無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

高橋猪兵衛三満政

 今日も武道史の雑談です。
 先述した笹尾卯三郎の道場を訪ねた人物の記録「諸国武術御修行者姓名録」ですが、広島の人物の名も記されています。難波一甫流の高橋猪兵衛の名も載っています。
 冊子に張り紙(「諸国武術御修行者姓名録」にはたくさんの張り紙があり、それにも姓名等の記述があります。)であり、年が書いてありませんので正確な年はわかりませんが、おおむね冊子の年のところに張ってあるようです。記載は

芸藩
(嘉永6年)6月初   保之丞事
          高橋猪兵衛 
          今井五郎太
      霜月頃 吉田左太郎
      6月初 松浦雄衛門

 以上のようになっています。

 難波一甫流の高橋猪兵衛が武者修行をしていたのか、どうか。
あるいは笹尾卯三郎が広島で出会ったのかは現在のところ不明ですが、いずれにしても出会ったことに間違いは無いと思います。
 難波一甫流は代々他流試合を禁じていたようであり、その掟を厳しく守った道場が多かったようです。幕末に有名な物外は高橋猪兵衛三満政の門人ですが、土佐中村の樋口真吉が武者修行の途中に尾道済法寺住持の物外を尋ねるときも、他の武術家から物外は他流試合はしないと聞いており、直接会った折も難波一甫流の剣術に使う袋竹刀を見せられ、話だけを聞いています。また、このとき物外は樋口真吉の持参した冊子には自ら流派名を難波一甫流と記しています。
 したがって難波一甫流の掟を守り他流試合をしなかった物外の師、高橋猪兵衛が他流試合をするために積極的に武者修行をしていたとは思えません。他の流派の剣術を修めていたとしたら話は別になりますが、「諸国武術御修行者姓名録」の高橋猪兵衛の項には流派名の記載はありません。
 現在、高橋猪兵衛の系統の難波一甫流を名乗る方がいるようで、その方の伝書が随分前にある雑誌に載っていました。しかしそれは高橋猪兵衛の系統の難波一甫流とはまったく異なる内容でした。一口に難波一甫流といっても広島に伝わったのは江戸時代初期ですから時代の流れの中でそれぞれの系統の難波一甫流の伝書内容は変化しています。雑誌に載っていた伝書をみれば武道史の研究をしている人間ならどの系統の伝書を書き写しているかがわかります。他系の伝書に系譜だけを高橋猪兵衛の系統に書き換えている事がすぐわかる陳腐な伝書でしたが、このような伝書の所持者に騙されて入門する人もいるのですから、世の中は油断なりません。

 
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。 

 
 無双神伝英信流抜刀兵法を稽古していただいている劇団夢現舎の公演 No.21『続・遺失物安置室の男』が3月4日まで行われています。東京に出かけられる機会があれば是非、御観劇ください。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。 
  1. 2008/03/02(日) 00:07:14|
  2. 武道史

無想=夢想=無双

 「極意は己自身の内にあり」 
無想であるがゆえに夢想のうちに業となり、そえは個々の内に備わっているものであるが故に無双である。

 いままで、手をかえ品をかえ、色々な方法でお教えしてきましたが、究極のところ、簡単に示せば上記のようになります。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生の教え「馬鹿になれ」も同じ教えです。
 「鞘手は下から柄に掛け、脇をしめ、序破急で一気に抜付け・・・技の進歩とはこれらの事を確実に身につけていくことである。」このような指導は先生の真の教えとは一切無縁であり、おおよそ「馬鹿になれ」とは反対の教えでしかありません。頭で考えこれらのことを一つ一つ身につけると思って稽古していれば、動けない体しかできません。武術は自由自在でなければなりません。

 稽古時間が少ない方は、常日頃自分自身の日常生活の動きをも工夫してください。


 全く話は異なりますが、今日所要があって大和町へ行ってきました。広島空港近くの果樹園の多い町です。時間まで少し間があったので田舎道をはしっっていると、地域の方が道路脇の木々の間や小川に入って清掃活動をされていました。ものすごいごみの山です。しかも大半が飲料の空き缶やペットボトル、お菓子の箱や袋など。ドライブに最適な人家もない山間の道路であるが故のことでしょうが、日本人のマナーの現状を見た思いでした。

 
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。 

 
 無双神伝英信流抜刀兵法を稽古していただいている劇団夢現舎の公演 No.21『続・遺失物安置室の男』が3月4日まで行われています。是非、御観劇ください。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。 
  1. 2008/03/02(日) 22:00:01|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

やっていれば

 「やっていれば、できるようになる。」というのは渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生がよく言われた言葉です。
 先生の動きはごく自然で、ゆっくり示してくださっているのにもかかわらず、普通に見ていては、どのようにされているのか分からない事がよくありました。そのような時、先生は一度、二度、同じ形を繰り返して見せてくださいましたが、そのあとで、「やっていれば、できるようになる。」と話されました。
 先生の「やっていれば」を単純に聞き逃して、同じ事を繰り返していれば出来るようになると錯覚してしまえば全く上達はありません。
 先生の動きは無心であるので、先生ご自身で言葉にして解説をすれば異なったものになると思われていたと思います。先生は決して言葉にして解説されることなく見せてくださいました。
 渋川一流柔術を稽古される方の中に自分では意識されていないと思いますが、かなりの数の方が考えながら動いておられます。考えずに素直に動けばできるものを下手に考えながら動いてしまうので、動きが人工的なものになり無理無駄が生じ固まってしまい、隙だらけになっています。
 工夫とは動きながらするものではありません。動いている間は無念無想。
 工夫と考えながら動くことを勘違いしては上達はありません。

  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。

 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。 
 
 無双神伝英信流抜刀兵法を稽古していただいている劇団夢現舎の公演 No.21『続・遺失物安置室の男』が明日、3月4日まで行われています。詳しくは劇団夢現舎のホームページ(←クリックしてください)を御覧下さい。 
  1. 2008/03/03(月) 22:27:16|
  2. 柔術 総論

長尾流躰術

 今日も雑談です。
 30年以上前に見た演武でいまだに印象に残っている流派に長尾流があります。長尾流は加賀藩で伝えられた流派ですが、印象に残っているのは当時の宗家である前田光月氏の存在感が大きかったからです。
 演武会場へ行く時、たまたま同じ道になったのですが、その長い髪の毛と、武器として生きていた手にもつ杖、白い着物は人目をひくものでしたが、それだけでなく、存在そのものが大きく、武術家と一目でわかる存在感がありました。武術家にもそれぞれ異なったタイプがありますが、そのときの前田光月氏の印象はとても無礼を働くことはできないような威厳があり、無礼を働けば、無礼打ちをされてしまうような雰囲気がありました。
 最近になって当時を知る方に聞いたことですが、前田光月氏は歯に衣着せぬ発言で、常に古武道界に一家言持っておられた方で、杖は仕込杖で真剣が仕込まれていたということです (銃刀法上の問題はあろうかと思いますが) 。しかし、一方では茶道、華道の指導もされる方であったようです。
演武はその印象と異なり、自然に従う流れるような動きで、いささかも自分の力をみせつけるようなところはありませんでした。凄いというより、素晴らしいという印象を持ったように記憶しています。

 武術をされる方の中には威厳と威圧を勘違いされ、演武も気迫がこもったほうが良いと、体を力ませ、力を込めた自己満足の動きをされ、見ているほうがその不自然さに気分が悪くなるような演武をされる方がまれにあります。特に自己満足に陥りがちな居合の稽古をされる方に多く、素人受けはその方が良いようですが、武術という観点からみた場合、それでは斬られてしまいます。動きが自然であり心にも無理無駄がなければ、その演武は見る者に美しい自然を見るような印象を与えます。

  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。


 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。 
  1. 2008/03/04(火) 22:35:37|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

お尻を浮かせるな

 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生にマンツーマンでよく指導を受けたものですが、私の居合の質が変化し始めたのは先生の「お尻を浮かせるな。」という指導を受けてからでした。
 無双神伝英信流抜刀兵法においては爪先立ててから抜付け始めるということはせず、抜きつけたとき結果として爪先は立っていたという体遣いをします。先生に初発刀の抜付けの指導を受けたとき先生は「お尻を浮かせるな。」といわれ、何度やっても制止され刀を抜くことを許しては下さいませんでした。お尻を浮かし腰を伸ばさなければ刀は抜けないと勘違いしていた私は「刀が抜けません。」と申しあげましたが、先生は「本当にそうか、全ての無理無駄を無くしお尻を浮かせるな。」と指導されました。
 私は抜けなくてもともとと、言われるままに、お尻の力も抜き、素直に抜き出すと、何もしないうちに刀は鞘から離れていました。自分にとってはとても不思議な経験でしたが、先生はにっこりされ、「できるだろう。」と話されました。それ以降、私の抜付けの質は変化し始めました。そのときの私の刀は二尺六寸で、その頃は扱いにくかったのですが、今にして思えば何ともないことです。
 貫汪館で稽古される方にも、「お尻を浮かせない。」と指導いたしておりますが、まだまだ、理解が浅いように思います。「これくらいできれば」という事は決してありませんので、よくよく工夫してください。
  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。


 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。 
  1. 2008/03/05(水) 22:09:40|
  2. 居合 総論

頭の重さ

 人間の頭は随分と重いもので体重の約13%あるということです。
 したがって無双神伝英信流抜刀兵法においても渋川一流柔術においても自由に動く為の姿勢を考える時、頭を無視して考えるわけにはいきません。しかし、頭は常に人間の一番上にあるため、ほとんどの人にとってよほど意識しなければ、頭の重さは感じれないもののようです。
 頭が体の中心からそれている場合には、その重さを支えるために首、肩の筋肉が緊張して自由な動きを阻害してしまうのですが、この緊張を感じるのも難し良いようで、多くの方が頭の位置がずれているにもかかわらず、それを不自由に感じていないようです。
 無双神伝英信流抜刀兵法においても渋川一流柔術においても一般の良い姿勢のように筋肉を緊張させて首筋を真っ直ぐにということは避けなければなりません。
 難しいことかもしれませんが、どの位置に頭がある時に首や肩が緊張し、どの位置にある時に体の緊張がとけるのかを、しずかに正座して工夫してみてください。みつければきっと動きは変化し始めます。
 
  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。


 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。 
  1. 2008/03/06(木) 22:21:04|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

ZRX1200S

 今日は所要があって夕方から広島市内に出かけました。広島市内に出るときはたいていZRX1200Sで出かけます。駐車料金が何時間とめても200円だからです。
 今日は時間帯もあってかタクシーが随分無茶な運転をしてきました。もともとバイクは車からは視認しにくいのですが、タクシーは夕方の稼ぎ時ということもあってか急に真横から車線変更してきたり、いきなり路側帯から急発進したり、はなはだしいのは後方から無理やり幅寄せしてきたり、気付かなければ何回も死んでしまうところでした。
 気づくといっても、武術と同じで感じるだけで、いちいち頭で考えて「くるかもしれない。くるだろうな。」と思っていたのでは間に合いません。感じて動くだけです。
 以前、述べたことがあると思いますが、バイクに乗っている人でも頭で乗っている人と、体で乗っている人がいます。大半の人は体で乗っているのですが、頭でバイクに乗っている人は危なっかしくて見ていられません。特に、中年の女性の50ccのスクーターに多いようです。

  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。


 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。 
  1. 2008/03/07(金) 22:09:51|
  2. 未分類

 少し暖かくなってきて梅の花が春を感じさせています。
 鍔の構図が好きで何枚も集めてきましたが、手持ちの鍔のうち梅が画題の鍔を二枚紹介いたします。

      梅1
                           梅2

 二枚目の梅の鍔のほうが出来が良いようで個人的には二枚目のほうが好みです。一枚目の裏は何故か龍が彫られています。
 無双神伝英信流抜刀兵法を稽古される方も渋川一流柔術を稽古される方も、将来的には稽古のために真剣を持つようになろうかと思います。鍔は現代物よりも江戸時代のものの方が趣があり、楽しめるように思います。将来、拵えを作るときのために、鍔についても少し勉強しておいてください。現代物と江戸期のものの見分けがつくまで、また、自分にとって好みのものとそうではないものの見分けがつくまで、また、サイズや重さはどういったものが良いのかが分かるまで焦って購入することは避けたほうが良いと思います。。

  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。


 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。 
  1. 2008/03/08(土) 23:13:08|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

渋川一流柔術 昇級審査作文

 渋川一流柔術の3級の昇給審査の作文を紹介します。
小学校4年生の女の子の作文です。年数が足りないために、3級の受審でしたが、実力は1級に達しています。
 よくかけている作文ですので、渋川一流柔術を稽古されている大人の方も、また、無双神伝英信流抜刀兵法を稽古されている方も参考にされて、稽古してください。


「私がいつも稽古をするときに心がけていること」

 私がいつも心がけていることは、体に力を入れないで楽にとまらずに動くことなどです。
 私はよく体に力が入りすぎて、固まって動けなくなります。それは、腰を楽に落とさないでつっ立っているからでした。そのことを知ってから気をつけるようになりました。でもなかなかうまくいきませんでした。 私はこれからいろんな時に腰を緩めたり、気持ちを楽にして気をつけます。
 次に、楽にとまらず動くというのは、技をかけている途中で一度とまるとそこで固まって次へと動きません。なので、私はなるべく気をつけて直そうと思います。これからはずっと動けるようになりたいと思います。そして、私が次に心がけていることは、たくさんの技を覚えることです。理由は、技を覚えてないと今自分が何をやっているかわからなくなるからです。何をやっているのかわからなくなったら、次にどうしたらいいかわからなくなるからです。私がこれから覚えたいと思う技は「打込」と言う技です。これからやる時に、しっかり先生の話を聞いてやりたいと思います。


  
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  1. 2008/03/09(日) 22:20:33|
  2. 昇級審査作文

久留米藩

 所用があって、九州にわたり、土曜日、貫汪館参与の方と無双神伝英信流抜刀兵法九州支部長とともに久留米に観光に行きました。ブリジストンの発祥地で工場がたくさんあります。
 久留米城跡に行き、有馬記念館の資料を見ました。建物は昭和35年にブリジストンの創業者の石橋氏によって立てられたものだそうです。資料の数は少ないものの入場料は100円で記念館の方の解説つきで有意義な時間を過ごしました。
 久留米城は福島正則の広島城の改修による移封、改易等を見た有馬氏は百姓の負担にならぬようにと故意に築城を農閑期に行わせ築城を遅らせ、天守閣も築かなかったということです。

 久留米藩は江戸時代後期、高名な武術家を輩出しました。妙見自得流 、加藤田神陰流、津田一伝流など、当時、全国的に高名な流派です。また明治16年(1883)、東京警視庁の初代柔術指南役となった良移心頭流柔術の中村半助も久留米の人です。また、筑後川を下ればすぐのところに柳川があり大嶋流の加藤善衛門や大石神影流の大石進がいました。
 この地域に高名な武術家が多かったのはいかなる理由によるのでしょうか。興味あるところです。

 九州に行ったのは日曜日に無双神伝英信流抜刀兵法の師範代代理の結婚式が福岡で行われたためで、今後は師範代代理は久留米に住むことになります。高名な武術家を輩出した久留米に住むことになにかしら縁を感じます。今後は九州支部長と稽古を続ける予定です。
 私自身は以前、少し御話した新興宗教の教祖様に「あなたは鬼ですね。」と言われ将来のことを話された事もあり、お世話になっている日本武道館の方には「流派や古武道なんかはどうでも良いからおまえ自身が幸せになれ。」と言われた数年後には「無理だから武術のことばかり考えていろ。」と言われたりしており、とうに人並みに生きることは諦めましたが、一生懸命稽古してくれる門人には幸せになって欲しいと本気で思っています。人生を豊にしないものなどやる価値はないですから。
 師範代代理は流派のために本当によくつくしてくれました。個人的にどんなに忙しい時でも時間をつくって道場に顔を出し、仕事が忙しい時には稽古をしたあとに再び職場に行き深夜まで仕事をするといったこともよくありました。昨年京都の演武会に行ってくれた時も、夜中の3時まで仕事をして、その後すぐに京都へ向かってくれました。普段の稽古にはただひたすら素直に熱心に取り組み、私の稽古の十数年分をも短期間の内に消化しました。こんな人が幸せになれないわけがありません。心から、幸せを祈っています。

 また、貫汪館でもう一つ嬉しいことには渋川一流柔術の師範代が家を新築しましたが、そのお祝いを弟弟子達が自ら考えて師範代にとって一番良い物を贈ってくれた事です。このような門人達が育ってくれたことは本当に嬉しいことです。これからも後輩を導いていって欲しいと思います。
  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。


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  1. 2008/03/10(月) 22:49:48|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

動きの調和のために

 渋川一流柔術で稽古されているにもかかわらず、どこで間違われたのか、手や足がばらばらに動き、全体として動きに調和が取れていない方がおられます。そのような方はたいてい手先が先に動き体幹が遅れています。
 形数が多いため、最初は手順を覚えることに意識がいくのは避けられない傾向かとも思いますが、手順を覚えた後にも手足がばらばらで全体として調和が取れない動きをしておられる方は技をかけようというところにのみ意識が行って手先を働かせてしまっているようです。
 体の調和が無ければ、体の末端の腕や肩を使っているに過ぎず、いくら外見が形のように見えても、それは形とは呼べないものです。形の手順を覚えたら次は動きの質を向上するための稽古をしなければならないのに、次にすばやく動く、強くかけるといったところへ稽古が向かってしまうために間違った道に入ってしまうのです。速さ、強さは動きの結果であって直接求めるものではありません。
 基本となる形である履形に時間を掛けていただくのは質の向上の為であって外見を見事に見せるためではないのです。
 では、このようにばらばらになり調和の取れない動きをどのように直すかについてヒントを述べます。
第一に絶対に腹筋に力を入れて腹を引っ込めないこと。呼吸法はお教えしていますが、まず、全ての動きで腹筋に力が入り腹が引っ込んでないか(引っ込めていないか)どうかを確認してください。体に無理な力が入っていてはなりません。
 次に、ゆっくりと動くこと。ここでいうゆっくりとは自分の体の状態が認識できる速さでという事です。私が指摘して始めて、肩が上がっていたり、手先が先に動いていたり、下肢に無理な力が入っていることに気付くようではなりません。個々人により自分の体の状態が認識できる速さは異なりますので、当然「ゆっくり」はそれぞれの人にとって異なる早さです。
以上の二点に気をつけて動きの修正に心がけてください。

 上記のことは渋川一流柔術のみならず無双神伝英信流抜刀兵法の稽古にも当てはまります。無双神伝英信流抜刀兵法を専門に稽古されている方はよく理解しておられると思いますが、再度確認してください。

  
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  1. 2008/03/11(火) 21:30:33|
  2. 柔術 総論

臍下丹田

 昨日、動きの調和のために「絶対に腹筋に力を入れて腹を引っ込めない」ことを述べましたが、以前、講習会で「臍下丹田に力を込める」という誤解をされていた方がおられましたので、念のため述べておきます。
 まず初めに力を込めるではなく、こもるという感覚を持たねばなりません。込めると誤解されていた方は下腹を力ませ、下半身を固め、自在な動きとは程遠い体遣いをされていました。
 力を込めれば込めたという実感が生まれ、自己満足はしやすいと思いますがそれがどのような自在さを生んでいるのでしょうか。上半身の力で刀を振るので下半身がとられ、ふられるので、下半身を固め体がふれないようにしているに過ぎません。あらかじめ決まった形の手順どおりには動けるでしょうが、そこには武術的な動きはありません。それが実感できないようでは「居合は刀踊り」と言われても仕方ないと思います。
 「絶対に腹筋に力を入れて腹を引っ込めない」ということを心掛ければ自ずと下腹の腹圧は高まります。そこから始めることがなければ、臍下丹田の工夫は始まりません。
 
  
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  1. 2008/03/12(水) 21:30:03|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

駄目な稽古

 今日は無双神伝英信流抜刀兵法の稽古日でしたが、道を間違われないために駄目な稽古について述べます。駄目な稽古とは繰り返せば繰り返すほど下手になってしまう稽古です。
 形の稽古は自由自在に動けるようになるためにするもので、最後には流派の形からはなれどのような動きでも出来るようにならなければなりません。
 しかしながら、不思議なもので、「絶対に無理無駄を廃する稽古」をしなければならないとお話し、マンツーマンで指導していると、その時はできているにもかかわらず、一人で技の追求をしてもらうために目を離していると何故か先ほど出来た動きを「忘れまい」「もっとしっかりさせよう」と体に動きを記憶させるべく体を固め動きを固定し型にはめようとされる方が多くおられます。
 しかし、そのような動きは筋肉の緊張を感じられるが故に上達したと錯覚するのですが、その実、稽古を重ねる度にそのようにしか動けない体を作り上げているに過ぎません。
 本来、上達するにつれ、自分の誤差に気づく感度は高くなっていくのですから、実際には稽古のたびに自分の至らなさが実感できなければなりません。たとえば、20cmを越える歪みしか歪みと自覚できなかった者が1cm単位の歪みを感じられるようになれば、現在の自分が如何に歪んでいるかを更に自覚できるようなものです。向上とは感度が高くなることですから、自分の至らなさをますます感じ取れる稽古でなければなりません。
 稽古は質の向上を目指すためのものであり外見は全て動きの結果に過ぎません。外見を求める稽古をしていては不自由な動きが身についていくだけだということを知らなければなりません。

 先日、鹿島神傳直心影流の森先生からありがたいものが送られてきました。森先生が鹿島神宮で流鏑馬をされた時の的を護符にされたものです。、色々あり、花粉症もあって気分が優れぬ時に送られてきました。封筒を開けて神気を感じ、心がリフレッシュされました。
            神的之中

  
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  1. 2008/03/13(木) 23:11:54|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

つまずきの兆候

 今日は雑談程度のお話です。
 無双神伝英信流抜刀兵法でも渋川一流柔術でも稽古を始められた方の上達が止まってしまい、やがて面白くなくなってしまう状態になるのに同じような兆候があるようです。

 一つ目は稽古時間の減少です。初めのうちは熱心に出来るだけ早く稽古にこようと、仕事も早く片付けていたものが、やがてある程度覚えて、質を高めるために繰り返して同じ内容を稽古し始めると、次第に稽古に来る時間が遅くなり、甚だしい人は家でゆっくり食事をしてそれから1時間くらい稽古と考える人もいます。師匠を待たせているという思いを全く持たない人たちもいました。
 自分ができていないという自覚がなく、ある程度できるようになったという慢心がさせるわざですが、このような状態に陥った人は全く進歩しないようです。
 
 次に、人生の転機に当たって、忙しいから今くらいは稽古しなくても良いだろうと考える場合。進学した直後、社会人になって間もなく、結婚、子供が出来た場合。このような転機に稽古を1ヶ月以上休んだ方は、たいてい稽古を続けることはありません。このような転機にあっても、何とか時間を作って稽古に行こうと考えた人はひき続き上達しています。

 三つ目は我が強く素直でない人。すぐに稽古を止めてしまわれます。このような方は武術に強い先入観をもたれており、こうあらねばならないと思われている方がほとんどです。特に無双神伝英信流抜刀兵法を習おうとされる方に多かったのですが、自分が時代劇が好きで時代劇のように刀を振り回したい、道場で教えられることはまどろっこしいと思われる方。無双神伝英信流でも渋川一流でも、実感を求めることを良しとしませんが、そのような方は腕力で刀を振り回し、疲労感が残ることを良しとします。指導には素直に従われることはありません。今では無双神伝英信流抜刀兵法の入門は人を選び許可しますので、そのような方はおられませんが。
 
  
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  1. 2008/03/14(金) 21:30:39|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古雑感

 今日の渋川一流柔術の稽古では子供達の業への理解度が深まっていることを感じました。
今までも形の途中で「いち、に、さん}と動いてはいけない。止まらないように、流れるようにと指導してきましたが、今日の子供達の稽古を見ていると、自分自身で角、区切りがついていることに気づき自ら直そうとする姿勢がうかがえました。
 子供達は幼稚園や小学校での運動の指導でどうしても動きに一つ一つ区切りをつけて動く習慣が身についているので、流れを止めないようにすらすらとという動きは難しいのですが、よく自分達で気づいて直そうとするまで成長したものだと思っています。
 これも指導してくださる皆さんが心を鬼にして、動きが止まったところが隙であると指導してくださった賜物だと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
 大人の初心者の方も、動きが無意識のうちに止まっています。これは一つ一つの自分自身の動きに「こうして、ああして」と居着いているためですので、心と体の居着きを絶対に無くさなければなりません。一度体に染み付いた悪癖は取り去ることが難しく、手順が決まった形であり、「受」と「捕」が決まっている故に途切れがあっても有効だと錯覚してしまいますが、何かあった場合にはそのような動きには全く意味がなく殺されてしまうのだと自覚しなければなりません。たとえ、ゆっくりであり、力強く感じず、形として見事でなくても、基礎から積み重ねていかねばなりません。決して形式だけの稽古を繰り返してはなりません。

 上記のことは無双神伝英信流抜刀兵法の稽古にも当てはまることです。抜きつけたあとの途切れ、斬撃のあとの途切れ、血振いのあとの途切れ等々・・・。
 ではそれらの動きでは止まっていないのかと言えば無双神伝英信流の場合は外見上、止まったように見えるのですから、余計に難しいので「止まっていて動いている」「止まって止まらず」と言ってすませたいところです。簡単にすると語弊がるので分からなければ道場で確認していただきたいのですが、「いつでもどのようにでも動ける状態に静止している」のと「動けない状態に止まっている」との違いと説明すれば良いでしょうか。さらに簡単に言えば前者は筋肉の緊張なく静止しており、後者は筋肉の緊張で止まっている。
 さらなる工夫をして下さい。
  
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。


 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします
  1. 2008/03/15(土) 22:00:48|
  2. 柔術 総論

意識過剰

 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古において、考えるなということを強調してきましたが、ようは意識過剰になることを避けなければならないのです。
 素抜き抜刀術での敵への抜付けにしても、敵が切りかかってこなければ抜付けは必要ないので、敵がかかってくると想定します。この想定がなければ抜付けは起こりません。問題はこの次で、「相手を両断しよう。」と思って抜きつけたならば、ほとんどの人が上半身に、特に肩から先に力を込め、文字通り力一杯抜きつけます。結果として重心は高くなりますので体はふらつき、それを阻止するために、下半身を固め、体は無理無駄だらけになってしまい、自由自在はどこにも存在しなくなってしまいます。体ががちがちに固まることを体の充実と思う人もいますので、さらにどうにもならなくなってしまいます。
 相手が切れるのは自分の体遣いの結果であって、調和の取れた動きの中から抜付けは生まれ、速さ威力も生まれてくるのです。このとき、決して「相手を両断しよう、たたききろう」と思っているわけではないのです。刀は体の一部であって体の末端です。したがって末端を使おうとすれば本体が崩れるのは当然のことなのです。
 結果を直接求めようとする意識が自分自身を崩します。結果は直接的に求めるものではなく、結果は「結果として生じるものである。」ということを知らなければなりません。
  
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  1. 2008/03/16(日) 23:33:19|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

形稽古

 今日の渋川一流柔術の稽古においても、技を掛けようと思うばかりに実際には有効ではない動きで無理やり形として決めてしまおうという動きが見られました。
 形として決まった手順であるから、受は反撃することはなく技をかけられますが、しっかり強くかけようとしてタメを作ったり、止まったあとに素早く動いていては、それは隙なのであって、本来は技は決まらないのだと自分に言い聞かさなければなりません。
 手順が決まっており、受と捕がきまっている形稽古であるからこそ、自分自身の動きをしっかりと見つめ正すことが出来るのです。形稽古をの意義をはき違えてはいけません。

 以上のことはそのまま無双神伝英信流抜刀兵法の太刀打、詰合、大小詰等に当てはまることです。工夫してください。
  
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  1. 2008/03/17(月) 23:35:39|
  2. 柔術 総論

動きの変質

 これまで無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術を高校生以下の子供達に教えてきて、体育系のクラブに入った子供達の動きが、どうしても武術的な動きから変質してしまうのを何度も感じてきました。
 たとえば渋川一流柔術の稽古をしている子供達が中学校になって剣道部に入ってしまうと、動きが上半身中心になり下半身は、とぶためだけの存在になったり、テニス部に入った子供は動く前に必ず(ダッシュするために)ためを作って動くために懐剣の動きに遅れてしまうようになったりしました。また、無双神伝英信流抜刀兵法の稽古をしていた子供が高校でウエイトトレーニングを中心に行うクラブに入ったら今まで出来ていた体の中心から刀を振る動きが肩から先の腕力で刀を振る動きにかわったりもしました。
 一概にスポーツの動きが武術的な動きを変質させてしまったとは言えないかもしれませんが、ルールがありその中で最も効率の良い、つまり勝敗につながるそのスポーツに特化した動きをどんどん身につけていくと、そのような動きが他の全ての動きの基準になってしまうようでした。
 武術の動きというのは全身どこにも隙はなくどのような状況にも自在であるような普遍的な動きを必要とします。これが特定のルールがあり、特定の動きに特化したほうが勝利につながるスポーツと異なるところですが、子供達にその違いを教えるのは難しいことかもしれません。
  
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  1. 2008/03/18(火) 21:12:15|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

時機

 写真は椿の葉で染めたストールです。
          椿

 12月に同じ椿の木の葉で染めたものは、茜に近い朱色がでましたが、今回は椿の普通のクリーム色になりました。染料屋さんで買う茜やキハダ、なども全く同じ色が出るわけではなく、同じ染料屋さんからかっても微妙に色は異なります。ましてや自然の葉を取って染めると時期によって大きな色の違いが出ます。
 たとえば桜の葉ですが同じ木からとった葉でも秋口にやや紅葉した葉から色をとると朱色に近い色が出ますが、通常は茶色です。

 草木染めでも時期によって大きく色が異なります。

 さて本題です。道場で無双神伝英信流抜刀兵法、渋川一流柔術を教えていて難しいなと思うのが時機です。人はそれぞれ急速に伸びる時期、静かに充実すべき時期、変化する時期と、一人の人の進歩を見てもそれぞれの時期があります。 師はその時期をみて、また時機をとらえて指導します。
 しかし、いくら師が、今はどんどん稽古を重ねる時期で少しでも稽古時間をとったほうが良いと判断しても、本人が稽古に来ず、その時期を過ぎてしまったり、今は静かに充実すべき時期と判断して同じ稽古を重ねさせようとしても、本人が目新しいことに心を動かされたり、今は新たなことをどんどん習得できる時期と判断しても本人が稽古からしばらく遠ざかったりして、なかなか上手くいくものではありません。
 結果として、上達できずに本人が躓くのですが、今のいろいろと、個人が忙しい時代、指導するのも難しいことです。
 
  
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  1. 2008/03/19(水) 22:15:56|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

業は衰えない

 昨日、久留米から無双神伝英信流抜刀兵法の師範代代理が稽古に来てくれました。個人的に忙しくここ1ヶ月ほど稽古できませんでしたが、私には不安はありませんでした。
 教えた全ての形、大森流・英信流表・英信流奥の座業(「虎走」まで)・太刀打・詰合・大小詰まで休みなく通して稽古しましたが、全く業に衰えはありませんでした。
 師範代代理は入門以来、教えに忠実に、外見を形作ろうとすることなことなく、見栄えを求めず、ひたすらに本質を稽古しましたので、身についた業は衰えるものではありません。また、無理無駄を取り去る稽古をしてきたのですから、「ああしよう、こうしよう」という余計な考えを持たなければ、身についた本質的な動きはいつでも発揮できるものなのです。
 これが外見、見栄えを求めて作ったものなら、すぐに崩れ去ってしまいます。なぜなら、意図的に作り上げているものだからです。
 師範代代理の稽古はひたすら素直な稽古でした。初心の時にも「腕で抜くな、手を使うな」という指示に忠実に従い、抜けぬことに何度涙したかわかりません。その条件のもと工夫に工夫を重ねてきたから今があるのです。これが中途半端な人であったら、そんな事は出来ないと腕で抜いてしまい出来たと大きな勘違いをし業の形成は出来なくなってしまうのです。

 今日、師範代代理に渋川一流柔術の「御膳捕」の形を教えましたが始めての柔術の経験であるにもかかわらず、手順さえ教えればすぐに出来るようになりました。動きの本質は無双神伝英信流抜刀兵法も渋川一流柔術もかわりはないということを身を持って示してくれました。
 よくここまで素直に稽古を重ねて頂いたものだと思います。
  
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  1. 2008/03/20(木) 20:27:05|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

出雲大社

 昨日、出雲大社へ行ってきました。
        出雲大社


 出雲大社は縁結びで知られていますが、男女の縁だけでなく、様々な縁を与えていただきます。無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生との縁、渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生との縁。教えを受けた銃剣道の先生方との縁、や難波一甫流や、浅山一伝流の先生方との縁。
 また、無双神伝英信流抜刀兵法の師範代代理との不思議な縁や渋川一流柔術の師範代との縁。その他の居合・柔術の優秀な門人との縁。全く知らなかった者が縁によってつながります。
 私が師と仰いだ先生方との縁は全くの偶然ではなく、そうなるべくしてそうなったとしか思えない状況にありますし、また、優秀な門人達との縁も結ばれたとしか思えないものがあります。
 現在お世話になている日本武道館や日本古武道振興会、日本古武道協会の諸先生方との縁もまたしかりです。
 不思議なことに、悪縁は何もしなくてもすぐに切れ、良縁のみが強く結ばれていきます。
 今回、出雲大社の参拝したのは、いままで良縁を授けていただいたことへの感謝と、良縁が続くこと、さらなる良縁を授かることへの祈願のためです。
 境内には様々な種類の桜が植えられており開花しているものもありました。
         桜1

                       桜2

                                       桜3


 参拝の後は、日御碕に行き日本一高い灯台から日本海を眺め、
              日の岬


 日御碕神社に参拝して帰りました。
                                日御碕神社

  
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  1. 2008/03/22(土) 00:12:53|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

肉体労働

 今日は何年ぶりかに肉体労働をしました。といえばおかしく聞こえるかも知れませんが、無双神伝英信流抜刀兵法の稽古も渋川一流柔術の稽古もぶっ続けで稽古してもほとんど疲労と言うものは残りませんので稽古は肉体労働の一種にも入らないと思っています。
 先日久留米から稽古に来た無双神伝英信流抜刀兵法の師範代代理も2時間、通しで稽古したのにも関わらず、疲労はほとんどないといいますし、私も2尺8寸2分の鞘を払って約1480gの刀を2時間振り続けても疲労はのこりません。
 今日はi以前の職場の同僚のお手伝いでマンションの3階から小さな冷蔵庫や洗濯機、小さな食器棚を一人でおろし、本の入ったダンボールを何個か運んだのですが、ほとんど疲れませんでした。筋力トレーニングは全くしませんので、自衛官時代に比べ筋力は完全に落ちています。当時はウェイトトレーニングを続け、中央観閲式に参加のため出場こそ出来ませんでしたが、山口県のベンチプレス大会の優勝者よりも重いバーベルを持ち上げており、稽古するたびに筋肉が業を妨げている状況でした。
 最近の家電製品が軽量化されているといっても、今日自分一人で運べたのは驚きでした。それくらい筋力はなくなっているからです。
 思うに、体遣いが筋力があった頃よりも数段上達しているという理由によるのでしょう。前夜は自然の中の微妙な狭窄な場所で仮眠をとり、体の半分近くが地に着かず半ば落下しかけたような状況の中で横たわり寝ていたので、眠りも浅く体調は完全ではありませんでしたから。
 今日荷物をどのように運んだという具体的な方法は全く記憶していませんし、考えて運んでもいないのですが、物と自分とが一つになり双方を合わせた中心が自分の中心であったと言う実感だけは残っています。
  
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  1. 2008/03/22(土) 22:32:40|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

居合と柔術の相性

 昨日は渋川一流柔術の稽古日でしたが、渋川一流柔術の稽古を専門にし、最近、無双神伝英信流抜刀兵法の稽古をされるようになった方の動きの質の向上を確認することが出来ました。
 どうしても、肩や肩甲骨が体から遊離し少し浮いている方のそれらが下に落ち着いてきたので、全体として臍下丹田を中心とした調和の取れた動きへと向上しており、また、体と肩から先がばばらばらになっていた方も今まではいくら指導しても直らなかったにもかかわらず、指摘すれば自分自身で修正できるようになられました。
 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古ははじめは一人で行う素抜き抜刀術の稽古からはじめるため最初から二人組みで稽古を行う渋川一流柔術の稽古よりも、自分自身の動きに気づきやすいという利点があります。また「絶対に無理無駄をはいす」という稽古の条件で刀を手にしていますので自分自身の歪みが刀に映り、歪みを把握し易いのです。
 渋川一流柔術も刀を腰に差していた時代の柔術ですので、いくら柔術が専門の方であっても、全く居合・剣術を知らないと言うことはなく、どれに重点をおくにしても、多少なりの稽古はしていなければなりませんでした。そういう意味から渋川一流柔術の稽古を専門にされる方でも、ある程度稽古が進んだ方は無双神伝英信流抜刀兵法の稽古をされることが望ましいと考えており、無双神伝英信流抜刀兵法の稽古をしたほうが渋川一流柔術の業の向上があるのは当然のことだと思っています。
 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古を専門にされる方も稽古が進んだ方には大小詰・大小立詰といった柔術技法をお教えしていますが、動きの質が向上した方には柔術技法が刀を手にする動きと異なるものではないと感じられると思います。無双神伝英信流を専門にされる方が柔術の稽古をされた場合には業の広がりが出て、刀に対する居着きというものもなくなってきます。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師範代代理が大小詰の稽古を始めたときに、まったく違和感なく柔術技法の稽古に入っていけましたし、先日初めて渋川一流柔術の稽古をつけたときも私が思っていたとおりにスムーズに稽古ニ入っていけました。それに伴い居合の巾も広がっているように思います。
 動きの本質を養なおうとする者には無双神伝英信流も渋川一流も技法の違いはあっても異なるものではなく、互いに相乗効果をもたらすものだと考えます。

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  1. 2008/03/23(日) 21:46:07|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

江戸時代後期の貫心流

 明日、徳島県で「広島藩の貫心流と難波一甫流について」という演題で講演をします。貫心流について江戸時代後期の様子が明治41年に倉田毎充氏によって記された 『尚古』第参年第壹號の「細六郎について」という記事に載せられていますので、今日と明日、ご紹介いたします。

 防具の改良とともに打突部位が限定され、競技化していったのだろうと推定できますし、本来全てを習う貫心流が競技化とともに剣術の教授に特化していった様子が伺えます。


 稽古道具について

 稽古道具は細六郎義知のころは、面鉄の間隔は離れ、偏平なものもあれば中央が突起しているものもあった。胴は竹製で咽喉の下まであり、小手は肩胛まであったので動作が自由にならなかった。竹刀は袋竹刀を用い敏捷の技を行うことはできなかったが、細家では細六郎義知以来、竹製のもののみを用い、袋竹刀は用いなかった。
 細六郎致義の頃になると全国的に改良が加えられ、胴は皮製となり、竹刀は恰好体裁のよい竹製となり、面がねも鉄線と鉄線の間隔が一定となり、密となって小手も臂までとなって行動が楽になった。

 稽古の内容等について(細六郎致義のころ)

 試合(註:防具着用の稽古のことであろう。)は毎日午前中に行われ、午後は半の日に侍士のみに指南し、形・長刀や種々の口傳を教授した。
 寒稽古は寒中20日間とし毎朝未明に出て、黎明に至るまで修練した。
 休日は毎月15日、30日の2回であった。
 毎年、100日以上出席した者は翌年、その名を掲示して奨励の一助とした。
 細六郎義知の子、細六郎義為呑空は貫心流剣術・司箭流長刀・柔術を全て指南していたが、細六郎致義に至っては、剣術の門人が増加し、教授の時間がないため柔術の指南は廃止した。


 
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  1. 2008/03/25(火) 00:49:04|
  2. 武道史

江戸時代後期の貫心流 2

 昨日に続き、江戸時代後期の貫心流の様子を紹介します。
 広島藩では他流試合の実施は他藩に大きく遅れをとりました。しかし、それが必ずしも武術の質が低かったとはいえないと思います。競技化が遅れたというだけの事ですから。競技をする上では遅れをとったかもしれませんが、実際の場で役に立たなければ武術とはいえませんので。
 また、当時、農村でも武術が盛んであった様子が伺えます。農村での武術の基盤があったので広島藩は地域の治安を維持させる為の農兵を組織できました。


    他流試合について(細六郎致義のころ)

 当時、廣島藩の師家は他に三家あった。上流町に住んだ藩主の師範であった一刀流の間宮一左衛門、白島に住んだ真影流の關十郎左衛門、下柳町に住んだ圓明流の多田源左衛門である。これらの師家は他流試合をしないだけでなく、観覧をも許さなかった。細六郎は「どうして実用に適するようになることがあろうか。」とこれを嘆いた。
 後に、多田源左衛門が細六郎の門弟を招き伎を校ベさせたが、これが廣島藩における他流試合の始めとなった。他流試合を俗に出會ともいう。次いで間宮一左衛門や關十郎左衛門、また段原に住んだ信抜流の原毅平も細六郎の門弟を招いた。この後相往来し、士気を鼓舞振興することになったが、門弟の多さは細六郎に並ぶ者はなく、その名声は四国・九州に及んだ。


   農村部での指導について(細六郎致義のころ)

 廣島藩の郡中へは細六郎の弟、亀之進が各村を巡回指導していたが、その没後は廃止していた。しかし、懇請する者が多いため、門人中の錬達者を選定し門弟の取立をさせた。
 郡中では一か所で100人以上の入門者があり、20日以上滞在し、入門料を一人一歩徴収して細六郎に納付した。

   武者修行者への対応について(細六郎致義のころ)
 
 武者修行に来廣するものは細を目的としていた。武者修行者が来廣した時には「かざりや」という定宿に案内し、門人に朝夕旅宿に送迎させ、歓待した。「かざりや」とは大手町三丁目の吉川旅館で当時は二丁目にあった。
 宿泊費用は細家が支出したが、後に藩費から支出することになった。
 武者修行者は細家で二日、原家で一日、その他の師家は三家老が順次引き受けることと
し、廣島での滞在は五日間を要した。

 
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  1. 2008/03/25(火) 21:49:39|
  2. 武道史

講演

 昨日、徳島での「広島藩における貫心流と難波一甫流について」の講演をさせていただきました。徳島県剣道連盟剣道史編纂委員の坂本先生のご依頼によるものでした。
 貫心流は源義経に発し東北の由利家に伝わり、宍戸司箭を経て伊予の河野大蔵に伝わり、その孫(越智と改姓)が広島藩に仕えることにより広島に伝承がありました。家伝として秘せられていましたが、一般に指南するようになり、溝口甚五左衛門によって徳島に伝えられます。徳島で貫心流を習得した初代細六郎は江戸においても教授しますが、後、貫心流の真伝を求めて越智家の弟子となります。功なり名をとげたあとの50歳頃の事です。そののち細六郎の子、孫と広島で明治維新まで貫心流を指南します。
 面白いのは広島では貫心流の刀の長さは自分の身長の半分つまり、5尺(約150cm)の身長であれば2尺5寸(約75cm)の刀を用いよという教えがあるのですが、徳島では2尺2寸くらいの短めの木刀で稽古していたようです。
 難波一甫流は難波一甫斎から長州の人二名を経て広島に伝わり、矢野家を中心に広島でさかえますが、徳島では難波一甫流は「南波一甫流」と名を変えています。また、伝系も南波一甫斎のあとに南波家の人物が3名書き加えられています。さらに、南波一甫斎は入道とされ僧侶の格好をし、金棒を振り回している絵まであります。
 流派は伝承のうちに変化していきますが、他の離れた地域に渡ると、変容も大きいのかもしれません。

 
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。今回も他県、他流派、他道場の方が参加していただける予定です。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。

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  1. 2008/03/26(水) 22:10:51|
  2. 武道史

部分の稽古

 体の一部の用い方が悪く、全体として調和が取れていないときにどのように直していくかによって大きな違いが生じます。
 よくあることですが、動きの悪いところにばかり意識を集中してそれを直そうと努力をされます。たとえば、刀を手にするときの手の内が悪ければ意識をそこに集中して手の内を直そうとするように・・・。
 しかし、手の内も体あっての手の内であり、肩・腕があっての手の内です。手の内に集中する余り、体の他の部分が疎かになり、手の内が出来たと思っても土台の部分が歪んでいてはどうしようもありません。
 部分はあくまでも全体あっての部分なので、基から修正していくことによって随分と修正されるものです。また、手の内のみを直そうと思っても、他の部分が歪んでいれば本当の意味でなおるものではありません。あくまでも全体を正すことによって部分が修正されるという方法をとらなければ、その場しのぎの小細工に過ぎなくなってしまいます。
 よくよく工夫してください。

 
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  1. 2008/03/27(木) 22:12:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

初心

 下の作品は私がはじめてがま口バッグ作りを教えた高校生の女の子二人の作品です。仕上げは難しいので私が手伝いました。

              弟子作品

 初めてにしては良く出来ています。最近の女の子は針で手縫いすることがないためか随分苦労していました。針も長く太いものを使わなければ縫うことが出来ませんでした。しかし、一心に、一針一針心を込めて縫いましたので何とか作品になっています。針仕事も年月を掛けなければ上達するものではないと思いますが、いい加減な気持ちと作業を何年も続けてしまったら、慣れはあっても上達はしないでしょう。
 武術の稽古も同じで、初心の時のひたむきさ、真剣さが上達につながりますが、少し稽古して「このくらいできるようになったから。」「これだけ上達したから。」「これだけ稽古したから。」といっていい加減な気持ちになって稽古してしまったら手馴れた動きは出来るようになっても、決して本質の向上はありません。
 業の向上に限りはないのですから、常に初心のひたむきさ、真剣さがなければ向上するものではないのです。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師範代代理も編物をしたり、小物を作ったりしますが、その仕事はいつも丁寧で自分に妥協しません。
 下の写真は小さいサイズなのでわかりにくいかと思いますが、無双神伝英信流抜刀兵法の師範代代理がはじめて柳井縞を機織し、その生地で作ったブックカバーです。
                    ブックカバー
             

 何事も、何年たとうとも、初心のひたむきさ、真剣さがなければ真の上達はありません。

           
 
 3月30日(日)に一般に公開した自由参加形式の貫汪館居合道講習会を実施します。今回も他県、他流派、他道場の方が参加していただける予定です。講習会のテーマは『自由に動く為の大森流の稽古のあり方』です。詳しくは貫汪館ホームページ(←クリックしてください)の無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページを御覧下さい。

 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします

  1. 2008/03/28(金) 23:55:19|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間に合わせの動き

 無双神伝英信流抜刀兵法も渋川一流流柔術も形の稽古を中心として自在な動きを身につけようとします。
 この形稽古、全ての無理無駄を無くして動くことが上達への道なのですが、無理無駄を無くすことが出来ず、また無理無駄を無くして動こうとしたら、上級者のように動けないため、とりあえず、小手先の動きで形を真似、外見をつくろう稽古をしてしまう方がおられます。しかし、そのような稽古をしたが最後、絶対に上達はありません。
 たとえば、「鞘から切先が離れるまで柄手を右に動かしてはならない」と指導された人が刀が抜けないからと言って安易に柄手を右に寄せて刀を抜くことを繰り返せば、そのような動きが身についてしまいます。結果として抜付けで正面の敵に物打が届くことなく刀は抜けていても敵には斬られていると言う動きが身についてしまいます。
 このような場合、刀を抜きたいからと間違った動きをして刀を抜くことは厳禁です。抜けないからこそ、抜くと言う動作を深く求めることが出来るのに、自らそれを放棄してしまってはどうにもなりません。
 「振りかぶりで肩を体から遊離させてはいけない。」と指導を受けた方が、そのような動きは出来ないからととりあえず肩先で刀を振ることを繰り返していれば、そのような動きが身についてしまいます。また、とりあえず、間に合わせの動きで刀が振れているので、工夫する必要もなく、工夫がないのですから、できるようになろうはずもありません。 
 工夫なきところには何物も生まれることはありません。厳しいようですが、できないのは自分がしようとしないからであって、安易に物事を捉えすぎているということを自覚しなければなりません。


 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。
  1. 2008/03/29(土) 23:14:36|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

大森流講習会

 本日、大森流講習会を開催いたしましたが、他県、他流派、他道場から多くの参加を頂き、無事盛況のうちに終えることが出来ました。誠に有難うございました。
 礼法、歩法等の前回の講習会の復習の後、初発刀の柄手、鞘手のかかりに随分時間を費やし、初発刀のみで午前中を使ってしまい、午後は陰陽進退と一つとばして順刀までの講習しか出来ませんでしたが、内容のある講習会であったと思っています。 多くの方が自分のレベルに応じて何物かを会得されていたと思います。

 「手のかかり」というのは文字通り手がかかるからであって、「手をかける」訳ではないからです。講習でお話しましたとおり、体の末端の動き、刀に手がかかってからは切先までの動きは全て中心を使った結果であって、同じように見えても結果としてそうなる動きと、そういう結果を求めて末端を使う動きでは本質的に異なっています。結果を直接的に求めて動く動きには末端に筋肉の緊張による「やった」という実感が残りますが、中心を使った結果末端が働く動きには末端の筋肉の緊張はありませんので、「やった」という実感は残りません。
 したがって、実感をどうしても求めたい方は、いくらお教えしても違う内容を求めているので、無双神伝英信流抜刀兵法における、本質的な上達はありません。師、梅本三男貫正先生は「思いが異なれば教えようがない。」と仰られました。
 同様に、今日の講習会では外見の物まねは硬く禁じましたが、外見を真似ることには全く意味がありません。中心の動きが外に現れるので、中心がぶれれば外の動きは当然ぶれてしまいます。動きが上達し、完成しているわけではないので、外の動きはぶれて当然なのです。むしろ、ぶれることによって体の調和が乱れているのを知ることが出来、より、良い質の動きを求めることが出来るのです。
 しかし、外がぶれるのがいやだからと言って外を固めて、小手先で、上級者の形の真似をしていたのでは武術における「形」ではありません。形稽古において出来もしないのに、できた振りをしたく外見をつくってしまえば、その時点で上達はないことを知らねばなりません。形稽古の目的は自由自在に動ける体を養うことにあるのであって、形を見事に演じることにあるのではないからです。「下手である」という実感無しに上達はないのです。

 次回の講習会は5月25日(日) 「英信流・表」講習会 です。他流派、他道場、初心者の方のご参加をお待ちいたします。
 
 4月13日(日)午前9時より、廿日市市の速谷神社で貫汪館奉納演武会を実施いたします。
  1. 2008/03/30(日) 21:37:17|
  2. 居合 総論

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Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

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