無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

劇団夢現舎講習会感想文 1

 6月21日(土)に行った劇団夢現舎での講習会についての俳優の皆さんの感想文が届きましたので、今日からご紹介いたします。劇団夢現舎の方は様々なことを経験、体得されているので感覚が研ぎ澄まされており、一回の稽古で多くのことを吸収されます。感想文から自分の稽古の糧を得ていただきたいと思います。
 なお、劇団夢現舎は7月31日から8月25日までの間、英国のエジンバラで公演されます。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。

 先日はお忙しい中、私達の為にご指導下さり有り難うございました。
 毎回楽しみにしています森本先生の居合いの稽古、今回も学ぶ事があり発見がありました。一番強く感じさせられた事、それは「探求し続ける事、新しくなり続ける事」です。稽古の最初、座って刀を自分の前に立てた時の「スーッと刀と共に下に落ちる感覚を感じて下さい」と仰った事についても、一応感じてはいるけれどもこれだけでも究めればキリがないものだと思いました。
 稽古中思いましたが数ヶ月前の居合いの稽古の時とは自分の体が別物になったのではないかという事です。上手くなったとは到底言えませんが、何か自然に動ける様になったというか先生に言われる事がすんなりと自分の体に沁みこんでいく様な感じがしました。しかし、まだまだ余計な力が入っていますし手先だけでやろうとしてしまいます。
本当にこの先、探求すべき事は山ほどあるなと思いました。
 毎度つくづく思うのが、芝居も全く同じではないかという事。
出来ているつもりが出来ていない。出来ていないと思ったら実は出来ている。
「きれいはきたないきたないはきれい」と『マクベス』で記したシェイクスピアも、もしかしたら俳優達にこの言葉を言ったのではないかと想像をふくらませたりもしてしまいました。
 僕は若い時からこの様な森本先生の稽古をさせて頂いて本当に有難く思っています。また、いつかご指導頂きたいと思います。有り難うございました。 



貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。
  1. 2008/07/01(火) 19:25:17|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

劇団夢現舎講習会感想文 2

 劇団夢現舎の俳優の方の講習会の感想文の二通目です。よくよく参考にして下さい。
 劇団夢現舎は7月31日から8月25日までの間、英国のエジンバラで公演されます。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。

 お忙しい中、そして非常に遠い中、本当に有り難うございました。
 今回稽古を付けて頂いて、強く感じた事はやろうやろうとしては行けないという事、そして頭で考えては体が付いてこないという事です。
 抜刀の際、刀を感じて刀の思うほうに動かせば刀は勝手に抜けて行くのですが、やろうやろうとしてしまうと力が入ってしまい、体が思うように行きません。そしてまたそれを出来なかったとその場で考えてしまうと体と心がバラバラになってしまうので全くおかしな事になってしまいます。
 全く芝居も同じで頭で考えてしまうと、うまくいかない。その場で反省するとそこで集中が切れてしまい何も出来なくなってしまう。相手の呼吸を感じずに自分だけで芝居をしてしまうと何も生まれてこない。無理のある独りよがりなつまらないものになってしまう。  
 芝居だけでなく物事を作り出す、人に感動を与える、何かを究めるという事は自分の一人よがりな感情では無理だ。相手の呼吸を感じられない人には何も生まれてこないのだと思いました。
非常に実のある時間を有り難うございました。これからもどうぞ宜しくお願いします。 


・・・稽古雑感・・・
 今日は無双神伝英信流抜刀兵法の稽古日でした。稽古を見ていて感じたのですが、まだ、まだ、形にとらわれています。動きが止まるところ、たとえば抜付けの終点、斬撃の終点、血振いの終点等に無駄な力がこもっているのです。こもっていると言うよりも込めているといったほうが良いのかもしれません。
 始まりと終わりは同じでなければなりません。終わりは又始まりであるのです。そうでなければ体も心も居着き動くたびに隙だらけになってしまいます。始めに無理無駄がなければ終わりもまた、無理無駄があってはなりません。終点においても筋肉の緊張はないのです。

  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。
  1. 2008/07/02(水) 21:54:18|
  2. 居合 総論

劇団夢現舎講習会感想文 3

 劇団夢現舎の俳優の方の講習会の感想文の三通目です。よくよく参考にして下さい。
 劇団夢現舎は7月31日から8月25日までの間、英国のエジンバラで公演されます。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。

 基本のおさらい。
何回か教えていただいている中で、改めて確認をすると、新しい発見がいくつもある。
特に、今日は基礎の部分で発見があった。
芝居にも、日常にもつながる、「考えない、動こうとしない」ということ。
何かしようとして躍起になると、凝り固まってしまうのは、刀を持つと如実に表れる。
何も考えず、降ってきたタイミングで動くと、今まで出来なかったことが出来ている自分に気付く。
考えて動いた瞬間に先生の声がかかる。
空っぽにすると言うことが如何に大事で、尚且つ難しいことか、今後、舞台に立つ上で忘れないようにしようと思う。 


 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の会報のページに貫汪館会報第57号を載せました。御覧下さい。 


・・・観取り稽古・・・
 今日も昨日に続き、無双神伝英信流抜刀兵法の稽古日でした。
初心者の方には「観る」という言葉の意味を良く考えていただきたいと思います。
観取り稽古は指導者の動きをただ漠然と見るのではなく、その奥にあるものを観なければ時間の無駄になってしまいます。
 自分の色眼鏡で見て、自分では真似をしているつもり・・・では稽古になりません。指導者と自分の動きのどこが異なっているのか、なぜそうなっているのかという本質を掴まなければならないのです。
当然、観ただけでものになるわけではありません。観たけれども、わかったけれども出来ないのが当たり前で、出来ないからこそ稽古があるのです。
 まず、観ることによって違いを掴んでください。



  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。
  1. 2008/07/03(木) 22:09:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

劇団夢現舎講習会感想文 4

 劇団夢現舎の俳優の方の講習会の感想文の四通目です。よくよく参考にして下さい。
 劇団夢現舎は7月31日から8月25日までの間、英国のエジンバラで公演されます。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。


 先日は稽古を付けていただきましてありがとうございました。
今回の稽古では、力を抜く事の大切さを改めて実感する事が出来ました。
刀を抜こうとするのではなく、力を抜くと刀が抜ける。これは芝居にも通じる事だと思いました。そして、それの難しさを改めて感じる事が出来ました。
 力を抜けば抜くほど、身体は自由になり、細部まで意識が行き渡り、さらに思考も自由になると感じました。逆に力が入るほど身体はとらわれ、あらゆる事に対応できる状態でなくなってしまいます。それは、後半の二人でする稽古で強く感じました。
 相手が居ればそこに心がとらわれ、力が入り、身体も思考も自由でなくなり、あらゆる事に対応する事ができなくなります。一人で稽古する時、相手を想像して稽古する事がいかに大切かを思い知りました。これは芝居でも同じく、常に相手を想定して、どうすれば自由でいられるか、を考えて稽古する事の大切さを改めて知る事ができました。
 相手の気を受けて、後頭部から背中、そして尾骶骨を通して丹田から相手に返す。この流れを感じ実践する事の難しさと大切さを感じました。僕は芝居でも普段の生活においても、人と対峙する際にどこかで緊張し不自由になっているので、日常から少しづつ意識して力を抜く訓練をして行こうと思いました。
 相手を受け入れる事、その上で力を抜いて自由である事。次に森本先生の稽古を受けるまでに更に力が抜けていられるように日々稽古に励んで行こうと思います。
 この度は本当にありがとうございました。


 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の会報のページに貫汪館会報第57号を載せました。御覧下さい。


・・・無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の皆さんへ・・・
 月に一度は私自身が指導に久留米まで出向いていますが、毎週水曜日は、私に習ったことを各自稽古して頂いていると思います。
 一人稽古に近い状態ですが、大切なことは決して焦らないことです。焦ってしまい、ああでもない、こうでもないと考え始めてしまうと、次から次へと考えた動きの悪循環に陥ってしまい、もがけばもがくほど抜け出せなくなってしまいます。
 そういうときは、頭を空にして、楽になって始めて習ったときのように白紙になってみてください。

  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。
  1. 2008/07/04(金) 22:01:11|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

劇団夢現舎講習会感想文 5

 劇団夢現舎の俳優の方の講習会の感想文の五通目です。よくよく参考にして下さい。
 劇団夢現舎は7月31日から8月25日までの間、英国のエジンバラで公演されます。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。


”考えない”
という言葉を最初に先生にかけていただいたとき、とても衝撃的でした。
 私は常にああしなきゃこうしなきゃ、あそこを意識して・・・抜けないように・・・と、頭で考えてしまうので、先生に「終わってからああした方がよかったな」と考え、もう一度やればよい。と言って頂いたのがとても新鮮で、とても気持ちが楽になり最初に言って頂いてから、ずっと頭において意識して稽古を受けました。それでも、どうしても考えてしまっていましたが、少し意識するだけでも体の動きや捉え方が今までと違うものになったので、これから少しずつ意識してやって行きたいと思っています。

 また、「はい」という合図の言葉を受けた後動き出すとき、相手が動き出すからそれを受けて、背中とおしりを通して動きだす。ということがとても印象的で、今回は特に最後まで忘れず意識しようとしました。芝居でもそうですが、自分勝手に動くのではなく、相手がいるからこそ。ということを忘れずにいきたいです。

 また、楽になるようにすればいい。という、なんとも単純な言葉は今後も身にしみこませていきたいです。
 芝居の稽古や楽器の練習もそうですが、つい辛くなければだめだ。などと考えて、私は特に無我夢中にやりがちなのですが、何事も楽になるように考えて行ったほうがよい結果が出るのではないか。と、先生のお話を聞いていてとても思いました。力を抜いて、少しずつ一つのことにとらわれず、いろいろな方向性から稽古を重ねて行きたいと思います。

 次回稽古していただく機会を、とても楽しみにしています。どうもありがとうございました。


 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の会報のページに貫汪館会報第57号を載せました。御覧下さい。


・・・稽古に泣く・・
 出来なくて当たり前、出来ないからといって出来たように見せかけだけを作ったところで、それは武術ではありません。何かあった時に簡単に命を落とすのは自分ですから。
 求められることを、しようとするのだけれども、できない。だからやりたいようにやる・・・のではなく、出来ないという現実を目の前に置き、何度も何度も繰り返しても出来ない。出来ないからこそ上達はあります。稽古に泣くのは当たり前のことなのです。初めからできる人などそうそういるものではありません。
皆泣いて上達してきたのです。

  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。
  1. 2008/07/05(土) 21:22:39|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

劇団夢現舎講習会感想文 6

 劇団夢現舎の俳優の方の講習会の感想文の6通目です。今日で最後になります。よくよく参考にして下さい。
 劇団夢現舎は7月31日から8月25日までの間、英国のエジンバラで公演されます。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。


 先日は私達の為に上京頂き、貴重な稽古をつけて下さり誠に有り難うございます。今回はいつも以上にいろいろなものが降ってきて、上手く言葉に出来ず未だ整理できていません。というよりも、回を重ねるごとに自分に必要な感覚が見えてくるのですが、その分言葉にならなくなってきます。頭で理解しようとした瞬間、その感覚が風化してゆくような気がします。かといって、そこに留まろうとして何度も自分で再現しようとしても何だかやったような気になるだけで、気が付くと肩に力が入っている自分に戻っています。稽古と云うのは本当にデリケートで、生もののようなものだとつくづく感じました。これから次回の稽古までいろいろと自主稽古して行くことなりますが、1回々々心持をしっかりして臨まなければいけないと自分に言い聞かせています。勿論、今日先生にご指導頂いた稽古もやがて色あせます。それは例えば公演の際に頂いた綺麗なお花もやがては枯れてしまうように。しかし、そのお花もその後の接し方と感謝の念の持ち方如何で、かなり長い時間綺麗に咲いてくれます。そして、そこまで天寿をまっとうしてくれた花は枯れてしまった後も、心の中で綺麗に咲き続けてくれます。だからこそ、稽古を付けて頂いた後もそこに居着くのではなく、やがては薄れ行くものであることを自覚しながら、その一瞬の稽古に真剣に取組み、真剣に受取るような姿勢を心掛けて行きたいです。だからといって、力いっぱいになるのではなく、花を見て綺麗だなあと感動できる時のような、静で豊かな心で稽古を楽しめるような人に私はなりたい。能楽の創始者・世阿弥の言葉には有名な「秘すれば花」をはじめ「花」と云う表現が沢山出てきます。これはいろいろな解釈がされていますが、「花=稽古」ととってもいいのではないでしょうか?稽古とは散り行く花のように、美しくも儚いものであり、かつ何度も何度も咲き誇る生命力も必要です。ちょっと乱暴かもしれませんがこの解釈が浮かんだ時、世阿弥の言葉の意味がより理解できた気がしました。そして、稽古への取組みをもっとみつめ直そうと思ったらワクワクしてきました。
 ・・・と、具体的な感想でなく申訳ありません。得るものは沢山あったのですがどうしても言葉にすると嘘になってしまう気がします。そんな中で、いつもより長い刀を持たせて頂いたことはとてもいい経験になりました。たった数十センチ長いだけでどれだけ意識が変わり、体に無駄な力が入るのかという事が、痛いほどわかりました。その為か、長身の自分がどうしても下方を見てしまう癖があることもはっきり自覚できました。これは恐らく日常生活でも同じだと思うので、日頃から気をつけていこうと思います。それにつきましては今回も、抜刀の前までに立ち・座り・歩きをしっかりご指導頂き改めて基本動作が出来なくては、この時の感覚がしっかりしていなければ、刀は振れないという事がよくわかりました。本当に日常の一挙手一投足をおろそかに出来ないと冷汗が出ました(笑)。

 ともあれ今回もとても有意義で充実した稽古になりました。9時から17時までの長丁場をぶっ通しにもかかわらず、本当にありがとうございました。お借りした居合刀でしっかりと稽古を積んで、次回の稽古を楽しみにしております。

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の会報のページに貫汪館会報第57号を載せました。御覧下さい。


・・・居着き・・
 二日間ほど、久留米に稽古に行き、無双神伝英信流抜刀兵法の稽古を一通り、渋川一流柔術の稽古をも行いました。
 師範代代理の動きが少し崩れていたのですが、あっという間に直ってしまいました。今まで無駄なことはしていなかったのにも関わらず、初心者の方に私が話した内容がなぜか頭に残っていたようで、出来ているにもかかわらず、さらにその動作を行おうとして無理無駄が生じ調和が崩れていました。つまり、その動作に居着いてしまっていたのです。忘れてしまえば元の調和が取れた動きに戻りさらに、上達したのですから、自分の心に気を許すことは出来ません。

  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない自由参加の懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。
  1. 2008/07/06(日) 21:34:10|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

痛み

 無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古においても澁川一流柔術の稽古においても痛みがあるというのは間違った稽古をしているということですので、それが修行なのだと勘違いしてはいけません。
 たとえば居合の稽古において、わずか100本程度の形を抜いたところで、下半身に筋肉痛があるということはありませんし、ましてや、背筋が、腰が筋肉痛であるとか、前腕が筋肉痛であるとか、肘に痛みがあるということは絶対にあってはなりません。
 体に痛みがあるということは、動きが間違っているということですので、筋肉痛を心地良く感じたり、繰り返していれば筋肉がつき、筋肉痛はなくなるという発想をしていては術に入ることはありません。「正しく動けば体は喜ぶ」と無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は仰られました。
 澁川一流柔術の稽古もしかりで、受身の稽古をすると、筋肉痛になる、あるいは体のどこかに痛みが走るというのは絶対に間違った稽古でしかありません。「痛みにそのうち慣れる」と考えるのは自ら鈍感になろうとしているのと同じ事で、鈍感なものが刃物に対抗できようはずもありません。
 また業を掛ける時に自分の体を動かすのが難しくなるということもありません。動きが難しくなるということは又、術となることはないということを意味しています。
 ご自身の稽古をよくよく振り返ってください。

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  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない自由参加の懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古になる予定です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先からご連絡ください。  
  1. 2008/07/07(月) 22:02:52|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手のマメ

 今週の日曜日に無双神伝英信流抜刀兵法講習会を行いますが、昨年「太刀打」「詰合」の講習会を行ったときに気になったことがありましたので、述べておきます。
 特に柔術を専門にされる方に多かったようですが、一日、木刀を扱っただけで手にマメが出来、それがつぶれていたようでした。居合(素抜き抜刀術)の稽古ではそのようになっていなかったようですので、原因は木刀を打ち合わせ、また、受け止めるときの手の内にあるようです。
 つまり打太刀にしても遣方にしても木刀と木刀とが当たる瞬間に手の内に力を込め握り締めているのです。その結果として手の皮がずれてマメが出来ています。
 世の中には手にマメが出来るくらい稽古したとする考え方もあるようです。しかし、そのような考え方は貫汪館では致しません。
 刀をどのように遣おうとも、又、どのような状態であろうとも、手の内に力を込め握り締めることは絶対にありません。そのような動きをしたした瞬間に体は居着き、敵に斬られる隙となってしまいます。どのような瞬間にも居着くということは武術の稽古において許されることではありません。
 渋川一流柔術にも得物を遣う形が多くあります。再度、それらの形のなかでの自分の動きを見直すと同時に、得物を持たず相手に対した時の手の内も再確認していただきたいと思います。

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  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない自由参加の懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/08(火) 21:58:27|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 今日は無双神伝英信流抜刀兵法の稽古日でした。
 稽古を見ていて、いつも思うのですが、なかなか上達しない方に共通するのは「堪え性がない。」ということです。師の梅本三男貫正先生は私に「居合は忍」だと御教えくださいました。
 刀は抜くものではなく抜けるもの、振るものではなく振れるもの。実際に上達すればそういう感覚になるのですが、上達するためには辛抱しなくてはなりません。振りたい斬りたいではいつまでたっても抜ける、振れるところにはいたることが出来ません。自分の思いを殺さなければならないのです。
 抜けるのは結果であって抜こうとして抜くのではありません。したがって、抜けるのです。また振れるのも結果であって振ろうとして振るわけではありません。全て直接的にその動きを求めるものではないのです。
 そのためには抜きたい、振りたいという思いを我慢しなければなりません。別の言葉で言うならばそのような思いは殺さねばならないのです。
 はじめは、まどろっこしい、のんびりした動きしか出来ないかもしれません。しかし、それがやがて求めずに速い強い動きへと変わっていくのです。
 

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  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない自由参加の懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/09(水) 22:24:44|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜けない

 今日も無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古日でした。
 抜付けで、どうしても切先が鯉口から離れる前に柄を右に動かし前を斬っていない初心者の方が今日は一本も抜けませんでした。「切先が鯉口を離れるのを感じて・・・」と絶対条件をつけたからです。
今までも同じ内容のことは何度もお話していたのに、今日、一本も抜けなかったのは、やっとそこまで上達できたということです。
 いままでは、何もわかっておらず、ただ振り回していたのが、今日はやや感覚が発達して、出来ていないことがわかり抜けなかったのですから、上達したのです。自分は出来ない、できていないという自覚が生まれて、初めて稽古が始まります。やっと稽古になってきました。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場で新に一人の方が稽古を始められました。5日(土)に始めて稽古されて、水曜日の稽古に参加されました。筋の良い方ですので真っ直ぐに上達していただきたいと思っています。
 久留米には師範代代理がおりますので、良い人が集まれば質の高い稽古ができます。私も月に一度は広島から指導に参ります。 
 久留米での稽古は毎週水曜日の夜間で荘島体育館の剣道場で行っています。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。

  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない自由参加の懇親会を会費二千円で行います。
  1. 2008/07/10(木) 22:49:30|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

居着き

 7月13日(日)の講習会のテーマは「居着きをなくす」ですが、居合において居着きが起こりやすいのは以下の場合です。
 一つは抜付け、一つは斬撃、他の一つは血振い。これらの動きは強く行おうと思いやすい動作です。曰く「抜付けでは相手を横に両断する。」「斬撃では相手を立てに両断する。」「血振いでは刀身に着いた血糊を振るいおとす。」
 上記のようなことを考えるが故にその振りはまるでゴルフのスイングのように下肢が動くという前提無しに、強さを求めてしまっています。
 しかし、武術の振りの強さは、絶対条件として下肢の自由さの上になければなりません。下肢が動けない上に成り立った振りの強さは敵が変化しないという前提に基づいた振りであり、据物斬りではあっても武術における動きではありません。敵は常に変化しそこに居続けることはないのです。
 形の上では抜付け、斬撃、血振いの瞬間は下肢は動いてはいません。しかし、絶対に力み固まってはならないのです。そのような居合は死に物であって、いくら力強く見えようとも武術ではないのです。
 日曜日の講習会では自分自身の動きをよくよく観察してください。

  貫汪館無双神伝英信流抜刀兵法講習会を7月13日(日)に実施いたします。講習内容は「太刀打」で、講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」です。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。なお、気温が高くなることも予想されます。冷たい飲物が必要な方は各自ご用意くださいますよう御願いいたします。講習会後はお酒の入らない自由参加の懇親会を会費二千円で行います。

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/11(金) 22:22:17|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上田祐定刀匠

 本日備前長船の上田祐定先生のもとへ御願いしていた刀を受領に行ってまいりました。朝4時過ぎに廿日市を出発、一般道をひた走り約3時間半あまりで到着しました。高速道路を走るお金もありません。
 鍛えていただいた刀は素晴らしく、どう形容してよいかわかりませんが、美しく艶やかで、非常に大きな存在感があります。刀に似合う業を身につけなければなりません。
 今回の刀の製作に当たられては、御弟子の助けを借りず、ご自身のみで全ての工程を鍛えていただき、随分と苦労されたようです。また、この刀に合う研ぎ、白鞘、はばきの製作に当たっても職人さん達と共に苦労していただいたようです。本当に感謝の言葉も見つけえません。

 上田刀匠のお話に、日刀保の鋼は効果であるため、安価な居合刀は(安価といっても100万円以下)玉鋼以外の鉄を用いざるを得ないということがありましたが、私も直接ある県の刀鍛冶さんと非常に親しい居合をされる方から、そのような話もお聞きし、材料を見せていただいたこともあります。
 上田先生は自家製鋼ですので、良質の玉鋼をご自身で作られることが出来ますので、随分色々な地域の砂鉄を試しておられ、研究をされておられます。
  
 貫汪館で稽古される皆さんも、真剣をお持ちでない方は、お金を貯められ、いつか御願いできるようにして下さい。

今回の訪問で感じましたが、弟子の方々がそれぞれ精神的に大きく成長しておられました。貫汪館の皆さんも、それぞれに精進していただきたいと思います。


 なお上田祐定先生のホームページとブログのアドレスを貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法と澁川一流柔術のリンクのページに載せておりますので、是非御覧下さい。 

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/12(土) 23:56:24|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法講習会「太刀打・・・居着きを無くす」 実施しました。

 本日の貫汪館無雙神傳英信流抜刀兵法講習会への多数の方のご参加有難うございました。
本日も遠くは神奈川県から、また九州の久留米道場から稽古にお越し頂き、県内でも県北の庄原や呉の安浦などの遠方から参加していただき、本当に感謝致しております。特に久留米道場から参加してくれた師範代代理には一日中、太刀打のお手本を示していただきました。重ねて御礼申しあげます。
 また、午後からはケーブルテレビ ふれあいチャンネルの制作スタッフ藤井さんに取材にお越しいただきました。暑い中午後4時間にわたり取材頂き本当に有難うございました。
 今回の講習会のテーマは「太刀打・・・居着きをなくす」でしたが皆さんよく稽古していただいたと思います。斬り込むときの居着き、受け止めるときの居着きなど、体と心の居着きに気づきながら稽古して頂きました。
 居合はややもすれば、見栄えと自己満足にとらわれ、抜付け、斬撃、血振い等、体に力を込めて力み、いかにもやったということを見せ、自己満足したくなるものですが、今日行った懐剣での稽古や、袋竹刀を用いた稽古でも体を緊張させて居着くということが、いかに大きな隙になるのかが自覚できたと思います。
 最後に行った初発刀ですが、太刀打の稽古の成果が出て、皆さんの動きが非常にスムーズで無理無駄なく調和が取れて居着きもなくなったと感じました。本日の大きな成果であったと思います。
 今日は小学校3年生の全くの初心者の方もこられましたが、動きが大変素直で感心しました。大人も見習わなくてはなりません。

 次回の講習会は9月21日(日)テーマは「詰合・・・居合と剣術のはざま」です。次回も公開して行う講習会ですのでどなたでもご参加ください。

 なお今日お見せした刀や槍のうち、昨日受領して戻った刀を打っていただいた上田祐定先生のホームページとブログのアドレスを貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法と澁川一流柔術のリンクのページに載せておりますので、是非御覧下さい。 

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/13(日) 23:43:46|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

用の美

 岡山県長船の上田刀匠に打っていただいた刀は見れば見るほどに美しく、地鉄、刃紋、姿どれをとっても優美です。。
 これに拵えをつけて稽古に使うつもりですが、もったいなくも感じています。
 
 ところで上田刀匠は「日本刀は折れず曲がらずよく斬れ尚美しいものである。」を信条に砂鉄から玉鋼を作られ作刀しておられます。美しいを第一義におかれず、折れず曲がらずを第一義にされ、多くの門人をも指導されています。
 このたび打っていただいた刀も「折れず曲がらず」が第一義です。そのうえこのような美しさまで備えています。

 さて、居合も柔術もそうなのですが、演武において少しでも良い評価をしてもらおうと体を力ませ見得を切るような動きをしていては素人は騙せても、専門の方にはすぐに見破られてしまいます。
 柔術も居合も緊張がとけ、自由に動けなければなりません。形を追いかけたが最後、自由さとはかけ離れた武術とはいえないものになってしまいます。
 ゆっくり正しくしっかりと。始めは調和がとれずぎこちない動きしか出来ません。しかし、ここで体を固めて外見を作っていては武術とはいえないものになってしまいます。やがて無理無駄が無くなり調和が取れた動きをするようになれば、調和が取れた無理無駄の無い自然な美しさも現れてきます。
 求めるものが異なれば異なった結果しかうまれません。

 上田祐定先生のホームページとブログのアドレスを貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法と澁川一流柔術のリンクのページに載せておりますので、是非御覧下さい。 

 6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/14(月) 23:35:12|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

没個性化

 愛知文教大学国際文化学部教授 村林正美先生にいただいた御著書『幕末における武術廻国修行の実態ー旅日記と交遊録』の仲の『藤井東太郎槍術修行紀行稿本』を読んでいると以下のよな箇所がありました。今回述べたい部分のみ要約して紹介します。

 柳川へ諸藩の遣い手が集まって工夫した防具はすべり具足といい、相手の突きが止まらない様にしている。このすべり具足を用いて他流試合を盛んにするところを「ひらけし」と言い、古風な具足を用いてあまり他流試合をしないところを「いまだひらけず」という。
 「ひらけし」というところは流名が変わるだけで遣い方はかわらない。一方「「いまだひらけぬ」というところはそれぞれの流儀の旨とするのだろうと思えるところが折々に見えてなかなか趣深い。

 幕末の安政5年(1858)の話ですが、このころの槍術は他流試合を盛んにし始め、同じような防具を用いたため流名は異なっていても、同じような遣い振りになっていたということがわかります。
 剣道が流派がなくなり、剣道とのみ言うようになった過程をたどろうとしていたのだろうと思います。
 柔術も明治以降、共通のルールが作られ、試合をする流派は結局スポーツ化していきます。

 居合は形稽古が中心ですからそのような道をたどらないはずですが、様々な流派を統括する何々連盟というものが出来、連盟の名のもとに他流派の修行者の段位を、その流派を修行したことが無い者が審査するということが当たり前のように行われるようになりました。さらに連盟の形というものを作り、流派の形よりも先に稽古させるようにさえなっています。
 このようになったら、流派の遣い振りの特徴は残りません。形の手順は残りますが、形の遣方はスポーツ化した武道と同じく連盟という大義名分のもとに共通化していってしまいます。

 貫汪館の無双神伝英信流抜刀兵法はそのような他流派の人間に審査を受ける団体に加盟していませんので、流派の独自性を保つことが出来ます・
 また、幸いなことに渋川一流柔術は戦前、大日本武徳会に入ることなく、昔からのスタイルを保持することが出来ました。
 流派の個性というものは今後とも失ってはならないと思います。 


 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/15(火) 17:58:10|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

呼吸

 月曜日の渋川一流柔術の稽古、本日の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古を見ていて上手く動けない原因の一つが呼吸であると気づきました。
 澁川一流柔術の稽古では、速く動いて速く業を掛けようと思われて動いておられる方は、動きに調和がないためかえって大事なところは遅く、軽い動きとなっていました。そのような方はたいてい呼吸が浅く、体のうちからの働きがなされていませんでした。
 無双神伝英信流の稽古では、どうしても手わざになってしまう方もやはり浅い胸で行う呼吸になっていました。
 腹式呼吸というよりも丹田呼吸を行い、それに乗せて体を動かすと、始めはまどろっこしく感じるかもしれませんが、呼吸によって動きの調和がとれ、結果として思い速い動きが可能になってきます。
 呼吸の稽古は日常生活の中でいくらでも行うことが出来ますが、いつでも出来る簡単な稽古が武術においては重要な働きををなしています。侮らず、日常生活こそ稽古と思ってください。


 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/16(水) 21:36:51|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

○○馬鹿

 物事に一心に取り組む人をよく ○○馬鹿といいますが、貫汪館で無双神伝英信流抜刀兵法、渋川一流柔術を稽古される方は決して ○○馬鹿にはならないで下さい。
 もともと武術というものは自分の身を守るためにあるのですから、周りを見ることが出来ない ○○馬鹿といわれる者は存在しないはずです。
 自分は剣術しかしないからといって敵が刀だけで攻撃してくるわけでもないですし、自分が槍術しか知らないから槍を持っていない時以外には身を守ることは出来ません。などと言うことなど決してできないものです。自分の専門はあっても、広く物事を知らなければ身を守ることも出来ません。
 それは武術のみに限られることなのでjはなく、身を守るためには、武術以外の世の中の動きと言ったものにまで及ばなければならないものです。 ましてや社会の一般常識といってもいいようなルールも守れないようでは武術などすべきではありません。
 いつも使わせて頂いている体育館には体育館に近い場所にハンディキャップのある人用の駐車スペースがありますが、ある武道の若い指導者は必ずそこに車をとめています。何十人もの子供を教える身でありながら・・・。
 そのような例は、たくさん見聞きするのですが、マナー、ルールを守らないということは社会をも敵に回すということなのですから、いくらその武道の技術が優秀であっても何の役にもたたないものでしかありません。むしろたんに暴力を生み出す元ともなる可能性があります。
 視野を広く持ち武術の稽古をつづけてください。
 

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。
  1. 2008/07/17(木) 22:25:19|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

固まることなし

 無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でも固まると言う事はもっとも質の悪い動きです。
ここで言う固まると、居着くは重なった部分もありますが、固まるとは、たとえば抜付けの直後、体を硬直させることであり、斬撃の直後体を硬直させることであり、、また、投げた後、関節をきめる時、体を硬直させることを言います。
 特に居合にあっては常に上半身で動く方は、当然ながら下半身がふらついてしまうので、下半身を固めて体全体がふらつかないようにしてしまうのですが、固めたが最後、動けなくなってしまいます。素人目には動けない姿勢がきまった姿勢に見えるかもしれませんが、そこには常に変化し続ける敵は存在していません。ただ斬られるのを待つことしか出来ません。
 形は動きを養うものであって、見栄えを作る為のものではありませんので、そのような稽古をしていたら絶対に上達することはなく、ただ下達するだけになってしまいます。
 柔術もまたしかり、投げ、きめた後に静止するのは固まっているのではありません。動いていなくとも体は常に如何様にも変化できるように柔らかく、心も居着いているのではありません。外見が動いていないからといって、残心を固めることと混同してはなりません。
 日々の稽古において、体が固まる(筋肉が緊張する)ことを少しでも覚えたら、刀の威力うんぬん、きめの確実さうんぬんの前に固まらせない稽古を心掛けなければなりません。 

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。  
  1. 2008/07/18(金) 18:06:22|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武道の必修化に思う

 文部科学省のホームページには「また、武道の学習を通じて、我が国固有の伝統と文化に、より一層触れることができるようにします。 」と記してありましたが、本当に我が国固有の伝統と文化に触れることが出来るのでしょうか。
 わが国固有の伝統と文化と述べてありますが、何をもって固有の文化といい、なにをもって伝統というのでしょうか。たとえば現在の柔道は、明治以降に作られたものですし、それ以前に背中が畳についたら一本などというレスリングのようなルールがあった流派は一体どのくらいあるのでしょうか。渋川一流柔術では受身は掛けられた業を返すためのもので、背中が畳につくことには全く意味がなくむしろそれを利用して業を返していきます。
 また柔道の受身では畳を大きな音が出るくらい叩いていますが、そのような動作を床や硬い地面の上で行ったらどうなるか、想像はつくだろうと思います。そのような受身を講道館柔道以外の柔術流派全てが行っていたとはとても考えられません。
 現代剣道しかり、正しい竹刀の構え方、といっても江戸時代には流派による違いは当然存在し、たった一つの方法が正しいということはありません。それは全日本剣道連盟の剣道で正しいというだけのことで、はたして伝統なのでしょうか。
 正座の仕方もまたそうです。いわゆる武道の種類によっては正座には意味がなかったのだろうと思われる中心の取れない、首を傾げざるを得ない座り方をされる方もおられますが、剣道等にみられる現代的に見れば立派な座り方であっても、はたして江戸時代の人たちがぴんと背筋を伸ばすような正座をしていたのでしょうか。幕末、または明治初期の写真を見ていただければわかると思います。
 ましてや、居合道。まさに現代居合道であり、流派名を名乗って指導していても、代々の師から伝えられた技術や許しではなく、連盟の発行してた段位が優先し、連盟の形を先に教えられ、流派というものの違いが形の手順の違いのみになっているという全くいびつな世界です。

 また、武道といっても首を傾げざるを得ないような指導の実態が存在するのは今までにも述べてきましたが、道場によっては稽古前に保護者が道場の掃除をするといった実態。
 指導者が禁煙の公立学校で喫煙をするといった状態。
 中学校のクラブであっても部室の整理整頓を保護者がし、竹刀の手入れや防具の補修をしているといった実態。
 全ての道場、クラブがそうだというわけではなく、一部なのでしょうが、このようなところに伝統や文化が存在し、学ぶことができるのでしょうか。武道もすでにチャンピオンスポーツの1種目に過ぎないように感じられます。実態も中学校の頃から日本一をきめ、そのために練習を重ねているのですから。

 一分の人が心配するように武道を中学校で必修化したところで日本が精神的に右傾化し、戦前に戻ることはないと思います。実態が実態なのですから。むしろ他のスポーツ同様に日本をより競争社会にし、勝てばよいという風潮を作り出すだけでしょうから。

 武道における伝統文化というのは、このようなことを言うのでしょう。竹内流の門人の長尾さんが運営されている「竹内流 宗家 紹介ホームページ」の愛宕神信仰の中の『免許皆傳を目指す者の聖地」を御覧下さい。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流と渋川一流のリンクのページからたどり着くことが出来ます。

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。  
  1. 2008/07/19(土) 20:34:09|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

頭が働く

 昨日の渋川一流柔術の稽古を見ていても、まだまだ頭で手順を考えながら動いている方が多くおられます。
 手順を一度覚えてしまったら、そこから離れてしまわなければ業にはなっていきません。1ケ月もすれば始めに習う履形の手順くらいは覚えてしまうのですから、その手順を後生大事に始めはこう、次はこうと考えながら間違わないように動こうとすると、常に体は頭の考えることに居着いてしまい、感覚の発達している小手先から動いてしまいます。そのような動きが業になるはずもなく、外見だけ、手順だけの武術とはいえないものが出来上がってしまいます。
手順は覚えたらすぐに忘れあとは体の記憶に任せてしまわなければなりません。手順は間違えてもかまわず、根本的な動きの善し悪しを気にしなければなりません。
 特に子供の稽古は手順を身につけさせることを優先して教えてしまうと、手順を追いかけるだけのお遊戯になってしまい、いつまでたってもお遊戯から脱却することはありません。教えられたことを素直に吸収してしまうからです。子供には手順ではなく、体の動きを優先して教えなければなりません。手順が覚えられなくても、体の動きを身につけてくれさえすれば、理解力が身についたときにはどんどん上達していくことが出来ます。しかし、体の動きを二の次にして手順を優先した場合、子供が一度身につけてしまった悪い動きを直すのは非常に困難です。指導者は焦らず、根気よく動きそのものを指導してください。

 心の修行を昔の人はどのようにしていたのか、。竹内流の門人の長尾さんが運営されている「竹内流 宗家 紹介ホームページ」の愛宕神信仰の中の『免許皆傳を目指す者の聖地」を御覧下さい。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流と渋川一流のリンクのページからたどり着くことが出来ます。

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。  
  1. 2008/07/20(日) 20:41:35|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

現代武道×古武道・古武術?

 いわゆる、古武道・古武術というものになじみがない方はマスコミの影響によって、現代武道と対比すべきものとして古武道・古武術が存在するというイメージを持っておられるようです。たとえば現代剣道に対比すべきものとして古流剣術、現代柔道(講道館柔道)に対比すべきものとしての古流柔術というように。
 しかし、そのように単純に比較することは絶対に出来ないものですので、貫汪館で学ばれる方は錯覚を起こされないようにしてください。
 マスコミの影響で対比は、主に技術面について行われてしまうのですが、たとえば剣術を例にとって考えてみると、同じ古武道・古武術であっても相手に斬り込むときに足を前後に開く流派や、後足をひきつける流派があります。また、以前「道標」にも載せました伝書の写真にみるように腰が落ちた流派もあれば、現代剣道式につっ立つ流派もあります。刀の持ち方にしても柄頭を左手掌で包む流派もあれば絶対に柄頭はあまして持つ流派もあります。刀の振りかぶりに関しても、切先が上方45度くらいの流派もあれば、切先が床との平行線よりも下がる流派もあるのです。
 つまり、流派によって動き、体の遣いようは様々であり、古武道・古武術と一括りには絶対にできないものなのです。
 したがって現代剣道と古流剣術の違いはといわれれば、「現代剣道は全国的に統一された基準があり、そこから大きく逸脱することは絶対に許されないものであるのにr対して、古流剣術は流派によって様々であり、それこそ千差万別である。」というのが答えになるでしょうか。マスコミがいうように古武術と一括りには絶対に出来ないし、そうではなかったものが古武道、古武術なのです。
 もう少し述べれば古武道・古武術の中で江戸時代後期から明治時代にかけて、稽古方法として流派を超えて安全に技を試しあう方法が生まれ、その稽古方法のみに特化して特殊化して生まれのが現代武道である。ということが出来るでしょうか。

 ところでここで、やっかいな存在なのが現代居合道です。本来、古武道・古武術というものは上述したように流派によって動き、体の遣いようは様々なものです。しかし、全国組織が出来、江戸時代であれば考えられなかったような、他流派のものが他流派の者の段位を審査するという異常な事態が生まれさらに流派を超えた統一した形を始めに稽古しなければならなくなってしまうと、流派は名乗っていても形の手順が違うだけで、動き、体の遣いようが同じという、現代武道と何ら変わらない状態が生じてしまいます。
 かってある居合の流派の宗家を自認する方が、他流派である伯耆流の方がいくら「伯耆流は筋斬り」であると説明されても、「それでは斬れない」と自分の斬り方を強要されようとしたということですが、現代居合道のひどい例です。
 世間の多くの方は居合が流派名を名乗るが故に、古武道・古武術であると思われているようですが、現状ははたしてどうであるのか。甚だ疑問です。
 幸いに貫汪館の無双神伝英信流抜刀兵法は日本古武道振興会に加盟しています。、振興会は古武道の振興を計る団体であり、流派の独自性をなくしてしまう審査などというものをする団体ではありませんので、流派独自の内容を維持できます。これからも師伝の正しい継承に心掛けなければならないと思っています。

 貫汪館で学ぶ方は他流派の動き、体の遣方は当然異なるものであり、自流派と良し悪しを比較できるものではないと心して稽古に励んでください。

 参考に竹内流の門人の長尾さんが運営されている「竹内流 宗家 紹介ホームページ」を御覧下さい。形の構成、動きの違いなどがわかるはずです。貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流と渋川一流のリンクのページからたどり着くことが出来ます。

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。  
  1. 2008/07/21(月) 21:43:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

わかる

 師の教えを理解するということは本当に難しいものです。何故ならば師のレベルは稽古をつけて頂いている者のレベルよりはるかに上にあり、師にとっては当然のことであっても 弟子にとっては未知の世界のことであるからです。
 しかしながら、自分のレベルの範囲内でで師の話されることを理解できたつもりになっている人たちは私の同門の方の中にも非常に多くおられました。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生の没後、何人かの長年の弟子の話すことが全くバラバラでした。始めのうちは勝手なことをそれぞれの方が言い出したのかと思っていたのですが、それぞれに大真面目で、話されていました。よくよく聞いていると結局のところ師の教えを正しく理解されてはおらず、皆そのときの自分のレベルで師の教えを頭に入れていたに過ぎないと気づきました。
つまり、この世には1から10までの数字しか存在しないと思っている人間に万や億のレベルの話をされていたのですから理解できようもなかったということなのです。
 それゆえ、私がある日先生に「やっと先生のお話されることの90%以上が理解できるようになりました。」と申しあげた時に、先生はたいそう嬉しそうな顔をされ「そうか、わかるようになったか。」といわれたのです。
 渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生はあまり言葉にされる方ではありませんでしたが、先生の教えと異なることをされている弟子が大半でした。したがって弟子の多くは形の動きも随分異なった動きをされていました。
 私は先生の今の動き形を真似するのではなく、常に先生が目指される方向へ向かって稽古していきました。
 貫汪館で稽古される皆さんは表面を真似るのではなく、目指すべき方向を向いて歩んでいただきたいと思います。

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。  
  1. 2008/07/22(火) 22:41:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一人稽古

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のお話です。
 今日の久留米道場での稽古で師範代代理が新しく稽古を始めた方の動きを見て「随分良くなっているので、きっと自宅で稽古を重ねられたに違いない。」と思って尋ねた所、やはり、自宅で稽古されていたとのことでした。 前回ぎこちなくて指摘したところが悉くよくなっていたという事ですので、指摘されたことに忠実に稽古されたのだということがわかります。指導が的確で、習うほうが真面目に素直に稽古すれば上達は早いものです。また、初心のうちの素直な稽古は一生の稽古のうちでもとても重要な部分ですので、今後ともそのような稽古に対する真摯な姿勢を保ち続けていただきたいと思います。
 稽古を数年された方でも、そのような初心者の方の姿勢を見習えば今日からでも上達していくことが出来ます。奮起を望みます。
 習ったことを、自分自身で復習することはとても大切な事で、上達の為の絶対条件であると断言しても良いと思います。無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生も「復習をしてこないような人は上達はしない。」と断言されていました。また、「家が狭ければ、刀を持つ必要はない。定規でも稽古はできる。」とお話になっていました。
 呼吸や歩法、無理無駄の無い動きなどは日常生活の中でも十分に稽古できますし、日常生活での無理無駄をなくしていかなければ業の上達はないと言えると思います。
 習ったことをそのままほっておいて、次の道場での稽古でまた稽古すればよいと考える方は結局外側の模倣しか出来ず、真の上達はありません。

 刀の構え方のヒントです。どうしても手の内がおさまらない方は、肩甲骨を含め肩から先の力みうを全て抜いてください。自分自身が頼りなく思え、こんな上体で良いのかと思えるくらいのところになって初めて肚からの力の伝達経路が内側に生まれ、両手の親指側を経由して切先に至ります。
 次に刀を抜き、納める動きのヒントです。長さになれない刀を扱い抜こうとして抜けないと、抜こうとすればするほど体が硬くなり余計に抜けなくなります。そのような時は、全てを捨てる気持ちになってどんどん楽になってください。思わずして抜け、思わずして納まるでしょう。

 貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流の行事のページに「太刀打 講習会」の写真を載せました。御覧下さい。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月は毎週水曜日全て荘島体育館剣道場での稽古です。興味のある方は貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法稽古のページの連絡先よりご連絡ください。  
  1. 2008/07/23(水) 22:57:45|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

積み重ね

 初心のうちの稽古は自分の勝手な思い込みで指導されたことを省略したり、あるいは自分がこう思うと勝手なことをしていては絶対に上達することはありません。
 それこそ、積み木で山を築いていくようなもので、一つかけても上に積み重なることはありませんし、無理に積んでみても崩れてしまうだけになります。それが流派武術です。決して先を焦らず、指導したことに忠実に稽古を重ねてください。自分はこう思うという思いを捨てて、真摯に稽古に取り組むことが大切です。

 稽古のヒント:久しぶりに稽古をするときにはどうしても刀を持つ手が不安で強く握り締めてしまいがちです。しかし、そのような時は逆に緩めてみてください。刀との一体感がよみがえるはずです。
 

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  1. 2008/07/24(木) 23:20:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

放つ

 昨日の無双神伝英信流抜刀兵法の稽古においても指摘しましたが、自分が刀を操ろうという思いがかえって刀を死に物にしてしまい、自由な働きをさせなくなってしまっています。
 たとえば抜付けのときに、しっかり持たなければならないと考えて、柄と直角に右手をかける。斬撃のときにしっかり刀を保持しようとして四指を深く掛け握る。抜付けの最中に四指で柄を握ってしまう等々。
 抜付けの右手の掛かりにおいてしっかり柄を握ろうとしたが最後、脇は体から離れ肩から先は体とつながらなくなってしまいます。したがって、あとは右肩から先で刀を扱わなければならなくなってしまっており、刀は敵に対して有効な軌跡を描くことはありません。
 また斬撃においても刀を握りしめてしまったら、主に前腕は固まり肩から先で刀を扱ってしまうため、切先は伸びず刃筋も通らなくなってしまいます。
 抜きつけている最中に四指で柄を握ったとたんに刀は小さな羽後金なってしまいます。
 これらのことは全て、自分が刀を何とかしようという思いから起こります。
 そのような思いを放ち、刀と自分という二つの存在を考えることを止めた時、刀は体と一体になってはじめて自由になります。工夫してください。

稽古のヒント:無双神伝英信流抜刀兵法を稽古する以前に、前腕で物を扱う習慣が身についてしまっている人は斬撃の稽古の前段階で刀を構えた時手の内が定まらず、無理に手首を入れようとしてかえって窮屈になっているとおもいます。
 手首が入らない原因は二つあり、一つは敵に正対してしまっていること。もう一つは力み(不必要な筋肉の緊張)が入っていることによります。
 構えた時左右の手は前後していますので、正対していては必ず左右どちらかの手の内に無理が生じます。どうすれば良いのかはご説明したとおりです。几帳面すぎる方ほど正対してしまうようです。
 力みが入ってしまえば自然に伸びるところさえ縮こまってしまい、構えは成立しません。構えといっても何も持っていない時と変化はないのですから、絶対に不必要に緊張させてはならないのです。
試みに全ての無理な力を排除して、深い呼吸をしながら、両てのひらを上に向け目の高さまで静かに前に捧げてください。このときの肩、脇、肩甲骨の緩みがなければ手首が入ることはありません。

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  1. 2008/07/25(金) 22:02:18|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

難波一甫流に関するお話 1

 江戸時代後期から沼田の阿戸で難波一甫流を代々教授した宇多家に関するお話を記します。

(1)宇高宗助と阿刀神楽
 広島県無形文化財である阿刀神楽は十二神祇系の神楽で、昭和五十五年十二月には文化庁から「記録作成の措置を構ずべき無形の無形文化財」の選定をうけています。この神楽が何時ごろ、誰によって阿戸の地にもたらされたかは不明ですが、現在の形には、宇高宗助の指導で氏子たちの伝承していた舞の手に柔術の技が取り入れられたと伝えられています。
 阿刀神楽の特徴は以下のように纏められています。「太田川流域における十二神祇系の代表であり、いわゆる芸北神楽に比べ記・紀神話(古事記・日本書紀)の影響が少なく、江戸時代以前の形態を残している。また託宣舞が残っており、毎年舞殿を設けている。」

 武術は芸能化・神事化して残った場合と、現代武道へと変化吸収された場合がありますが、この場合一部が神事に取り入れられたということになるでしょうか。

 8月7日頃まで、メールが読めなくなります。メールの送信はそれ以降に御願いいたします。

  6月から無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場が本格的に活動を始めました。毎週水曜日の夜間の稽古です。7月30日(水)は荘島体育館剣道場での稽古です。8月は6,20、27日の各水曜日も荘島体育館剣道場での稽古です。午後7時位からの稽古ですので興味のある方は直接、荘島体育館剣道場をお訪ねください。   
  1. 2008/07/27(日) 21:36:49|
  2. 武道史

難波一甫流に関するお話 2

(2) 武者修行者と含み針

 阿戸の難波一甫流の道場には、各地から訪れる武者修行者が後を絶たなかったが、ある日、武者修行中の武芸者が道場を訪れた。有馬平五郎はこの武芸者を家に上げ、囲炉裏をはさみ対座していたが、何故か終始顔を俯きがちにして、いつものような堂々とした姿勢をとらなかった。
 家人が不思議に思い、平五郎の前をよく見ると沢山の針が落ちており、隙を狙って相手の武芸者が吹きつける針を手元に払い落としていたという。
 含み針はそれだけでは殺傷能力はないので、通常相手の目を狙い吹きつけるという。澁川一流柔術の流祖首藤蔵之進満時も含み針の名手であったと伝えられているが、居合(抜刀術ではなく、真剣に対して素手で対処する技法)の奥義として、敵の目に針を吹きつけたという。そのため平五郎は顔を俯きがちにして目を守りつつ針を払い落としていたのであろう。
 

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  1. 2008/07/28(月) 21:41:31|
  2. 武道史

難波一甫流に関するお話 3-1

(3)他流試合の禁-1

 宇高是一が師範を勤めていたころ、安佐郡の中学校に勤める若い講道館柔道の教師がいた。安佐郡の阿戸に近郷の難波一甫流の大師範がいると知り、腕自慢のこの柔道教師はいつか試合をしたいと考えていたが、難波一甫流は他流試合を禁じていたために、正面から試合を挑むことができないので、不意に試合を挑もうと機会をうかがっていた。
 柔道教師にとって幸運なことに、ある日、所要で通行中の宇高是一師をたまたま見かける機会があった。直ちに走り寄った彼はものもいわず、是一師に挑みかかった。暫時、二人は睨み合っていたが、機をみた柔道教師は間合いを詰め、背負い投げで是一師を投げ飛ばした。得意然とした面持ちで塵を払うと柔道教師は悠然とその場を去っていった。
 この事態はすぐに近隣に知れ渡ることになった。さっそく、是一師の高弟の一人が師の元に駆けつけ、まるで非難するかのように、「何故、手もなく投げられ帰ってこられたのか。」と問い掛けた。

 続く 
 

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  1. 2008/07/29(火) 21:43:21|
  2. 武道史

難波一甫流に関するお話 3-2

(3)他流試合の禁-2

 是一師はしばらくして次のように答えた。「知っての通り難波一甫流は他流試合を厳禁している。一方的に試合を仕掛けられたとはいえ、それを自分が破って試合に応じては自ら流派の掟を犯すことになる。仕方なく自分は投げられたのである。しかし、他言を憚ることではあるが、身に降りかかる火の粉は払わねばならぬ。投げられる寸前、あの男に当て身を入れておいたので、気の毒ではあるが、一年近く体の具合が悪いであろう。」
 はたして、その柔道教師は宇高是一師範を投げたのち体の調子が悪く、一年近く柔道の稽古はできなかったという。
 この話には、当時スポーツ化しはじめていた講道館柔道および古流柔術の一部と、かたくなに古伝を墨守しようとする古流柔術の違いがハッキリと現れている。講道館柔道の創始者嘉納治五郎先生は天神真楊流および起倒流の免許皆伝であり、その伝える形には古流同様のものが多くあり、生死を前提にした形ではあるが、後に嘉納治五郎先生自ら回顧しているように御自身が創始した柔道とは次第にかけ離れたものとなりつつあった。この話の柔道教師にとっては投げてしまえば一本というルールから、完全な勝利だと確信したが、古伝を墨守する立場から考えれば勝負とは生死に係わるものであり、投げに対しては受け身をとればよく、逆に投げられる前に当て身を入れるという古流柔術によくみられる技法により相手の体調を一年間も崩してしまっている。もちろん、当時の(現在も)講道館柔道のルールから考えれば、当て身は反則技である。
 同じような話は明治の頃にはよくあったことらしく、私が指導を受けた今治藩伝・浅山一伝流の相伝者、故青葉照樹先生からも以下のような話をお聞きした。「先々代の檜垣助一先生が今治城跡で演武をしたあと、飛び入り自由の試合を許され、そこに講道館柔道の先生が名乗りを上げられ、組み合ったが流石に相手の力は強く、当てを入れ投げ倒した。」この話にも当時の古流の試合に関する考えがよく現れている。古流に於ける試合とは、場合によっては命の危険を意味している。


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  1. 2008/07/30(水) 21:45:11|
  2. 武道史

難波一甫流に関するお話 4

(4)意治術

 これも宇高是一師範に関する逸話ですが、ある時門弟が「家を動かしてみてください。」と是一師に頼んだ。是一師は屋敷の中央に立ち腰を据えると、意治をかけた。すると屋敷はメキメキと音をたてて揺れはじめたといいます。
 意治術はいわゆる臍下丹田術で、呼吸により丹田を充実させ体を統一し、筋力以上の力を出す方法です。難波一甫流の術技の根幹はこの意治術にあり、意治が身につくように繰り返し鍛練するということです。 
 難波一甫流を治めた方には「力」に関する話が多く残っています。


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  1. 2008/07/31(木) 21:49:52|
  2. 武道史

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