無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

難波一甫流に関するお話 5

(5)宇高家の女性と武道

 宇高是一師の妹「お春」は河内村の平岡家に嫁いでいました。まだ、この方が若いころ阿戸の実家に普請があり、そのお祝いにおはぎを届けるため日浦峠を越えたあたりを歩いていました。
 早春のまだ雪が残る頃のことで、道端に焚き火を囲む浮浪人の一団がありました。是一師の妹はこの一団をよけ、会釈をして通り過ぎようとしましたが、浮浪人の一人が声をかけました。
「肩にしている荷は何か。」
「これは実家に届けるためのおはぎでございます。」
「我等一同は朝食もとっておらぬ。我等にもお振る舞いくださらぬか。」
 言葉は丁寧ではあったが、腕ずくでも奪いかねない様子。
「全てを差し上げては実家に持参することができません。お一つずつでお許しくださいませ。」
 浮浪人達は、むしゃむしゃと、おはぎをほうばりましたが、中の一人が是一師の妹の手を無体にも急に掴もうとした。体をかわすと、なおも掴みかかろうとするので、逆を捕、灌木の繁みに投げ飛ばした。他の浮浪人達はその様子を見、焚き火の囲みを解き、次々に掴みかかろうとしたが逆に全て投げ倒されなす術がなかった。その後、是一師の妹は荷物を纏め静々と実家に向かったということです。
 この、是一師の妹「お春」は相当に難波一甫流を修行された方で、門弟の指導もされていたらしい。玄関の式台に足の指をかけて立ち、意治をかけ、「落としてみよ。」と言われ、弟子が力一杯押しても微動だにしなかったと伝えられています。


 8月7日頃までパソコンメールがつかえなくなります。メールはそれ以降に御願いいたします。


  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。  
  1. 2008/08/01(金) 21:51:30|
  2. 武道史

難波一甫流に関するお話 6

(6)宇高家に嫁いだ女性と武道

 宇高是一師の子息、諭吉氏に嫁いだのは「タキ」という女性でした。「タキ」は平良村(現廿日市市)の出身で、阿戸村から実家に帰るためには途中の河内村の叔母の家に一泊して二日がかりで歩いて行かねばならなかったといいます。宇高家に嫁がれたのは十八歳位のころで、嫁がれたときに武術の簡単な手ほどきを受けられたそうです。
 この方がある時、女の子を連れて峠を下っているとき、向こうから尺八を吹いて来る虚無僧がありました。この虚無僧がすれ違い様、突然「タキ」に掴みかかってきた。「タキ」は度胸をきめ、逆に虚無僧の胸ぐらを掴み喉元の急所を下にぐっと抉るようにした。すると虚無僧は真っ青になって、山を飛ぶように駆け降りていったという。
 この話は「タキ」氏が自分の体験談を直接、郷土史研究家 故野村先生に語られたものです。「武術の簡単な手ほどきを受け」られたと語られていますが、非常事態に即応できたと言うことは、現代の私達の目から見れば相当な稽古をされたのではないでしょうか。

 以上で宇高家と難波一甫流に関するお話はおしまいです。

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  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。  
  1. 2008/08/02(土) 21:54:16|
  2. 武道史

他地域の難波一甫流の話(1)

 他地域の難波一甫流の話です。広島市佐伯区の石内に石碑(明治35年建立)のある大下形次郎についてのお話です。

 大下形次郎は父親の甚八について修行し難波一甫流を教授していた。形次郎は優男で信義の厚い人物だったという。兄の尺吉は己斐町に道場を開いており、足が悪かったため指導には人力車で通った。己斐の道場には正面に摩利支天のえが掲げられていたという。
 形次郎は牛馬商であったが、あるとき比婆郡にある牛市に牛を求めに出かけた、この頃、値段の交渉は互いの袂に手をいれ指の数で行っていたが、どうしても牛を売ろうとする博労と値段の折り合いがつかない。この当時折り合いのつかない場合は中間の値段にしたというが、その博労はどうしても言い値で牛を売ろうとした。形次郎は商談を中止にしようとしたが、博労はついには仲間の博労をあつめ強引に牛を売りつけようとした。博労の一人が形次郎が優男と見ていきなり胸倉に掴みかかろうとしたが、形次郎が低い気合を掛けたかと思うと2メートルほどもとばされてしまった。それからは乱闘となったが、博労達がただ投げ飛ばされるばかりであった。
 市ではこのような時のため、草津から警備の為の見張り役を雇い入れていたが、その男が呼ばれると、その男は大下形次郎の前で深々と頭を下げ「先生お許しください。」と言った。形次郎の弟子であったのである。
 事情をよく聞いた博労たちは平謝りに謝って、仲直りの手打ちとなった。

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  1. 2008/08/03(日) 21:57:40|
  2. 武道史

他地域の難波一甫流の話(2)

 広島市佐伯区にある魚切というところに江戸時代難波一甫流の師匠がいた。この師匠の弟子に二人の若者がいたが日頃の稽古の成果を試そうと腕試しをしたくてうずうずしていた。しかし、難波一甫流は他流試合を禁じており、試合をしたことが師に知られると破門になってしまう。

 当時、どの地域の難波一甫流も他流試合を禁止していたようで、物外も(自分自身は難波一甫流を称していた)当時の武者修行日記をみると他流試合をしていない。

 ある日、二人の若者は他領であれば腕試しをしても師に分からないだろうと、本願寺詣でをすることにした。備前國吉井川にきた所、渡しの船頭がしきりに、船に乗れと勧めている。これを見た二人は好機と考えた。二人は何度も船頭に勧められたが、歩いて渡ると断っておき、ついにそれほど頼むのならと船に乗った。
 向こう岸について、乗客はそれぞれ船賃を船頭に渡しておりたが、二人はそのまま、おりてしまった。船頭が「船賃を。」と声をかけたが、「頼まれたので乗ってやったまで。」と嘯く。ついに喧嘩となり、二人はその船頭を川に投げ込み、また集まってきた船頭たちも川に投げ入れてしまった。
 二人は騒ぎが大きくならぬ内にと足早にその場を立ち去ったが、しばらく行くとこかげに一人の武士が腰掛けており声をかけてきた。「事の一部始終を見せてもらったが、腕を試そうと構えて不埒な振る舞いに及んではならない。お手前どもの腕で武芸のたしなみのある者に出会ったら、果たして無事でいることが出来るかどうか。生兵法は大怪我の元。以後慎むが良い。」と懇々と諭したという。
 二人は、そのとき初めて師の教えを思い出し、目が覚めたという。


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  1. 2008/08/04(月) 22:01:17|
  2. 武道史

他地域の難波一甫流の話(3)

 広島市佐伯区の八幡に高田利三郎という人がいた。難波一甫流を修行していた。若くしてアメリカに渡り財をなして帰郷した人である。
 アメリカの農園で雇われていた彼は、ある日、主人に町の銀行に言って大金を引き出してくるように言われた。馬に乗って出かけ、銀行からの帰り道、一人の強盗がそれを狙っていた。間が近く乱闘となったが、強盗の息の根を止めてしまった。
 新聞はジャップが白人を殺したと書き、大騒動になったが、真相がわかるや罵声は賞賛の声に変わったという。
 この方は後に広島の地元に帰り、学校に土地を寄付するなど、土地の名士になられたということです。

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  1. 2008/08/05(火) 22:02:48|
  2. 武道史

天通無類流 高森兼綱

 今日は難波一甫流ではなく天通無類流の高森兼綱という方のお話です。
 この流派は明治になって高森兼綱という方が渋川流をもとに作った流派であるということですが、家はなく伝書類が見つかりませんので定かなことがいえません。
 水口神社に奉納額が残り、刀や六尺棒、鎖鎌などを使った流派だろうということが推定され門人も多くあったようです。あるいは難波一甫流の出身とも言います。随分温和な方であったようにも伝えられています。
 ある日、市場に高森兼綱が柿を売りに出ていたときのこと、無理難題を吹きかけられ、また力づくで柿を買い叩かれようとしました。兼綱は持っていた杖を地面に突きたて、これを抜いてみよと言いました。ところが何人がかりで抜こうとしても突き刺さった杖は抜けず、さぞかし名のある方であろうということになり、柿は普通の値段で取引されたということです。
 このような、いわゆる力、(難波一甫流では意治をかけるといいますが)の話は難波一甫流には多く、また近くには渋川流も伝わっていたので両流を修行された方なのかもしれません。現在に伝わっていないのが非常に残念です。

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  1. 2008/08/06(水) 22:04:55|
  2. 武道史

江戸時代後期の広島の武術の状況

 柳河藩の大嶋流槍術師範加藤善衛門の弟子で槍の武者修行をした諫早藩の藤原左右一という武士が記した『大日本諸州遍歴日記』という書があります。当時は武者修行といっても防具着用での試合ですから、大怪我をするということもほとんどなかったらしく、夜は相手方から接待を受けています。
 この藤原左右一が広島を訪ねた時の印象を記していますが、槍術の稽古は広島では道場もなく屋外で行われていたようです。つまり、道場の建物が存在していないのです。雨が降り続いていたので広島ではあまり試合ができず、以下のような歌を残しています。
  「稽古所もないか城下は広嶋で また降る雨に安芸の国かな」

 また、広島を評して「家中の士風□□□□にて美麗を尽くす、国礼大いに零落して万民難渋に及び候由、武芸もまた繁昌というにあらず。  城下の繁花長崎にまさる。」
 広島県民としては情けないのですが事実であったのでしょう。現在も県立武道館はなくまた政令指定都市にも関わらず、広嶋市立武道館もありません。
 体育館に武道場が付属するだけです。今も昔も広島の為政者は民のことを考えず、古武術もさかんではなく、政治家は存在すら知りません。
 

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。  
  1. 2008/08/07(木) 22:08:48|
  2. 武道史

できていたのに

 昨日は無双神伝英信流抜刀兵法の稽古日でした。
 できていたのに、できなくなるということがあります。貫汪館では無双神伝英信流抜刀兵法も渋川一流柔術も自分の動きのより楽な方向にしたがって動いた結果、それが業になるよう稽古しています。
 したがって、たとえば、振り下ろした刀は床上何cmに止めるとか、刀の角度はとか、足の角度とかを細かく定めて型にはめて、その通りに動かそうということはしていません。 故に貫汪館では一度身についた業はしばらく稽古していなかったとしても衰えることはないのです。
 しかし、何故かできていたのにできない、どうも下手になったということがあります。このような事態はたいてい、心と体の焦りと歪から生じています。
 上達した時には心も体もより調和して楽に動けるようになったためであるのに、上達したということが頭に残り、何とかして「あの時のように振ろう、斬ろう。」とするばかりに形をおいかけ心と体の調和を乱してしまうために、焦れば焦るほどできなくなってしまっているのです。
 このような時には逆に心も体も楽にして、自分自身の心と体に動きを任せきって下さい頭が働き、ああでもないこうでもない、ああしよう、こうしようと思うことが動きを乱しているのですから。
 

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
 また、8月23日(土)、8月24日(日)は久留米市での終日の稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/08(金) 19:16:43|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

忘れる

 今日は澁川一流柔術の稽古日でした。
 子供達の稽古では小手先からの手順のみを追った動きは随分改善されてきたように感じました。しかし、初心者の子供の中には手順を追った、まるで幼稚園のお遊戯のように足の働きをおろそかにし、小手先から動き相手の手を抑えたりとったりしようとする子達が居ます。子供の指導をされる大人の方は、その点、重々気をつけていただき、体の中心からの働きができるよう根気よくご指導いただきたいと思います。形の手順を先に覚えさせる必要はありません。
 大人の稽古でも、いまだに子供と同じように手順を追った稽古をされる方がおられます。もう何度も申しあげているのですから手順を間違わないようにとか、足の位置はとか、手の高さはなどと考えて行う稽古は止めなければいけません。いつまでもそのようなことを続けていれば結局、柔術の稽古は鋳型にはまった死にものの動きを身につけることになってしまい、自由な働きは生まれてはきません。それどころか、絶対に上達できない体になってしまいます。
 手の位置、足の位置、腰の高さなどは結果としてそこにあるのであって、その位置を求めてそうしているものではありません。よくよく、工夫してください。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
 また、8月23日(土)、8月24日(日)は久留米市での終日の稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/09(土) 18:31:21|
  2. 柔術 総論

別物

 以前、高校生で無双神伝英信流の稽古に熱心に通ってくる男の子が居ました。就職で広島を離れ、稽古にはこれなくなりました。その男の子は中学高校とクラブ活動で熱心に剣道を稽古しており、居合の稽古にも熱心に来ていましたが、無双神伝英信流の居合はどうしても上達することが難しかったようです。
 理由は剣道の術技と居合の術技を混同していたことにあり、両者を別物と認識できなかったことにあります。世間には「剣居一体」などという言葉があり、いかにも現代剣道と、武術としての居合が一体のものであるかのように勘違いさせていますが、術技の面では絶対に一体ではありえないものです。「剣居一体」については次のように言われています。

 「剣居一体」と言われるように剣道と居合道は不可分の関係にある。
 剣道は抜互に抜き合わせて有効打突をめぐっての攻防の技を錬り、居合道では仮想した敵を一瞬
 のうちに抜き打ちして勝ちを制する技を錬る。
 精神面でも技術面でも剣道と居合道とは相互に補い合い、「車の両輪のごとき関係」にある。

 上記の文章ではあたかも技術面において相互に補完しあうかのような印象を与えますが、はたしてそうでしょうか。
 簡単に言えば、剣道の竹刀は「打つ」ものであり、刀は「斬る」ものです。打つと斬るとでは技法に大きな違いがあり、ましてや、かたや、ほとんど振りかぶらず跳び込んで使い、かたや振りかぶって、跳び込む事はまずなく用いるもの。当然のことながら手の内は大きく異なってきますし、下肢や上半身の用い方も大きく異なってきます。
 極論すれば、卓球の選手がテニスの練習に励み、テニスのラケットの握り方を一生懸命稽古して卓球の試合にテニスのラケットの持ち方で臨んで、よい成績がのこせるでしょうか。卓球には卓球の体の使いかたがあり、テニスにはテニスの体の使いかたがあります。同じように丸い玉を用い、ラケットをつかうとしてもその術技は異なっているのです。
 前述した高校生は、刀を使っても、どうしても竹刀の使いかたからは離れることができませんでした。同様に、もし剣道を専門にする人が、刀の用いかたで竹刀をもち、打つ際にいちいち振りかぶり、跳びこまずに歩み足を用いたとしたら、はたして現今のルールにおいて良い成績を残し、昇段することができるでしょうか。よく居合をすると剣道は下手になるといわれる原因は此処にあるように思います。
 剣道を専門にする人にとって居合は刀を知るということには役立つと思いますし、素抜き抜刀術(一人で行う形稽古)しか知らない居合を専門にする人にとって、剣道における対人動作の心の用いようは役に立つものである事は当然の事と思います。
 しかし、それは剣道を専門にする方が古流剣術を稽古すれば無理に居合の稽古をしなくとも身につくことですし(多くの古流剣術には居合の形も付属しています)、素抜き抜刀術(一人で行う形稽古)しか知らない居合を専門にする人は正式な居合の流派を学び対人関係のある(仮想的ではない)居合の形や付随する剣術技法、柔術技法、その他の稽古方法を学べば身につくことでもあります。
 少し余談が長くなりましたが、貫汪館にあっては現代剣道と居合を併習される方は現代剣道と無双神伝英信流抜刀兵法における術技は別物であると認識して、両方の上達を目指していただくよう御願いいたします。


  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/10(日) 20:01:07|
  2. 居合 総論

共通点

 昨日は現代剣道と無双神伝英信流抜刀兵法は術技の上では別物であると書きましたが、絶対に共通していなければならない事があります。
 それは心・体が常に自由自在でなければならないことです。言い換えれば絶対に居着くことがあってはならないということです。以前もお話したことがあると思いますが、日本武道学会が行われたときに、ある剣道の先生とお話した時の事です。
 その方には一般に行われている居合が、抜き付けたとき、斬撃した時、血振いしたときにぐっと筋肉が緊張した状態で刀と体を静止させる事に全く違和感をもたれていなかったのですが、「小手や面や胴を打ったときに、いちいち筋肉を緊張させて竹刀と体を止めていますか?」とお話すると、すぐにおわかりになられました。そんな事をしていたら相手に散々打ち込まれてしまいます。
 その方が、居合には違和感をもたれなかったのは「居合とはそんなもの」という先入観があったためだと思います。一般にはそういう居合が行われているのですから、「居合はそんなもの」という意識になるでしょうし、確かにそんな居合をしていたら現代剣道にとってマイナスにしかなりません。技術の混同を超えた絶対的なマイナスです。
 現代剣道も居合も対人関係の中での動きである以上、心と体が自由自在であるということは共通でなければならないことです。居合の形の中で抜付けや斬撃や血振いなどの動きの直後のように止まっているように見える動きも、止めているのでは武術になりません。止まるのであってとめるのではないのです。したがって心と体の居付きはそこにはありません。常に動ける状態にあります。また、そのような動きを稽古しなければ絶対に術とはなりえません。素人受けするような居合は居合ではないのです。
 これは渋川一流柔術にも共通していえることです。いつまでたっても形の手順を考えて、体をこうしてこう動かして、足の位置は、手の位置はなどと考えていたらそれは武術の稽古をしているのではありません。不自由に居着いてしまう体を養っているに過ぎません。
 


  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/11(月) 22:18:38|
  2. 居合 総論

墓参り

 渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生のお墓参りに行ってきました。先生が亡くなられてずいぶんたちますが、先生にはいまだに道場を見守っていただいているように感じています。
 先生は入門をお許しくださった後、「師弟といえば親子も同然。子に何かあれば親は命を捨ててでも助けるもの。」と師弟関係についてお話しくださいましたし、私も至りませんでしたが、先生を師として敬い、いささかも師弟関係を損なうようなことはしたことはないつもりでおります。
 先生に免許皆伝をいただき、先生の師範代として稽古し、さらに流派の代表として日本古武道協会や日本古武道振興会の演武会に参加しはじめてからは、欠かさず演武のビデオを手土産とともにお持ちし、ご指導を仰いでいましたが、先生はご体調がすぐれぬときにも丹念にビデオを観てくださり、ご指導下さっていました。
 最近は道場といってもカルチャーセンターに通うような簡単な気持ちで入門し、会費を払っているのだから、それ相応の技術を教えられるのは当然と思う方が多いというのが世の一般的な傾向ですが、貫汪館にあっては畝先生にお守りいただいているためか、礼を守られる方だけが稽古をしてくださっています。
 ところで、以前も記したかと思いますが、英国人のウェンディーは私が師範代をしているときに畝先生に入門、もともとイギリスでイギリスの柔術を長年稽古していたこともあって、滞在中に免許皆伝となり、英国に帰りました。現在は稽古していませんが、先日、英国にウェンディーを訪ねたときに、畝先生がウェンディーのために書かれた色紙がかけられていました。師を大事にする気持ちは日本人であろうと西洋人であろうと変わるものではないと思います。

          素心

 

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  1. 2008/08/12(火) 20:47:23|
  2. 柔術 総論

渡辺勘右衛門久周

 今日は母方の御墓がある広島市内の戒善寺へお参りに行きました。
 戒善寺は江戸時代から続く由緒ある浄土宗のお寺で、幸いに原爆で破壊されなかった古い御墓がいくつか残っています。その御墓の中に難波一甫流の指導をした渡辺勘右衛門久周の御墓があります。明治・大正の頃の記録を調べて墓石を訪ねてお寺に行っても、多くの武術家の墓が原爆で破壊され失われていますので、幸運にも残ったということができるでしょう。
 渡辺勘右衛門久周の記録は史書になく、始めどういう人物か全くわからなかったのですが、墓石には下部に「門人」と刻まれ、墓石の両側には門人の名であろうと思われる4名の名が刻まれた石灯篭が刻まれていましたので、文武いづれかの師であったのだろうと推定しているだけでした。
 しかし、たまたま、この人の名が記してある伝書を見つけ、この人が難波一甫流の師範であったということがわかりました。幕末から、明治にかけての伝書でしたが、内容は本流の難波一甫流のものとは大きく異なっていました。どの段階で改編されたものかは不明です。渡辺勘右衛門久周は難波一甫流の本流である矢野家の門人ですので、この方が授かった伝書は本流のものであったはずです。歴史に謎は残ります。
 余談ですが、この系統の改編された伝書を書き写し、それに本流に近い内容の伝書を伝えた有名な人物の系統の名を記して、共同で偽書を作成し、自分は難波一甫流の正統な後継者だと名のり、雑誌に掲載された人がいるのですから、世の中は油断なりません。
 偽造した伝書に書いた人名の系統に伝わる伝書を見たことがないために、武道史の研究をした者には簡単に見破られるような失敗したのでしょうが、世の中には偽造した権威に簡単に騙される方も多くおられます。むしろ偽物のほうがそれらしくふるまうのですから。騙される方が多くならないように祈るばかりです。
 

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/13(水) 21:32:48|
  2. 武道史

競技化

 今月末の日本武道学会第41回大会での発表のために現在発表資料の作成中ですが、関係する資料を読みかえしていて考えさせられることが多々あります。
 今年は柳河藩の大嶋流槍術師範の加藤善衛門の『旅弟子姓名録』について発表します。切羽詰っているのですが、良い発表資料にしようと思えば思うほど、あれもこれもと考えてしまい、結局、関連する資料ばかりを読み返しています。加藤家は終戦のさい朝鮮半島で家の古文書の全てを失われているのですから、加藤善衛門に関しては『旅弟子姓名録』が唯一の手がかりで、それ以上の発表内容はないのですが・・・。
 槍術は剣術と異なり、同じ槍といっても素槍、鎌槍、大身槍、管槍、鍵鑓と様々な種類の槍があるため、流派によって使いようもそれぞれに異なるのですが、幕末の槍術は防具着用の競技化が極端に進んできた結果、他流派間での試合が盛んになされるようになっています。防具着用の槍術の先進地であったと思われる大嶋流槍術師範の加藤善衛門にも他藩、他流派の者が数多く入門しているのです。つまり、未だ明らかではありませんが現在の剣道のように特定の試合用のルールが存在したと考えられます。
 戊辰戦争は火器が中心の戦いであったため、刀と異なり携行に不便な槍はあまり用いられなくなり明治以降においては極端に稽古する者が少なくなりました。もし、槍術が明治維新以降も盛んに稽古されていたとしたらどうなっていたでしょうか。剣術諸流派が明治維新以降時を経てやがて流派名をなのらず、流派の形を稽古しなくなり、ただ剣道となったように、流派存在の意義はあまりなくなり槍道と言われるようになった可能性があると思います。
 そのような歴史を見ても、居合の競技化は流派という個性を無くすものでしかないと思います。共通のルールがなければ競技などできないのですから。 

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  1. 2008/08/14(木) 21:39:58|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

不思議なもの

 新しく上田 祐定先生に打って頂いた刀は未だに拵の依頼に出せていませんが、暇を見つけては手にしています。
 今までのものよりも重い刀ですが、不思議なことに心を静かにすればするほど、体の力を抜けば抜くほど、刀と一体になれ、刀の重さは消えていきます。重さの消える速さは今使っている二尺八寸二分の刀の重さが消えたのよりもずっと早いような気がします。
 はじめて手にした時には使えるだろうかという気もしましたが、次第に自分のものになりつつあるようです。結局「我(が)が強ければ、何もなすことはできない」ということでしょう。
 渋川一流柔術の稽古で、棒を回す一人稽古をするときも決して振り回してやろうと思ってはいけません。棒の動きが自分の臍下を中心として働くように心掛けていれば自然に速さは生まれてきます。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
 また、8月23日(土)、8月24日(日)は久留米市での終日の稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/15(金) 18:47:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 先日、広島市内の戒善寺へ行った時のお話です。お盆の法要だったため、お互いに縁のない家族が十数家族一辺に集まって法要が行われました。
 その中でずっと騒いでいた子供達がいました。小さな子供達なので、騒ぎたくなる気持ちはわかります。問題は法事の最中に両親が一度も注意しなかったことです。父親はまだ精神的に子供のような人だったので、どうにもなりませんが、母親は年齢もありしっかりした人のように見えました。そして本堂を出るにも他人に挨拶を欠かさないような方でした。
 読経の最中にしかってはかえって迷惑が掛かると考えられたのでしょうか。しかって子供が静かになるならないは別として、やはり叱るときには叱らなければならないと思います。
 集団のなかで、如何に行動しなければならないかは小さなうちからしつけておかなければ、小学生くらいになれば集団の中で行動することができなくなってしまいます。このような躾を受けていない子供達が増えてきたことが一因となって、小学校や中学校で授業中にも関わらず、子供が話をしたり騒いだりして授業が成り立たない現状があるのだと思います。
 個性を無くせということではなく、その場にはその場に応じた行動をとるようにしつけなければならないということです。
 道場に稽古に来られる方には稀にですが、まったく集団の中での行動のとり方をわきまえず、どう動いていいのか聞こうともせず、兄弟子がどう動いているのかを見習おうともしない方がおられます。このような方は上達することもなく、すぐに去っていってしまうのですが・・・。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
 また、8月23日(土)、8月24日(日)は久留米市での終日の稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/15(金) 20:31:07|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

柔術

 『旧柳川藩史』という書に柳川藩の武術家の話がたくさん載っています。その中に田中茂兵衛という柔術家の話があります。
 田中茂兵衛は16歳の時、藩主の供廻りとなって江戸に行き、野崎善十郎の紋に入り、免許を得て柳川に帰り柔術師範となった人物です。この人の逸話に以下のようなものがあります。
 
 江戸にいた時、幕府の罪人が一旗亭の楼閣にあって抜刀し狼藉を働いたので幕吏は柳河藩(藩制時代は柳河と書きました)に応援を求めた。茂兵衛は脱刀して軽装となり雨傘をもって階を進み、罪人は刀を振りかざしてこれを待った。茂兵衛は上段に達しようとする時急に傘を開き身を隠し、罪人の刀が傘に達するさい、既に傘を潜って罪人を後から抱きこれを組み伏せた。

 山田郡長田村に悪漢があって領民を苦しめた。悪漢は腰に鎌を挟み、大きな鉄煙管をもって爐辺にいた。藩命を受けた茂兵衛はこれを捕らえる時に煙草の火を借りることに事寄せて近付き鎌を奪い外に投げ捨てた。悪漢は茂兵衛を脇にはさみ柱に頭を打ちつけようとしたが、頭が柱に当たる寸前に茂兵衛は柱を蹴利、悪漢が後方に倒れたところを組み伏せた。

 松原郷右衛門は槍術の達人であったが茂兵衛が柔術の短刀入りに妙を得たのを聞き試合を望んだ。茂兵衛は老齢故と断ったが、郷右衛門は聞かず、一本勝負となった。郷右衛門が長槍を振るい声をかけるや茂兵衛は既に飛び入って郷右衛門の胴を刺していた。茂兵衛がいつ入ってきたかはほとんどわからなかった郷右衛門はその敏速に感服した。


 江戸時代の柔術は基本的に武器に対応できなければ全く意味はありませんでした。相手が武器を持っているのが当たり前でしたから。ましてや相手が武士となれば、刀や槍さえも手にします。
 今は講道館柔道の影響や横文字のjyuujyutu の影響で、柔術といえば素手と素手で勝負するものという変な先入観が一般の人にまでありますが、本来の柔術とは上記のようなものです。貫汪館で柔術を専門に稽古される方は工夫を怠らないで下さい。
 

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
 また、8月23日(土)、8月24日(日)は久留米市での終日の稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 

 9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。
  1. 2008/08/16(土) 20:28:36|
  2. 柔術 総論

英国の武器

 先日、英国を訪れた際、スコットランドのエジンバラ城に行きました。古いお城で、実際にそこで戦闘も行われていますので、日本の城と異なり石造、レンガ造りの城の堅固さを感じました。
 お城の中に当時の、武器が展示してありましたが、槍や薙刀、剣など武器というものは洋の東西を問わずに同じようなものがあるのだということを感じました。
 貫心流の細家には如風流というオランダ人のハンソウムという人物から伝えられたという鎌槍の一国十人の免状がありましたが、オランダ人から伝えられたというものあながち嘘ではないかもしれません。西洋にも使えた人はいたのではないでしょうか。


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  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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 9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。
  1. 2008/08/17(日) 20:47:13|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

土佐の柔術家

 柳河藩の柔術家 田中茂兵衛が悪漢を取り押さえるのに煙草の火を借りるのに事寄せて近付き・・・というお話をしましたが、以前にも述べたかと思いますが、土佐にも同じような話があります。
 林六太夫は居合のほかに朝比奈丹左衛門から小栗流和(やわら)術の免許も授かっていたようで、林六太夫の小栗流の門人に免許を授かった楠瀬六右衛門があります。楠瀬には山中に鉄砲を持って篭った盗賊に、鳥刺の姿となって鳥の話をしながら近づき、煙草の火を借りる事に事寄せて盗賊から火縄を借りる刹那これを取り押さえたという逸話がります。
 記録で残っている限りは林六太夫は免許まではいっていないようですが、弟子を取りその弟子に免許を与えたということは、現在免許の記録を見出せないだけかもしれません。 

 柔術をするからといって決して正面から武器を持った敵と渡り合っているわけではないのです。重ね重ね述べますが、武術には生き長らえることができる術がなければ、その価値はありません。道場の稽古以外での工夫が大切です。
 

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/18(月) 21:17:25|
  2. 武道史

濃州堂

 岐阜県関市の濃州堂へ行ってきました。今回は私の刀の拵えの作成の御願いと、門人の居合刀の作成の御願いをしました。
 いつもの事ながら、貧乏ですので、どうやって交通費を抑えようかとと考えた結果、ZRX1200Sで一般道をひた走るに越したことはないのですが、今回は刀があり(それも同じような拵を作っていただくために今使っている刀をサンプルにするので2振)、どこかにぶつけていためるわけにも行かないので、車で行くことにしました。
 できるだけ一般道を通って高速道路料金の支出を抑えるため前日の夜11時に出発、廿日市から国道2号線を姫路までひた走り、姫路東から午前4時前の深夜料金の時間帯に高速道路に乗って米原まで走り、そこから一般道を通り、関市へ。帰りは午後2時半ころ、出発。関市から一般道を滋賀県の大津まで走り、そこから高速道路にのり広島の五日市でおりて廿日市へ帰りついたのは午前1時前でした。
 高速道路の料金は行きが約3,000円帰りが約5,000円の合計約8,000円。
 ガソリン代も節約を考えました。普段は1リットルあたり約9kmしか走らず、遠出をしても12kmが限界でしたが、これを何とか伸ばすため、エアコンのスイッチをこまめに、オンオフ、信号で止まっても加速はゆっくり、走っている時もなるべくアクセルは一定にして、高速道路でも時速100km以上は出さない。こうすると、1リットルあたり14kmも走ることができました。往復でガソリン代の使用は約15,000円程度です。
 しかし、できるだけ安くついたかわりに、疲労は大きく精魂疲れ果てたという感じになってしまいました。江戸時代でしたら城下には必ず刀屋さんがあり、微細な注文をするのも簡単だったのでしょうけれど。次回までにはもう少し燃費の良いZRX1200SにETCの車載器をつけ(バイク用はまだまだ高く3万円を超えるのです)、安全に刀を運ぶことができる方法を考えなければなりません。

 濃州堂ではまず、門人の刀を注文し、それから私の刀の拵えの御願いをしましたが、最初、社長の妹さんが対応してくださり、細かな内容を伝えました。午後には社長が帰ってこられており、サンプルとして持っていった刀の柄や鞘などの寸法を細かに計測していただきお願いする内容が確定しました。
 濃州堂ではいつも親切、丁寧に対応していただき、いい拵を作っていただきます。同じ刀身でも拵が異なると随分と動きが変わららざるを得なくなってしまいます(外見ではわからないかもしれませんが)。体に大きな違和感を覚えてしまうのです。その点、濃州堂さんには居合刀も真剣の拵も私達に最適なものを作って頂いています。感謝致しております。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/19(火) 20:52:34|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一分之稽古執行

 月末の日本武道学会での発表資料の作成にいよいよ切羽詰ってきました。
 内容は大筋つかめるものの、細部が読めない古文書を広島県立文書館の西村先生に読んでいただきました。西村先生には広島の武道史の研究を始めた頃からお世話になっています。
 なるほどと思った文章の一部がタイトルです。「個人の稽古修行」という意味になるでしょう。
 長州藩主と柳河藩主の往復書簡の写しが柳川古文書館に残っており、その内容は、長州藩主が柳河藩から槍術・剣術に巧みな者を萩へ差し遣わして欲しいという依頼に対して、柳河藩主が表向きは難しいが個人が萩へ修行に出かけたということであれば可能であるとして返答した書簡の中の一文です。
 長州は柳川と婚姻関係があったということですが、大石神影流の大石進に入門して学ぶ長州藩士が多く、また大嶋流槍術の加藤善衛門に入門して学ぶ長州藩士も多くいました。優秀なものは進んで取り入れるという気風が優秀な人物を輩出した理由の一つかもしれません。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/20(水) 22:13:47|
  2. 武道史

基本

 無双神伝英信流抜刀兵法において「基本ができる」とは形が要求する手順を間違えずに行えることではありません。
 大森流の形や英信流、太刀打などの形の手順を全く間違えずに行えたとしても、心も体も臍下に静まらず、抜きつけても斬撃しても臍から上で行い、肩は体から遊離し、呼吸も臍下では行えない。これではいくら外側がよかろうと、自由に動くことなどはるか先にしかありません。形は手段であって目的ではなく、いくら形を見事に行おうが自由に動けるということはないのです。
 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古では形・外見は結果であって、求めるものではないということを肝に銘じて稽古せねば何年、何十年稽古しようと上達はありません。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/21(木) 21:49:03|
  2. 居合 総論

自覚できぬもの

 くり返し述べるようですが、初心者の方にはなかなか自分の正しい動きというものは自覚できるものではありません。
 なぜならば貫汪館の武術の動きは無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でも体の末端を動かして、それで良しという動きはないからです。体の中心部を動かした結果、肩や腕が動くのであって腕を動かせて刀を振るとか、腕を働かせて相手を抑えるという動きはないのです。私が稽古を始めた頃なら、もし、そのような動きをしていたら「手癖が悪い。」と手をピシリと叩かれて指導を受けていたものです。
 体の中心が働くことによって、自然に自ずから肩や腕や手はそこにあるのですから、意図的にそこに持ってきたのとは異なり、自分自身の動きであっても自覚するのは難しいものなのです。自覚できないからと言って小手先の技をつかっていては、上達することはありません。
 初心者の方の動きの良し悪しを判断するために指導者がいます。自覚できない動きを求めているのですから、私見をはさまず指導者の言うことに素直に稽古して、基本となる動きを身につけていただきたいと思います。


  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/22(金) 22:45:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

広島の剣術流派7

信抜流
 流祖は新陰流祖の上泉伊勢守の門人ともとも伝えられる奥山左衛門大夫忠信で、奥山左衛門は心貫流と称した。心貫流の稽古方法については『撃剣叢談』に「二派有り、一には紙に張りたる笊をかつぎ、敵にほしいままに頭上を打たせて、向の太刀の来る筋の遠近を見覚ゆる也、此方は短きしなへを以て進み出る計にてわざをなさず、眼明らかに成りて、後勝負太刀を授ると云、今一派は背に円座を負て同く短刀を提て身を屈め背をうたせてすすみよる也、勝負は手元に入りて勝事を専らとすると見へたり、今長州清末に三輪要次といふ信抜流の師有、其ならはす如何と云事を不知、」3)とあり特異な稽古方法を持っていた事がわかる。
心貫流は前述したように永山大学によって広島藩にもたらされ、心貫流から信抜流へと改称された。永山大学は寛永13年豊後竹田に生まれ、益永軍兵衛に学んだ。後、脱藩し廣十日市で浅野甲斐守忠真に召抱えられ、三原浅野氏の援助も受けた。門人千人に及び隠居して海田に土地を得た。永山大学の墓(写真8)は安芸郡海田町石原にあり墓石の右側には「元禄五年九月廿七日」と刻まれている。またその後には信抜流の後学によって建てられた石柱があり、前面に「南無阿弥陀仏」、裏面に「三原三山源五資範并同門人芸備諸士謹建」、右側面に「永山大学入道信楽先生百回忌」、左側面に「寛文三年辛亥九月二十七日」と刻まれている。
廣島藩では江戸時代後期から幕末にかけて、山瀬源太の弟子である原道郷、道郷の子である原毅平と高名であった。原道郷は常に門人に「剣に剣なし、体を以って剣となす。体に体なし、神を以って体となす。」と教えたという。原道郷の石碑(写真9)は廣島山瑞川霊園に原道郷・毅平の墓は西向寺にある。幕末には信抜流も防具着用の他流試合をしているので心貫流の特異な稽古方法はとっていなかったと考えられる。
(『尚古』第二年 第八号p17/『広島県史 近世2』p1177/『新修広島市史 第4巻 文化風俗史編』p287/『安藝備後両國偉人傅 全』p302/『元凱十著』p60~63/『藝備碑文集』上巻p134,135)

 広島では貫心流についで防具着用の他流試合を始めた信抜流ですが、残念ながら現存しません。佐分利流に付属して信抜流の居合が残るのみです。原家は訪ねあてたのですが、実技の継承はないことは勿論、古文書も原爆で全て失われてしまったとの事でした。残念ですが如何ともしようがありません。



  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。
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  1. 2008/08/23(土) 21:59:44|
  2. 武道史

由布源五兵衛

 柳川藩の大嶋流槍術師範 加藤善衛門は剣術、火術、水泳術の師範を兼ねていましたが、水泳は由布源五兵衛とともに熊本の三東弥源太に習ったということです。
 この由布源五兵衛は加藤清正の人となりを愛し、月に一度往復32里の道のりを一日の内に歩いたということですが、源五兵衛が人に語って言うには肥後に水練を学んだ時、その日に行って数時間水泳を稽古し、又その日に帰ってきた。このように稽古をして一日に32里の道を往復するには扇子を広げて胸にあて、落ちないだけの速度を維持するのであると。
 単純に計算して120kmの道のりを一日の内に歩き、数時間水泳の稽古をする事は並大抵のことではありません。それゆえに記録にも残ったのでしょうが。
 

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。  

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  1. 2008/08/24(日) 20:38:28|
  2. 武道史

久留米稽古会

 8月23日(土)、24日(日)と久留米で無双神伝英信流抜刀兵法の指導をしてきました。また前日には久留米で古文書の調査を行い、ある程度の成果を得ることができました。
 久留米での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は23日は一ヶ月ぶりの指導でしたので、若干の手直しを行い、24日は形の稽古と渋川一流柔術柔術の経験をして頂きました。
 新しく稽古を始められた方は、兄弟子達の指導と本人の努力で、大変素直に稽古を重ねておられましたので、私が直接指導するのは今回が2回目にもかかわらず、一ヶ月の間に無双神伝英信流抜刀兵法の動きが身についており、日曜日には「初発刀」「左刀」「右刀」「当刀」までを指導することができました。私は中身が出来ていない方に先先を教えることは絶対にしませんので、本当によく努力されたものだと思います。今後も素直に我意をはさまず稽古を積まれ上達していただきたいと思っています。
 上達の妨げになるものは、ある程度できるようになた時に、教えから逸脱して私見を交えてしまうことですので、素直さがもっとも大切です。初心の段階で「先生はこう言われたけれども、この方が良いように思う。」という私見を加えて稽古してしまうと、始めは少し道をそれただけのものが、そのまま進み続けると、もとの道には戻ってこれないことになってしまいます。心してください。
 師範代代理は事前に「崩れているので、先生はガッカリされると思います。」と話していましたが、少しの手直しですぐに元に戻りました。もともと基礎は十分に身についていて(無理無駄が無いこと)、崩れようは無いのですが(自然で楽な動きをしているのですから)、自分で余分な動きをして崩してしまっていただけでした。余分な物を取り去ってしまえば、もとの自然な動きに戻ります。それどころか、すぐに上達するのですから不思議なものです。一ヶ月ぶりに奥居合や太刀打の稽古もしましたが、その形の稽古をしていなくても確実に上達しています。ある程度のレベルまで行けば、他の形の稽古が稽古していない形のレベルを上げますし、日常生活が道場での動きの質の向上の基礎にもなっています。
 次回は9月の27日、28日に指導に参りますが、それまで、素直に無理無駄なく稽古を重ねていただきたいと思います。 



 9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。9月は3,10、24日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。 
 また、9月27日(土)6時から9時まで、28日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/25(月) 21:02:25|
  2. 居合 総論

津田一左衛門

 先日久留米に指導に行った折に、武道史の調査も幾分か行いまいた。主に妙見自得流、加藤田新陰流、津田一伝流の伝書を見ましたが、墓石の調査も行いました。
 写真のお墓は津田一左衛門のお墓です。

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 津田一左衛門は代々津田家で受け継がれていた浅山一伝流を父より受け継ぎ、さらに京、江戸で修行し、久留米藩主の命により、不要な古い物を捨て、新しい内容を取り入れ、従来の袋撓をこみ竹刀(現在の竹刀)に改め、浅山一伝流から津田一伝流を開きました。他の藩から学びにくるものが常に7,80人いたということです。
 久留米藩と姻戚関係にあった津和野には自ら指導に赴き、津和野藩の剣術を一変させ、また、日向高鍋藩には門弟を送ったとされています。
 明治5年、武道廃止に際して、伝書一切を焼き捨て自刃しましたが、流派は昭和にまで続いていました。現在継承される方がおられるかどうかはわかりません。広島の大竹にも久留米からこられた小城先生がおられたのですが、免許を授けられた方はおられないようです。

 日本武道学会第41回大会が8月29日(金)・30日(土)と慶應義塾大学日吉キャンパスで開催されます。私の発表は29日(金)人文・社会科学系会場で11:30からです。演題は「大嶋流槍術師範 加藤善衛門 『旅弟子姓名録』についての考察」です。

 9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜間の稽古です。9月は3,10、24日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。 
 また、9月27日(土)6時から9時まで、28日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/26(火) 20:30:58|
  2. 武道史

中心の自覚

 本日は居合の稽古日でしたが、動きの悪い方に共通して言えるのは自分の体の中心がどこにあるのか理解できていないことです。
 したがって、動きの調和というものは理解できるはずもなく、刀は腕で振り、下半身は使えません。所謂小手先の業になってしまいます。
 居合の稽古は座ることに始まります。体に無理無駄が無く。天地を感じることができれば自ずと中心は自覚でき臍下も自覚できるはずです。ただし、自分で作り出した無理無駄の無さは体の「へたり」を生み出すだけですので、絶対に自分で作ってはいけません。座姿勢の定まりは座る過程できまってしまいます。そこをおろそかにしては座ることはできません。細部は道場で常々説明していますので、もう一度思い出してください。
 次に座れたら、呼吸が正しければ中心、臍下は自覚できるはずですので、動いても絶対にその感覚を失わないように稽古してください。わからなくなってしまう方は、自分で動こうとする心の「我」が強いためですので、自分の心をよく観て下さい。「無念無想無我無欲」
 中心、臍下が自覚できていれば、結果としてそうなるのであって、そうしているのではない事を知るでしょう。

 日本武道学会第41回大会が8月29日(金)・30日(土)と慶應義塾大学日吉キャンパスで開催されます。私の発表は29日(金)人文・社会科学系会場で11:30からです。演題は「大嶋流槍術師範 加藤善衛門 『旅弟子姓名録』についての考察」です。

 9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜間の稽古です。9月は3,10、24日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。 
 また、9月27日(土)6時から9時まで、28日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/27(水) 21:12:50|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

頑固

 自分では一生懸命稽古しているのに、「良し」と言われない。自分では人に負けないくらい熱心に稽古しているつもりなのに上達したとは言われない。このような経験をもたれる方もおられると思います。
 理由は簡単なのです。一生懸命に稽古していても、間違ったことを一生懸命にしている。稽古量が多くても間違ったことの蓄積をしている。簡単に言えばそうなります。
 その原因は自分自身の中にある頑固さです。自分で自分を上達させないようにしているのです。道場では私や指導をして頂いている方が、間違ったことを稽古していれば必ず注意をしてもとの道に戻そうとします。しかし、なかなか上達しようとしない人は必ずと言っていいほど、その注意、指導に素直に従えずもとの動きを繰り返してしまいます。
 「自分で考え付いた上達の方法論、自分で見つけた動き。せっかく正しいと確信したことをしているのだからそれほど間違っているはずはない。少しだけ修正すればいいのだろう。」
 一度築き上げたものを全て壊してゼロから始めるのは怖いことかもしれません。一年も二年も間違ったことを繰り返して身につけたものですから、全て壊してしまうのは勇気が入ることかもしれません。しかし、いつまでも頑固に間違いに安住していては絶対に進歩することはないのです。
 素直さこそが上達への近道です。

 日本武道学会第41回大会が8月29日(金)・30日(土)と慶應義塾大学日吉キャンパスで開催されます。私の発表は29日(金)人文・社会科学系会場で11:30からです。演題は「大嶋流槍術師範 加藤善衛門 『旅弟子姓名録』についての考察」です。


 9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

  福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜日の夜間の稽古です。9月は3,10、24日の各水曜日、荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。 
 また、9月27日(土)6時から9時まで、28日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/28(木) 21:10:09|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

渡部幸嗣

 先日、明治の久留米の武術の廃止に当たって明治5年に自刃した津田一伝流の津田一左衛門について記しましたが、柳川藩の景流の居合と家川念流の師範であった渡部幸嗣は自刃はしませんでしたが、明治5年、帯刀禁止の近いことを感じ、門人百数十人と藩祖梅岳宮において居合表試合を演じその門人の姓名を額にし、一太刀を奉納して宴を堂下に催し、武士の職を返上したということです。時に70歳、語らずして涙流れたといいます。
 剣術は明治維新まで廃止されませんでしたが、幕末は各藩とも銃砲での戦いを中心に考えていたため、弓術、槍術などの教授は早々と取りやめになっています。また当然の事ですが、旧来の火縄を用いる砲術師範も早々と廃止になりました。それらを伝えていた師範の心情はいかばかりだったでしょうか。
 渡部幸嗣は常に門人に「天下泰平になれ真剣の用法を知らず、汝ら剣術たるを記憶してみだりに竹術となすことなかれ。」と語ったといいます。又、防具着用の試合稽古においても筈道(はみち:刃筋)に合わなければ勝ちとしなかったといいます。当時から防具着用の剣道においては刀では行うことができないような試合用の技を行うことがあり、それを戒めたものと思います。
 柳川藩では武が重んじられ文が軽んじられたような傾向がありますが、渡部幸嗣は晩年居合之稽古をつけた後には安東裁庵を招き門人とともに四書の講義を聴いていました。

9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

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 また、9月27日(土)6時から9時まで、28日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 
  1. 2008/08/29(金) 20:59:11|
  2. 武道史

広島の剣術流派 8

 下に述べる流派は一体どういう流派であったのか、伝書も存在しておらず見当も着きません。ただ、相刀流は農兵関係の資料に幕末農村地帯で行われていた形跡がありますので、明治維新頃までは残っていたものと思います。

相刀流
 弓術家の村井貞馬貞敏が、弓術の傍ら相刀流の剣術を善くしたとある。貞馬は、文政十三年(1830)に没している。墓は禅昌寺にあったと言うが現在は墓石なく、無縁となっている。
(『広島県史 近世2』p1182/『安藝備後両國偉人傅 全』p308/『増補大改訂 武芸流派大事典』p506/『藝備碑文集』上巻p129)

大平真鏡流
 流祖は享保頃の若菜真鏡斎主計で幼名を三郎次豊重といった。野州の小林右門に柳生流を学び、大平山で開悟したという。
 廣島藩には若菜主計より印可を得た浮組御先手足軽 長岡唯衛門がいた。
(『広島県史 近世2』p1178/『増補大改訂 武芸流派大事典』p396)

大平流
前述の大平真鏡流とは異なる。弘化二年(1845)に大平家に生を受けた手島謙造がいた。父は大平澤平といい、剣術に高名であったらしい。大平家は剣術を指南していたというから家伝の剣術であろうか。
(『安藝備後両國偉人傅 全』p310/『藝藩輯要 附藩士家系名鑑』藩史家系録p95,96)


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  1. 2008/08/30(土) 21:55:06|
  2. 武道史

日本武道学会第41回大会

 日本武道学会第41回大会が8月29日、30日と慶応義塾大学日吉キャンパスで開かれ、出席してきました。
 今回の私の発表は「大嶋流槍術師範 加藤善右衛門 『旅弟子姓名録』についての考察』と題して柳河藩の槍術師範 加藤善右衛門の門人がどの範囲に広がり、どういう人たちであったのかについてわかった事を発表いたしました。
 今回の大会でも、いつもお世話になっている明治大学の長尾進先生や南山大学の榎本鐘司先生に貴重なご意見を頂き、また、先生方の大学の研究紀要に発表された論文の抜刷をい頂きました。また、福島大学の中村民雄先生には、今回の発表の為の貴重な資料を頂きさらに、発表の時の座長をしていただきました。先生方には本当に感謝致しております。
 今回の大会での発表で特に印象に残ったのは工学院大学の数馬広二先生の「外他流の関東伝播に関する一研究~御子神氏を中心として~」で伊藤一刀斎直筆の門人に授けた伝書を研究され、発表されました。八天狗を初祖として次に外他道宗そして外他一刀斎景久または伊藤一刀斎影久となっており、興味深いものでした。
 外他道宗は古藤田伝書には鐘巻外他通宗となっているということですので、鐘巻自斎と考えられるということで外他は鐘巻自斎の師 冨田治部左衛門景政に通じるとされていましたが、何故富田流ではなく当て字の様な外他流なのか、何故冨田治部左衛門景政ではなく八天狗なのか、興味があるところです。

9月21日(日)に貫汪館居合道講習会を実施いたします。今回の講習会のテーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページを御覧下さい。公開して行う講習会ですので、流派、団体を問わずどなたでもご参加ください。 

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 また、9月27日(土)6時から9時まで、28日(日)は終日、久留米市での指導稽古会を行います。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の稽古のページ に記してある連絡先へご連絡ください
 

  1. 2008/08/31(日) 22:37:51|
  2. 武道史

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