないそうです。しかし事務が滞り始めたとたんに、一体どういうことかと怒る人や、役員の方に強く苦情を言う方が出始めたと言うのです。
 もし貫汪館で稽古されている方がそのような組織で、事務局の事務が滞った場合、絶対に怒りをもってはなりません。これまでお世話になったという感謝の気持ちがあれば怒りという感情は生まれるはずもありませんし、もし生まれるとしたら心配するという感情だけだと思います。また武術を行うものであれば、察して認知症の可能性に気付かなければなりません。
 武術修行は心を抜きにして成り立つことはありません。


被害甚大

 本日、仕事から帰るとガレージに生のなすびの食い散らかしが・・・裏庭の畑を見ると父が植えたきゅうり、とまと、なすびが沢山荒されています。人が生で食い散らかしたようには思えません。なすびの枝も折れています。昼間から大胆不敵な奴、早速父に電話をしたら狸の仕業ではないかと言う話。裏山から降りてきたのでしょう。
 写真は雨の中携帯でとったので鮮明では有りませんが被害の一部です。どうせなら食べ荒らさずに食い残しもなしにして欲しかったところです。

   きゅうり     とまと     なす




 久留米道場の稽古記録が更新されています。貫汪館で居合を稽古される方は必ずお読みください

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  1. 2009/06/29(月) 21:21:31|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

大阪古武道大会

 6月28日(日)、円心流主催の古武道大会で始めて演武させていただきました。土曜日の午前中に稽古を済ませ、午後から乗用車二台で大阪へむかいました。演武を見て思ったことを述べます。
 一つの流派が主催される演武会ですが、非常に大きな大会であり、それだけに円心流を稽古される方たちの大会運営の負担は大きなものだろうと感じました。一人一人の方に人生における円心流の比率が高いから実施できることと思います。円心流を演武される人数も多く、古武道の流派としては大きな流派です。
 演武で特に印象に残ったのは、ある流派の道場全体のレベルが年々高くなっておられることです。年配の方々が演武されるのですが、確実に道場全体の業が向上しておられました。師を中心として指導に素直に、またそれぞれの方が真摯に道を求められている結果だろうと思いますが、歳をとってからでも上達している稽古に取り組む姿勢には学ぶべきところが大いにあります。
 また、演武会に出る回数が多くなると、どうしても演武会になれ、注目を浴びるためにパフォーマンスのような演武をしたくなったり、申し合わせの殺陣のような演武になったりしがちですが、先ほど述べた流派はそのようなことは一切なく素人受けはしないかもしれませんが、古武道の演武のあり方を示すものでした。 
 私たちも、今後とも演武するに当たっては、受けを求めてパフォーマンスをしたり、激しく見せるために殺陣のような申し合わせの動きをすることは絶対に避けなければならないと考えます。


  真実

 昨日の我家の裏庭の被害は我家だけでなく、道をはさんだ家の前の貸し家庭菜園にも及んでいたようです。そして狸の仕業ではありませんでした。そんな可愛いものではなく、なんと隣家から私の実家にあった電話によると猿の一群であったそうです。
 裏山の奥が数十年前に団地の造成がなされ始めた頃から一切猿を見ることはなくなり、また猪の足跡も見ることがなくなっていました。裏山は僅かに残された狸と鳥たちの住処であったのです。
 しかし、猿達は5km位はなれた山から人の道を堂々と歩いてやってきたらしいのです。そして人が威嚇しても逆に牙を向いて威嚇したと言う事で、貸し家庭菜園のとうもろこし等を我家の屋根で悠々と食べていたらしいのです。人が恐れねばならないくらいの態度であったと言う事で、食べ散らかして道路などに散らかっていた残骸はご近所の方が掃除されていたのでした。
 私が家にいる時であったら私にとって良い稽古になったのですが・・・。しかし味をしめてまたやってくるかもしれません。平気で家の中にも入ると言うことなので、留守を襲われぬよう、風を通すためにあけている人が通れぬ小さな窓も閉めておかねばなりません。

 7月5日(日)午前9:30~午後4:45まで久留米市荘島体育館剣道場で稽古会を行います。興味のある方は直接道場をお訪ねください。

 大阪古武道大会の写真を貫汪館ホームページに載せました。御覧下さい。

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  1. 2009/06/30(火) 21:16:30|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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