無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

子供の指導

 渋川一流柔術の子供への指導で難しいのは、その子供に状況をイメージする能力があるかないかによって、進歩の程度が著しく異なるという点です。
 形の稽古をするときに、「受」の仕掛けをかわし、手首等をとっても、「捕」の動きに段がつけば本来ならば、技は返されてしまい、かえって「受」が「捕」を制することになります。形の稽古ですので通常、指導者は返し技をかけることがありませんが、子供によっては何度説明をしても、時には返し技をかけても、同じように、まるでお遊戯のように段のついた動きで技をかけようとします。これは、このように動いたら業はきかず返されてしまうのだということが腑に落ちておらず、今の自分の掛け方だと、返されているというイメージができないことによります。
 一度、段のついた動きが身についてしまったらそれを直すことは難しくなってしまいますので、そのような子供には体で間違いを理解させなければなりません。
 昨日の稽古では、どうしても動きに段のついてしまう子供に対して、その度にそこを押さえ、技をかけようとしている自分が逆に倒されることを何度も身をもって教えました。結果として次第に段のついた動きはしなくなりました。厳しすぎるようですが、正しく掛けられていない技に対しては何度でも技を返し、体で覚えさせる指導も必要であると考えます。

 先日も書きましたが、ホームページ等をみて、見学に来られる方が先週もおられました。見学は自由に致しておりますので、ご連絡の上、お気兼ねなくお越しください。
  1. 2007/07/01(日) 19:24:37|
  2. 柔術 総論

気合

 以前にもお話したかと思いますが、昨日の渋川一流柔術の稽古で気になる点がありましたので記しておきます。
 渋川一流柔術では「受」も「捕」も技をかけるときには「エイッ」という気合をかけますが、この気合、かけたばかりに逆に気が抜けて腑抜け、腰抜けの状態になることがあるという事を、初心者の方はよくよく心してください。
 気合は体内の充実に伴って発するものであり、体内の充実なしに形式を整えるために声だけを発しようとすると前記の状態になってしまいます。これではまったく気合の意味がないどころか、気合が百害あるものとなります。
 たかが気合と軽軽しく考えず、工夫を怠らないで下さい。

 無双神伝英信流では気合は声に出さず、無声の声ではありますが、居合の場合においても自分では気勢が充実したつもりになっていても、実は腑抜け、腰抜けの状態になっているのを多く見かけます。しかし、素人目に見た場合に、腑抜け、腰抜けの状態がかえって気勢が充実していると見えるようですので、「素抜き抜刀術」の稽古の際には、よくよく心しなければなりません。
 試みに、自分の抜付け、斬撃の状態を、正しく無理がない正座、立膝の動かざる前の状態と比較してみてください。自分が気勢が充実していると思っている状態が実は、単なる筋肉の緊張に過ぎないことが理解できるはずです。
  1. 2007/07/03(火) 23:49:51|
  2. 柔術 業

形にとらわれると言う事

 ある居合の資料を見ていたら、「この形では斬り下した刀が床と水平にならなければならないと定められている。刀のそりや柄の形状はそれぞれ異なるので、手首や肘の角度を工夫して、必ず水平でとめなければならない。」とありました。
 居合の動きに関する教えは各流派、各団体で様々ですが、無双神伝英信流を稽古する貫汪館ではこのような教えはありません。
 想定する相手の身長、状態はおのおの、またその折その折で少しづつ異なっていますから、当然、斬り込む位置も異なり、刀が止まる(止めるではありません。)位置も異なってきます。何度形を行っても毎回、仮想の敵の身長、状態が寸分たがわず、というようなことはありません。生きた想定でなければなりませんので、自分の動きがいつもより遅れた場合、早かった場合、全て仮想の敵の状態は異なっています。
 ある年、ある団体の高段者の演武会を拝見したことがありました。10人くらいで一度に演武されていたのですが、まるで測ったかのように全員同じ動き(形ではなく)をされるので、同じ道場で、全て統一された動きをされているのかと思ったのですがそうではありませんでした。皆さん別々の県の方だったのです。しばらく見学していたら、私の体の調子が狂ってきました。自由であるべき居合の動きが軍隊式に統一されていたために、私の体が大きな違和感を覚えてしまったのです。
 貫汪館で稽古される方は生きた想定をし、形にとらわれることがないよう稽古されてください。
  1. 2007/07/06(金) 02:03:53|
  2. 居合 総論

武道史調査

7月6日(金)から8日(日)まで、主に大石神影流に関する調査のため大牟田市、柳川市へ行ってきました。
いつもは愛車のZRX1200Sで行くのですが、今回は梅雨による激しい雨であったためテント泊は断念せざるを得ず、車で行き車中泊をしました。いつもながら貧乏旅行です。(やはり車の中よりテントのほうが寝心地は数段良いです。)
とは言っても、2日とも泉質の良い市営の温泉に入りましたし、朝夕ジョイフルの定食だったので、最終日のお昼は豪華、うなぎの蒸篭蒸し(上)を食べました。
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大石神影流に関しては大石家は存在しているものの文書の多くが散逸し、8月末の日本武道学会では『大石神影流諸国門人姓名録』について発表します。そのためできるだけ多くのことを知っておこうと、再度、大石神影流の継承者である大石英一先生を訪ねたり、郷土史家で大石神影流の調査の第一人者である藤吉斉先生にお話を伺ったりしました。残りの時間は文書館で史料の写真撮影をしました。
武道史研究は私個人の目的は武道とは如何にあるべきかを明らめることにあります。貫汪館で稽古される皆さんも歴史をみることにより、今如何にあるべきかを考えていただきたいと思います。
今回の成果は『道標』などでおいおい述べていきたいと思いますが、強く感じたことは江戸時代の武術は自由であったなということです。実に様々なスタイルがあり、それぞれの方法で稽古しています。多様性があるのです。これが絶対だという押付けはそこにはありません。幸いに貫汪館は無双神伝英信流抜刀兵法も渋川一流柔術も第三者から段位を授けられ軍隊式の画一化したガチガチの動きを強制されることはありません。これからも自由な立場で武術(武道)のあり方を求めていこうと思います。
  1. 2007/07/09(月) 23:26:06|
  2. 武道史

形稽古

 無双神伝英信流抜刀兵法も渋川一流柔術も稽古の大半は形稽古です。
いつもお話ししていますが、この形稽古を、決められた手順(形)を見事に行うという意識で稽古していたのでは決して上達することはありません。
 無双神伝英信流の一人で行う形の稽古において、常にお話していますが、形の手順は決まっていてもいつ何時でも変化できる心と体の状態を稽古しなければ形稽古の意味はありません。たとえば、抜付けるときいつでも刀が返せ、変化できる状態にあるかどうか、抜付けてのち、体の前進のときいつでも後退できる状態にあるのかどうか。そのような心と体の状態無しに形を稽古してもそれは踊り以下のものにすぎません。外見はおなじであっても武術ではありません。求めるものは自由さであって外見の見事さではないのです。「止まって止まらず、動いて動かず」は術理であってただの観念論ではありません。
 渋川一流柔術の稽古もしかり。たとえ二人で稽古していても、それが生きた形でなければ、すぐに返されてしまいます。この形はこういう手順だからという稽古をしていてはどのような状況にも対応できません。
 ある居合の流派では形の変化の多さを誇ることもあるようですが、形稽古はいかようにも変化できる体使いを身につけるためにあるのですから、このように変化できる、あのように変化できるとして変化の形をこしらえて、その形を稽古して慢心していればかえって形に居着いて変化できなくなってしまいます。
 全ては一つであり、一つは全てなのです。
 下の写真は先日の調査の際撮影した史料である流派の流祖がある人物にだした印可状の一部です。この絵を見て自分を振り返って何も得るところがなければ・・・。形の稽古に打ち込む前に、様々な物に触れ経験し見識を高めてください。

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  1. 2007/07/10(火) 21:23:39|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

多様性

 先日の調査で、多くの流派の伝書・解説書に目を通しました。そこにあるのは、流派ごとの多様性です。
 現在も柔術は各流派ごとの多様性が存在し、古武道演武会に赴けば各流各様であるということが分かります。しかし、明治維新以降、戦前まで柔術においても武徳会のもとで乱取の画一化が進められていきました。講道館柔道がその中心であったのですが、各流派にあった独自の乱取の技を恣意的に取捨選択し、全国的に統一していきました。結果、広島においても形と乱取の両方を稽古する古流柔術は形の指導をやめ、乱取一辺倒になり、流派の存続ができなくなっているという歴史的事実があります。形で稽古する技の90%以上は乱取では反則技ですから。
 剣術はどうでしょうか。先日の調査で柳川市の郷土史家の藤吉先生は古い時代に大石神影流の稽古をした人は防具を着用しての稽古でも大石神影流独自の構え動きをされたとお話くださいました。今は剣道で各流各派の動きをする方を見ることがありません。全国的に統一されてしまったのは何故でしょうか。
 居合は・・・?  幸いに無双神伝英信流は、流派の違いを無視し独自の基準で段位を授けるような何々連盟といった組織に所属せず、師 梅本三男貫正先生から伝えられた技をそのままに稽古できる環境にあります。ある組織では流派に関わらずその組織で定めた統一した形をまず稽古しなければならないようです。そのような稽古を先にしてしまったら、そしてそれが正しいのだとされたら、その後、流派の形を稽古したとしても流派独自の動きを身につけることは非常に困難なことになってしまいます。流派を名乗って違う手順の形をしたとしても、その体動は流派を超えて同じものになってしまいます。そこには流派の独自性はありません。
 『正さ』とは各流各派の教習方法の中での『正さ』であって、正しいのはこれだと他から強制されるものではありません。様々な教習法があったから、多様性をお互いに認めることができたから武術が無用の長物とはならなかったのだと思います。
 
  1. 2007/07/11(水) 22:55:55|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

重さに助けられ、軽さに教えられ

 無双神伝英信流の稽古に、私は真夏の2ヶ月弱を除いて、長船の刀匠 上田祐定先生に打って頂いた2尺8寸2分の真剣を用いています。重さは鞘をはらって約1,470g。この長さの刀としては平均的な重さです。真夏に遣う居合刀は濃州堂の2尺8寸重さは約1,240グラムです。
 真剣を常に用いるのは感覚的に自分の「この刀が好きだ」という感情にもよりますが、何故か体の調和が取れるためでもあります。体の調和がとれていれば、竹ひごを振っているくらい軽く感じ、また全く刀の重さは感じずに動いてもいます。調和の取れた動きは無意識のうちに速い動きでもあります。
 しかし真剣に比べれば軽めの居合刀をつかうと体の調和が乱れがちになり、かえって負荷がかかってしまい、また遅いことがあります。
 重ければ体は無意識に腕力をつかわず調和をもとに動いています。軽ければ・・・。昔の癖が。
 中学生の頃、現代剣道をしていましたが、剣道の先生に「左腕を鍛えなくてはならない、高校生になって上段をとるようになればますます左は重要になる。」といわれ毎晩、重い木刀で左腕だけの素振りをしました。1000本、2000本時には4000本と。その結果左の握力は右を越え、高校生になったころには握力は85㎏にもなっていました(今は随分腕は細くなりました)。
 その無理な稽古の影響で上半身の左半身が右半身より発達し左の鎖骨は右より長くなり、常に左肩が右肩よりも高くなってしまいました。
 余談が長くなってしまいましたが、高校生になって無双神伝英信流の師 梅本三男貫正先生に入門した当初に言われた事が2つ
「森本君は腕力があるからいけない。」
「森本君は頭が良いからいけない。」
 
 結局、刀を振ろう、これくらい軽いものは自由に振り回せるという無意識の意識がはたらき、体の調和が保ててはいなかったのです。(「森本君は頭が良いからいけない。」は別の機会にのべます。)
 いつも使う真剣に比べ軽い居合刀を腰にすると無意識のうちに「これくらい・・・」と判断し腕が動き調和が乱れます。そのとき「軽い刀」の重さを感じて動けば、真剣と同じ動きに戻ります。
 「心こそ 心惑わす心なり 心に心 心許すな」
  1. 2007/07/13(金) 22:04:11|
  2. 居合 総論

知らないものは見えない

 無双神伝英信流の稽古でも渋川一流の稽古でも指導していて、手本を見せ、やってもらっても、全く理解できていないことがあります。
 これは理解できるレベルに至っていないから、知らないから、見えていないということです。
以前、私の演武を見られた方が稽古に来られ詳細にわたって説明すると、「見たときには理解できていなかった。異なった理解をしていた。」と話されました。見ただけでは理解できていなかったのです。
 勿論、相応のレベルにある人であれば、見ただけで、理解することができますが、そのレベルにない者は伝授されなければ、見て取ることは難しいのだと言わざるを得ません。
 かって無双神伝英信流の居合の師 梅本三男貫正先生の弟子でありながら随分と長い間ご指導から遠ざかられていた人が居ました。その方は先生の業が飛躍的に向上される以前の教えしか受けられていませんので、先生の入神後、先生の晩年の抜付けをビデオで見られても、かつての理論で先生の動きを説明してはばかられませんでした。いわく「抜付けは両肩甲骨をくっつける」
 先生はこのような動きを完全に否定され「絶対に行ってはならないこと」とされていましたので、ビデオの中でそのような動きをされようはありませんし、実際にそのような動きをされてはいないのです。しかし、その方にはそのようにしか見えない。つまり、「知らないものは見えない」のです。

 歌に
「師にとわすいかに大事を教へき心をすましねんころにとへ」
「道を立深く執心する人に大事のこさす大切にせよ」
  1. 2007/07/14(土) 22:04:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

習う力

 無双神伝英信流抜刀兵法の稽古でも渋川一流柔術の稽古においても、指導されたことをただ漫然と繰り返していたのでは真の上達はありません。
 指導されたことは、何を意図して指導されたのか、何を目指して指導されたのかという本質を受け取る稽古をしなければなりません。
 無双神伝英信流の師 梅本三男貫正先生は稽古のさいに、よく言葉を用いて指導されました。例えば「脇をしめる。」という言葉を用いられました。これは多くの人が刀を振り冠るさいに体幹ではなく肩から先の部分を用いて刀を動かそうとし、刀と体の中心がつながらないために表面に現れた事象を直そうとされた指導でした。したがって「脇をしめる。」という言葉は指導のための方便であり、ある程度のレベルになれば「脇をしめる」と意識しなくても無理無駄な力が入らなければ「脇はつながる」ものです。
しかし、先生の弟子の多くは、いつまでたっても「脇をしめる」ということに居着き、力を込めて脇をしめようとされていました。そのほうが脇がしまるという実感が得やすいからだと思うのですが、それは逆の方向に働き、体の自由な働きを阻害してしまう原因となってしまいます。私はそのような例をたくさん見てきたので同じ指導をするのに「脇をしめる」という言葉をもちいてはいません。
言葉は所詮、言葉に過ぎず、全体をあらわすことは不可能です。言葉を通じて何を伝えたいのかを理解する力を養っていただきたいと思います。
渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生の指導は梅本三男貫正先生の指導とは対照的に、言葉を用いず動きで示されました。
「こう。」「こう。」と言われ動きで私の至らぬところを教えてくださるのですが、こちらがその動きを見取る力が無ければ、とても業は身につきません。示してくださるのは多くても2回くらい、その間に何を示して頂いているのかを見取らなければなりません。漫然と見ていたのではとても身につくものではありませんでした。このような指導方法は言葉による誤解を防ぐためには最も良い方法なのですが、受け取る側の力が無ければ受け取ることはできません。
私は、両先生の指導方法を人によって使い分けて指導していますが、どうか本質を受け取る稽古をしていただきたいと思います。

  1. 2007/07/18(水) 17:42:26|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

権威

 とある居合の書籍に、座したときの両手の甲の向きについて述べてあり、このようにしていたら敵に手を下方に押し付けられたら身動きは取れないけれども、このようにしていたら、たとえ押し付けられても相手を投げることさえ可能になると記してありました。
 その方法論は無双神伝英信流や渋川一流柔術からみれば全く逆で、今までに指導を受けたことのある灘波一甫流や今治藩伝の浅山一伝流の方法論とも逆、またいままでに見学したどの柔術とも逆の論理でした。
その方の経歴から居合は高段者のようですが、経歴や身備えからは柔術をされた方のようには見えませんでした。何かの流派を習得されている方かもしれないので一概には言えませんが、公刊されている書籍にこれが正しいと書かれていれば、初心の方はおおいに惑うことになると思います。他流派の書籍を読まれて無双神伝英信流や渋川一流の稽古に迷われた場合には、遠慮無くご質問ください。
また、話はかわりますが、以前、武道史の研究で高杉晋作の新陰流と武者修行に興味をもったことがあり、その史料を所蔵されている公的機関に問い合わせをし、直接読むことができるのかどうかを質問しました。すると、ある学芸員の方を紹介され、「いついつお電話されてください。その曜日にこちらへこられます。何でも答えてくださいます。」と話されたので、電話してお話しました。
結論から言うと、その学芸員は史料を見せたくないようで(ある書店の広告の文章には研究者は原資料に当らなければならないと書かれていましたが。)、「この書籍に載っている、あの書籍に載っている。」といろいろと本題に関係ないことを話されました。「自分がその権威であるので研究されると困る。」といった意図が影に読めたので、話を止めましたが、話の中で「高杉晋作への萩の新陰流は柳生十兵衛からの流れなので裏柳生の系統です。」と自信を持って話されました。
多少、武道史を学んだことのある方はお分かりだと思いますが、権威者であるだけにそのようなことを公言されるとそれが真実となってしまいます。わからぬことは不明としなければなりません。

我道の居合一筋雑談に知らぬ兵法事を語るな
  1. 2007/07/19(木) 17:45:14|
  2. 武道史

極意は己の内にあり

 長年稽古していても、「感じる事と想像する事」の違いがおわかりになられていない方がおられますので、道場で指導していることではありますが、あらためて述べてみたいと思います。
 たとえば時に応じて、「天地人を貫いており、己の体の中心を通っている線を感じる」というお話をしますが、これを感じることができないために、実際には存在しないものと思い込み、感じようとする努力もせず、自分の考えを優先し、「体の中心を貫く線を想像する」というかってな解釈をされてしまうことがあります。たとえ初心者には感じ取れなくとも実際に存在するものであるので、私は「感じる」という表現を用いています。それを追求すること無しに想像して作り出して、それで良しとしていたのでは、いつまでたっても稽古は進みません。
 また、「腕の重さを感じて」とお話する時に、たとえ今まで腕の重さを感じずに生活していた人であってもそれを「腕の重さがあると想像」していたのでは稽古はそこから進むことはありません。実際に腕の重さは存在しており、自分に感じ取れるだけの繊細さが備わっていないだけなのですから。
 「感じる」とは存在するものを認識することであり、「想像する」とは存在しない物を自分の思いで作り出すことをいいます。
 無双神伝英信流でも渋川一流でも極意は己の内にあります。無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生も 渋川一流柔術の師 畝重實嗣昭先生も己を磨き内なる極意を見出すことを大切にされました。決して自己に備わっていない物を一枚一枚身に付けて(作り出して)いくわけではないのです。
 よくよく工夫してください。
 
 
  1. 2007/07/21(土) 00:38:01|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

姿勢についての論文

 先日、昇段審査を行った際に提出された「姿勢」についての論文を掲載します。優秀な論文ですので、皆さんも稽古の参考にされてください。

  「姿勢について」

 柔術または武術においての姿勢の重要性は、それがもっとも武術の基本にかかわる点にあります。もともと武術は、敵に対したときにどうやって勝つか、あるいは少なくとも命を落とさないですむかという方法として工夫されてきたものです。その工夫のなかで、姿勢が最も大切なものの一つとされるのは次の点にあります。
 敵の攻撃は、あらゆる方向から、あらゆる方法でやってきます。それに対するには、心身がそれに対応できるものでなければなりません。心身が敵のあらゆる攻撃の対して対応出来る状態であるためには、心身が一カ所に止まっていないことが大事です。もし心身が一カ所に止まれば、心身は自由闊達に働かず敵のあらゆる攻撃に対処することが出来ません。悪くすれば命を落とすことになってしまいます。 

                
 鈴木 大拙 著「禅と日本文化」の中に次のようなエピソードがあります。
一人の熱心な弟子が剣術を習いたいとある剣匠のところにやってきます。山中に隠棲していた先師はやむをえずそれを承知します。ところが、弟子の毎日の仕事は、師を助けて、薪を集め、水を汲み、火を起こし、飯を炊き、室を掃く等、家事の世話をさせられます。べつに規則正しく剣術の法をおしえられることもない。日がたつにつれて若者は不満をおぼえてきた。自分は召使いとして働くためにやってきたのではなく、剣の技をおぼえるためにやってきたのだ。そこである日、師の前にでて、不平を言って教えを請うと、師匠は「うん、それなら」という。その結果、
若者は何一つの仕事も安心の念を持ってすることができなくなった。なぜかというと、早朝、飯を炊きだすと、師匠が現れて、背後から不意に棒で打ってかかるのだ。庭を掃いていると、何時何処からともなく、同じように棒が飛んでくる。若者は気が気でない。心の平和を全く失った。いつも四方に眼を配っていなければならなかった。かようにして数年立つと,始めて、棒が何処から飛んでこようとも、これを無事にさけることができるようになった。しかし、師匠は、それでもまだ、彼を許さなかった。ある日、老師が炉で自分の菜を調理していたのを見て、弟子は好機だと考え、大きな棒を取り上げて、師匠の頭上にうちおろした。師匠は、おりから、鍋に上に身をかがめて、なかのものをかきまわしているところだったが、弟子の棒は鍋の蓋でうけとめられた。この時弟子は、これまで到りえなかった、自分の知らない剣道の極意に対して、はじめて悟りを開いた。

 ここに語られているのは、武術の極意は何時いかなる時にあっても心身を自由に働かせることにあるということです。どのような攻撃にも瞬時に対応できるためには、まず、身体が対応出来る状態でなければいけません。身体が対応出来る状態とは、身体がどのようにでも働くことが出来る可能性をもっていることです。それが武術における、身体の状態=姿勢の基本です。ここに武術のにおける姿勢の大切さがあります。しかし、身体が自由に働くためにはそれだけでは十分ではありません。心が自由に働く必要があります。心がとらわれていては、身体はその自由さを失ってしまいます。心と身体が何処にも居着かない、何もとらわれない状態になって、始めて可能となります。
 心身が一カ所に止まることなく、あらゆる状況の変化に対応する心身を持つために、初心者がまず習得を目指すのは身体の柔らかさと身体の中心を保つことです。これによって始めてあらゆる方向と方法の動きの可能性がでてきます。固まった身体と崩れた中心では対応出来る変化はわずかです。静止した状態で、身体の中心を意識し、身体の力を抜くことから始め、次第に動作中も力を抜くように意識し、その動作が静止したときもその柔らかさと中心を保ち、静止状態でも動作中でもあらゆる状態で居着かない心身を目指すことが肝要です。
  1. 2007/07/21(土) 23:59:18|
  2. 昇段審査論文

昇級審査作文

 6月末に行った渋川一流柔術の昇級審査の作文を載せます。5級の審査で、小学校2年生の女の子の作文です。
 こどもは稽古で技を工夫することに楽しんでとりくんでいます。指導者はこどもの「工夫が楽しい。」という思いを大事にしなくてはいけません。

 「じゅうじゅつのけいこで楽しいこと」

 わたしが一ばん楽しいわざは、けりこみです。
 どういうとこが楽しいかというと、なげるところが楽しいし、なげるときしゃがむのが、楽しいです。
 わたしが、二ばんめに楽しいことは、くみおとしです。どこがすきかというと、さいしょの「えいっ」といって、あいての手を落とすところが、楽しいし、グーとパーをしてくるっと回すところが楽しいです。
 三ばんめに楽しいことは、こしなげです。
 どういうとこが楽しいかというと一ばんさいごの、せなかをける前のなげるところです。
 たくさん楽しいことは、あります。これからもがんばっていきたいです。
  1. 2007/07/23(月) 23:02:00|
  2. 昇級審査作文

向上心

 先日、所用があって長崎へ行ってきました。その前の週は柳川・大牟田へ武道史調査の為に行ってきましたので、二週連続で九州へ行ってきたことになります。道すがら大石神影流『諸国門人姓名録』にでてくる地名の多くを標識にみることができました。
 大石神影流『諸国門人姓名録』については8月31日の日本武道学会で発表しますので、詳細はその時までまっていただきますが、地図の上で見る地名を実際に感じてみると、当時の人が如何に修行熱心であったかということを感じずにはおられません。
 小城、福岡、天草、武雄、唐津、松浦、鹿島、諫早など地図で見れば近いのですが車で走っても相当な時間が掛かります。当時、徒歩であれば柳川までどれほどの時間が掛かったことでしょうか。それを遠しとせず、幾人もの人たちが大石神影流の門人となっているのですから、当時の人たちの向上心には頭が下がる思いがします。
 向上心なくしては、上達もありません。 
  1. 2007/07/24(火) 20:56:42|
  2. 武道史

昇級審査作文2

 6月末に行った渋川一流柔術の昇級審査の作文を載せます。4級の審査で、小学校4年生の女の子の作文です。稽古に取り組む真剣さが十分すぎるくらいに伝わってきます。指導者が気を抜く事は許されません。
 
 「上達するためにしなければいけないこと」

 しなければならない事の一つはいっしょうけんめい集中して稽古することです。 わけは、集中してやらないと先生の言われることがわからないからです。また、自分のやっていることがわからなくなるからです。
 二つめに、身を守るために、いつでも使えるように練習することです。わけは、いつ悪い人がいるか分からないからです。それにどんな人が悪い人かわからないからです。
 三つめは全部のわざを覚えることです。わけは、いつも紙(稽古目録)を見れるわけではないからです。それに相手がどのようにかかってくるかわからないからです。
 四つめは全部のわざがきくようにがんばってやることです。わけは、わざがきかないと相手に逃げられてぎゃくに投げられて殺されるかもしれないからです。
 五つめは、何週たってもわすれないことです。わけは、わすれたら、また、一からになって時間がかかるからです。。また、もし悪い人がいたときにどうにもできないからです。
 最後に試験には自分のくいのないように練習することです。わけはくいが残ったらくやしいからです。
 これからもっと練習して上手になりたいです。先生みたいに上手になりたいです。先生みたいに上手になるために、がんばって練習しようと思います。
  1. 2007/07/25(水) 20:56:47|
  2. 昇級審査作文

長谷川英信

 長谷川英信について俗説に太刀を佩いた状態からの居合を帯刀した状態からの居合に改編したといわれていますが、一体誰が言い出したことなのでしょうか。
 すくなくとも無双神伝英信流にはそのような口承はありません。
 長谷川英信自身が江戸時代の人であり、居合が戦場における武技であるというよりは平時の武技であるので、当時の状況を考えると太刀を佩いた状態での稽古が行われていたとも思えません。
 さらに言えば、林崎甚助が林崎明神に奉納した3尺2寸の太刀銘の「信国」は指料であったという記録があり、林崎甚助の居合そのものが帯刀の状態からの居合であったと考えるのが自然であると思います。
 
 また、長谷川英信が居合は伝えていなかったという説もありますが、現段階では1部の史料からそのように思われるというだけであり、土佐藩では長谷川英信の名が伝系にはっきりと現れており、また、土佐藩以外の藩に伝わった長谷川流の居合の伝書には(研究中のため藩名はふせます)伝系は書かれていませんが、長谷川流と言う流名のもとに土佐に伝わった居合と同じ形名の一部の居合が行われています。

 居合に関しては、根拠のない説が当たり前のように言われているところがあり、また、立派な書籍にも意図的かどうかは別にして大きな間違いが書かれていたりします。貫汪館で稽古される方は一般の言説に惑わされないようにしてください。
  1. 2007/07/26(木) 22:42:14|
  2. 武道史

植田平太郎先生

 植田平太郎先生は無双神伝英信流の師 梅本三男貫正先生の先々代の先生です。
 植田先生は純粋にその師細川義昌先生の居合を伝承されたにもかかわらず、根拠無く無双直伝英信流の大江正路先生の居合が混在しているという説を唱える人がいるようです。口承にも植田先生が大江先生に習われたということは伝わっておりませんし、植田平太郎先生のご子息植田一先生からも植田平太郎先生の居合が純粋な細川義昌先生の居合であるとお聞きしています。
 ある書に植田先生が大江先生の弟子であるというあやまちが載せられていたのが原因でしょうが、そのような事実はありませんので、ここに記しておきます。
 また甚だしきは植田平太郎先生の師が中山博道先生であると書いたものも見たことがありますが、そのような事実はありませんので重ねて記しておきます。
  1. 2007/07/27(金) 22:55:43|
  2. 居合 総論

日常生活でも

 道場における稽古のみが業を進化させるのではなく、むしろ日常生活における武術とは全く関係のないようなことが、業を進化させるということも頭の片隅においていただきたいと思います。
 行住坐臥という言葉もあり、日常生活すべてが修行につながりますが、私の趣味というか暇な時間があるときの暇つぶし(暇な時間はないのですが)が思いもしないことに自分自身の動きに気付きを与えてくれたということを御紹介するために私の作品の写真を掲載してみます。
 もともと私自身は文化的な趣味一つ無く、書画も全くだめ、ただの武骨な人間なのですが、あるとき、あるきっかけから、がま口の財布を作ってみました。なぜか、はまってしまい、今までに作ったがま口の財布やバッグは数知れず。全てはもらわれていきましたので、手元には残っていません。
 がま口の財布やバッグ作りで針仕事(ミシンが使えないので)をしていたら、あるとき針が自分の剣の動きの至らぬところを教えてくれました。なるほどと腑に落ち、それ以後剣の動きは進化しました。
 皆さんも何気ないことにでも真剣に取り組んでいたら、何かが起こると思います。

作品1
一昨年の夏、唯一の道楽である愛車ZRX1200Sでの金沢、佐渡島ツーリングの際、金沢で手書き友禅を体験し、二枚の壁飾りを縫って作ったポーチ
yuuzenn.jpg

作品2
雛祭りのタペストリーを二枚使って作ったハンドバッグ
hinamaturi.jpg

作品3
着物のはぎれをインターネットのオークションで買って作った春用のハンドバッグ
hana.jpg

作品4
時間があれば行く、山口県柳井市のやない西蔵で機織をして作った生地を用いて作ったポシェット(ちなみに私は柳井縞の会の会員です)
yanaijima.jpg

  1. 2007/07/29(日) 15:55:28|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達の糸口

 何をどのように教えても、全ての手段を尽くして教えても、上達されない方がおられます。
 自分ではそうしているつもり、努力をしていないわけではない、でも先生や先輩方からは「違う」と指摘される。自分では違いが分からない。そのように思われていると思います。
 そのような方に共通して言えることは自分の内なる動き、働きを感じることが苦手であるということです。厳しい言い方をすれば、いままでの人生で形作ってきた自分の価値観が絶対的な物になっており、無心になって何かを感じることができなくなっているのです。
 外に現れるのは内側の働きの結果であって、決して短絡的に外側の動きを求めている訳ではありません。したがって、外見は似ていても異質な動きは異質なのであって、たとえ外見は似ていなくても、同質の動きというものが存在します。求めるのは外見の向上ではなく本質の向上であって、本質の向上無くしては形を通じて自由な働きを得ることは不可能です。 
 今まで何度も繰り返していますが、形作ろうとすることは脇に置き、自分の内なる動き、働きを感じる努力を優先してください。 
 そのため、もし上達を望むのであれば、あらゆる努力をしてみてください。
 自分の価値判断を捨て純粋に鳥の囀りを聞き、風の音を聞き、太陽の温もりを感じ、花の美しさを愛で、蝶の舞う様を美しいと感じてください。無心になって心にふと落ちる時に上達は始まります。
  1. 2007/07/30(月) 23:47:12|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

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Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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