無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

汎用的な体遣いと特化した体遣い

 小学校中学年くらいから渋川一流柔術を稽古している男の子が中学校に入り、剣道部に入部しました。入部して数ヶ月くらいしてから、やはり悪癖が出てきました。
 渋川一流柔術も無双神伝英信流抜刀兵法も一つの武術の種目のみではありません。渋川一流柔術では棒術も十手も分童も鎖鎌も居合も使わねばなりませんし、無双神伝英信流抜刀兵法でも剣術も柔術も使わなければなりません。いちいち種目によって体遣いが異なるのではなく、共通した体遣いで異なる種目の武術を行います。
 一方、現代武道は特定のルールの下で、そのルールにあった勝ち方で試合を行い、勝つことに意義があるため汎用的な体遣いは良しとしません。その競技にのみ、その競技のルールの下で、最も有効に使える体遣いであるほうが良いわけです。したがって剣道も出来れば柔道もできるという方は現代ではなかなか居られません。
 しかし江戸時代には「今は槍をもっていないので・・・。」とか「今は大刀は腰に無いので・・・。」とか「今は素手なので・・・。」と言っていられない時代です。したがって一通りのことが出来る体遣いが求められるのは当然の事でした。
 問題は、現代武道を熱心ににすればするほど、その競技には、その体遣いは使えるが他の種目には使えないという妙な動きの癖が身につくことにあります。以前も剣道部に入部した女の子がいましたが、数ヶ月で所謂駄目な動きになってしまいました。どうしても右足前で、飛ぶような浮ついた動きになってしまうのです。
 もう何年も前の事ですが、私は短剣道の七段を受審するために愛車のZRX1200Sに防具を積んで中国自動車道を走り、岡山県の陸上自衛隊の駐屯地に行って丸一日講習を受けたことがあります。
 受講者のほとんどが陸上自衛官ですので、体力的には全く問題がないのでしょうが、私は無駄な体力の消耗を避けるために講習は無双神伝英信流抜刀兵法・渋川一流柔術の汎用的な体遣いで稽古していました。当然のことながら、高段者の先生からもっときびきび節度をつけてメリハリのある動きをするように時々指導を受けました。各グループごとに指導の先生がついておられましたので、指導の先生は一体私が上達するのかどうかずいぶんと心配されていたようでした。
 丸一日の講習が終わって、七段の審査がありましたが、そのときだけは短剣道に特化した体遣いで受審しました。結果は合格させて頂きましたが、その後、指導してくださった先生が私の元にこられれて、お褒めの言葉を掛けてくださいました。「全銃連の本部の先生に、『今日一番良い受審者でした。あそこまで良く指導をされました。』と私が褒められました。」と、にこにこしながら。
 汎用的な体遣いが出来るので、特化した体遣いにかえることが出来るのですが、講習のはじめから特化した体遣いをしていたらとても体力は持たなかっただろうと思います。その後もバイクで中国自動車道を帰る体力がありました。
 余談が長くなりましたが、現代剣道にしても現代柔道にしても特化した競技ですから、ずいぶんと我々が稽古している内容とは異なる部分があります。しかし、子供達は「それが正しい。」と指導を受け、安易に、同じ武道だからと、簡単なほうの特化した動きを選んでしまいます。
 指導者は、よくよく子供にその違いを説明しなければなりません。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。


 11月3日(土)午前9時半から明治神宮西広場芝地(雨天の場合は至誠館剣道場)において日本古武道振興会主催の明治神宮奉納日本古武道演武大会が開催されます。貫汪館からも無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術が演武します。お時間がある方はお越しください。
  1. 2007/11/01(木) 00:30:29|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 11月3日(土)の明治神宮での日本古武道演武大会に参加するため2日(金)に上京、時間があったので、上野動物園に行き動物達を見てきました。
 猿山で、ニホンザルたちが戯れている姿を見てふと「猿達は賢いな」と感じてしまいました。
 ロープに飛びついていたり、遠くへ跳んでいたりしても、まったく自然なのです。人であれば、此処からあそこまで、どれくらいの距離があるからどれくらいの跳躍力でなどと考えてしまい、頭が体を硬直化させてしまうのに、どの猿も自然です。別に猿が賢くて頭で考えず体で感じることが出来るわけではないのでしょうが、賢いはずの人間がかえって頭で考えすぎて自由に動けなくなってしまいます。
 武術も同じで、頭で考えた動きは不自然で無理無駄ばかりを生じさせてしまいます。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生に入門した頃、先生はよく私に「森本君は頭がいいからいけない。バカになれ。」と言われました。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/05(月) 23:15:51|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

演武の心得

 11月3日(土)の明治神宮の演武会で感じたことを述べます。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生、渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生御二人の共通した演武の心得として「当日の演武会場で稽古はするものではない。」という教えがあります。
 大きな演武会に参加すると、必ず演武前に稽古をされておられる方を見かけますが、武術とはいついかなる時にも対応できる術で無ければならないというお考えで二人の師は演武直前に稽古をすることを良しとはされませんでした。したがって貫汪館では演武当日に会場で稽古するという考え方はしませんので、皆さん心掛けていただきたいと思います。
 また大きな演武会などで直前に稽古をしていると武術の動きのわからない見学の方に迷惑をかけないともかぎりません。くれぐれも心しておいてください。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/06(火) 23:57:09|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

途切れぬということ

 11月3日(土)の日本古武道振興会による明治神宮・奉納日本古武道演武大会で、他流派の方から「先生の演武は途切れるところが無い。普通は一つの形を行い、次に移るときにふと途切れができるものですがそれが無く初めから終わりまで続いていますね。座禅をされていますか。」とお褒めの言葉を頂きました。
 このようなお褒めの言葉を頂いたのははじめてのことでした。座禅はしたことがなく、航空自衛隊幹部候補生学校に入校していた時に比叡山研修で一度経験したことがあるくらいです。そのときには、「実力の無いお坊さんのもとで座禅をするくらいならしないほうがましだな。」と思ったくらいです。
 ただひたすらに座っていたとき、私の心の調和を乱す気がこちらに向いたことを感じ「来るな」と思ったのですが、やはりしばらくして若いお坊さんが来ました。座禅の最中に体かわすこともできませんので、そのまま肩を打たれていましたが、誰を打とうかと考えて打つことしかできないお坊さんのもとでの修行は益無しと思ったものでした。
 ところで、10分間の演武の最中に気を抜いてはならないのは貫汪館の皆さんはよくご存知のことだと思いますが確認のためにここに述べます。演武場は戦場であると心得なければならず、戦場であるからには一つの形が終わっても隙を作るわけには行きません。一人に対処したとしても次から次へと敵は現れてきます。しかも前方からのみとは限りません。その意味で演武中は入退場ともに決して途切れるということはありません。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生に入門し始めて演武する前に心構えとして教えられたことですし、渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生は私達の形を稽古のたびに確認されましたが、師の前で途切れる瞬間があるということは決して許されることでもありません。
 さらに、演武塲外においても気が途切れるということは隙をつかれるということを意味します。途切れないといっても、常にぴんと張ってきつい状態をいうのではなく、弛まず居着かぬ状態をいいます。日常での動きこそが最も稽古になりますし、また、実際の塲でもあります。


 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/08(木) 17:15:26|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

途切れぬということ2

 前回,途切れぬということについて述べましたが、これは何も武術にのみ限ったことではありません。
 途切れぬということに関しては私の趣味のがま口バッグ作りや草木染めに関しても同じことが言えます。
 生地を縫い合わせるときに、心が途切れてしまうと針の動きにも途切れが生じ、糸は思うように走ってはくれません。針と糸を持てば、1時間でも続けて動きつづけています。その間、心が途切れることはありません。これは全く居合の稽古と同じ事だと感じます。所用があって針を置いても再開するときには又、同じ心の状態から始まります。そうでなければ、仕上がりはいびつになってしまいます。
 また、草木染めは気が抜けたり途切れたりすると、何故かむらに染まってしまいます。ほんの少しでも油断はできないのです。
 注意して頂かなければならないのは、途切れぬという事と心の状態がピンと張り詰めているという事とは異なりますので、勘違いはされないで下さい。委細は稽古の際に。

草木染め
草木染め(藍・蘇芳・小豆等)

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/09(金) 17:16:19|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

修行

 知り合いのある研師の方に聞いたお話です。その研師の方は修行も終え一人前の研師として仕事をされていましたが、さらに良い研ぎをしたいと師匠のもとでの再修業の道を選ばれました。再修業の期間は10年間とお話になられました。
 「修行中は師匠に命じられた仕事が済むまでは仕事場である自分のマンションからはみだりに外出することは出来ず、人に会うこともできません。師匠が命じられた研ぎの仕事以外はしてはなりません。」と語られ、「それが守れない時には破門になります。」と話されました。
 修行とは、本来これほどまでに厳しいものです。師は全力で弟子を向上させようとし、弟子の全てを見たうえで、なすべきことを指示します。それを弟子が自分のかってな思いで、師の命に従わなければ、失敗するのは当然であり、自分を育ててくれようとする師を裏切ることでもあります。
 自分の考えが正しいと思い師の指示に従えないのであれば、自分の思いに叶う師を見つけるか、独学で求めるほかはありません。
 現在は世間一般に教師を軽んじることに始まり、御教えいただく師というものを軽んじる風潮があります。師を軽んじることは修行を軽んじることであり、修行を軽んじてしまえば向上はありません。
 渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生はかって「修行をしようとするものがなすことが出来るのは師を選ぶことで、入門してからは師の言われるままに修行しなければならない。」と話され、また、無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生も「修行における弟子の権利は師を選ぶことのみである。」と話されました。
 今まで道場で何人もの人に稽古をつけてきましたが、結局のところ、自分中心から抜け出せない人に向上はありませんでした。
  

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/11(日) 00:08:56|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

写真

 武術の感覚を磨くための道場外での稽古として、写真を撮ることもお勧めします。
 武術はその場その場で同じ動きは全く無く、その瞬間に応じて変化しなければならないものです。たとえ形稽古であっても、渋川一流柔術においては、形をあわすという考えは持ちませんので、決まった手順の形ではありながら毎回毎回、稽古の度にその動きは必ず異なるものであり、無双神伝英信流抜刀兵法にあって一人で行う形であっても、想定の敵の動きは固定せず、抜付けも古来「右側面」とのみなっており、業に特殊性がない場合は「コメカミ」「目」「手首」といったように抜付ける部位は特定されていません。太刀打、詰合、大小詰といった二人で組んで行う形でも、その時々に応じて1cmでも間合が異なれば変化せざるを得ないものであり、固定したものではありません。
 写真を撮る事は、一瞬一瞬の今を切り取ることであり、全体の中での一部を見る目が無ければ、気に入ったものを撮る事は難しいものです。
 風景の写真を撮るときに、たとえ同じ場所、同じ撮影のポイントであっても、一瞬の光の加減や風の向きによって自然はまったく異なる顔を見せます。また、人物を撮る場合はなおさらです。
 今は昔と異なりデジカメがあり、いちいち現像しなければ写真が見れないということもありません。感覚を磨くための方法として試みてください。
 

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/12(月) 08:52:34|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

秋の新作

 
 明治神宮での奉納演武に上京し、給料日まで軍資金が乏しい状態になってしまったので、日曜日は終日、がま口バッグ作りをしました。今回の作品は秋にふさわしい作品です。
 2作品とも1年以上前にオークションで購入した古布で作ったバッグで、多少しみはあるものの、遠目に見れば分かりません。
 バッグ作りは布のどの部分を切り取るかがセンスの必要とされるところで、また、針の運行はずいぶんと刀の使いようを教えてくれるものでもあります。数年前に針の動きから、自分の武術の動きの至らぬ箇所を知ることが出来たのは私にとって記憶の新しいところです。
 何をしても武術の稽古にならないものはありません。大切なのはどのように取り組むかということだと思います。

秋の新作 1


秋の新作 2



 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/13(火) 00:10:15|
  2. 未分類

上達の秘訣

 上達の秘訣は向上心にあります。
 昨日の渋川一流柔術の稽古ではいつもは仕事の関係で来ることが出来ない方が、今日は仕事が早く終わったからと、職場から道場にスーツのまま来られ、すぐに着替えられて残り30分ほど稽古をされました。
 「30分しかないから・・・。」と考えるのと「30分あるから稽古に参加させてもらおう。」と考えるのでは上達に大きな差が生じます。普段週に1回しか稽古できない方が「今日は遅くなったので、残り30分くらいしか稽古できそうにないから稽古を休もう。」と考えれて休めば、1回稽古しない事は2週間稽古しないということになり、半月も稽古しないことになります。しかし、たとえ30分でも稽古すれば、それは必ず、上達につながる稽古となります。
 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古では入門して二年に満たないのに、5年分くらいの上達をされた方がおられます。お仕事が忙しく、稽古時間全てを稽古するということが出来ない方なのですが、仕事が忙しい時には「最後の10分でも見学をさせていただこう。」という姿勢を持ち続けられました。通勤の服装のまま角帯のみしめていただき、斬撃の稽古を稽古の終了時間まで、5分、10分だけして頂いたこともあります。そのような短時間をも惜しんだ稽古は心が稽古に集中したため、大きな進歩をされました。
 上達したいという純粋な思いのみが自らを上達させる事ができるようです。

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/13(火) 19:48:33|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武術は趣味たりえず

 「武術が趣味である。」ということは決して言うことが出来ないものです。
 なぜならば、稽古する術技は命がかかった場合にのみ用いるという大前提があり、命という前提の前ではプロも、アマチュアも区別できないものであるからです。たとえ、武術が道といわれ武道と称しても、また、目的が道を求めるためといっても、自分の命を、あるいは家族の命を守る術技無しには存在しないものが武術なのです。
 「私にとって武術は趣味であったので、殺されました。」「私にとって武術は趣味であったので、家族は命を落としました。」と言うことが出来ないのが武術であり、たとえ稽古量は少なくても、その稽古が命を守るためのものでなければ武術とはいえないものです。けして娯楽とはなりえないものなのです。
 西山松之助先生が『家元の研究』で「本来勝負を主眼とする武技の世界にあっては、何流であれ、負けることは同時に生命をたたれるのであるから、負けたのではその権威を保持し得ないのは自明のことである。」と述べられたように武術においては茶道や華道と異なり、ほとんどの流派で宗家制度というものが存在しなかった理由です。斬られれば終わりの世界であり、現在のように自ら宗家であると詐称して自己を権威付けても何ら意味はありませんでした。
 また、その意味から無双神伝英信流抜刀兵法も渋川一流柔術もいわゆる居合の大会などのように競技化することは出来ません。競技にはルールがあり、ルールの中で優劣を競うものです。しかし、何か事がおこる場合にはルールは存在しません。競技に慣れてしまっていてはルール以外の不測の事態に対応することは難しいものなのです。武術とは常に自由であることを求めなければなりません。
 自分が稽古していることは一体なんであるのか、よく考えて稽古に望むことが大切です。
 道場で稽古する形は形でありながら、形ではありません。
 口伝は道場において。

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/14(水) 20:19:52|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

思いが変わらねば

 「思いが変わらねば。」とは無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生の言葉です。
 初心者でもあるまいにいつまでたっても技の緩急だの、脇をしめてだの、腰を入れてだの、切先の高さはだの、より強くだの、そんな思いで稽古をしていては上達はありません。外見を作る稽古をしていてはいつまでたっても自由な動きになることはないのです。
 全ては結果であり、結果を直接求めるものではありません。先生の業が晩年になってから変化したのは、上達ではなく、今まで積み上げたものを捨て去ったからなのです。本質的な部分で全く異なっていたのです。それを今まで行われていた稽古の延長であのようになられたと思うから、どなたも先生の本質を見ることは出来ませんでした。先生は本質的に変化されてからは言葉による指導はあまりされなくなりました。見える者だけがついて来ればよい良いとお考えでした。
 したがって、多くの見えない人たちは従前の稽古をただ繰り返すだけで、先生の本質とはかけ離れたものを求められました。先生の下に稽古に来られることさえあまり無くなり、私一人稽古を付けていただいたことが何度もありました。先生の思いが理解できなかったのです。
 貫汪館で稽古される方であっても、思いが異なっていてはいくら稽古しても上達はありません。
 

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/15(木) 20:05:33|
  2. 居合 総論

先入観

 中年になってから無双神伝英信流の稽古を始める方に多いのですが、稽古を始めてからも自分の先入観を捨てることが出来ず、習ったことが素直に身に付かないといったことがしばしば起こります。
 時代劇が好きで、刀はビュンビュン振り回すものだと思い込んでいる方に、「稽古では静かにゆっくりと振る事によって、やがて速さが自然に身につくもので、身に付いた速さは速いという実感はない。」といくら説いても、先入観に支配されている方は腕力で速い実感を求めることはやめられようともしません。静かにゆっくり振って、振ったという実感が腕に無ければ稽古を始める前より下手になったように感じるからです。自分の中に上手・下手の価値観が出来上がっていてそれを捨て去ることが出来ない方はどのように指導しても決して上達することはありません。
 以前、ある初心者の方に「演武に使う大切な鞘木刀ですから。傷つけたくは無いので大事に使ってください。」とお話して、お貸しし、静かに抜き出すことを何度も教えたのですが、自分一人で稽古されるときには必ずシャキーンと鞘音高く抜かれる方が居られました。自分の価値観が私が指導することよりも勝っていたのです。このような方が上達するはずもありませんし、流派の技を身につけることなどは不可能な話です。
 このように極端ではないにしても、歳をとっていれば「このようにしたほうが強いはず。」とか「このようにしたほうが速いはず。」といった先入観が少なからずあります。そしてそれが、身についているために、無意識のうちに動きに表れることも多くあります。そんな場合指摘しても、何故自分自身そのような動きをしているのかが分からないと思います。
 自分自身の心の働きや身体の動きを第三者的に見つめなおし、稽古を始める前に持っていた先入観を捨て去ることが大切です。


 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。

  1. 2007/11/17(土) 22:30:21|
  2. 居合 総論

動きについての気付き

 土曜日の渋川一流柔術の稽古で気づいたことですが、形の最後の動きになる極めをそれまでの動きと別個のものとして動かれている方が何人か居られました。
 初心者の場合には動きが分からず、極まってもいないのに決めたようなつもりになることがあるので、最後の極めを明確に教えていますが、それですらそれまでの動きと途切れたものとして教えてはおりません。しかし、「いち、に、さん」と動く癖がついた方は最後の極めが一連の動きの最後に来るものではなく別個のものになってしまうようです。
 以前にも述べましたが、動きを区切って「いち、に、さん」と動いていてはその間が隙となって逆に相手に技を返されてしまいます。たとえ、ゆっくりとした動きで稽古していたとしても全ての形は、「いち」で極まらねばなりません。動きに途切れるところはありませんので、今一度自分の動きに隙はないかどうか確認してください。
 
 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法と渋川一流柔術の行事のページに明治神宮奉納演武の写真を載せました。ご覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/19(月) 01:06:45|
  2. 柔術 総論

親のなすべき事

 子供達の稽古を見ていて私が子供であった頃に比べて、あまりに経験してきたことが少ないのだなと情けなくなる思いがすることが多々あります。
 たとえば重たいものを持ち運んだ経験があまりにも乏しく、重たいものを持ち運ぶ時のコツといったものが全く体感として分かっていません。少なくとも重い物を運ぶときには小手先では運べないので、何度も繰り返していれば自分の中心が無意識に自覚できているはずなのですが、そんな経験が無いので、全て小手先で済ませてしまおうとします。
 私が子供であった頃は山の間引きした木を運び出したり、シャベルで土を掘り一輪車で運んだりといった軽作業の手伝いをし、何となく身体を使うコツのようなものを子供ながらに掴みかけていたものですが、今の子供達はそのような経験は全くしたことがないようです。何度稽古で指導しても、まるで、ゲームのコントローラーでも操作するような感覚で小手先で相手をコントロールしようとする子が多くいます。
 人間関係においても長幼の序というものが全く分かっていません。昔のように年令の離れたリーダーの下で遊ぶということも無くなったからでしょうが、指導して頂いている先生より遅れて道場に来てもなんとも思わず、大きな声で更衣室で話をしながら更衣、指導して頂いて稽古が終わったら、道場の戸締りもしていないうちから指導者に挨拶もせずに我先に帰宅。何も知らない小学生の低学年なら話して聞かせたら理解し、行動しますが、長幼の序については中学生にもなっていたら、一を聞いても0.1位も理解しません。
 学校教育で、教師を軽んずる風潮をそのまま道場に持ち込んでいるのでしょうが、師を軽んずるものが師の教えることを身につけることができるはずはありません。ましてや武術は人から人でなければ決して伝わらないもの。本で読んで得られる知識とは本質的に異なっています。
 長幼の序は本来家庭で身につけておくべきことでしょうが、今の時代、親に叱られた事がない子もたくさんいます。また、甘やかすことが愛情だと勘違いされている親もいます。
 十年数年たくさんの子供達を指導してきて、その中で思ったことですが、親がなすべきことは、子供に苦労させ、本来あるべき秩序を理解させることではないでしょうか。

 11月25日(日)午前9:20から厳島神社において日本古武道協会主催の演武会が行われます。渋川一流柔術は1番目と最後に演武致します。最後の演武は14:16からです。演武される方以外の方もお時間があればお手伝いにお越しください。
 
 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/20(火) 23:47:36|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

体にまかせる

 本日の無双神伝英信流の稽古では徹底的に体にまかせる稽古をして頂きました。 
 体に任せる稽古というのは、手の内とか、脇とか、足首の働きとか、膝の働き、腰の動きといったことを全く考えずに、ただ身体の真ん中に任せて動くだけの稽古です。
 ある程度上達した人なら、体にまかせて動けば全ての動きの調和が取れており、無理や無駄が無くなり、意識しなくても速さ・強さは自然に生まれてきます。そのような速さ・強さは求めて作ったものではないので、自分では自覚できるものではなく、あくまでも、自分には自然に動いているという感覚しかありません。
 今日は稽古を始めて2年足らずの方には、大森流・英信流表・太刀打・詰合・大小詰の稽古をしていただきましたが、「体にまかせる稽古」をしていただくと抜付けや納刀に無理無駄が無くなり自然に何気なく苦労せずに全ての動きができるということに気づかれたようです。また、大小詰においても、体にまかせれば力を用いずに打太刀を自由に投げることが出来るということも体感されたようです。
 いつまでも稽古で「ああしよう」「こうしよう」と考えた動きをしていると、自分自身がその枠の中にはまってしまい、自由な動きは出来なくなってしまいます。頭で考えるよりも、体に任せれば、体は自由に調和の取れた動きをあらわします。


 11月25日(日)午前9:20から厳島神社において日本古武道協会主催の演武会が行われます。渋川一流柔術は1番目と最後に演武致します。最後の演武は14:16からです。演武される方以外の方もお時間があればお手伝いにお越しください。
 
 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/22(木) 00:32:42|
  2. 居合 総論

昇段審査論文

  中学校1年生の男の子の初段の論文を紹介します。数年前に稽古を始めたときには、上達できるのだろうかと思うほど体を使うことができませんでしたが、自発的に根気よくこつこつと稽古を続けてきた結果、昨年から急に上達を始めました。努力、工夫を今後も続けてくれるよう指導したいと思っています。

「姿勢」

 柔術で大切なのは姿勢です。姿勢がいいと気も引き締まるような気持ちがするのです。
 ぼくは普段いつも猫背になっています。例えば勉強をしているときや、テレビを見ているときに背中が丸くなって姿勢が悪くなります。そんな時にはお父さんやお母さんから「姿勢が悪いよ。」と言われます。
 自分の姿勢を良くしている時もあります。姿勢を良くしているときは集中している時ややる気がある時です。「やる気が無いな。たいぎい。」と思っているときはたいてい、姿勢が悪いときです。毎日意識して、体に自然な良い姿勢を心がけたいと思います。
 柔術の稽古をしていて姿勢が大切だと思う理由は技がスムーズになるからです。技を極めにくいときは姿勢が崩れているときです。
 例えば意地稽古をしている時、僕の姿勢が崩れていたらすぐにバランスを崩されてしまい、技をかけられています。妹の稽古を見ていてもそうでした。妹の姿勢が崩れていたら、ちょっと押されただけで、すぐ転びます。また、姿勢が悪いときには妹がどんなに技をかけようとしても先生方は転びませんが、妹の姿勢が良くなると、先生達が転ぶということがわかりました。
 これからも自然な良い姿勢が取れるように稽古をがんばりたいと思います。


 11月25日(日)午前9:20から厳島神社において日本古武道協会主催の演武会が行われます。渋川一流柔術は1番目と最後に演武致します。最後の演武は14:16からです。演武される方以外の方もお時間があればお手伝いにお越しください。
 
 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/23(金) 01:31:19|
  2. 昇段審査論文

確かさを求めるが故に

 確かさを求めるが故にかえって不確かな物になってしまうという事を心に留めておいて頂きたいと思います。
 渋川一流には「受」の攻撃してくる手を取りそこを手がかりとして技を掛けていく形が多いのですが、「受け」の手をとる時に、早くしっかり確実に取ろうとするが故に自分の動きが相手との調和を乱し、結果として何をしようとしても「受」との対立関係が解消されず、技がかからなくなってしまうという状態を頻繁に見ます。
 相手との調和を乱さず、なおかつ自分が相手との関係で動きの中心になっていくためには0から10へと急に動いていては不可能です。ほんの短い間であったとしても0から少しずつ10へと変化していかなければなりません。それを心の焦りから早急に自分が相手を取ろうとすると、相手と力と力がぶつかることになってしまうのです。力と力がぶつかった場合、たとえ取れたとしても相手は直に逆を取ろうとします。
 早急な確かさを求めることを止め、相手と調和がとれながら自分が動きの中心となる動きを工夫してください。

 11月25日(日)午前9:20から厳島神社において日本古武道協会主催の演武会が行われます。渋川一流柔術は1番目と最後に演武致します。最後の演武は14:16からです。演武される方以外の方もお時間があればお手伝いにお越しください。
 
 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/25(日) 01:25:37|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

厳島神社・第18回日本古武道術技向上演武大会

 本日、日本古武道協会主催による厳島神社・第18回日本古武道術技向上演武大会がおこなわれ、渋川一流柔術は一番目と最後に演武をさせていただきました。
 渋川一流柔術は毎年、進行と、流派解説のアナウンスを仰せつかっております。演武をされずにお手伝いのみをしていただいた無双神伝英信流抜刀兵法ならびに渋川一流柔術を稽古される皆さん、お手伝い有難うございました。

 今回の演武会で感じたことは追々述べていきますが、今日は演武の位置についてのみ述べさせていただきます。
 厳島神社で行われた本日の演武は奉納演武であり、神々に我々の稽古している武術を御覧頂くための演武会です。流派によって様々な位置で演武が行われてれていましたが、演武に当たっては無双神伝英信流抜刀兵法・渋川一流柔術共に以下のことを頭においていただきたいと思います。
 御神前にお尻を向けた演武を決してしない事。
 今日の演武会場である祓殿は上座に向かって縦に細長いため、槍や長刀などの流派によっては横方向での演武が難しいところもありましたが、多くの心ある流派は祓殿を斜めに使われお尻を向けることが無いように留意されていました。渋川一流柔術はそれほど間を必要としないため、横方向での演武が可能ですが、もし、無双神伝英信流が太刀打などで間を広く取る必要がある場合には先ほど述べたように会場は斜めに使って演武を行い決して神様にお尻を向けることが無いように演武しなければなりません。
 二つ目は武器等を用いた演武をなす時は、決して神様に斬りつける様な方向に演武しない事。
 剣であろうと棒であろうとその方向が神様に向くことは不敬であり、神様に演武を見ていただくという大前提を忘れた行いです。無双神伝英信流抜刀兵法、渋川一流柔術の稽古者ともにこのような行いは許されません。心して演武しなければなりません。
 その他、演武中、控えにいる時にかかあらず、不敬にならないよう行動する必要があります。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/25(日) 23:52:46|
  2. 居合 総論

子供の演武

 25日(日)に厳島神社での演武会に渋川一流柔術の子供達も参加させて頂きましたが、一つだけ気に掛かったことがあります。
 子供達には前日、「演武をする者に大人子供の別は無く、家を出てから家に着くまでが戦場である。」とよくよく言い聞かせていたのですが、保護者の方が演武直前まで、子供として扱っていたために随分気が抜けた子達がいました。
 武道を何のために稽古させているのか、またしているのかをよく考えて、保護者の方は我が子であっても、こと武道に関する限りは決して子ども扱いはしないように務めていただきたいと思います。
 中には自ら自分を律して親から離れている子達もいましたが、やはり、その子達は上達のスピードが速い子供達で、今回も良い演武をしていました。
 今後は我が子の成長のため心を鬼にしてご協力いただきたいと思います。


 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/26(月) 23:46:00|
  2. 柔術 総論

周りを感じる

 稽古をする上で、周りを感じるということは非常に重要なことです。形の稽古では無双神伝英信流抜刀兵法においては素抜き抜刀術は一人で、太刀打・詰合等は二人で行います。また、渋川一流柔術においても二人捕・三人捕・四人捕などの特別な形をのぞいては二人で形の稽古を行います。武術はこのように、閉じられた空間で稽古が行われるためか、相手には集中できても、周りを感じる力が弱い人も多いように思います。
 しかし、実際何か事ある場合には、突発的に起こったり、また、思わぬ方向から現れたりということがあたりまえの状況となります。周りを感じる力を持っていなければそのような状況に対処することは不可能に近いでしょう。
 大きな演武会でも良く見る風景ですが、近くを観客の方が歩いているのに演武前に稽古している人達、棒や真剣を振っている人たちもいます。
 また、自分の流派の演武時間をはるかに越えて延々と演武している人達。
 最近は厳島神社の古武道の演武大会では各流派演武時間内に終わられるように気を使われてたり、あえて短めの演武をされる流派がほとんどなのですが、先日の演武会では終了近くになって8分の演武時間をはるかに超え延々と20分以上も演武された流派もありました。自分達にとっては自己満足できる演武でしょうが、水分の補給も無く、また、休み無く、寒中9時過ぎから3時すぎまで司会進行をしている者があるとは全く思っておられないでしょうし、古武道協会に全く関係のない方であるにもかかわらず、片付けを待ってくださっている方が居られるとも思われなかったのでしょう。事前に配布されていたタイムテーブルもただの紙切れに過ぎなかったのかとも思います。
 いくらいい演武ができようと、周りを感じることが出来なければ、斬捨てられてしまうのが武術です。私達は周りを感じる力を身につけることなく武術の稽古をしていると言う事は決して許されることではありません。
 宮島の演武会では、そのような方も居られた反面、自ら積極的に後片付けを手伝ってくださった流派の方も居られました。それもごく自然に。いつも演武を拝見していますが素晴らしい演武をされる方です。私達はそのような方を見習い稽古を続けていかなければならないと思います。


 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/27(火) 20:18:10|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

形は諸刃の剣

 無双神伝英信流抜刀兵法において、また、渋川一流柔術において稽古の大半は形稽古です。
 何度も述べたかと思いますが、この形稽古、ただ行っていれば上達するというものではなく、むしろ何も知らない時のほうが自由であったという体を作る可能性が大きいものです。
 特に無双神伝英信流の稽古にあっては一人で行う素抜抜刀術の稽古で、すこしでも形として決まった手順を上手に行おうとしたらその時点で、自由な動きを養うどころか、極まった動きしか出来ない体を作ってしまいます。
 形は相手の動きがあって成り立ちます。相手の動きを想定できていればよほどの初心者でない限り体は相手の動きに応じて変化します。ところが、決まった手順を行おうと少しでも考えれば、体は変化できない動きを養うことになります。居合の形の稽古においては決まった動きをしているように見えながら、どの時点で動きを切り取ってもその動きは「無」であり、何もせず座していた状態と同じでなければなりません。手順は決まっていてもどのようにでも変化できる動きを稽古しているのです。ここをを間違えれば武術としての形稽古は絶対に成立しません。
 また、太刀打や詰合などの相手をつける形であってもお互いに手順が決まっているからと稽古していては全く上達はありません。それどころか、下達してしまいます。私が打太刀を勤めるときには遣方の動きがおかしければ隙をついていますが、稽古しておられる皆さんの形の動きの中で、隙が出来るのはたいてい、きめられた手順を行おうとしているときです。手順を意識した稽古は絶対に行わないで下さい。
 渋川一流の稽古は大半が相手をつけての稽古となりますので、ただ、たんに手順を繰り返すという稽古に陥る可能性は少ないのですが、無理に、どうしても技をかけようとして形稽古の絶対条件である「無理無駄な力を用いない」ということを忘れがちになります。この条件を忘れてしまえば、それは単なる力技であり、柔術と呼べるものではありません。
 また、子供と稽古するときに陥りがちなのが「受」をとってやる稽古です。相手が小さな子供なので、業が有効でなくてもかかったように思わせて「受」をとっていると子供は純粋なために、自分の動きが有効であると信じ込んでしまいます。こうなると、それは踊りでしかなくなってしまいます。厳しいようですが技として有効でない動きには絶対に反応してはなりません。
 詳しくは道場で指導いたしますので、形稽古の意義を再確認して稽古に望まれてください。
  1. 2007/11/30(金) 07:59:02|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自戒

 武道を稽古する人たちが礼儀正しいかというと必ずしもそうではなく、むしろ、武道をしない人たちのほうが礼儀正しいのではないかと思うような事例をいくつも経験します。
 昨日の無双神伝英信流の稽古では、いつも畳の面を使っている合気道がお休みだったため、畳は個人利用となってしまいました。使用している武道場は畳面と床面が仕切ってないために、騒音がどうしても届いてきてしまいます。
 昨日はある空手の団体が集団で畳面を個人利用しに来たのですが、後から入ってきて何ら挨拶も無く、最初の30分近くは大声でおしゃべり。稽古を始めたと思ったらインターバルトレーニングのための時間の計測にタイマーを何の遠慮も無くピィピピッピと大きな音で鳴らす。つれてきている子供がきゃっきゃきゃっきゃと騒いで走り回っても何も注意しない。休憩時間には再び大声でおしゃべり。
 もともとその団体は道場に入退室するときも礼も何も無く、以前、その団体の指導をしていた年配の方が、体育館の受付で、「使用料!」といって1万円札を係の方に投げて渡していたので、その程度のものなのですが、道場を若い人が指導するようになっても相変わらずです。
 これで、武道なのですから、たくさんいる子供達は一体何を会得して成長するのでしょうか。
 自分達の稽古しか見えていないのでしょうが、礼を失することが和を乱すという発想は全くないのだろうと思います。
 という事例を書いても、空手の団体が悪いということを言っているのではなく、他の空手の団体で、日曜日に私達とお互いに少人数で個人利用をしている時に、指導者の方が「今日は他の方が居られますから。」と話されて、静かに稽古をされて礼を尽くしてくださる事もよくあります。
 大切なのは、自分の周りが見えているかどうかということなのですが、私達も自分だけしか見えていないという状態は武術では負け即ち死を意味するのですから、日頃から心得ておかねばなりません。
 このような事例はいくつもあり、たとえば、廿日市市スポーツセンターの武道場の畳の上座には「精力善用」「自他共栄」の嘉納治五郎のイミテーションの掛け軸がかかっています。これは柔道の方が体育館に寄贈されたものと書いてありましたが、畳は柔道のみが使ものではなく、合気道や柔術の稽古も行われるという視点は全く欠けていたのだと思わざるを得ません。「精力善用」「自他共栄」は意義のある標語ですので、標語自体を否定するのではないのですが、柔道を稽古される方が柔道の稽古のさいに上座に植芝盛平の書がかかっていたらどのように感じられるのでしょうか。
 常に視野を広く遠く持たねばなりません。

 貫汪館ホームページに会報54号を載せました。御覧下さい。

 12月9日(日)、午前9:30~午後16:00の間、貫汪館 無双神伝英信流抜刀兵法 居合道講習会を実施します。
 今回の講習内容は無双神伝英信流の基礎的事項です。道場外の方にも公開して行う講習会ですから、どなたでもお越しください。詳しくは貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法 稽古のページ(←クリックしてください)をご覧下さい。
  1. 2007/11/30(金) 23:52:14|
  2. 柔術 総論

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ