無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

天領 日田 窪田治部右衛門鎮勝

 久留米に指導に行った際、両親を同道し日田の奥にある豊後・大山 ひびきの郷 お宿あさもや という温泉のある宿泊施設に宿泊してもらい、養生してもらいました。清潔感のある宿で、スタッフの方の対応も素晴らしく、両親も満足してくれました。
 日田にも観光に行ったのですが、武術に関する資料がないかと天領日田資料館でも尋ねたのですが、要領を得ませんでした。展示の始めのところに宝蔵院流槍術を修めた川路聖謨の立派な明珍鍛えの兜がおいてあり、不思議に思ったのですが川路聖謨は日田で生まれたということで納得しました。その後は武術には関係のないものばかり。
 ところが、天領日田資料館の展示品の書の中に「演武場」と書かれた横書きの書があったのです。書は日田の最後の郡代 窪田鎮勝によるもので、確かに日田に道場が存在したのだと思います。窪田鎮勝は扱心流柔術をよくし、幕府の講武所では柔術の教授をしていた人物です。日田においては農兵の制勝隊を組織してイギリス式の調練をしたといいますから、農兵の間に剣術の稽古がなされていたとしても不思議ではありません。
 広瀬資料館では「日田には4名の武士が居たが刀屋は4軒あった。武士の日田への往来の多さが伺われる。」という意味のアナウンスが流れていましたが、4名しか武士が居なかったとしたら武術の指導は誰がしていたのでしょうか。興味深いところです。
 
 
※ 阿刀神楽に関してコメントを頂いた「わたた」様、よろしければ難波一甫流に関する伝承者の情報をいただけませんでしょうか。 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してあるメールアドレスに送信していただけましたら届きます。宜しく御願いいたします。 


10月26日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「奥居合・・・とらわれない動きのために」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。  
 また10月18日(土)6時から9時まで、19日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 

  1. 2008/10/01(水) 22:09:50|
  2. 武道史

据え物斬

 居合の稽古をはじめしばらくしたら、欲が出始め、力強く刀を振ろうとか豪快に振りたいと思う心が出始めます。或は居合の稽古を始める前から、居合とはそのようなものと思われている方も居られます。今は居合といったら試し斬りをイメージする方が大半となり、無理もないことかもしれません。
 しかし、試し斬りというものは本来刀の切味を試すためのものであり、対人関係における技術の武術とは重なりは僅少なものでした。武道史の研究をしていても試し斬りの稽古をしている記述には出会った事がありません。それよりも、石燈篭に止まっていた蜻蛉を斬り、燈篭に傷一つつかなかったとか、蝋燭の芯を抜付けに斬ったとか、小豆を斬ったとかいう繊細な刀の遣方を賞している記述が多く目に付きます。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は多くの弟子の居合を見て据え物斬りをしていると嘆かれていました。敵は生きているのに、想定が動かなかったり、敵を両断するのだとばかりに足腰に力みを入れ下半身を固め安定させたうえで、渾身の力を込め上半身で斬るような居合をする方が多かったのです。敵は自由に動き攻めてきます。斬ってくれとばかりにそこに留まっていることはありません。そのような自由な敵に対するのに、こちらの下半身が固まってしまって良いはずもありません。
 敵を両断する前に自分の額を割られたら、敵を両断する前に自分の手を落とされたら、如何ともしようはありません。自由なものに不自由なものはかなわないのです。
 自己満足の表面上の強さを求める方には武術としての居合は不向きなのかもしれません。
 
 
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  1. 2008/10/02(木) 20:52:13|
  2. 居合 総論

歩み

 先日来、渋川一流柔術の稽古が進んだ方に「裏襟」の稽古をして頂きました。前に歩み行く時に後方から裏襟を取られて引かれる形のグループですが、「裏襟」の稽古の参考に歩みについて述べます。これは前に歩み行く時に後方から抱きとめられる形のグループである「上抱」にも共通することです。
 一般に現代人の歩き方は西洋式の歩き方に変わっていますので腰高であり、上半身を中心にすたすたと歩いてしまいます。しかし、形が作られた江戸時代は履物も歩み方も現代とは異なっていますので、歩み方を工夫しなければ技のレベルを上げるのは困難です。腰高に上半身で歩いてしまうと後方から引かれたり抱き留められたりした場合どうしても下半身が浮いてしまい、そこから技をかけるのは非常に困難なことなのです。
 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古をされている方は刀を腰にした時の歩み方を思い出していただきたいと思います。腰に何もない柔術の稽古のときに同じような歩み方ができているかどうかを。歩み方の工夫をされれば、「裏襟」「上抱」の形は上達しはじめると思います。
 
 
 
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  1. 2008/10/03(金) 21:42:07|
  2. 柔術 総論

下肢の働き

 昨日、渋川一流柔術の形に関して歩み方について述べましたが、人は上半身の感覚のほうが下半身よりも発達しているために、何かしようとした時にはどうしても上半身が動きの中心になる傾向があります。しかし、武術は対人関係の中に成立するものであり、下半身が働かなければ絶対に技をかけることはできないものです。
 形稽古中心の古武道にあっては決まった手順をくり返し、相手が反撃をしてこないために下半身を固めてしまい上半身中心に動いても手順さえ間違わなければ何とか自己満足できる形が行えるために間違いをおかしてしまう方が多く居られます。
 渋川一流柔術では動きが単純なため足運びの回数も少なく、そのような間違いに陥りがちなのですが、上達すれば裏、その裏といった裏形もあり、下半身が固定されて上半身中心の動きとなった時には、そのような形は形をなぞることさえ出来なくなってしまいます。それまでいくら上半身の動きでで自己満足していても形の稽古すら出来なくなってしまうのです。
 また無双神伝英信流抜刀兵法の素抜き抜刀術においては相手が仮想の敵であるばかりに相手を据え物と勘違いして、相手を動かないものととらえてしまうために、斬るときには下半身を固定して上半身に力を込めて斬るといった間違いをする方もおられますが、陰陽進退の形の想定が何故、抜付けが不十分で後方に下がった敵を斬るように仕組まれているのかを考えれば、そのような考え方が間違いであるのがすぐわかると思います。陰陽進退では始めの抜付けは初発刀となんら変わるものではありません。抜付けにおいて上半身は自由な下半身にのっているからこそ、ニ撃目は自由に前に出ることができるのであって、固めていては二撃目は到底間に合わないものになってしまいます。しかし始めからニ撃目を考えて抜付けをしていたのでは絶対に上達の為の形稽古にはなりません。そのような稽古は自分の体を決められたようにしか動けないようにするものでしかありません。
 貫汪館で稽古される方下半身が自由であるということを求めて稽古されるように望みます。

 
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  1. 2008/10/04(土) 20:51:36|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

主な稽古は日常生活の中で

 稽古をある程度重ね、形の手順も覚え、どう動くことが調和の取れた動きなのか、呼吸は如何にあるべきなのか、体の動きの中心は・・・などということが理解でき始めている人にとって道場内での稽古は稽古の一部分であると言うことを知らねばなりません。
 その段階に至った方にとって、道場内で限られた時間、形の手順を繰り返すことは、さほど意義のある稽古とはなりません。動きの質そのものを稽古しなければならない段階に入ったわけです。道場内での稽古で、動きは如何にあらねばならないかを知ったわけですから、日常生活の動きの中で質の高い動きを求めることができるます。
 ところが武術は武術、日常生活は日常生活と切り離して考え、日常生活の中で、道場内での動きとかけ離れた質の低い動きをしていたら、日常生活に費やされる時間が圧倒的に多いわけですから、その動きが基準となってしまい、道場内でもその延長線上で質の低い動きをしてしまいます。なかなか技が向上しない原因はここにあります。
 日常生活全てが稽古と心得ればよいのですが、仕事が忙しくそのようなことに気を配る余裕がない方も居られると思います。そのような方でも、椅子の座り方立ち方、茶碗の持ち方、箸の用い方、荷物の上げ下げ等々、少しその気になればいくらでも稽古できるものです。また、質の高い動きというものはその動きそのものを随分楽にしてくれる動きでもあります。したがって、日常生活の動きを稽古すればするだけ日常生活をより楽に送ることが出来るようになります。
 ぜひ心掛けていただきたいと思います。

 「道標」読んで頂いていた貫汪館以外の方から広島の武道史に関する情報を頂きました。本当に有難うございました。広島は原爆にあっているため広島城下の資料の今まで異常の発見は今後もできそうにありません。情報は広島の武道史を纏めるに当たって本当にありがたいものです。

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  1. 2008/10/05(日) 20:35:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

得物

 無双神伝英信流抜刀兵法を稽古している方には、始め短めの刀をお貸しして、上達に応じて、技量にふさわしい長さの刀を求めていただいていますが、刀がかわると急に今まで通りの動きが難しくなるのを感じられる方も多いと思います。
 これは刀が長くなったというだけの問題ではなく、刀の重心の位置や柄の微妙な太さや形の違い、抜付けにあっては鞘の太さや形状の違い重さなどからも生じることです。
 刀は自在に扱える様に稽古する物体ではなく自分と一体となるべき物です。自分が刀か、刀が自分か、一体となって働く存在です。しかし、今まで稽古していた刀と一体となっていても、新しい刀に対して今まで通りの自分のあり方では一体となれないのは当然の事です。刀に個性があるのですから、微妙な差異ではありますが、それに応じた自分でなければ一体となることはできないのです。刀を変えて違和感を感じるようになった方は刀の個性を知り、自分もまたかわらなければなりません。
 渋川一流柔術の稽古でも六尺棒や、十手、分童などの得物を用いますが、稽古時間の制約からなかなかそれらの稽古に時間がさけず、かたちだけの稽古になってしまいがちです。しかし、得物を用いることは上に述べた刀と一体となることと何ら異なることではありません。得物を知り得物と自分とが一体にならなければ、自由な働きはかないません。
 得物の先までが自分の指先の如く意識せずとも一つであること。工夫されてください。


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  1. 2008/10/06(月) 20:55:13|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

国民皆兵の下地

 歴史の教科書などでは明治になって徴兵制がしかれると、武士でなかった階層の人々は随分これに抵抗したように記されていますが、地域差があったのではないかと感じています。
 徴兵制に抵抗があったのは江戸時代には身分制度があったために農民は武器を持って戦う必要がなかったにもかかわらず、明治になって徴兵制がしかれ、武士でなくても命をかけて戦わなくてはならなくなったからとも説明されていますが、はたして実態はどうであったのでしょうか。
 江戸時代後期には、広く武士以外の身分のものに武術が修練されるようになりました。藩によってはこれを禁止したりしていますが、禁止するということ事態、看過できないくらい後半に行われるようになっていたということです。広島藩でも、城下に寄宿して武術を学ぶものは一度、各村に帰って後許可を得て学ぶようにという指示が出ていますが、はたしてどの程度守られていたものかわかりません。いずれにしても裕福な農家のものが城下で武術を学び、免許をえた後、農村で指導を行い、それほど豊ではない農民の間にも武術が広まるようになっていきます。この背景には農村地帯では自分たち自身を守るのは自分達しか居ないという自衛の意識があったようです。
 これと同じように自衛の意識から商人にも武術が行われるようになっています。徳島県剣道連盟の剣道史編纂委員の坂本先生によれば藍の商人には剣術を修めたものが多く居たということです。また、山口県の柳井市は商業の町ですが、この商家にも武術を修めたものが居ました。廿日市市の世保流の河内次郎もまた商人でした。
 このように武士階級以外にも武術は広く行われるようになっていたのですが、これに目をつけ各藩では地域の治安維持のために農兵を組織しました。農兵には階級があり、軍隊組織として機能するようになっていました。広島藩では長州征伐のとき農兵が動員されましたが、治安維持のためと思っていた農兵には随分これを避けたい思いを持っていたものもいたようです。
 いずれにしても、全てではありませんが、明治維新以前にすでに兵となることを体験したものもかなりの数いたわけですので、徴兵にさほど抵抗のなかった者も居たのではないかと思います。
 数年前に調査した安佐北区の渋川流を伝えた農家の古文書には、徴兵のときに政府から出された文章とともに、その家が系図をたどればもともとは武士であったのだという古文書も出てきました。
 在村武術や農兵についてはもっと調査を進めたいのですが、生きるために一日の大半は働きもせねばならず、道場にはでなければなりません。研究が職業になればよいのですが、世の中そう上手くはいきません。



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  1. 2008/10/07(火) 20:48:44|
  2. 武道史

煩悩

 無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でもどうして自ら下手になりたいのかと思うような方がおられます。
 貫汪館では無理無駄を廃し、目的にそって調和がとれ楽な方法をお教えしており、業を努力して作り出し身につけるといった方法はとりませんので、稽古を重ねることによって、所謂体育的な筋力がついたとか瞬発力がついたという実感は持つことはありません。したがって一度身についた業は衰えることはありません。
 しかし、一度道場でお教えして出来るようになったにもかかわらず、次の稽古でまた、前のひどい状態に戻られる方がおられます。自ら下手になろうとしておられるようにしかみえません。
 このような方に共通して言えることは、より速く、より強くという実感を求めているということです。無理無駄な力を廃し、調和の取れた動きができる時には、速い、強いなどという実感はありません。その実感のなさが頼りなく、心細く、どうしても実感を求めてしまっているのです。
 「そんなつもりはない、そのようにしようとは思っていない」と思われるかもしれませんが、それは表層意識のレベルであって、よくよく自分の心を探ってみるとやはりそうだということにいつか気づかれると思います。上達はそのときから始まります。
 業を身につける過程は体で動きを認識できるようになる過程でもありますが、自分の心をコントロールできるようになる過程でもあります。



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  1. 2008/10/08(水) 21:13:53|
  2. 柔術 総論

教習体系

 形とは流派における教習体系であり、それぞれの段階で、そのレベルに達していなければ先先と進んでも結局、形の外側だけをなぞっているに過ぎず、いくら形の手順を覚えたとしても、武術という点からみれば無意味なものにすぎません。
 その意味からすれば、新しく各流派の形を集めて作った居合は上達の階梯がないわけですから、真の武術的な上達は困難なことでしょう。
 たとえば無双神伝英信流抜刀兵法においては、詳細は避けますが、初発刀、左刀、右刀、当刀の稽古を通じて見に付けなければならない質の動きがあり、それを身につけていなければ、陰陽進退の稽古に進んでも質的な向上は望めません。陰陽進退、流刀ではまた、初発刀、左刀、右刀、当刀の稽古で身につけた動きをもとに、さらに新たな質の動きを身につけなければなりませんので、初発刀、左刀、右刀、当刀で身につけるべき動きができていなければ、当然の事ながら陰陽進退、流刀は猿真似に過ぎないものになてしまいます。これは単に動きが難しい、新たな動きだといっているわけではありませんので間違わないようにしてください。
 渋川一流柔術では、形の一本一本ではなく形のグループ(履形、吉掛、込入・・・など)ごとに段階的に高いレベルの動きを要求されます。前の形のグループの動きが満足にできなければ次の形のグループを稽古してもさほど上達は望めません。
 そてぞれの形が要求する動きが出来るようになるかどうかは、個人の持っているものや稽古量、質によってかわりますので、たとえ同じ時間稽古したとしても、ある人はどんどん新しい形に入り、ある人は同じ形の稽古のくり返しという事態は当然のことながら起こってきます。できない人にとって先先に進むことは意味がないだけではなく、下手をすれば形を覚えるだけの意味しかなく、形どおりにしか動けない人を育てかねないのですから。
 貫汪館で稽古される方は、教習体系である形を着実に一つ一つクリアーしより自由な動きを身に着けていただきたいと思います。 


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  1. 2008/10/09(木) 21:01:48|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

浮雲

 今日の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古にはかっての同門の方に稽古にに来ていただきました。「浮雲」を稽古して頂きましたが、英信流表(無双神伝英信流では中伝という言葉は用いません)の形は「浮雲」で急に難易度が増します。
 浮雲は文字通り宙に浮いた雲のような存在にならなければ形が使えるというレベルにいたることはありません。始めに前方に浮く時にも絶対に下肢に力を込めて筋肉の緊張で立ち上がることはありません。あえて言うならば崩れるから体が浮き上がるというところでしょうか。一歩目の動きで大腿筋の緊張を感じたら動けては居ないのだと知らなければなりません。浮いて足を前方に一歩踏み出した時、次に柄頭が左から右に移動し足をもじらす時にも体のどこにも凝り固まりはあってはなりません。文字通り浮いた雲でなければならないのです。浮雲というたとえで理解できなければ、氷上、やや氷が溶け水がある状態の上に氷を乗せて動かしても、抵抗がほとんどなくすらすらと動く状態といえばよいでしょうか。
 抜付けは近間の敵に刀をくい込ませるだけであるので、手元下がり切先上がりとなりますが、刀が敵に向かうのは自分の力で持っていくのではなく体の下方への落下によってなされます。したがって斬りつけたという体の実感はほとんどありません。以後の動きの解説は省略しますが、「浮雲」の稽古に当たっては体の緊張を無くす稽古を心掛けなければなりません。


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  1. 2008/10/10(金) 20:46:06|
  2. 居合 業

何を求めるか

 武術は全く経験のない素人が見て凄いと思うものほどあてにならないものはありません。たいていは力んで力強く見えたり、意図的にためを作って止まったところから素早く動いたり、そのような演武が素晴らしいと見えてしまいます。
 最近では何かといえば巻藁を斬ることが居合だと素人には思われ、演武する方も、素人受けするように演武会などで巻藁を斬ることが流行のようです。しかし、「試し斬り」の言葉が示すように斬るのは刀の斬味を試すためであり、試剱術は江戸時代には武術とはされていなかったものです。
 このような時代ですから貫汪館で稽古しているような無理無駄なく調和の取れた動きと言うものは全く見栄えはしないものです。しかし稽古を始める方の中には一般的な武術のイメージをもって稽古を始められる方もあり、そのような方には求めるものの出発点が異なるため無理無駄なく調和の取れた動きという稽古はあまりにまどろっこしく、逆に踊りのように感じられるもののようです。
 そのような方には「緩急」という言葉はめりはりと混同され、「対敵動作」という言葉は「力まかせに」という動きと混同されるようです。説明はしても求めるものが違えば、違う意味に捉えられるということでしょうか。
 「想いが同じでなければ。」「想いが違えば業にはならない。」とは師から良く聞かされた言葉です。代々受け継がれてきたものは外見ではなく、心から生まれる業なのです。

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  1. 2008/10/11(土) 20:57:01|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鞘手

 以前、「柄の握りは真綿に針を含みたるを握る心で」ということは述べましたが、これは抜付け、納刀における鞘手についても同じことが言えます。
 多くの方が鞘を持つ手に必要以上に力を込めているために、手首や腕が筋肉の緊張によって固定されてしまい、鞘が動く時には肘を後方にひねり、結果としてこじりは抜付けのときに自分の体の右のほうに寄ってしまっています。また納刀の時にもこじりが自分の体の右にはみ出した後、再びもどって刀が納まっていっています。
 無双神伝英信流抜刀兵法では抜付けも納刀も、こじりは鞘なりに動きはしますが左右や上下に動くことを嫌います。その理由は単純明快なことで常にお話している通りです。こうでなければ体遣いが全く異なってしまい、体には筋肉の緊張が残ってしまいます。
 そうならないために大切なのが鞘手の握りであり、鞘手の手の内の工夫無しに抜付けも納刀も要求される動きができるようにはなりません。出来るようになった方は「こんなに動きは楽なものだったのか。」と感心しておられました。
 工夫してください。


10月26日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「奥居合・・・とらわれない動きのために」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。  
 また10月18日(土)6時から9時まで、19日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 

  1. 2008/10/12(日) 21:03:34|
  2. 居合 業

島村右馬丞あて起請文 無雙神傳英信流

 今でこそ「無雙神傳英信流」の流名は明治神宮での演武などのおかげで少しは世に知られるようになりましたが、それ以前、今でも「無雙神傳英信流」と言うと「無双直伝英信流」と間違われることが少なくありません。
 中山博道の「夢想神伝流」と大江正路の「無双直伝英信流」の二つの流派が土佐の居合であると長らく思われてきたためで、「無雙神傳英信流」と言うと、甚だしきは近頃流行の新造流派だと思われる方も居られます。これは数の理論で歴史が抹殺されようとしかけた例の一つではありますが・・・。大学時代に習った「歴史とは歴史的真実ではなく作られるものである。」という文言を思い出さされます。
 久留米道場の方には写真をお見せしましたが、細川義昌の父である島村右馬丞あての門人の起請文前書にははっきりと「無双神傳英信流」と記されています。起請文には島村右馬丞は安政二年六月から文久二年十一月二日までの入門の弟子、48名の名が記されています。
 世の中では居合といえば宗家とか正統第何代とか権威付けすることが行われますが、島村右馬丞は坪内清助から免許を授かり、細川義昌は下村茂市から免許を授かっていますから、どちらかの流れが傍系だとか詐称だとか言うのでしょうか。本当に愚かなことです。武術は一部の例外を除いて完全相伝の流派が大半です。土佐の居合も例外ではありません。
 中山博道の「夢想神伝流」ですが、正式に伝承されているある高名な流派の先代が中山博道師から居合を習っていた時に、直接中山博道師から「自分の創意工夫が入っている。」と聞かれています。
 これすら人によっては否定されてしまいますから、何が真実かは自分の目で確かめるまでは断定できません。
 


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  1. 2008/10/13(月) 21:36:58|
  2. 武道史

笑えない危機管理

 身近な人物から事細かに聞いた話です。
 とある高校が校外の文化センターで二日に分かれて全校生徒が集まる行事を前日にして校長先生が職員朝礼で次のような話をされました。「昨今の時勢ですから何が起こるかわかりません。もし不審な人物が居たら必ず連絡してください。また複数で対応してください。刃物などを持った人物がいたらすぐに本部に連絡してください。本部からは「・・・・」という放送を流しますので先生方はすぐに本部に御集合ください。」
 この校長先生は民間出身で平教員を経験することなく初めから校長になった方のようですが、全く意味不明の危機管理です。
 第一に刃物を持った不審人物が居たら、その人物にどのように対処しなさいという支持は全く教員になされていない。もっとも対処しなさいといって教員が刺されたら自分の責任になるので明言しなかったのでしょう。かってに教員が刺された分には、ある程度の責任逃れができますから。
 第二に刃物を持った人物がいるのに教員を本部に集めて、生徒をほったらかしにしていては駄目でしょう。誰がどのように生徒を守るのか。生徒はどうなってもいいから組織として対応したという責任逃れがしたいのかもしれません。
 もし、校長先生がそのような危機意識をもっているなら警備員を雇うとか、警察に巡回を御願いして何かあった時には対処してもらうといった対応はできるはずです。
 
 非常事態には指揮官自ら前に出なくてはなりません。
 「小隊長率先、指揮官率先。」私が徹底的に教え込まれたことです。


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  1. 2008/10/14(火) 20:28:07|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

立礼

 立った状態では両足の足心に体の重さがかかっています。しかし、よく写真などで見るのですが、立礼をした時に両足の指が床を踏ん張っていることがあります。
 甚だしいのは、「立礼をした時に足の指に力をいれ体を支え」と解説してあるものさえありますが、無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でもこのような状態になることは避けなければなりません真っ直ぐ立っていようが立礼しようが、体の重さは両足の足心にあることにかわりはありません。足の指で体重を支えなければならなくなるのは下半身。股関節がかたく緊張して固定されて直立しているために礼をした時に上半身は前にたおれ、体全体の重心が前に移動するからです。
 下半身が弛んでいれば、礼をした時には自然に臀部は後方にスライドして上半身の中心は変化せず、また、重心が前に移動することもありません。たとえ立礼であっても下半身が硬直しているということは動くことはできない姿勢ですから、このような姿勢は避けなければなりません。
 もし、立礼をした時に足の指に力が入るようでしたら、自分の姿勢を再度工夫してください。


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  1. 2008/10/15(水) 22:09:36|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

山川久蔵 門人

 10月12日(日)から15日(水)までの間、高知に武道史の調査に行ってきました。いつもながらの貧乏旅行で3泊とも車中泊、贅沢は三日とも温泉に入ったことです。
 調査の成果を、公表できるところだけお知らせします。随分以前ですが、私が調べたものを見せてほしいということで、資料を送ったことがありました。その方は「最近、このようなことがわかった。」と資料の提供者の名前も示すことなくあたかも自分が調べたかのごとく書籍に公表されました。ということで、あまり詳細にはお伝えできません。同じような人が世の中には何人もおられますから。私の渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生が調べて写真を撮ったものでも、あたかも自分で調べたかのように本に書く時代ですから・・・。

 12日(日)の調査についてです。二次資料でわかったことですが、山川久蔵の弘化二年(1845)の時点での免許皆傳の弟子は坪内清助、下村茂市を含めて5人、中伝の弟子は5人いました。名前はわかっているのですが記しません。
 これ以外にも資料に山川久蔵の門人として名のあるものもいますから、免許皆傳弟子はもう少し多かったかもしれません。
 山川久蔵は文政三年(1820)正月九日に居合指南役となり弘化三年(1846)二月九日、老年につき居合指南役を差免されており、嘉永元年(1848)に亡くなっていますから、弘化二年の時点といえば、おおむね晩年にあたります。
 世には谷村派、下村派などとまことしやかに言われますが、山川久蔵の免許皆傳弟子だけでも少なく見ても5人おり、何々派というならばそれだけで5派できてしまいます。常識となっている事柄が如何に作為的なものであるか気づかねばなりません。


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  1. 2008/10/16(木) 21:21:35|
  2. 武道史

小栗流

 高知武道史調査の一日目の続きです。
 『龍馬暗殺の謎』という本に「龍馬の小栗流の目録を見ると、現在の無双直伝英信流の業前15本が記されていて、抜刀の腕前も相当だったことが窺い知れる。」と記してあったので、伝書を確認しました。もっとも坂本龍馬が授かったものは高知にはありませんので、その他の人が伝授されたものです。坂本龍馬への伝書は、書籍等で確認できます。
 たしかに、林六太夫の家を継いだのは娘婿の林安太夫で、三男の林縫丞正靖は小栗流の足達茂平の養子になって、足甚三郎となり小栗流を継いでいます。小栗流に林六太夫の影響がないとは言い切れません。
 しかし、小栗流の目録には以下のようにあるのみです。

 一、居合

   五方 向詰 右詰 左詰
       後詰 四方切
   出合   當      附込  
   附退   抜討    請流
   介錯   見附介錯 請込
   抜討

 たしかに似たような形名はあります。しかし、これだけで林六太夫の居合が取り入れられているというのは早計過ぎると思います。似たような名前は他の流派にもたくさんあるのですから。足甚三郎以前の伝書が見つからなければ断定できないことだと思います。

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  1. 2008/10/17(金) 20:49:29|
  2. 武道史

安芸市 文書目録調査

 一日目は高知のぽかぽか湯に入り、その後安芸市まで移動、天神坊公園に車をとめ車中泊、星も綺麗で月も明るく静かで、ゆっくり眠れました。
 安芸市の中心地は土佐藩家老 五藤家によって収められた領地です。市史には武道関係のことが全く記されていません。五藤氏の郷学について『高知藩教育沿革取調』にも文武のうち何故か文についてのみしか記されていませんが、資料目録には藩校の項に「文武館」に関するものがいくつかあり、また、江戸時代の絵図にも「演武場」の図の記載があります。また、武術関係の資料には五藤家の人物が授かった宝蔵院流のものや真之心陰流や新陰流のものが存在しており、武芸出精褒詞伺など武術に勤めたものに対する褒章に関するものも存在しますので、調査をすれば面白いことがわかると思います。文書目録には安芸市の武道史を記すことができるほどの資料名が記されていました。閲覧写真撮影は許可をえて後ですので、次回、高知に調査に行く時に事前に許可を得ておこうと思います。
 文書目録の調査後、町を歩きましたが、五藤氏の家臣団の住んだ土居廓中は未だに武家屋敷の風情を残しており山口県の萩市のような趣があります。野村氏の居宅跡は無料で入ることができ、当時の武士の質素な暮らしぶりを知ることができます。同じ江戸時代の建物でも、商家と比べると寂しいくらいです。
 水がとても綺麗なためか、小さな水路のいたるところにメダカが泳いで居ました。まるで40年前の、我家の前の水路のようでした。
 江戸時代、五藤氏の別邸として設けられた内原野公園にも行きしばしのんびりとした時間をすごしました。本当にいい時間でした。内原野焼の窯元にも行き、お土産を購入しました。
 安芸市については以下のページを御覧下さい。

 安芸市の観光(←クリックしてください) 
 

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  1. 2008/10/18(土) 20:23:53|
  2. 武道史

武市半平太

 2日目の続きです。午後安芸市から再び高知市に移動、武市半平太の資料目録をみました。
武市半平太は土佐で一刀流を修め、後江戸に出て鏡心明智流の桃井春蔵に入門しています。武市半平太が岡田以蔵その他と四国から岡山、広島、山口を経て九州まで武者修行の旅に出たことは知られています。武市半平太は平尾先生の書籍によれば岡田以蔵の道中控帳には廣島では貫心流の細六郎、山口では新陰流の内藤作兵衛、久留米では津田一伝流の津田一左衛門や真神陰流の加藤田平八郎、柳川では真影流の加藤善衛門などを訪ねています。一般には武者修行に名を借り実は諸国の情勢を探ったとされています。書籍には岡田以蔵の『道中控帳』の一部しか載っておらず、岡田以蔵の道中控帳の所在がわかればもっと多くのことがわかると思います。
 しかし、岡田以蔵の『道中控帳』についての記載では、一行は柳川は訪ねているものの大石進を訪ねておらず不思議に思っていました。しかし目録の中にあった武市半平太の英名録では大石進を訪ねたと記録されています。許可が得れれば写真撮影をしてみたいと思っています。
 幕末に活躍した人物の交友関係は、多く、武術修行ですでにつながりがあるようです。

 その夜は四万十市へ移動、平和な湯に入り、公園の駐車場で車中泊をしました。深夜から雨が降り始め、相当な雨音でした。

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  1. 2008/10/19(日) 20:51:10|
  2. 武道史

樋口真吉

 高知武道し調査の三日目は四万十郷土資料館で昨年写真撮影できなかった資料をすべてデジカメに納めました。樋口真吉という人はもともと父親ともに無外流ですが無外流の師に他流試合をしないことに関して質問状を出し破門され、その後、武者修行の旅に出て柳川に至り、大石進に大石神影流(当時はまだこの名はありませんでした)の伝授を受け、郷里の中村でのちに門人を千人位育てています。その中には女性の名もあり、高齢のものもあり、非常に興味深い人物です。大石進の門人のなかではもっとも弟子の数が多かったのではないでしょうか。
 その後、何度も柳川へ出かけて修行しますが、その旅の過程で日本に帰ったばかりのジョン万次郎と会ったり、江戸で佐久間象山に入門したりして見聞を広め、砲術をも修め、国政に関与するようになり西郷隆盛とも話をするほどの人物になっています。おしむらくは明治になって間も亡くなくなっていることですが、もう少し、時間を与えられていれば維新後にも大きな働きをなした人物だと思います。
 来年の武道学会では樋口真吉からみた大石神影流について考察しようと思います日記が膨大なため、とりあえずは一回目の武者修行についてのみ触れることになりそうです。 

 写真に撮ったのは武者修行の関係の日記のみですが、土佐藩の政治に関与するようになってからの資料にも面白いものがたくさんあり、私に時間があれば武同士に関係なく樋口真吉という人物についての研究をなしたいところです。

 写真撮影の後、夜再び高知市内に向かい、ぽかぽか湯に入り、伊野町の川原で車中泊をしました。夏には夕涼みの人が多く多少騒がしいのですが、この時期は静かなところでゆっくりと眠ることができます。贅沢を言えばストリームの二番目と三番目のシートが完全に平面になればもっと快適なのですが。



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  1. 2008/10/20(月) 21:09:33|
  2. 武道史

高知武道史調査4日目 歴史の捏造

 高知武道史調査の最終日は、高知市内で山川久蔵の門人の調査をしましたが、やはり石高の高い家に生まれ後継ぎになるものは居合導役などにはならず、藩政に関与し、次男、三男などで家督相続のできないものがあらたに扶持を与えられて、導役についています。これは土佐藩の武術振興策の一つであろうと思います。
 午後は、場所をかえ別の資料を拝見しました。細川家の嶋村馬之丞が授かったある伝書を板垣退助が借り出し、細川義昌は万が一の時のためにそれを筆写しています。
 『土佐史談』復刊67号に中山博道の直系直門を称する人の弟子が書いた文章が載っています。それによると、板垣退助が借り出したものをさらに中山博道に又貸しし、中山博道はそれにより修行、ついにその奥義に達し細川義昌より相伝を受けて18世となった と記されています。板垣退助が借り出したものは形の簡単な解説書ですので、もし、これをまともに信じるならば、中山博道は細川義昌に直接、まともに形を習わず、書籍によって居合の稽古をしたことになります。直系直門を称した方が中山博道に習い、細川家にあった伝書を研究した(奥居合は中山博道に習っていないようですから)という歴史の捏造をしたいのでしょうが、それでは中山博道を冒涜したことになってしまいます。ましてや又貸しされたものを中山博道が研究しなどとは・・・。
 このようにして「我こそは正統」という歴史が作られるのでしょう。


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  1. 2008/10/21(火) 21:54:13|
  2. 武道史

大石神影流

 18日(土)夜と、19日(日)は久留米での稽古があったので高速道路の深夜割引を使い九州へ赴きました。
 夜までの時間を利用して大石英一先生を大牟田市に訪問。色々とお話をお伺いし、また調査の過程でわかったことなどを報告。昼からは大石進種次、種昌のお墓にお連れいただき、またかって大石道場に入門中になくなった人たちの墓があった場所も御教えいただきました(現在は区画整理のため一箇所に地中に埋められてしまっています)。当時は医学も今ほどではなく修行中に病気でなくなった方もいたようです。
 さらに二代目大石進の末の弟の大石雪江とその子大石一のお墓にも案内していただき、大石家を身近に感じることができました。
 大石先生のお話に、祖父にあたられる大石一先生の畑仕事のお話がありました。もともと江戸時代にも大石家に学ぶ他藩の門人は畑仕事を手伝い大石家の助けをしたものだそうですが、大石一先生は畑に種をまいてそれに鍬で土をかぶせる動きがとても素早く巧みであったと身振りを交えて御話くださいました。その後、その動きは大石神影流の形の動きに由来するものだと知ることが出来ました。全く同じ動きといえるかもしれません。
 修行をしようと思えば日常生活の中でいくらでもできるものと言うことを今更ながらに実感しました。

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  1. 2008/10/22(水) 21:20:27|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

久留米での稽古 一日目

 久留米での稽古の一日目の気づきについて述べます。
 まず、初心者の方に留意していただきたいことを述べます。初心者の方は片手で刀を用いる抜付け、血振いの動作の時にどうしても不安になり、刀を握り締めてしまいがちです。結果として抜付けでは刀の動きにブレーキがかかり、せっかく生まれ始めている速さや、重さを殺しています。また血振いでも同じく刀が終点に行くにしたがってブレーキがかかるため、動きがもたっとしてしまい、握り締めているために、刀が死んでしまっています。
 刀を片手で扱うということに不安が生じてこのようになってしまうのですが、接点は片手であっても体の中心で扱っているため、刀と体は一体であり、腕に力を入れる必要は全くなく、刀は止まるべくして止まりますので、不安であれば少しずつでも無駄な力を抜く稽古を重ねてください。
 私の師 梅本三男貫正先生は私が初心者の頃、刀が手から飛んでいってもいいくらいに軽くと教えられました。
 中級者の方は、自分自身で自分の動きに気づくことが出来るようになっているので、確実に上達されつつあります。一点だけ述べるなら、関節に少し無理が入っていました。すぐに元に戻り2日目にはさらに上達されたのですが、少しでも下手に「頑張ろう」とすると体に無理無駄が生じますので、あくまでも調和の取れた動きを忘れずに稽古されると良いと思います。

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  1. 2008/10/23(木) 21:18:46|
  2. 居合 総論

久留米での稽古 2日目

 久留米での稽古 2日目の気付きを述べます。
 初心者の方に「逆刀」「勢中刀」をお教えしました。大森流は英信流の居合とは別に別の体系として成立した居合ですので大森流を一通り遣えるようになれば、居合のレベルも相当に高くなるように仕組まれています。 「逆刀」「勢中刀」の後の「虎乱刀」は完全に立った状態からの形であり、ある程度の技量が完成した状態になければ抜けない(真の意味で)のですが、その前段階である「逆刀」「勢中刀」では立って立たざることを学ばなければなりません。その会得無しでは「虎乱刀」は会得することはできません。進もうがさがろうが下肢に力は入らず、ふわっとした状態にありながら刀を遣えるようにならなければなりません。しっかりと稽古してください。
 中級者の方には主として英信流表を稽古しましたが、大森流に比べ、さらに無理無駄なく臍下にぶれがないようにならなければ遣える事はありません。少しでも抜きたい、振りたい、打ちたい、突きたいという心が起こった時には調和が乱れ、体は乱れてしまいます。また、ここで、体がぶれないようにと固めてしまっては絶対に上達することはありません。体の乱れは心の力みによって生じることをよくよく理解して、「かたち」にとらわれることなく本質の稽古を重ねてください。


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  1. 2008/10/24(金) 21:41:14|
  2. 居合 総論

小細工

 ごく初心者の方には鞘手がどうだ柄手がどうだ、右の足は左の足はなどとお教えしますが、形を一通り覚え、深く求めていく段階になれば、そのようなことは稽古の邪魔にしかなりません。
 大切なのは心体動きの調和が取れていることであって、ああしようこうしようと思うことはかえって調和を乱すもとになってしまいます。敵が居てそれに対して己の調和が保たれていれば意図しなくても体はそれに応じて自然に動きます。右が動いている時には左が働き、上が働けば下も働きをなしているのです。ああしよう、こうしようと思わなくとも、思わないからこそ調和が取れて働いているのです。
 師 梅本三男貫正先生は稽古に来ない間に、弟子が行った、「このように体を使う」とか、「このようにしたほうが良い」といった独善的な工夫を嫌われていました。「小細工をする。」といわれていたものでした。そのような工夫は対処的なものにすぎず、本質的な向上にはつながらないからです。

 調和に関してですが、市販の書にも無双神伝英信流の伝書が載っており、丸に三角の絵図を見ると思います。これを平面でとらえると訳がわからなくなります。工夫してください。

   貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の会報のページに貫汪館会報58号を載せました。御覧下さい

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。 
  1. 2008/10/25(土) 21:31:57|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「英信流奥・・・滞りなき動きのために」

 本日、無双神伝英信流抜刀兵法講習会「英信流奥・・・滞りなき動きのために」を実施いたしました。
 大森流、英信流表の復習を行い、詰合の稽古から英信流奥へと入っていきましたが、詰合と英信流奥との関係はよくおわかりになったのではないかと思います。
 本日の講習会では短剣道を指導していた時に用いていた右篭手をいくつか持参して特別な稽古をしていただいたり、鞘木刀を用いて普段行わない指導をしたりと工夫した指導を致しましたので、奥居合がいかなるものかが体でわかり易かったのではないかと思います。

 奥居合は向拂を始めとして決めれた形を手順どうりに上手に行おうという発想からは業は絶対に生まれることがありません。決められていてしかも毎回初めて行うものであるという感覚がなければ奥居合を稽古する意味はないといえます。
 向拂では返す刀が初めから頭にあれば動きは不自由な物となってしまいますし、柄留では相手の小手に抜き付けようという思いがあるだけで遅れをとってしまい、逆に斬られてしまうことは経験して頂いておわかりになったと思います。結果として相手の小手を斬っていたという動きでなければ絶対に間に合うものではありません。
 向詰では相手との間を知っていただきました。詰という状況の中で如何に動かねばならないかお分かりいただけたと思います。
 前後詰、両詰では如何に横雲の動きが大事かおわかりになったと思います。抜付けの動きができなければ突くことはかないません。突くことはできても遅れをとってしまうのです。また、柄頭が敵に向かうという抜付けの条件にかなっていなければ、そのままでは突きの切先は敵には向かうことがないと理解できたと思います。
 三角、四角では自分の体が思っていた以上に硬く居着いていることを知ることができたのではないでしょうか。渋川一流柔術を専門に稽古されている方はあのような動きが自由にできる者を相手にしなければならないと心して稽古しなければなりません。
 棚下の稽古では今までとは異なる刀、体の遣方を学べたと思います。

 今日、初めて奥居合の講習を致しましたが、このような動きが自在にできる世界があるのだということを忘れず、それぞれの課題に取り組んでいただきたいと思います。
 次回の講習会は、来年になります。また、ご連絡いたしますので、ご参加いただきたいと思います。


  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねくださり、お声をおかけください。 
 11月15日(土)18時半から21時まで、16日(日)9時半から17時まで久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください 


 11月3日(月)、無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術が明治神宮で演武致します。お時間がある方はお越しください。
  1. 2008/10/26(日) 20:58:03|
  2. 居合 総論

自他共栄?????

 久留米市武道館での出来事です。久留米市武道館は1階を柔道場、二階を剣道場、二階のロフトのような狭い場所を小道場と言っています。剣道場や小道場がいつも利用されているのに、柔道場はいつもがら空きです。がら空きの理由がはっきりしました。
 その日は柔術の稽古をしようと思い、管理施設で柔道場の個人利用を御願いしました。種目は何かと聞くので、柔術ですと答えたら、「杖を用いるか、用いるのなら柔道場は駄目。」と言うので、杖術と間違えているのかと思い、古流の柔術ですから木刀も使えば懐剣も使い、棒も用います。と答えたら、「物を用いるのなら柔道場は駄目です。」と頑なに答えます。
 「柔術は当然のことに得物を用います。久留米は中村半助を出したような柔術のメッカでしょう。」とさらに言っても、少し口ごもって「合気道でさえ木刀や杖を用いた稽古はさせない。柔道場は投げしかさせない。」というのです。
 さらに「何故ですか。」と強く聞くと、しぶしぶ「久留米市柔道協会が畳が痛むから投げ以外には貸したくないと言うから。名称が柔道場だから。」と言って、受け答えした人物は逃げるように去っていきました。

 また、講道館柔道です。講道館柔道は「精力善用」「自他共栄」といいますが、もうそろそろ「排他自栄」に変えたらどうでしょうか。もともと嘉納治五郎のしてきたことを見ても講道館柔道さえ繁栄すればよいという考えの持ち主のようにしか思えません。

 久留米市柔道協会は高段者講習会でも木刀や短刀を用いる極の形や短刀や杖、拳銃を用いる講道館護身術の稽古は畳の上では絶対にしないのでしょう。久留米市の施設であっても柔道場は講道館柔道だけのものと考えるなら、いっそのこと講道館柔道場と名称を変更させればよいでしょうに。そんな指導者が講道館柔道の高段者なら武道の中学校での必修化には絶対に反対です。「排他自栄」の精神を身につけさせるだけですから。

 こんな事は久留米だけではありません。廿日市市スポーツセンターでも日曜日に柔道の大会をするのに土曜日の午後から大会準備という名目の元に貸切にし、土曜日の午後に使っている団体を締め出してしまいます。しかし、実際は準備は1,2時間程度しか行われません。夜に準備したり、早朝に準備するのが面倒で土曜の夜、酒も飲めないから昼間に少しの時間準備するのに長時間占拠してしまう。これが「自他共栄」を標榜する講道館柔道のやり方です。

 廿日市スポーツセンターでは「武道場」という名称を用いているのに畳が敷いてある場所の床の間には「精力善用」「自他共栄」の掛け軸を廿日市市柔道連盟がかけていて何も思わない。これが講道館柔道の実態でしょう。そこには畳は講道館柔道しか用いないという思いしかありません。

 さらに以前にも述べましたが、使用している中学校の武道場は数年前、柔道の教師が転勤してきたとたん自己紹介することもなく、「私が来たからには、ここを廿日市市柔道連盟の拠点にして毎晩稽古の場にするから、あなたらは他所へ行ってくれ。」という始末。私達が他所へ行くつもりがないと知るとその中学校の教頭に「女子更衣室のものが私物がいらわれている。」言い、更衣室をつかわさないように画策、教頭から、私にその話があったので、その当時、中学校の道場で稽古する女性は居なかったので教頭には「いつどういうことがあったのかはっきりさせてください。もし事実なら肚を切らせます。」というと教頭はしどろもどろ。
 その作戦に失敗するや柔道部の生徒を七時過ぎまで道場に残しておき、ボール遊びをさせたり、道場で音楽を大きい音で掛けさせ稽古の邪魔をさせる。そんな状態が、その教師の転勤まで続きました。
 この柔道教師は北京オリンピックで一回戦で負けた柔道選手を育てた中学校教諭ということで、新聞には随分もてはやされていました。校内全面禁煙なのにも関わらず、道場にはたくさんの吸殻がありましたが。

 結論。こんな指導者の存在を許す限り講道館柔道は学校教育の場には絶対にふさわしくないでしょう。
 

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  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。 
  1. 2008/10/27(月) 21:35:23|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古に取り組む姿勢

 私の経験と、稽古に来ていて上達の早かった人が行ったことと一致することがります。それはたとえ一分でも道場で稽古するということです。  
 私は学生時代は広島を離れていましたので、日々の稽古は大学の古武道場で主に一人稽古、春休み、夏休み、冬休みには広島に帰り毎日アルバイトをしながらアルバイトが終わってから梅本先生の指導を受けるために日々道場に通っていました。広島を離れていても稽古は毎日していましたので袴の膝が抜けることも多く、また技量の上達に伴って居合刀も長いものに変えたり、更には武道史関係の高価な書籍を購入したりと、アルバイトをしないわけには行きませんでした。
 アルバイトによってはたまに遅くなることもありました。ある日先生の道場の稽古時間終了間近になることがありました。残り5分を見学だけでもさせていただこうと道場に行くと、先生は「着替えなくても良いから角帯だけしめて斬撃や運剣だけでも稽古しなさい。」と仰ってくださいました。それ以後も何度かそのような事がありましたが、残り数分しかないと思って集中したかもしれませんが、そのような稽古をした時には先生にもお褒めいただき、自分でも上達を感じることがありました。
 これと同じような、それ以上の稽古をしたのが久留米にいる師範代代理です。広島にいたときは忙しい仕事についていたために残り5分だけ、10分だけ私と同じようにジーンズに角帯をしめて稽古した事が何度もあります。また、稽古の後に再び仕事に行くこともしょっちゅうでした。師範代代理は私の上達のスピードの何倍ものスピードで上達したと思います。
 今までに上達した方は、そのような心掛けをした方でした。自宅は道場から1時間西にあるのにさらに西に1時間離れたところに出張に行ったにもかかわらず、自宅に帰ることなく高速道路を使って稽古に駆けつけてきていた方もいました。
 それとは反対に上達しない人は「今日は30分しかないから、稽古時間が取れないから休もう。」と考える人でした。はっきりと「時間があまりなかったので稽古は休みました。」と言う人もいました。そのような人は絶対に上達することはありませんでした。

 上達を望む方はたとえ1分しか稽古時間がなくても道場に出るという心掛けを大切にしてください。
 

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねくださり、お声をおかけください。 
 11月15日(土)18時半から21時まで、16日(日)9時半から17時まで久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください 


 11月3日(月)、日本古武道振興会の明治神宮古武道奉納演武会が行われます。無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術も演武致します。お時間がある方はお越しください。演武は午前10時からで、場所は西広場芝地です。雨天の場合は至誠館剣道場で行われます。
  1. 2008/10/28(火) 20:58:39|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

柔術観

 ある雑誌に日本合気道協会顧問(八段)という肩書きを持つ方が以下のように記されていました。

 先の北京オリンピックでの柔道競技を見ていて、「これは武道としての精神的要素を取り去った柔術、さらにそれよりもレスリングに近いJUDO競技ではないか」とガックリした日本人が大いに違いない。

 筆者の方は武道のあり方について論じられたかったようですが、この論調ではいかにも古流柔術は講道館柔道よりも精神的に劣る存在であるというイメージを日本合気道協会で合気道をされる方に植え付けかねませんし、この方もそのような歴史観をもっておられるのかもしれません。また、この雑誌はもともと合気道関係のしっかりした雑誌ですので、広く合気道関係の方にも間違ったイメージを植え付けることにになります。指導的立場にある方ですので歴史認識の間違いであると簡単に済ますわけにもいきません。
 筆者の論で行けば柔術はただ単に勝ち負けに固執した格闘技であり、講道館柔道はたんなる格闘技であった柔術に精神性が加味されて武道となったととれますが、はたしてそうなのでしょうか。
 私は江戸時代において素手と素手との柔術の試合稽古で自分の強さを誇った人物を数多くはしりません。そのような人物はほとんど居なかったように思います。もともと講道館柔道は柔術を競技化することによって生まれたのですから、優劣を競うことに重点がおかれることは当然ですが、柔術は武士の時代の武術ですから、「一生に一度あるかないかの場に不覚を取らないために稽古するもの」です。
 また、精神性においても各流各派によって様々ですが、深い精神論を伝書の形で残した柔術流派も数多くあります。
 筆者は文中で「私は武道こそが精神/肉体を鍛錬し、世界に冠たる日本人を養成するもっとも素晴らしい体育と思っている。武道を通し、己れにも負けない、強くかつ優しい人間が形成され、多くの若者がサムライとして世界で尊敬されることを念じている」と記されていますがサムライとあえて書かれているのはいかなる意味があるのでしょうか。武士が稽古したのは剣術であり、柔術であって現代剣道でも講道館柔道でもありません。世に知られている江戸時代の武術論以上の著述は現代剣道や講道館柔道でなされているでしょうか。
 筆者は消防庁や防衛庁、ロータリークラブなどでも講演を行われている方のようですが、古武道の名誉のためにも歴史認識を新にしていただきたいと思います。


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  1. 2008/10/29(水) 20:56:49|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜付け

 無双神伝英信流の稽古でやっと座ることができ始めた方に二尺八寸の刀をつかい始めていただきました。
 その方の身長で無双神伝英信流の抜き方であれば二尺八寸は消して無理な長さではありません。身長が170cmくらいあれば二尺八寸は楽に抜けなければならない長さです。
 「座れはじめた」とは正座をしたときに身体を自然に床に預けることができるようになり始めたと言うことで、重心は姿勢を作って座ったときに比べ随分下に下がり臍下に落ちます。さらに業が進めば床下にさがる感覚ともなりますが、とりあえず臍下にまで落ち着けば刀が楽に抜けるようになるものです。
 この重心が臍下に落ち着くと言う感覚は、いわゆる「下腹に力を込め」というものとは全く異なりますので注意しなければなりません。下腹に人為的に力を込めると言うことはおうおうにして下腹の力みとなってしまい、それでは業は生まれません。また「腰を入れる」と言う感覚とも異なります。いわゆる「腰を入れる」動作をした結果、重心が高くなり上半身が固まっている方を多く見かけますが、この状態もまた、業を生む妨げとなっています。
 始めは、座れるようになったとは言われても抜くことはできないと感じられていると思いますが、抜けない原因は一つです。抜こうとする心がせっかく臍下におりた重心を上にあげてしまっているのです。抜くためにはその状態からさらにさがっていかなければならないのに、自ら抜こうとする心によってできなくしてしまっているのです。
 今の座った状態と、今まで座れていなかった状態を自分の中で比較してみてください。抜こうとした途端に座れていなかった状態にもどろうとしてはいないでしょうか。
 工夫してください。

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねくださり、お声をおかけください。 
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  1. 2008/10/30(木) 21:35:58|
  2. 居合 業

頭が働く

 無雙神傳英信流の稽古でも渋川一流の稽古でも私が「できました」と言ったとたんに次から全く駄目になってしまう方が居られます。
 そのような方はたいてい頭を使って体を動かそうとされる方で、できた時には何も考えていない時なのにも関わらず、「できた」といわれたらすぐに今、自分がした動きを頭の中で理論立てて、「右手はこう、左手はこう、このタイミングでこうして・・・」などと頭で計算して動こうとされる方です。
 頭で考えて体を動かそうとしても動きそのものは瞬時であるために体はついてくるはずもありません。考えては駄目なのです。よく「感じる」と言いますが、感じることは動きをコントロールしようとしているのではなく、自分の動きの駄目なところを知るために感じるのであって、動きの最中に「感じながら正している」ということはできないものです。
 無双神伝英信流合兵法であれば座った時には既に業はきまっており、渋川一流柔術では対峙した時には技は既にきまっています。動かざる時の工夫をしなければなりません。


  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねくださり、お声をおかけください。 
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  1. 2008/10/31(金) 22:10:51|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

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